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あなたの「心臓の感覚」が、「感受性」を決めている?
2026-03-10 26:45

あなたの「心臓の感覚」が、「感受性」を決めている?

スポーツを見て感動する、こころが動くのはなぜか、説明できますか?


冬季ミラノ・コルティナオリンピックが終わり、WBCが始まり、改めてスポーツっていいなあ、と身に染みて感じたことをきっかけに、「この感動を私たちはどこで感じているんだろう?」という問いから、身体論の観点から解説をしていきます。


難しい技を成功させたから?

期待を背負いながら乗り越えたから?

メダルをたくさんとったから?

どれも間違いではなさそうですが、それだけでは説明できない私たちの身体に残ったあの感覚があると思います。


ぜひみなさんの経験をもとに、あの感動を追体験できるようなエピソードになったら嬉しいです。


感想

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皆さんこんにちは。大沼竜也の身体の教養ラジオ。 今日ものんびりと始めていきたいと思います。
皆さん、WBC見てますか? 僕はね、見てます。
大応援してます。 なんでこんなに
スポーツ観戦って、胸が湧き立つような、身体がこう震え立つような、楽しんだろうなって思ったんですよね、改めて。
僕映画とか好きで、やっぱ映画とかでもさ、それこそこの間までストレンジャーシングスっていうネットフリックスのドラマに大ハマりしてて、
テレビシリーズ、ドラマシリーズってなるとさ、期間も長いじゃないですか。 盛り上がっていく線っていうんですか、曲線も少しずつこう上がっていくから、すごい盛り上がって楽しかったんですけど、やっぱりこう、スポーツ観戦っていうのは予想もできないからこそなのか、
それぞれの選手知ってるからとか、野球のルール知ってるからっていうのも、もちろん深い要素としてはあるんだろうけど、なんでこんな楽しんだろうなって改めて思ったんですよね。オリンピック見て、野球観戦見て、やっぱスポーツっていいなーって思ったわけです。
なんでここまで僕らの心を揺さぶってくるのか、スポーツ観戦っていうのか、その時体では何が起こってるのかっていうのを、ちょっと身体論的な立ち位置から今日は解説をして、よりスポーツ観戦とか映画とか物語が好きで、
あの没入して自分の体が湧き上がるような体験っていうのをより強く、より深く体験できるように、どうやって体の方を捉えたらいいのか、どうやって体に促していけばいいのかっていうのを今日はちょっと話そうかなと思っています。
はい、ということでですね。
WBC、なんかダメだ。野球の話をしちゃってさ、これちょっと3テイク目くらいなんですけど、冒頭何分かずっと野球の話しちゃうから、ちょっとボツになったんですけどね。
体の方に戻そう。
僕らのスポーツ観戦見てる時って、やっぱり盛り上がるじゃないですか。興奮するんですよね。
リラックスしながら野球、スポーツ観戦、また野球って言っちゃった。スポーツ観戦見てる時に、あー心地が楽だなーっていう風に思うよりかは、スポーツ観戦の妙ってやっぱこう盛り上がる、興奮させてくれるっていうものが一つあると思うんです。
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まあその要素としてなんかこう、団結感があったりとか、そこにドラマがあったりとか、泣ける話とかも、よく高校野球だとそういうところを売りに最近してたりとかもしますもんね。
たまにね、夏の高校野球とか、夏休みの野辺と、だらーっとした心地いい、暑さの中のクーラーの涼しさののんびりした感じと野球観戦、野球のこう中継の音の心地いい感じみたいなのがセットになったりもするけど、まあそれはちょっと今日置いておきますよ。
胸が沸き上がるとか、言ったりします。日本の文化、日本の言葉、体言葉っても言ったりするんですけどね。
僕らは、例えば野球を手にとって言えば、こういうルールがあって、得点できるようなチャンスだからとか、こういう、なんだろうな、被災を経験した子が、もしくは家族の不幸に見舞われた子が、ものすごい努力を重ねて挫折を繰り返しながら頑張ってるっていうような、
そういう物語、ストーリーがあるから、そこだけではないんですよね。感性がわーっと湧き上がる、湧き起こる、選手たちのガッツポーズだったりとか、緊張感というものがピリピリ伝わってくるっていうような、
ある種、言葉の壁を越えて、そのルール知ってる知ってないを越えて、僕らの身体性を刺激するっていうものが、やっぱり何かしらあるんだと思うんです。
これに対応する、日本的なその一つの身体感として、探伝というものがあります。探伝って言うとさ、いわゆる聖火探伝っていう、お腹の下の方にあるおへその下三寸って言いますね。
おへその下三寸だから9センチくらい、10センチくらいって言ったりするんですけど、とにかく下っ腹のところに形成される意識、それを昔の武術家とか武道家とかは鍛え上げて、
それを意識として鍛え上げて、不動の心を手に入れようみたいな、そういう一つの概念があったりするんですね。
でも実はこの探伝って言われるものの概念として、日本ではその下探伝がお持ちられるんだけど、実は3ついろんなところで言われているものっていうのがあります。探伝3つ。
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今回取り上げるその気持ちが盛り上がるとか興奮するみたいなところに相当するものが、欧米で言えばハートになります。
心のところ、心臓のところだ。
体で言えば胸のところです。
割とここは西洋的なイメージを持ってあげるのがいいかなと思います。
やったぜーって言った時に胸のところボンボンってゆっくり叩く仕草をしたりとかね、気合い入れるぞっていう時にやったりとか、
キムタクがよくやってそうですね。勝手なイメージだけど。
それから西洋的な祈りの時だったりとか、何か気合いの書作として、その心臓のところに手を自然と当てる意識を持っていくみたいなのは結構あったりすると思います。
これを東洋的な呼び方をすると中探伝って言ったりします。
詳しく言うとね、上探伝っていうのは前東洋のところに形成されて、中探伝っていうのは胸のところに形成されて、下探伝、聖火探伝っていうのはお腹の下のところに形成されるっていう風に言ったりします。
これ急に僕が言い始めたわけではなく、いろんなね、言葉としては同じ言葉を使ってないんだけれども、
いろんな、何だろうな、それぞれの武術だったりとか、その身体操作。
昔の人たちが築き上げてきた体のここの部分を意識しながら鍛えることで、こういった精神性に影響するよと。
こういう場面では人と戦う時にはこういうところを意識すべきなんだよっていうような、いろいろ書物があるわけなんですよね。
情報が蓄積されてきているわけです。
ここの中を統合して、僕が一番最初に出会ったのは高岡秀夫先生という方の本で知りました。
そこからいろんなね、名前何だったっけかな。
気になる方はいろいろ読んでみていただきたいなと思うんですけど、斉藤孝先生とかも書いてるかな。
あとは、名前は思い出せないな。
河野先生、やっぱり武道家の方とかが書いてるのも多いかもしれない。
そういったところから、科学でそれを明らかにしたいっていうふうに研究をしてる方とかもいらっしゃいますね。
これはもう身体知としての分野になってくるので、
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科学的なその完全な解明というものが、やっぱり難しいというふうに言われるわけです。
だから、1つこうなんだろうな、精神論なんじゃないかとか、プラセボなんじゃないかとか、
ちょっとスピリチュアルなんじゃないかっていうような見方をされたりとかもするんですけど、
いや、それもそんなことはなくてですね、科学的に、
あれ、こういう一因からこれって中端伝って本当にあるんじゃないっていうような説明もできるんですよ。
例えば今回取り上げる、その興奮させてくれる、自分を駆り立ててくれる、盛り上げてくれるような
ハート、心臓の部分、中端伝っていうのは、
ちょうど位置的に言えば、胸郭って言われる肋骨のちょうど真ん中のところにできるっていうふうに言われます。
ちょっと前側の方かな、気持ち。
胸骨っていう胸の骨のちょっと裏側あたりに形成されるっていうふうに言われたりします。
ここに何があるかっていうと、皆さんもご存知、肺だったりとか、呼吸をするために使う肺ね。
それから心臓っていうような臓器があります。肺とか心臓。
ここで特徴的なのは、今着目したいのは心臓の部分です。
僕ら心臓って常にトック、トック、トックって一定のリズムで動いているんですよね。
意識するしない関係なく、365日24時間ずっと休まずに動いてくれています。
ここで、ごめんなさい、ちゃんと調べておけばよかったなソースをちょっと後で出しておきますか。
あれだな、南山さんだったかな。
SNSでね、有名なコーチングだったりとか、脳科学の研究をされている方なんですけど、
南山幸喜さんっていう方から僕は知ったのかな、多分。
ハートマス研究所っていう研究機関があるそうなんですよ。
そこでね、心臓の拍動を1分間に何回拍動しているかっていうのを数えてもらったそうなんです。
ごめんなさい、ちょっとソースが適当だったらごめんなさいね。
もしかしたら違う方の研究かもしれない。
いくつかあると思うんですけど、心臓の拍動を1分間に何回しているかっていうのを
被験者の方にチェックしてもらったそうなんですよ。
何回拍動しているなって書いてもらうと。
そういう自分の、言ったら大需要感覚っていう風にこれを言います。
自分の体の中での感覚がどれだけ正確に認識できているかですね。
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この能力っていうものが心臓の拍動をちゃんと1分間だから何回くらいだ?
ごめんなさい、何回ってありますよね。
その何回拍動しているかっていうのをちゃんと測れた人、その大需要感覚が高い方っていうのは
自分の気持ちを感情を表現するのが得意だったり
感受性が豊かだっていう結果がその研究では示されていたんです。
心臓の拍動をわかる方、自分で感じられる方っていうのは感受性が豊かだと言ったら
俗っぽい言葉で言えば涙もろいとか、熱い人、熱くなる人、人間臭い人って言ってもいいかもしれませんね。
っていうようなものが一つ科学的な研究からもそういう傾向があるんじゃないかというふうに証明されているんですよね。
これをまたちょっと違う切り口で、その心臓の拍動だったりとか
呼吸のコントロール、感覚だったりとか、内臓の動きみたいなものを感じられる人。
同じようなものなんですけど、内臓用感覚としては共通している研究ですね。
他の研究では、その内臓用感覚が高い方は自分の感情をコントロールすることも上手だっていうような結果が出ているものもあるんです。
なんか2つ矛盾しているようにも感じるんですけどね。
でも、この内臓用感覚というものが高い方、自分の体で何が起きているかを感じられる方っていうのは
泣くときは大いに泣くし、感動するときは大いに感動するし、
人を愛するときはより人を愛することができるし、
嬉しいときは人一倍喜ぶことができる。
なおかつその感情に飲み込まれることがないということが、
一つ科学的なところからも明らかにされているということなんです。
これを僕なりのその身体論の観点から言えば、確かにそうだよなって思うわけです。
なぜかと言えば、自分で心臓がバックンバックンすごい迫動しているとなれば、
これをある程度落ち着けようとしたりとかもできるんですよね。
レベルがかなり高くなってしまえば、それで過呼吸になったりすることもあるわけです。
ドックン、ドックン、怖いなと思ったときにバクバクバクバクってなる。
これを無意識のレベルで感じ取って、
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無意識に少し呼吸をゆっくりにしたり、
無意識に全身の力をフッと抜いてあげて、
そのドクドクが収まるようにということが、
何度も言うけど、無意識に行われていたりするはずなんですよね。
だって感じられているからです。
でも逆に、この息地が高い人、
感じにくいような内需要感覚が低下してしまっている方というのは、
そのバクバクが普段どのくらいなのか、
今上がっていてどのくらいなのかというのを感じ取れない場合もあるんですよ。
そうなってくると、自分の体が本能的に、
もうこれ以上はマジでやばいぞっていうレベルになって初めて、
その心臓の迫動に気づくわけです。
つまり、もうコントロールできない、介入できないくらい、
その感覚、もうバクバクなっているって、
心臓がもうバクバクなりすぎているって、
体にとっては危険な状態というふうに認識するので、
これはやばいぞというふうにパニックになるわけです。
これが一つ、不安発作とかパニック発作といわれるものの、
一番最初の初期症状ですね。
パニック発作とかの症状だと、
この経験というものがまた一つトリガーになって、
その思考のところだったりとか状況というところから、
より発作が強くなったりもするんですけどね。
だからその思考的な介入というところも、
パニック発作の場合は必要で、
認知行動療法だったりとか、
他の薬物治療違うか、
思考のところから、認識のところから、
認知のところからアプローチするというのが、
大体のセオリーになってきます。
でも一つ、身体論の観点から、
SOMATICS的な介入をする、
神経質としての臨床で、
アプローチをしていくという場合には、
この身体感覚というところが、
すごく肝になってくるわけです。
なぜなら、先の論文でも言っていた、
自分の体の感覚を感じられる方が、
自分の感情をコントロールできる、
飲み込まれることがないし、
より感情豊かな生き方というのができるからです。
大抵、こういう発作がある方というのは、
そのドクドクがバクバクなるのが怖いから、
どんどん身体の感覚を遮断するように、
無意識に向かうんですよね。
だからこそ、その感覚の方に穏やかに、
少しずつ向かっていく必要があるわけです。
これはフォーカシングという治療法、
これはアメリカかな、
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西洋の方から入ってきたものだったりとか、
自分の感覚の方に目を向けようというアプローチが
たくさんあるんですね。
SOMATICSの文脈で。
さらに、僕は心球師で、
実際に筋肉だったりとか、
骨だったりというところを触れて、
関節を動かして、
運動法というところまで指導をしたりするので、
ドクドクなって苦しいって心臓なんだけれども、
その心臓を覆っているのって、
肋骨、胸骸、呼吸筋あたりだよな、
というところまでイメージが行くんですよね。
これは他の理学療法、産業療法、
生態師とか、SHAの方とかもみんなそうだと思います。
なんかね、その精神的なところと体のところって
切り分けられがちなんですけど、
同じことなんですよ。
つまり、体の中の感覚が分からないっていうのであれば、
分かりやすいところから始めてあげればいいんですよね。
肋骨、胸骸、このあたりを構成している
背骨と肋骨の関節とか、胸骨と肋骨の関節とか
というところをしっかり解いていってあげることで、
感覚というのはまた入ってくるようになります。
凝り固まって動きがないとね、
差異がないので、変化がないので、
刺激というのは近くできなくなってしまうんですよ。
だから過剰になって初めて気づいて、
もうそれらに飲み込まれてしまう。
気づいたときにはもう遅いということになっちゃうので、
これを物理的に解いていきながら、
自分の感覚も使って感じていきながら、
なおかつ認知を書き換えるというアプローチが
3層構造で必要になってくるわけです。
どこから介入するか、
どこから介入してもおそらく変わるとき、
良くなっていくときというのは、
この3つが3層が一気に良くなっていくんだと思うんですけど、
同数だったら全部見れたほうがいいじゃないですか。
そういうことでSOMATICS的なアプローチ、
大沼の介入論的にはそういった3層構造を意識しながら
やっていくということもしたりします。
ちょっと臨床のほうに話が逸れたんですけど、
これ、スポーツ観戦をしているときの
その感動だったり楽しさみたいなものを
体で感じるためにも同じことが言えるんですよ。
体を解いてあげれば、
特に胸周りだったりとか
というところがちゃんと解けて心地良い状態を保てると、
その状態で、あの感動だったり興奮だったり
というものに触れていくことで、
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より深くその体験を享受できるわけなんです。
なんとなくね、
考えてみてほしいんですよ。
すっごいイライラしているときに
スポーツ観戦を見ても、
そのイライラのほうだったりとか、
仕事で何か残っているみたいなときに
仕事のほうの頭のほうが働いていても
体がこわばっちゃっているときにスポーツ観戦を見ても
いまいちね、そこに没入できなかったりとか
ということもあると思うんです。
おしこ我慢している、お腹空いているみたいな状態でも
なかなかそのスポーツのほうに行けなかったりすると思う。
ちょっとこの例微妙だったな。
こういうちょっとしたね、
体の不安感みたいなのがあったとしても、
それでも僕らのその身体的な反応というものを
呼び覚ましてくれる、呼び起こしてくれるのが
スポーツ観戦のすごいところでもあるんですよね。
だから僕はその処方箋として
施術の方法だったりとか、
こういうところを介入して解いていけばいいんだよ
というところとか、
身体胴体瞑想というもの、
身体の共有を通してお伝えしてますけど、
あれをね、やるのはもちろんプラスアルファとしていいし、
あそこが一つこう、
現状悩んでる方の打破できる
一つの材料になることは間違いないと思うんですね。
実際にそれで成果が出たとか、
これを知れてよかったっていうふうに
ありがたいことに声をいただけることも多いので、
すごく嬉しいんだけど、
これには敵わないなと思ったんですよ。
勝負じゃないんだけどさ、
こんな色々体のことを学んだりとか、
知っていくことっていうのも一つね、
楽しみとして知っておくべきことではあるかもしれないんだけども、
これよりも何倍も何十倍も何百倍も何千倍も、
間的に瞬間的に身体を駆動させてくれる
スポーツ観戦ってすごいなって思ったんですよね。
これスポーツ観戦だけじゃなくて、
音楽だったりとかもそうだと思います。
実際にこの曲に出会ったって耳で聞いて、
すごい気持ちが盛り上がったとか、
すごい気持ちがリラックスできたとかってのがあると思うんですよ。
それこそさっきスポーツ観戦の時、
おしっこ我慢してたらって思うけど、
おしっこ我慢しながらでも見ますよね。
やばいやばい、トイレ漏れそうだったんだって、
その回が終わって、スポーツ観戦ちょっと落ち着いた後に
トイレに行くようなもんでさ、
そのくらい没入させてくれる、
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体の感覚っていうのを高めてくれる、
身体勢を引き上げてくれるものが
おそらく円溜めだったりとか、
経営術だったりとか
っていうものの
一つの本質なのかなと思ったんですよ。
息を飲むとかって言ったりしますよね。
息を吸うのも忘れる、息を吸うのも忘れる。
僕らの当たり前にやってる体の
その感覚っていうものも
それに飲み込まれて、
なおかつ引き上げてくれるような存在っていうものが
一つこのスポーツ観戦なのかなと思ったわけです。
なので、もし野球興味ある、
WBC、オネマが言うならちょっと見てみるかとか、
もともと好きだよっていう方もね、
改めてちょっとスポーツ観戦とかしながら
自分の胸にちょっと手を当ててみてほしいんですよ。
手を当てなくてもいいよ。
わあ、すごいぞ、盛り上がってる、楽しいなって思ったときの
自分の胸の感覚っていうのを
ちょっと感じ取ってみてほしいんです。
意識を向けることで
その変化とか感覚っていうものを
より感じ取りやすくなります。
その感覚、
胸がこんな感じになってるぞ、
すごいドキドキしてるけどすごく心地いいぞ、
興奮するってのは悪いことじゃないんですよ。
盛り上がる、アクティブになるっていうことは
悪いことじゃないんです。
何も体をほどくことっていうのは
リラックスすることだけじゃないんです。
楽しいな、嬉しいな、盛り上がるな、興奮するな、
それが心地いいものであるならば
皆さんの体はいい方向に向かってるってこと、
それにどっぷり使ってあげてください。
こうすることで体はいい方向に向かうし
したがって自分の精神状況っていうものも
いい方向に向かっていってくれます。
一つこんな風にスポーツ観戦に向け合ってみるのも
面白いかなと思ったので
今日はこの話を共有しようかなと思いました。
ということで、今日は3月10日だね。
今日も夜確かあったはずなんで、興味ある方は
ぜひ一緒に日本を応援しましょう。
ということで、今日ものんべんならりと
暮らしていきましょう。
ご視聴ありがとうございました。
またお会いしましょう。
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