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【仏滅後の仏教編#7】今回のシリーズの裏側とアフタートーク!仏舎利の発掘現場から別の遺骨が発掘された話など
2026-04-04 16:56

【仏滅後の仏教編#7】今回のシリーズの裏側とアフタートーク!仏舎利の発掘現場から別の遺骨が発掘された話など

▼今週のトピック


仏教シリーズの狙いと構成の紹介/


ブッダの葬儀と後継者を巡る歴史/


ブッダの遺骨発見にまつわる新仮説/


結集のきっかけと戒律成立の背景/


組織分裂と時代の変化への対応/


伝承の真偽とテキストの読み方/


仏教を支えた歴代スポンサーたち/


大乗仏教成立の謎と多面的な要因/


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▼パーソナリティ:大忍 貫道


987年福岡県生まれ。花園大学文学部卒業。臨済宗妙心寺派。

尾張妙興寺僧堂にて修行。

2011年より九州地方の臨済宗妙心寺派寺院にて住職を務める。

SNSでも仏教の情報発信を行い、Instagramフォロワーは4万人を超え、Podcastフォロワーは2千人を超える。

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サマリー

このエピソードでは、仏陀亡き後の仏教組織の変遷と、現代の仏教の多様性がどのように生まれたのかを解説した全6回のシリーズを振り返る。ブッダの葬儀や遺骨発見の新仮説、戒律成立の背景、組織分裂、伝承の真偽、そして仏教を支えた歴代スポンサーたちの役割について、各エピソードの補足情報と共に深掘りしていく。特に、仏教史の面白さや、情報が溢れる現代社会における鵜呑みにしない姿勢の重要性が強調されている。

シリーズ全体の狙いと構成の振り返り
かんどう和尚のはじめての仏教
はい、ということで今回のシリーズでは、6回にわたって
ブッダが亡くなった後の仏教組織がどういうふうに変遷していったのか
これをお話ししていきました。
テーマはすごくシンプルですね。
今日の仏教の多様性というものがどういうふうにして生まれてきたのか
その流れをリスナーの皆さんに少しでも掴んでもらいたいなと
これが今回のシリーズの狙いでした。
日本の仏教は大乗仏教と呼ばれます。
これはブッダの時代の仏教からするとやや距離があるものなんですね。
このことから時々こんなふうに言われるんです。
この後世のお坊さんたちが
ブッダの教えをねじ曲げてしまったんじゃないかって。
でもね、歴史っていうのはそんなに単純じゃないですよね。
この仏教の変化っていうのも誰か一人が決めたものではなくて
長い時間の中でいろんな人たちが関わって
いろんな出来事が重なって
その結果として少しずつ形を変えていく。
そういうプロセスの中で生まれてきてるんですね。
だから今回のシリーズではその流れっていうものを
できるだけ解像度高く見てもらえたら
こういう思いで構成を組みました。
ただ難しいところも結構ありまして
どこまでお話しするのかっていうところが
すごく悩んだんですね。
というのも、今回のシリーズは
ブッダの伝記、仏伝ですね。
ここから少し離れて
この仏教史の、仏教の歴史ですね。
この領域に入っていきましたよね。
私自身は仏教史ってかなり好きなんですよ。
ブッダの葬儀と後継者問題、遺骨発見の新仮説
勉強してて楽しいんです。
ただ多くの方にとっては
仏教史っていうのはどこか学校の授業みたいで
退屈なのかなっていうのも思ったんですよ。
でも、この仏教の多様性っていうものを
理解してもらうためには
今回のシリーズは欠かせないんですね。
だからどういうふうに皆さんが退屈せずに
聞いてもらえるかなってことを考えながら
かなり悩んだんですね。
そういう苦難の中でお送りしたシリーズでありました。
それが成功したのかどうかは
正直わからないんですけれども
少しでも面白かったなと思っていただけたなら
私としては幸いでございました。
ではここからはそれぞれのエピソードの補足に
ちょっと入っていきたいんですけれども
本編の方ではちょっと余談を入れすぎると
もう脱線しすぎて
話が戻せなくなっちゃうなと思って
言わなかった話で
ちょっと面白い話とかがいくつかあるんですね。
まずシリーズの第一話から
振り返っていきたいんですけど
ブッダのお葬式の話をしましたね。
ちょっとすいません。
ちょっと今レンゴジュースを飲みながら話してます。
ちょっとパックのジュースなので
ストローで吸った後の変なちょっと異音がしますけど
ご容赦ください。
このあたりから
ブッダの葬儀あたりから
急に存在感が増してくるお坊さんがいますよね。
それがマハアカッサパ長老です。
これ大カショウとかマカカショウというふうに
官訳では言われるんですけれども
ただこのお坊さんって
一番弟子ではなかったんですよ。
本来の一番弟子は
サーリブッダ尊者というお坊さんなんですね。
結集のきっかけと戒律成立の背景
ただこの方はブッダより先に亡くなっているんです。
ブッダは自分が亡くなった後に
後継者というものを指名しなかったんですね。
自分の説いた教え
そして自分が残した仏教組織の規律
これを自分の後の師匠としなさい
というふうに言われるんですね。
でもサーリブッダ尊者が生きてた時には
ブッダはこんなこと言われてるんです。
自分の後を継ぐのはサーリブッダであると。
だからこのサーリブッダ尊者が生きてたら
その後の仏教っていうのは
もしかすると全く違う形になったんじゃないかな
ってことも思ったりするんですね。
だから歴史っていうのはこういう
イフっていうもしこうだったらってことが
やっぱりすごくつきものじゃないですか。
日本の明治維新とかでもそうですよね。
もし幕府の安倍政宏が
組織分裂と時代の変化への対応
もうちょっと長生きしてたらとか
もしも島津成明が長生きしていたらとかね
もしも吉田松陰が長生きしていたらとかね
そういうイフがたくさんありますね。
いずれにしても全然違った未来になったんじゃないか
って思うことがたくさんあるんですけれども
このサーリブッダ尊者が生きていた時に
いた場合も全く違い未来があったんじゃないかな
ってことを思わせますね。
第1話では触れなかったんですけど
このブッダのお骨に関しても
少し面白い話があるんですよ。
ブッダのお骨っていうのは
19世紀にイギリス人入植者のウィリアムペッペ
っていう人によって発見されたっていう
これ話しましたかね。
その一部が現在の名古屋の
ニッタイジってお寺に収められてる。
ただこの話には続きがあるんです。
1970年代このペッペが発掘した場所と
全く同じ場所で
もう1回発掘調査が行われたんですね。
伝承の真偽とテキストの読み方
するとペッペが発掘した場所層地層ですね。
この地層よりもさらに下の下層から
別の骨壺が見つかったんですよ。
そして年代測定をすると
そちらの方が古いんですね。
ブッダの生きてた時代と
重なる可能性が出てきたんです。
これどういうことなのかっていうのが
これいくつか説があるんですけども
その中の一つがこんな仮説なんです。
新しく見つかったこのお骨こそが
ブッダが亡くなった後に
ブッダの部族、釈迦族ですね。
に分配された
本来のブッダのお骨だったんじゃないかと。
そしてペッペが見つけたお骨は
その後アショウカオが掘り返しましたよね。
細かく分けましたね。
その細かく分けた後に
再び埋葬したものなんじゃないかと。
こういう仮説があるんですね。
もしこれ本当にそうだとしたら
仏教を支えた歴代スポンサーたち
仏教の伝承だったもの、伝説ですよね。
これが考古学によって
裏付けられることになるんですね。
わからないんですよ。
これまだ仮説の一つなんですけども
ただこれはすごくロマンがある話だなと思って
私は好きなんですよ。
もちろん繰り返しますけど
今のところは仮説の一つです。
この第1話の次に
第2話の話しましたけれども
ここで血柱の話しましたね。
お坊さんたちが集まって会議をした話ですね。
これはブッダの死を知った
スバッタという弟子の一人が
ようやく口うるさい年寄りがいなくなったと
ここからは好きにやらせてもらうって
こんなことを言うんですね。
それを聞いたマハーカスサバ長老が
これは良くないぞって危機感を抱いて
話し合いでコンセンサス合理形成をしようと
これが血柱なんだそういう話でしたね。
実はこの仏教には
こういうふうな素行不良のお坊さんっていうのが
たびたび出てくるんですよ。
その中で代表的なのが
六群璧って言われる人です。
6人眠れてたから六群って言うんです。
璧っていうのは男性のお坊さんのことですね。
大乗仏教成立の謎と多面的な要因
いわばこれ問題字グループなんです。
仏教のルールブック
お坊さんの規則が載っているものを
これ律って言うっていう話しましたね。
この律が載っている書物律像って言うんですけど
これ見るとよくわかるんですけど
この規則っていうのは
最初から全部決まってたわけじゃないんですよ。
この集団生活を送る中で問題が生じますね。
サポーターへの感謝と今後の展望
その問題を受けてルールが出来上がるんですね。
だから規則が先にあるんじゃなくて
問題が先にあるんです。
律像を読んでたら
同じお坊さんの名前が何回も出てくるんですよ。
その人のせいで複数のルールが制定されてるんですね。
読んでて思わずまたお前かみたいな
思わずこう言いたくなるところがあるんですけど
でもそこに人間らしさというか
体温が感じられると言いますかね
そういう面白さがあるんですね。
次第3話
第3話では
インドの南方の仏教で伝わる
仏教組織分裂の話をしました。
この話のきっかけっていうのは
お金をお布施として受け取るかどうか
そこから仏教の規則をどう変えるべきか
それとも守り続けるべきなのか
そういう対立が生まれていったっていう話ですね。
このバランスって
私すごく難しい問題だなと思うんですね。
時代の変化ってやっぱり対応しなきゃいけないですよ。
でも全部を変えてしまったら
最終的には仏教じゃなくなっちゃう可能性が高いんですね。
例えばインドでは
神仏の前では裸足っていうのが礼儀なんですよ。
でも日本だとどうです?
もしお坊さんが裸足でお葬式に来たらどう思います?
おそらく非常識だって思いますよね。
文化が変わったら
礼儀っていうものも変わるんです。
宗教が広がっていくっていうのは
そういう礼儀とか文化の調整の連続なんですね。
実際にあったのが
中国の偽状っていうお坊さんがインドに留学して
インドで裸足の作法を知ったときに
これ中国はみんな靴を履いてると
これ良くないから裸足にしようっていうふうに
中国に帰ったと言うんですね。
でもやっぱり受け入れられないんですよ。
やっぱり中国の価値観っていう文化があるので
それを異国の文化をこうやって持ち込んだところで
いやいやそれは異国の話でしょっていうふうに終わって
そのままシリスボミになるんですね。
こういうことがあるので
本当にこれ難しい話だなってことを改めて思いました。
その次第4話では反対に
北西インドの仏教分裂の伝承の話をご紹介しました。
この大天というお坊さんが
アラカンっていう悟りの最上位ですね。
この権威を落としめて
それが原因で仏教が分裂した。
そういう話でしたね。
ただこの話には疑問もあるんですね。
この北西インドの仏教のグループがあるんですけど
このグループが自分たちの仏教グループの正当性を
主張するために作った。
そういう物語だったんじゃないか
そういう見方があるんですね。
ここで問われているのは
私たちが伝承とかテキストっていうのを
どういうふうに捉えるかってことなんです。
伝えられていることを果たして本当に
そのまま受け取っていいのかっていうこと
これが私たちに問われるんですね。
実は仏陀はカーラーマ教っていう初期教典の中で
人から聞いたことや教典に書いてあること
そして自分が言うことすらも
鵜呑みにしちゃいけないよって言われてるんですね。
そういうところがここ問われるんですよ。
これ日常生活でも同じだなと思うんです。
現代はSNSとかテレビもそうですけれども
いろんな情報がひっきりなしに流れてきますね。
そういうものを全部鵜呑みにしちゃいけないんですね。
仏陀なら間違いなくそういうふうに言われるはずです。
次第5はここでは阿修家王の話をしました。
仏教が最盛期を迎える原因になったスポンサーですね。
仏教っていうのはこれ繰り返しになりますけど
皆さんの寄付によって成立をする宗教です。
お坊さんっていうのは原則として労働が禁じられます。
だからスポンサーの存在っていうものが
組織の浮き沈みというものに直結をするんですね。
インドではこの阿修家王の後にも
西暦2世紀ごろにはクシアナ王朝のカニシカ王とか
あと7世紀ごろにインドを旅した
中国のお坊さんがゲンジョウっているんですけれども
この方とかはハルシャバルタナ王っていう王様が
スポンサーになってたって言われてます。
だからゲンジョウ三象はゲンジョウ三象って通称ですね。
ゲンジョウっていうお坊さんは
象に乗って移動してたって言われるんですよ。
スポンサーのおかげで。
だから高級会社なんか目じゃないですね。
中国でも時の皇帝とか
あと日本でも天皇がスポンサーになってやってきたんですけれども
こういう支援者のおかげで
仏教っていうのは続いてきたし広がっていったんですね。
特に大きいのが彼らは権力者でありながらインフルエンサーでもあったので
そういう人たちがスポンサーになるっていうのはやっぱりインパクトがあって
波及効果もありますよね。
そういう人たちがスポンサーになって
一般の民衆の人たちも自分たちも支援しようとなった。
これが支援の流れとしてあったということですね。
今仏教が苦しいのはこれがちょっと少ないからでしょうね。
第6話ここでは大乗仏教の成立についてお話をしました。
正直なところわからないことが多い断定できることはあまりないですね。
ただ研究の積み重ねによって
少しずつ大乗仏教が出来上がった輪郭が見えてきている
そういう段階にありますね。
仏教ではいろんな出来事っていろんな原因が重なって生じるんだよって言うんですけど
大乗仏教の成立もまさにそういうところなんだということです。
このシリーズを振り返りながら補足をしてきました。
最後に今回のシリーズもサポーターの方々のご支援のおかげで
制作配信することができました。
なかなか普段社員をお伝えする機会がなくて
心苦しくも感じていたんですけれども
本当にいつも皆様のサポーターの皆様のご案内もお祈り申し上げております。
仏教では支援してくださった方に対して
この社員を直接的にお伝えすると
支援してくださった方のその徳というものを損なうんだっていう
こういうことが言われるんですね。
だからなかなか普段社員を直接的にお伝えする
ということを控えてるんですけれども
ただ控えてるだけで
気持ちの中では心の中ではものすごくありがたいなって気持ちで
いつも溢れておりますので
それが何とかサポーターの皆様にも伝わると
いいなというふうに思っております。
まだこの番組はご支援が必要な状況にあります。
正直なところ収入より支出が上回っている
そういう状態が続いておりますので
引き続きサポーターを募集しております。
詳しいことはこの概要欄のリンクをタップして
ご覧いただいてお申し込みいただければ大変幸いです。
今回のシリーズでも新たに3名の方がサポーターに加わってくださいました。
本当に心の中はありがたい気持ちで溢れております。
次回から新シリーズ中国仏教編をお送りしたいと思います。
ぜひ楽しみにしていただければなと思います。
ではまた来週お会いしましょう。
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