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【仏滅後の仏教編#6】大乗仏教、成立の謎に迫る。アウトサイダーか?異端者か?
2026-03-28 14:01

【仏滅後の仏教編#6】大乗仏教、成立の謎に迫る。アウトサイダーか?異端者か?

▼今週のトピック


大乗仏教の成立と味噌の発酵/


根本分裂と枝末分裂の歴史/


破僧の禁止とラーメン屋の暖簾分け/


インド哲学思想との競合と生存戦略/


仏教の広がりと他宗教との比較/


大乗仏教、仏塔起源説とその変遷/


アウトサイダーによる大乗仏教起源説/


組織内ムーブメントとしての大乗仏教起源説/


般若心経と伝統仏教の深い関係


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▼パーソナリティ:大忍 貫道


1987年福岡県生まれ。花園大学文学部卒業。臨済宗妙心寺派。

尾張妙興寺僧堂にて修行。

2011年より九州地方の臨済宗妙心寺派寺院にて住職を務める。

SNSでも仏教の情報発信を行い、Instagramフォロワーは4万人を超え、Podcastフォロワーは2千人を超える。

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サマリー

大乗仏教は、紀元前後頃にインドで成立した、人々の救済を優先する仏教です。その成立には、仏教組織内の小さな変化が積み重なり、外部の哲学思想との競合や、組織内での改革運動といった要因が絡み合っています。アウトサイダー説や組織内ムーブメント説など、その起源には諸説ありますが、伝統仏教の教えを踏まえつつ、新たな思想を生み出していったと考えられています。

大乗仏教の成立と教科書の説明
かんどう和尚のはじめての仏教。
学生時代、社会の授業で、仏教についてもその歴史、学ばれましたよね。
では、日本の仏教は、何仏教と呼ばれているか、覚えておられますか?
そうです。大乗仏教ですね。
教科書では、次のように説明されます。
紀元前後頃、インドで大乗仏教が成立した。
これは、出家者だけではなく、広く人々の救いを目指した仏教である。
大乗仏教では、人々の救済を優先する菩薩の理想が重視され、観音菩薩などが信仰された。
また、補経経などの新しい経典が作られ、中国、朝鮮、日本へと広がっていった。
この説明だけ聞くと、大乗仏教というものが突然変異的に誕生したように感じられるかもしれません。
でも実はそんなことなくて、それまでの仏教内で起こってきた小さな変化が積み重なって連動をしたことで生まれてきました。
ミソとかヌカヅケに似てますね。
ある日突然出来上がるわけではない。目に見えない小さな発光が静かに積み重なって、ある時点によって味として現れてくる。
大乗仏教もそれとよく似てます。
では具体的に、このような大乗仏教はどのような経緯で生まれてきたのか、今回はそのお話です。
仏教組織の分裂と部派仏教
前回お話ししたように仏教組織は何らかの原因により2つに分裂します。
それがさらに時間が経過すると20前後のグループに分裂したということが記録に残っています。
最初の分裂を根本分裂と呼び、2回目の分裂を始末分裂と言います。
枝という字に末広がりの末で始末ということですね。始末分裂。
これらのグループは自分たちのことを〇〇部とか××派と辞書をしたことから、この時代の仏教を部派仏教と呼びます。
どのように分裂していったかはテキストによって揺れがあるんですけど、始末分裂のきっかけとなった出来事に、前回お話をした阿聖歌王が大きく関わっている。
このような説を仏教学者の佐々木静香先生が唱えておられます。
破僧の禁止とラーメン屋の暖簾分け
概要をご紹介しますが、仏教における重罪の一つに教団組織を分裂させるというものがあります。
これを破僧と言います。破るという字に僧類の僧。僧というのは今では一人のお坊さんを指す言葉になってますけれども、もともと僧というのは複数のお坊さんの組織のことを指すようになってます。
教団という意味ですね。本当はね。だからこの教団を破る分裂させるということで破僧と言うんです。
これ例えばラーメン屋さんというのは修行した人が独立して新たなお店を出すの連分けというシステムがありますね。
しかし、仏陀はそれを許さなかったんです。何をもっての連分け、教団を分裂させたとみなすのかというと、仏陀の教えに反したことを、これが仏陀の教えだと主張をして、徒党を組んで組織を分裂させることです。
これもちょっと長浜ラーメンで例えさせてもらうんですけれども、修行してた元祖長浜ラーメンのお店から独立をした上に豚骨である長浜ラーメンとは全く違う醤油ラーメンを長浜ラーメンだとして主張をするというのもです。
しかも修行したお店の従業員をごっそりと引き抜くような感じですね。
すみません、ちょっとラーメンの例えばっかりなんですけれども、このようにの連分けは絶対に許さない。これが仏陀の姿勢だったんですけれども、根本分裂の話でも見られたように、仏陀が亡くなってから時間が経つと、次第に弟子たちそれぞれの考え方の差異が顕著になっていきます。
外部との交流と生存戦略
これまで話してきた中でも触れてきたんですけど、仏陀がどのように悟りに至ったのか、仏陀の悟りとは何なのか、こういうところにもいくつかの説がありましたよね。
あのように意見や思想の違いっていうのが生じていて、それが時間の経過とともに次第に大きくなっていくんです。またそれに加えて外部との交流が盛んになったことも大きかった。
古代インドには仏教以外にも多くの哲学思想が存在していました。先ほど長浜ラーメンの話出しましたけど、長浜ラーメンもどこが正当な長浜ラーメンかを争っているだけではダメですよね。
どれだけ正当性があっても、実際にお客さんから選んでもらわないといけない。ラーメンというジャンルで他のお店に買っていかないと経営は成り立ちません。
仏教もそれと同じで、仏教の中だけで正当性を争っているだけではダメなんですね。仏教以外の哲学思想とも対決をして、自分たちの正しさを証明していかないとならない。こういうふうになっていくんです。
特に仏教というのは出家者の生産活動を禁じてて、世間の人々からの寄付によって運命されていく。だからなおさら他の思想よりも優れているということを証明していかないとならないんですね。こういうことが仏教内で思想のバリエーションが出てきたこの一因だろうと思います。
部派仏教の定義変更と覇宗化王
ただこうなってくると従来の覇想の定義ではそういういろんなバリエーションも許容できないんですね。なぜなら従来の定義だとどれか一つを正当として、それ以外は異端ということになってしまうからです。そこで覇想の定義を変更したのだと佐々木静香先生は見ておられます。
それまでの仏陀の教えでないものを覇想とするのではなく、一緒に儀式をやらなかったら覇想とみなすとこのように変更されたのだと。考え方が違っていても一緒に儀式をやる限りは仲間だとみなすんですね。
これによって仏教内の考え方の異なる人々が共存することが可能になって、この後ろ盾になったのが覇想化王ではないかと佐々木静香先生は指摘しています。
その後、仏教はインドを飛び出して中国、日本と文化圏の異なる地域にも広がっていきますが、これは覇想化王の時代において考え方の違いを問題としなくなったことで地域ごとにローカライズすることが可能になった。
このことがかなり大きかったんだろうと思うんです。実は仏教と同じ時期に起こったジャイナ教という宗教があるんですけど、このジャイナ教は原理主義を貫いてて今日までインド国内に残っています。仏教はインド国内に残れませんでしたから対照的ですね。
大乗仏教の起源説:ストゥーパ起源説
でも反対にジャイナ教は仏教と違ってインド国外には進出できなかったんです。すごく対照的ですね。これはもしかすると仏教のもう一つの未来の姿だったのかもしれません。では具体的にどのように大乗仏教が始まったのか。これははっきりとはわかっていません。
これまで多くの学者さんたちによっていろんな説が唱えられてきました。このシリーズでは2つの仏教組織分裂の伝承をご紹介しましたが、当初はこの時に分裂した改革派のグループが大乗仏教になったのだと考えられていました。
しかし研究が進むにつれていやそうではないとストゥーパに集う人たちが大乗仏教の組織を作ったんだとこういう説が登場します。ストゥーパっていうのはこれ前回も申しましたけど仏陀の遺骨を埋葬した場所に建てられた建造物のことです。これを供養することによって来世は天に生まれ変わることができるとあとは悟りに至ることができると信仰されるんですね。
そしてそれを信仰する在家の仏教徒の人たちの集団が大乗仏教の組織になっていったのだとこういう説です。これは一昔前まで日本では定説として扱われてきました。でもこれも批判的に再検討されて今時では否定されています。
大乗仏教の起源説:アウトサイダー説
では近年ではどういう説が言われているか。主に二つの説が言われます。一つはグレゴリー・ショペンという学者によって唱えられた説アウトサイダー説って私勝手に呼んでるんですけれども従来の仏教組織のあり方に疑問を持つ人々がいて彼らは僧院お寺ですねここから離れて森のような人気のないところで修行をしていたと。
そんな彼らのような少数派の集団要はアウトサイダーですねこういう人たちが大乗仏教になっていったのではないかとこういう説でこれなんかジャズの始まりに似てるなと思うんですけどジャズも最初から音楽の中心にあったわけではありません。
当時の正当な音楽の枠から少し外れたところで自由な表現を求める人たちが生み出したもの。しかしその表現が多くの人の心をつかんでやがて一つの大きな音楽文化になっていった。大乗仏教もある意味それに似た歩みをしたのかもしれないですね。これとは別のもう一つの説。
大乗仏教の起源説:組織内ムーブメント説
それはそれぞれ伝統的な従来のさっき言った部派仏教ですね〇〇派とか〇〇部って自称したそういう伝統的な仏教のグループ20ぐらいあったと言われてますけれどもこれらのグループに属しながらも個別に独特の信仰を持ったお坊さんたちがいてそこに大乗仏教のルーツがあるのではないかとこういう説。
当時仏教組織20ぐらいのグループに分かれてたんですけれどもそれぞれのグループに属しているお坊さんの中にも自分が属しているグループとは異なる思想を持つ人々がいたと彼らが個々人で信仰していたものがやがて連動して一大ムーブメントになった。これが大乗仏教の始まりの実態ではないかということです。
例えるなら、会社に勤めている人の考え方がその勤めている会社の思想に100%合致するってことはないですよね。最初、例えば合致していたとしても働いていくうちにだんだんと考え方が変わってきて最終的には独立する人も出てきますよね。そして起業して新たな仲間、社員たちと仕事をしていく。
この説によると大乗仏教の始まりもこういうもので、仏教という組織に属していた人たちが修行を続けていくうちに考え方が変わっていった。そして従来の仏教組織では自分のやりたいことがやれないようになってきたので独立をする。そういう現象が一つの仏教グループからだけ起こったのか複数の仏教グループから同時に起こったのかはわからないんです。
般若心経と伝統仏教の関係
ただ、一人二人がそうだったわけではなくて、そういう人たちがたくさんいたんだということ。そうやってたくさんいて独立していった人たちのムーブメントも大乗仏教と呼ぶんだと。これはどちらの説にも通じるんですけども、大乗仏教のお坊さんたちがそれまでの伝統的な仏教グループで学んでいた痕跡は大乗仏教の人々によって作られたお経の中には随所に見られます。
例えば、日本で最も有名なお経と言われる般若心経。あれは空という考え方を中心に据えたグループが作ったお経になるんですけど、お経をつぶさに見ていくと伝統的な部派仏教の境地を踏まえていることがよくわかります。つまり、般若心経を作ったグループの人々が伝統仏教の中で学んでいたということなんです。
ということで、大乗仏教の始まりを断定することはできないんですけれども、なんとなくどのように大乗仏教が生まれてきたのかは見えたのではないでしょうか。次回はこのシリーズを振り返るソーカスや補足、またアフタートークをお送りしたいと思います。
次回予告と番組への協力依頼
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