人の手柄を奪う「ずる賢い人」にどう向き合うか?マハーカッサパと弟子の物語を通じ、ブッダが説いた「愚か者と歩むなら独りでいよ」という教えを解説します。現代の人間関係にも通じる、孤独と智慧の処世術です。
【目次】
マハーカッサパと二人の弟子の物語
ダンマパダ第61偈
【出典】
ダンマパダ・アッタカター
【ご支援はこちらから】
https://kando-bukkyo.jp/mothlysupport/
【お問い合わせはこちら】
https://kando-bukkyo.jp/top-2/contact/
【大忍貫道プロフィール】
1987年福岡県生まれ。花園大学文学部卒業。臨済宗妙心寺派僧侶。
尾張妙興寺僧堂にて修行。
2011年より九州地方の臨済宗妙心寺派寺院にて住職を務める。
SNSでも仏教の情報発信を行い、Instagram フォロワーは4万人を超え、Podcastフォロワーは3千人を超える。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
人の手柄を横取りする「ずる賢い人」との向き合い方について、ブッダの教えとマハーカッサパ長老の物語を通して解説します。真面目な弟子がずる賢い弟子を懲らしめようとするも、かえって長老の怒りを買い、最終的に長老の住まいに放火するという事件に発展します。ブッダは、このような愚か者といるくらいなら独りでいる方が良いと説き、人間関係における賢明な選択の重要性を説いています。
ずる賢い人との遭遇
人の手柄を自分の手柄にしてしまう人っていますよね。
皆さんの脳裏にもどなたかの顔が浮かばれたかもしれませんけれども、
実際に被害に遭った方もおられるんじゃないですかね。
人生を歩んでますと、必ずどこかでそういう人と出会います。
このようなズル賢い人は、じゃあ現代特有なのか?って言うと、やっぱりそんなことはありませんで、
古代インドにもいたんですね。
今回は、そういうズル賢い人に対して、どのように行動していけばいいのか。
仏教に伝わる物語と、ブッダの教えをご紹介したいと思います。
マハーカッサパ長老と二人の弟子
ブッダには様々な個性的なお弟子さんがおられまして、
その中でストイックさならこの人の右に出るものはいないと、こう言われた弟子がいました。
その名をマハアカッサパと言います。
観薬経典だとマカカショウとかダイカショウと表記されるんですけれども、
このマハアカッサパ長老は大変ストイックで、次のような生活をしていたと伝わっています。
墓場とか、ゴミ捨て場に捨てられた布切れを拾い集めて、これを縫い合わせた衣を着ると。
あとは、信者の方々から食事に招待されてもそれを受けなくて、
家々を回って卓発した、これは言わばその家の余り物ですね。
これだけを食べたとかね。
あとは決まった時間に一日一度だけ食事をしたとか。
あとは建物の中に住まずに、野外で生活をしたとか、そういうことが言われています。
こういうストイックなマハアカッサパ長老に憧れる人っていうのもやっぱりおられまして、
ずる賢い弟子の振る舞い
ある時二人の弟子がマハアカッサパ長老と共に、ピッパリ屈と呼ばれる洞窟の中で生活をしていました。
そのうちの一人は大変真面目でして、長老の身の回りの世話にいとしんだんですけれども、
もう一人はずる賢い弟子でして、真面目な弟子がやった仕事をあだかも自分がやったかのように振る舞ってた。
例えばお坊さんの規則には、毎朝師匠のために洗顔の水とか歯ブラシを用意するっていうことが定められてるんですけれども、
いつも真面目な弟子がこれを用意してたんですね。
でもずる賢い弟子はあたかも自分が用意したかのように、
お師匠さん、洗顔の水と歯ブラシが用意できましたと、顔をお笑いくださいと、こうやって声かけに行ってたんですね。
やっぱりこういう人いるんですよ。
私も経験したことがあるのが、私が若い時にちょっとある由緒あるお寺でね、小僧としてお世話になってたんですけれども、
そこに小僧が何人かおりまして、老子と呼ばれる指導者の方がおられて、その方の身の回りのお世話をとしてね、食事とかを我々が小僧が用意するんですね。
毎朝ね、そうやって食事を用意してたんですけれども、一人だけ全然用意しない人がいたんですよ、サボってばっかりでね。
で、彼がでもサボってるんですけど、我々が用意した食事をですね、あたかも自分が用意したかのように、老子様、食事が用意できましたってよく声かけに行ってたんですね。
その様子見てね、他の実際に料理作ってた小僧たちは、うーんと、もやいもやした気持ちを抱いてたんですけれども、やっぱりそういう人いますよね。
真面目な弟子の仕掛け
で、いつもね、こういう調子だったので、真面目な方のお弟子さんは、この人、いつも私がやったことを自分がやったかのように言ってるなと、ちょっと懲らしめてやろうと、こう思ってあることを仕掛けます。
真面目な弟子は、ずる賢い弟子が眠っている間に、お風呂の水を少量だけ沸かして、小さな亀に入れてお風呂場に置きます。
でも少量なので、すぐに水は蒸発してしまう。湯気だけが出る状態になるんですね。
で、そのタイミングで、ずる賢い弟子は眠りから覚めまして、で、お風呂場から湯気が立っているのを見て、あ、これ真面目な弟子がお風呂を沸かしたんだなと、よし、手柄を取ってやろうと。
こう思って、マハアカスサバ長老のところに行きまして、お風呂が沸きましたので、お入りくださいと、私がお連れしますと言って、一緒にお風呂場に行く。
でも実際、お風呂場に行ってみるとあるのは、この小さな亀だけですね。湯気が出ている。どこにもお湯がないわけですね。
で、マハアカスサバ長老から、どこにお湯があるんだと、こうやって言われて、自分がまんまと真面目な弟子の策にはまったということに気づくんですね。
で、その様子を見たマハアカスサバ長老は、これはどういうことだろうかと思案しまして、あ、これまでズル賢い弟子は、真面目な弟子がやった仕事を、自分がやったかのように見せかけてたんだなと気づくんです。
それで、ズル賢い弟子に、そういうことをしちゃいけないと、お説教をします。
長老の説教と弟子の逆恨み
マハアカスサバ長老に叱られたズル賢い弟子は、自分のこれまでを顧みて、大いに反省はしなかったんですね。
それどころか、お師匠さんは、たかだかお湯のことで私に説教をしてきたと、恨みに思うんです。
なんかね、これもね、ほんとそういう人いるなって、モンスターの匂いがプンプンするんですね。
嘘と食料の横領
で、次の日、ズル賢い弟子は、一人で卓発に出かけまして、マハアカスサバ長老の熱心な信者の家に行きます。
信者から、マハアカスサバ長老はいかがお過ごしでしょうかと尋ねられますと、お師匠さんは病に伏せておられますと答えます。
もちろん嘘です。
その嘘を信じて長老を心配した信者の方は、じゃあ何か必要なものがあったら遠慮なくおっしゃってくださいと声をかけてくれる。
するとズル賢い弟子は、カッカクシカジカという食べ物が大変体に良いそうですから、それをご用意くださいと要求します。
信者の方は言われた通りにその食べ物を用意してくれまして、これをお渡しくださいと渡してくれる。
で、それをもらったズル賢い弟子は当然ですけれども、それを長老に渡すことはしませんで、帰り道で自分でそれを食べます。
翌日何も知らないマハカスタポ長老はその信者の家を訪れますと、長老様とお彼ら良くなられたんですねと、
昨日小僧さんから言われた通りに食事用意しましたけれども、お召し上がりになられましたかと尋ねられまして、
マハカスタポ長老はもう唖然として何も答えることができないんです。
すごくリアルな反応だなと思うんですけれども、純粋に答えに急したのもあると思うんですけど、
そんなすぐにバレる嘘をついた弟子への不信感というか戸惑いもあったんじゃないですかね。
放火事件とブッダの教え
洞窟に戻った長老はすぐにズル賢い弟子を呼びつけまして出席します。
もう何の申し開きもできないことをね、ズル賢い弟子はしてるんですけれども、出席されたズル賢い弟子はこう思うんです。
この間はたかだかお湯のことで私を嘘つき呼ばれし、今回は信者のところでご飯を食べただけなのに出席された。
もうたくさんだと逆恨みするんですね。
私たちは誰もが自己中心的には生きてると思うんです。やっぱり自分の行動とか言動を正当化する癖があるのを自分自身で感じます。
どうこうしたらこうなるんだなとも思うんですよ。だから実は彼と私たちは断絶してないんだと思うんです。
私たちの延長線上にこのモンスターはいるんですね。だから私たちは本当に気をつけないといけない。
翌日マハカッサパ長老がタクアスに出かけますと、残ったズル賢い弟子は棒で長老の使用してた器とか容器を全部破壊しまして、
最後には長老の住まいに火をつけて放火して逃げていきます。こういう事件があったということを後にブッダは報告を受けまして、
カッサパはこのような愚か者と一緒に住むくらいなら一人でいたほうがいいとこういうふうに言われて次の詩を唱えられました。
ブッダは常日頃から人の持つ影響力に着目をしておられました。自分と同等かそれ以上の人がいれば良い影響を受けて修行が進む。
でも自分より劣る、そこが悪いということですね。そういう人と一緒にいたらそういう良くない影響を受けてしまう。だから一緒にいないほうがいいんだと説かれるんですね。
世間では誰かといることをそれだけで良いことかのように言って、孤独なことを悪いことかのように言う時がありますよね。
でも仏教はそう考えないんです。人といることがそれだけで無条件に良いことだとはみなしてないんですね。あくまでも相手が良ければいいよと。でもそうじゃなかったらいないほうがいい。一人のほうがいいと。
感謝と支援のお願い
今週も最後までご視聴いただきありがとうございました。今月もサポーターの皆さんのおかげで番組を制作しお届けすることができました。
本当にありがたくて謝意を申し上げたいんですけれども、仏教ではご支援してくださった方々に謝意を申し上げると、その徳を損ねることになるとこういうふうに考えますので、あえて口には出しませんが、心の中では本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
これからも引き続きご支援いただけるとありがたく思います。それではまた来週もお会いしましょう。
10:16
コメント
スクロール