組織の課題と仏教の直面
かんどう和尚のはじめての仏教 誰しもが何らかのコミュニティや組織に所属しています。
会社もそうですし、身近なところで行くと町内会とか、PTAもそうですね。 このような組織の中で、最も統率が取れないのは何だと思いますか。
それは、構成員が多い組織です。 構成員が少ないと目が行き届くので、ちゃんと教育ができるんですね。
スポーツの教合校とかでは、あえて少数制にするというところがありますけど、あれはそういうことだと思います。
組織が大きくなればなる分、目が行き届かなくなるので、どうしても不祥事みたいなものが起こりやすくなる。
実は仏教もそのような問題に直面することになるんです。 では、仏教ではそれをどのように解決しようとしたのか。
仏典編纂会議「結集」の開催
それが今回の中心トピックです。 さて前回、ブッダの葬儀が終わり、なんとか遺骨の分配も終わりました。
ここで大パリニッパーナ教は終わりになるんですけど、この大パリニッパーナ教の続きとなるお話があります。
それが記されているのがお坊さんのルールブックである立像です。 この立像は出家者の生活規範や教団運営の規則をまとめたものになるんですが、
なぜその規則が作られたのかという物語の部分と具体的な条文が一体となっています。
その立像の中に、ブッダが亡くなった後に弟子たちが集まって会議を開いたという話が収録されていて、この会議のことを結集と言います。
この時には500人で行われたことから500結集って言うんですね。 この結集っていうのは集まることを結集するって言いますよね。
みんなの力を結集してことに当たったとか言う時のこの結集、この字です。
というか、この結集って言葉自体がこの結集に由来するんです。 この500結集の話こそが大パリニッパーナ教の続きとなるものになります。
弟子の不穏な発言と危機感
今回はこれに基づいて話を進めていきます。 ブッダの遺骨が分配された後、マハアカッサバ長老はこんなことを言います。
私がクシナーラーに向かう途中で休んでいる時に、クシナーラーの方面より一人の男が一輪の花を手に持ちながら歩いてきた。
そこで私はブッダが亡くなったことを知りました。 共に歩んでいた弟子たちは大いに悲しみましたが、その様子を見た
スバッタという弟子がこんなことを口にしたのです。 悲しむことなんてない。ようやくあの口うるさい年寄りがいなくなった。
我々はあの年寄りの束縛より自由になったんだ。 あいつはいつもあれをするな、これをするなと我々を悩ませてきた。
これからは自分の望むがままに生きることができるんだと。 とんでもないことを言う弟子がいたものはですね、
組織が大きくなりにつれて統制が効かなくなって教育が行き届かなくなっているんですね。
いわゆる大企業病の一種だろうと思います。 よく企業とかでも大きな企業とかは社員が不正行為を行ったことが明らかになったりしますけれども、
会社のガバナンスが効かなくなって社員が野放しになったりするんですよね。 そういう予兆が仏教組織においても見られてしまっている状況なんです。
このスバッタというのは、仏陀の最後の直弟子になったスバッタとは同じ名前なんですけれども、別人だと言われています。
合意形成の方法:暗唱とインドの文化
そのような予兆を見ていたマハーカスタパ長老は、これはまずいということで次のような提案をお坊さんたちにします。
みんなで集まって法と律とを確認しようと。
このマハーカスタパ長老はこれによって仏教組織におけるコンセンサス、合意形成を行おうとするんですね。
これができたら組織の構成員であるお坊さんたちは、好き勝手にすることはできないと。 スバッタみたいな人を野放しにしないことになるんですね。
この結柱を仏典編参会議と翻訳されたりします。
ただ一つだけ注意が必要なのが、この当時の仏教は紙に書き残すということをまだしていないんですね。
みんな暗記しなきゃいけないんですね。
なのでみんなで覚え合ったというのが、この仏典編参会議、結柱になっています。
そんなことできるの?覚え合って暗記できるの?と思うかもしれないんですけど、インド人はできるんですよね。
今でもインド人、インド人じゃないですけど、スリランカの方では全てのお経を覚えているというお坊さんが存在しています。
これは仏教に限らないんですけど、インドでは、学習するということは暗証するということと同等なんですね。
現在でもこのヒンドゥ教の成典を師匠から弟子に口伝えをするんですけど、その様子は私以前動画で見たことがあるんですが、
師匠が一句朗誦をして、口に出して、それを周囲の弟子たちが真似をするんですね。
それをずっと繰り返すんですけど、覚え方も特徴的で、前から読むだけじゃなくて、後ろから読んでみたりもするんですね。
例えば、あいうえおって覚えるのに、あいうえおの順番だけで我々は普通覚えますけど、それだけじゃなくて、おえういあっていうふうにも覚えるんです。
後ろからも読んでみるんですね。これは一例です、ほんの。もっと細かい覚え方をするんですけれども、私たちが想像する暗証とは質が違うんですね。
それがちょっとこれだけでもお分かりいただけるんじゃないかなと思います。
参加者の選定とアーナンダ尊者
ただ、ここで問題になってくるのが、どうやって合意形成するのかというところです。
お坊さん全員で集まってとかは無理ですよね。人数が多すぎて収集がつかなくなる可能性が高い。
そんな大勢の人が集まる場所というのも、そもそもほとんどないですね。
だから人数を絞る必要があるんです。それをマハカッサパ長老は500人ぐらいがちょうどいいのではって決めるんです。
次に、そのメンバーはどういう基準で選ばれるのか。極端な話ですけど、どこの馬の骨とも知れないお坊さんたちが集まって話し合いをしたところで、コンセンサスは得られないですね。
ちゃんと組織のみんなが認められるメンバーじゃないといけませんよね。
そこで悟りの最高位であるアラカン500人にしようということが決まります。
すると、他のお坊さんたちがアラカンではない、ある一人のお坊さんを推薦するんです。
誰かというと、アーナンダ尊者です。彼を入れるべきだと。
彼はまだアラカンにはなっていないけれども、仏陀の従者、月人として誰よりも仏陀の教えを聞いていると。
そのような声を受けて、マハカッサパ長老もアーナンダ尊者の参加を認めます。
ただ、アーナンダ尊者は自分がアラカンになっていなくて、この血柱に参加する資格がないということを感じているんですね。
そこで熱心に瞑想をしたところ、なんとかアラカンになることができて、無事に血柱に参加することができました。
最後に場所ですね。どこでやるのがふさわしいかなと。
そこでマガダ国の都であるラージャ川の七陽屈という場所が選ばれます。
ただ、ここですね、狭いんですよ。実際は。
だから500人入らないんじゃないのって思うんですけど、これ以上はやめましょう。
いずれにしてもこのような形で支度を整いまして、血柱が開催されることになります。
戒律(律)の確認とウパーリ尊者
血柱ではまず率の確認から行われます。
確認方法は司会兼信仰の役割を担っているマハアカッサパ長老が、率の専門家であるウパーリ尊者に、「第1条は何ですか?」って質問をしていくと。
それをウパーリ尊者が回答をして、それを回答したものをそこに集まった残りの498人のアラカンに問い直して、意義がなかったら承認となる。
承認されたら次第2条って進んでいくんですね。これをずっと繰り返していくというプロセスになっています。
このウパーリ尊者は多分初登場ですか?私のボットキャストでは。ちょっと追い立ちについて簡単にご説明しますね。
ウパーリ尊者はブッダの重大弟子の一人になるんですけど、会立に最も精通していた弟子と言われています。
もともとはブッダの出身部族であるシャーケア族のリハツ氏、トコヤさんですね。
会ったって伝わってまして、カーストは最も低いシュードラになります。
古代インドでは、爪とか髪とか、人間から分泌されるものっていうのは汚いものって考えられてるんですね。
だからそれに触れる仕事っていうのは蔑視されてるんです。
彼の出家ってすごく特徴的でして、このブッダがシャーケア族の故郷、カクペラバスというのに寄居したことがあったんですけど、
その時にアーナンダ尊者とか、このブッダの親族が出家するってなるんですね。
それを聞いた時に、じゃあ僕も一緒に出家したいですって言って出家したっていう人なんです。
ただ、このシャーケア族の人々は自分たちの生まれの良さ、彼らはシャーケア族は王族なので、
自分の羊の良さっていうのは鼻にかけて傲慢であったって言われてるんですね。
それをアーナンダ尊者たちは自分たちでも良くないって自覚してたそうです。
そこでウパワリ尊者はこの使用人なんですよ、リハツ氏っていうのは。
このウパワリ尊者を先に出家させて、出家した順番でこの仏教相談は上下関係を決めてたので、
自分たちの兄弟子にウパワリ尊者をするんですね。
こうやることで自分たちのこの傲慢さを抑えようとしたと、こんな風に言われてます。
仏教組織のルールである律というのは、社会監修であるカーストなどを無視する独自の規定になるんですね。
その専門家を最も低いカーストの執事であったウパワリ尊者が務めるっていうのは、これメッセージ性があるんですよ。
ちょっと脱線するんですけど、現在のインド憲法の草案を作った人って皆さんご存知ですか。
アンベードカルっていう方なんですけれども、彼はカーストから除外されているダリッドの出身なんですね。
触るだけで汚れが映るっていうことで不可植民と呼ばれてたそういう階級の人なんですけれども、
その彼がインド憲法を作ったっていう、これどこかウパワリ尊者に重なるところがあるんですね。
ちなみにこのアンベードカルさんは晩年仏教徒になるんです。
この方についてはいつか詳しくお話ししたいなというふうに思います。
教え(法)の確認と「如是我聞」
このウパワリ尊者を主とした律の確認はととこごりなく終わりまして、続いて仏陀の教え、法の確認に移ります。
ここでウパワリ尊者からアーナンド尊者にバトンタッチされます。
マハアカッサバ長老が問います、アーナンドよ、最初の教えはどこでどのように説かれたと。
するとアーナンド尊者はこのように回答します。
私はこのように聞きましたって言って回答を始めるんです。
これが簡易訳になってニョゼガモンというふうに言われます。
浄土宗さんとかで読まれる阿弥陀経とかはこのセットフレーズで始まりますよね。
これはこの時の血中を踏まえてのものになるんですね。
このようにしてマハアカッサバ長老はアーナンド尊者に質問を重ねていくんですけれども、
マハカッサパとアーナンダの対立
終盤に至ると雲行きが怪しくなってくるんです。
それは仏陀が亡くなる前に言った律に関する些細な情報は廃止してもいいと言っていたところです。
これについて仏陀が些細な情報と言われたんだけど、それは何ですかって問われるんですね。
でもアーナンド尊者は聞いていなかったので答えられないんです、仏陀に対して。
それでアーナンド尊者はマハアカッサバに詰められて謝罪に追い込まれるんですね。
ここは確かにアーナンド尊者に落ち度がありますよね。
でもこれで終わらないんです。
ここからマハアカッサバ長老による血中とは関係のない叱責が始まります。
まずお前は仏陀が生きている頃に仏陀の衣を踏んでしまったことがあったな。
あれは悪いことだからみんなの前で懺悔しなさいって責められるんですね。
それに対してアーナンド尊者は自分は決して仏陀をないがしろにして踏んだのではなくてあれはアクシデントですと。
だから私はそれは悪いとは思わないですけれどもあなたがそう言うなら懺悔しますって言って懺悔するんですね。
だから謝罪するんですよ。
明らかに納得していないんですねアーナンド尊者は。
実際律では恋でないものは罪に問わないという原則があるんですよ。
だからこれは罪にならないはずなのに詰められているんですね。
次にお前は仏陀の遺骨を男性よりも先に女性に拝ませた。
その女性の涙で仏陀の遺骨が濡れてしまったのは悪いことである。
お前のせいなんだからそれも懺悔、謝罪しなさいって。
これはちょっと行き過ぎですよね。
ここでもアーナンド尊者は私は悪いとは思わないけれども
そう言われるんだったら謝罪しますって言って謝るんですね。
さらにまだ続くんです。
仏陀はもう少し長生きしてもいいと言われたのに
お前はそれをほうけてて間に取り憑かれてて聞き逃したと。
それも謝罪しなさいって。
さらにお前は仏陀の養母、義理のお母さんであったマハーパジャパティに同情をして
女性を出家させてしまったと。
これも悪いことだから謝罪しなさいって言うんですね。
これはもう現代で言うと完全に差別ですね。
女性差別です。
他の箇所でもマハーカッサバ長老とアーナンド尊者の
折り合いが悪い様子が伺えるところって結構あるんですね。
実際考え方の違いがあったんだと思います。
これが時代が経つにつれてどんどんこの違いが広がっていって
ついに仏教の組織は分裂をすることになってしまうんですね。
次回はこの分裂についてお話をしたいと思います。