1. ゲストハウス女主人ジュリーの東京ジャーニー
  2. 夫の話から、生理的に無理な人..
夫の話から、生理的に無理な人の正体に気づいた
2026-03-24 16:30

夫の話から、生理的に無理な人の正体に気づいた


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f93251037dc4cc7e1acf5a5

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
こんにちは、東京でゲストハウスをやっているジュリーです。 今日はですね、出した本の感想をいただきまして、それことをベースにちょっと話していきたいなと思ってます。
どんな感想だったかというと、これ一部なんですけれども、 全般を通してジュリーさんはナオさんをリスペクトされているんだなぁと感じられ、自分を振り返り
やや反省しました、というご感想だったんですね。
そうかと思って、この本を読んだ方がこういうふうに感じてくださったんだということを思い、ちょっと思ったことがありまして、
正直ですね、 リスペクトはしてますね。
どういうポイントにリスペクトしているのかっていうことをもうちょっと話すとですね、
やっぱり私にはないものをお持ちなんだなぁということに、日々感じていて、それは
お会いした時から、お会いしたってなんで敬語を使わなきゃいけないのかわからないんですが、あった頃からそれは感じているんですね。
ちょっと適切な表現ではないんですが、憧れているようなところもあって、
彼自身ですね、 生きやすいというか、特に当時90年代の頃かな、生きやすいキャラクターではなかったような気もするんですが、
さらに20代後半で結婚してですね、それからずっと一緒に暮らしているんですね。
だから生活を共にするとですね、イラッとすることはたくさんありますが、
それでもイラッとするポイント自身がですね、私にはない、どうしてこうなんだろう、みたいな行動の連続でありまして、
これを発見すること自身がですね、ちょっと面白い、クスッと笑えちゃう、みたいな感じもあるんですね。
いろいろ拾っているとですね、時間がいくらあっても足りないので、出会った頃のことをちょっと思い返すんですが、
当時ですね、同じ大学にいてチャラいテニスサーだったって、テニスサークルで出会ったっていうのは、前にもどっかで話したような気がするんですが、
彼はですね、その中のわりとテニスサークルの中でも目立った存在ではあったんですが、
主にメインで、メジャーで人気があったのは、関西から東京にですね、来ている関西弁を駆使したクラスの人気者的な、笑いを取る、
03:03
外見とかよりはそのべしゃりが楽しいみたいな、そういう人たちがウェイウェイとキャーキャーと場を盛り上げるみたいな人がですね、やっぱり人気があったんですね。
なおさんというのは、関西人ではありませんし、面白いことは言わないんです。どっちかというと口数が少なく、端っこで何かおかしなことを言い続けているみたいなキャラクターだったんですね。
私が強烈に覚えているのは、自分で作り出したおかしな話を、しつこく、しつこく何回もずっと繰り返すみたいな。
そのあまりにもしつこいところ、まだ言ってんですか?みたいな、そのしつこさにみんな呆れ、面白がるみたいなですね。
例えばなんですが、日本語の語順がありますよね。私は何々した、私は何々を何々した、主語、目的語、述語という文の順番があったとして、
英語で受け身形というのをやったと思うんですけれども、主語を目的語、述語にして、受け身、b動詞でedをつけて、by何々みたいな。
この訓練というか、英語の問題をたくさん解いたことをご記憶の方も多いと思うんですが、これを日本語でやるんですよ。
日本語でやり続けるみたいな。目の前で起こった事象を全部日本語のまま受け身形にしていくんですね。
誰々が何々されている場合、誰々みたいな。これをめちゃめちゃしつこくずっと言ってるんですよね。
でもネタはたくさんありますよね。目の前で起こっていることを全部日本語で受け身形にしていけばいいわけなんで、
これをね、セニスの練習中だったりとか飲み会だったりとかずっとしつこく言っているから、みんななおさんまだそれを言っているんですか?みたいな。
呆れて面白がるみたいな。こういうね、ねちっこさみたいなのが昔からありました。
あと当時ですね、普通に多くの方が、主にテレビですよね。
テレビのドラマとか、テレビのCMとかそういったことに影響されまくってた時代だから、雑誌でこういうファッションが流行ればみんなそれを真似るし、髪型もそれに真似るしみたいな、そういう時代だったんですが、
もういちいちそれに反発するというかね、逆を行くみたいなところがあって、特に私との関係で、私たちは当時付き合っていたから、私もですね、少なからずそういうところがあり、
例えばクリスマスには一緒に会ってね、ご飯を食べるとか、プレゼントを渡し合うとか、そういうことをちょっと楽しみにしていたところがあったんですが、
06:09
もう付き合い始めて初めてのクリスマスの時に、こんなのは嘘だ!みたいな感じで、もうぶった切るみたいな感じだったんですね。
その態度も、なんだろうな、こういうのは僕は好きじゃないとか、そういうふうな説明がなくですね、もう頭こなしに、こんなのはダメだよ!みたいな感じで、切れちゃうみたいな。
なんでそんなところで切れるの?とは思うんですけれども、その切れ具合が面白いみたいな感じで、私はちょっと面白がってたところがあるんですよね。
彼が何を本物かっていうふうに、傾倒していたかというとですね、仏教ですよね。
仏教美術ですよね。仏教だ、密教だ、仏だ、みたいな感じで、そのアートの感覚にすごく彼は傾倒していて、
当時、親がどこかからもらってきた中古車、赤いハッチバックの中古車をペイントしまくるんですよ。
仏教美術だと言って、車内ですね、内装の天井に仏があって、しかもそれね、背景を全部真っ黄色、原色の黄色に背景を塗って、そこに緑のラインで仏を描くんですよね。
ちょうど車内の車の天井の照明がありますよね、車内の車の中の。あれがちょうどその仏の手が合わさっているところにちょうどそのライトが来て、
車内のライトをつけると、ぽわーんとね、その仏の手元がぽわーんと明るくなるみたいな、ありがたいみたいな雰囲気になるんですよね。
もちろん車内だけではありません。フロントもリアも。キャリアっていうのを、例えばスキーの板とか荷物を乗せるのを外側の上につけますよね、キャリア。
それも真っ金金に塗って、真っ金金に塗って、あとそのサイドミラーも緑だから黄色に塗り、横にもですね、ハスの鼻みたいなものをですね、大きく派手に原色で描いてるんですよ。
全部バンパーとかも金とか緑とかに塗って、ベースが赤い車だったので、そこに黄色と金と緑をですね、コントラストが派手になるように描き込んでるんですよね。
で、それを彼はインド車だというふうに呼び、その作品ですね、それを作るのに多分徹夜とかして何日もかけてやってるんですよね。
09:02
で、それ私知らなかったんですよ、そんなことに没頭してるなんて。で、ある日どうだ、ジャジャーンみたいな感じでインド車誕生みたいな感じで発表されちゃったんですよね。
で、このインド車は作品なんですけれども実用性も兼ねてるんです。で、彼のコンセプトではいくら渋滞があってもこのインド車に乗ってれば心は清らかみたいな、こんな素晴らしい車ないぞみたいな感じで彼はそのインド車を世に作品として放ったわけです。
もちろん自分でも乗ってスキーにも行くしそのね自慢のキャリア、金色に塗ったキャリアにスキーギターを設置してですね、冬は雪山で普段も学校にも家庭教室だけにも全部それを乗り回していたんです。
いよいよですね、車検が切れるだけでそのインド車にお別れするっていう日は、さようならインド車っていうですね、お別れ会を彼は催したんですね。
家の一軒家、彼の実家が一軒家でそれを一刀貸ししてみたいな、一刀狩りか、親家族がちょうどいない日を見計らってですね、一刀まるまるお別れパーティーだといって庭にそのインド車を配置してですね、30人とか40人呼んで1日パーティーしてましたよね。
私が端っこでカレーを作ってですね、人数分のカレーを作って、私も自分のお友達も呼んで、私のね、付き合っている人がインド車っていう作品をやってて、それのお別れ会があるから来るとか言うとみんな来るんですよね。
で、インド車さようならとか言って、インド車とみんな写真を撮るわけですよ。楽しい会でしたよね。横ではなんかそのカクテルを作るのが得意な人がいて、それは彼、直さんじゃなくて別の人なんですけども、彼がずっとですね、その会の時間中ずっとカクテルを作り続けたりとかですね。
そんなことをやってましたよね。
だからその自分のね、友達同級生がテニスさんのチャラい人たちがね、チャラチャラしてたのに、この間までテニスラケットをブンブン振って真っ黒に日焼けしてテニスしかしてなかったのに、ある時からスーツを着込んで就職活動をして、全国どこでも転勤OKみたいな大きな会社をね、入るのを目指して就職活動をするみたいなことは本当に心底やりたくなかったみたいな。
で、就職活動をする時期になったら、大学4年生になったらですね、髪の毛がどんどんどんどん伸びちゃって、で、当時デザインをね、やっぱり極めたいと、アートを極めたいっていう彼のやりたいことのためにですね、
12:07
代々木ゼミナール、代々木ですよね、今私たちのいる場所も代々木なんですけども、その頃から代々木が大好きだったみたいで、代々木のアートの先生、デザインの先生に指示し、その先生もですね、わざわざそんなね、早稲田まで出て就活しないで髪の毛も伸びちゃって、アートやデザインやりたいなんてお前は変だって言って、めっちゃ気に入られちゃって。
それ以来ずっとそのアーティストさんとは親交がありまして、その方の描いたアートをですね、今もこの私たちのゲストハウスには飾らせていただいてるんですけどね。そんなご縁で今に至るわけです。
まあ今とあんまり対してやってることは変わらないんですけれども、直さんというのはですね、ものすごく好きなことと嫌いなことがはっきりしているし、これと思うことについての情熱とか集中力はものすごいんですね。
だから頭の中の記憶力の分配、配分がそういうことにたくさん使ってるから、普通のことにはあんまり興味がないというか、割合がですね、逆れてないんですね。
だから例えばそのある人の属性、どこに住んでてどこの会社で家族構成がどうのとか、そういうことには一切興味がないというか、そういう情報を保持していく脳の容量がないんですね。
だからそういうことで人を区別したりとか好き嫌いってことはあんまりないんですよ。
その人自身と自分が交流して関わって、この人は良いとか、この人は邪気があるとか、この人は悪質みたいなことを彼はやっているんですね。
だからその人の自身の属性ってことで判断することは絶対にないんです。
でも私たちが20代だったり90年代とか平成に入ってからって、やっぱりその人はね、どういう会社にお勤めでどういう産業に従事されていて、
そういうどこどこ会社の誰々みたいなことで、みんなね人の価値というか人のレベルみたいなものを認知するような傾向が強い世代なので、そうじゃないなおさんの性格というかキャラも私はとてもリスペクトしているわけです。
それで生理的に嫌いな人っていう話にちょっと今日は展開しますけれども、
先日ですね、うちのバーであるイベントがあって、そこに来たある男性がですね、私が昔勤めていた時の仕事のですね、人事の仕事をしていたんですね。
会社の管理系というか経営の一部というかですね、そういう人事系の方で、この人が来てですね、男性なんですけれども、
なんかね、その場にいる人の会社はどこなのとか、どういう仕事をしてるのっていうことをいちいち一人一人聞いてるんですよ。
15:06
こんなねオフのというか、別に会社の人と会ってるわけじゃないし、しかもうちのバーだしみたいな。
ここで会った人一人一人に、君どういう仕事してるの?どういうところに住んでるの?みたいなことをいちいちづけづけね、聞いてるんですよ。
面接じゃねえぞみたいな感じなんですけど、それを見てたら私も本当にイラッとしちゃって、そもそもその人がやっぱり人事みたいな仕事でずっと会社、
大きな組織なのか小さいのかちょっとよく私も知りませんけれども、そういうところで生きてきて、そういうことをそういう情報を把握しないと人と関われない、
残念な人なんだなっていうことをなんとなく感じていたんですけども、目の前でそういう振る舞いが行われていたのを見てめちゃめちゃイラッとしたんですね。
ああ私この人やっぱり生理的に嫌いと確実に思いました。これダメだという話です。
なので今日は私がなおさんをリスペクトしている部分と、私が生理的に嫌いだなと感じる部分ということをお友達からいただいた本の感想から展開してみました。
長くなりました。聞いていただきありがとうございます。
16:30

コメント

スクロール