ポッドキャストへの情熱
最近、ポッドキャストという表現手段に強く惹かれている。
やってみたいという純粋な衝動を形にするため、今はAIと壁打ちを繰り返しながら、方向性や技術的な課題を一つずつクリアしているところだ。
まずは最初の一歩として、自分が何を話し、何を伝えたいのか。
その思考の断片を整理してみようと思う。
切り捨てられた音の中にこそ、真実がある。
私の本業である映像制作は、ある意味で切り捨てることの連続だ。
美しい旅先の風景を切り取るとき、私の手元にあるレコーダーは、カメラのフレームの外側に広がる膨大な世界の音を捉えている。
風のそよぎ、遠くの街の喧騒。
そして、その場で機材を操作しながら私自身が感じていた高揚感や迷い。
それらは完成した映像作品の中では、わずか数秒の環境音として収束されてしまう。
しかし、実はそのフレームの外側にこそ、クリエイターとしての思考の種が詰まっているのではないか。
この音をもっと純粋な形で届けられないか。
制作の裏側にある思考作業を誰かの進化の糧にできないか。
そんな思いが、私をポッドキャストという耳のメディアへと向かわせた。
音の探求と表現
これは、思考を構造化するための実験場。
私が目指すのは単なる日記ではない。
こだわりのフィールドレコーディングをベースにした音のブログであり、日々の思考を構造化していくための実験場だ。
なぜ今、あえて声と音だけにこだわるのか。
最高の一音を求めて機材を担ぐ私の視点が、どうリスナーの皆さんの小さな学びにつながっていくのか。
このシリーズでは、ポッドキャストの始め方続け方のロゴを残しながら、
映像、音声、テキストが交差する新しい発信の形を模索していきたい。
一歩ずつ音の風景を編むように。