こんにちは、遠藤嘉杉です。秋山ジョー賢司の経営者のマインドサプリ、秋山先生、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
さあ、ということでね、いきたいと思いますが。
はい。いや、あの、先日ね。
はいはい。
遠藤さんが、ほら、私のこう、ポッドキャストで喋った、フォーラムの告知というか、自分がこういう思いで、あの、関わっていますよっていう話をポッドキャストでしたと。
はいはいはい。
皆さんも聞いている方いらっしゃると思うんですけどね。
うんうん。
それを漫画にしてくれたじゃないですか。
ポッドキャストを読むね。
そうそうそう。
で、あの、全員分。
一人やったら、これ俺のもってなるかなって思い出したら、やばいやばいやばい、あれあれあれって。
大変、あの一週間寝れなかったです。
やっぱりそうなんだ。
めっちゃ時間かかりました。
もう全然、AIとか言ってすぐ作れるとか思われるじゃないですか。
うんうん。
全然わかんないですけど、もうね、全然いいんですよ。
できちゃうがゆえに全然うまくいかないんですよ。
ほんと大変でしたね。
そんな話じゃないですね。
いやいや、それも聞きたかったんです。
その中でね、ほら他の方のやつも、漫画なりポッドキャストを聞いたわけですよ。
うんうん。
その中で一つ、なるほどーと思ったのがあったので、自分の感想を言いたいだけなんですけども。
白石さんの話の中でね。
有機体人質の白石さん。
人はね、衝撃を受けないと行動は変わらないんですよ。
この言葉に、やっぱり衝撃を受けて。
ほうほうほう。
やっぱり私もいろんなものを勉強したり見に行ったりするじゃないですか。
その時の選択っていうのは、なるほどーと思って、結局自分がいいなーとか、なんか勉強になるんじゃないかなーって思っていくわけですよね。
うんうんうん。
ここでは、白石さんこれ、遠藤さんのエピソードだったんですけどね。
なんかよくわからないけど飛び込んだ。
そうしたら衝撃を受けたっていう話が、なんていうのかな、すごいびっくりしたというか、やっぱり自分が何かにこう、あえて衝撃を受けに行く感覚ってめちゃめちゃ大切だなと思ったんですよ。
白石さんの話は、あえて受けに行くけど自分の選択というよりも、それを超えたところのみたいな話でしたもんね。
そうなんですよ。これ難しいのは、だから俺も自分を衝撃を受けに行くから行こうぜっていうことでもないわけで。
はいはいはい。
ただやっぱりなんか、自分が結局ね、こう、信頼してる人とか、この人はいいなーと思ってる人に何か声かけられてね。
その中身がうーんというよりも、まあじゃあ行ってみっかみたいな。
そこで、なんか感動したということだけじゃなくて、うわっ何これ、うわっなんか気持ち悪いとかね。
何なのこれは、みたいなところの、なんかこうすごく、私ができる芸術学校になったけど、なんかすごい大切なことを喋ってくれたなーっていう気がすごいしてましたね。
逆にどうなんですか?同じような経験あるんですか?
衝撃を受けに、自らのあれですよね、価値観の範囲の中で選んだものではなくて、
ちょっとこう予想外の、自分じゃ絶対選ばないようなものを、結果動いてしまった結果の衝撃によって、なんかドーンってなったみたいな話だったじゃないですか。
そうそうそうそう。私ね、一つ思い当たるのがあって、レンドウさんですよ。
いつの何の話ですか?
レンドウさんが、ある勉強に行くから一緒に行きませんかって言われて、よく分かんないけど行ったんですよ。
行ったら、私なんかその話が、なんか気持ち悪いっていうか、なんか違和感しかなくて、
なんか俺もこういうのは良いですみたいな。
だけど、なんかどっか自分の中に残ってて。
ありますよね、そういうの。
今その人間というか、経営の勉強、その勉強をさせてもらってるっていうのがあるんですけどね。
やっぱあの時は、なんかレンドウさんが行くから俺も行ってみようぐらいのところで行って、
感動しましたって、なんかこう気持ち悪い、なんか嫌だなっていう感覚が残ってた。
だけどそれが少し時間を経って、なんかすごい自分にとっては大切なものだったってことに後々こう気づいていくっていうのは、あれは一つ思い出しましたね。
なるほどね。ちょっとフォーラムは別にそれほど気持ち悪くなるような場を作ってるつもりはないのでね。
そうなるかはあれですが、いろんな角度で話が聞けると思いますんでね。
なので皆さんに紹介したかったのは、白石さんの漫画、レンドウさんが作った漫画はちょっと読んどいてほしいなと。
あれですか、じゃあ貼っておきますね。
ぜひぜひお願いします。
私の昔の恥ずかしい時代のね、やつ。
結果的に漫画に起こしたら再現性高くてびっくりして、結構リアルだなこれみたいな感じでしたけど。
さあ、ということで今日はそろそろお時間も来ましたし。
終わりますか。
本日もありがとうございました。
ありがとうございましたじゃないですか。これからこれから。
どうしますか。質問は今回一旦お休みしてということですかね。
今日ね、私の持ち込み企画って気になった話を皆さんに共有したいんですよ。
今日ずっと気になった話されてますけどね。
もう一つさせてくださいよ。
自分のお顧客というかお客さんの中で起きていることで少し気になったことがあって。
ある自分の刑事の方がね、自分が信頼してずっと長く一緒にやってきた方を役員とか幹部、役員にしたって話があるわけですよ。
っていう話があって、そこでもその後会社伸びたり逆にいろんな問題が起きちゃうわけですね。
ということが私の中であったわけですね。
法的な取締役という意味での役員に抜擢したという感じですか。
よくありますよね。
その後いろんな問題、うまくいった部分と問題が生じてっていう話が一個ある中で、
最近別のお客さんで新規事業を立ち上げたいと。
ただそのノウハウが自分のところには全くないので、
昔からの知人の信頼している方を役員として招き入れたいんだって話が来たんですよ。
なるほどって言って、じゃあその方とどういう話をしてるんですかっていうことを聞いたときに、
やはり結構何をするかとかどういう責任を持ってもらうかっていうのはめちゃめちゃ曖昧だったんですね。
役員の範囲広いですからね。
収書度高いし。
そうなんです。
ここでその2つの事例っていうのはすごい似てて、
結局経営者とかリーダーはいわゆる信じたい人を信じてしまうという現象が起きちゃうわけです。
これ旗から聞くとめちゃめちゃ当たり前があって、なんでそんなこと考えられないんですかって言うけど、結構目が深くって。
経営者の方っていうのは現実を見てないわけじゃなくて、
自分でワンマンになっちゃいけないとか、自分の足りないところを補いたいっていう謙虚な気持ちもあるわけですよ。
ただそういう気持ちがあるからこそ、長年やってる部下を役員として登用するとか、知ってる方に入ってもらうという、
一瞬謙虚というか相手を信じたいって気持ちがある。
ただ相手を信じるということ自体が悪いんじゃなくて、ここに一つ大きな落としがあって、
信じてる、信じたいという言葉を使ってですね、自分の判断の停止というか意思決定を停止してしまう場合があるんですよね。
信じたいっていうかあれですよね。この人のことを信じたいんだっていう方の信じたいというよりも、
この人を抜擢することで会社がうまくなるってことを信じたいみたいな話ですよね。
その通りなんですよ。結局これ、いわゆる心理学とか行動経済学でいうと拡張バイアスっていう言葉があって、
要するに自分が信じたいもの、見たいものの情報というものをより信じて、
自分が見たくないものの情報をより信じなくなるということが起きちゃうということなんですよ。
バイアスね。聞いて久しい言葉ですけど、久々に改めて聞きましたね。
そうなんですよね。実際何が起こったかって話を少し紹介したいんですけども、
昔からずっと仲間であった方を役員にしたと。
そのことでどんなことが起きたかというと、当然新しい事業を任せたんですけども、
それがどんどん進んだっていうプラス面はあったんですね。
ところが時間が経つにつれていろんな問題が出てきちゃったんですよ。
例えばその人はやっぱりめちゃめちゃ営業センスがあったので、
自分は数字を作れるんですけども、その部下が育っていかないとかね。
あとはその役員の方の部下が役員の方に対してなかなか相談をしにくいとか。
いろんなところで問題が起きてて、社長さんもいやこれ問題だなっていう風に薄々感じてるんだけど、
いやでも彼は長年僕と苦労を共にしてきた仲間だからとか、
自分の会社の理念とかを共有できてるとか、
あの苦しいところを乗り込んできてくれたからっていうところを自分の中で信じたくて、
その役員の方と面と向かってなかなか話をしなかったんですよね。
それはどんどん加速してってまずいなまずいなっても、
なんか自分が投与したっていう背景もあるので、
その膝を突き合わせなかなか話ができない結果、会社がだんだん分裂しちゃったんですよ。
結局その役員の方がやり方でまとまっている部署と、
その社長さんが自分の下を見ている部署で対立が起きちゃったんですよね。
社長対任せた人の元の社員みたいな一体多数みたいな構造になったってことですか?
派閥が2つに分かれちゃったって感じ。
社長派と役員派みたいな。
そっちのパターンですね。
結局それが問題が非常に大きくなりすぎて、
最終的にその役員の方を解雇するっていうところまで発展しちゃったんですよ。
派閥になったらなっちゃいますよね。
逆に言えば社長が知りづかれさせられるっていうリスクも起きてくるわけですよね。
やっぱりその方と過去のことをずっと自分が何が問題だったかなみたいな話をしたときに、
彼からも自分の中で問題は感じていたんだけども、
それでも自分が彼を信頼したとか、
自分が厳しい状況の中で役員になってもらったって言い方もしたかな。
そのポジションについてもらったっていうのがあるから、
なかなか問題を問題視できなかったって話だったんですね。
これって私たちの中で何が起きているかというと、
やっぱり自分が信じたい。
その人を投与したらこういう結果ができる、なるということを、
やっぱりその情報を自分の中で、
そっち側の、そういうふうにその人を見たいという気持ちが働いちゃうんですよね。
でも冒頭におっしゃられていた先ほどのバイアスってやつですよね。
そうなんです。
確証バイアスっていうんですかね。
自分の考えを見たいようにというか、
自分の都合のいい情報ばかり集めて、
反対のほうが見えなくなるってやつですよね。
そうなんですよ。
そのときにやっぱり他者が聞くと、
それって当然じゃないですかとか、
そんなことすぐ気づきましょうよって思うんですけども、
本人はなかなか気づけないんですよね。
やっぱり今回の確証バイアスの中で一つレッグになっていくのは、
人を信じることはいいことだみたいなことを、
私たちはちょっとその言葉に対してすがっちゃうというかね。
そういうのもあるのか。
ここでやっぱり、それでも信じたい人っているじゃないですか。
今回でいう役員の方。
自分の周りの人でこの人を信じたいなっていう。
その信じたいなという気持ち自体はめちゃめちゃ悪いことではない。
でも信じたいからこそ、何を曖昧にしちゃいけないのかとか、
何の部分はちゃんと話し合っていかなくちゃいけないのかなっていうと、
そこまで思考を持っていくとめちゃめちゃいい話なのに、
そこの思考を止めちゃうんですよね。
ですから、やっぱりここで皆さんのこれ、
一回チェックしていただきたいなと思うのは、
自分の部下を信じたいとか期待してる人っていらっしゃると思うんですよ、周囲に。
そのことはそのこととして思いながら、
だからこそ、この人、信じたい人とか期待してる人と、
何を曖昧にしちゃいけないのか、
どういうことを話し合っていかなくちゃいけないのかっていうところに
立ち返っていってほしいですよね。
なるほど。
具体的にどういうことですか?
具体的に話していく?
それができないって話じゃないんですか?
そうそう。だからこそできないからしなくちゃいけない。
例えば、さっき言ったように、私のお客さんで今後、
新規事業があるので、知人の方を役員として迎えると。
だからこそ、この人にどんな責任を負ってもらうのかとか、
どこまでやってもらうのかとか、
どのタイミングで一緒に見直していくのかっていう話を
しっかり詰めていくっていうところに立っていくっていうところが
すごい重要だなと思ってます。
それすらもせず、ただ信じて契約してこうしちゃうってことですか?
そうですね。
なんか、気持ち的にはわかるんですよね。
そういう話をしっかり詰めていくと、
信用してないと思われるんじゃないかなと思ってしまったりね。
でも逆にそこをスタートとして、
一緒に自分が期待をしたり、信じたいと思っている人ですから、
やっぱりだからこそ話し合いの機会が増えたり、
いろんな議論を増やしていくはずなのに、
逆に信じてる、期待してるから、
そのやりとりを省略してしまうんですよね。
そこに働いているのはどっちなんですか?
信じたいっていうか、いろいろあるじゃないですか。
特に役員の抜擢とか、
あと外からの例もありましたよね。
仲いい人っておっしゃられてましたっけ。
その場合って、いい条件で折り合いついて、
やっといい人材確保したって思っている系の立場からすると、
余計な話してこじれるぐらいだったら、
一旦確保しちゃって動いていきたいからこそ、
そもそも詰める気ないっていうのもあるじゃないですかって思うんですけど、
そもそも詰める気ないっていうか、
信じたいもそうですけど、その辺はどうなのかなと。
信じたいとか、その時期を成功したいということと、
だから詰めなくてもいいっていうところは、
また別途考えなくちゃいけないわけですよね。
だからやることを決めるとか、
曖昧なことをなるべく全部決めてぎゅうぎゅうにしていくということじゃなくて、
ここまではまず決めようねとか、ここはまだ曖昧だよね、
じゃあこれはこのタイミングでもう一回見直そうね、
というような、いわゆるコミュニケーションの量は
どうしても増やさなくちゃいけないですよね。
木山先生が言ったのは、やっぱりあまりにも都合よく信じて
詰めなきゃいけないこと、詰めなさすぎて意思決定をしすぎってこと?
どういうことですか?
意思決定、判断を先送りにしちゃうということです。意思決定。
ここまではやろうねとか、ここで見直そうねというような、
それって社長側の意思決定じゃないですか。
この人を採用する。だからまずここまでは託そうとか、
ここになったら見直そうとか、こういう話をしていこうということを
決めていくということを全部飛ばしてしまうことがあるんですよね。
それがなぜなのかというと、
やっぱりその人を信じたいという言葉で
思考するのを避けたいんですよ、どうしても私たちは。
要は思考を避けているということですか?
楽したいという言葉なのかな、言い方を変えちゃうと。
それがなぜかというと?
なぜかというと、その中で議論してぶつかることもあると思うんですよ、
話し合っていくと。そのぶつかることを避けたいとか、
自分が他のことを考えたい、このことはもう考えるのは手放したい、
みたいなところはやっぱりどうしても働いちゃうんですよね。
だから余計なことを起こさないずに、
うまいことを進めたいので、
それを信じるという言葉で、そういう自分を見ないようにしてしまう場合がありますよということです。
ああ、そういうことですね。
だから信じていないということですよね、結果蓋を開いてほじ上げていくと。
それって信じたいんじゃなくて、あなためんどくさいということでよろしいんですか、みたいな話ってことですか。
そういう意味ですね。
やっと全体像見えました。
ですからやっぱり、特に中小企業の経営者とかリーダーは、
とにかくいろんなことを考えなくちゃいけないとか、決めることってめちゃめちゃ実は多いんですよ。
部門ごとで意思決定をされない場合もあるので。
だからこそ注意していただきたいのは、信じたい、期待しているという言葉を使って、
自分がめんどくさいことを省いてないかどうか、
というところのチェックがあれば、期待している人とか、
これから一緒にやっていきたい人と、いい仕事というかな、
いい議論ができるというところに立ち回っていただきたいなと思いますね。