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#1013【心理学対談#32 宮元あいさん】モチベーションと成果はどちらが先?誰かに説明しようとすることで学習が定着する「説明学習」の心理学
2026-08-07 44:46

#1013【心理学対談#32 宮元あいさん】モチベーションと成果はどちらが先?誰かに説明しようとすることで学習が定着する「説明学習」の心理学

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00:00
はい、みなさんこんにちは。今日もまた対談で、スペシャルなゲストの方に来ていただいております。というか、僕が押しかけておりますの、実は昨日もある方に、村山先生以外の方にも会ってて。はいはい。
心理学者じゃないんですけどね。そう、村山先生からは取ってない。言えなかった、言えなかった。わかる。さすがにちょっとこれは。次回。次回は、はい、思うんですけど。
今日は宮本愛先生の研究室にお邪魔しております。はい。よろしくお願いします。よろしくお願いします。自己紹介をいただいてもよろしいでしょうか。はい、宮本愛と申します。
今、ドイツのフライブルグ大学というところで、ポスドック県大学講師をしております。専門は教育心理学で、ざっくり言うとモチベーションの研究だったりとか、最近は今日もお話ししたいなと思っている説明学習についての研究なんかをやっております。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。ちょっとなんか、側の話から聞いてもいいですか。はい、全然。例えば、あの、なんでドイツに来たのかとか。あー。聞いてみたいんですけど、改めて。もちろん、もちろん。はい。どういう経緯でフライブルグにいるんですかっていう。
いや、私、これよく聞かれるんですけど。うん、聞かれるでしょ。2つ理由があって、ちょっとカッコつけた理由を言うと、その私、大学院の終始からドイツに来てて、最初、
ミューヘン大学で終始やって、その後、バンベルク大学というところで博士やって、その後、マンハイムのライプニッツ研究所を経由して、今、フライブルグにいるんですけど。あれこれ、10年以上研究してるんですけど、
あの、そもそもドイツで心理学を勉強したいって、その終始の時に思った理由が、カッコいい奴は、あの、心理学ってドイツで生まれてるというか、そうなんですよ。まあ、やっぱ、ヒストリーがあるじゃないですか。そうそう。
そういうところで、オーセンティックな心理学を学んでみたかったっていうのが、ちょっと上辺な、
いやいや、そんなの言い過ぎ。なんですけど、実際は、ドイツの大学って、大学院含め、学費がないというのが、有名な話であるんですけど、
まあ、もちろん、州によってとか、大学によって、少しミニマムなチャージはあったりするんですけど、
当時は、私がミュウヘン大学に行ったときは、まったくなくて、で、まあ、あの、私、一回大学終わって、その後、社会人になって、
あの、英語をね、教える講師をしてたんです。日本のね、あの、そういう、語学学校みたいなところで。
で、まあ、教育に興味があって、もうちょっと勉強したいなと思ったときに、まあ、お金がなくて、若くて。いいですよ。
で、さすがに、収支いってから、もう20代後半に差し掛かるところで、親に、ちょっと学費出して、プラス留学費も出して、みたいなことは、言いにくく。
で、まあ、自分で行ける範囲でってなったときに、学費が、ただ。これは、いいと思って。
で、私、大学、そもそもカナダで、英語は得意だったんで、ドイツだと、英語のプログラムとかもあって、ドイツ語はできなくても、勉強できるというところで、
03:07
完全に、経済的な理由から、すごいチャレンジをしたっていう感じです。
ドイツ語、全然わかんない状態で、ドイツに来て。
え、授業は、ドイツ語でした?
いや、英語なんですよ。
そうそう。だから、ドイツ語がなくても、普通にプログラムに入れたんですよ。
入って、わあ、そうなんだ。
え、もうちょっと前の話、聞いていいですか?
はい。
カナダ行く前は、日本だったんですよね?
そうです、そうです、そうです。17、8までは、普通に、普通の日本人として、日本人の家庭に生まれ育ち、
英語も中学校1年生で、ABCを学び、みたいな感じで、
中7、18ぐらいの時に、高校3年生で、
英語留学を目的に、最初は高校を留学して、
その後も、楽しくって、カナダが。
え、そうなの?
親に頭を下げて、大学も4年間、そこで、心理学を学ばせてもらって。
なんか、いや、留学とか行く人もいるし、それこそ1年とかで行くの。
4年間行くのを決めるのって、けっこうな、
ね、なかなかいないです。
交換留学は行ったけど、正規留学はなかなかいなくて、
けっこう大変ですしね、受験して、合格して、手続きとかも。
いろいろ聞きたいんですけど、
なんか、そういうパーソナリティだったんですか?高校生の時とかも、
なんか、新しいことというか、どんどん冒険心というか、好奇心というか、
それこそ、あのね、研究のテーマかもわかんないですけど。
あー、たしかに。なんか、今の研究キャリアに、ちょっとつながってるストーリーがありまして、
でも、どっちかっていうと、そんな冒険心にあふれてるポジティブなものではなくて、
実はちょっとネガティブというか、もともとは。
で、あの、私、高校生の時に、けっこうその、地元では偏差値の高い高校に行ってたんですけど、
ちょっと、頑張って頑張って入った学校だったんで、
自分の能力には、たぶんマッチしてなくて、
落ちこぼれだったんですよ。
そうなんだ。
で、それで、勉強がすごくつらくなっちゃって、
で、最終的には学校に行けなくなっちゃう、不登校になっちゃうんですよ。
そうなんだ。
で、それで、でも自分の中で、これじゃダメだ、これじゃダメだと思って、
で、その時に、やっぱりこう、うつうつしてくると、モチベーションも下がってきて、
なんか、もともと学ぶことが楽しいとか好きっていう性格だったけど、
それが、そう思えなくなってきてしまうじゃないですか。
あー、そうなんだ。
で、そんな中で、なんか、唯一まだ好きって思えたのが、英語だったんですよ。
で、英語だったら、もうちょっと頑張れるかもしれないと思って、
で、まぁその当時、カナダっていうのが、すごいこう、私にとって魅力的な場所で、
で、カナダで勉強したいって思って、
カナダに向かうんですよね。
で、ごめんなさい、何の話でしたか?
そういうのが聞いてあったです。そうなんだ。
で、なんですけど、カナダに行ったら、高校3年生でね、
日本は当時、すごいなんかこう、受動的な授業スタイルで、
06:02
もう先生が服版になんか書いて、それをうつして、みたいなね。
そういうのも、やっぱその、勉強するモチベーションが下がっちゃった、
多分、要因になってたと思うんですよ、後から。
でも、カナダに行ったら、もうすでにそのときにですよ、もう何年前だろう?
本当に、今39歳だから、当時18歳とか、もう20年前とかですよね、ぐらいなんだけど、
もうすでに、カナダではアクティブでインタラクティブな教育がなされていて、
そこで、初めて英語でいろんなことを学んだときに、
すっごい楽しいって思ったんですよ、もう。
自分は同じ人間で、知能だって能力だって、そんな数年で変わるもんじゃないのに、
日本っていう環境と、カナダっていう環境で、環境とか国が変わるだけで、
こんなにも自分自身のモチベーションとか、能力、そして成果が変わるんだってことには、
若いながらに気づいて、どうしたら自分は、こういうふうにモチベーションを高く、成果を上げられる環境に身を置けるのか、
何が私を不登校にさせたり、またこうやって楽しく学ばせてもらえるような環境にさせてたのかっていうのを知りたくって、
そこがたぶん、心理学とか教育心理学っていう道へ進みたいっていうモチベーションになったのかなっていうふうに、そういうストーリーで。
だから、そんなに冒険心が強かったとかっていうわけではなく、
自分のそういうネガティブな経験から、どうしたらそれを回避できるのかって自分で考えたときに、
どういうことを学べば、そういう答えにたどり着けるのかっていうところから、今の道に進んだのかなっていう。
心理学は入るときから心理学だったんですか?
そうですね。
それはでも、言い方は別に面白そうみたいな感じですか?
そうですね。たぶん、自分の経験から、本当に私ダメな人間で、人間関係も本当に、恋愛関係もダメで、
でも、あるとき、心理学っていうものに、高校生のときに出会ったときに、教科書を読んだら、
その教科書に全部、私がダメな理由が書いてあったんですよ。
すごいことだ、それは。
こういうことかと。
なんか、例えば、ビッグフィッシュ・リトル・ポンド・エフェクトとか聞いたことあります?
胃の中の皮のところ。
ああ、そういうことか。
すごくレベルの高いところに行ってしまうと、普通の池にいるお魚さんよりも、自己肯定感が下がっちゃうみたいな。
まさに、自分は高校生のとき、そういう状況だったから、あんなにも勉強がつらいと感じたけど、
カナダに来て、その池から出たら、また環境が変わったから、自己肯定感が上がったんだとか、
教科書に全部書いてあって、心理学、たぶん私のための学問、バイブルかな、みたいな。
09:04
若いなりに、そのときに目覚めて、インスピレーションをもらって、そこからずっと心理学。
なるほど、じゃあそっちがあって、もうちょっと教育と勝手になっていくのは、さっき言った授業スタイルとか。
そうですね、そうですね。
面白いですね。
ありがとうございます。
すみません、長くなっちゃいました。
どうしようかというところなんですけど、今の言及の話の、もうちょっと前の、
アンヴェルグでやっておられたこととか、ちょっと聞いてみたいなと思っているんですけど、
今までの仕事を振り返ったときに、これ結構聞き方難しいんですけど、
何でも聞いてください。
自信があるというか、いろんな人に知ってほしい、みたいなものとかってあったりします?
はい、自信があるというか、すごい自分の中で興味があること?
はい、ありますあります。
アンヴェルグでは特に、モチベーションに関する研究をやってて、
前回のね、ポッドキャストのお話っていうか、雑談、対談、ごめんなさい、対談聞いたんですけど、
そのときにね、興味に関する研究をやってらっしゃるっていう研究者の方と対談されたと思うんですけど、
私もその興味に近いものをやっていて、
心理学用語だと内発的動機づけとかって言ったりしますけど、
内側からみなぎってくる、関心だったり興味だったり、学びたいっていう意欲だったり、みたいなものをね、内発的動機づけなんて言ったりしますけど、
その、私は読解力とか、読むっていうことに対しての楽しいとか、好きとか、読みたいみたいな気持ちを研究してたんですね。
で、それが大きなデータで、長期的に測られてるデータ、
だいたい、ドイツ人のサンプルで6千人くらいかな?の大きなデータをもとに、
10歳ぐらいから15、6歳ぐらいまで、読解に関して、本を読むっていうことに対する興味がどういうふうに変化するか、みたいなのを研究したものがあって、
結果から言うと、ものすごい距離下がっていったんですよ。毎年毎年。
学年を減るっていう。
そう。つらいですよね。
で、それが減っていくにつれて、もちろん読解力の伸びっていうのも、読解力自体は年齢とともに伸びてはいくんだが、
やっぱりモチベーションが下がれば下がるほど、そういう人で読解力の伸びも落ちていくっていうものがあって、
そこで、セオリー的にも言われているのが、内発的な動機、読解力に対する興味、読解に対する興味と、読解力成果っていうのは、相互作用しています。
12:16
人が好きなこととか、もっとやりたいって思うことは、実際、もっとやるから。本もたくさん読むし、好きだったら。
そうすると、やっぱ読解力も上がるから、成果も出やすい。
成果が出ると、今度は成果が出て、読むのが上手になるから、上手なことはもっと好きになるじゃないけど、
自己肯定感も、自己効力感も上がって、読める私はもっと読みたいってなって、楽しいっていう気持ちが芽生えると。
モチベーションと成果っていうのは、読解に関することだけじゃなくて、いろんな年齢層でも分野でも共通して相互作用があるということは分かっているんですけど、
これって、ニワトリが先か卵が先か問題、みたいなのがあって、
じゃあ、そもそも一番先に戻ったら、ほんとにちっちゃいちっちゃい子供ですよ。
に戻ったら、好きっていう気持ちが先で、やりたいっていうことになって、やっていった上で、できるようになるのか、
それとも何かしら、偶然的にでもやってみたら、できた。
で、そのできた体験、成果が好きっていうものになっていく。
モチベーションが先なのか、成果が先なのか、それがまだ分からない。
っていうところで、私の白紙論文のちょっとしたテーマだったんですけど、
それを長期的なデータを使って、統計分析でね、
どっちの矢印の方が強いのか。モチベーションから成果の矢印と、成果からモチベーションの矢印。
時を経てね、どっちの方が強いのかっていうところから、強い矢印の方が実際先なんじゃないか。
モチベーションから成果の矢印が強かったら、おそらくモチベーションがずっとずっと遡っていったら先なんじゃないか。
で、逆だったら逆もしかりみたいな感じ。調べたんですよ。
どっちだと思います?
成果が先っぽいですけどね。
いやもう、さすが。
あってます。
そうだったんですよ。
だから結局、村山先生って、キュービングでお会いした先生なんかもモチベーション研究やってますけど、
すごい極端なことってモチベーションって存在しないじゃないか、みたいな。
結局いうことをね。脳科学の先生とかも言ってたりするけれども、
モチベーションってやっぱ見えるものではない。感じているもので。
で、心理学者が測るときもやっぱりセルフリポートって言って、自身のどれぐらい好きかっていう評価に限られてしまうから、
なかなか難しいんだけれども、
やっぱりその関係性を見ていくと、なんか好きとかやりたいっていう気持ちがいきなりワッとみなぎってきて、
15:05
やるのではなく、偶然的にも何かやってみて、何回かやってみたらできてきて、できるってなったら、あ、楽しいじゃん。
気づいたら好きになってたっていう感じの方が、最初はありがちなんじゃないかなっていうところが分かってきたんですよね。
それはなんか、ちょっとこう、なんだろうな、これはまあ読解力の研究だったんだけど、いろんなことに反映して考えたときに、私にとってはちょっと希望だったんですよ。
そう思います。
というのは、好きじゃなくても、もしかしたら将来好きになるかもしれないじゃないですか。
何回も何回もとりあえずやってみたら、ちょっとずつちょっとずつスモールステップでできる体験をしていったら、子供なんかでもそうですけどね、
なんか好きになるかもしれないって思えたら、なんか気持ち的に楽というか、ポジティブでいられるかなとか、
大学で私、統計学を教えてるんですけど、教育科学って文系なので、統計学の授業ってみんな大嫌いなんですよ。
もう好きとかそんなもうないですよ。
そうかも。
で、学期が始まって、新学期が始まって、初めて教団に立つときにね、生徒のくらそうな顔、見るのが私すごくつらい。
どうしよう、大発的動機のかけらもないこの子たち、私は15回の授業をする中で、どうやって成果を出したらいいんだろうかと。
たしかに。
だけど、この私の研究を考えると、大嫌いかもしれない。
だけど、やってみて、その中で一つ一つ、なんかちょっとおもしろいなっていう拝見があったら、
15回目には、好きまでいかなくても、まあおもしろいんじゃないぐらいに思ってくれるかもしれないという希望になるじゃないですか。
たしかに。
教員っていう観点とか、あとは今私2歳の子供がいるので、親っていう側面からは、この研究はすごく自分にとった希望で、
それは多くの人に知ってほしいというか、ポジティブにとらえてほしくて、
だからもし嫌いなこととかでも、ちょっと一回目をつぶって、とりあえずやってみたらどうかなみたいなね、みたいなメッセージがあります。
結構な大発見だなと思うんですけど。
本当ですか。嬉しい。
なんか、そういう研究を、研究なのかな、言説なのかな、聞いたことがなくはないんですよ。成果の先というか。
あれって愛さんの研究だったのかなと思って。
愛さん以前ってそういうセッティングもあって、
でもちょっとこう縦断調査みたいなので、しっかり示したのが愛さんが一番初めみたいな感じなんですかね。
もともとそのセオリーは結構前からあったんですけど、それはね、セルフエフィカシーって言って、自己効力感に関するセオリーのモデルだったんですよ。
18:11
それによると3つの仮説があって、成果が先っていうスキルディベロップメントっていうものと、
モチベーション先ってセルフエンハンスメントっていうものと、リシプロカルって両方ですよみたいなのがあって、
でもどれが一番先かみたいなのは、たぶん私が知る限りはなくて、
同じようなことをテストした研究はあるんだけど、結構結果はバラバラで、
なんかあんまり結論は出てなかったんですよね。
そこで私はそのセルフエフィカシー、自己効力感でもあるんであれば、同じような概念の内発的動機とか興味でも同じようなセオリーが反映できるんじゃないかなと思って、
たまたまデータがあったんで、やってみたっていう感じですね。
そのデータってその成果とかは何で測ってるの?
えっとね、リーディングコンプリヘンションテストって言って、読解力のテスト。
テストの点数の結果?
うん、30分ぐらいのテストの結果。
じゃあその結果が上がり始めたら、どんどん好きになっていくみたいな。
縦断で。
そうですね。
簡単に言うとそんな感じ。
簡単に言うとそういう感じですね。
面白いっすね。
でもなんか他の研究を見てると、年齢が低い子のほうが成果の大事になって、
年齢が上がってくるとモチベーションのほうが大事になるんじゃないかっていう仮説とかもあるんで、
私のストーリーは必ずしもとは言い切れないんですけど。
その時何年生ぐらいのデータだったんですか?
私のデータは5年生から、そうですね、10歳ぐらいから15、6歳ぐらいなんで、
それ以前のデータとかは私自身は見てないんですけど、
あるものを見ると大体やっぱり成果のほうが先っていうふうに小さくなればなるほど出てるかな。
大人でそれ測ろう、縦断で測ろうとかなると結構何測ったらいいんだろうみたいな。
難しいですよね。
それを踏まえると、例えば子どもがいてとか、教育に携わっている方とかは、
いろいろやらせたほうがいいって感じですよね。
そうだと思いますね。
何がその人がうまくいったってなるかってわかんないですもんね。
もうお子さん輪流食とか食べてる、もう後期か。
もう後期だし、何なら結構いろいろもう食べてますからね。
変食とか、子どもも好きな食べ物があれば嫌な食べ物があったりとかして困ってる親御さんもいると思うんですけど、
中で見たんですけど、嫌いな食べ物とか食べたことない食べ物でも、
21:03
15回食べたら、ちょっと好きになる可能性が上がるらしいんですよ。
それはちょっと面白いですね。
単純生殖効果とも似てますけど、
嫌いなこととかでも何回かやってれば、好きになる可能性はあるっていうのは、
学ぶことだけではなく、いろんなことに言えるのではないかと。
それは、希望ですね。
希望ですよね。
でもそれっちゃ言いたいところもあるけど、
1個だからそれると、嫌いなものが好きになる家庭も確かにすごい興味がありますね。
大人だって食べれなかった食べ物は食べれたりしますよね。
しますよね。
例えばわさびとかパクチーとか、最初食べるときって大体みんなうわって言うじゃないですか。
でも何回か食べると何か癖になって好きになるみたいな、ありますよね。
そうか。そういう研究って意外とないのか。
意外とないと思う。難しいと思う。
難しいですよね。
15回嫌い、14回までは嫌いだったわけですもんね。
しかもそもそも嫌いなもの15回も食べようとか、嫌いな人に15回会おうとか思わないじゃないですか。
実験するとしたらすごい非倫理的なものになりますよね。
嫌いなものを毎回毎回出されるみたいな。
それでも面白いですね。考えたことなかった。
やれたら面白いですよね。
自分の子供ではできますけど、ちょっと非倫理的であります。
ちょっとそれをまた次にとっておきたいと思うんですけども、
またちょっと最後後半で、今のやってる研究とかを聞いてみたいですけど、
説明学習。
そうです。説明学習。
あんまりひきなじみないんですよね。
そうですよね。
でもコンセプトはすごい簡単というかシンプルで、説明学習っていうのは、
何か学んだことを、学び方は何でもいいんですけど、ビデオを見るでもテキストを読むでも、
学んだことを誰かにこうやって説明すると。
説明することで、もちろん説明された人もインプットとして学びはあると思うんですが、
実は説明している本人が一番学んでいるんじゃないかという。
学んでる。
でも誰かに何かを説明するためには、結構いろんなことを考えなければいけないじゃないですか。
いっぱい情報がある中で、どれが一番大事な情報なのかとか、
どうしたらわかりやすく伝えられるのか。
たとえ話を入れてみたりとか、自分の経験と結びつけてみたりとか。
そういった理由から説明文を作成するっていうことが、真相学習につながるんではないかという仮説があって。
説明学習っていうのは、いろんなコンテクストで研究はされていて、
効果っていうのはすごく表れている。
これはもう長い歴史がある研究なので、特に新しいことではないんですけど、
24:04
その説明学習って私が面白いなって思ってるのは、
もちろん相手がいる場合に説明したら、それは学びはあるようなと思うんですよ。
こうやって質問もしてもらえるし、新しい視点もいただけるし、ディスカッションする中で、
ああ、あれもあるか、これのこともあるのかな、みたいな。
だけど、実は説明している相手がその場にいない、もしくは架空の誰かに説明するっていうコンテクストでも、
実は同じような効果があるんじゃないかというふうにも言われているんですね。
私はその架空の誰かに説明するっていう、架空の他者に説明する、非インタラクティブな説明学習とかも言ったりするんですけど、
それを実際に学校の生徒にやってもらって、
それがどういうふうに学力というか、知識の構築に結びついているのか、みたいなのを研究しています。
その中で、今まさにやっている研究が、説明文を作成するときに、それを口頭で作成する場合と、書面で書いて説明する場合で、
学習に違った効果が現れるんじゃないか、みたいな先行研究があって、
でも、ちょっとまだ結論づいてはいないと。
口頭がいいよって言ってる人もいれば、書面の方がいいよって言ってる人もいるし、どっちもどっちだよね、みたいな人もいると。
それをドイツの高校生を対象に、160人ぐらいのサンプルで実験をやったんですね。
25分ぐらいの認知不可理論という心理学の結構難しい理論をビデオを見て学んでもらって、
その後半分の生徒には、今日病気で来れない生徒がいました。
架空の誰かちゃんですけどね。
その人に向けて、今学んだこと説明文を口頭で生成してください。
ボイスメッセージみたいな感じ。タブレットにリコーディングしてもらうんですよね。
いい。
で、書面の場合は、パソコンを渡して、そこにお手紙を書いてくださいって書かせるんですね。
タイピングなんですよ、書くって言っても。
で、その後、1日ごと、7日後にまた学校へ帰ってテストをして、
どれぐらい学んだことを覚えているかっていう、記憶兼理解度テストみたいなのを30分かけてやったわけですね。
で、結果から言うと、ちょっとこれも聞いてみたいんですが、どっちのほうが効果的だったとか思います。
それは…
実は、話すほうだったんですよ。
これは結構熱いですね。
でも多分、ドイツ人っていうサンプルもまた日本教育とは違うから、日本でやったらまた変わってくるかもしれないんですけど、
そのドイツの高校生のサンプルでは、話すほうが本当に統計的な優位さを持って圧倒的に事後テストの点数が良かったんですね。
27:04
で、書いてもらった説明、もしくは話してもらった説明っていうのをトランスクリプトって言って文章化して、
内容もコーディング測ったんですよ、どれぐらい良い説明文だったか。
そしたら、高等の生徒のほうが圧倒的に長くて、それから質も良い説明文を生成していったんですね。
例え話が多かったりとか、分かりやすかったりとか、メインのポイントがうまく話せていたりとかして。
で、これ何でなのかっていうところは、あんまり先行研究では深くディスカッションされてなくて、
我々の見解では、すごくシンプルなんですけど、話すほうが圧倒的に生成コストが低いと。
低い。書くよりも。
生成コストが低いってどういう意味かっていうと、プロダクションコスト、生産コストとフォーミュレーションコストって言って、
フォーミュレートって何て言うんだろう。
体系立てるというか、
そうそう、構築するみたいなコストって2つあるんですけど、
単純に話したほうが、タイピングしたり、鉛筆持って書くよりも、フィジカルなコストが少ないから、文章を生成しやすいっていう点は明らかですよね。
プラス、フォーミュレーションのほうは、書くってなると文法だったりとか、
ストラクチャーっていうか、構造がありますよね。
例えば、ここに点を打って、ここに丸を打って、日本だと特に漢字は正しいかとか、
主語があって、ちゃんと述語はそこにあるかとか、グラマティカルな文法的な制約が多いじゃないですか。
ドイツ語も同じで、特にドイツ語なんて文法複雑なんで、いっぱいいっぱいルールがあるわけですよ。
そうすると、書く人たちっていうのは、内容理解よりも、書くこと自体に認知的なリソースを割きすぎて、
実際に肝心の内容把握のほうに割くはずである認知的なリソースが減ってしまうというか、割けない。
よって、同じ時間で説明学習をさせた場合、話すほうが圧倒的にたくさんの文字を生成でき、
より分かりやすいというか、学びにつながるような説明文を作れるのではないかと。
そういう仮説が、たぶん、もっとも今のところ有効なんではないかという。
納得感のある説明ですね、すごく。
いや、素晴らしい研究ですからね。
本当ですか?すごいシンプルなアイデアだから、あんまりインパクトないかなと思ったんですけど。
僕、今対談してるじゃないですか。対談会以外のポッドキャスト、ほとんど自分一人語りなんですよ。
30:02
やってることそれですよね。
説明学習です。
僕のコンテンツってそんなに毎日話すことないんで、今日読んだら本文の話とかするんですよ。
今日これ読みました、こういう結果でした、考察で僕ちょっと感想喋るみたいな。
あれがそれですよね。
そうです。めっちゃ知識につながりません?
つながるかも。でも、僕ノートとかもやってて、書くこともやるんですよね。
自分の肌感的に、書くほうがそれこそフォーミュレートしてる。
ちゃんと体系立てて考えて書かないといけないのが書くほうだなと思ってて。
話すほう本当にダラダラ喋るんですよ。
分かります分かります。
メモメモメモみたいな感じで。
これ成績つながってんのかなっていう。つながってはいるんだろうけど、書くほうが整理されてんのかなと思ってたのでちょっとびっくりしたけど、
個人的には嬉しい結果だし。
言われてみたら、リソースの話とか、そもそも発話量とか全然違ってくるからっていう話は納得しましたね。
もちろん個人差あると思うし、やっぱり書く能力とか話す能力とかも関わってくると思うから、
たぶん、じんぺいさんね、論文書くのが仕事みたいな。書く人じゃないですか。
書くのめっちゃ得意みたいな。もちろん話すのも得意だと思うけど。
やっぱそういうベースのスキルがある場合は、もしかしたらあんまり媒体公開っていうのはないのかもしれないし、もしかしたら書くほうが性に合ってるのかもしれないっていうのはあるけれども、
一般的にはドイツ人の学生というか、高校生対象にしたらそういう結果が出たと。
今じんぺいさんにお聞きしたいのは、これを私は今日本に持っていこうと思っていて、
ひもち広島大学との共同研究で、日本の、今回は小学生を対象にしたデータを取ろうと思ってるんですが、
口頭で説明させる場合と書面でさせる場合、今回は小学生が対象ということで、タイピングのスキルがそんなにまだ高くない子もいるから、
ハンドリトゥーンで、手で書かせるっていうことをしようと思ってるんですね。
その中で、媒体効果が果たして日本でも出るのかどうかっていうのは、ちょっとわからないところで、
先ほどのコストの話、生成コストのセオリーからいくと、日本語に置き換えても、やっぱり書くほうが、もしかしたらドイツ語よりも生成コストめっちゃ高いかもしれない。
だって、アルファベットだけじゃなくて、うちらもひらがなに、カタガナに、ローマ字に、漢字なんか2センジぐらい、小学生でも1センジ以上は日常的に使ってるわけで、
漢字1個書くだけで、あれ何だっけっていうところでも時間もかかるし、
でなったら、もちろん都能のアドバンテージっていうのは、むしろ強く出るんじゃないかなっていう仮説が一つ。
33:05
もう一つは、ちょっと真逆で、文化的な背景を見ると、先行研究によると、
西洋の文化っていうのは、話すっていうことと考えるっていうことを、結構密接に、密接に考える傾向が強いと。
これは、哲学のソクラテスの時代からずっと言われていて、
言語イコール思考みたいな、そういうマインドセットだったり価値観だったり、
ビリーフが根強いと。それが教育にも反映されていると。
から、話しながら考えることは割と得意な人が多いと。
で、なんか、think aloudとかって言って、話せながら考える研究もいっぱいあるけど、
結構ポジティブな研究が出て、結果出やすいんですよね、
西洋のコンテクストは。
でも同じものを、アジアアメリカンで、アメリカ人で英語もちゃんと喋れるんだけど、
アジアの背景がありますよっていう人で見たら、
喋りながらというか、思考プロセスを言語化しながら問題解決タスクをやってもらったら、
普通に沈黙の中でやったよりも圧倒的に低いパフォーマンスになってしまったっていう。
話すことが助けとなるのではなく、むしろ弊害になってしまったみたい。
で、アジア人って結構、ちっちゃいときから沈黙を好むというか、
それになんか、もしかしたら美を感じるようなところもあったりするのかもしれないって言われていて、
これは孔子とか、仏教とか、瞑想みたいなね、そっから来てるっていう人もいるぐらいあって、
アジア人のお母さんのほうが、アメリカ人のお母さんよりも子供に話す機会が少ないとか、
同じような教育バックグラウンドでも少ないって出たりとか、
赤ちゃんの時点で発語がアジア人のほうが少ないとかって言われたりすることもあるらしい。
これは別に言語力が低いとか、言語に対しての価値が低いとかいうわけではなく、
ただ話すということと考えるということが、そんなに強く結びついてない文化。
話さなくても考えられるよね、沈黙でも考えるのって楽しいよねっていう文化だからこそ、
そういう傾向があるんじゃないかっていう仮説があるわけです。仮説なんですよ。
そうなると、ドイツのように高等のほうが書面よりもアドバンテージが高いっていうような結果は、
もしかしたら出ないかもしれない、出にくいかもしれないっていうダイレクションもあると。
面白い。
36:00
こればっかりはちょっとやってみなきゃわからないよねっていうところで、
特に今まで高校生のサンプルから今度小学生って言って年齢もだいぶ下がるので、
書く力だったり話す力っていうのもまたちょっと変わってくるし、
今の小学生が学校の中でどれぐらい書くことと話すことを練習したり勉強したりしてるのかっていうのもまたちょっと未知なところもあったりとかして、
そういうのとかはちょっと今、まさに面白いなと思ってるところなんですけど、
私も十何年ドイツに住んでるし、その前カナダにいるんで、日本の文化とか日本の教育事情ほんとうといんですよ。
じんぴーさんはその点ね、学校の先生であった経験もあるし、日本の文化っていうところ、文化研究とかもやってらっしゃるし、
どう思います?話すこと、書くこと。
正直わかんないっていうのが一番最初で、しかも今の仮説二つともありえそうだから、
どっちでても面白いなっていうふうに思ってるっていうのが前提なんですけど、
どうですかね、手挙げて発言はしますよね、日本の学校だって。
そうだと思いますね。
ただなんかディスカッションみたいなのしないですよね、あんまりね、たぶん。
ディベートはやった記憶は多少あるけど、
ドイツとかもっとするんじゃないですか?
もっとすると思います。プレゼンテーション多いと思いますね、基本。
自分自身も苦労してますもんなって、やっぱりしゃべる、負けるって言ったらあれだけど、
学会とか行っても、もうなんか、あ、ちょっと今もうすごい勢いでこの人しゃべってるから、もういいやってなっちゃう。
スピード感ありますよね。思った瞬間にもうしゃべってるじゃないですか、彼らって。
あと自分のボールのタイミング長い。
僕もちょっとしゃべって、あ、あなたどう?みたいになっちゃうけど、リスナーのほうにすぐ回っちゃうみたいな。
こういう日本人が結構多いような感じがしてますよね。
面白い。
面白いですよね。これはちょっとやってみたいなって今思ってる研究。
で、小学生の後は、同じ高校生でも、同じようなマテリアルで、同じようなやり方でなるべく統制してやって、
効果の値の大きさとかも、比べられる範囲で比べられたりとかしたら嬉しいなみたいな。
いや、これ書くのほうが大きかったら熱いですけどね。
僕ちょっとさっき書くって言っちゃったから。
でもありがちだと思う。日本の書く文化と書くスキルってすごくないですか。
いや、すごいと思う。
だってノートがこんなにバズってるのがもうすでに。
今でもこんだけノートがね、生まれてるってすごい。
だって普通に研究者とかではなく、書くことを職業とかにしてない一般の人たちが、ものすごい質の文章を書いてるじゃないですか。
今、生成AIとかも出てきてるから、あれだけど、書く力は多分日本人半端ないと思うんですね。
国際データ、PISAとかPIACとか、いろんな国で測られてる数学力とか読解力のデータとかありますけど、
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日本って数学力も読解力もトップクラスで、ドイツよりも高いって言われている中で、
あんま書くデータでラージスケールなものってないんですよ。
確かに。
そもそも書くっていうことを、エッセイとかレポートとかとは別でね、書きながら思考を整理する。
まさにノートのコンセプトですけど、自分の考えてることを原価して誰かに伝えるみたいな、
書くことを学びのツールとして使って何かをやるっていうアクティビティって、
意外と教育の中で使われてないのかなって。
それはたぶんドイツでも日本でも同じで、
Writing to learnって言うんですよ。学ぶための書くっていう作業。
意外とないんですけど、書くって実はものすごく思考整理に効果的で、
先ほど本当にしんぺいさんが言ってくれてたみたいに、
すごい体系だって話さないと、書かないとわからないじゃないですか。
書くっていう媒体には、話すっていう媒体には無いメリットがいくつかあって、
それはリバイザビリティって言って、英語で難しいんですけど、
編集するというか、推考するみたいなことって話す媒体ではなかなかできないじゃないですか。
言い直すとかできてないです。
あとはReviewabilityって言って、1回書いたものをすぐに見るっていう、
レビューするっていうこともできるわけですよね。
話すっていうのはもう1回聞き直さなきゃいけないから、
記憶としてなかなか脳に残しておくことができないから、
推考したりとかする点では確保が圧倒的に効果的で、
1回書いたものを見ながら、あ、ここは私あんまりわかってなかったから、
もうちょっとここ深くやってみようかなとか、
ここなんかちょっと違うな、調べてみようかなとか、
なんか深掘りするときには書くっていう媒体のほうが、
多分コスパいい点もあるから、
そういう意味では長期的に見たら書くっていうほうが実は効果的かもしれない。
かもしれない。
両方やらせたらどうなるのかとかね。
確かに。
そういうのもちょっと気になる。
いろんな方向性がある研究かなっていうふうにも思ってますね。
僕結構最近ポッドキャストで話したことが、
簡単に文字起こしできるんで、文字起こしして、
それAIに投げて、そっからノート書き始めたりします。
だからそういうのも、もちろん結構手加えるんで、
別の頭使ってんなって思いながら、
それがちょっと何かって言われたら、
でもさっきリトビリティとか確かになって思いながら聞いてたんですけど、
面白い。結構いいですね。
なんかポッドキャストやってる人とかと組んでほしいな。
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本当に?
でもポッドキャストがノートでやったら面白そう。
もっとポッドキャストとか入ってほしいなって思ってるんですよね。
研究で何かできないかなってたまに考えるんですけど、
ポッドキャスト発信のメリットとして、
どんどん言ってった方が身につくぞと、みたいなのはあるかも。
学校教育とかでもそういうのをもうちょっと活かしてほしいですね。
もう生徒一人ひとがポッドキャストのチャンネルを持ってて、
学んだこと毎日毎日喋って。
同じクラスの子のやつ聞くとか。
なんか私の経験データはすごい古いんですけども、
何十年も前だから日本の教育を受けてたのは。
でも私の記憶とか、聞く話だとあんまり課題で書くっていう課題は結構出されても、
あんまり話したものをレコーディングして、
それを先生に提出するみたいなのってやってないと思うんですよ。
ドイツもそれやってなくて。
あ、そうですか。
大学レベルではあんまりそういうことはなくて、
プレゼンテーションさせるみたいなのあると思うんですけど、
なんか一回やったものをレコーディングして自分で聞いて、
なんか遂行してまた提出するみたいなのないから、
なんかそういうのを初めて私のセミナーで、
自分自身が教えてる講義でやったんですけど、
なんか事前事後とかで結果取ってないんで何とも言えないですけど、
でも学生のフィードバックを聞いたらすごいためになったし、
面白かったって言ってくれたりとかもして。
そういう課題を教員の立場としたらもう少し取り入れてもいいのかなっていうのは、
もちろん書くこともすごく大事だし、書くメリットもあるけれど、
話すっていうことも、もうちょっと課題として取り入れてもいいのかなっていう気がしますよね。
可能性を感じる話でございましたけども、
はい。
何十分?
はい。あっという間でした。
あっという間にやってしまうんですけども、ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
いかがでしたか?最後感想だけ聞いてもいいですか?
こういうあれ話すことってあんまりないと思うんですけど。
いやもう、あんまりないと思います。めっちゃ楽しかったです。
でもすごい、結構ぶわーって喋っちゃったし、
結構専門的なことも話しちゃったから、
リスナーさん置いてけぼりになってないか。
めっちゃ変わってると思うんですけどね。信じたい。
でもじんぺいさんのファシリテーションが素晴らしかった。
気持ちよーく喋りました。
喋りたいこと全部喋ったし、聞きたいことも全部聞いた。
私自身はすごく満足です。
引き続きご一緒させていただければ。
はい、こちらこそです。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
じんぺい先生でした。
ありがとうございました。
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