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【つれづれ半生記 第0話・プロローグ】絶望の病から「じぶんをあそぶ」世界へ。自分を知り、心の鎖を外していく人生ダイジェスト
2026-09-26 25:27

【つれづれ半生記 第0話・プロローグ】絶望の病から「じぶんをあそぶ」世界へ。自分を知り、心の鎖を外していく人生ダイジェスト

【つれづれ半生記 第0話・プロローグ】
2000人に1人の過敏体質。向精神薬の離脱症状の絶望から、心の鎖を解いて奇跡を起こし、“じぶんをあそぶ”ようになるまで。

心と体の病気の体験、そこから得た宝物、様々な奇跡、夫との出会い、そして心の解放。これまでの私の物語をシリーズとして連載していきたいと思います。

今回はどんな内容のシリーズなのかということをざっくり話したダイジェストとなります。とはいえ、台本なしで素の気持ちのまま喋ってみたら、想いがあふれて25分間にもなってしまいました💦

昔の私のように、孤独感や寂しさ、悲しみ、痛み、葛藤などで悩んでいる方へ届いてほしいと願い語らせていただきました。

 

・子供の頃から違和感や孤独感をずっと感じてきた方

・原因不明の体調不良や薬の離脱症状で苦しんでいる方
・自分の感情を抑え込んで「完璧な自分」を演じて疲れてしまった方
・誰も信じられず、暗闇の中で孤独を感じている方

 

完璧に克服した専門家としてではなく、「今も過敏な体質と付き合いながら、自分を解放し続けている途中のプロセス」をお話ししています。
この音声を聴いている少しの間だけでも「仲間がいたんだ」とフッと心が緩んだり、かすかな希望の光が灯ることがあればうれしいです。

 

#過敏体質 #離脱症状 #生きづらさ #スピリチュアル #LISTEN #うつ病 #精神病 #線維筋痛症 #HSP #自律神経失調症 
 

 

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サマリー

まさ丸が、幼少期から感じていた周囲との違和感やHSPとしての過敏さ、家族の機嫌をうかがい「良い子」でいようとした経験を振り返る。高校でうつ病を発症し、社会人になっても絶望感や対人恐怖、仕事が続かない苦しさが続いた。心療内科の薬の副作用をきっかけに激しい離脱症状や線維筋痛症、睡眠・胃腸障害などに苦しみ、医療に頼れない中で自然治癒を目指すようになった。その後、30代半ばで現在の夫と出会い、心の変化と自己解放に焦点を当てた人生の連載を、負担の少ない音声配信で始める決意を語っている。

人生ダイジェストを語る理由
こんにちは、まさ丸です。
このエピソードでは、これから私が話していきたい、
私の体験談というか、これまでの人生の体験を連載で話していきたいんですが、
そのダイジェストみたいなものを、今回のエピソードで話していきたいと思います。
なぜそういった話をしようかと思ったのかなんですが、
私は今、持病があって、現在はだいぶ良くはなっているんですが、
まだ完全に体調が回復しているわけでもないんですね。
で、私がその持病を発症したのが、十数年前になります。
その頃は、私みたいな人が全然周りにいなくて、
医者とか病院とか、あと薬にも全く頼れず、原因もわからない、回復法もわからないっていう状態で、
まるで真っ暗な暗闇の中の海、大海原に一人で漂ってるような感覚だったんですね。
その時の心細さと不安、恐怖っていうものを、
あと、実際に体の辛さもそこにプラスしてありますから、
それをね、自分の体験としてだけ秘めておくのではなく、
私と同じように、かなり少数派で、今現在孤独で苦しんでる人とかいるんじゃないかなと思って、
私が一人ここにいるってことは、きっと他にもたくさんいると思うんですよね。
そういった方たちに向けて、少しでも心がね、ふわっと緩んだりとか、
ちょっとだけでも希望の光が見えたりとかしたらいいなと思って、
この体験を話していこうっていう風に決めました。
それで、一個一個話していくと、すごく長いエピソードになってしまうので、
まずは一発目としてはダイジェストを今回話していこうと思ってます。
その後で、別のエピソードで、例えば幼少期のこと、学生時代、成人してから、病気になってから、
その病気になぜなったのかとか、その後の結婚とかのお話で、今に至るまでの話をしていこうと思ってます。
私の中では、これはただの病気の体験談ではなく、
その間に得た気づきとか、自分自身の解放とか、奇跡的なこととか、
そういったことがギュッと詰まった、この病気のおかげで、体のおかげで気づけたこととか、
そういったことを本当はお伝えしたいんですね。
なので、これからもし、私自身がそういう体験しているよとか、
周りにそういう体験をしている人がいるよっていう方に届ける、届くと嬉しいなと思ってます。
ただですね、あまり編集もせずに、普通に喋っているだけなので、
聞き苦しいところがあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。
長くなってしまいましたが、ちょっとダイジェストに入りたいと思います。
幼少期の違和感とHSPの過敏さ
まず幼少期なんですが、私は子供の頃からずっと違和感を感じてました。
周りと何か違うっていうのをずっと感じていたんですね。
それは家族と一緒にいてもそうでした。
私は4人家族、私を入れて4人家族なんですが、
その末っ子なんですね、姉が一人いて、父、母、姉、私なんですが、
感覚が違うなとか、子供の頃だったから言語化っていうのも全然できないし、
だけどどこかいつも緊張してて、何か怖さを感じていたり、
周りの人に会わせないといけないっていう気持ちがずっとありました。
私はもともとHSPなんですが、HSPって最近出てきた言葉ですよね。
それを私も知ったのは、もっと後、当然なんですが、ずいぶん後になってからなんですね。
なので最初からやっぱり繊細なんですよね。
周りの空気を読むのが得意で、読みすぎて自分の気持ちが全然わからない。
で、不快なというか、怒りとかネガティブな雰囲気、エネルギーっていうのもすごく敏感に感じますから、
それを何とか調整しようと家族の中でも調整薬とかを担ってたような気がします。
そう言って、そんな中で育ってきたんですね。
で、いわゆる私は良い子でした。
すっごく従順で、年上とか先生とか親とか、そういった人たちの言うことをよく聞く良い子っていう優等生っていう形でしたね。
そうじゃないと私は愛されないってどこかで思ってたところがあります。
子供らしくわがままを言ったりすると、私は受け入れてもらえない、拒否されるっていう恐怖がなぜか小さい頃からずっとありました。
姉がね、すごく自由というか、わがままも結構バンバン言う、感情を表にすごく出すっていうタイプだった。
私と逆のタイプだったので、より我慢するようにはなってたかなって思います。
そして、父もすごく厳格で、すっごい短気で、ものすごいんですよね。
その怒り方が、気迫が、今でも思うんですが、いまだにあそこまで短気な人は見たことないし、
なんか人殺してしまうんじゃないかっていうぐらいの怒り方をするので、
それはもう、私たち子供に向けてもあったりするので、常に父の機嫌を伺うような幼少期ではありました。
愛情深い人でもあったんですね、父は。
だけど、ちょっと父に対する恐怖みたいなものは常にありました。
学生時代の対人恐怖とうつ病
そんなこんなで、幼少期をちょっとさらっと終わりまして、次は学校とかですね。
ここからが結構、私の中では大劇編になっていったんですが、
私はね、小学校、中学校までは、そこまで幼少期の流れで、やっぱり周りの人に合わせる。
空気を読むとか、周りの人が求めているようなことを先回りして言うとかやるとか、
そういうのはずっと継続されているんですが、
学校は嫌いでしたね、もう大嫌いで。
先生とかになつく同級生たちって結構いたんですが、ちょっとその辺理解できなくて。
最初に言ったように、周りとの違和感を感じてたっていうのは、
幼稚園とかでも、周りの子たちがすごく怖い番組を、子供向けの番組を見て怖がってたりとか、
キャーキャー言ってなんかはしゃいでたりとかに、
私はそれができないというか、理解できないっていうところがあって、
これ何が怖いんだろうとか、その作り物感とか、
なんかそういうちょっと冷めたというか、視点があって、
どっちかっていうと大人の人たちと話している方がまだなんかマシだったみたいな感じですね。
子供でありながら子供が苦手みたいな感じでした。
で、すいません、学生の方に戻るんですが、
私は結構精神的にこの学生時代にガタガタっときまして、
高校の頃に鬱病発症しました。
で、もともとが、もう子供の頃からですが、
これも射痕不安障害だったんですね。
人前がとにかく苦手で、真っ赤になるし顔が離せない。
手が震える、涙が出るとか汗が止まらないとか、
もう怖くてたまらないんですよね、人が。
もう大人恐怖がありまして、
で、高校になってから鬱病を発症しました。
思い返すと、中学の頃に生理が始まった諸腸ですね。
そのぐらいからホルモンの乱れってやっぱありますよね、最初始まった頃。
そういうのも影響してたのかなとは思います。
で、この鬱になってからが結構真っ暗っていうか、
そこから精神的な病の人生が始まってるんですが、
でも大人恐怖がもともと子供の頃からあるので、
本当はその辺りから始まってるんですよ、もうだいぶ前から。
で、高校に入ってすごく厳しい高校だったので、
そこで発症して、もう毎日泣いてたり、家族にも言えないし、
私は助けを求められない、頼れないタイプの人間だったので、
先ほど言ったように、頼ったり弱いところを見せたら、
拒否されてしまうとかね、捨てられてしまうみたいな恐怖が根底にあったんだと思います。
で、その鬱はずっと続きまして、
当然卒業しても鬱病って継続してるわけですから、
社会人になっても仕事を頑張ってやろうとしても全然続かないんですよね。
もう苦しくてたまらない。
朝起きていつも死にたいって思うような感じ。
もう絶望感ですよね、ずっと。
先が見えない絶望感があって、
だけど周りにはわかってもらえないというか、
そもそも私が話せないし、話して心配させるのも嫌だったし、
理解してもらえないだろうっていう気持ちもありましたね。
で、そんなこんなで仕事バイトとかバイトでもやってはすぐやめ、やってはやめっていうのを繰り返して、
どんどんどんどん自己肯定感が低くなっていきました。
自分を責める気持ちっていうのもすごく育っていきました。
なのでまともに就職はなかったですね。
長く続いて半年とか、そんな感じでした。
で、何らかの歯医者、歯科衛生師じゃないや、歯科助手の資格を取ったりもしたんですけど、
ちょっと活かしたけど、またやっぱり辞めるみたいな感じでしたね。
薬の離脱症状と身体の病気
20代前半、24とかそのぐらいになって、
私はうつじゃないかっていうことを確か母に話したんじゃないかなって思うんですね。
それで診療内科に行きたいっていう話をしました。
そこで初めて診療内科を受診したんですね。
ただそこからがまた大変。
薬が全然効かないのに副作用ばっかり出るんですね。
一つの診療内科だけじゃなくて、
効果がない、あんまり先生とうまく相性良くないなって思ったりしたので、
いくつか点々としました。
セカンドオピニオンみたいな感じですよね。
やっぱり診療内科ってものすごく薬をたくさん出すところが多いんですよね。
私はHSPでその頃自分では自覚なかったんですが、
すごい過敏な体質だったようなんです。
それ知らなくて薬をたくさん飲んでたので処方されるから、
飲んで副作用が出て、
当然薬の知識って素人ないじゃないですか。
ものすごい強い薬を出されてたんですね。
それは長い期間飲んではないんですが、
ちょっと副作用がきつすぎるっていうことでやめましょうって話になったんです。
そしたらその抗精神薬って急にやめたりとかすると、
離脱症状って呼ばれるものが出るんですね。
その離脱症状がものすごく激しかったんです。
前例がないぐらい激しくて、
ネットで調べたり医者に聞いたりしても、
その医者ですら知らないんですよね。
そういう症状が出るとか、こんな風になるって分かってない。
で、大体ネットとかで調べても、
こういう症状が出る場合がありますとか書いてたり、
他の人の体験談でも、
これこれこういうのが出ましたが徐々に治りましたとかばかりなんですが、
私の場合はもうものすごい激しい、
もう死ぬんじゃないかっていうぐらいの症状が、
もうずっと続いてました。
そのベース、その離脱症状があっての今なんですね。
その離脱症状の一つに繊維緊痛症っていうものが発症しました。
これもあまり知られてないんですが、
有名人の方とかでもかかってる方がいますので、
最近はまだ昔よりは知られるようになったかなっていう感じです。
そしてそれだけじゃなくて、
睡眠障害とか胃腸障害とか、
そういったもの、倦怠感、慢性疲労とか、
自律神経失調症のものすごいハード版みたいなものがずっとあるんですね。
そういうのが出てきました。
当然病院は全然力になってもらえないというか、
だってそういう症状見てきてないもんって感じなんですよね。
前例がないから。
ちょっとサジを投げられて、
とか、治らないよって面倒向かって言われたりとか、
そういったことで結構ストレス、精神的にも大打撃でした。
自然治癒と夫との出会い
だけど不思議なことに、
私の本当の人生ってここから始まったんですね。
ガラッと変わりました。
これあら漁師みたいな感じなんですね、私にとって。
あら漁師でした。
もう生きる力というか、
180度ぐらい変わったのがこの時期です。
で、なんとか自分たちで、自分でなんとか調べて、
もう健康になるしかないってやり始めました。
で、薬飲めないので体質的に、
全然あの、ものすごい過敏になっちゃったっていうのもあるんですけど、
この過敏な体質に白砂がもうかかりまくっちゃったので、
薬は当然飲めない。
だから痛み止めとか、もうほぼ飲めない。
今はカロナールとか、セルベックスっていう優しいものなら飲むことができます。
で、自然治癒ですね。
もう言ってしまえば自然治癒で今に至ります。
その間に、いろいろやってきたことあるんですが、
それについてはまた別エピソードで話そうと思います。
そしてですね、30代とかに突入して、
30代半ばとかになってきた頃に、
やっぱり悩み始めるのが結婚とかですよね。
自分の体こんな状態だから、
正直ね、結婚とかもう完全に諦めてました。
なんですが、私は実はその30代半ばになるまで恋愛してないんですよね。
付き合ったことがない。男性と付き合ったことがない。
っていうのがものすごいコンプレックスで、
あんまり言えないじゃないですか。
友達とかでもうまく濁してたんですよね。
そもそもそういう話も恥ずかしすぎてできないし、
だけどその結婚は無理でも恋愛っていう体験をしてみたいなって、
その30代半ば頃に思い始めました。
そして今の夫と出会うことになります。
そこの流れについてもまたちょっと恋愛編みたいな、
恋愛結婚編みたいな感じで別のエピソードでお話ししますね。
この夫と出会ってからがまた人生の運び方っていうか、
巡り方がものすごい急速、劇的になってきた。
間違いなく私にとって夫はキーパーソンというか、
ものすごい救世主って言ったら大げさですが、
それぐらいの人生の重要人物ですね。
そもそも夫っていうのが重要人物なんですが、
もっともっと大きな宇宙レベルの視点で見て、
ものすごい重要人物だなって感じてます。
そして薬もなし、何にもなしで今結婚して、
新居もあり、今普通に生活しているところです。
胃腸障害とか腺異菌痛症に関しては、
腺異菌痛症はもうほぼほぼ治ったんじゃないっていう感じではあります。
痛みが出やすいとか、ベース首肩痛いっていうのはあったりもします。
けど運命の差、天と地との差くらいは回復はしてますね。
それでなんでここまで薬なしでとか治ったのか、
どうやったのかっていうのもちょっとお伝えしていきたいなって思ってます。
心の変化と音声配信への挑戦
で、ここまでが私のこれまでの人生のダイジェストですね。
上辺のところをさらっと話しただけなので、
なんか大したことないなっていう感じ、
なんかうまく伝わってないなって自分でも思うんですが、
本当に話したいのは私の心の変化の方なんですね。
体の変化よりも心の変化、ここにフォーカスしたことで
ものすごい変わってきたっていうところをちょっと話していきたいっていうことです。
もうだらったら話しちゃって、なんか台本も書けばよかったんですが、
書いてないんですよね。
それなんでかっていうと、これちょっとあのもう小話みたいになっちゃうんですが、
私は先ほど言ったように繊維緊通症がやっぱまだ若干残ってるので、
文章を書くとか、スマホで打つとかパソコンで打つとか、
そういったことをするとものすごい体の負担が大きくて、
これ他のエピソードでも喋ってるんですがね、
このエピソードの前とかね、だいぶ前の話でも言ってるんですが、
もうすっごい痛くて痛くて辛くて、
もう何日も何日もその後寝れないし、痛みですごく苦しいんじゃん。
なので、できるだけ負担を軽くしてあげよう。
自分の体、心に優しくしようっていう処置が今のこのダラダラな話なんですね。
そもそももう頭でしっかり考えて、
台本を書いてってなるともうその時点で疲れて、
多分音声入力、この音声配信にまで行かないんですよ。
もう無理だってなっちゃうので。
考えないとか準備しないぐらいが私はちょうどいいんだなって最近思って。
このリッスンでは書き起こし機能があるのですごく優秀なので、
それをちょっと編集したりして、私はノートもやってるので、
ノートの方に記事として残すってことも後々あるかもしれないです。
できれば本当はノートでとか文字で残したいっていうのが元々あったので、
だけどそれが難しいのでリッスンを始めてっていう今のところの流れなんですが、
私としても一つの挑戦なんですよね。
自分の声にも自信ないし、これまで音声を配信するっていうこともやってきたことがなかったので、
これでいいのかなみたいな。
これでちゃんと私が伝えたいって思ってる人たちに届くだろうかとか、
そういった不安とか心配もあったんですが、
最近ものすごく大きな心境の変化というかもう大変化があったので、
ここからもう一歩踏み出そう。今までの自分ではなくこれからの自分を生きていこうっていうふうに決心がついたので、
こういうね、連載みたいな連載っていうのを連続したエピソードの収録をしていこうかなっていうふうに思ってます。
なのでちょっと本当聞いていただく方にはお聞き苦しいかもしれないですが、
ちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。
その辺は目をつぶってもらえるとありがたいです。
ということでここまでがこれから話していきたいようのダイジェストでした。
長々と聞いていただき本当にありがとうございました。
ではまた次のエピソードでお会いできると嬉しいです。
さようなら。
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