こんにちは、まさ丸です。
このエピソードでは、これから私が話していきたい、
私の体験談というか、これまでの人生の体験を連載で話していきたいんですが、
そのダイジェストみたいなものを、今回のエピソードで話していきたいと思います。
なぜそういった話をしようかと思ったのかなんですが、
私は今、持病があって、現在はだいぶ良くはなっているんですが、
まだ完全に体調が回復しているわけでもないんですね。
で、私がその持病を発症したのが、十数年前になります。
その頃は、私みたいな人が全然周りにいなくて、
医者とか病院とか、あと薬にも全く頼れず、原因もわからない、回復法もわからないっていう状態で、
まるで真っ暗な暗闇の中の海、大海原に一人で漂ってるような感覚だったんですね。
その時の心細さと不安、恐怖っていうものを、
あと、実際に体の辛さもそこにプラスしてありますから、
それをね、自分の体験としてだけ秘めておくのではなく、
私と同じように、かなり少数派で、今現在孤独で苦しんでる人とかいるんじゃないかなと思って、
私が一人ここにいるってことは、きっと他にもたくさんいると思うんですよね。
そういった方たちに向けて、少しでも心がね、ふわっと緩んだりとか、
ちょっとだけでも希望の光が見えたりとかしたらいいなと思って、
この体験を話していこうっていう風に決めました。
それで、一個一個話していくと、すごく長いエピソードになってしまうので、
まずは一発目としてはダイジェストを今回話していこうと思ってます。
その後で、別のエピソードで、例えば幼少期のこと、学生時代、成人してから、病気になってから、
その病気になぜなったのかとか、その後の結婚とかのお話で、今に至るまでの話をしていこうと思ってます。
私の中では、これはただの病気の体験談ではなく、
その間に得た気づきとか、自分自身の解放とか、奇跡的なこととか、
そういったことがギュッと詰まった、この病気のおかげで、体のおかげで気づけたこととか、
そういったことを本当はお伝えしたいんですね。
なので、これからもし、私自身がそういう体験しているよとか、
周りにそういう体験をしている人がいるよっていう方に届ける、届くと嬉しいなと思ってます。
ただですね、あまり編集もせずに、普通に喋っているだけなので、
聞き苦しいところがあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。
長くなってしまいましたが、ちょっとダイジェストに入りたいと思います。
そんなこんなで、幼少期をちょっとさらっと終わりまして、次は学校とかですね。
ここからが結構、私の中では大劇編になっていったんですが、
私はね、小学校、中学校までは、そこまで幼少期の流れで、やっぱり周りの人に合わせる。
空気を読むとか、周りの人が求めているようなことを先回りして言うとかやるとか、
そういうのはずっと継続されているんですが、
学校は嫌いでしたね、もう大嫌いで。
先生とかになつく同級生たちって結構いたんですが、ちょっとその辺理解できなくて。
最初に言ったように、周りとの違和感を感じてたっていうのは、
幼稚園とかでも、周りの子たちがすごく怖い番組を、子供向けの番組を見て怖がってたりとか、
キャーキャー言ってなんかはしゃいでたりとかに、
私はそれができないというか、理解できないっていうところがあって、
これ何が怖いんだろうとか、その作り物感とか、
なんかそういうちょっと冷めたというか、視点があって、
どっちかっていうと大人の人たちと話している方がまだなんかマシだったみたいな感じですね。
子供でありながら子供が苦手みたいな感じでした。
で、すいません、学生の方に戻るんですが、
私は結構精神的にこの学生時代にガタガタっときまして、
高校の頃に鬱病発症しました。
で、もともとが、もう子供の頃からですが、
これも射痕不安障害だったんですね。
人前がとにかく苦手で、真っ赤になるし顔が離せない。
手が震える、涙が出るとか汗が止まらないとか、
もう怖くてたまらないんですよね、人が。
もう大人恐怖がありまして、
で、高校になってから鬱病を発症しました。
思い返すと、中学の頃に生理が始まった諸腸ですね。
そのぐらいからホルモンの乱れってやっぱありますよね、最初始まった頃。
そういうのも影響してたのかなとは思います。
で、この鬱になってからが結構真っ暗っていうか、
そこから精神的な病の人生が始まってるんですが、
でも大人恐怖がもともと子供の頃からあるので、
本当はその辺りから始まってるんですよ、もうだいぶ前から。
で、高校に入ってすごく厳しい高校だったので、
そこで発症して、もう毎日泣いてたり、家族にも言えないし、
私は助けを求められない、頼れないタイプの人間だったので、
先ほど言ったように、頼ったり弱いところを見せたら、
拒否されてしまうとかね、捨てられてしまうみたいな恐怖が根底にあったんだと思います。
で、その鬱はずっと続きまして、
当然卒業しても鬱病って継続してるわけですから、
社会人になっても仕事を頑張ってやろうとしても全然続かないんですよね。
もう苦しくてたまらない。
朝起きていつも死にたいって思うような感じ。
もう絶望感ですよね、ずっと。
先が見えない絶望感があって、
だけど周りにはわかってもらえないというか、
そもそも私が話せないし、話して心配させるのも嫌だったし、
理解してもらえないだろうっていう気持ちもありましたね。
で、そんなこんなで仕事バイトとかバイトでもやってはすぐやめ、やってはやめっていうのを繰り返して、
どんどんどんどん自己肯定感が低くなっていきました。
自分を責める気持ちっていうのもすごく育っていきました。
なのでまともに就職はなかったですね。
長く続いて半年とか、そんな感じでした。
で、何らかの歯医者、歯科衛生師じゃないや、歯科助手の資格を取ったりもしたんですけど、
ちょっと活かしたけど、またやっぱり辞めるみたいな感じでしたね。
で、ここまでが私のこれまでの人生のダイジェストですね。
上辺のところをさらっと話しただけなので、
なんか大したことないなっていう感じ、
なんかうまく伝わってないなって自分でも思うんですが、
本当に話したいのは私の心の変化の方なんですね。
体の変化よりも心の変化、ここにフォーカスしたことで
ものすごい変わってきたっていうところをちょっと話していきたいっていうことです。
もうだらったら話しちゃって、なんか台本も書けばよかったんですが、
書いてないんですよね。
それなんでかっていうと、これちょっとあのもう小話みたいになっちゃうんですが、
私は先ほど言ったように繊維緊通症がやっぱまだ若干残ってるので、
文章を書くとか、スマホで打つとかパソコンで打つとか、
そういったことをするとものすごい体の負担が大きくて、
これ他のエピソードでも喋ってるんですがね、
このエピソードの前とかね、だいぶ前の話でも言ってるんですが、
もうすっごい痛くて痛くて辛くて、
もう何日も何日もその後寝れないし、痛みですごく苦しいんじゃん。
なので、できるだけ負担を軽くしてあげよう。
自分の体、心に優しくしようっていう処置が今のこのダラダラな話なんですね。
そもそももう頭でしっかり考えて、
台本を書いてってなるともうその時点で疲れて、
多分音声入力、この音声配信にまで行かないんですよ。
もう無理だってなっちゃうので。
考えないとか準備しないぐらいが私はちょうどいいんだなって最近思って。
このリッスンでは書き起こし機能があるのですごく優秀なので、
それをちょっと編集したりして、私はノートもやってるので、
ノートの方に記事として残すってことも後々あるかもしれないです。
できれば本当はノートでとか文字で残したいっていうのが元々あったので、
だけどそれが難しいのでリッスンを始めてっていう今のところの流れなんですが、
私としても一つの挑戦なんですよね。
自分の声にも自信ないし、これまで音声を配信するっていうこともやってきたことがなかったので、
これでいいのかなみたいな。
これでちゃんと私が伝えたいって思ってる人たちに届くだろうかとか、
そういった不安とか心配もあったんですが、
最近ものすごく大きな心境の変化というかもう大変化があったので、
ここからもう一歩踏み出そう。今までの自分ではなくこれからの自分を生きていこうっていうふうに決心がついたので、
こういうね、連載みたいな連載っていうのを連続したエピソードの収録をしていこうかなっていうふうに思ってます。
なのでちょっと本当聞いていただく方にはお聞き苦しいかもしれないですが、
ちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。
その辺は目をつぶってもらえるとありがたいです。
ということでここまでがこれから話していきたいようのダイジェストでした。
長々と聞いていただき本当にありがとうございました。
ではまた次のエピソードでお会いできると嬉しいです。
さようなら。