お二人よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
りょうこさんよろしくございました。
お願いします。
西口です。
お願いします。
このお二人はですね、
それぞれ私とりょうこさんは、私が木佐貫さんと、りょうこさんは西口さんともともと知り合いで、
そうそうそうそう。
ちょっとクロスしてる感じで、初めましてもありつつな4人なんですけど、
さっきね、オンラインで初めましてとご紹介したところなんですけど、
はい。
なので、知ってるような知らないようなっていう4人でお話しするので、
面白いですよね。
いつもはこうね。
いつもの通りですけど。
はい。
いつも以上にね、即興的な感じで話せるんじゃないかなと思ったりしてます。
軽く、お二人軽い感じで自己紹介と、Coda schoolってどんなことをされてるのかっていうのを、
軽くで伝えていただくところからスタートしましょうかね。
はい。ありがとうございます。
じゃあ僕からCoda schoolの説明をちょっとさせていただけたらなと思います。
小中高生のための大学院というところでやっておりまして、
名前がCoda schoolですね。
全国の博士くん博士ちゃんのような子たちと一緒に大学生大学院生が共同研究という形で、
小中高生たちの本当に興味関心とか好きなこととかワクワクっていうのを研究という形を乗せて、
学会だったりとか論文に形にしていくという事業を2021年から運営をしております。
僕は代表をしておりまして、僕自身も大学院の研究者として社会企業化精神の研究をしているんですけれども、
そんな形で大学院に進学した時と同時にCoda schoolを立ち上げて、
その時のメンバーが木佐貫っていう形で、じゃあ木佐貫もぜひお願いします。
はい、改めて木佐貫と申します。
僕、今紹介していただいたCoda school、2021年ですかね、からスタートしてますけれども、
その時の西口が発起人とすれば、その立ち上げの時から一緒に携わっていて、
その時はまだ僕も大学生だったんですが、そこから今は社会人にもなっているんですけれども、
主に実際の小中高生たちとのゼミ活動であったりとか、
そういった研究をする現場に講師として関わるっていうところの主に、
最初に僕がその第一号として関わらせていただいたので、
今は現大学生、大学院生の現場の主任っていう名前ついてないですけど、
主任的な形で取りまとめつつ、西口と一緒に事業としても推進させていただいているような関わり方をしています。
はい、よろしくお願いします。
お願いします。もうね、気になることだらけですよね。
そうですね。
小中高生の大学院ってどういうことみたいなところも。
私はちょろっと西口君とは学会で一緒だったりとか、それこそ学部ぐらいの時から関わっていたりしたので、
なんとなくわかっているつもりではいるけど、意外に知らないかもしれないので。
これは西口君が立ち起きに立ち上げた?
そうですね。
最初の母体となる活動みたいなのもあったと思うんだけど、その辺のプロセスというか、きっかけみたいなところをぜひ。
ありがとうございます。パクトカンパニーという京都のコミュニティ企業があるんですけれども、そこでは大学生教育っていうものをやっていて、
僕は本当に大学生のメンバーとして2020年から入りました。
そこでは大学生たちがスクールを学ぶ環境っていうところで、何かいろんな自分の状況を自分でより良くしていくっていうところで、
作って提案っていうのがコンセプトであったっていうところに、代表の杖修士っていう人がいるんですけど、
ここでは修士さんと呼んでいるので、修士さんと呼ばせていただこうかなと思うんですが、
その修士さんと大学生の時に出会って、僕大学院に行きたかったので、その時学部生だったんですけど、一緒に大学行くんですよっていう風に言ったら修士さんと、
じゃあ僕も行くっていう風に修士さんが言ってくれて、同じ同級生になって同じゼミの研究科に進学することになったっていう。
僕も修士さんも塾の講師をやって、今も僕続けてかれこれ10年ぐらい個別指導の塾講師やってるんですけど、
っていうところとあとは自分自身が大学の先生になりたいっていう夢っていうのがあったので、
それを修士さんは企業家でもあったので、それを全部叶えていく形で何かできないかなっていうことをずっと大学院の時に模索してたっていうのがまずあって、
大学院でやってた時に、純粋に僕文系の陰性だったんですけれども、統計分析大事だなとか、英語大事だなとか、社会大事だな、理科大事だな、
学語って大事だなっていうのをすごく思った時に、これは塾の講師としての、やっぱこうなぜ勉強するのってすごく子どもたちから聞かれるんですけど、
やっぱ大学生の時なかなか答えれなかったっていうところがあって、自分が大学院生になって研究していく中で、すごくそれを自分自身が築けたっていうことがある。
それを講師とも同じ気づきを共有できてたので、これを小中高生に還元できる場所はないかと思って、最初に小中高生のために大学院を開こうっていうコンセプトが最初にあって、
1枚の企画書を書いて提案したところから始まってきたっていう。その中に木佐貫も巻き込まれていったっていう形になります。
なるほど、なるほど。お自身の実体験みたいなところから。
そうですね。
ああ、やっていかがってたんですね。
なんか、もともと梁子さんは、木佐貫さんがこういう活動をしているっていうのを知っていたんですか?
そうなんですよね。パクトさん時代からというか、ちょくちょくお話したりは行ったんですよ。
でもなんか気づいたら、パクトさん自身の活動もすごく広がっていかれてたし、そこから気づいたらコーダーも生まれてみたいな。
最近のところはあんまり知らなかったりするので。
私は木佐貫さんともっともっと知り合いで、木佐貫さんと知り合ったのは、コーダーストレートの文学ではなくて、さっきも出てきたゼロベストだったりとか、
サステナビリティの活動の中で木佐貫さんと話を聞くときに、京都ではこういう活動もしてるんですよって言って、コーダースクールの話を聞いて、
なんかそれめっちゃ面白そうだねっていう話になって、そこでいろいろな話を聞くときに木佐貫さんに紹介いただいて、今回ベストをしていただくという形になったと。
木佐貫さんがこのコーダースクールに関わるきっかけだったりとか、木佐貫さんがこのコーダースクールの事業の魅力とかやりがいみたいなところ、どんなところを管理してるのかなって私から聞いてみたいなと。
ありがとうございます。
そうですね、僕自身は本当にコーダースクールの魅力にもつながるんですけれども、僕自身はコーダースクールがあったからこそ大学卒業できたなって思ってるっていう人なんですね。
よかったね。
そうなんですよ、ちょっとコーダースクールがなかったら危うかったっていう、どんな人生に今なってるんだろうっていうぐらい、人生としてもすごくターニングポイントだったっていうところがあるんですが、
もともと僕がさっき西優が言ってくれたコーダーの誕生秘話の時にどういった状況だったかって、結構やっぱり僕としてはコロナが大学入学して2年目から来てまして、
もう2年生、3年生の時はほとんど自分の大阪の実家に閉じこもって、加害活動的なことはちょこちょこ来つつも、大学の学業としてはなかなかキャンパスで学ぶってことから遠遠くなってしまってたようなところがあって、
そもそもじゃあすごく大学の学びにも意欲があったかっていうと、僕自身はどちらかというと、行ってたのは京都大学だったんですけれども、大学に行くことが1個の目標というかゴールになってて、
中高と私立で、一応そこまで新学校じゃなかったんですけれども、しっかり大学に行くってことにサポートしてくれたような学校だったので、どちらかというと何か自分の中で学びたいことがあって大学にいるというよりも、
何か大学の中で出会う人とご縁にちょっと期待をして、なかなか自分が大学の勉強に向き合うときのモチベーションであったりとかってなったときに、これ自分が興味あるからこういう先生のこの考え方を聞きたい、授業を聞きたいではなくて、
何かよりこう、投資的に、履修登録のときも何か自分の中でとりあえず面白そうと思うものを選んでは、でもオンラインでいざ話を聞いてみると、何か思ってたのと違かったなというところで、何かこうずっと消費されていく感覚の中で、何かずっと
何で学費を払ってるんだろうってこととかをすごくもやもやとしてた時期に、実はファクトのメンバーにもなって、この初中高生の大学院、ための大学院っていうこの企画にも出会ったみたいなところがあったところから始まってます。
で、なので僕も別に研究、どちらかというと西遊みたいに院に行って、よりこう研究をしていこうってよりかは、何かこう研究をする気はないんだけどゼミ活動が始まったぞとか、何か論文を書かないとどうやら卒業できないらしいぞみたいなところに、多分なぜ自分がやるのかってところがよくわからないまま、どうやってやるのかもよくわからないまま、
ゼミに行って、とにかいず何かわけもわからずアウトプットしてると、何かうまくいかないみたいなことを繰り返したので、何かすごいより大学での勉強がオックンになってたんですけど、逆に高等スクールで最初にやったことが本当に3日間のイベントを開いて、そこに京都に初中高生たちが集まって、
3日間でまず研究っていうものを、プロセスの一連をまるっと実践してみて、テーマ設定から、最終的にはポスター発表という形で3日間で仮説検証を一度行って、大学教授とかいろんな保護者さんとか大学生の前で発表するっていう短期集中の講座を開いたんですけれども、
その時に僕も初中高生の子供たちの隣に立って協働するっていうスタッフとして関わっていったというところで、僕が最初に思った子は中学2年生の横浜から来てくれてた男の子で、お城お宅の男の子なんですけれども、とにかくお城が大好きで、小学校の頃は横浜だけど姫路城とか大阪城とかありとあらゆるお城に連れて行ってもらい、
中学生になったら、お城の検定試験というものが日本にはあって、日本上格検定という検定試験をお母さんの勧めでやってみたら、中学2年生で一休取り終わっちゃって。
受験生の5%ぐらいしか合格率がないって調べたら出てきたんですけど、それに打ち込めちゃうぐらい好きなことのためなら黙々と向き合える男の子だったんですけど、逆にそれ以降、自分の好きをぶつけられる場がないっていうところで東田スクに来てくれた。
そんな男の子の横に立ってると、すごい熱量をもらうんですよ。そんなに好きなことがあって、僕らはちょっとずつ一緒に論文読んでみようかって言って、僕の方が前提知識のないまま一緒に上格建築の専攻研究とかを読んでいったときに、
そこで初めて研究の進み方とか研究の面白さであったり、こうやって進んでいくんだ研究とか、こういう熱量をもっと自由な発想の中で好きなことをもっと自分の中から遠慮なく出してみて、そこからより過去の研究と照らし合わせながら自分に明らかにできることは何なんだろうかってことを見出して、
それを主張として紡いでいくっていう。この作業を小中高生の熱量にあたりながら取り組んでいったことによって、本当に子どもたちが研究するからこそ、周りで共同する大学生だったり大人たちがすごく刺激を受けて、
かつ自分たちにできる協力のあり方を探していたときに、自分たちに学びが本当に迎えてくるっていうところが最初僕の中では一番やりがいを感じたところ。この熱に当たった次のタームとかになると逆に自分もゼミ活動の面白いってなるようになってきて、
その次の年とかだと、ちゃんとこう研究が訳がわかった状態で研究発表の中間報告とかをすると、すごく他の人との対話だったりとかリアクションとかもすごく変化があったので、あ、おもろい、学問っておもろいやんって。
そこからようやく卒業論文も書け、一応大学としては学士卒業することができてっていうところで、今はコードスクールに関わる僕としての価値になっちゃったんですけど、改めて小中高生が中心になって、彼らが研究者として一生懸命自分の思いのままに研究を進めることによって、
すごい大人たちだったりとか保護者さんだけじゃなくて、いろんな方たちに相互作用が生まれていて、結果的に大きい熱量のままいろんな人がどんどんどんどんハッピーになっていっているっていう、この現象にすごく僕も巻き込まれた1人だし、よりこれを増やしたいなっていうことが今の自分のモチベーションになっていて、
すごく大学生に対する関わり方を、すごく真剣に向き合うということが自分の中ではすごく熱を持ってやってたりするところだなと。
ありがとうございます。
まさに大学の学部って、研究をするための基礎知識を身につける場所だったりとか、電気の手法の基礎を学ぶ場所なんですよね。
それをもって大学院に進んで、自分の進めたいこととか、強めたいことを研究していくという流れですけど、多分そこら辺が教育の中で曖昧になってしまって、なんとなく大学に行くとかですね。
特に学びたいことがないのに大学に行く人っていうのは結構多い。そういう人の方が多い気がするんですけど。
一体は小中高生の頃からこういう興味があって、これを学びたいからまず学部に行って、基礎的な知識を身につけた上で、大学院に進んだんですね。
健全な教育のあり方が曖昧になっちゃっているところをこう出すというものが、改めて若い方、選択肢を広げるような役割がありそうだなと思っていて。
私も、玲子さんもそうですけど、大学院に進学が来て、私は研究者の道は選ばなかったんですけど、研究というのはこういうものだという、なんとなくなことを分かっているから、今の発言ができるのかもしれないですけど。
玲子さん、院まで進んでいらっしゃるんですけど。
いやなんか、今の圧倒的な、たぬきさん自身の経験の話を通して、
一つはまずは日本の大学ってどうしても制度的なのか、おっしゃってたように、入ることがゴールになっちゃいがちな大学制度になってしまってるなと思うんですよね。
私自身もそうでしたしというか、海外の大学はどちらかというと、入った後からがもうスタート、本当にスタートで、もう出る方が難しいから、そこからみんな一生懸命勉強するって感じ。逆だと思うんですけど。
その時に、コーダースクールの価値っていうのを、名前の活動のネーミングからしたら、小中高生のための大学院ということで掲げてらっしゃるから、なんとなく小中高生に研究の面白さだとか、さっき3日間で型みたいなのを学んだりっていうので、
小中高生の方に教えるっていうイメージがあったんですけど、もちろんそこが入り口になりつつも、おっしゃってたように、むしろどちらかというと関わる大学生とか大人とか、私たちそれを知った大人、私たちの方がちょっと揺さぶられるというか、
そういう循環なんですかね。この辺っていうのは西口さんの最初からそこまでを想定してやられたのか、その辺が知りたくなっちゃいましたけど。
ありがとうございます。大学生の価値っていうところに関しては、パクトが母体にある運営会社パクトカンパニーが大学生教育をやっているっていうことで、例えばそのわかりやすい例で言うと、3日間の集中講座の関わってくる大学生全員ボランティアなんです。
お金を支払わない代わりに時間を投資してもらって、それ以上の価値を返すっていうふうに、きさぬきが本当に準備をして一人一人の役割とか、どういうことを囲われたらこの講座に参加したことによってその人がより良くなるのかっていうのを徹底的に考えてやってくれてるっていうのがあるっていうからこそ、大学生がすごく学ぶし、
本当に素敵な大学生たちがいっぱいいるので、会としてもそれを初中高生にすごく還元できて、本当にそれに触発されて、保護者さんだったりとか、あと最近だったら、これもきさぬきの担当生ともう一人女の子なんですけれども、難民問題の研究をやられている高校生がいるんですけど、
たまたま僕が大学の自分の研究のインタビュアーだった人が、その女の子の研究分野と全く同じで、お誘いさせてもらって、研究発表会に来たら、この社会人の社会企業家の方の方がその子に触発されて研究をもう一回やり直したりとか、そういうのが生まれているような、本当に周りの、僕たちもあとはその友達が学会で研究発表できるように何とかしたいと思って、
自分が理事をやっている学会で、子どもたちが研究発表できるように場を作ったら、そこに保護者さんが来てくれて、普段学会に来なかったような世代の方々が来てくれて、かえってこういう場所だったんですねっていうことを言っていただけるようなっていうのは、元から設計したかって言われると、大学生の学びっていうのはもちろん元から結構設計をやっていましたけど、ここまで広がっていろんな人に影響を、それこそムーブメントみたいな形で、
最近だったらファンみたいな方が来てくれて、今日もオフィスに本寄贈しますって言って本3冊送ってもらったんです。
全然保護者さんでもない、本当に知ってくれている方から応援、これはいい取り組みだからっていうふうに言っていただいているのは、やっぱりすごくやりながら続いて、それを僕たちは共同研究っていうふうに呼ばせてもらっていて、
大学生が関わっていくっていうところも共同っていうふうに言ってるんですけど、保護者さんだったりとか大学の先生だったりとか専門家の方も、小中高生を中心にいろんな人で協力して働く方の共同っていうふうに、それをやることによって本当にこういうムーブメントが起きているっていう、
ともに同じではない、この協力して働くっていう方の共同っていうのを名付けて共同研究をしているんですっていうふうに、Coda schoolではこれはやりながら作ってきた概念で、保護者さん、昔いた保護者さんが教育学が専門の方がいて、その方からこういう言葉をもらって、それをそのまま書いて、
コンページとかいろんなリフレットとかにも出たりとかっていう、本当にいろんな方々の応援とかご助言とかご指摘があっての高田なので、今は今の形だとそういうふうになってるっていうか、でも最初って半分でできたけど、そこまでなるとは思ってなかったっていう感じです。
おもしろい。いやまさにね、あのさっきの共同の感じをその、ともに働くの方を使っていらっしゃるような、私たちもね、ジャムセッション、協奏をともに作るじゃなくてね、ともに奏でるの方を使ったりしてるのと、なんかその、世界観的にはなんか近いなーなんてね、思いましたけどね、しょうさん、なんかその辺、重なりがなんかありますよね。みんなでこう発見していって。
なんか最初からね、やってたわけじゃない、インパクトが出てくるみたいなところは。
なんかこう、教えろ教えられるの関係性ではないっていうところが、お互い触発されて、大人も学ぶことがたくさんあって、かつそれがきっかけとなって大人も行動するようになるっていうのは、すごくこれからの社会に必要だと思って。
何だろう。これを思いつかれたのは、なんか素晴らしいなと思うんですけど、なんかこういう方っていうのは、もともと例えばどこかの国だったりとか、どこかこういうことに似たような活動されているところがあって、それを参考にしたのか、それとも本当にゼロイキで作っていったのかっていう、何かあるんですか。
これは伝説の立ち上げ機のエピソードがあって、それがしゅうしさんと一緒に立ち上げたっていうふうに言ってるんですけど、しゅうしさんは企業家で、正解を言うとゼロイチからっていうところが多分正解なんですけれども、3ヶ月間毎朝ミーティングをする。
そうすれば事業はできるっていうのが、しゅうしさんの、何て言うんだろうな、企業の企業とは何ぞやっていうところの、軽原則から出ている手伝ってたんですけど、本当に毎朝7時に起きて、時には6時ぐらいに起きて、コロナ禍だったのでZoomをつなげて、北抜きももちろんいましたし、当時教育に関心あった5人ぐらいのメンバーで、毎朝一生このコーナーについて、本当に3ヶ月間毎朝欠かさずに。
たまに寝坊していけなかったりするんですけど、やりながら議論を重ね重ね重ねやっていく、そのプロセスの間にいろんなことが生まれて、もちろん着想とかいろんなところからもちろん引っ張ってきたものはあるんですけれども、小中高っていうのと大学院っていうのを2つ組み合わせて、イノベーションって既存の地と地の新結合っていう、ペーターも言ってるんですけど、本当にその名の通り小中高生、大学院を小中高生の段階からやっていこうっていうところと、
コーダースクールのコーダーも音楽記号の最終日っていう意味で、飛ぶっていう意味を込めたんですね。小中高生が大学院に時間軸をすっ飛ばして飛ぶんだっていう意味を込めて、小中高生の多分大学院っていうものも日本で唯一にしていきたい、日本で唯一だったので、ちゃんと商標登録も特許帳に申請して文字商標を途中ですけど取ってっていうことをやっていきながらやったので、
多分これをやっているものは商標も取れたので、おそらく日本にないんじゃないかなっていうのは、ここはゼロイチを頑張ったかなって本当に毎朝、きさねきにおはよう電話かけてもらったりとかもしながら、お互いに起きれながらやってました。
おーすごいね。
実際今コーダースクールの名前の由来を聞きましたけど、結構海外の学生さんとかだと、飛びっていうところ普通にするじゃないですか。
多分大学入る前から興味があって、自分でめちゃくちゃ調べてたりとかめちゃくちゃ勉強してるから、大学入って2年生の基礎の知識とかも全部知ってるわみたいな感じで、飛び越して研究を始めるみたいなこと。
たぶん、これは推測なんですけど、そういうことって起きてるんじゃないかなと思って、日本ってそういうふうにならないですか。制度上もなってないんだけど、なってないのはコーダースクールのような教育がされてないからっていうのもあって、それをお二人が始めされて、
まだ多分大学生になっている子とかはいないかもしれないけど、今関わってる子たちが入ったらそういうことって別に起きていくんだろうなっていうふうに先々想像しました。
本当にそうなんです。だから、木佐貫の白オタクの子は、今高校2年生になりましたが、もうすでに日本ソーシャルイノベーション学会、僕が理事している学会にはもう2回出ているし、本当この間、日本建築学会っていう、そもそも入会するのですら難しい、日本でも建築学で言えば多分トップの学会に関東支部大会にも発表して、周りの大学生たち驚かせるっていう。
そういった状態で、ここからはCoda schoolとして卒業して、大学受験に向けて受験勉強して、教大に入るんだっていうふうに言ってて、ちょうど木佐貫の後輩になるんですけど、そういうことを起きて、その彼がもし大学生になったら講師やってほしいなって思いながら、
知人がいますが、そんな段階にいるっていう。
すごい面白い。
すごいです。
世紀の日本の教育システムが、ちょっとやりきれてないところを、補うってことでもないけど、すごいインパクトを出してるんだなって思いましたが。
私子供いないですけど、自分の子供が何かに関心を持って、これはもう親の手には負えない。
今の教育システムだと、親も学校もそこを扱い遂げないとなると思います。
そこをカバーというか、そういうときに講座スクリーン出たら、より個人の興味関心が加速していく。
イノベーション、さっきおっしゃってた道と道の掛け合わせみたいな話って、日本って教育から始まってしかるべきだなと思ってるんですよ。
これだけイノベーションが必要とされている世の中なのに、でも日本の学校って、むしろ均一であることを大事にされたりとか。
松尾さんが言ったように、ちょっと飛び抜けちゃったような状態はむしろ望ましくないみたいな。
ちょっと肩にはめたりとか、みんなで列を乱さないようにみたいな教育になってると思うんですけど。
なのに、社会人になったらいきなりイノベーティブな発想をしろと言われて、すごく無理があるというか。
そこをそうじゃないやり方で、もともと持ってる一人一人の探求心っていうんですか。
火をつけるようなプログラムをされてるんだなって。
すごいイノベーション教育の土台になってるような気がしました。
ちょっと趣旨的なところを聞いてみたいんですけど、これって入学みたいなことをして、それで卒業するっていうこともあるんだよね。
卒業制度があると。
ぜひ木佐貫からも言ってもらえたら。
そうですね。基本的に卒業するには、いわゆる大学院がっていうこともあって、ちゃんと論文を書いて、
それをまさに今、さっき言ったお城大好きな男の子は今論文を書いている状態なので、最後論文審査会っていうのを我々の方で開いて、
ちゃんと読み合わせをして、口頭諮問をして、ちゃんとこれは学術的にしっかり論文という形で、
一つのアカデミックな新しい地を作ってるねってなったら、口頭スクールとしては卒業終了というふうな終了書を提示するというふうな形になるので、
ざっくりこれを2年間のカリキュラム、いわゆる終始過程で一旦トレースというか見立てた形で、イメージとしては2年間で研究についての基礎を学び、
自分で論文を書く研究を実践するということを行うっていうカリキュラムというか、スケジュール感で進めていくようなものになっています。
なるほど。今って始まったのはいつですか?スタートしたのが口頭授業で。
21年です。
21年ですか。じゃあもうすでに卒業していた人たち何人かいる?
正規で卒業しようとしているのは、今木佐貫の担当の白オタクのほうで、
高校生の時に途中から入って1年半とか、例えば今3年目迎えている中学生とかもちろんいるんですけど、
ちゃんと卒業しているのはこれからなので、ちょうど今まさに第1号の生徒がちゃんとその子と一緒にカリキュラムを作ってきたって、
僕らも割と手探りな状態でやってきたっていうのがあって、
その子からすると、今2年間ってカリキュラムもその子が入ってくれたときはなくて、
やりながら構築していったところもあるので、
そうですね、その男の子が卒業して初めてホダスクールとしても初めて就業生が出るっていうそんな形になります。
途中休学してた時期もあって、
高校受験の時にとかってのもあって、結構長い時間過ごしてくれたんですけど、そんな感じです。
簡単に卒業できない、修了できないのもリアルですね。
もう2年過ごせば卒業できるみたいな、そういうのじゃないっていうのとかは結構リアル。
だから生徒にも聞くんです。一応、こうだとして2年経ちましたけど、どうします?って聞いて、もうちょっとやります?って聞いて、やります。
分かりました。じゃあ、お母さんにも連絡するねって言って。
やりたいって言ってるんですけど、どうでしょう?って言って、じゃあお願いしますっていう形で、そのまま継続するっていうこともあって。
あとは、なんでそういうのができるかって言ったら、集中講座の3日間とか、あとは体験会とかで見た講師が、基本的には担当するっていうことをやるので、
講師と生徒の関係性がすごく、よく言えば友達みたいな感じ。でも友達でもないし、先生でもないような関係性。
本当に共同研究が一番楽しいんですけど、そことに関係性がすごくあるので、もうちょっとやりたいんだっていうところで、それこそ岸抜に担当してほしいですって言ってくれてる女の子とかもいて、
わざわざ日曜日の時間、この時間なら行きますっていうので、2人の予定を僕が調整して、お願いしますっていう形でやったりとかっていうのはあるので、そんな形で。
それもすごく大事な要素になってそうですね。
やっぱり、担任になったからみたいな感じで組み合わせられるんじゃなくて、
この人と学びたいとか、この人からの得たヒントがすごく力になったからという信頼ベースというかね、そこがあるからこそ学びの意欲も続くんじゃないかなって思いましたけど。
本当にそうだと思います。
あと面白いのは、そのゼミ活動を講師と生徒何人かでやるとかするので、例えば岸抜のゼミだったら、岸抜が講師となって、あとゼミ生が2人いるみたいな形で、
ディスカッションで色々お互いに気づくこと、生徒たちが気づくこともめちゃくちゃあって、それこそ建築の子と難民の子が岸抜のゼミなんですけど、その2人のディスカッションの中で建築の研究が進んだりとか、
逆に岸抜が気づかなかった観点をお互いにディスカッションして、これを研究の軸にしよう切り口にしようみたいな形でやってきたりとかするので、それは凄まじいなって純粋に僕も見ててすごいと思いながら。
確かに。メンター制度に近い。
そうですよね。
メンター制度が1対1じゃなくて、何人か持つことによって担当している子同士が創発されるっていう。
そうですね。
なかなか既存の教育制度の中ではやりにくいところなのかなと思いましたというのと、最初から興味を持って聞いていたら結構いい時間がすでに過ぎていて。
本当ですね。
一旦前半戦ここまでで、後半また追加でコーダースクールについて聞きたいこともあると思うんですけど、もうちょっと発展系のお話を言ったらなと思いますので、前編はこれで終めたいと思います。引き続き後編もよろしくお願いします。ありがとうございました。
ここまで。
ありがとうございます。