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#91 ゲスト回第36弾 小中高生のための大学院 Coda school 西口優穀さん・木佐貫拓眞さん後編 : ともに奏でるラジオ
2026-04-03 46:07

#91 ゲスト回第36弾 小中高生のための大学院 Coda school 西口優穀さん・木佐貫拓眞さん後編 : ともに奏でるラジオ

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ともに奏でるラジオは、「誰もが有機的につながり、協奏が生まれ続ける世界をつくる」ことをVISIONに掲げる株式会社ジャムセッションズが、即興演奏から生まれる「協奏」をテーマに、チームメンバーや様々なゲストとともに対話を繰り広げる、そんなポッドキャストです。

京都を中心にジャムセッション的に活動(協奏)しているゲストをお招きしてお届けしている「ともに奏でるラジオ」。今回は、「小中高生のための大学院」というコンセプトで”ゼミ活動”を展開しているCoda schoolの西口優穀さん・木佐貫拓眞さんをゲストにお迎えした後編をお送りします♪

後編では、そもそもゲストのお二人が「研究」を志した原体験から伺っていきました。物心ついた頃から「関心をもったことに熱中して取り組む」タイプだった西口さんと、Coda schoolの活動の中で「子どもと対等に向き合える研究というアプローチの可能性に気付いていった」木佐貫さん、それぞれの経験談を通して、研究のもつ本質的な力について深掘りする時間になりました。

決してアカデミアの限られた人だけではなく、子どもの頃に誰もがもっていたはずの何かに夢中になることやワクワクすることを原動力に、自ら発想していくことが研究の基底にある力だと気付いたり。それは、社会人・会社人になってしまった大人が失っている力なのでは...とハッとしつつ。

参加する子どもたちにとっても、研究発表会が周りに評価される場としてではなく、1年に1回「研究仲間」と集える嬉しい場になっていると知ったり。探究と研究の違いを考えたり。
熱く語り合ううちに、まさに今回のトークの場が研究会のような雰囲気に!

最後にお二人が語ってくれた「研究する」選択肢がもっと当たり前になる社会に向けて、ジャムセッションズも各自のワクワクを起点に「研究」のような活動を積み重ねていこうと、そんな思いも新たにした後編でした。
ぜひ「自分の原動力って何だろうな」と自問しながら聴いていただきたいトークになっています。

■Coda school(コーダスクール)
https://codaschool.com/

■お二人のお薦めの1冊
・西口さん:「関係性型学習の教科書」
https://amzn.asia/d/0gGFRsCD

・木佐貫さん:「発想法」川喜田二郎著
https://amzn.asia/d/0biZDEOX---

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ともに奏でるラジオは、毎週金曜日(たまに水曜日)に更新しています。
次回の更新を、どうぞお楽しみに✨

◈株式会社ジャムセッションズ(Jam Sessionz)
VISION:誰もが有機的につながり、協奏が生まれ続ける世界をつくる
https://jam-sessionz.com/

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サマリー

今回の「共に奏でるラジオ」では、小中高生のための大学院「Coda school」の西口優穀さんと木佐貫拓眞さんをゲストに迎え、教育の本質や研究のあり方について深く掘り下げた。西口さんは、幼少期からの探求心と自己分析を経て、研究者という職業に魅力を感じた原体験を語った。一方、木佐貫さんは、自身が研究者タイプではないと感じつつも、Coda schoolでの活動を通じて研究の価値に気づき、それを社会との繋がりを広げるためのツールとして捉えるようになった経緯を明かした。 番組では、研究というアプローチが、単なる職業にとどまらず、子どもたちが自己表現し、社会と繋がるための有効な手段となり得る可能性が示された。特に、子どもたちが持つ純粋なワクワク感や独創性が、AI時代においてますます重要になる研究の本質と結びつくことが強調された。また、Coda schoolが、子どもたちが「研究する」ことを当たり前に感じられるようなプラットフォームを目指し、大人との出会いや多様な生き方を提示していく構想が語られた。最終的には、研究マインドの早期育成を通じて、子どもたちが豊かに生きるための選択肢を広げることを目指している。

研究者への道:西口さんの原体験と木佐貫さんの新たな視点
スピーカー 2
はい、ということで、今回の共に奏でるラジオはですね、小中高生のための大学院Coda schoolの西口さんと木狸さんのお二人をゲストにお迎えしてお話ししてきました。
今回はその後編になります。ということで、はい、しょうさん前半ではね、早速なんかこう深い、なんか教育のね、本質的なお話になってきましたけど。
そうですね。なんかね、我々も大学で教員してたりとか、教育に携わることがあるので、興味がね、今の別に、今の教育制度が全く悪いってわけではないと思うんですけど、いろいろ思うことはあって、やっぱそれをこうカバーするというか、さらにこう発展していける可能性があるあの授業だなあっていうのを持って、すごい興味津々で聞いていただくとちょっとあっという間に。
スピーカー 1
いつもながらね、時間が足りなくなっちゃってっていうので。今日なので後半また、はいお二人をお迎えして、続きでお話しできればと思います。お二人またよろしくお願いします。
お願いします。
なんか聞き足りなかったことあります?りょうさんの中で。
そうですね。そうそうそう、私それなんか1個あったなと思って、今思い出してたんですけど、ちょっと結構原点的なところに戻る問いなんですが、改めて西口くんがね、私も最初に出会ったときぐらいから、僕はもうずっと研究者になりたいっていうのが、もう結構明確にもあったんですみたいな話を聞いてて。
スピーカー 2
その思いの活動がね、今コーダースクールとかにも反映されてると思うんですけど、なんかなぜなんかそこまで明確にその研究者という仕事に魅力を感じられたのかっていうところをそういえばなんか、そもそも聞いてないなと思って、なんかもしよかったら。
スピーカー 1
なんか変な子だったんですよね、僕昔。
保育園のときに筆ペンと実家が浄土真宗の宗派のお寺ではないんですけど、仏壇があるタイプの小民家で今も暮らしてるんですけど、そこでおじいちゃんおばあちゃんの実家というか、そこで僕はずっと生まれ育ったっていうところがあったので、たまたま社教本があったんですよ。
はいはいはいはい。
仏壇に。
で、やっぱ小っちゃいときでチーンって鳴らしたりとか、そういう本見たりとかやっぱ気になるじゃないですか。
うんうんうん。
おばあちゃんから筆ペンをもらってひたすら社教するっていうことをやってたから、縁から帰って社教し続ける縁で生きてたんです。
で、僕そのままだ小学校に上がったので、小学校1年生の夢はお坊さんになるだったんですけど。
えー。
だからシンプルに社教が、お絵かきと感覚としては近くて。
なるほどなるほど。
塗り絵みたいなノリで文字書き続けてたら漢字得意になるっていう。
もう書けちゃうみたいな小学校が。
よくわからないサンスクリット字とかも書いてたので、今で思うと。
はいはいはいはい。
2冊ぐらい書き切ってそれをお寺に納めたりとか、あと昔から小学校に上がってからも縁に正多角形を書くっていうのを授業でコンパスを使って作図するみたいなのを習うんですよね。
はいはいはいはい。
色々書くみたいな。
これすごい綺麗な図形だなと思って、それは1センチずつずらして、縁の中に色んな多角形を10個ぐらい書くと気化学模様になるんですよね。
はいはい。
それを自由帳に書き続けてたら、学校の先生から心配されて電話がかかって、ほんとずっと休み時間ずっと自由帳になんか謎の紋章書いてるんですよね。
不安なので鬼ごっこさせに、今グラウンドに連れてきましたっていう風に遊びに行くように。
報告されちゃった。
っていうずっとそんな感じのタイプ。
特定のものにすごくハマってしまうっていうのが、これはずっと現体験的にもあって、それが続くってなった時に、高校生になると将来のこととか若干考え出すかなと思った時に、その時たまたま高校生の時に職業診断みたいなものをもしちょっと前に受けるみたいな。
多分結構全国的にも皆さんその時期に一旦職業診断多分受けてると思うんですけど、高校生のみんなも。
そういうのを見た時に、なんか救済が向いてるかもしれないっていうのが出て。
で、その時に職業のこと考えないとなって、なんとなく高校生の時にちょっとだけ思って、そっからまたやっぱハマっちゃうので、そっから時効分析にすごいハマっちゃったんですよ。
最近結構MBTIって多分有名だと思うんですけど、15年前ぐらい、だから高校生の時ぐらいからアメリカのサイト見つけて、その時は僕MBTI知ってて、今10年経って流行ってるなと思ってるんですけど。
ようやく来たかみたいな。
そう、あの時からもう調べて、INFJだよとか言いながら、でみんな伝わらんみたいな。
っていうことをやってた時にもやっぱ研究者が出てきて、これ動いてるんだろうなーってなんとなく思って、大学生になった時に後に恩師となる今里先生っていう先生に、
りょうこさんもご存知だと思うんですけど、我らが学会の事務局長をやってる今里先生と出会って、改めてそれなら研究者になったらどうかっていう風に言ってもらったところがあって、じゃあやろうかと思って。
スピーカー 1
研究者になるためには大学院に入って修士号、博士号を取っていかないといけないっていうことがあったので、じゃあ大学院に行こうかなっていう風に思ったっていうのが本当に、
自分の好きなこととか得意なことっていうのを世の中の仕事として合わせた時に、やっぱ研究者が一番合うなっていうのが結びついた。
結びついたので、例えばなんか組織で動くみたいなところはできなくはないんですけど、やっぱこう何かこう熱中してやるみたいなところはどこまで行っても得意で好きなところなので、それでお金いただける職業が社会に研究者としてあってよかったと思いながら。
スピーカー 2
その話を聞いても、わー面白いと思ったのが、勝手にね、もしかして身近な方に大学教授がいたとかね、先に例えば今里先生に出会ったのがきっかけとかね、外側に何かあったのかなっていう勝手な想定をしてたんですけど、
スピーカー 1
やっぱり先が先に内側だったんですね。やっぱ自分が何に熱中するかっていうのを、で後からそれをタイプというか職業的なカテゴリーになってはめたら、研究者っていうその順番がね、さすがというか面白いと思いました。
なのであの昔の自分、高田の生徒を見てると昔の自分を見てるような感じ。
スピーカー 2
そうですよね、もうそこから始まってたって感じですね。社教してたぐらいから多分始まってたんでしょうね。高田の研究室って。
そういう思いがあんまり聞いたことないのでわからないんですけど、でもやっぱりこのCoda schoolに携わって、今後はよりそこに基準を置いていきたいという話をね、さっき収録前にの話をしたんですけど、ここら辺はまた西口さんとは違う思いがあるんだろうなと思うんですけど、ここら辺は私は聞いてみたいです。
そうですね、僕は多分今の石井英雄の話でいうと、根っから研究者タイプではなくて、どちらかというと研究の価値とかに好転的に気づき、僕も今社会人をしつつなんですけど、ゆっくりかはちゃんとこうまたアカデミックに、それこそ本当に社会人を経て、どっかのタイミングで自分で論文を書くっていうことだとしたりとか、
またそれをちゃんと院に戻って、もう一回醸成させるっていうことをすごくやってみたいなって思うようになったのは、Coda schoolに関わっていこう。
西友だったり、井上さんとかの周りにあるソーシャルイノベーション学会っていう学会には、すごいいろんなバックボーンで集われている方が多かったので、こういう形でアカデミックに戻ってくるのありなんだと思って、
そこに対する思考性は今すごく芽生えたっていう言い方が新しいですね。
ただもともとは全然、むしろどちらかというと僕は、自分が小中高校生の時にCoda schoolがあったらよかったのにで動いているような、
自分の興味関心を、これが楽しいからこれずっとやり続けたいというよりかは、どちらかというと、ちゃんと誰かから評価されることも考えつつ、
相対的に見て学校のクラスメイトとか、僕は生徒会とか学級代表とかするような人間だったんですけど、
そこに自分の何かがしたいというところよりかは、ちゃんと責任感ある立場としてここに関わっていたい。
多分、相対的な人との関わり方の中で自己を規定し続けてきた人間だったので、むしろ自分が言い出しっぺになって、これやりたいという感覚がどんどんよくわからなくなっていく中高時代だったな、
振り返ったときも思うんですよね。なので逆に大学に入って、ガラッと問われてくるスタンスが変わっていたりとか、あなたが切手になる問いかけをされたときにすごく困るということを結構大学時代の前半を経験したので、すごくもったいなかったなと思うし、
やっぱり研究、さっき前半の話でもあったように、すごく小中高生が親御さんとか学校の先生だけじゃなくて、いろんな大人と対等につながっていくっていうのはすごく研究ならではだなとすごく思っていて、
スピーカー 2
僕ら特に発表、子どもたちの学会発表とか研究発表会とかをするときに、ご覧いただく大人の方とかに、研究者としてフィードバックしてくださいっていうふうに最初に一言事前に打ち合わせをするんですけど、
一人の研究者である、小さな研究者であるっていう、このマインドセットすごく僕の中ではすごく大事で、小中高生、子どもとしてってなるとユニークな発想をしてたりとか興味の熱量をされたときにすごいっていうことで、よく考えてるねとかよく調べたねってことで、子どもとして評価してしまうんですけど、
そうじゃなくて、研究者としてだったら、でもそこちょっとなんか、ここピンとしたらよくわからなかったんだけど、どういうこと?っていうふうに純粋に聞きたくなる部分とか、むしろ僕はこういう立場だったりしてたんだけど、そこに関してはどう思いますか?みたいなことで、
すごくこの人の好きな興味関心に対する熱量にリスペクトがあるから、対等にかつ有機的に人が研究を介してつながっていってるなっていうところが、すごく共同研究をする身として感じたんですけれども、
なんかやっぱりこうやって自分から自分の望むこととか考えてることを伝える。ただそれを好きだっていうだけじゃなくて、こう研究っていう一つのこのモデルを通して自分の中で掴めた上で伝えると、すごく世界が広がるし関われる人が増えるんだなっていうのが、
スピーカー 2
やっぱり当時僕結構大学生になった当初とかは、周りができる人ばっかりで、もともと高校の時とか成績上の方だったけど、そういう人たちが大学に行くといっぱいいるから、ここでどう異なれるかとかそういうことを考えて、
子の集団みたいな感じになって、すごく孤独感を感じたりとか、どうやったら社会に入れるときも孤独にならずに生きていけるんだろうかってことを考えたときに、圧倒的に自分の能力を磨くっていうよりも、ちゃんと自分に素直になって、自分のそれこそ好きなこととか没頭できることとか関心ごとを表現できるかっていう方が大事なんだなっていうことに気づいたっていうこの経緯があったので、
すごく今の僕としては何かを目指して、職業としてこれになりたいとかはないんですけれども、やっぱそれを大事に生きるってことをすると、生きやすいぞっていうことに気づいたっていうところが地道に継続しながら、自分の中でどうなるか先行きはわからないことも楽しみながら生きてるっていう状況で、
その一つの中に研究をする人であるっていう一側面とか、その顔は持ち続けたいなって思ってる感じです。
なるほど。話聞いてると西口さんとチャネちゃんは、例えばタイプは違うんですけど、多分世の中にはどっちのタイプの人もいて、どっちも自分が輝ければいいと思うんですけど、それをサポートしたりですとか、そういう人たちが生きやすい、
我々としても、社会として多分そこをファシリケートするとかサポートするっていう一つのやり方がコードスクールなんだろうなって聞いてて思いましたし、私もどっちかっていうと貴方たちのタイプだなって私も聞いてて思いました。どっちかっていうと根っからの研究者タイプではないし、あんまり一つのことに集中し続けることができないタイプではあるので、
でもそれでもいいんだっていう、それが自分のスタンスなんだっていうことを認識できるとすごく楽にいられるし、その中で自分の能力を発揮できるようなやり方って何なのかっていうのを見ることができるので、それを早めに若い方にも気づいてもらえるっていうのは、やっぱり教育の中でやっていくことだと思うんで、
すごく我々としても何かできることあるだろうなって思いながら聞いてましたね。
スピーカー 1
そこに加えてですね、私がすごい社会にとっての可能性が増えた感じがしたなと思ったのが、研究というその手法がですね、どちらかというとすごい一部の人の何か特殊なスキルとかアプローチみたいなイメージの方が今まだ強いと思うんですよ。
で、もうちょっと言うと、なんか研究者ですとかってなると、わーすごいみたいな感じで、でもあんまりこう普段はそんなに接しない人とかで、なんかちょっと距離感があるみたいな一般のこうなんか一般のっていうのもおかしいですけどね、なんかあんまり身近に研究者とは接しないみたいな人も多かったりっていうのがある中で、
なんかさっきのキサメキさんの話だと、必ずしも別に職業的に研究者じゃなくても、研究というアプローチを手に入れることで、なんていうかな、さっき表現ってね、自分のそのやりたいをその社会と表現するツールにもなっているんだなっていうのを感じたんですよ。
スピーカー 2
なんかそのあたりですごく、私もなんか共鳴するところがあって、もっとね、なんか私もこう日本の、私もちょっと歴史とした研究者というよりは、なんかいろんなところの間に入りながらちょっとつなぐようなタイプのリサーチャーがいてもいいかなという、コーディネータータイプのリサーチャーがいてもいいかなという思いでちょっといろいろ動いてるんですけど、
なんかその研究のなんていうかな、これからの社会の中での可能性とか、あるいはむしろなんかお二人が、なんかこれまでやってきたことを踏まえて、もっとなんかこういう可能性があるんじゃないかとか、具体的にちょっとやり始めてることとか、なんかその大きくその社会にとってのコーダーの意味とか研究の意味みたいなところで、もしあの、
やってることとかお考えがあるなら、なんかこう、そのあたりを後半、最後に聞いていきたいなと思いました。ちょっと長くなっちゃいました。
ありがとうございます。
なんかあの、研究ってところに、小中高生の最近考えてるのが、小中高生のための研究とは何ぞやっていうところをすごく考えていて、なんかやっぱこう、子どもたちが教えてくれるものがやっぱあって、それは何かというと、目の前のことに熱中するワクワクだったりとか、その意欲とか興味関心っていうのはどこまで行っても研究だったりとか、
その研究者が持ってた、そもそも根本の大事なところを、なんか本当に学ばせてくれるなと思いながら、断説してて、なんかすごく印象的だったのが、学会っていうのが、たぶん僕ら大学院生とか、研究者になると、何て言うんだろうな、発表に対してドキドキするというか、何を持たれるんだろうみたいな、やっぱ思うじゃないですか、どこまで行っても。
すごい、中学2年生の男の子が来た言葉がすごく僕の言葉に残っているのが、まず高田って全国に生徒がいるので、年に1回学会で集まれるんですよ。
その文脈があるからっていうところはもちろんあるんですけど、やっぱ同世代でこうして研究をやっている同志と出会えるのが学会の良いことだと言ってて。
それを中学に別に何か言ったわけでもなく取ろうって言ってたんですけど、これが一番研究の、子どもたちにとっての研究のすごくいいものだなと思っていて、それこそツールとしてアクセスできる研究っていうものと、そういう場所にアクセスできたり、自分の興味関心をやっているパイオニーの人にも、中学生であろうと高校生だと出会えてしまうっていうのは、
スピーカー 1
この技術ツールを持っているってことはすごくいいことだなっていうのはめちゃくちゃ思うのがやっぱり今思っているところで、肩矢とはその一般的な研究っていうところにおいては、やっぱり今、それこそ今の大学の指導教官とも話すんですけど、AIがいろいろ発達してきたっていうところにおいて、
やっぱりこの査読論文とかも多分AI結構使っている方もいらっしゃる。僕ももちろんリサーチするときは使うっていうところになったときに、これはやっぱりどこまでいっても、その研究者の独創性が大事だなっていうのが、この研究においてもそう思っているところで、やっぱり子どもたち、子ども時代持ってたあのワクワク感とか、なんていうんだろう、この独創性ってところが、研究においてはすごく大事になってくるっていうところだと思うところ。
やっぱりAI使うと、レビュー論文とかもすごい簡単にできてしまうところで、どの切り口でどう研究するのかが、この研究においても、研究者にとってもすごく大事で、この申請書が取れる研究が本当にいいのかっていう、最近それこそ昨日、マックスウェーバーの職業としての学問という本を読んで読書会してたんですけど、本当に元々持っていたそのワクワクとか情熱っていうのを、やっぱり大切にしている。
大切に研究者もしていかないといけない時代になってくるんだなっていうのが、僕、研究者を目指す上でも思うところかなっていうふうに思います。
僕は僕でっていうところで言うと、本当に井上さんおっしゃってくれた通り、研究っていうものが一部の職業としてだけじゃなくて、僕は漠然と思って、みんな研究者っていう一側面を持つっていうのがもっと当たり前化していったらいいのになっていうことはすごく、コードスクールをやることの先に何となくぼんやり描いてることとしてやっぱりあって、
最近僕はそれを選挙者マインドとか研究マインドみたいな、多分小中高生に対して働きかけてるのはその研究マインドの早期かなっていうふうにイメージとしては思ってるんですけど、なんか僕がそれをやっぱりこう、もともと相談やりつつ、今このタイミングでやっぱそれをより重要視したっていうのは、今その僕が社会人になって2年間ですね。
ちょっと今回の話はそこまで出なかったんですけど、最初に前半河村さんからおっしゃって、ゼロウエストっていうことを1個別で僕も仕事としてしていて、今徳島県の上ヶ島っていう町に移住して、そこで町の個性ある町づくりの仕方に対する案内人であったりとか、より社会教育としての価値提供するっていうことを、
Coda schoolやってる側面やってるんですけれども、すごいね、社会人になって気づいたのが、やっぱりこう、自分の身の回りのいろいろ出会う大人とか自分の親とかも踏まえ含めて、いかに自分のリソースで頑張ろうとする大人多いなって純粋に思ってたんですよね。
なので、例えば、自分の持ってる関係性とか、持ってる資本力とかでやれることはちゃんと解決して、できないことは外注をするっていう考え方が本当に当たり前化している。
スピーカー 2
つまり、玄海集落とか上勝町っていう町に2つに来る方たちって、どういうスタンスで来る人が多いかっていうと、僕らがどれだけ、僕は結構プロセスと熱弁するんですね。上勝町っていう町が1500人を切ってもなお、生き残り続けてるってことの、結構奇跡的なことが起きていて、結果よりもこういうことがあったんですよねって歴史を話すんですけど、
結構、行政の方とか企業の方とか一般人たちの方が一言目に言うのが、これ上勝町だからできますよねっていう感想に結構付着することがあって、いやそこじゃないんですよみたいな。
それはどちらかというとその人が悪いっていうよりも、やっぱり企業として代表してくるとなると、何かちゃんと持って帰るものを報告しないといけないとか、そういうことも含めて、結果とかメソッドとして何かを外注しようとするマインドがあると、
なかなかこう、自分たちの中で、それこそゼロから一度発想するってことが遠慮くなってしまうなっていうこと。それこそ子供の頃めっちゃやってたのに、いつかちょっとずつ忘れちゃってしまってるものになるんだろうなってことを、僕はこの玄海集落に進む、そこから外の人を見るとより露骨に感じるようになったので、
そこに対するアプローチとして、今こそ研究っていうことが価値を持つんじゃないかなっていうところ。改めて外注するのではなくて、自分の中からいかに検証して、何か正解を、仮説を正解に近づけていくかっていう、この発想をどれだけ自分の中でできる余地を残しとくかっていうことが、最初にも言ったような、自分のリソースだけで頑張るではなくて、
自分のリソースプラス自分の発想によって、自分だけじゃ手に入らなかった仲間だったりとか、いろんな力助けだったりとか、よりリソースを拡張していけると思うので、回り回ってやっぱりこういう形が、今後人口が減っていって、
より一人でできることとか一人で持てる物的資本が、なかなか不確実になっていく中で、どう人と関わりながら自分の豊かさを担保していくかっていうことにおいても重要だろうなっていうのがあるので、ゆくゆくは小中高生はあくまで早期化としてファーストターゲットなんですけど、
どの世代の人ももっと研究をやるってことがスタンダードになることが、僕としてはすごくなったらいいなって思うことですね。
本当によくわかります。私も現職の時とか結構フィールドビジット型の研修とかも結構やってたんで、そうですよね、いかに自分で発想していけるかっていうと、なかなか持ちづらいですね。
お企業の方とかもね、出ると。その時に確かに自分で問いを立てて、仮説を検証してやっていくその研究のやり方が、もっといろんな人が活用できるって気づけたら世の中もっと面白くなりそうだなって思いましたけどね。
今聞いてて、研究と探究って何が違うんだろうとか、今学校教育の中で探究学習ってありますけど、
スピーカー 2
学校でやってる、教育の中でやってる探究学習は結構河野先生は大変そうにしてて、上手くいってるところもあるか上手くいってないところもあると思うんですけど、実際我々って一生をかけて何か探究していくっていうものじゃないですかね、人間って。
AIがどんどん発発していくと、やりたくないことをやってくれてて、そんな中で多分探究するものがないとは、何のために生きてるんですかみたいな感じになってしまう。
もちろん小中高生はそうなんですけど、大人も探究したいものを見つけるべきであると。
探究するものを見つけられたら、結果だけを求めないじゃないですか。
それこそ探究していくプロセスが楽しい。
そうなりますよね。
でも多くの大人は今そうなってないと言ってるんですよね。
プロセスはいいから、結果を知りたい、結果を出したい。
それが重要であるっていう。
それって多分、研究とか探究のプロセスってないというか、特にないので。
そういう意味でいうと、全人類に必要なものが、研究でありたいというのかなっていうのは。
本当に改めて、気づかされた感じがしますね。
最後に、今後コーダースクールとしての事業構想、どういうふうに発展させていきたいと思っているのかみたいなところは、別にまとまっていなくてもいいんですけど、
展望として発展したいなというふうに、それぞれお二人とも考えがあるかなと思っています。
ありがとうございます。
それこそ、僕としては、小中高生が研究するっていうのが当たり前になってきたらいいなっていうのをすごく思っていて、
スピーカー 1
今おっしゃってくださったように、探究っていうのが今学校現場では導入されていて、
僕も学校の先生だったりとかいろいろ知り合いもいるんですけど、皆さんいろいろ工夫されながら頑張っているというところがあって、
スピーカー 1
探究と研究の違いっていうところで、探究って自分の興味を開発していくっていう多分営みだと思っていて、
研究になるとそれをいかに社会でまだ明らかになっていないことを明らかにするのかっていうところのフェーズに移行していくって多分段階になってきて、
だからこそ、あえて言葉を使い分けて、高校生までは探究で、大学生から研究しましょうっていうふうに言ってたりするんだと思うんですけど、
一方で子どもたち、いろんな意見とかアイディアとか持っているっていうところで、わざわざ大学院まで行こうと思ったら、
本当に十何年かかってしか研究できないっていうのは機会としてはもったいないし、
スピーカー 1
研究したい男の子、女の子、世の中にはいろんな人たちがいるっていうところを置いては、やっぱり子どもたちが研究っていうものをそれこそツールとして使いながら表現していくっていうことをやると、
それこそ、それが一概とかは言わないんですけれども、例えば不登校の子が自信を取り戻して、この社会に戻れていくようになったりとか、
友達とは話し合わないけれども、大学の先生と話し合う子とか多分いると思うんですよ、世の中には。
子たちがすごく生き生きと生きていける、そういう研究するのが当たり前なんだよっていうことをやっていきたいっていうところがあるからこそ、
スピーカー 1
僕らとしても大学の場だったりとか、学会っていうところだったりとか、その子の興味関心の学会に何とか会員になれるように保護者さんとやり取りして協力して何回も連絡のやり取りをしながら、
入会できましたっていうやり取りをもらいながら学会に向かってやっていって、それをもって大学も選んでいけるとすごく豊かに生きていけるし、大学生活も充実していくなっていうのが思うからこそ、
そういうのを一つの選択肢として、例えばスポーツやるみたいな感覚の観点でサッカーするみたいな研究するみたいな一つの選択肢の中にあればより良くなるんじゃないかなっていうのを思いながらやっているので、
スピーカー 1
どんどんどんどん子どもたちには学会に行きな、大学に行きなっていうのは、社会にどんどん出て行きなっていうのは、高田の事業構想としてもそこをやっぱり向けていきたい。そんな子たちが増えるプラットフォームにどんどんしていきたいなっていうのがあります。
僕としてもちょっと補足すると、今、Coda school現状として7人かな、8人ぐらいの通年で研究活動に没頭する小中高生たちが加わっていて、それ以外にも短期で短髪でずっと研究をするっていうことを選んでくださっている子どもたちもいるんですけれども、
まずここのちゃんと人をもっと一緒に研究をしていく子どもたちを増やしていくところが、まず直近の僕らが今明確に向けているところかなと思います。
スピーカー 2
僕と西口の中では、まず今年は30人だっていうところで、まず研究者がCoda schoolの中で研究者になっている人たちが30人いる状況をまずは作ろうっていうところを目指しています。
やっぱり30人っていうぐらいの規模化になってくると、もっともっと大学院らしくなってくるだろうなということで、本当に今は西口の関係者の中でソーシャルイノベーション学会に参加させていただいたり、あとはそれぞれで学科を開拓していくってこともあると思うんですけど、
それこそさっき西優の言ってくれたような子どもたちが都道場として価値を感じてくれてるってなったときに、Coda schoolが逆に高田として何か学科を開く、都道場をこちらで作れるぐらいのこともできたりしてもいいなって思うし、
あと結構最近思うのは、今はどちらかというと知的好奇心とか好きなことがあふれ出てきていて、ぶつけるやり場がない、親御さんとか先生たちでもなかなか対処しきれない、対応とかなかなか受け止めきれないっていうような子どもたちに向けて、
まずはCoda schoolを特に開いて、どんどんやってみないっていうふうに言っていくんですけれども、ゆくゆくはもっとそこの知的好奇心の開発段階の、いわゆる僕みたいな人間ですよね。
中学1年生の僕みたいな人たちに、よりCoda schoolの価値を感じてもらえるようなところもゆくゆくはできたらいいかなっていうふうにはすごく考えてますね。
なのでやっぱり僕としてはもっと好きなことを、その人なりの仕事とかライフスタイルとして実践している人、めっちゃ純粋な好きなことって純粋に好きって言って大人になり続けていっていいんだっていうことを、それって最終的に形になってなんだかんだ生きれるんだっていうことを、
子どもたちが感じられるように大人の人とか大学生、大学院生とつないで、これは西野ともあんまりまだしゃべってないと思うんですけど、Coda schoolとしてオープンキャンパスがいつかできたらなって思ってるんですよね。
そこで大人と出会い、こういう生き方がありなんだっていうことで、でも逆にそういう生き生きして大人を見てると子どもたちが、私って何が好きって言えるんやろうっていうことが相対的に内省される瞬間を得れば、逆に高田に今はなかなかすぐに価値を感じてくれない人とかでも、絶対にさっき西井が言ったように、これからの社会とかこれからの子どもたちにとってこの研究っていうのが必ず役に立てるはず。
だからっていうところも含めて、他が広い人に手に取ってもらえるようにするところもすごく僕の中では構想として目指していけたらいいのかなっていうふうに思ってるので、今はこうしていろんな生き方をしてる河村さんとか井上さんも含めて、こう出会ってこうやって話ができてること自体が未来の子どもたちに対する価値提供のすごいセットアップになってるような気もしていて、僕はすごく嬉しく思ってたりしています。
ありがとうございます。
なんか、木下向さんがおっしゃってたように、僕ちなみに昨日も高校生に話に行ったんですよね、授業に。
もともとそういうやりたいこととか興味関心がある人ももちろんいるんですけど、ほとんどの生徒はですね、自分がやりたいことは何なのかわからないと、どうしたら見つかりますかみたいなことが結構相当してあって、それってなかなか私個人の経験は伝えられるけど、どうやって見つけられるのかっていうのをなかなか伝えられないし、
実際は多分いろんな出会いとかきっかけがあるんですけど、あとそれを一つの選択肢としてCoda schoolみたいなところで、いろんな大人と出会うきっかけがあるオープンシャンパンみたいなところに行ってみるみたいなのも、
なんかこう、生徒に私も伝えたいなって思うので、Coda schoolのような活動がもっと大きくなって広がっていくと、私の活動とかもすごい広がっていくと思うので、応援してますし、一緒に何かをやりたいなと。
そうですね。本当にJAMでもね、JAMのほうは大人のCoda schoolみたいな感じがしません?私たちも一人一人探求したいことがあるメンバーが集まって、そういえば私は研究者みたいなことも思ったんで、何か重ねられるタイミングでオープンな場を何か作れたりとかしたら面白いだろうなって思いましたので、ぜひ引き続き。
はい、作成会議しましょう。
いやー、ありがとうございます。
後半もあっという間でしたけど。
研究の可能性:子どもたちの探求心と社会との繋がり
最後、あのコーナーを。
そうですね、ともにカノエラジオではゲストの方に最後、おすすめの1曲もしくは1冊、音楽か本ですね、を紹介していただいてますので、お一人ずつどちらかご紹介いただきたいです。
はい、僕からは本を紹介できた。
はい。
自分が最近、去年書いた本を紹介したので。
ぜひぜひ。
関係性型学習の教科書という本を使っていただきました。
そういう青い表紙のやつですが、Amazonにも売っているんですが、このCoda schoolを立ち上げた背景として、それこそPBLって今、大学とかでもよく言われる。
そうじゃなくて、僕たちはファクトとしてやってるのが、RBLっていうRelationshipBased Learning、関係性から学んでいきましょうということで、まさにCoda schoolを立ち上げたところで、いろんな人の研究者だったりとか保護者さんだったりとか、いろんな協力者の関係性あって、
こその高田だったと思うので、それをどういうふうに作ってきたのかっていうところの方法論を書いています。
これを読むと、豊かに生きるための教科書っていう形でやってるんですけど、普段は大学の授業にこれを入れてもらったりとか、あとはこれを使って、例えば企業さんの研修の機会を作っていただいたりとかっていう、
どういうふうに僕たちが高田を作ってきたのかとか、いろんなプロジェクトを作ってきたのかっていうのをエッセンスを散れ踏めて、それを一冊に頑張ってまとめたので、代表の修士さんと同志者の中島恵里先生と3人で協調でさせていただいた本なので、ぜひそれを紹介できたらなと思って紹介させていただきました。
私、実は中島先生からこれを共有いただいて、配読いたしました。
ありがとうございます。
本当におっしゃったように、これまでのプロセスだったり、体験された方の声だったり、もうヒント満載っていう感じで、私も課題起点じゃないプログラムをどうやって作っていったらいいんだっていう方にとっては、めちゃくちゃ学校になるんじゃないかなと思ってますので、皆さんもぜひ。
見てもらいたいので。
ご紹介したいと思います。
リンクとかはAmazonでもリンクが貼れますかね。
Amazonで、人生課題学習の教科書を検索していただいたら出てくると思うので。
そちらを貼らせていただきます。
一言だけ。Amazonのページを私見てるんですけど。
まさに私の最近の興味で、社会課題の解決っていう言葉があんまりつきちゃう。
ずっと言ってるよね。
社会課題を見つけてそれを解決するっていう、義務感的な事業だったりするのだろうかって最近思っているので、そういうヒントが得られそうなことだなと思ったので、私も読ませていただきます。
ぜひぜひ。
関係性ベースにね。
はい。
ありがとうございます。
じゃあ木下の木さんもお願いします。
もうちょっと前にお話しいただいたんですけど、迷ったんですけど。
当初西口が紹介したはずだけど、僕は転用して紹介させていただくんですけれども。
河北二郎さんの発想法をですね、僕はちょっと紹介できればと思います。
いわゆる僕ら研究するときに、最初に研究テーマを見つけるまでに、KJ法っていう付箋をいっぱい貼ってキーワードをどんどんカテゴリー化していって、自分の今考えてあったものの中を展開したりとか、そこから発想を導き出していくっていう一種の手法、発想法っていうのをこの河北二郎さんの河北二郎のKJ法っていう手法が。
僕も最初これコーダースクール立ち上げて、最初のイベントのときに初めてKJ法を知って、実際に使ったり、自分の最近だと人の話を聞くときのメモもですね、メモ帳じゃなくて付箋ぐらいのサイズの紙を書いて、聞いたこと一つずつを書いてはちぎって書いてはちぎって最後にKJ法していくみたいな話の聞き方を。
何となくしてたらみんなにこれめっちゃいいやんって言われて、これいいやっていうようなところがあったんですけど、最近ちょっとこれを読み直しまして改めて。
この発想のKJ法、手法の方ではなくて、1章のところに書いていることがすごく良かったんですよね。
野外科学っていうですね、この実験科学と書斎科学と違う形でのこの研究とは何なのかっていうことに対するこの説明を河北さんなりにしているところがまさにこの、
長中高生が研究するっていうこと。長中高生でも研究できるではなくて、長中高生が研究することの良さとか価値っていうのを改めてちょっとしっくりこさせてくれたっていうところ。
改めてやっぱりフィールドに出て、現場に出て、そこから自然の発生の中から見えてくる気づきとかヒントっていうものをベースに何か問いが生成されていったり仮説になっていって、それをどういうふうに検証するかっていうフェーズで、
書斎的だったりとか実験的な方に移行していくっていうこの、僕らがイメージする研究っていうのはどちらかというと実験室とか図書館っていうイメージがあるんですけど、それは両輪の片方でしかないんだっていうことで。
野外に出るってことも同じぐらい研究においては大事であるっていうことで、この野外性のより引い出てるのが小中高生だと思うんですよね。
なので、この野外科学という言葉に出会わせてくれたっていうところで、やはりこの研究っていうことにこれから向き合っていく僕らとしてもすごく学びになる一作だったということで、紹介させていただきます。
確かに経済法って言葉をよく使うし、手法は。
結局あれって分類してその後うまく統合できなくて経済法やって終わりっていうことが僕の経験でよくあるんですけど、改めてこの本を読んでみるとその発想法の方も改めて。
研究って言ってもいろいろあると。
我々フィールドワークって言葉をよく使うんですけど、フィールドワークってよく分かんないまま使ってるなっていうのもあったりして、これとじゃあその野外科学って何が違うのってすごい私の興味としても。
また増えましたね、私たちの尊読が。
じゃあセッションの方も本棚に入れさせていただきますので。
ありがとうございます。
素敵な本を紹介いただいてありがとうございました。
はい、ということでですね、本当にまだまだここからが話したいという感じでもありますけれども、それはぜひまたリアルでもご一緒させていただきたいので、今回ともにカナデルラジオに改めてご出演ありがとうございました。
ありがとうございました。
今回はコーダースクールの石口さん、北月さんとお送りしました。
では次回もリスナーの皆さんとともに探究したいなと思いますので、引き続きチェックしてみてください。
それではありがとうございました。
ありがとうございました。
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