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今までありそうでなかった制度っていう感じがしますけど、結構これは伊藤さんの中で長年温めてきてた企画なのか、それとも社内ベンチャー制度を機に、これまでの伊藤さんの問題意識とかを改めて形にしてみたって感じなんですかね。
Keita Takahashi
そういう意味だと、これは完全に自分自身の経験から出てきた事業で、主役所で働きながら6年ぐらい前から弟子を勝手に、大学生を自分の仕事場に触れていったりとか、打ち合わせに触れていったりとか、
さっき言った、他の主役所外の大学での仕事とかもやってたんで、そこに外部TAとか勝手に言って触れていったりとか、そんな感じで、自分自身が学生を触れて仕事を見せたりとか、色々相談したりとかしていくうちに、
これが、もともとは学生が自分たちでは見れない世界とかをインターンみたいな感じで連れて行ってあげることで、なんか面白い世界見せてあげたいなとかっていうぐらいの軽い気持ちで始めたんですけど、
なんかこう、指定っていう風になると、自分自身も自分の働き方がちゃんと師匠としてふさわしい働き方できてるかなとか、弟子に見せられる背中をしてるかなみたいな、自分の生き方とか働き方を見直すきっかけにもなって、これはなんかすごく良い棒と思って、
こういうことを他のいろんな人にも体験してほしいなと思ったので、市役所の制度として提案してみたら、こんなむちゃくちゃな制度がちゃんと京都市の公式の事業としてできることになって非常に嬉しく思っているところ。
寺田 そうだったんですね。本当にご自身の実体験から生まれてるっていうところで。でも、だからこそきっとプレゼンの説得力もあったんだろうなって思いました。
そうですね。プレゼンのときもスパを出すし、今回説明会の岡村さんが来てくれましたけど、このプロジェクトに関して僕はいくらでも喋れるんですよ。心の底からやりたい、心の底からいいものだと信じ切ってやってるので。
寺田 松尾さんも感じました?その辺の伊藤さんの。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
寺田 僕ちょっと時間を間違えてて。
寺田 伊藤さんの熱い説明がちょうど終わったところで。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
寺田 聞きそびれたんですけど、その場がだいぶ温まったところで僕は登場したので、すごい得したなと思ったんですけど。
寺田 ちなみに3人ね、さっき第1期3人師匠がいてって話をして、そのうちの2人はこのともに奏でるラジオに出ていただいてことのある2人なんですけど。
寺田 そうそうそう。1人は谷川由志博さんで、1人は日田さんですね。
寺田 なので、僕もそのプロジェクトのことは第1期の途中からというかもう終盤ぐらいに知ったんですけど。
寺田 知った方が師匠となって、こういった人たちの弟子として就く学生はすごくラッキーだろうなっていうふうに思ったりとか。
寺田 まさにインターンシップの、個人に就くインターンシップみたいな感じで、今はどっちかというと組織にね、仕事の体験に行くみたいな形になってますけど。
寺田 本来は多分昔っていわゆる師匠、人に就くっていうことが多分普通だったんだろうなって思って。それが今は組織に行くって感じになってるけど。
寺田 また人にインターンシップしに行くっていうのが、生徒としてあってもいいんじゃないかなっていうふうに思って。それが京都市というところからスタートしたのは京都っぽいなって思ったりして。
寺田 それが大学の授業としてできないかだったりとか、他の自治体とかに広まっていったらいいのになみたいなのは、伊藤さんとお話をしてたところですよね。
Keita Takahashi
寺田 ありがとうございます。本当に今言っていただいた通りで、普通インターンって学生対会社みたいな感じなんですよね。今、りょうこさんとは同じ立川大学で同じインターンの授業の担当講師として、今日も日報が来てるなと思いながらやってますけども。
寺田 保識として受け入れてくれる。それはそれですごく働くっていうことを実際の現場で知るっていう意味で重要な教育だと思うんですけども。この指定制度に関してはあくまでも保識人であるのはその人の一面であって、その人が例えば夫だったり父親だったり母親だったりみたいな役割も持っているし、地域での顔も持っていたり。
そういった面を全部含めての人間としてのインターンについていくっていうのを目指していたので、去年も本当にさっきおっしゃっていただいた谷川先生とか立川さんとかも含めて、みんな最初はどうしていいんだろうって思いながら話し言葉についてくれたりしてくれたんですけど、ちょっとうず途中から個人対個人のフェッションとかが増えたりとか、一緒に何かに取り組むみたいなことが増えていくと、
すごく良い指定関係が築かれていったなってのを見てましたので、そこはすごくいい点を言っていただいてありがたいです。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
そう考えると、この指定プロジェクトもそうですし、大学の教員というのもそうなんですけど、学生だったりとか若い世代と関わったりとか、その関係を築いていくっていうことで、私は伊藤さんと一緒に立川大学の非常勤の講師のタイミングからですけど、
それ以前にもいろんな形で学生と接するっていうことは許されてきたんですか?
Keita Takahashi
立川の前は土砂大学で3年間プロジェクト科目の担当の講師もしてましたし、人生ずっと若い人の教育とか開発とか、そういったことに関わっている気がしますね。
それっていうのは、さっきあらためて伊藤さんの自己紹介もお聞きしてて、そういえば転職での京都市だったんだっていうのも知ったときに、なんで京都に、しかも市役所に転職しようと思ったのかとか、あたりとも何か関係します?
Keita Takahashi
自分が教育とかそういうことに関わるようになったってことに関しては、前の仕事とか転職よりもさらに前に、自分が大学で東京の方に行ったんですけれども、そのときに入った寮で、留学生とかも住んでいる寮で、そこでグローバルな人材を育てるみたいなことをモットーにしている公益財団法人がいて、
入った年から寮の中で英語のゼミとか異文化のことを学ぶ、いくつかの大学の人が参加するゼミとかっていうのに参加して、その中で一緒にカナダとか韓国とかベトナムとか、いろんな海外に行って、その現地の学生たちと一緒にまたセッションしたりとかっていうのを大学時代にすごくいっぱいやらせてもらって、
ある意味、自分が学生時代に、大学組織とか大学の先生とかではない形で、めちゃくちゃ学びの場をいっぱい提供してもらったという思い出があるので、
その後、僕、大学院とかに行った時は、そこのベミの運営とかをやってたんですけども、こういうふうに若い人たちにそういう場を提供してくれるっていうことの価値を自分自身がものすごく感じているので、自分自身もそういう場を提供してあげたいっていうふうに思っているので、
そういう大学での教育とかにも関わりますし、あとその財団法人には実は3年ぐらい前から、表議員か、NPO、公益財団法人の市役所で議員みたいなポジションの表議員というのにもならせてもらって、その団体の関係性もつながってすごく嬉しいんですけど、
そういうところが一つあったのかなっていうのと、あと実は、うちの家計、僕の父親、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばあさん、あいとこ、みんな学校の先生だっていうのも実はあるかもしれない。
初耳でした。
でも大学の時は、学外のゼミは一生懸命やってたけど、大学自体はサボりがまくってたので、教職課程とか全然取れるわけもなく、何でも一族で初めてサラリーマンになったみたいな感じだったんだけど、
流れ流れて、結局大学のゼミがやってるってことは、やっぱり血が流れてるんだなっていうのも感じてます。
面白い。党だったんですね。すごい。自分の学生時代と家計にもルーツがあったっていうのが。
Keita Takahashi
さっきおっしゃっていただいた転職は、もっと単純というか飽き性だったので、僕は一つのことをずっとやり続けられないから、文学部の大学に行って比較文化とかをやっていたのに、SEに対象の職ではなったんですけど、
その理由が、IT企業はいろんな業界の人と仕事ができるよと。どんな業界でもIT技術は絶対使うので、システムがあるので。
聞いて、それは面白そうだなと思って行ったのに、メガバンクの担当になって7年間ずっとメガバンクの仕事をしていて、話が違うぞと思って。
いろんなことができる仕事に転職しようと思って、いろんなことができる仕事をいっぱい探したら、その中の一つが市役所の職員というのがあって、面白そうだから受けてみた。
今日は改めて伊藤さんのことを知り直すみたいな話がいっぱいで。
そうなんですよ。なんで今こうなったのかを全部説明しようとすると、1時間以上かかる。
そういうのがいっぱいあるんで。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
まさにあれですよね。ライフラインチャートを書いて、それを見せながら。
何があったのか。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
我々がキャリアデザイナーをやらせているようなことをやらないと多分見えてこない。伊藤さんの人生のいろいろですよね。
なるほど。面白いですね。
関西に帰ってくるとか、京都の文化だったりとか、京都の良さみたいなものを伝えていくとか、より深めていくみたいなお仕事もね。
やっぱり京都市の市役所ってこともあるのでされてると思うんですけど。
そこらへんへの思い、関西とか京都への思いとか、地域への思いっていうのも一方であって、東京から戻っていらっしゃったっていうのもあるんですか。
Keita Takahashi
そうなんですって言えたらかっこいいんですけど、全然そんな大した理由はなくて。
さっき言ったように、いろんなことができる仕事を探した結果、最終的に内定をいただけたのが、京都市役所と東京のあとある大学職員の職と、
あと札幌と東京に本社がある家具メーカー販売会社さんのMIPから内定をいただくことになって、
家具メーカーさんは初任地がシステム部門がある札幌ですと言われて、東京の大学はずっと東京で働く、京都市役所はずっと京都で働くっていうことで言われて、
僕はその時東京で働いてたんですけども、家族と、その時奥さんと3歳の上の子が3歳の時だったんですけど、札幌に行くか、東京に留まるか、京都に行くか。
なんかちょっと桃鉄みたいな気持ちで、次の目的地はみたいな話し合いをした時に、やっぱり僕自身が出身、実家は奈良なんですけども、生まれは兵庫で、
Keita Takahashi
母親が兵庫の人で、父親は和歌山の人で、関西全体にルーツがある感じで、奥さんは四国の出身だったんで、
ビブシラブの札幌も面白そうだし、東京も便利だけど、やっぱり家族がいる。
しかもちょうど転職カプトしてる時に東日本大震災があった年だったんで、東京住んでたマンションも結構ひびが入ったりとか、結構色々と物が買えなくなったりとか、
その時に身内が誰もいない東京で3人だけで心ぼっかり思いしたりとかっていうのもあったりして、
やっぱり関西とか京都は住んだことはないんですけど、関西に帰るっていうのが一番いいかなということで、その時は帰ってきて。
その時は僕京都のこと全然知らなかったんで、本当に京都の有名な老舗の和菓子屋さんから電話がかかってきた時に、
そこのことを知らなくてすごいイラつかれたりとか、別に名前出しても問題はないと思うんですけど、
古屋義信ですって電話がかかってきて、そういう名前の人だと思っちゃったね。
どちらのプレイヤーさんですかとか言ったら、古屋義信ですけどって言われて。
そんなぐらいのレベルだったのが、そこから10何年京都で働いて、最初は福祉系のシステムの仕事とかしてたんですけど、
その後、特に市民共同っていう京都の街づくりに関わって社長をサポートしたり、京都の街の未来を市民として考えていくみたいな仕事を3年間。
やらせてもらった時に、京都のことを大好きな人たちにまみれて仕事をしていくうちに、自分自身もものすごい京都のファンになっていって。
その成果、その次の仕事はふるさと納税の担当3年間で、京都のブランドを古屋義信の分も知らないとか言ってられない部署なので、
もうめちゃめちゃ京都のブランドとかにも詳しくなって、今その関係人口、京都の魅力を広げるっていう部署に去年から移動になって、
どんどん市役所の仕事の中で京都好きになっていって、だから僕今関係人口の仕事をしてますけど、ある意味自分が本当に関係人口だと思っているので、
今も住所は京都市内にはないので、僕自身外に住んで京都のことが好きだっていう関係人口の自覚を持っていると面白いからみんなおいでよみたいな感じで、
関係人口のアプローチの仕事も自分の中ではすごく楽しくやれてるみたいな、そんな感じの流れですね。
Jam Sessionz(ジャムセッションズ)
ここにいる3人とも別に京都出身ではなくて、でも京都に関わっているっていうのを目指すし、
京都を外から見れるというか、客観的に見れるとまた違ったアプローチができるのかなみたいなのは、自分自身もそうだし周りの人を見ててもそう思うことがあって、
転職してずっと京都市役所で働いているわけではないっていうところだったりとか、東京から京都に来たりとかいろんな意味で越境しつつ、
京都を客観的に見ているからこそ、今までなかったことが新しい企画できたりするのかななんていうのをちょっと思ったところですね。
Keita Takahashi
おっしゃっていただいた通り、越境って結構自分のテーマだなと思っていて、子供の頃にアメリカに父親の仕事の関係で行ったりとかしたときとかにも、
むちゃくちゃ異文化の中に、しかもアメリカの中西部のインディアナ州っていうところだったので、ニューヨークとかカリフォルニアとかみたいな日本人とかも全然いないようなところに、
アジア人自体が珍しいようなところにポフンと行ったりとかしたときに感じる、すごい自分が異文子であるっていう体験、体験とか。
Keita Takahashi
そこから日本に帰ってくると今度は帰国市場的な、またちょっと相性違うぞみたいな感じだったりとか、その後も関西人in東京があって、
今度は東京で文学部だったのにIT企業に行くっていうことでまたちょっと異文子感があって、
今度は民間企業から市役所に入ってくるってまた異文子感があって、なんか常に自分が文化の違うところにポンポンとホップしてるような生き方をしてきたんで、
自分がどこに根っこがあるかっていうのはあんまりよくわからない一方で、異文化の接触っていうことは、さっきの大学時代の教育の話も同じですけど、
Keita Takahashi
異文化の接触をしてその時はちょっとしんどいけど、その後自分にとってすごいいろんな学びとか気づきがあったなってなるから、
人にも異文化の接触を進めるみたいな感じの仕事をしてるのかなと思ってますね、教育も含めて。