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自分の癖、瀬なのかわからないですけど、みんなこういうことないかなと。
アピールする独り言を言ってしまう。 例えば、会社でパソコン作業をしてました。
パワポのデータが一瞬で全部消えました。うわー、最悪!みたいな独り言を言うときって、多分誰かに気づいてほしいっていう。
そういう類の言葉とか動作とかって、なんか結構やっちゃってるなっていう。でもそれって何の意味があるんだろうとか。
例えば、もう単純なところで言うと、怒ってる時にドアをバタンって閉めるとか。
気づいた時に誰かに気づいてほしい。あ、なるほど!とか一人で言ったり。
うわーとか言ったり。
それは結局、誰かに何かを気づいてほしい場合がほとんどなのかな。
そういうことを言ってる人がいたら、「いや、どうしました?」って聞くのが、やっぱり正解なのかなとか。
そこに何か洞察ができないかな。 あるな。
悪く言うと作意。
うわーって言ってしまうな。
誰もいないときに、あんまり言わないかもしれないですね。
誰もいなかったら、もっと聞き切れてるかもしれないですね。パーフォーマンスのデータがなくなったら、どっかバーンとかって書いたりする。
でも、明らかに一人の時にバーンってやるのと、誰かが居る時に、例えば同じバーンってやるときは、やっぱ意味は違うよね。
そうですね。誰かがいた時にバーンってやったら、え?ってなる。一人の時はそのぐらいのスッキリ感が欲しいのかもしれないけど。
だから、誰かがいる時にはそのスッキリ感まではいけないから、
巻き合わせで誰かに気づいてもらうことによって、そのスッキリ感のレベルを達成したいのかもしれない。
怒りをネタに消化するみたいな感じなんですかね。
あー、ネタに消化ね。 あー、ってことはあるよね、みたいな。
報われたいんでね。報われたいというか。
努力を何か知ってほしいのかもしれない。
これまでやったんすよ、みたいな。
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よく小学生の時、私言い訳で使ってた、宿題忘れた時に使ってた言い訳は、やったんすけど家に置いてきた、みたいな。
あー、そうですね。それに近いのかもしれないですね。
はー、そうだね。
だから何なら、そういう場合、データが消えたっていう場合、
うわーっと、ちょっと今パープルを作ってたんですけど、結構データ消えましたね、みたいに言って、
で、どうした?みたいな話になるじゃないですか。
で、どのぐらい消えたかっていう話をする時に、多分持ってしまうと思います。
本当はそこまでやってないのに、もうあと95%やってました、みたいに言う時は、
だいたいまだ5割ぐらいしかやってなくても、もうほぼ終わってたぐらいの表現をしちゃう気がします。
あー、あると思いますね。
人は、人はというか少なくとも僕は、自分を悲劇の主人公に従う。
どれだけかわいそうと思ってもらうかっていうのを大げさに表現したがるのかもしれない。
うん、うん、確かに。
もうほとんど終わってたんですよ。
それね、あーそうだね。
私その受け手になることが時々あって。
ありそうですね、森本さんは。
うち奥さんとかも、テレワークしよったら、
そうやって言うてくるんよ、うわ、キーゲッターとか、
この関数、何回やっても上手いこといかん、みたいな。
言うてくる。で、そこで私、受け手として困ることがあって、
どのタイミングでそこから離れていいのかっていうのが、
すごく困るんよね。
これ、うちの奥さんだけかもしれないけど、
うわ、消えた、ちょっとこれ。
ちょちょちょ、これ来て、これ見て、見て見て、これちょっとさ、
これこうしてこうして、どっか残ってないかな、みたいな。
って言うから、みんなちょっとパソコン貸してっていうとこ見て、
いやないなーって言ったら、
おもむろにまたパワポ立ち上げたりして、
また作業し始めるんよ、うちの奥さんって。
これはもう私、いいんですかね、あっち行ってみたいなことがよくあるんですよね。
いいんじゃないですかね。
いっていいんかな、あれ。
それで完結してるんじゃないかなと。
つまり一回かまってほしかっただけってこと?
そうですね。僕の場合は、
だから、ある程度やってたよっていうことを誰かに知ってもらえればゴールなんじゃないか。
だから、たぶんその独り言を出すときも、
その仕事だか作業だかに関わる人が近くにいる場合にそう言うかもしれないですね。
消えたっていうことを、
例えば近くにいる仕事の同僚とかに気づいてもらって、
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その人がこの仕事の提出者に対して、
いや、あいつここまでやってたっぽいっすよ、みたいなのをどこかで伝え、
影で伝えてくれるんじゃないかな、みたいな期待とか。
あいつ頑張ってたんすよ、みたいなのを。
そういうことね。
自分から言うとあれだから、
その第三者的な人を利用して、
やってたけどちょっと締め切り間に合わなかったみたいなことを、
誰かが何か言ってくんねえかな、みたいな。
そうか、じゃあパソコン。
作戦。作戦に近いです。
そこまで戦略的に。
データが飛ぶというのは、電車遅延による遅刻レベルで不可抗力なのかな。
そうですね。
でも、冷静な人に言ってしまうと、
いや、それは途中でこういうセーブをしてないとか、
そういう話になっちゃうんですよ。
だからそれも多分相手を選ぶんでしょうね。
独り言が飛んでいく方向とかも、ちゃんと考えないといけない。
飛んでいく方向な。
だからもうなんか、ちょっと冷静になってるかもしれないですね。
一人だったらもう冷静になられず、こう切る。
周りがいるときは失敗したときに、
この失敗は誰にどのように伝えていくのが、
一番メリットがある状態になるかっていう。
考えて独り言を飛ばしてる。
そのボリュームも含めてね。
大きい声なのか、隣に聞こえればいいのか。
行きませんよ、みたいな。
一回立ち上がるとかね。
立ち上がって後ろ、うろうろするとかあります?
いろんなアクションありますね、確かに。
ありますね。
ちょっとそれも、器が試されるかも。
そういうことがあっても、一人でグッと飲み込んで、
誰にも知られずに、また一から普通に淡々と完成させるみたいな人は、
きっとすごい器が広い人なんだと思います。
器な。
こういうこともあるなって言って、また仕方ないって言って、
やるかっていう人と、しばらくもうそれが受け止められなくて、
無駄な30分くらい過ごす。
うろうろ。
無駄な30分くらい過ごして、誰かに頑張ったんだよ、自分っていうのをアピールするっていう。
そうだね。
なるほど、だから、あれですね、
私この前ラグビー見に行った時の話を、ちょっとカロちゃんに別のところでしたんですけど、
隣に座っとるおじさんが、いや、そのキックいらないんだよ、とか。
結構長めの独り言を言うよね、その。
よし!とか、うわぁん!とかじゃなくて、
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年末のインタビューで監督を男にするって言ってたろ、みたいな。
とか、いや、この恐怖の中でそんな高いハイパーを上げちゃダメなんだよ、ほら見て、このアンティーフェイスも来てるじゃん、みたいな。
そんな、解説してくれてるの?ぐらいの。
でもネガティブなことばっかり言うけど、長めの独り言を言ってて、
あれもだから、ただただ独り言じゃなくて、
何らかの、あれかな、アピールみたいなものなのかな。
アピールでしょうね。だって、チームの監督とかには絶対聞こえないわけじゃないですか。
聞こえない。
声のレベル的には。
だから森本さんとか周囲の人に、お、なんかあの人、ラグビー詳しいぞ、みたいな。
ことを思われたいんじゃないかな。
思われたいね。
その人にもし取り入れたいなら、
多分取り入れたくはないけど、
なんかそこで、なんかすごいですね、みたいな。楽しいですね、みたいな。
何試合ぐらい見てるんですか?とか。
聞いたらなんかすごい気持ちよくなる人なんじゃないかな、きっと。
あー、そっか、そっか。
一回挟んどいてあげたらよかったのか、横にいた私は。
いやでも、やらない方がいいですよ。
だって別に仲良くなりたいわけじゃないんだから。
仲良くないわけじゃない。
なんならちょっとごめんけど静かにしてほしいなと思いながら。
そうですね。だから森本さんのその話を聞いたときに、
その人が、いやなんかそういう人いるなーって、
自分は思いました、確かに。
なんか無駄な言葉だなと思う。
ただそれを抽象化すると、自分もほぼ同じことを、
そのパワポーが消えたときにやっていたという。
ほとんど同じですよ。
やってるね。ほとんど同じだと。
消えたーって。
私もその4歳の児童を連れて電車に乗ったり、
レストランに入ったりしたときに、
やっぱり同じようなことをやっている。
子供が靴履いたまま椅子に乗って、
電車のその景色見ようとしたら、
はい、ないちゃん、ちょっと靴脱いで、とか、
揃えて早く洗って、とかっていうのは、
もう本人に言ってもいるけど、
周りに、いかんことって分かってるよっていうのを、
アピールしたいんだろうなって、
自分でもやっぱ思ってる。一応。
そうですね。
確かにいろいろありますね。
ある。
動作とかでもありますよね。
別に、なんか走る必要もないし、
歩く速さと何なら同じなのに、
仕事中に会議室と会議室を移動するときに、
なんかバタバタ走るとか。
ある。
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それは一種じゃないですか。
足音大きめで、
あの人忙しいんだなーみたいに思わせるみたいな。
クリックを早くするとかね。
あーそうそうそうそう。
音で表現するパターンもあると思うんですよ。
あいつ頑張ってるな感を、
なんとか演出する。
表情とかもそうですよね。
考えてる風の顔を作る。
だからもうZoom前世の今なんてそうですよ。
Zoom Meetとかだったら、
もう映ってる顔があるので、
なんかすっげー考えてる顔を作るとか。
やってる場面あるんじゃないかなって思います。
ありますよね。
そうですね。
そうだね。
逆にね、
みんながいる前ってしづらい電話を廊下に出てするとかね。
あーはいはいはい。
あったよね。
やっぱりね。
昔ね、対面前世の頃ね。
はいはいはい。
そうだね。
いやー。
これあるのかな。
例えばその、
例えばね、日本って誰かがくしゃみとかしたら、
あ、寒いんかなと思って周りの人がエアコンの温度調節したり、
窓をね、開け閉めして、
いわゆるハイコンテクストって言葉は交わしてないけど、
察する、気づくっていうのがコードな文化って言われてるじゃない。
だからこそ、
だからこそこういう自分がこういうコードを取れば、
周りがこういうふうに思ってくれるかもしれないっていう、
気の気を回すというか、
そういうことを思って、
うわー出てなくなったみたいな言動する場合もあり得るんだと思うんだけど、
逆にそのローコンテクストな文化では、
起こり得るのかな。
起こり得ないんじゃないですかね。
ローコンテクストだったら、
うわ、データが消えて、
データが消えたら、
いや私はここまでやっていた、
で、
っていうのをもう本人に伝えに行くんじゃないですか。
例えば仕事の提出の対象者に。
私はこの日、この何時間まで作業していて、
この作業した段階でデータが消えてしまったと。
でも私は作業していたんだよっていうことを、
言葉に伝えるのかもしれないですね。
直接言いに行くかも。
一人事だとしても、
もうそれが全部一人事なんじゃないですか。
はいはいはいはい。
そういうことね。
朝からやってた資料が今19時になった時点で、
95%消えたみたいな。
このぐらいを言うんじゃないですか。
だからローコンテクストは、
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うわ、消えたくらい。
それで何か察するわけじゃないですか。
あいつ何か作業してたのに消えたんじゃないかみたいな。
データが結構大きく消えたんじゃないかみたいな。
余白を残して。
それがもう一人事もなんかすごい具体的なのかもしれないですね。
分かんないですけど。
分かんないけどね。
分かんないけど。
でもこれも映画とかドラマの見た感じの想像の世界ですけど、
一人事は同じなのかもしれないですよね。
Oh shit!みたいな。
言ってるね。
その時に周りの人がどういう反応をするかちょっとあんまりイメージがないですよね。
あー確かに。
反応しないのかもしれないですね。
読み取ろうとしないから。
あー、何か言ってんなとは思うけど。
話しかけられて初めて話すのかもしれない。
うんうんうん。
確かにそうかもしれないね。
あー確かに。
パパ共に外国から来たパパがおって、
はい。
いつも保育園迎えに行った時におって、
結構子供、その子の子が結構バタバタしてるけん、
そのお父さんいつも困っとんよ。
Shoes on please!
Emergency!
みたいな。
僕がそこに横におったりしたら、
お父さん聞いてくださいよ。
もう大変ね。
もう私疲れたよ。ビール行こうよ。
みたいなことを言う出来ある。
はいはいはい。
直接的にその方のキャラクターもあるんでしょうけど、
結構他の日本人のお父さんとそのこと言わんのよね。
もうイライラってしてる様子は見えるけど、
そっから一歩進んで自分はしんどいってトロしてみたり、
ビール行こうよって言ってみたり、
その場ではしないんでね。
そうですね。
そういう違いは3プルス1やけど。
そっか。
でもその場合で言うと、
会社とかで気のしれた人だったら、
うわぁ消えたって言った後に誰も話しかけてくれなかったら、
多分伝えに行きますよね。
うわぁ消えたって。
誰も別にカチャカチャって言ってたら、
ちょっと聞いてくださいよって。
絶対言いますよね。
あれ?誰も何も言えてくれないって。
そうやね。
大丈夫ですか?みたいな。
聞いてもらっていいですか?
言いに行っちゃうでしょうね。
パパと今のパパと同じように。
そうだね。伝えに行くんでしょうね。
そうだね。
ますます意味がわからないですよね。
そうだね。だからコミュニケーションって言葉だけじゃないんだね。
その時の雰囲気とか、
場の経緯とか、
関係性などなど、
ものすごいものが込みって絡んでるんですね。
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そうです。
ほら行き違うときもあるわな。
そうですね。
いや素晴らしいお話でしたね、かおちゃん。
よくうち、
品川水族館によく行くんよ。
あーはいはいはい。
イルカショー。
小じんまりして短い時間だけど、
イルカショーが好きで、
いつもはちょっと見やすいように高い位置に座るんやけど、
今回初期に行ったときは、
いつも座ってる席がどれも空いてなくて、
一番前の水槽の奥底まで見えるような席に座ったんよ。
はいはいはい。
いつもは水槽の上の方と空中ジャンプしてるイルカばかりは見てたんですけど、
水中の奥の方でのイルカも見ることができて、
これまでイルカショー、イルカたち不安、
それぴゅーみたいな感じで、
もう余裕のよっちゃんでやっとるように見えとったんやけど、
水槽の奥見よったら、
ジャンプボール、なんていうんだろう、
水面の上にあるボールに向けて大ジャンプをするなんてときは、
イルカも必死で一番下まで潜って、
なるほど。
うわーっつって、
潜ってくるりゃーって上がっている様が見えて、
イルカも必死なんやなって、
ありがとうって思いました。
我々は何かそういう、
いいところを見てるというか、
素晴らしいな、いいなって思うことのすべては、
その人なのか動物なのかわかんないんですけど、
すべて裏側でいろんな人の努力があって、
そういうものがあるということですね。
そうですね。
そうですそうです。
誰も簡単にそこの立場にたどり着いてるわけでもないし、
技術を簡単に身につけたわけでもないし、
もがき苦しみ、葛藤があり、
そこで初めて我々はエンタメというものを受け止めて、
受けられる、
そこには膨大な人たちの努力、
そして膨大な人たちが関わり、
いろんな動物たちも努力をし、
努力をし、はい。
初めてそこに感動が踏まれるという。
だろうですね。
だから、
カロちゃんのご実家の昔のお風呂を沸かすのもそうですよね。
もうカチカチカチカチ何日も何日もやってみて、
暑いじゃのぬるいじゃの言うて、
練習していた卵のですよね。
お湯加減ぴったりにできる。
そうですね。
転じて我々はイルカのように、
21:02
人々が見えないところでも、
頑張れているかというとそうではない。
そのイルカの姿を見て何かを感じなければいけないなと。
はい。
いうことでしょう。
はい。
ありがとうございます。