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2026-03-03 26:33

先生はいない。バイブルは自ら記す時代

フラーレン型社会を構想🌐
領域を超えた浄化と再構築
違和感を翻訳する人

西本真紀
使命コンサルタント🌿

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みなさん、こんにちは。 違和感の翻訳室、Maki Nishimotoで
今回もね、お話をしていきたいと思います。
そうだそうだ、その前にね、あのー
そう、しばらくね、毎日、あのー、お話の練習のために
投稿しますっていうことを言ってたんですけれども、
昨日からね、住んでいる地域の
市議選が始まって、
うん、賑やかなので、
ちょっとね、あのー、難しくなる日があるかもしれません。
はい、ではでは、今日の内容ですね。
今日ね、あのー、最近ね、ちょこちょこ聞いている
ポッドキャストをね、あのー、聞いてて、
先生っていう言葉が聞こえてきてね、
で、それに対して、
違和感を感じたんですね。
なので、そのことについてね、お話をしていきたいと思います。
まずね、あのー、その
私が聞いてた、あのー、ポッドキャストの内容っていうのは、
セルフケアの、スピリチュアルな方面の
セルフケアを教えている先生と、
それを学んで、自分でも、あのー、
お仕事をしていらっしゃる方の、
たぶん2人で話されているチャンネルだったようなんですね。
私も今、いろいろ聞いているので、
細かくはちょっとその関係性がわからないんですけれども、
どうもそんな感じだったんですね。
で、あのー、
私もね、そのスピリチュアルな領域の、
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スピリチュアルな領域といっても結構、
イメージされるものがその方によっても全然バラバラだと思うんですけれども、
私は、どういう方面でいいのかな、
宇宙的な要素がある方の領域変容っていうのを、
実践してきたので、
その中でね、
YouTubeだったりとか、ブログだったりとかから、
情報を受け取ってきた中で、
先生って聞くことって、
ちょっとなかったんですよね。
で、あのー、
ゼロじゃないけど、
なんとかな、
めったに聞くことがなかったって言ったら、
私自身も、
そういうふうな関係性を、
っていうのは、これからの時代にはそごわないなって思ってきたんですね。
そういうことがあったので、
先生っていう呼び方を聞いた時に、
違和感を、
確かにね、そのスピリチュアルな領域の方がいらっしゃいますよ。
先生というね、
お呼びする、
それが一番しっくりくるような、
位置づけの方、自分にとってね。
誰かにとってじゃなくて、自分にとって、
そう呼びたくなるような位置づけの方って、
いらっしゃるとは思うんですけれども、
そうですね、
ちょっとその時代にはそごわなくなってきたんじゃないかな、
なんて思っていたりします。
それはなぜかというと、
これまでってね、
階級社会というか、
社会全体がピラミッド型って言われるようなね、
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自分の上には誰かがいるという中で過ごしてきましたよね。
これから始まっているこの風の時代、
特に水亀座の時代というのは、
平等なんですよね。
風の時代自体が平等なんだけれども、
水亀座の時代というのは、
自分軸でね、しっかりと、
自分軸になって、
手を広げてね、
周りと手をつないでいく、
つまり横に広がっていく時代なんですよね。
なので、厳しい時代になったとも言えるんですよね。
それはね、
どういうことなのかというと、
私がよく言う言葉なんですけれども、
よく説明、話す時にね、
言う言葉なんですけれども、
自分の上に人を置かないとか、
あともう一つ言うのは、
今、バイブルは自分で書いていく時代になったんですよ、
っていうことをお話しします。
私自身がね、以前は、
講師というね、仕事をしてたし、
理事長という肩書きもあったので、
どうしてもね、先生って呼ばれることも多かった。
私自身も、
大学の先生たちともお付き合いがあるので、
先生とお呼びすることも多かった。
お医者さんとかね、大学の先生とかね、
一般的にも、だいたい肩書きを聞いたら先生という職業ですよね。
そうなんだけれども、
やっぱり、
時代というのが変わってきたなって。
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で、今回ね、ちょっとこれをテーマにしようと思って、
改めて、
私がこの先生という言葉にね、
違和感を感じて、それを通じてね、
伝えたいことって何だろうと思って、
チャットGPDと対話してたんですよね。
そしたらね、問いっていうのが、
その人を、ある人をね、先生と呼ぶとき、
あなたは何を相手にね、預けて、
相手から何を引き取っていますか?
っていう、こういう問いをくれたんですよ。
そう。
あー、なるほどなーと思ってね。
つまり、
チャッピーがね、チャットGPDが言っている、
相手に何を預けたのかっていうのは、
判断とか、正解の決定権とか、
失敗の責任、思考の労力、
えー、ちょっと、もしかしたら、
選挙の音声が入っているかもしれません。ごめんなさい。
もう一回言いますね。
預けるものというのは、判断とか正解の決定権、
失敗の責任、思考の労力、
そして、引き取るものというのは、
安心、所属感、権威の後ろ盾、思考停止の落差、
っていうね、こういったことだったんですね。
その人を先生と呼ぶとき、今言ったこの2つ、
預けているもの、相手に預けるもの、
それと、相手から引き取るものは何ですか?
っていうことなんですよ。
以前ね、私がお付き合いのあった先生方を、
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先生と呼ぶときっていうのは、
相手のね、やっぱり社会通念上の呼び方、
さっきも言ったような、大学の先生だから、
先生と呼ぶ、つまり、自分よりも上、
あなたは上ですよっていうことを、
言葉によって示してたわけですよね。
でも、大学の先生と言っても、
いろいろね、教えられている方いらっしゃいますけれども、
教授というね、方でなくても、
講師をされている方もたくさんいらっしゃいます。
で、講師ってなってくると、
そういう判断はしないんですよね。
結局、講師というのは、
私、知り合いもね、何人も講師をされてた方がたくさんいらっしゃいましたし、
だから、講師とか助教さんというのかな、
教授になる手前の方ですね。
そういう方もやっぱりね、
今多分先生という呼び方をしなかった。
助教さんになったので、やっぱりちょっとこの打算的なところがあるわけですよね。
呼んでいたときにね。
やっぱりこう、何かしらでお世話になる、
というね、お世話になったり、もちろんこちらからもね、
正直ね、BBEの関係なので、私たちは現場の、
現場からの視点をお伝えする。
あちらからは、その、
おろし屋さんがね、ほぼほぼだったので、
その医師としての、とか、大学における、もらってたんですよね。
なので、内容としては、お付き合いの内容としては、
あっても、って思ってるんですよ。
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思ってても、やっぱりこう、相手の気を悪くさせないために、
先生ってこう呼んでたわけですよ。
今からね、考えてみたら。
ね。
そう、私はね、もともと、
お医者さんはあまり、なんていうのかな、
お医者様って思うタイプではないんですね。
ちょっとこの細かいところは、別の機会にまたお話ししたいと思うんですけれども、
心の中で言って、
っていうのは、本当に、いわゆる、昔ながらの尊敬されている先生。
先生っていうね、
もともと、古代から言葉ができた当時の、
それだけの尊敬を集めているっていう点での、
その先生という使い方をしたというのは、
本当にね、
お一人、お二人、
っていう感じかな。
そうですね。
他の方が、
そうではなかったというか、ダメだったということではなくて、
私がね、
ウィンウィンではなく、
この方からは学ぶべきところが、
ということですね。
当時、付き合いがあった範囲ではね、
そんなことがありました。
私ね、考えてみたらね、
私はもともと整理・収納の分野にいたんですけれども、
初期からいたので、
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整理・収納の業界というのは、
今はもしかしたら引退されたかもしれないんですけれども、
沢さんというね、沢和義さんという方が、
非常に有名というか、
そのね、教会を立ち上げられた。
立ち上げたというのは正確な言い方ではないんだけど、
実質的なね、
責任者というかトップの一人の方がいらして、
その方といろいろ直接やり取りしてきたんですね。
最初の頃はね。
で、だから師匠っていろんなところでは呼んでたんですよ。
何か話をね、いろんなところで出すときには、
私の師匠が、みたいな感じでね。
言ってたにもかかわらず、
ご本人には先生というふうに呼んだことは一度もなかったんですね。
それはね、その時の私っていうのは、
やっぱり本当に正直だったと思います。
その感覚の方が。
先生というよりは、正直ね、やっぱりね、
初期の段階って、初期の段階だったんですね。
もう本当にごく初期の段階だったんですね。
整理集のアドバイザーを広めていく、
本当に最初の段階から業界にいたので、
もうね、同士みたいな感じなんですよね。
感覚的にはね。
誰も認知してくれていない、
この業界をどう広げていくかっていうね。
もう本当に一緒にね、広めてきたっていうね。
そういう仲間の一人みたいな、
なんかそんな位置づけでした。
そう、なのでね、
ちょっと振り返ってみると、
私自身もね、先生という言葉を使うときに、
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やっぱりいろいろな判断があったんだなって思い返します。
今、スピリチュアルな領域がいて、
私自身はね、
現実の領域とスピリチュアルな領域をつなぐ役割、
風の領域にいますので、
なので、どちらでもないんですけれども、
でもね、私がね、いつも姿勢を見習いたいなって思っているのは、
矢原二郎さんという方がいらっしゃるんですね。
この、調べていただいたら出てきますけれども、
シンガポールのご出身の方なんですが、
この方のもとで私は、
この方のもとでって言ったらあれかな、
オンラインを通して、
その前世のクリアリングというのを、
1年、2年ぐらいかな、
道でして、それでクリアにしていったという過程があったんですが、
この矢原二郎さんのことをね、やっぱり最初ね、
本当にね、拝みそうになってたんですよ。
本当にね、画面に映っただけでね、手を合わせて、
でもね、やっぱり徐々にクリアリングが進んでくるうちに、
浄化が進んでくるうちにね、過去性についてのね、
やっぱりね、人を崇めてはいけない。
これからの時代はそういう時代じゃないっていうね、
これは先生術、先生学を深めて、
同時にね、深めてきたから、
今の水上座の時代の性質、風の時代の性質っていうのを、
よりわかるようになったのでね、余計にそう思うようになったんですが、
いつまでも、
崇めてはいけないっていうね、
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自分でね、正解っていう、正解っていうか、
自分の信念というのは、
やっぱりね、自らバイブルを記していくようにね、
そこにきちんとね、物を持って、
そして自分の上に人を置くことなく、
いくことが大切なんだということを、
深くね、感じるようになったんですよね。
そう、そんなことがありました。
なのでね、先生と呼ぶ方がね、
今現在もいらっしゃると思います。
みんなはみんなじゃないかな。
でもそうした時にね、社会通念状っていう場合もね、もちろんあると思うんですけれども、
そうではない時、
苗字で呼んでもいいけれども、
っていう場合ですね。
自分の中に、
先生という言葉を使う時にね、
どういう気持ちでその言葉を使っているのかっていうのを、
機会があったらね、
そんなことをちょっと自分に問いかけていただくと、
いいんじゃないかなってね、
これからの風の時代に、
風に乗っていくためにもね、
ご提案したいなぁなんて思いました。
はい、では今回もお聞きいただきありがとうございました。
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