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好きなことは、アクセルを踏まずに進む生き方
2026-03-25 22:51

好きなことは、アクセルを踏まずに進む生き方

シリーズ記事📚✨
https://note.com/maki_morishita/m/mac7291966a59


フラーレン型社会を構想🌐
領域を超えた浄化と再構築
違和感を翻訳する人

西本真紀
使命コンサルタント🌿

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#使命
#好きなこと
#プレアデス
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サマリー

本放送では、使命感を手放し、「好きなこと」に焦点を移すことの重要性が語られます。特に昭和世代は、これまでの能動的な生き方から、受動的に「好きなこと」に身を任せる生き方へのシフトが推奨されています。これは、義務教育における「探求の授業」とも関連しており、自分の興味関心に正直に向き合うことが、自分自身を多面的に見つめ、使命を見つける助けになると解説されています。無理なく自然にできる「好きなこと」に焦点を当てることで、人生がより豊かになり、多くの人がこれからそのような生き方にシフトしていくと予測されています。

前回の振り返りと今回のテーマ「好きなこと」
違和感の翻訳室、Nishimoto Makiです。
いつもお聞きいただきありがとうございます。
今回はね、前回、アルクトゥルス人であることを忘れてしまった先人たちについてのね、
私なりの解釈っていうのをお話しして、
そこからね、やっぱり好きなこと、使命感を手放して、
じゃあこれから何していったらいい?ってなった時に、やっぱり好きなことなのかなって思ったっていうね、
その好きなことについてのね、お話しです。
教育における「探求の授業」と「好きなこと」の繋がり
前回もね、お話ししてた、教育の根本から見直すっていうね、
30歳までは、挑戦の時期っていう風に捉えてね、
社会全体で若い人たちを育てていくっていうかな、
そんなことをブログ記事にね、シリーズで書いたんですけれども、
その中でね、今、探求の授業っていうのが義務教育に入っていて、
いつから入ってるのかな?もう結構、20年は経ってないんだろうけど、結構入ってますよね。
昭和世代の私たちは、聞いておられる方ほとんど昭和世代だと思うので、
その前提で話しますけれども、そういうのってね、あんまりなかったと思うんですよね。
個別のね、別の方法っていうのがあったとは思うんだけれども、
今のものとは性質が違うと思うんですね。
探求の授業っていうのが。
それがね、今回のテーマの好きなことと、
ダイレクトにつながってるなっていう風にも思ったりするんですね。
探求ってね、正座で、サインでね、言ったら、生成術のサインで言ったら、
さそり座にあたります。
何かを研究するとかね、何かをこう、真理を追い求めていく、真実を追い求めていくみたいなところがあると思います。
で、それってね、まず義務教育の段階での探求っていうのは、
どういう風にされてるか、個別の学校がね、どういう風にされてるかっていうのはちょっとわかりませんけれども、
本質的なことを言えば、自分の興味関心に正直に、それを深めていくっていう、
そういう運用の仕方をされているところであれば、
自分の好きなことに近づいていく、すごく良い手段だと思うんですよね。
小学校、中学校、あとは高校とね、ありますので、
地域の課題だとか、あとは社会の課題だとかっていうところをテーマにしているところも多いのかもしれないんだけれども、
そうではなくてね、自分自身が純粋に興味があること、
それが絵であったら絵を描くこととか、漫画を描くこととかね、音楽を演奏することとかね、
聴くことっていうところから入るかもしれないけど、そういうことであった場合、
地域探求の授業でね、地域の課題とかっていうところに絞ってしまっていると、最初からちょっと時間がかかってしまうと思うんですよね。
そう、なので、授業の核となるところっていうのは、やっぱり自分を多面的に見る、
そういう訓練とか練習、そういう時間であれば、自分が決めてきた使命っていうのを見つけやすいかなって思うんですよね。
若い世代の特性と多様な人生経験の価値
若い世代についてはね、そういうことは言えて、若い方たちっていうのは、若い時にいろいろ、既に起業している人もいたりするぐらい、
既にね、魂の情報っていうのをすごく受け取りやすい状態で生まれてきているんですよね。
魂で持っている情報っていうのを、経験とかをね、経験値とかを今にダイレクトに反映しやすい、
そういうスペックで生まれてきている人がどんどん増えてきている。
だから、人生の早い時期からいろいろなことを経験して、一つの人生で、一回の人生で、いろんなことができるんですよね、そうすると。
これまでみたいに、お医者さんになったらお医者さんだけとかね、先生になったら先生だけとか、そういう時代ではもはやないんですよね。
あれもやりながらこっちもやるとか、弁護士さんだったけど、今はもう辞めて別のことをしてますとかね。
それでいいんですよ。そうすると、そういうことができると、一つの一回の人生でいろいろなことをする人って、それだけの情報を持ち帰れるっていうことなんですよね。
一つの人生でずっと同じことだけを繰り返している方って、持ち帰れる情報って、物に置き換えたらわかりやすいんですけれども、
同じものをたくさん持っていると、重複しているところは削除するから、持ち帰る時にね、重複している部分って邪魔だから削除する。
だから圧縮、圧縮というか削除されるから、情報量というのは少しなんですね。持ち帰る時にね。
なくなる時ってことですよ。
いろんな経験をして、いろんな角度から物事を見てきて、見て体験した方っていうのは削除できるところが少ないから、たくさんの情報を持って帰れるんですよね。
そういう違いがあります。
今は若い人たちっていうのは後者になります。
だから、もうね、私たち世代とは全く違うんですよね、最初からね。
うーん、そうそう、で、そうそう、若い方の話はそれで置いておいて。
昭和世代の生き方転換:使命感から「好きなこと」へ
それで、私たちのね、昭和世代の話なんですけれども、
前回の配信ではね、
使命感を持っていた方たちは、使命感を手放して受動的にいきましょうっていうね、そういう話だったわけなんだけど、
これまではその、その使命感って、火のエネルギーを使ってたはずなんですね。
ジオセントリックの火のエネルギーと、あと、ジオセントリックの火のエネルギーを中心に使ってたじゃないのかな。
火星ね、火星を使ってたんだと思うんですね。
そうそう、で、あの、潜在的には、潜在的にはというかね、角度としては、
ヘリオのね、火星が別々の人は火星をね、使ってたと思うんだけど、
それがね、ヘリオの、ヘリオセントリックの近世っていうのがね、
それが、これからやって、楽しんでいくことっていうのを、それが象徴しているかなって私は思ったんですね。
そう、私の場合で言うと、えっと、それは、サソリなんですね。
で、サソリ座っていうのは、えっと、あ、そっかそっか、探究のね、ところでもお話ししたみたいに、
えっと、真実をね、追い求めるみたいなところなんですけれども、
なので、私は、宇宙の真理に近づいていくこととかね、法則とかね、なんかそういうものがすごく好きなんですよね。
なので、星読みも、すごく宇宙の形を成すものっていうところに、すごく、中国史の研究者になりたかったんですね。
高校生の頃まで、中国古代研究者になりたかった。
それはね、ならなくてよかったと思ってます。
「好きなこと」の見つけ方と自然体でいること
でもそんな風に、やっぱり、子供の頃の純粋な時の方は、小学生だりまでだったら、割とそれがあるんじゃないのかな。
どうしてもね、中学、高校ということを、現実的に安定している職業とか、ちゃんとお給料がもらえるものとかっていうところに意識が浮きやすかったと思いますので、
小学生の時に、どんなことに興味を持っていたのかなとか、なりたいと思ってたのかなって思い出していただいたら、
自分の傾向が結構、純粋な頃の自分っていうのは多分出てるんだと思うんですよね。
そういう好きなものっていうところにもね。
そういうのを思い出してもらったら、分かりやすいんじゃないかな。
まさのりさんと好きなこと、ヘリオセントリックでの好きなこと、潜在的に好きなことっていうのを話してたら、
まさのりさんの表現では、全然無理なくやってしまうこと。
彼の場合は、お料理をしたりとか、園芸の土を触ったりとか、車を掃除したりとか、磨くこと、そういうのが好きなんですよね。
好きで、やりたくなっちゃうみたいな感じで言ってたんだけど、
私もまさに、何かの探求をするっていうのは、やりなさいって言われてやるもんじゃないから、ナチュラルに好きなんですよね。
本当にすぐ調べてしまうし、すぐそれについて考えてしまうし、空気を吸うようにやってしまう。
止められないって感じですかね。そういうことなんですよね。
能動的な生き方から受動的な生き方へのシフト
これまでね、社会に能動的に長い期間関わって、とか、これ社会じゃなくても家庭に対してでも同じことなんですよね。
主体的に家庭っていうところにしっかり、家庭の運営っていうか、やってきた方っていうのは、
その感覚っていうのを受動的に反転させようと思うと、結構努力が必要というか、やってしまった方が楽なんですよね。
主体的にやるのに、やることに慣れている方、習慣になっちゃっている方っていうのは、
だからアクセルをずっと踏み続けてきた人が、ブレーキをかけるとか、
あとはアクセルを離して、車が勝手に動いていく、なんだろ、なだらかな坂道を、
本当に少しの傾斜をゆっくり、自然と自分が踏まなくても進んでいく、坂道を降りていくようにね、
ゆっくりでも進んでいくっていうのを、待つっていうのが最初、なかなかできないんですよね。
でもそのリズムに慣れる、そういう環境にまず身を置いて、
そういう環境にまずね、シフトするってことは大切だし、それができたらそのリズムになれる。
待つっていう、その流れに乗るっていうリズムに慣れていく。
そうした環境を整えて、自分自身の動きっていうのも変えていって、
そしてそこに好きなことっていうのを乗せていく、やっていく。
そんなふうに生きていったら、これからとても幸せ感が見せてくるような、そんな時を過ごしていけるんじゃないかなって思っています。
これからの生き方と「助けたい」という気持ちの捉え方
これからね、ほとんどの方が、本当に多くの方たちが、そういう生活にシフトしていくようになるんですよね。
これからね、何年かするとね。なので、早い時期にそういう風な生活に移っていかれた方っていうのは、
後からね、突然そういう状況になった方たちとかにね、自分はこんな風にしたよっていう風にね、伝えていくこともできたりすると思うのでね。
好きなことっていうのを、そんな感じでね、やっていく。
これね、これやっていかないとね。これまでの、これまでね、使命感に駆られて動いてきた人たちが、そのままこれまでと同じような行動をずっとしていると、これまでの世界と変わらないからね。
だから、保護猫活動とかね、誰かを助けることをしてきた人たちって言ったらいいかな。
そういうことをしてきたというのは、本当に切り替えていかないと、助けてあげたいっていう気持ちが、あなたのその気持ちが、助けが必要な人を生み出してしまってるんですよね。
自ら想像してしまっているんですよね。そういう人たちが減っていかないと、その地場っていうのが固いままなんですよね。
ちょっとそのあたりを、ぜひ知っていただいて、これからのね、自分の人生につなげていただけたらなっていうふうに思います。
はい、では行こうってね。
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