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TACR(トランス・アキコ・キャリア・レビュー)ハイライト:第2日目
2026-08-11 57:29

TACR(トランス・アキコ・キャリア・レビュー)ハイライト:第2日目

2026/8/11

TJARとおなじく、TACRも初日にけわしい槍ヶ岳を登り切り、2日目はよい見晴らしです!

まだまだ序盤です。

 

本家TJARハイライトは3日目です。毎日見ています。景色も人も美しいです。

みなさまもぜひご覧になってください!

 

#声日記

感想

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サマリー

「トランス・アキコ・キャリア・レビュー(TACR)」第2日目は、リスナーからの温かい反響に励まされ、自身のキャリアを深く掘り下げる。TJARデイリーハイライトの「槍ヶ岳」登頂になぞらえ、キャリアの初期の困難を乗り越えた後の「見晴らしの良い話」を展開。幼少期に両親から託された「あきこの賛美歌」が、当初はプレッシャーであったものの、今では「笑みつつ絶えず進まん」という核となる原動力になっていると語る。 また、生まれる前から抱いていた「狭い世界から広い世界へ出たい」という強い願望が、キャリア選択の大きな動機となっていることを明かす。中学生の時に見たJICAの青年海外協力隊のポスターに触発され、日本語教師を経て協力隊に参加するという明確な道を自ら切り開いた。就職活動には目もくれず、自分の信念に従って進んだ独立した姿勢がうかがえる。 応募動機については、モリッシーさんの娘さんの例を挙げ、人事選考では「牛のように咀嚼した泥臭い経験」が重視されるとアドバイス。そして、自身のキャリアの根底には、モロッコのサハラ砂漠の入り口で見たような「荒れ果てた砂漠」や「人類未踏の険しい自然」に美しさと可能性を見出すという、他者には理解されにくいが強烈な原動力があることを告白。このワイルドな景色への憧れが、トレイルランナーへの共感にもつながっていると締めくくった

TACR第2日目:リスナーからの反響とTJARとの比較
おはようございます。始まりました、トランス・アキコ・キャリア・レビュー*第2日目、デイリーハイライトです。
TACR、TACR、デイリーハイライト、第2日目。
何をやっているってことなんですけど、TJAR2026デイリーハイライトに刺激され、
それから偶然、もりっしぃさんからいただいた質問ですね
私が今の仕事をしている動機を知りたいという質問に刺激され、なぜだかわからないが、
TACR、トランス・アキコ・キャリア・レビューという約1週間のイベントが昨日、急にスタートいたしました。
そんなディープなものを聞いてくださる人なんていないんじゃないかと思ったんですけど、
3人の方からコメントをいただきまして、もりっしぃさん、TACR、必ず観奏しますよと。
そしてしんりんさんも、TACR、とても聞きたかった内容なので楽しみです。
ひろひろしさん、2日目以降も楽しみにしています。
3人もリスナーがいたら、3以上はいっぱいみたいな感じじゃないですか。
1人、2人、1、2、いっぱいですよ。
3以降は複数形なのでいっぱいです。
こんなにたくさんのいっぱいの人が楽しみにしています。
完走しますと言っていただいているので、私も励まされて完走したいというふうに思いましたので
今後どんな道のりが待っているのかわかりませんが、
トランス・アキコ・キャリア・レビューをやってきます。
しかし今日はちょっと歩いてないんですよ。
それでちょっと自信がないですね。
歩きながら話すというのがとてもいいと思っているので、
思いのほか深いところから言葉が出てきやすいですよね。
歩きながら話した方が。
座っているときにこういう話ができるのかちょっと自信がない。
ただこのイベントの趣旨としては、
TJAR デイリーハイライトを毎日感想を言ったり、それをご紹介をしながら、
なぜか何の関係もないTACRをやっていくというイベントですから。
近藤さんからもスターをいただいちゃいましたけど、昨日のやつ。
恥ずかしいですよね、これ。
皆さん忙しい人が聞くことじゃないですよ。
こんなに皆さん、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10。
10人もスターをつけてくれている昨日のTACR ハイライト第1日目に。
大丈夫かな、私これ。
いや、これは恥ずかしいとか言っている場合じゃないですよね。
キャリアの「槍ヶ岳」と動機の深層
見ましたか、TJAR デイリーハイライト第2日目を。
そして面白かったのは、ハイライトって言っている割には長いんですねっていう感想がいっぱい来たっていう話。
第1日目に。
そして2日目のハイライトの中で、1日目のハイライトのハイライトをやるという。
本当のハイライトですとか言いながら、1日目に流したところから面白かった。
面白かったというか、本当にまさにハイライトの部分を選んで2日目にもう一度流してくださっている。
そのスタートの場面とかということと、さらに面白かったというか、なるほどねって思ったのは、
1日目に回線の調子が悪いので、1日目の部分を撮影をしてあるんだけど、
それをメインのスタジオに遅れて届いたものもありますって言って、それも見せてくださったりしたんですよね。
でもそれがすごくて、槍畑を登っているところですか。
いやーすごい映像ですよね。
撮っている人が座っている場所もすごいし、女性のカメラマンの方。
TJRに挑戦をしようとして、予選会とかに出られたりしている方ですよ。
その映像を見てですね、
そしてすごい槍ヶ岳っていうのは最初に登るんですねっていう話をなさっていて、
TJR、北から行って南に向かうのは槍ヶ岳が北にあって、それがかなりハードな危険度の高い山なので、
まずそれを初めのうちに登るとフラフラになる前に。
なるほど、これはTACRも一緒だと思いまして。トランス・アキコ・キャリア・レビューも第一日目で、槍ヶ岳を登りましたからね
あとは長い道のりではあるけれども、槍はもう登ったぞっていう感じ。
今日は見晴らしのいい話を、ちょっと爽快感のある感じの切り口で行きたいと思いますよ、私。
あんまり辛いね、山あり谷ありって言いますからね、まさにそうですよ。
山だけが続くわけではなくて、山も登れば谷もあるし、爽快な景色もあるんですよ。
よかったな、ここ登ってきてよかったなっていう思う部分もあるので、
例えば森氏さんが昨日の感想で、話したくないことを話させてしまって、ご無理なさらずって言ってくださっているんですけど、
それって100マイルレースとか走って吐いたりしながら、
100マイルレースを走っている人に対して、そんな苦しいなら、そんな吐きながら走るなら、100マイルレースなんて走らなくていいんですよ。
走らなくていいですって言っているのとちょっと似ていて、100マイルレースは結局はやっぱり走りたいから走っているわけです。
キャリア自身が厳しいというよりは、キャリアを振り返るということの厳しさの話ではあるんですけど、
このキャリアが100マイルレースみたいに厳しいという話には持ってきたくないですよね。
入り口のところで誰でもできることじゃないですっていうふうに、そういう話にしたくはない。
実際やっている人は少ないですけど、選ばれた人間しかできない仕事なんですよっていう話をするつもりはないんですよ。
ただやっぱり結局続けてきたから今できているというか、諦めなかったからできているという感じではあるので、
今日やりたいなと思って明日できるような仕事ではないっていうのは間違いないし、
あんまり他にやっている人がいない、少ないということからも、それもあるから皆さんが話を聞きたいって思ってくださると思うんですよね。
身近に中東で人道支援をしている人が、私の声日記を聞いてくださっている中にも、
もしかしたらそんなに他にはいないんだと思う、だから話を聞きたい、面白いって言っていただけるんだと思う。
中東の人道支援じゃないにしても、国際協力をしている、海外支援をしているっていう人ってやっぱり、
日本で普通に暮らしをしていると身近にはいないっていうことになってくるんだと思うんですよね。
私の身近には結構いるんですけど、それは私がこういう仕事をしているから身近に結構いるっていうだけで、
日本で暮らしていたら身近にはいないから、どういうふうにしてその入り口を入って、
どういうふうにして今まで歩んできたか聞きたいって思っていただけるんだと思うんですよ。
それはもう本当にTJARと一緒で、私の身近には北アルプス槍ヶ岳登った人がいないですよ。
そして登っただけじゃなくて、そこでこうレースをしていると。
そして日本海側から太平洋側までそれを横断をしていると。
選考会とか抽選を経て、そんなチャレンジをしている人はいないし、
それをライブ中継をしている、それを録画してデイリーハイライト番組を作って、
それを皆さんに紹介しているという人も、こうやってここでLISTENでしか出会えなかったわけですね。
そういうふうに思うと、今まで自分で普通にただ毎日の暮らしを暮らしているだけでは出会えないタイプの人の話を、
このLISTENの声日記を通して聞きたいというふうに私も思うし、
声日記のリスナーの方、ユーザーの方々が皆さんがそれを、皆さんかわかんないけど、
もう少なくとも3人の方が、10人の方がそれを思って聞いてくださったということをね、
勇気にして、2日目のハイライトを語っていきたいと思います。
今日は、1日目のハイライトのハイライトのところから入ると、
そもそも多分生まれた時、結構生まれてすぐぐらいに、両親からインストールされていたものが、
ものっていうのは賛美歌なんですけれども、
でもそれ、昨日の話だと結構ネガティブに聞こえちゃったかもしれないんですけど、
これがあきこの賛美歌だよって言われてきたわけです。
あきこの賛美歌ってどういう意味ですか。
あきこの美しさをたたえる歌だよっていうふうに言われてきたわけですよ。
賛美歌、賛美、美しさをたたえる歌。
だから、私にとっては、ずっと長い間それがプレッシャーだったっていう思いも結構強かったので、
それもあって、母親との向き合うことの難しさみたいなこともあって、
ちょっとネガティブな語りになってしまうんですけれども、
私の一番角のところにインストールされている歌については本当に感謝しています。
それが一番中心に赤ちゃんのときにインストールされているから、
こうやって私、続けられているんだよなって思うところがあります。
特にですね、最後のところですよね、3番の笑みつつ絶えず進まん。
笑みつつ絶えず進まんっていう歌詞については、
笑みつつ絶えず進まんっていうふうにとっても勇気づけられるところがあります。
そこに戻ってきますよね、力を得るために。
それが中心にインストールされているっていうことは複雑さはありつつも本当に感謝してるし、
それが原動力だなって思ってるんですよ。
だから何かどこまで昨日の話を聞いて伝わったかわからないけど、
やっぱり動機っていったときにそこを飛ばせないんですよね。
私が今この仕事をやっている動機っていうときに、
あの話0日目プロローグ、あの話からしたのは、
普段大学生の授業の中でちょっとお話ししてくださいとか、
国際協力を目指す人の集まりの中でお話ししてくださいって言って
30分くらい、1時間くらいいただいても、
昨日のあの話は一切触れませんけど、触れられませんけど、
でもトランス・アキコ・キャリア・レビューだと思うとやっぱり、
だから両親からの期待っていう言い方をすると何かちょっと曲がって伝わっちゃうんですけど、
両親からの期待のプレッシャーっていう話を伝えたかったわけではなくて、
両親の期待というよりは、両親が世界が私にしている期待っていうものを、
メッセンジャーとして私に伝えたやり方と、
それはもしかしたら両親は生まれた赤ちゃんが誰であっても期待を伝えたわけではなくて、
生まれてきた私にその美しさを見たから、これがあきこの賛美歌だよって言って、
この歌を託したというかメッセージとして伝えたんだと思うんです。
だから赤ん坊であった私は何か、両親にこの賛美歌を選ばせる何かをきっと持っていたんだと思うんですよ。
生まれてきた瞬間から。
この声日記の中で、お腹の中にいる時のことを覚えてますって本当に早く生まれたくて、
この世界を狭い狭いところから広い世界に出て、その世界を見たくてしょうがなかった。
退屈な薄暗い世界の中から外に出たくて出たくて生まれたくてしょうがなかったし、
生まれてきた時に本当に本当に嬉しかったんですっていう話。
前の恋日記でもしたことあると思いますけど、これすごいつながっていると私は思いますね。
今日の話はちょっとそれと似ています。
今日の話、動機ですよね。
海外に出たいって思った時、広い世界にだから出たいっていうことと、
みんなが行くところじゃなくて、世界の果ての果てみたいなところに行ってみたいって私は思ったんです。
たぶんそれは生まれてきた時に、この薄暗い狭い世界から広い世界に出たいぞって思った思いが本当に強かったんでしょうね。
だからみんなが誰も行ったようなことのない場所に、
そして広い広い開けた世界に私は行きたいっていうのがたぶんどこか内側にあったんですよね。
青年海外協力隊への明確な道筋
中学生ぐらいの時だと思いますけど、ポスターを見ました。
JICAの協力隊、今JICA海外協力隊というふうに呼ぶと思います。
当時の名前は青年海外協力隊。
これが私が後で改ざんした記憶なのか、その時の本当の記憶なのか、
だって40年前の記憶でしょ、そんなものって本当に覚えてるのは難しいと思うんですけど、
だから後になって自分が作った記憶かもしれないと思いつつ、
それは広い広いアフリカの大地で、
日本人の若者が井戸かなんかの前で、
それで現地の子供と一緒にすごいキラキラした笑顔で笑っているみたいな、
そんな映像だったと、そんな絵だったというふうに私は記憶しています。
その大地がすごく砂漠というか土縛というか、
果てしなく広い広い地平線と空みたいな写真ですね。
青い空で光があふれていて、
光があふれているっていうのももしかしたらキーワードなのかもしれませんね。
とにかく広くて光があふれていて、笑顔がはじけている。
そんな映像を私は見て、私はこれになろうと。
なるほど青年海外協力隊というものがあるんだ。
それになりましょう、それに行きたいというふうに思ったのを覚えています。
たぶん中学校2年生か3年生ぐらいだったような気がします。
それになるぞって言って、だから高校1年生ぐらいから高校1年2年、
なんかだんだん調べ始めたんですよね。
高校生ぐらいの時に青年海外協力隊って何なんだろうか、
どうやって申し込むんだろうか、どういう仕事をするんだろうか、
ということをたぶん自分で調べたと思うんですよね。
高校2年ぐらいの時に大学の進路を選ぶんですけど、
その時にまず日本語教師になろうっていう進路を選び、
ほぼ同時に地元の国立大学にちょうど日本語教育学専攻っていうのができましたっていう
ニュースかなんかで見て、結構ポーンともうそれで決めたんですよね、大学の進路。
はい、じゃあこの大学の日本語教育学専攻に入って、
日本語教師になって青年海外協力隊に参加しようというふうにポンポンポンポンと決めました。
なので順番としては、大学の進路を選ぶ時の順番としては、
まず青年海外協力隊に行きたいと思った。
そして青年海外協力隊というものを調べた時に、
日本語教師という職種がありますと、いろんな職種があるんですけれども、
その中に日本語教師というものがありますと。
その日本語教師という勉強を地元の大学で最近新設された学部で学ぶことができます。
ということが結構ポンポンポンポンとつながって、
はい、じゃあもうそれを目指しましょうというふうに高校2年ぐらいの私は決めたと思います。
その決め方については、もし私が今キャリアコンサルタントみたいな立場で、
高校生の時のあきこに会えたら、もうちょっと他の可能性も検討してみたらっていうアドバイスをね
多分すると思いますね。
はい、でもなんか迷いなく決めたんですよね、その時ね。
だからアドバイスをするとは思うけど、
その時ね、もうあきこ自分のこと自分で決める人だったんで、本当に誰にも相談しないでね。
だから誰もアドバイス他にもしてくれなかったですよね、両親とかも。
あきこは自分のことは自分で決めるからアドバイスなんかしてもね、
しなくてもいいでしょって多分みんな思ったと思うんですよ、先生とかも両親とかも。
だからね、昨日言ったこととちょっと矛盾しているかもしれないですね。
ここはだから矛盾しているというか両面があった。
私としてはすごくその親の期待に応えよう、先生の期待に応えようっていう部分が自分にあったっていう風にすごく思っている部分もあるんですけど、
でも同時に今の話とかをすると本当に自分のことは自分で一人で決めて一人で調べて一人で決めて進んでいく人だったんですよ。
少なくとも高校生、高校2年生、1,2年生ぐらい以降は本当にそうです。
誰にも相談しないで自分で調べて自分で決めて自分で進んでいく人でした。
なのでそういうふうにしてね、ポーンって決めてその進路を選びました。
地元の国立大学で文学部日本語教育学専攻というところに入って日本語教師になる勉強をして、
日本語教師の経験を1年ぐらい日本で積んで青年海外協力隊に参加すると。
それも決めた通りに進みましたね。
決めた通りに進みましたっていうのは、大学3年生4年生ぐらいの時にもっと早く皆さん就職活動をするじゃないですか。
もうわけがわからないというか全然その時全く興味もなく就職活動というものに。
興味がないというよりは嫌悪感ぐらいも抱いてたかもしれないですね。
みんなで同じスーツを着てみんなでゾロゾロとリクルートスーツを着て説明会みたいなものに行って大企業の内定を得ようとするみたいなものに。
嫌悪感もしかしたら軽蔑ぐらいの気持ちを持っていたかもしれない。
その頃のあきこはもっと尖ってたから私はそんなことはせんと決めて。
一切就職活動といういわゆる就職活動と言われるものはしませんでしたし。
一切自分の決めた道以外の可能性についてちょっと調べてみようかなということもしませんでした途中で。
だからもう中学生2年生ぐらいの時に協力隊のポスターを見てここ2年生ぐらいの時にこういうふうに勉強してこういうふうに日本語教師になれたらこういうふうに青年海外協力隊に参加できるんだということを道を定めて。
それで協力隊を受けるところまで大学卒業して1年目に受験をしたと思います。
もしくは卒業の直前ぐらいにも受験はしたのかな。
協力隊ってやっぱり自分が培ってきた技術を経験や技術を海外で伝えましょうというものなので社会人経験0だとやっぱりなかなか伺いません。
体育の先生とかある種の職種についてはすでに大学生だけで教えた経験がありますとか青少年活動とかね。
つまり学生でも社会人経験って詰めるチャンスってあると思うのでアルバイトとかサークルとかで外の人と触れて教えるっていう体験を特に積んできている。
いろんな人と出会って教えるっていう体験を積んできていれば大学卒業してすぐ参加することもできている人もいましたけどそれは本当に少数派で。
例えばシリアあたりその頃1996年ですけど私参加したの。
多分ね割と若手で経験がない人は選ばないっていう国だった。
つまりやっぱりちょっと難しい。レベルがねまず高いし皆さんご存知ないかもしれないけど
90年後半、戦争が始まるまでのシリアっていうのは本当にすごく発展している国でした。
なので人々も教育レベルも高いし技術などのレベルも高いので日本人の若者が経験も仕事の経験もなくフラッと来ても
あなた何しに来たんですかってなってしまうっていうね。
皆さん親切な人はそういうふうに言わない場合もありますけど職場でも何かちょっとね
うまくマッチングがいかなかったりするとやっぱり
あなた何で何しに来たんですかってなってしまうケースっていうのは協力隊ではあったりして
なのでシリアにはちゃんと30代ぐらいの人ね多かったと思います。
協力隊の中ではちょっと経験者を送りましょうと
この人なら大丈夫って思える人を送りましょうっていう国だったと思います。
それなりに皆さん若いですけどちゃんと何かをやってきた何かを伝えるものを持っている
すでに2年間ぐらい海外で教えたことがあるとか
その自分の職種の技術について指導ができるというレベルの人たちが派遣されてくる国でした。
応募動機における「咀嚼」と「泥臭さ」の重要性
の中で私は26歳で赴任しているので比較的若手のグループではあったですね。
でも少なくとも日本で1年ちゃんと修行を積んでからじゃないと来れないということで
条件付き合格ということでね合格した時に1回目の受験で合格できたんですけど
条件付き合格あなたは1年間日本でまず指導する経験を積んでから派遣します。
条件付き合格っていうよりは派遣のタイミングをあえて送らせてあったっていう感じだったかな。
私が話そうとしていた話とこれ違いますね。
なんでトランスアキコのキャリアレビューをこういう風に紆余曲折しますよ。
こういう話を今日はしようって思ったのに違う話を今していますね。
まあでもこちらからの道をたどってもこの話もどこかでたぶんしたかったから話していると思うので。
協力隊、またこれもだからね、間口をせばめるようなことを言うアドバイスをする人は
私はあまり好きじゃないんですよね。
特に若い人が国際協力、海外支援に挑戦したいですって言った時に
まず、修士号を取ってないと難しいですよとか
まずは自分で生活経験、旅行でも何でもいいから
まずは自分で先進国じゃない、途上国に行って生活をして
自分が生活できるかということを試してから応募した方がいいんじゃないですか。
全部本当なんだけど何かそれを言う言い方ですかね
それを言う時の言い方のムードとして
何かそんな甘い感じじゃ参加できないよっていう風に言いたくないんですよね。わたしは。
というのはね、どんどん若い人、協力隊参加したらいい、チャレンジしたらいい
バックパッカーとかもチャレンジしたらいい、世界にみんな出ていったらいいって私は本当に思っているからです。
だから最初の一歩を踏み出す前の人に
あんまり条件みたいなことを並べるようなアドバイスをしたくないんですよね。
夢を持つ、希望を持つ、ぜひ私もやってみたいと思えるような方向でアドバイスをしたいという気持ちが強いですね。
その気持ちが強いから毎回ちょっと迷っちゃうのかもしれませんね。
キャリアアドバイスみたいなオンラインのお話の場みたいな場で国際協力を目指したい人へのアドバイスって
私なんかうまくできないなぁと思っているのは、すごい励ましたい、みんなを誘いたいっていう感じのアドバイスをしたいんだけど
現実の話をした時にちょっとやっぱり厳しい話になるっていうの
その間のどこを取っていったらいいかわからなくなっちゃうから
アドバイスしにくいのかもしれない。
ここでちょっともりっしぃさんの声日記を聞かせていただいて
次女の、娘さんがどんなプログラムですかね、体験プログラムに参加するということで
応募動機を今ちょうど書きたいって
お父さんに動機を書いたからちょっと見てよなんてアドバイスをしてほしいなんて
そんな仲良く家族を私はすごい羨ましいなって思うわけです。
すごい羨ましいなって思うので
お父さんもなんか多分アドバイスをしてあげたいなって思うんだろうなって言うと
私もそれに対して一言参考になることの一つも言いたいなって思うわけなんですけど
なんかやっぱりね、その志望動機の紙の応募の欄なんかに書ける?
書けますか?
なんかもうちょっと深いく壮大なものが若かったとしてもね
多分あると思うんですよ
その欄に書けることなんて本当にたかが知れているので
正解はないと思うし
心を、おっ?て思わせるっていうことを
スクリーニングをする人をおっ?って思わせるっていうことが多分大事だと思うんですけど
書類選考で落ちちゃったら元も子もないと思うと
面接ぐらいまでたどり着けばその魅力がね、その人柄の魅力とかが伝わると思うので
やっぱり面接にたどり着けるようにっていう
でもあとはもう自分力で人間力でやっていくってことだと思うんで
なんか正解はない世界だと思うんですけど
で、まあ一個私が今、人事選考とかに関わることも多いので
今の仕事でも人を選ぶときの
私として見ていることというのは
その人が牛さんのようにね
そこに書いてあることを咀嚼したかなっていう様子は見ますね
スタンダードなアドバイスとしてまとめるならば
つまり、だから、AIとかどっかに書いてあることをコピペしたみたいな感じの
さらって綺麗なことが書いてあるっていうのは
なんか一番印象にも残らないし
綺麗でもなんかスッと流れていってしまい引っかからない言葉が書いてあれば
そこでおって思わせるっていうことはやっぱりできないじゃないですか
正解を求めに行くみたいな感じで書いてあるものだと
逆にそういうふうになっちゃうと思うので
自分のちょっと泥臭さみたいなものをどこまで入れているかっていうのを
トランスアキコのキャリアレビューほどじゃないにしても
なんかやっぱりこうちょっとした引っかかりとか泥とか傷みたいなもの
傷っていうのは言い過ぎかもしれないですけど
おって思わせる
引っかかりがあった方が、おっ?と思うと思うし
引っかかったっていう時にそれをちゃんと自分のものとして
何回ぐらい牛のように何回ぐらいそれを噛んだのかなっていうところは
もしかしたら見ると思います
体験っていう話と往復して聞くと思うし
あなたがこういうふうに信じていることの背景にはどんな経験があったんですか
ということをもしかしたらインタビューで聞きますね
その動機のところに書いてあることの元となる経験を聞くし
その経験からあなたはどういうところを学んで
今後使っていきたいというふうに思ったんですか
その経験からあなたはどのようなことを自分の強みだと思っているんですか
やっぱり何か一言の言葉を言う時に
それをさらってただどこかから冷蔵庫から出してきて
お皿に乗せた出来合いのものっていう感じじゃなくて
それをどのように自分の中で噛みしめて何度も噛みしめて味わって
それを体験として一旦外に出して経験して
それをもう一度経験したことを元に
もう一度それを噛んで味わったのか
私が採用試験する人って中途の人の採用試験なんで
30代ぐらいになっている人の採用試験なんで
若者に大学生にそれを求めるのはちょっと酷かもしれませんが
経験になっているという部分は要求としては酷かもしれないが
ただアルバイトとかサークル活動とかを通してでも
自分の信じているということをどのように実践しているかということは
やっぱり見たいかな
頭の中にあるだけじゃなくて体の外に一旦出してみて
それを経験してみて失敗してみてそれをもう一度味わってみて
それをさらにどうやって信念として強化しているという感じの質問の仕方をします
だからどんな内容だったとしてもどんな信念だったとしても
それを何回か噛んで咀嚼して噛んで行動して
もう一度咀嚼して噛んでということをやっているかなということを
私だったら選考の時に私はそういうことを見たいですね
それがやっぱりその人なりの力を発揮できるかということになると思うんですよ
その人なりの力というのもいろいろあると思うんですけど
なかなかそれも良さも出す前に挫折してしまったり
やっぱりちょっと思ってたのと違うという風になってしまうということにならないように
やっぱり初めのところでいろいろなチャレンジがあるので
初めのそのチャレンジの山ぐらいは乗り越えられる強さというものを見たいと
日本からちょっと違う文化環境のところにあるので
そのカルチャーショック初めに来るカルチャーショックみたいなものは必ずあるんだけど
少なくともそれは乗り越えてからじゃないと本当の経験が始まらない
自分の良さも出すということも始まらないので
その初めのところのカルチャーショックを乗り越えるためには
やっぱり自分の思いというのをどれだけ頭の中にあるだけではなくて
何回も牛さんのように咀嚼して咀嚼して経験して咀嚼してということを
若いなりにもやっているかというところを見ることで
この人は初めの山は乗り越えられそうだなということを見るかなと思います
ただ今話しているのは協力隊の経験
つまり開発途上国に行って現場でのチャレンジをするという職種ならという話なので
またJICAの本職員として東京のオフィスの中で働くという仕事に応募するという話だと
またもうちょっと違ってくるというか
それに関しては私がやったことのないいわゆる就活のアドバイスとかと結構似てくるのではないかな
大手企業ですからね
大手団体への就活ということの応募動機の書き方ということになってきますので
いわゆる就活の一般的なアドバイスと重なる部分も多いのではないかな
JICAの正規職員に応募するための体験というポジションの話なら
そこはやっぱりちょっと違いますね
現場に出たい 途上国に行きたいということがメインにあるのか
それともJICA職員となってプロフェッショナルな仕事として
国際協力の日本のODAを担っていくということをやっていきたいから
そっちに向けて歩いていきたいと思っているのか
そこの2つには結構大きい違いがあるかなと思います
「未踏の荒れ地」に感じる美しさと原動力
この話もしたいですね
トランスアキコキャリアレビューとはまた別のところで
私結構何だかんだ言ってアドバイスとかもしたいのかもしれませんね
まあいいや ごめんなさい
今日の話だから
今日の本題って言ってるのは
はい だからそれです
広い大地を見たい
そのポスターですよ 協力隊の
青い空 広い大地でどこまでも広がる地平線
ああこれだっていう思いと
私が生まれた瞬間に生まれるちょっと前に思っていた
もう狭いところから広いところに出してくれと
世界を見たいんだ私は
広いところに出してくれって思っていた思いっていうのは
多分つながっていて
その生まれる瞬間に思っていた
広い世界を見せろ
広い世界に出せ
深呼吸をさせろ
広い空 広い大地を見たいって思って
そのポスターを見て
ああここだ これだと思って
協力隊に応募したっていう話です
日本語教師になれば協力隊に行けるらしい
ポンポンポンと決めて
協力隊を応募して受かって
国はどこでもいいって私書いたんですね
私の話は30年前の話なんで
協力隊に応募したいからっていう人のアドバイスには全然なんないんですけど
協力隊って職種でポストで募集しているので
ウェブサイトを調べてくれたらどっかにありますけど
今応募しているのはこのような
この国のこういう町のこういう職場におけるこういう職種です
という求人情報誌みたいなものがあります
それは多分今もあるし当時もありました
だから今応募したいのは
この国でこういう仕事をしてくれる
こういう職場でこういう仕事をしている
こういう経験を持った人ですっていう
A4一枚ぐらいの情報っていうのがウェブサイトに載っていて
それを誰でも見れることができるんですけど
そういうものも一通り見た中で
私はその時思ったのは
いやもうこれは私は何でもいいですっていうふうに思った
どこの国のどんな仕事でもいいっていうふうに思ったんですよね
特に
まあなんかそうだな
もしかしたらできればこれがいいかなって思ったのもあったかもしれない
例えば大学2年生の時にタイに行ったことがあって
タイがすごく気に入ったので
私はタイの職種
タイの仕事もあるんだ
タイのこの仕事だったらタイに行けるなっていうふうに思って
それもいいなって思ったかもしれないけど
もともとのそのモチベーションが
行ったことも見たことのないところに行ってみたいっていう
モチベーションでもあったので
なんか自分でここがいいからここを選ぶっていうのでは
つまらないって思っちゃったんですよね
なんかもう逆に委ねて
はいどこの国でもいいです
どの仕事でもいいです
どうぞ私をどこかに送ってください派遣してくださいって思ったので
応募書類にそういう選択肢もありまして
この国のこのポジションに受けたいですって言って受けることもできるし
どの国のどのポジションでもいいです
日本語教師として選んでいただけるところに私は行きますっていう選び方もできて
私はその校舎のどの国のどのポジションでもいいですって言って選びました
そしたら合格通知が来たときにシリアって書いてあって
シリアってどこだっけと私は地図を当てて調べました
私はアフリカから調べたと思います
その合格通知を得たときにシリアどこだか私は分かりませんでした
シリアはどこだどこだって言ってアフリカの地図をたどっていって
シリアないなあって言って
シリアここかと言って見つけたのが中東の今私がいるここシリアでした
そうやって委ねたらシリアに派遣されてきたんですよ
そこも結構感慨深いですね
だから結構私の行動一貫性ないですよね
さっき自分で選んで自分で決めて行動する人でしたって言いましたけど
その部分に関しては協力隊でどの国に派遣されたいかっていうことに関しては
自分で選ばなきゃなかったんだとしたらシリアって選ばなかったと思うんですよね
なのでそこもちょっとした運命的なものを感じます
それに関して私は委ねようと思った
国はどこでもいいですって言ったら
シリアに行ってくださいというふうに言われてはいわかりましたじゃあシリアに行きます
というふうに応じて1年日本でアルバイトの日本語教師をしてから
シリアに1996年の7月ですかね
シリアに来ました2年間の任期で
そうですねだからこれが話したいところが話せてないよ
その広い世界を見たい広い世界に出たい
行ったことのないところに誰も行ったことのないところに行きたい
っていうそのモチベーションに関してはね
今日サムネの写真に載せますかね
それは後で2015年に私はその風景に出会います
私がイメージした景色
私が好きな風景ってこれでしょうっていう風景には
キャリアの転換を図っていた10年前に
10年前に私が今ここで今この仕事をしていることにつながる
方向変換をするんですけど
その方向変換をしたときにその景色に出会っています
それはモロッコの西サハラとモロッコの教会ぐらいの場所で
西サハラとモロッコの教会というよりは
いわゆる北アフリカと呼ばれる人々が暮らしている部分と
サハラ砂漠との境界線とも言えるような地域で
自転車でね丘を越えて行ったら
ものすごく広い世界がわーっと広がっていて
その先全部砂漠みたいな景色でした
荒れ果てた砂漠なんですけど
赤茶色の水のない何もない
でもそれはねその景色を私は本当に美しいというふうに思ったんですよね
これを私は見たかったし
これを私はこれからも見ていきたい
私にとってはこれが美しい見たい景色なんだって思ったときに
それがこんなところに日本人の中でも
その部分を取り上げていただいていて
テレビでこんなところに日本人に出たときに
その部分を取り上げていただいていて
私はこの景色に感動したんですっていう話をした部分で
それをねスタジオの人がね
綺麗な海の景色とかいくらでもあるのに
そうじゃなくて砂漠の景色にこの人は感動したんですね
レビューをしてくださっているのをね
私はちょっと楽しいなって思って
それは嬉しいなと思ってその部分は聞きました
他の人にとっては何でこんな荒れた砂漠の景色を見て
美しいと思うのって思ったのが嬉しかったんですよね
私は他の人にはわからないその美しさ
荒れた砂漠の何もない世界の乾いた世界に
希望と美しさと
これが私がやりたかったことだ
これが私が目指してきた景色だっていうのを
そこに私は見ました
それは今でも飛行機とかに乗って窓際の席を取って
窓に張り付いて外を見るんですけど
特にここの土地は誰も一人も踏んだこともないだろう
っていうようなところを飛行機は通るじゃないですか
まさに高い山の上とか
パキスタンあたりの上を飛ぶ飛行機だと
K2とかの険しい山の上を飛んで
この雪山の雪の上に
いまだかつて人間は誰一人も足を踏み入れたことがないだろうな
っていうような景色を上から見て
うわー美しいなと思って見ますし
市内半島あたりのまさに赤ちゃけた何もない部分の
砂漠みたいなところを飛ぶときも毎回上からじーっと見て
この砂漠のここは誰一人として歩いたことがないだろうなと思って
という場所をじーっと上から見ますね
ああ美しいなと思って
その辺も多分私がトレランとかを見て
TJARも見て楽しいと思うところに多分通じているんでしょうね
誰も行ったことのないぐらいの険しさのところの自然を見て
私はすごい美しいっていう言葉以上の感動をします
壮大さに圧倒されすごく勇気づけられますね
それが今日話したかったことなんだよ
なんかそこには理由はないんですよね
これもまただから就職とかの応募書類の動機とかに
かけないタイプのやつですし
国際協力を目指す学生のための
1時間のお話し会とかでは話せないタイプの話ですね
でも原動力ですよこれも紛れもなく
誰も行ったことのない荒れ地を見て
私は本当に美しいと思うし本当に勇気づけられるんです
そこに美しさを見るんですよね
なんか世界の可能性みたいなものを見ますよ
すごく勇気づけられます
荒れ地の景色に未到の景色に
でもそういう人は多分私だけではなくて
結構いるんだと思うんです
まさにトレランナーの皆さんとか
400キロ600キロウルトラレースに望む方々には
私は私自身がとても親しみを感じて
面白い自分は600キロのレースはできないまでも
そういうチャレンジをしている人たちに
すごく尊敬の念を抱くし
親しみの念を抱くのは
そこの部分で私は共通しているところがあるんだと思うんですよ
そのワイルドさに引きつけられてしまうという話でした
TACRの魅力と根源的な動機
今日の話はこんなところですかね
第2日目ハイライト
またちょっと思いのよらぬ感じで
第2日目の話は進みましたね
思いのよらぬ感じで進むというのが
多分このTACRトランスター機構キャリアレビューの特徴だし
それが多分魅力というか
それがまさに普段他のキャリアのお話をする回では話せない
時間も気にせず
何の話をしているのか分かりやすさとかも気にせず
受け取った人がどう受け取るかということも
何も気にせずに話したいように
思いつくままにアキコのキャリアを話すと
昨日の部分でちょっとしんどそうなところを話しましたけど
槍畑登ったらこんな美しい景色が
人類未踏の壮大な景色が見えて
その景色が私を動かすんだよという話もできましたし
今こうやって話していてもそういう景色をイメージしただけで
モロッコのサハラ砂漠の境目で見た景色を思い出すだけで
すごく力が湧いてきます
紛れもなく原動力の一つになっていますね
動機
これもだから動機なんですよね
分かりにくいと思うけどこれも動機です
かなり核のところにインストールされている動機です
だからそれは私が生まれる前に
お母さんのお腹の中にいるアキコは
早く広い世界に出してくれ
光を見せろ
広い世界で深呼吸をして
広い空を向いて明るい光を見たいと思った
胎児であったアキコさんの
強い強い思いが
ここにつながってきているんだと思います
はいでは以上です
2日目以上でした
すみません本当に聞いてくださっている方
聞いてくださった方は
すみませんって言いたくなる感じですけど
お付き合いいただいて本当にありがとうございます
ではまた3日目お楽しみにしてください
また今度
57:29

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