2026/8/10
TJARデイリーハイライト見ていますか。おすすめです!
そこにタイミングをかさねた夏の私的イベントとして、わたしの歩んできたキャリアの山や谷、動機や想いの変化を振り返っていきます。
ディープすぎてごめんなさいですが、声日記だから許して。
感想
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サマリー
通勤中の声日記で、リスナーの森氏さんからの「海外支援に出た動機と今思うこと」という質問に答えるため、話し手は自身のキャリアをTJAR(トランスジャパンアルプスレース)になぞらえ、数日間にわたる壮大な物語として語り始めることを決意します。これまでの短い時間では正直に話すことが難しかった動機について、今回は「母の呪縛」をテーマに、幼少期に母親から与えられた「正しく清くあらまし」という賛美歌の歌詞が、いかに自身の人生と現在の仕事の原点となったかを深く掘り下げます。この「呪縛」が、いかに彼女の行動原理となり、そしていかに苦しめられ、乗り越えてきたかを今後のエピソードで語ることを予告し、壮大なキャリアレビューのプロローグを締めくくります。
通勤声日記と森氏さんからの質問
おはようございます。 8月10日、月曜日の朝の9時です。
はい、今日も通勤声日記。 今日はなんで静かなんですけど、今日は街が。
なんでしょう? 休み今日、いいですね。静かな、まだうるさいとこに出てないだけかもしれないけど、
なんかお休みの日のような雰囲気の、あののどかな静かな街を、住宅地を歩いて、
通勤をしております。 また通勤声日記撮ります。今日はねー
40分ぐらいね、ちゃんと撮れるようにね、アレイを持ってます。ロードワイヤレスゴートゥの
送信機、マイクですけど、これレコーダーになってるんで、
直接スマホに録音してないですけど、
この送信機の中にレコーダー、レコードができるので、そしてはい、ちょっと
良い声で撮れますのでね、今日は昨日の声日記。 3分ぐらいで切れてしまった
声日記。で、もりっしぃさんに言及して、
言及というか、お声掛けをしたんですね。もりっしぃさんに聞いてほしいですって言って、冒頭に声掛けをして、
で、全然もりっしぃさんに関係するところまでたどり着かなかったという、
詐欺ですね。言及詐欺。 なので、それを今日はちょっとやり直してみようかなと思って、
もう一度撮っています。
もう一度、 撮っていますなんだけど、
多分昨日、 ちょっとね、もりっしぃさんをね、
なんていうかね、励まそうとしたんですよ、私は。 で、でも多分それが、
なんかね、やり方が、
あの、下手だったんですよ。 やり直せってことかなと思いましてね、神様。
私、あんまり人を励ましたりするのが、 得意じゃないかもっていうか、ちょっとやっぱり体育会系みたいになってしまう。
あの、やっぱり頑張ってねっていう励まし方をしてしまうので、 そうじゃないだろうと。
あの、人がね、ちょっと疲れてたりするときには、 やっぱり癒し甘やかすという方向で、
励ますのではなくて甘やかすをしたいなーっていうことをね、 コメントにも、もりっしぃさんの声日記のコメントにも書きましたら、
そしたらね、 コメントを返事いただきまして、
はい、ヒントをいただきました。 どうやってもりっしぃさんを甘やかしたらいいのかのヒント。
ということで、このように質問をいただいております。
あきこさんが海外支援に出た動機と、 今思うことを改めて聞いてみたい。
可能な範囲で一部でも聞かせてもらえるととても嬉しいし、 一番の糧になります。
ということでした。
動機を語る難しさとTJARになぞらえたキャリアレビュー
はい、私が海外支援に出た動機と今思うこと。
今思うことは話せる気がするけど、動機。
これがね、いろんな場で聞かれるじゃないですか。
特に若い人との国際協力を目指す人の オンラインサロンとか勉強会とかっていう中で、
ちょっとしたお話をさせていただくこともあったり、
青年海外協力隊の帯だとして呼ばれてみたいな。
最近はあまりないけど昔はあって、いろんなことを話してきたと思いますけど、
ちょっと嘘が入るんですよね。
若い人向けに話すと特に嘘が入る。
カッコつけちゃう。
こちらがカッコつけちゃうということと、
やっぱりここでまた励ましたいとか、 コントロールしたい要求が入っちゃうんでしょうね。
こちらにね、この私の話を聞いてこのように思ってほしいっていう要求が入っちゃうから、
お話がね、何を話してもね、
すっきりいい話、自分として正直に話せたなって思うことはなく、
どこか少し後味の悪い、
なんかこの一部しか話せなかったなとか、
この話はしなかったけどそれは今日は仕方ないなとか、
なんかその海外支援に出た動機的なことを話して、
よし、こういうお話ができるならまたこういうお話を受けようって思えたことは正直ありません。
うまく話せないんですよ、動機。
多分、でもそれはなんでうまく話せないかっていうと、
10分ぐらいの、15分とかせいぜい30分とかまとめて、
通常だったら時間制限があるじゃないですか、
そういうなんかお話をするオンラインの場とかで、
なので短い時間にまとめて話そうとするから、
いろいろ端折ったり、いろいろカッコつけたりするのかなと思ったので、
なんだったらこのTJARぐらいの感じで行こうかなと。
つまり、それぐらいのボリューム感ですよ。
少なくともあります。もっとあるかもよ。
日本横断を、日本海から太平洋側にアルプスを越えて横断するぐらいの山や谷やさまざまな思い、
天候のアレなどがおそらくあるので、
こういうことでどうでしょうか。
TJARのいぶきさんのハイライト配信が続いている間、
TJAR、トランスジャパンアルプスレースが今、
日本では夏のイベントとして開催されておりまして、
みなさん見てください。いぶきのハイライト配信。
本当に面白いし景色が素晴らしいから。
それを私2日間見まして、よしこれ毎日見るぞって思ったんですけど、
私が海外支援という言い方を自分で使うことはないですね。
国際協力という言い方を分かりやすくするために使うこともあるけど、
それにも違和感を覚えています。
今の仕事、自分で言う時は中東での人道支援という言い方をしますかね。
最近はね。
でも大きく言ったら国際協力、海外支援という枠組みだと思うので、
そこを目指すことになった動機、
しかもそれが一番初めにある動機だけではなくて、
途中でどういう時に止めたくなったり、方向変換をしたりし、
途中でどういう時に足が止まり、
そういう時にまた、私がやりたいことはこうじゃなくてこうだって見つけて、
今いるところまで来たのかという話をしてみますかね。
7日間ぐらいかけて。
そんな誰が聞きたいんです?
もりっしぃさん聞いてくれます?
ちょっと誘ったんだから聞いてくださいね。
そんな話を毎朝通勤をしながらするっていうのは、
お盆のイベントとしては意外といいんじゃないだろうか。
結構そういう祖先に感謝するみたいな話なような気もしてくるし。
お盆のイベントとして、
TJARハイライト的に毎日少しずつ話をしていきたいと思います。
本当?する?私。
今適当なこと言ってるだけじゃない?
していきたいと思いますって言ってるけどするかな。
今ね、本当に前回どっかの声日記でも話しましたけど、
少なくとも10年ぐらい前に、
私が撮った方向転換についてはすごく感謝していて、
自分に。
そしてそこからちゃんと10年かけて、
自分が選んだ風に来たよっていうことに、
ある意味誇らしさ、
自己肯定みたいなものを感じているんでね、
こういうことも語りやすい気分ですよ。
こんな感じのことが、
自分のキャリアのことをとてもとても語れないという気分でいたことも、
長い期間あったと思います。
そんな感じで山あり谷ありですよ。
一旦だから国際協力の世界、
海外支援の世界と言われる世界に、
まず入るのが大変な世界ですし、
若い人は特に始めの一歩がどこからどうやって入ったらいいかわからない。
始めの一歩をやると大抵、
結構思ってたのと違うって言って挫折してやめてしまう人も多いですよね。
はい、前置き終わり。前置き長い。
キャリアの第一歩:「母の呪縛」
前置きはここまでにして、
時系列にたどるのがいいんですかね。
時系列にたどろうとすると、
本当にディープな話になりますけどいいんですか。
これは大人に聞かせる話で若い人に聞かせる話じゃない。
やってみます。
とりあえず、小絵日記なんで、
うまくいこうがいくまいがよいでしょう。
やってみます。
第1回テーマ、母の呪縛。
いきなり母の呪縛ですか。
でもね、今朝ね、こういう小絵日記を撮ろうと思って、
まず、そうか、動機かって言った時に、
まず私は思いついてYouTubeを検索して聞いた曲があります。
それはね、今道渡ってますね。
ポリスもいるのでちょっと黙ります。
はい、母の呪縛、第1回テーマ。
私、うちの両親クリスチャンなんです。
で、ただ無教会派って内村鑑三さんとかの流れを組んでいるらしいんですけれども、
勉強会とかはするけれども、
教会の教えをただなぞるんではないっていう人たちだったらしく、
そういうことで、多分親も自分たちで選んでクリスチャンになったし、
自分たちの子供に自分たちがクリスチャンだからって宗教を押し付けることはしないようにしようって思ったらしく、
クリスチャンとして育てられてはいないんですけど、
聖書の中にある物語とかは結構興味を持って読んでいたりするので影響は受けていると思いますね。
親がクリスチャンで、多分どのタイミングで生まれた時に子供に
これはあなたの賛美歌はこれだよって言って選んで、
その賛美歌を、クリスチャンって賛美歌っていうのは歌あるじゃないですか、教会で歌ったりする歌。
あきこの賛美歌はこれですっていう賛美歌をお母さんが選んで、
多分お父さんじゃなくてお母さんだと思うんですよね。
お母さんが選んであきこの賛美歌っていうものは物心ついた時からありました。
気が重い話だな。
「正しく清くあらまし」の歌詞と母の期待
あきこの賛美歌っていう賛美歌は、これ聞いてくださっている方の中でクリスチャンの方がいれば分かるかもしれませんが、
正しく清くあらましという賛美歌です。
でも本当に物心ついた時からそれは私の賛美歌と思って覚えているので、
本当に多分赤ちゃんの生まれたばかりの時に選んだと思うんですよね。
それでその歌詞は、
正しく清くあらまし、なすべき勤めあれば。
雄々しく強くあらまし、追うべき重荷あれば。
2番いきます。
誠の友とならまし。
友なき人の友と。
与えて心に留めぬ。
誠の愛の人と。
ごめんね。
今物乞いの子どもを振り払っていますから、こんな話をしながらね。
走って逃げました。
色々胃に来るね。
3番いきます。
3番だけ歌おう。
全きに向かいて進まん。
道にて気を緩めず。上なき
目当てを望み。
笑みつつ、絶えず進まん。
これが母の呪縛の根源であり、
私が今やっている仕事を目指している第一歩の動機だと思います。
これが子供の時から赤ちゃんの時から、
私の中にはお母さんの期待として、
特に父はあまり大らかな人。
私に対しては大らかな人だった。
兄に対しては厳しかった。
父はそれで兄は結構若い時代に交戦を出て、
実家を離れてからほとんど里帰りもしなくなりましたが、
母はやっぱりね、同棲の親って難しいんですよね、多分ね。
母は長女である私への、
多分自分が実現したくても実現できなかったことを
全て実現してくれる存在として期待して、
私を育たたしいろいろなメッセージを伝えたと思います。
はい、さあ道を渡ります、また。
あの、いやぁヘビーだな、これ。
朝から通勤でこんなヘビーな話をする?
しかもごめんなさいね、もりっしぃさんもそうだ、
企画の話で海外支援に出たきっかけを聞いたら、
母の呪縛の話を聞かされるとは思ってなかったでしょうけど。
はい、でもね、ちょっとそうですね。
だから切り口を変えて話すと、
呪縛でもあるし、祝福でもあります。
はい、あの、そうですね。
はい、これを私は、あの、そうですね。
まあこういう考え方の親なのでね、
まあいろいろな世界の貧困とか、
そういう状況に何らか映像とかテレビとかを通して
触れる機会も多ければ、
そういう時に親がするコメントを聞く機会も多かった。
でも多分小さな頃の私はただただ、
まあね、だから気質がなんかこう、
私結構10年ぐらい前、
まあ少なくとも30代半ばまでは、
まあそのお母さん、親、教師、上司などを
どのようにして喜ばせるか、
どのようにして高い評価を得るかということをひたすら
目指していく、
そういう意味での優秀な人間になろうとする
っていうタイプの人間だったんです。
今だいぶそこから離れられて、
はい、呪縛離れてますけど。
なので、まあね、学校に行けば、
こういい子で優秀っていう風になるし、
勉強もするし、校則も守る。
学級委員に選ばれる。
なんかあんまり疑問も感じずに
そう言われたことをちゃんと守る。
でももしかしたら、だからそこでただ
私嫌われてこなかったしいじめられなかったのは、
なんかその親の言うこと聞きなさいという教育ではなくて、
この「正しく清くあらまし」だったからだったと思うんですよね。
だから親が自分の言うことを聞かせようとしたんじゃなくて、
そこに親の描いたビジョンがあって、
そういう毒親ではなかった。
自分の言うことを聞かせようという親ではなかった。
自分の娘には自分が実現できなかった、
正しく清く、できなかったか知らないけど、
自分も実現したい。
正しく清くあらまし、なすべき務めあれば、
雄々しく強くあらまし、追うべき重荷あれば、
誠の友とならまし、
友なき人の友と与えて心に留めぬ、
誠の愛の人と。
それをね、そういう風になってねというメッセージを
ありとあらゆるところで受け取ってきましたし、
それはある意味私にとってはプレッシャーに
幼い時の私にとっては大きなプレッシャーだったと思いますが、
インストールされていたメッセージは決して
母親の言うことを聞きなさい、
先生の言うことを聞きなさいではなかった。
正しく清くあって、
そして友なき人の友となって、
与えて心に留めぬ誠の愛の人となりなさいね。
なれるよあなたはっていうメッセージでした。
これが動機の第一歩ですけど、
明日以降いかにこれに苦しめられてきたかっていう、
幼いあきこはどのようにしてこの難しい古語の言葉を理解し、
どのようにしてそれを何というか乗り越えて
ここまで来たのかっていう話をします。
第1回まとめと今後の展望
第1回、簡単に一言でまとめれば、
なんで海外支援に出たのかの動機。
親がそういう人だったんですよ。
うちの父は、あんまりちゃんと見たことないですけど、
うちの棚にインド関係っていうファイルがありました。
お父さんのインド関係っていうファイル。
お父さんは若い時、インドに行きたかったらしいんですよ。
行けてないと思いますけどね。
お父さんもインドに行きたかった。
インド関係っていうファイルがある。
良い子ちゃんで育った私は、
親がどういう人間になりたかったのか。
親が私に対して自分が実現できなかったことも含めて、
どのような期待をしているかということを、
かなりかなり敏感に察知して、
反抗期になる前までは、それに答えよう、答えようと思って生きてきました。
第1回です。
こんな壮大なドラマみたいな話するのかな、
明日からまた第2回、どういう話になるのか私にも分かりません。
職場から5分のところまで来ましたので、
ここまでにします。
はい、では以上です。
聞いていただいてありがとうございました。
森崎さん、全然まだ今ここ入り口なんで、
もうプロローグぐらいの感じですよ。
まだ始まってない、第1章に行く前の前段なので、
ここまで聞いて、いろんな感想を抱いたり、
もうこの話は聞かなくてもいいですってなるかもしれませんが、
TJARだっていうイメージを持ってスタートしてしまったものなので、
とりあえず感想を目指しましょう。
太平洋に着くことを目指していきましょう。
はい、どうもありがとうございました。
25:23
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