2026/8/16
朝の散歩をしながら、TJARとTACRを振り返っています。
2026年の夏がおわっていくなあ。
TJARを見過ごした方も、この最後のメッセージとエンドロールをぜひみましょう!LISTENファンのみなさんなら、きっと感動します。
https://www.youtube.com/live/Ep4pDuF9QHs?si=Q1kfIvPTKpzyApYL&t=37026
この曲は本当にTJARにぴったり!すばらしい!
感想
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サマリー
TJARとTACRが終了し、話し手は「TJARロス」を感じながら、その感動的なライブ配信やエンドロール、テーマソングを振り返ります。自身のキャリアを7日間かけて振り返る「トランスアキコキャリアレビュー(TACR)」からは、キャリアにおける自己決定と偶然性のバランス、他者からの支援の重要性、そして国際協力における政府資金への依存と、より市民レベルでの顔の見える支援の必要性という三つの大きな気づきを得ました。特に、現在の国際支援の資金調達モデルに疑問を呈し、将来的には個人で資金を稼ぎ、小規模な支援を行いたいという展望を語っています。
TJARの感動的な終幕とロス
おはようございます。8月17日月曜日の朝の7時半。
はい、声日記です。朝の散歩です。
はい、TJARもTACRも、昨日で終わってしまいましたね。
ロスですよ。TJAR。
いやー、よかったな。TJARを毎日、ハイライトを、いぶきの配信で見れて、
もう最後の方は、ハイライトとかっていうより、ライブ配信ですよ、ほぼ。
ゴール地点でね、一人一人一人一人ゴールなさってくるから、
そのゴールの様子をずーっと放映してくださって、よかったな。
そして、昨日のアーカイブ、YouTubeに残っていると思っているので、見てください。
最後のところね、最後、アナウンサーのユーコリン。
アナウンサーのユーコリンも、何でしたっけ、もう10年くらい前にTJARを見て、
もうそれで感動して、何年もボランティアとかで関わられて、
それで今年はハイライトの配信に関われることを嬉しいみたいなことを途中でおっしゃってましたけど、
本当に大好きなんだなってことが伝わってきて、
最後にね、今年のTJAR総括の言葉みたいなの、あれは誰が準備なさったんですかね、
素敵な言葉、まとめの言葉を涙を浮かべながら読み上げられて、
それでエンドロールが始まって、印象深い写真と関わってきたスタッフの人たちの名前が一人一人出てくるエンドロール。
それで終わっていくんですけど、そのライブ配信が。
あれは誰が作られました、近藤さんですか、あれ素晴らしかったですよ、エンドロールのところ。
YouTubeのチャット欄でもすごい感動したっていうコメントいくつか入ってましたよね。
まずお名前がね、本当にゆっくりゆっくりゆっくり流れていくんですよ。写真もゆっくり。
やっぱりね、470キロのレースが終えて、そして7日連続のライブ配信を終えた時のエンドロールね、あんまりささっと流れちゃったりしたら、
物足りないと思うんですよ。ゆっくり流れるお名前のエンドロールと写真のじっくり、一枚一枚の写真がじっくり表示されるあの感じ。
そしてあの音楽ですよね。洋のテーマソングということで、今日いぶきステーションに上がってましたね。
また近藤さんがスーノで作曲なさった音楽。あの音楽良かったですよ。最高ですね。
いい曲です。あの曲はいいです。で、今朝、いぶきステーションにそれがアップされてて嬉しかった。
わかってる。みんなTJARロスになってるってことをね、わかってらっしゃいますね。
近藤さんもそうなのかもしれませんね。それこそ一番ロスになる人かもしれませんね。
一番長い時間を投入して、いろんな体力や気力やアイディアやすべてを投入してやりきって終わって、
翌日の一日っていうのはどんな一日なのでしょうか。
ぜひゆっくり休んでください。本当に選手の皆さんやボランティアの皆さんも皆さん、ゆっくり休めるといいですね。
夏の終わりとTACRの振り返り
はい、ということでTJARは終わってしまって、なんか夏が終わったなーみたいな。
なんかね、甲子園とか結晶とかあって、夏が終わったなーっていう気分になるじゃないですか。
昔ね、子供の頃とかではいつもテレビでそれを見て、結晶があったら夏が終わるみたいな感じでしたけど、
今年の夏はTJAR28名の完走でTJARが終了したことで、夏の終わりを感じています。
朝ね、私のいるところも昼すごい暑いですけど、朝今7時半で結構涼しいですね。
そして昨日なんかも雲が出ていましたし、夏はね雲が出ないんで、
秋の訪れの、まだ秋の訪れは感じないけど、秋が来るのかもしれないなという予感ぐらいのものを感じます。
はい、そして今空の見晴らしのいいところにいて、ここはね、陸でつながっている国境が見えるんですよ。
向こうに見える山はトルコの山。それがね、結構私は好きですね。
陸でつながっている国境というものに、なんかすごいロマンを感じる。
歩いてだって、歩いて行けるわけでしょ。行けないけど、国境管理隊に止められるというか、何だったら打たれるけど、行かないけど、だからこれ以上近くに。
でも、もしそんな国と国が国境管理をしていなかったら歩いて行けちゃうわけでしょ。
ヨーロッパとかやっぱりいいですよね。EUとかって言ってさ、どこで国境を越えたかも、もはやわからないわけですよ。
電車とかに乗って国境を越えて、あれ、いつの間にか隣の国に入ってたんだなんて。いいですよね。いいですよ。
日本にね、生まれて育ったから、国境っていうのはもう海で隔てられているものだからっていう中で、当たり前に育っていたので、
陸で国境がつながっていると思うし、なんかすごい面白いなって思います。今でも。車で国境を越えるとか、そういう電車で越えるとかっていうのも大好きです。
はい、で、TACRの方ですね。TACRは昨日ね、ライブ配信をしましたよ。予告通りに遅れましたけど、何人かね、皆さん来てコメント欄にいろいろ書いてくださったりして、
7割ぐらいの時間は一緒にTJARの観戦をして、TJARの感想を語っていました。いや、7割、9割ぐらいの時間は。だからTJARの最後の方をみんなでTJARの話をする場だったけど、
まあ少しTACRの方の、これ今日の声抜きだけ聞いている人にはわけわかんなくなると思うので、もう一度まとめて話すと、はい、TJAR、トランスジャパンアルプスレースの初日ぐらい開始するときに、
なんか、なんかの、モリッシーさんとのコメントのやりとりかなんかで、私のキャリアの動機や転換点やその時の思いを聞いてみたいっていうコメントをね、質問をいただきまして、
そうかそうかと、ではそんな短時間で話せる感じがしないので、7日ぐらい1日少しずつだったら話せるかもしれないと、そこでTACR、トランスアキコキャリアレビューというイベントが急にスタートいたしました。TJARと1日遅れで。
それで朝の、朝や夕方ですけど声日記の中で1日、そうですね短かったものは20分ぐらい、長いものは1時間ぐらい、キャリアの転換点やレビュー、キャリアの振り返り、大学卒業した後のところから今に至るまでの、私のキャリアのというよりは人生の旅路の話をね、しまして、
ちょっと踏み残した重要な点があったんで、昨日あたりはそれをちょっと踏み残しチェックポイントを踏みに行くなんていう回も収録しまして、でひとまず、今回の夏のイベントとしてはね、完走したって言っていいんじゃないかなと思います。
とりあえず昨日のライブ配信を持って、ライブ配信は2時間ぐらいダラダラと繋いで、ほとんどその9割TJARの話をしていることもあるので、アーカイブ録音できてますけど、それはね、アップはしません。
なので、完走した最後のゴールをしたところがないみたいになっているんだけど、まあそれでいいのかなと、トランスアキコキャリアはまだ太平洋に着いて終わりではなくて、続いていきますのでね、今年の夏のイベントとしては完走しました。これで終わりです。
ということですけど、これから繋がっていくものなので、引き続きTVコンティニュードということになります。小屋日記の中でもちょこちょこ話していくことになると思います。
キャリアレビューからの気づき:自己決定と偶然性
やってみてどうでしたか?という質問をいただいて、昨日のライブ配信の中でも、ありがとうございます。ナナさん。やってみてね、良かったですよ、本当に。小屋日記の中でキャリアレビューをするのは私はお勧めいたしますね。
時々、しかも7日かけてじっくり時間をかけて、でも7日をね、週1回とかじゃなくて連続でやったのが良かった。というのは自分で連続で聞き直すのがやりやすいからです。
やっぱり自分のためですよね、小屋日記でもあるし、自分が歩んできた道のりを自分で振り返ってみて、ここのところが私にとって大切なんだとか、何で私はこの話を何度も、この言葉を何度も使うんだろうとか、自分が何を重視しているのかを話してみて、
わかるっていうね。昨日なんかね、私のキャリアレビューをしていたら、どうして私がいぶきステーションのヘビーレスナーかということをね、発見してしまいましたよ。そんなことを話し出してみなかったら気づかなかったです。
はい、昨日はトランスアキコキャリアレビューは、いぶきステーションのヘビーレスナーになった動機っていう話になってますよ。着地点が。そんなこともね、話してみて気づいたところがありますので、面白かったです。
おすすめですっごい人気ユーザーの皆様、ぜひトランスなんとかキャリアレビューを、もしよろしければ、皆さんのそれぞれの今までの歩みの振り返りなんてものも、よろしかったらいかがでしょうか。
はい、そうですね、私が結構大きい気づき、他にもあるのは、昨日の話だけではなくて、7日間の全体の中での気づきとして一つ。
まず、結構私自分で決めて自分で歩んできた気がしてましたけど、そうではなくて、委ねて、例えば協力隊でシリアに派遣されたときの話は、どこの国でもいいですって言って応募書類に書いたらシリアに行ってくださいって言われて、はいわかりましたって言ってきたわけです。
なので、自分の意思で決めてない重要な決断というものがあって、なりゆきに任せたところそうなった。で、意外とそれがね、その方がいいんじゃないかって思えるようなものもありますよね。
だから、必ずしも自分の意思で決めて進んでいかなくてもちょっと状況に任せて、なんかこういう風になっちゃったみたいなのも決して悪いことじゃないし、その両方がやっぱり程よくミックスされているということがキャリアには重要なんじゃないかっていう気がしてきました。
去年ね、キャリアコンサルタントの勉強をした時も、ちゃんとそれ理論としてあるんですよ。プランドハプンスタンス理論っていう、ちゃんとね、理論としてあるってことは論文とかがある。キャリアのコンサルの試験に出るような偉い学者の先生も、そういうキャリアの選び方としてプランドハプンスタンスっていうのは計画された偶然性っていう意味ですけど、
なんかその偶然をある意味ウェルカムするというか、偶然が起こる、思いもよらぬことが起こるということを前提にキャリアを考える。全てをね、自分で計画しようとするんではなくて、そういったちょっと手放す部分っていうのはキャリア理論の中にもあるぐらいですから。
結構ね、重要なキャリアに臨む時の大切な心構えというか、他の人のキャリアをアドバイスする場合でも、なんか自分で考えて決めなきゃダメですよなんて言わない方がいいっていうことですよね、あんまり。
まあとりあえず状況を見守っていると、なるように良いようになるっていうことは実際にね、あると思うんですよね。それが一個、自分の大切な転換点の中で、両方があるなと自分で決めて自分で歩んできたものもあれば、なんかなりゆきに任せたらそういうようになって、
それが後になって見てみると、あの時はなって良かったなって思うものもある。よくね、国際協力キャリアの中で、いや国際協力だけではないですか、山登りキャリア、川下りキャリアと2つがあります、なんて言われます。
これなんか偏見っぽいかもしれないけど、国連に入るぞなんて決めて大学院に行って、学部を出てすぐ大学院に行って、その後N12年したら次国連を受けます。JPをまず受けてその後は長いポストを探しますなんていうのは一つ山登りキャリア的な進み方のような気がしていますが、
最大のコースでその国際協力っていう中でこうみんなが思い描くようなキャリアの道を進んでいく。そんなやり方もあると思うし、実はなんかそれが定番コースだったりするので、アドバイスをする時にそういう人にアドバイスする方がしやすいんですけど、
でも同時にね、私が出会った人の中では、私のお友達とかなんかね、私がこう魅力的だと思っているような人の中には、私は完全に川下りキャリアですって言っている人は多く、私自身もどちらかと言えば完全に川下りキャリアでしたし、川下りっていうのはイカダカなんかの上に乗っている。
川に流れに身を任せて流されていって、その状況に応じてそのキャリアが次どこに行くのかわからないけど、なんか来てみたらこうだったんだ、こうだったんだっていう風に、あんまり全体の計画をしないで流れに乗っていくというタイプのキャリアですね。
割とそういう人もいますよ。あんまり計画長く立てられる業界でもない気がしますね。だって紛争とかどこで起こるかわかんないし、そういう意味では川下りキャリアの人も多いし、それがそういう用語があるぐらい、割となんというか、私が好きっていうだけじゃなくて一般的にも認知されているキャリアの進め方だと思うんです。
でもそのね、川下りキャリアっていう言い方にも若干の違和感は抱いていたんですよね。なんかその下る、つまりね山あり谷ありなわけですよ。川を下っているだけではない。
だからね、もしじゃあ川下りのイメージだったとしたら、イカダに乗ってずっと流されているわけではなくて、一人乗りのかやくかなんかに乗って流されてみては、そのかやくを担いで山をもう一度登って丘を一個越えて隣の川に移動してそっちを下ってみてはっていう。
川下っているって言うほどそんなに楽な、ただ流れているイメージでもない。それでね、私だからトランスジャパンアルプスレースと一緒にやったのはそこが良かったよ。
だからあのトランスジャパンアルプスレースは山登りでもなければ山下りでもなければ川下りでもないですよね。トランスジャパンなわけですよ。山あり谷ありだし、自分の足の裏がどういう状況になるかやってみなきゃわからない。膝がどうなるかっていう中でその状況に合わせて天気も変わったりする中で進んでいく。
一言で山登りとも川下りとも言えない。そのイメージ、なんかすいません生意気です。生意気っていうかとても恐れ多いですけれども、自分のキャリアをトランスジャパンアルプスレースと並べて語るのはなんという恐れ知らずなんだって思いますけど、今回は良かったですね。
TJARを毎日追いながら自分のキャリアについて話すのは、ある意味自己肯定、自己需要という意味では良かったです。やっていることには無駄なように思える部分や苦しんでいる部分も含めてとても大きな意味があるんだなっていうふうに改めて思いました。
やってみて気づいたことの一個は、自分で決めて進んでいくところと状況に任せて委ねることとのバランスが大事っていう話でしたね。
山登りキャリアでも川下りキャリアでもどちらでもなく両方があるんだという話です。
キャリアレビューからの気づき:他者の存在と資金源
2つ目、2つ目なんだっけ。2つ目じゃなくて3つ目いきます。2つ目忘れたんでこれを2つ目にしましょう。今回TACRレビューしてすっかりすっとばしている部分があります。
私を助けてくれた人の存在の話が意識的に減らされていますよね。仲間の存在みたいなことも話してないし、影響を与えてくれた人、親のことは話しましたけどその後のお世話になった人の話をあんまりしてない。
やっぱりそこは他人の話になるからちょっとあんまり話すのをもっともって避けたっていうこともあるんですけど、なんかあったかも私が一人でキャリアの道を歩んできたみたいになったとしたらそれはやっぱりちょっと誤解というか勘違いで、やっぱりたくさんの人のお世話になってたくさんの人の影響を受けて歩んできているので
その部分を仕方ないかな、今回についてはいいんですけれども、自分自身でキャリアを見直すときにはそこを忘れないようにしようと思います。周りの人たちにどのような影響を受け、どのようにお世話になっているのか。
やっぱり私はもしかしたらあんまり自分一人で歩いてきたっていうふうに言いたいエゴが強いんでしょうね。まだね、まだまだそれは自分の傾向として気づいています。
はい、でももうちょっとね、そこもリビューしてもいいと思う気づきがあると思います。私のためにどのように助けられてきたかっていう話を。はい、じゃあそれが2つ目。今回のだからTA、CRで足りなかった部分っていう話ですね。
で、もう一個、もう一個何だろう。思い出さない。3つ目が何だったか。あ、思い出しました。はい、大切なことです。今回これもやってみて気づいたことなんで、今まで意識してませんでした。
はい、思い出しました。3つ目というかこれが一番重要かもしれない。次の歩みのことを考えると。なんか私そのやけに資金源が何だとか、どのような枠組みの中でこの活動はあるっていう話をやけにしたと思います。
ODAという資金源を使った協力っていう話とか、ODAのお金を使った活動だとか、日本政府がお金を出したとか、アメリカ政府の資金で人道支援が行われているとか、やけにその政府の資金源っていう話をね、やけにやけにしてますよね。で、それやっぱり引っかかっていますね。
去年の1月のトランプショックのところから、もうね、世界は政府がまず人々から税金を集め、政府が集め、それを使って、その国の行政サービスをやるところまではいいと思うんだけども、他の国の開発支援とか人道支援をするっていうところまでには、
うーん、残念ながらやっぱり手が回らないですよね。その国の中で、もうそれぞれ課題が多すぎるので。なので、アメリカファーストっていうだけじゃないですけど、やっぱり自分の国の中を優先させるべきっていう話はね、私はわかりますよ。
それはそうでしょう。自国の中に困っている人がいて、改善すべきことがいっぱいあるのに、他の国の協力をしている場合ではないだろうと。
そうなった時にね、どうしますか。でも、まだ自分の国の行政サービスを、特に遠隔地とかの行政サービスとか困った人たちに支援をケースバイケースで届けるような国の能力がなければ、行政の能力がなければ、お金のことだけじゃなくてサービスを届ける能力がなければ、
なかなかできないですよ、それは。それはやっぱり社会が成熟していないとできない。そういう国に偶然生まれてきた人はどうしますか。
ってなった時に、本当はNGOの支援なんかは、そういうところに入っていけたらいいんですけど、人権という目で見た時に、どこの国だからっていうことじゃなくて、人権という目で見た時に、
ご縁があった地域の課題をね、それが自分の国じゃなくても答えていくってことをNGOができたらいいんですけど、そうじゃないですっていうお話をしましたね。NGOも結局政府の補助金とか政府の資金に頼っているっていう現実がある。
だから、本当はね、NGOへの寄付なんていうのは、私はもうちょっと広まってもいいと思ってますよ、日本ではね。しかも信頼できないNGOに寄付しなくていいですけど、なんかお友達がやってるとか、なんかここだったら信頼できるっていうところでいいと思うんですよ。やっぱりご縁でつながってるっていうことって結構重要だと思うんです。
だから、ご縁でつながっている人がやっている、なんとかさんがやってるなら、きっと信頼できるし、応援したいと思って寄付する。で、そのなんとかさんは、じゃあイラクでの平和構築活動をしているみたいな。直接イラクの子どもにつながらなくても、ご縁でつながって寄付をしていくみたいな。
そういった信頼関係がもうちょっとあってもいいと思う。政府が税金を集めることに関しては、信頼してなくても皆さん払ってるじゃないですか。それはある意味信頼してるっていう話なのかもしれないけど。
はい。なので税金で集めて、それで一旦大きい全部を回収して、それを誰かが分配して、それで人道支援とか海外への支援をするという仕組みはもう破綻していると思ってるんですよね。破綻しかけているし、破綻するでしょう。
で、なった時に、じゃあ生まれた国によって基本的な基本的人権が満たされない、政府がまだ信頼ができない、力をつけてない、もしくは内戦中でむしろ国民を攻撃しているというような政府があるところに生まれた人はどうしますか。
もうちょっとね、市民同士の協力とか人と人とのつながりとか、その小さい単位で回していくという社会に本当になってほしい。
それが、だから昨日グリーンフィールダーさんからね、一つライブ配信の中で質問いただいたことへの一つの答えでもあります。
これ、なんでイタリアの人道支援NGOで働きながらも、イラクでの仲間たちとNPOを作ってっていう活動もしているんですかっていうお話。
はい、私はその話は自分のキャリアの一環だっていうふうにあんまり捉えてなくて、あるいはタカトウナホコさんの、私の友人であるタカトウナホコさんの活動に、私がタカトウさんを尊敬しているから協力しているっていうお友達だから一緒にやっているっていうなんかスタンスなんですよ。
自分のキャリアの中の1ページとして出てくるような話ではあんまりなかった。偶然ドホークっていうのが自分にとってはベースキャンプみたいな場所でね。
ドホーク自体のこともあまり語らなかったし、私は。まあもちろんね、いろいろ語ろうと思えば語る部分もある。そこもだから飛ばしてきた部分なんでしょうね。
キャリアレビューの中で飛ばしちゃった部分。これもだからまだ自分の中でうまく成熟してないで話しにくいですけど、
そもそも政府が他国の市民の一般の生活の苦しみに対して人道支援をするということには大きな限界がありますね。
国内非難民キャンプの運営ぐらいのところは国連とかでしっかりやれないと思いますけど、それ以上のことは難しい。
でも海外支援をしたい、国際協力をしたいって若い人が思い描いた時に思い描くのは、もうちょっと普通の人の普通の暮らしに関わって助け合ったりしたいっていうイメージでしょう。
だからそのイメージの、若い時に思い描いたイメージの活動をどうやって資金を回していくかっていうのは大きなチャレンジですよ。
だって収益が出るようなことじゃないから、遠隔地の農村で水が出ないってなった時に水が出るようになったからって言ってそれを売ったりはできないわけですよ。
そこにいる貧しい農民の人たちだったりしたら、本当だったらそこの国の政府がやるべき最低限の水道、水へのアクセスっていう話ですから、
そこに住んでる人がお金を出して井戸を作ったらいいんじゃないのみたいな、そういう話はあまりにも意地悪すぎる。
日本とかに住んでたら水道をひねったら水が出るし、水道代ぐらいは多分みんな払えるしっていう中に暮らしている人にとって、水がない、水にアクセスできないっていう苦しみをまず想像するのが難しい。
想像するのが難しいし、それを自分たちの税金を使ってそれをやりますってなれば、何でだっていう話になる。
じゃあ何でだっていう話になるから、もうちょっと民間的な資金で回していきましょうっていうのが、
例えばビルゲイツファンデーションみたいのはすごいアフリカの保険とかを担っているらしいですね。
だから大企業が社会的責任みたいな意味で、CSRの一環で十分その利益を得てますからね、アフリカのいろんな国からもマイクロソフトなんてなってくると。
だからそれを社会に還元する責任っていう中でやっているんでしょうけど、それはそれで大きい政府が税金を集めてっていう話とあんまり変わらないですよね。
大きな企業が収益を得てそれを一旦集めてからそれを支援に回すなんていうのは、そこにあんまり頼るっていうのも違う気がする。
市民レベルの支援と今後の展望
だからもうちょっと出会った人と人とのご縁みたいな小さな小さなところで回してつながってっていう世界になるといいなって私は思っているんですよね。
小さな小さなっていうのはだから、じゃあビルゲイツ、ビル&ミランダファンデーションが集めている収益を払っている人の数が何数億人とかいるわけでしょ。
マイクロソフト製品を使っている人みんなだと思ったらもう数億人数十億ですか。
そういう数十億の人からお金を集めてそれを一つの会社に集めてそれを再度配る、そういうやり方をするからその中間コストみたいなものも増えるわけじゃないですか。
いやそうじゃなくて寄付者なんかも10人から100人程度みたいな本当に小さなNPOでそんなに大々的な活動はできないかもしれないけど一つの町一つの学校ぐらいの規模で草の根のね本当に小さな支援をすると。
その活動を見て応援している人の数が10人から100人ぐらいの規模でもその1個の学校の運営ぐらいだったら何とか回せるかもしれない。
そうなってくると手に届く支援手に届く支援顔の見える支援違うな用語がこういう用語も全部使い古されているので使い手垢がついてなんか違う意味になっちゃってる。
人間の存在を感じさせる支援者側も支援を受ける側もお互いにその人間と人間であるという感じを感じながら顔と顔を合わせて話すことができる距離感っていうものが小さな小さな市民のネットワーク一般人の一般の普通の人のネットワークでつながるっていう方向に行けたら
なんかもうちょっとこう思いやりのある世界になるんじゃないかなーって思ってるんですよね。
日本の中の子ども食堂なんていう活動はそういうふうにして回っていますね。
ああいうイメージですよ。地元のおばちゃんが子ども食堂をやっていてそこに来る近所の子どもたちがいるっていうイメージ。
あそこに一旦その大きい政府の税金とかそっちをかませなくてもいいじゃないですか。
子ども食堂はそれぞれでその地元の中でお金が回った方がいいそういうイメージの世界になっていったらいいなあっていうかそういうイメージの世界にしないと回らなくなってますよね。
なかなかあれですね明るい話にならないなこの話。
はい、ということで私は自分のお給料を出してくれるもしくは自分が所属している団体のプロジェクトの活動費を出している資金源が何かということを私は最近特に気にしています。
気にしているっていうことをさらに一歩言えば政府の資金っていうものを日本政府じゃなくてもできればもう使いたくないなと思っています。
今の私の給料の出どころはEUの資金とフランス政府の資金ですかね。仕方ないのかなあこれ。
まあこれ言いにくいまだ言えないんだけど私お金を稼げるようになりたいのかもしれない。自分でねビジネスとしてのお金でそれを自分で稼いだお金で自分がやりたいと思った支援を小さな小さな支援をやれるようになっていきたいのかもしれませんね。
そのイメージがわからないんですよね。全然今までだからその政府の資金をからお給料をいただくということをずっとやってきちゃったから。何だったら開発コンサルタントの時でもそうですよ。民間企業だけど元の元が政府の資金でしたからねすべてが。
はいなんでそこ資金源が何かということをやけに気にしているしそこが今後の一歩進むためのキーワードなんだなということがよくわかりました。今後の課題これからのキャリアをまと総括していく上での課題でちょっと正直そこについては全くもって自信がないというかできる気がしない部分ですね。
今までやったことがないしなんかイメージがわからないっていう表現がぴったりきますかねイメージがわからない。自信がないというよりはイメージがわからない。はいなのでそのあたりも他の方々の活動を見て他の方々の声日記を聞いたり社会を勉強させてもらってだんだんイメージしていきたいというふうに思っています。
はいそんなとこかな。今日はだからこれはTACR DAY8ではないですね。普通の声日記です。でもその中でTJARとTACRの総括まとめ振り返りを話しました。はい聞いていただいてありがとうございました。また今度。
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