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10年前のわたしと共演
2026-07-20 25:08

10年前のわたしと共演

2026/7/20


Facebookが10年前の思い出として出してきたサムネの写真と投稿。

Facebookはもう使ってないけれど、この機能と過去の自分には大きな感謝です。

この機能をLISTEN声日記でもあると良いかも!1年前、3年前とか、10年前の声日記が、自分だけに通知が来て気軽に聴ける😆

Facebookの元投稿はこちらです。

https://www.facebook.com/share/1H26AZPG82/

数年前に全てのFb投稿をフレンド限定に変えたことがあった。そしてその頃から新しいFB投稿はやめた。リードとシェアのみ。さらに、実名だったのを匿名に変えた。

プラットフォームとしてのメタ社への不信感が理由です。

最近、10年前の思い出とかで上がってくる中で、お、良いねと思うものは、閲覧権限を公開に戻すようにしています。

メタ社への信頼だけじゃなく、その時々のわたしの世界や社会への信頼感の波が反映されるな。閲覧権限を選ぶ行為の中に。

#声日記

 

感想

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サマリー

本エピソードでは、パーソナリティがスタジオグルファでの日常とワールドカップ決勝戦の感想から語り始めます。その後、10年前のFacebook投稿を振り返り、テレビ番組出演時の編集への不満と「ストーリーを自分で紡ぐ」ことの重要性を再認識します。過去の自分への感謝と、10年かけて目標を達成した現在の心境を語り、次の10年間の「ビジョン・クエスト」の必要性を感じます。最終的に、自分の「イエス」を表現することの重要性を、個人的な成長だけでなく、より良い社会を築くための民主主義と平和への一歩として捉え、過去の投稿から得たヒントを未来に繋げようとします。

オープニングとスタジオの紹介
おはようございます。 2026年7月20日、月曜日、声日記です。
はい、本日も引き続き、スタジオグルファからお届けしております。 スタジオグルファのプロデューサー席です。
何だそりゃ。私はソファーでくつろいでおり、白くて、こう座るとふかっと中に沈み込むようなタイプのソファーですね。
それが一番くつろぎやすいソファーなんですけど、それが置いてあって、そこから2、3メートル離れた前に、
2つの小さな1人掛けのソファーが置いてある。 この2つの1人掛けのソファーの姿をサムネにしましょうかね。
先日夜撮ったカットとは別の位置ですが、もしビデオポッドキャスト対談形式をするなら、
この角度、この背景、この椅子の位置がちょうどいいかもしれないというふうに調整をしました。
引き続きお部屋を、いろいろ家具をちょっと移動したりしながら、楽しんでおりますですよ。
そして今日は、まず昨日の話、昨日ワールドカップ、スペイン優勝おめでとうございます。
私はサッカーそんなに普段からすごい好きっていうわけではないんですが、
ワールドカップはみんなが騒ぐから、4年に一度だし、結構興味を持って見ています。
去年じゃないや、前回4年前も思い出しましたよ、決勝でフランスとアルゼンチンが戦って、
メッシーがトロフィーにキスをした時の感動とか思い出しました。
今回はセミファイナル準決勝からしかテレビでリアルタイムで見てないんですけど、
セミファイナル準決勝、アルゼンチン、イングランドを見て、そこからアルゼンチンを応援し始め、
昨日のスペイン、アルゼンチン、でもアルゼンチンを応援するというところからスタートしてみました。
見ているうちにスペインの応援に変わってきて、スペインがやっぱり良いプレーをしている。
そしてゴールのキープ率とか、ゴールのアテンプとトライした数とかも明らかに多くて、
なんとなくアンラッキーで点がずっと入らなかったんだけれども、
途中で点が入ったと思ったらファールだとかオフサイドみたいなこともあったりしつつ、
1点決まったところは美しいゴールを文句なしに決めたので延長でしたね。
延長でそれが決まって、延長後半ですか。
良かったと思いますね。PKで決めたらちょっと残念ですよね。
4年に1回のワールドカップの勝者を、そして今までこうやってリーグ戦で予選リーグで散々みんなで時間をかけて戦ってきて、
そして一番頂点に上がった時の試合で、じゃあPKで決めますっていうのは今までみんなの努力を返してくれよっていう気持ちにならないんですかね。
私だったらなると思うんですよ。時間の無駄だったのかよっていうふうに。
今までずっとやってきたことはなんだったんだよ、PKで決めるのかよというふうになると思うので、
PKではなくてゲームによって決着がついて、スポーツとしては清々しい結果になったのではないかと思います。
そして一緒に見ていた人はアルゼンチンファンでしたが、最初一緒にアルゼンチンを応援し始めましたが、延長したぐらいで私は宣言して、
私はスペインを応援に切り替えます。このゲームはスペインが勝った方がいい。私はスペインを応援します。
そんな感じで私はやっておりますね。どっちが味方とかって決めるより、
ぜひぜひで、いい仕事をした人はいい。いいゲームをした人はいい。いいものはいい。
そして時々ある人もいいことをする時もあれば、悪いことをする時もあり、過去にあまり良くなかったからといって、
今いい仕事をしているのであれば、今いい貢献をしているのであれば、今ここでいい仕事をしているということに目を向けて、
それを称えていこうというふうに。今偉そうに切り替えていましたけど、
勝っている方を応援したいみたいな単純な、勝ちそうな方を応援したいみたいな単純な話かもしれませんが、
いいゲームをしてくれたスペインを見て、スペインを応援し、アルゼンチン応援から見始めた人も、
最後にはスペインの応援に切り替わっていたっていう、そういうストーリーというふうにしたいと思います。
10年前のFacebook投稿との出会い
そういうストーリーといって、ちょうど次の話題につなげるのにちょうどいいんですけど、
ストーリーを語るストーリーっていう話で、私はね、どこに行ったかな。
今ね、つい先ほどですね、フェイスブックって過去の投稿が上がってくるじゃないですか。
時々、私はもうフェイスブックに最近はもうほぼ一切投稿はしないんですが、
私の過去投稿でちょうど10年前、2016年の7月20日に投稿したフェイスブックのポストが上がってきまして、
それを見てね、それを読んで私はね、非常に感動したところなんです。
これは小絵日記で、リサイクルだ、再利用だというふうに思ったんですけど、
ちょっと待ってくださいね、それを今からご紹介したいと思います。
テレビ番組出演と「ストーリーを紡ぐ」考察
どこ行ったかな。あれ、おかしいな。
はい、ポスト見つけました。再開しますね。
読みます。フェイスブックポスト。2016年7月20日。
ちょうど10年前です。
先日出演した、こんなところに日本人、録画をYouTubeにアップしていただいたのを今見ました。
なるほどね、こういう編集にね、正直に言えば満足ではありません。がっかり。
傷ついた女性が傷を癒しにっていうストーリーにするために、
私にとってはとても大切だった発言や大切な文脈はほとんど削られている。
不特定多数への分かりやすさを求めたり、できるだけ共感を得やすく、
と、こういうふうになったのかな。
たくさんの皆さんが、自然体で自分に正直に生きている様子に感動した、
とかのメッセージをくださったのがむしろびっくりした。
これを見て、そんな前向きに受け取ってもらえるなんて、
皆さんすごいね。ありがとう。
でもね、そんなに憤慨しているわけではありません。
こんなイメージが思い浮かびました。
一人の人の生き方の中には、たくさんの細かい綿毛のような素材が渦巻いている。
ストーリーを語るというのは、そこから糸を紡いでいくような行為。
私にとっては、え、この素材からそういう糸を紡ぐの?
と思えるものだったとしても、
制作者の方が私の素材を使って紡いだものであることは、まあ間違いないんだよね。
へえ、あの素材からこういう糸を紡ぐこともできるんだ、
っていう感じに余裕を持って受け止めたいし、
さらに言えば、自分自身では紡がないタイプのストーリーは、
他の人に紡いでもらうことで、そういう側面も確かにあるよね、
っていうのを否定せずに受け入れられるようになる。
自分の中のいろいろな要素を否定しないで耳を傾けるきっかけになる。
でもね、自分の中にいろいろな要素があることは認めた上で、
今私が語りたいストーリーはこれ、私が歌いたい歌はこんな歌、
っていうのは結局他人任せにはできない。
自分で紡いで発する以外にはないんだな、というのを改めて実感しましたよ。
人任せではだめだね。
私はここ1年ばかりは、これは違うということにはNOという訓練をしてきて、
それはだいぶできるようになってきたと思う。
まずは私にはその訓練が必要だったのだと思う。
でも、もうそれだけいくら続けてもつまらない。
情熱に火がつかない。
これからはむしろこれだということにイエスを、
自分のストーリーを自分で紡ぐということに集中していきたいと改めて思った。
ところで撮影時、5月末に記念撮影して放映までは、
SNSアップを止められていた写真をアップします。
制作者の方も千原誠司さんもプロの仕事をする方々だなと即帰影しました。
撮影時にやらせは全くなくて、探す時も誠司さんは本当に私のいる場所を知らずに探したのでしたよ。
なかなか見つからなかった時にはどうするか、という仕込みはディレクターさんが準備してあったけれど、
やらせよりリアルで起こることの方が面白いという経験上の確信があるので、できるだけなりゆきに任せるのですって。
はい、以上です。
過去の自分へのメッセージと自己認識
そしてこの中に皆さんが書いてくださったコメントというのもすごくたくさんの方がたくさんのコメントを入れてくださっていて、
39件、いいねも177。
はい、このコメントもとても印象的なものがたくさんあるんですけれども、
さすがにコメントを、
はい、他の皆さんがくださったコメントは読まないけれども、自分自身でコメントにアップしているものがあったのでこれを読みます。
書いてみて少しまた気づいた。私ががっかりしたのは、編集にがっかりしたわけでもないのかも。
自分にがっかりしたんだ。本当の私はこんなもんじゃないのに、という思いが湧いて悔しくなった。
すると続いて、じゃあどんなもんなの?行動で示してよ、見せてみてよ、という思いも湧いてきた。
ああ、なんかはぎしり。悔しいな、悔しい。
でもそう、自分で上に書いたように、こういう時にNOというのではなくて、YES&と言いたいの。
そうやって紡いでいきたい。今まで来た道を肯定して、さらに一歩先に進みたい。
はい、ということでした。
10年間の達成と次のビジョン・クエスト
2016年7月の秋子さん、どうもありがとうございました。大変に大変に心に響きましたよ。
今ね、1つ10年後でここにいて思うのは、私は今の私を10年前に思い描いた街に入ってきて、
そこでスタジオグルファーまでオープンしてないんで、オープンしてとは言えないんですけど、確保して、
今ここでこうしている日々の暮らし、私の今の仕事も含めて、
私は自信を持って10年前の私に会って、こういうふうに言えますね。
安心して大丈夫だよと。10年かけてあなたは、あなたが目指している方向に向けて、
ちゃんと進んでいくよ。ちゃんと前進して、ちゃんと近づいていくよ。
そして近づけば近づくほど、全然ゴールではなかった、入り口だったということに気づくっていうのも、
それも事実なんだけど、ちゃんと入り口に近づいて、入り口に立っているよ。
目指した方向に歩いていっているよって、安心させてあげたいですね。
安心させてあげたいだけじゃなくて、ありがとうって言いたいよ。
本当に10年前、そうやって思い描いてくれて。
ありがとうですよ。
ありがとうだし、大丈夫だよ。
タイムマシンで10年前に行って、私に会ったら、お互い喜ぶでしょうね。
10年前の私は今の私に会って、すごい尊敬するし喜ぶと思う。
そして、10年分ぐらいしか私、未来を思い描けないんですよ。
30年分ぐらいイメージできたらいいと思うんだけど、30年は結構難しいですよね。
年齢的に難しいっていうのもあるけど、さすがに今から30年経ったら人生最後の、まだ生きている気はしますけども、
あとはゆっくり、ちゃんと自分の足で立って、歩けて、自分で食事ができてっていう風に生きていたら十分だなって。
30年後はそんなんでいいと思うんですけど、10年後のイメージっていうと、もうちょっと生々しく現実的ですね。
ここまでの10年、確かに10年前に思い描いてきた街に向かって、この街を思い描いたんですよ、国とね。
そこにとにかく入ってそこにいるっていうだけですごいって思うんだけど、この特殊な状況を考えると、この国の。
でも同時にやっぱりそこに入ってそこにいるっていうことが目標だったわけではないんですよね。
そういうイメージだったから、革新に入るというイメージだったから、それを実現しただけですごい実現した気になってるけど。
でもよくよく冷静に考えてみれば、ある街に入るっていうことだけが人生の目的だったわけではないじゃないですか。
とにかく大きい目標だったんで、その10年分のことしか考えてなくて、今年で終わる10年のことっていうのはすごい考えてたんだけど、この10年間。
それ今年で終わってちゃんと目標を達成したんですよ。
そこに今立ってるときに、だから次の10年分を思い描く年ですね。
だから多分サバティカルが本当にちょっと必要なんだと思う。
私、あのときのこんなところに日本人に出たとき、まさにサバティカルだったんですよ。
1年間休暇を取って、次の一歩をエネルギーを蓄えて思い描く10年だったんですけど、その10年、こうして今今年、それの幕を閉じていますっていう中で、
じゃあ次の10年のビジョン・クエストっていう言葉を使いましょうか。
自分自身の言葉ではないけど、ビジョン・クエストっていうのはいい言葉だと思うんで、それを使いましょうか。
次の10年分のビジョン・クエストをするときが来たっていう気がしますね。
それで、その中に、それのここにヒントとして、この10年前のFacebookページにあるのは、
自分の中にいろんな要素があることは認めた上で、今私が語りたいストーリーはこれ、私が歌いたい歌はこんな歌、っていうのは結局他人任せにはできない。
自分で紡いでハッスル以外にないんだな、というのを改めて実感しましたよ。
人任せではダメだね。
私はここ1年ばかり、これは違うということにNOという訓練をしてきて、それはだいぶできるようになってきたと思う。
まず私にはその訓練が必要だったんだと思う。
でももうそれだけいくら続けてもつまらない。情熱に火がつかない。
これからはむしろこれだということにイエスを、自分のストーリーを自分で紡ぐということに集中していきたいと改めて思った。
この部分が大きなヒントです。
「YES」を広める社会への願い
そしてこの部分がヒントっていう時に、次の10年を考えた時には、私自身がそれを自分のために自分一人がそれをするっていうことだけじゃなくて、
そういう生き方、あり方、行動っていうのを周りの人に、若い人に、この国の人たちに広めていきたいっていう言葉がちょっと違うんだけど、紹介していきたい。
そういう生き方、NOっていうことを言えるようになる。
そこが入り口なんだけど、その入り口から入ってNOっていうことを言えるようになったら、そこでゴールじゃなくて、
じゃあこれだということにイエスを言って、それを口にして、それを行動で示していくっていうことができるように。
それはあまりまた大きい言葉とつなげたくないんだけど、つなげてしまうと、それが民主主義の第一歩だと思うし、平和な国を作っていくっていうための第一歩だと思うんですよ。
NOということにNOと言える。誰でもどんな人でもNOと思ったらNOって言う。
そしてこれが私にとってはイエスなんですっていうことを自信を持って表現する。
そのイエスを実際に行動に移していける、行動に移していけるっていう自信を持てる。
そういう社会が少しずつ少しずつ草の根の本当に普通の名もない一人一人の人っていうレベルから、
そういうあり方が、そういう一日が毎日が生活が広がっていったらいいなって思うんです。
広がっていったらっていうと、今それがここにないみたいに聞こえたら誤解で、その土壌が本当にあるんですよ。
それはここの国には、この街には、そういう側面も本当にあるんです。
なので、そっちにフォーカスしていくことで、あんな悲しい戦争はもう二度と起こらないようにっていうための一歩にできないかなっていう、そんな妄想を私は描いています。
過去との共演がもたらす気づき
今日は、2026年7月20日の秋子さんと、2026年7月20日の秋子さんの共演でした。
この頃のFacebookは、私結構メインSNSがFacebookだったので、この時代結構いいポストがある気がします。
声日記っていうものがなかったから、やってなかったから、何でも思いついたらFacebookにまずは投稿してましたからね。
このように過去のFacebookから発掘していくシリーズっていうのが、自分のためにすごく力になるっていうことがわかったので、これからもちょくちょくやっていきたいと思います。
はい、では以上です。聞いていただいてどうもありがとうございました。
ではまた今度。
25:08

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