2025/3/5
スレイマニアで美味しい屋台飯を直感と旅勘だけで発見し、自己肯定感爆上がりしているところに物乞いをお断りして憂うつになるの巻
ひつじのレバーとひつじのカバブ



こういうところで食べる

食後は隣の屋台にて薪で沸かしたお湯のチャイが美味い。
サマリー
このエピソードでは、スレイマニアの屋台で羊のカバブとレバー串焼きを楽しむ様子が描かれています。旅行者は道に迷いながらも、地元の美味しい料理に出会い、自己肯定感が高まる経験を語っています。また、物恋に関する複雑な心情についても触れています。
屋台での美味しい食事
こんばんは。3月5日、午後6時35分。
今日の恋日記です。スレイマニアの屋台のカバブ屋に来て、ご飯を食べながら撮っています。
これがね、うまい。本当においしい。羊のカバブ。
カバブっていうのは、このあたりでは、ひき肉のハンバーグみたいなものを串焼きにしたものをカバブと呼ぶんですよね。
それに他に、普通に肉をサイコロに切って焼いたものとかもあるんですけど、ここの店は羊なんですよ。
羊のレバーの串焼き。炭火焼き。これが本当にうまい。
本当に庶民的な屋台で、モロッコで言ったら、ジャマエル船広場みたいな感じです。
人がいっぱいいて賑やかで、客の9割男性ですけど、そんな中でもちょっと女性がいるお店というか屋台を選んで入りました。
ちょっと大きめの。お肉も新鮮そうだったので、ここを選びましたが、ちょっと感動するおいしさなので、正解ですね。
このレバーがあまりにもおいしいので、追加もう一本注文してきましたよ。串焼き。
これちょっと今焼きたてを食べますので、一旦止めます。おいしいです。
気温はiPhoneによれば12度あります。なので寒いけど、なんか食べてたりすれば我慢できないほどじゃないし、
ちょうどお花見の時のあたりの寒い日に、屋台とかでなんか食べたりする感じ、寒い寒いって言いながら、そんなのも思い出す感じで、ちょっと楽しいです。
今ね、自己肯定感爆上がりなんですよね。私はホテルから歩いてここまで、グーグルマップも開かずに、本能だけでこっちかと歩いて、30分ぐらい歩いてここにたどり着きました。
なんか食べようと思って、そのイフトアウルの時間になったら、なんか食べようと思って、5時ごろホテルを出て、
昨日のホテルの1階にある中華料理屋があまりにもおいしかったので、そこでもいいやって思っていたんですね。他のメニューも気になったので。
でもなんかまだ明るいし、ちょっと街を歩いてみようかなと、少し歩き始めたら楽しくなって、少し足を伸ばして、と言ってもホテルの前の道をまっすぐに進んできただけなんですけど、
まっすぐ進んで、ちょっと賑やかそうなご飯食べれそうなところがあったから、こっちって曲がって、月あたりにモスクがある近くにこの屋台を見つけましたね。
そして本当においしい。
レバーが食べたいなと思って、羊がね、店頭にぶら下がってるので、この店は羊の店なんだと。
なぜかどこかあたりだと、羊結構店で肉として売ってるんですけど、カバブ屋さんだと牛なんですよ。牛のカバブとか。
旅の楽しさと道のり
羊肉をカバブ屋さんで出しているのがあんまり見たことなくて、ここは羊のカバブなのでおいしそうと思って、しかも羊のレバーもあったらそれおいしいだろうなと思って。
それもモロッコあたりで覚えましたね。
ラマダンの2ヶ月ぐらい後に犠牲祭という、また別のイスラム教徒のお祭りがあるんですけど、
その時に犠牲祭だから、なんて言うんですか、羊や牛などをほふって、ほふってっていうのは首の経動脈をお祈りを言いながら、
捕撮するやり方で、イスラム教で許されたやり方があるんですけど、そうやって各家庭で羊を買ってきて、
それでお祭りの日になったら、肉屋さんを呼んで家に来てもらったりすることもあるんだけど、お家で羊を捕撮して、その場でみんなで解体をしたりして、
新鮮なレバーをまず一番初めに食べるんですよね。新鮮なレバーを。それが本当においしかったのを覚えていて、この店の羊のレバーは絶対おいしいに違いないと思って食べたら本当においしかったです。
ので2本食べました。それとカバボー1本。羊のレバーってなんていうかわからなかったからグーグルトランスレートで翻訳して、店のおじさんに見せたら、店のおじさんなんかないみたいなふうにして、いやいやみたいなふうにして首を振ったので、ないのかなって思ったら、多分字が読めなかった。
近くの席に座っていたちょっとインテリそうなおじさんが、俺に任せろって言って見てくれた。これね、何が私が食べたいかわかってくれて伝えてくれました。
このね、やっぱりグーグルマップとかでどこにでも行くときつい開けちゃいますし、あとグーグルマップ以外にも検索してどのレストランに行こうとか事前に調べておいしいレストランとかつい調べちゃうんですけど、
あえてそれをしない旅感が出ますね。昔の旅。深夜特急みたいな。インターネットなき時代の旅。で、本のだけでこっちかって言って街を歩く。
で、その時にちょうどいい感じに警戒心と好奇心が両方湧いてくるんですけど、そのいい感じのバランスをとって適度な警戒心と適度な好奇心のちょうどその間のあたりを歩きながらさらにアンテナを働かせて
街に行ったらなんかありそうだぞみたいなアンテナを働かせて街をさまようっていうのを久しぶりにしましたけど、これはやっぱりちょっと時々やって鍛えておかなきゃならない能力な気がしますね。
それで、完全には錆びついてなくて、その久しぶりに使ったその能力を働かせて30分も歩いてきたらこんなおいしい食べ物にありつくなんて私もまだまだ捨てたもんじゃないなみたいな風に自己肯定感が爆上がりしております。
物恋の複雑な気持ち
そしてお腹も満たされて幸せです。
このまままた隣の屋台に移動して、なんか薪で炊いたお湯で作ったお茶みたいの売っている屋台もいっぱいあって、なんか多分薪でお湯を沸かすとお湯が柔らかくなるんでしょうね。
なんかおいしいんですよ。
夜間に入ってるから薪で炊いてもあんまり変わんない気がするんだけど、別に肉を焼いてるのとかと違ってスモーキーな煙が香りがつくわけではないんだけど、なぜか夜間に入ってるお湯も薪で沸かしてそれでお茶を入れると、なぜかひと味違うんですよね。
そんなお茶を隣の店で飲もうかと思います。
それかここに持ってきてくれるのかな、そのお茶。
これはね、ほんとにちょっとした掘り出し物ですね。
で、またでもこれで場所を覚えておいて、誰かに教えて。
今ね、物恋の女性が来ました。
なぜかこの町は女性の物恋が多い。
昨日から。
ドホークでもいますけどね。
ここの方が多いですね。
なんでだろう。
貧しいのかな。
あれかな。
どっか違うところから来てる人たちなのかな。
ちょっとよくわかんない。
誰かに聞いてみます。
何の話だっけ。
物恋は断りました。
さっきね、道を歩いている途中では、お年寄りの車椅子に座り込んでうなずかれてる人がいたから、
その人はちょっと大丈夫かなと思って近寄って行ったら、
具合が悪いとかではなくて、でもその方も物恋だったので、
その方にはお金をあげたんですけど、
今、レストランとかで座っている時に来る物恋の人は、
結構はっきりとお断りすることが多いですね。
はい、何の話だっけ。
ちょっと自己肯定感が上がっている話をしながら、物恋を断ったりしているので、
またちょっと複雑な気持ちになって、
あんまり気持ちのいいものではないですからね、物恋を断るっていうのは。
でもこれは私が気持ちいいものではないっていうことで、
物恋の人を恨むのは違うんですよね。
特に今ラマダンなので、
施しをするというのはイスラム教徒にとっては大切な義務の一つになっています。
施しを受けないと生活をできない人が施しを求めてくるということ自体を、
否定しないようにしたいと思っているんだけど、
それをこちらはこちらで断る時は断る。
それは私が断りたいから断ったのであって、
相手の人に対しても、そんなことを私に頼んできたということ自体に対して、
何かネガティブな思いを持ったりしないようにしようというふうに思っていますが、
やっぱりこうやって声日記を取っている間に物恋が来て、
それを断るというのはちょっと、なかなかに複雑な気持ちにはなりましたね。
まあ、もしかしたら貴重な音声なので、
多分そのままアップしたいと思いますが。
なのでちょっとさっきの自己肯定感が上がってた気持ちは風船のようにしぼんでしまいましたが、
また街を歩きながら、いろいろなものを警戒心と好奇心の間の綱渡りのようにして、
街を歩いていけばまた気分も切り替わるでしょう。
はい、では今日の声日記は以上にします。
聞いていただいてどうもありがとうございました。
ではまた今度。
15:09
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