第24回は、ひとつの本をみんなで読んで、おしゃべりする読書回です。
今回取り上げた本は、ハン・ガンさんの「すべての、白いものたちの」です。
姉がわたしの生を生きたとしたら。朝鮮半島での暮らしとワルシャワの訪問を通して、自身の生やこれまでの体験、かつて一度生きた姉の存在を見つめ直す。
それぞれが、ひとりで読んでも分からなかったことや、もっと知りたかったこと、誰かと一緒に考えたかったことをおしゃべりしました。
みなさんも、ぜひ本書をご一読してから聞いてみてください!
★毎週月曜日 夕方5時に配信しています★
【メンバー】
わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。
ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。
つかだ:ひかるの会社の先輩。ゆいこの塾の友だち。つかだくんと呼ばれているけど、みんなと仲がいいつもり。本が好き。
ゆいこ:みんなの友だち。ラジオやポッドキャストが好き。小学生からくるりを聴いているカルチャー修行経験者。
かしま:ゆいこの幼馴染。IN YOU RADIOのサムネイルをデザインしたデザイナー。年300日料理する。
【おたよりフォーム】
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00:03
【読書回】
引用ラジオ
小説や映画、ドラマや絵本など、一生で出会った言葉たち
心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
【読書回】
【読書回】
高校3年生が結構居そうだよね
キャパシティー問題だろ、それから
しかし、換算機にキャパシティーはあったらしょうがない
えー、ドライバーになれる
ドライバーになる、でいいだろ
ドライバーのスタート地点にね
また非ドライバーってことだもんね
非ドライバー、無免許者だった
皆の進路変更のタイミングとかめっちゃ見てるから
あーーー
この間も一緒に仙台、ゆい子と行って
女性変更話だよ
今の女性変更したのは
カリアの話とかわかんない
タイミングとかも見るよね
30歳系とか
高校こういう理由で今は
女性変更したのとかすごい聞いて
あ、そうめっちゃ聞いてた
怖いよ
もう一人友達がいて外町が運転してくれてたんだけど
03:03
外町が車制変更するたびに理由を聞いて
めんどくせえ
めんどくせえ
しばらく行ったら左に曲がるから
左車線に移動したの
そりゃそうやろ
めんどくさいな
ドライバーになるということはきっとこういうことなんだね
すごい無心心に向き合ってる
こんなにも真摯すぎるじゃん
真面目だな
私ノート作ってるの
え?ノート?
学科の試験へ向かうために
ノート?
自作のノート作ってる
なぜそれが中高生の時にできなかったのか
確かに知ってるね
違くて
記憶力が低下してるんです
それすごい感じてて
覚えらんない
周り高校生ばっかりいて
客船メンバーの
試験慣れしてた
効果確定の話したときに
勉強しましたか?みたいな
会話して
高校生たちと
高校生と会話してて
高校生は結構
動画一回見ただけで
行きましたよって言われて
全然行けないわけよ
30手前にもなると
落ちてるんだなと思って
記憶力が
嫌だね
そういう感じで知るのがちょっと嫌だ
めっちゃ勉強する
でも高校生めっちゃ可愛い
一緒に
私一回仮面落ちたのね
S字クランク落ちて
一緒に再試験になった
女の子がいて
その子は
別に間違え
特にS字とかひっかかんなかったんだけど
一時不停止で
一発アウト
それ以外は特に問題ないっていう子で
再試験だったから
絶対に止まる
絶対に今日は止まります
みたいな隣で言ってて
超可愛いね
その時点で
私この指のところに
止まるって書いていいと思いますか?
めっちゃ可愛いよね
めっちゃ可愛い
大丈夫じゃない?って言って
書いててペンで
ハンドル握るシミュレーションして
ここじゃ隠れちゃうとか言って
しかもよく考えたら
この後学科だから
カンニングって間違えられますかね?
みたいに言われて
確かにそうかもね
言ったら
じゃあ私手洗ってきます!
とか言って
風呂入って落としてきてて
めっちゃ可愛いみたいな
高校生可愛いって
なってます今の
純粋だね
純粋だよね
久しぶりにそういう
ピュアなものに触れた気がする
でも
考え深いな
ヒカルが免許ですよ
親?
そんなんかな?
誰なんだ?
確かに私も考え深い
ここまで
考え深いんだ
ここまでずっと
取らない人生って思ってたから
なるほどね
斜線変更したわけだ
そう
開けた
進路変更
そう
で、しかも私はなんか
私のような運動神経のないものは
06:02
免許は持ってはいけないって思ってた
でも
意外と
現在みたい
まだ分かんないね
まだ返答したほうがいい
でもなんかすごい
こんな短期間で何かが
急にできるようになることってないじゃん
ないね
そうね
分かりやすくできないことが
積み重ねるのね
しかも移動ができるって
私
この間彼氏に言われたんだけど
ヒカルは今
交通手段通うしかないもんね
って言われて
電車もあるやん
電車もあるんだけど
運動神経悪すぎて
ループとか全部休憩してんのね
ループでは免許ないと乗れないでしょ
乗れるんだけど
一回めっちゃぶっこけたことあるから
怖くて乗れなくて
自転車は?
自転車も結構怖い
そうだから逃走しかないのね
じゃあ逃走か
それが車が増えるってなると
結構デカいな
だいぶすっ飛ばしてるね
自転車もぶっ飛ばしていきなり
でも教えてもらえるってのは
デカいね
ちゃんと
自転車とか
でもちょっと守られてるからさ
車というものに
自分はね
守りであり
攻撃であり
狂気ではない
じゃあちょっと一回あれだね
光るドライバー界もちょっと
なるやん
車を停止しながら
マジで喋れないと思う私は
でもなんかさ
旅行とか行って
ちょっとこう
道が広めで車少なめなところに
行ってちょっと
運転の練習をしてみると
いいね
練習したいです
やろうやろう
車乗ってみるか
お願いしよう
はい
塚田君じゃあ
この話した後
ワンチューワン
そういうとその
めちゃめちゃ光るでも走れる
光るでもというか
初心者で走れる道が
うちの前にあって
えー
あれね
すごいまっすぐじゃん
あー確かに
家の前が
あのー
公衆街道の方から
良木公園の方に抜けるところ
公衆街道が怖いけどね
車多いからね
狭い
あそこってそんな
なんでこんなに
2車線ずつまっすぐなんだろう
ずっと気になってて
でさっき本読んでたら
あそこは
良木公園が元々
陸軍の練習場だから
戦車が通れるように
直線で広くしてるんだって
マジで
本当に本当に
直線で戦車通れるようになって
でなんか手の具合で
最近その街とか
道の歴史が気になって
本を読んだり
しております
すごくまっすぐ
私の領域だね
お呼びですか
まっすぐな道ってさ
そうやって人工的に
作られない限りないじゃん
着物道とかももちろん
09:02
日本にいくつか
あって海外にももちろんだけど
そういうところで整備されて
土地価格整備されて
作られたものじゃん
よく
あの
ブラタモリ好きの人は
よく聞いたことあるけど
豊臣秀吉が治めた場所は
直線が多いみたいな
対抗県政とか
もうとにかくそこにこだわってるんだから
直線にこだわってるから
まっすぐな道ある
東京はあんまりないけど
愛知とか大阪とか
そっち行くと多いみたいな
聞いたことある
確かにそれはあるかも
自分の専門領域
なんですけど
その
ポチーズみたいなのって
アプリでも入手できる
それを
持っているんだけど
私は学生時代に
登録して
めっちゃこの道変だな
みたいなのを見ると
その道が1970年代とか
45年代とか20年代とか
ちょっとずつ遡ってると
何年にできた道なのか
その道の周囲に何が
あるのかを探せると
めっちゃなんで
その道がその形になるのか
分かって楽しい
俺は赤色立体地図みんな大好きで
高低差が
赤と白の比べると
あれ見てもさ
ここに過岸断朽があるから
まっすぐな道作ってあるのとか
大阪になってるのかな
一人でやってるの
そのアプリは
結構ハイテクなので
高低差わかる地図に
昔の地図を載せたりとか
オーバーレイいっぱいできるから
たまんないね
それもいずれ
引用するかもしれないですけど
下北沢が
いわゆるカルチャーの街とか
演劇が多かったとか
っていうのはロジが多いからだ
っていう
ロジが多くて
開発が進んでない
途中でそんなに
上がらなかったけんが
売れない
何かを
なりわいにしてる
売れないけど何かをなりわいにしてる人たちが
集まって来やすかった
異常だもん
よく車でインクしたりすると
下北って車めっちゃ止めにくい
巻き込むだよね
東北沢とか
田柏通りとか
世田谷通りも
すごい走りやすい
あの区画だけ
内側に入れないように
前提としてもともと沢だったから
鎌倉坂みたいな
鎌倉通り
みたいな感じです
いいですね
いいね
私は
最近あるから
仕事が忙しくて
ようやく
一段落して
12:03
家具をとにかく
家を整える作業を
ひたすらして
めっちゃ楽しい
で
この間言ったさ
キッチンに置く
作業台
手に入らなかったけど
家に手に入ったんだけど
買えて
ちょうどいいのが来て
あと有効ボードとか
つけて
収納が少ないから
活用しなきゃいけない
広めのワンルームなんだけど
デスクと
ワーキングデスクと
テーブルどっちも置きたいなと
分かる
みんな来た時に
テーブルに集まれるような
仕事用の机も欲しいな
と思ってた時に
うちの会社が
重機の整理とか
廃棄するものが
いっぱい出てる
ソファーとか
他の会社と比べたら悪いかもしれないけど
古くなってきて
ソファーとか捨ててる
ソファー汚いから
そこで夜を明かして
寝たりしてるから
こってことしてる
触らなくても
近づくだけで手に匂い付く
やだ
机の
センサーがずっと働いてる
影探してる時に
1週間くらい
編集室を歩いた時に
広めの編集室
こっち側で見たら
この机めっちゃいいんだよな
メーカーとか喋って
中古で売ってたら買おうと
喋ったら
3日前くらいに廃棄って
貼られて
おいおいおい待てよ
あれは貰うしかねえぞ
それで編集室のオサニー
結構仲いいから
あれ付けて
家持って帰ったよ
120㎝
130㎝
許可取ったから
持って帰ると思ったら
仲いい
中国から来た
友達がいる
私はこれが欲しいんです
コーヒーテーブル
これ欲しい
先輩にこれも貰っていいですか
いいよ
2人で深夜に
レンタカー
1時くらいに
お喋りしながら
すごい楽しかった
家まで届けて
仕事場で使ってたテーブルが
お家に来てくる
しかもそれが深夜に
運ばれていく感じ
めっちゃ良かった
15:00
楽しかった
良いな
深夜に物を運ぶ
深夜に物を運ぶって夢がある
夢あるけど
怪しい
毎回思う
引っ越しも自分でやってた
深夜の方がタイム遣って
深夜パックで安い
深夜に借りたいんだけど
怪しすぎて
あれにどうなるのか
ヨニゲか死体埋めるか
そういう夢がある
っていう夢
最近ですけど
週はちょっと短めですけど
今
3月で
今月
ヒカルともう一人の友達と
韓国旅行するんですよ
マジでいいの
韓国旅行の
予定を
めっちゃ組んでる
色んな所調べてて
韓国
渡辺もこの間行ってたけどさ
韓国行ったことある友達
って何人かいて
情報を聞くと
えげつない量の
情報が集まってきて
集まってきて
3回行ったことあるから
3回の時に作った
グルメとか
カシマンも行ったことある
カシマンもすごくオススメ
リピートしてる人が多くて
近いしね
情報が厚くてさ
本とかもすごい貸してもらったりとかして
なんか今
韓国の情報の海の中に
大会に呼ばれて
いる
400スポットくらい
渋谷より詳しいでしょ
選べない
しかもさあれグーグルマップあんま使えないの知ってる?
移動の時はネイバーで
あったけど
もう本当に今韓国情報に
飲み込まれてるよね
リウムよかったよリウム
リウムは行きたい
ちょうどこのタイミングで
ハナコって雑誌あるじゃん
ハナコが韓国特集を
見てみたら
なんかすごい
いいまとめ方してるなって
買っちゃって
自らを
溺れる
今ね
収束させたいって言ってるのに
増やし続けている
でたぶん次誰かが韓国行くってなったら
その膨大な情報が受け継がれる
塊魂
韓国語の本とかもね
借りたいもん
韓国語の
ハングルの
ちょっとした
旅行用の
ちょっと半使いたいね
夏も持っちゃって
間に合わないよね
勉強していかないと
ソウルだね
ソウルだけで散歩旅行
ソウルで散歩旅行
行ったら結構いろんなとこ行けるよ
何も聞かないから
行こうとかいろいろ考えたんだけど
18:01
微妙で散歩旅行っていうのが
散歩旅行と言いつつ
1日目も午後に
午後1ぐらいについて
最終日も
3時ぐらいの飛行機だから
散歩があるけどそんな長くない
半顔いきなり半顔
川があるからね
ソウルの南でっかい川
あれすごいよ
うっそーとしてて川岸の
すごい豊かな川だから
今寒いからちょっと枯れてるかもしれないけど
ちょんげちょんっていう川が
めちゃ綺麗
すごいな
初めて韓国に来たくなった
見たことなくて
オセロ的には
4分の3
何も動かない
オセロ的には
確かに
系列してない
オセロ的には無理だった
ということで
実は今回
韓国
去年
2023年
何年?
あの
ノーベル?
ノーベル文学賞を受賞された
韓国の
作家のハンガーンさんの
本を
今日特別会として
読書会にしましょう
試みだよね
多分初めてから
半年経つんで
いろんなバリエーションも作っていきたいな
と思ったんで
ボンターメが崩れてる
ボンターメが
箱から放出されてしまいました
入れてきた
いろんな試みをしたいなと思って
いるので
ハンガーンさんのすべての白いものたちの
という本を
川手文庫で
みんなで読んできました
2回にわたって2人ずつ
心に残った
場所を
話していこうというわけなんですけれども
どんな本かといいますと
ぜひ皆さんに本賞を手に取っていただきたいんですけど
翻訳家が
斉藤麻里子さん
僕も大好きで
いろんなエッセイとか
斉藤さんが訳した本
なんたらすか読んでるんですけど
斉藤さんが最後に翻訳した後に
補足を入れていて
すべての白いものたちの絵の補足
というのがあって
そこに書かれているその構成
について
読みます
次に本書の内容について補足する
本書は
1.私 2.彼女
3.すべての白いものたちの
という3章構成となっている
1章では私が
生まれて間もなく死んだ姉について語り
今あなたに私が白いものをあげるから
と呼びかけて
姉に自分の人生を手渡す
ここで世界が転換する
そして著者は
この転換と章の構成の秘密について
21:02
教えてくれた
2章でワルシャワの街を歩き
そこで見た白いものについて語るのは
私から命を譲り受けた
彼女
なのだ
著者の教えに基づいて解釈するなら
1章は現実であるが2章は私から彼女への
性の譲渡が成就した段階なので
現世であって現世ではない
現世でない
そこでは姉が私を生きている
または私が姉によって再び生きられている
とも言える
そして3章では再び叙述の主体が
私の目に戻る
姉と自分の性が
両立することは不可能であると悟った
私はソウルへ戻って姉に
積別の挨拶を送る儀式を行う
亡き母に贈る遺書を焼くことが儀式である
そして私は
彼女が最後に吐き出した息を
思い切り胸に吸い込みながら再びこの
姉の性を生きていくことを誓う
そういう内容なんですよ
ちなみにこの
すべての白い者たちの
というタイトル
補訳は斉藤さんの
威厄でありまして
三眼さんの
作家の言葉
いわゆる後書みたいな
暗黒みたいなところに
私の母国語で白い色を
表す言葉に
ハヤンとヒンがある
綿飴のようにひたすら清潔な白
ハヤンとは違い
ヒンは生と死の寂しさを
子供も讃えたい色である
私が書きたかったのは
ヒンについての本だった
これがすごい重要な
ところだなってすごい思ってるんですよ
こういう解説がなくても
ふしぶしでそういう
なんか量儀性とか
なんかひき子もも
たたえている
色である
いしろというのが強調されている本
というわけでじゃあゆい子から
いきますか
何か心に残ったところ
付箋を貼ったところ
みんな結構
付箋を貼りながら読んだと思うんですけど
私がじゃあまず
印象に残ったところ
みたいな感じになっちゃうかな
第一章
私の中の
光ある方へ
39ページ
これは
この私という
章は
さっき渡るから説明あったように
ハンガンさんが自分の話を
自分の視点で書いている
ところなんですが
この都市
どう説明するんだろう
この私
という章でハンガンさんは
ワルシャワに子供と
二人でしばらく
過ごしに行く
休憩しに行くみたいな感じ
なんですけど
そこで
24:00
その都市で
ユダヤ人が
ゲットで死んだ5歳の
兄の魂とともに私はずっと生きてきた
と主張する男性の実話を
読んだというところから始まる章
なんですが
その男性は
ベルギー人の
家庭の養子に入ったので
ワルシャワの言語は
全く理解できずに
自分に兄がいたことも知らなかったけど
ずっと
5歳の
男の子の魂とともに
生きていると思い続けていて
ある時
自分の家族誌を知って
17歳の頃に
その自分を訪ねてくる
魂を理解するために
彼はこの国の言語
ワルシャワの言語を
学び始めた
そうすると
幼い兄が今も恐怖におののえていることを
知って
軍に逮捕される直前に叫んだ
恐怖に包まれたいくつかの言葉を繰り返していたと
知った
この話が
実話であるのかどうかは
わからないけれども
彼が言っていることが
本当であるかどうかはわからないけれども
嘘とは思えなかった
ところで
ファンガンさんは
彼女には
姉と兄がいたんだけれども
2人とも
嵩山で生まれてきて
生まれて数時間とか
生まれてすぐに亡くなってしまった
なので彼女は
兄弟に会ったことがないんだけれども
亡くなったお姉さんと
お兄さんの話を母親からずっと聞いていた
5歳の男の子の魂と
生き続けているという
男性の話を聞いたときに
ここからがいいようなんですが
生まれて2時間生きていたという
母の初めての赤ちゃんが
もし時折私を訪ねてきて
一緒にいたことがあったとしても
私は気づかなかったのだろうと
その子には言葉を覚える時間が
なかったのだから
1時間は目が開いていて
母の方を見つめたというけれど
まだ視神経も働いていなかったのだから
母の顔を見ることはできなかったはずだ
けれども声だけは聞こえたのだろう
死なないで死なないでお願い
理解できないその言葉が
その子が聞いた唯一の音声だったはずだ
だから
そうだとも違うとも言えないのだ
その子が時々私のところへ
来ていたかどうかについては
私の額や目のあたりで
しばらく漂っていなかったかどうか
幼い頃に私がふと覚えた感覚や
漠然とした思いの中に
知らず知らずのうちにその子から
譲り受けたものがあったのかどうか
薄暗い部屋に横たわって
寒さを感じる瞬間は誰にでも
訪れるのだから
死なないでお願い
27:00
解学できない愛と苦痛の声に向かって
この白い光と太陽のある方へ向かって
闇の中で私もまた
そのように目を開けて
声のする方を見つめていたのかもしれなかった
ちょっと長いんですけど
なんか
その
さっき渡る側言ってたけど
この本は
私半岸さんが
2章で亡くなった
お姉さんに自分の体を
貸してあげる
で
自分の体を通してお姉さんが
もう一回生き直す
みたいな
構成だっていう話あったけど
なんか自分の
周りに
亡くなった人が
漂っていったとして
なんか
それに気づいてあげれてなかったかもしれない
みたいな感覚
初めて
で
確かに
なんかすごい
尊い施設だな
と思ったんだよね
確かに
まだ言葉が分からない
自分の中にとか
自分の周りに居なかったとは
言い切れないって
気づく瞬間の
話で
これちょっと難しいけど
めちゃめちゃ
なんか
自分の
亡くなった家族とかのことを
思い出したりとか
する説
でした
すごくそこは僕も印象的で
後で話すところにも
あるんですけど
なんか悲願って言葉とかさ
あの世って言葉があるから
今いるところと
死者の世界って分かれているように見えるけど
実はそれがオーバーラップしているところに
いるというか
それって結構驚きというか
発見だよね
なんか
何だっけ
ネットで
見つけたんだけど
覚えているものがあって
正確に読みましょう
もし今私たちの知らない遠く離れた
土地の誰もいない森で
一本の木が倒れたとする
その際にその木は音を出して
倒れたのかみたいな
問いをアイルランドの哲学者
ジョージバークリーが
言ったと
要は誰も目撃しなかったり
誰も聞かなかった音っては
存在するのかみたいな問いがあって
もちろん
サイエンス的には存在するんだけど
誰も聞かなかった音は
存在するか
前の長井さんの
話で
見逃してしまったら無いものにされる
30:00
みたいなことがあって
こうやって
言葉を学ぶ時間ももちろんなく
目でその光を
目視も
網膜に
映すこともできなかった赤子が
存在
本人が自分で
存在した
例えばこの
すごい
ゲットで亡くなった
5歳の兄
亡くなる瞬間というのは
すごい苦痛なものだったけれども
その言葉が残っているということで
その言葉を辿るということが
存在証明になったんだけども
ハンガンの
ハンガンさんの姉は
言葉すら獲得できず
光さえも見れなかった
だけど存在を
証明するにはどうしたらいいか
ということな気がしたんだよね
どうやって
存在を証明したらいいのか
という
問いをここで
持ち上げているところなんだなと思って
それがあれだよね
まさに
書くっていうことを
想像して書くという
ハンガンさんの試みもそうだし
もっと言えば実は
母からの言葉っていうのもあるよね
そうだね
結構ね
母からの言葉をどう受け取るかっていうのは
結構デリケートに
ハンガンさん解釈して
書いているのかなという感じはしたけど
なんか
これ
やっぱすごいなと思ったんだけど
これって母親
母親しか
経験できない
うん
そのなんか
自分の
体内から生まれた命が
自分以外に
誰にも気づかれずに
自分の言葉しか聞かずに
なんか死んでいくみたいな
その
言い方がめちゃくちゃ難しいけど
なんかもう
実際本当にあったのかどうかって
その時間が
それなんか自分しかわからないもの
それって
めちゃ
神秘というか
本当にあったのかどうかわからない
2時間みたいな
話で
母の神秘性みたいなのは
この書の中にはあるなと
すごい重要なところだよね
これは
今のは結構たぶん
本的にもこの本の中でも
すごく重要な
33:02
説とか
転換の説かな
と思っていて
でもう一個
もう一個は
これも一章から
うん
なんだけど
43ページ
じゃあ2説
読みますけど
父
22歳になった女が一人で部屋に寝ている
初霜がまだ
溶けない土曜日の朝
25歳の夫は
昨日生まれた赤ん坊を埋葬しに
スコップを持って裏山へ行った
女の目は腫れていて
よく開かない
体のあちこちの関節が腫れ上がって
指の節々がヒリヒリする
一瞬
彼女は初めて胸に変化を感じ
体を起こして座り
ぎこちなく父を絞る
それは最初のうちは水っぽく
黄色がかっているが
やがて真っ白な父が流れ出てくる
その次が彼女
という節例
その子が生き延びて
その父を飲んだとしたらと考える
懸命に息をして
唇を動かし
父を飲んだとしたら
父離れしお粥を食べ
次にご飯を食べて成長していく
やがて一人の女になってから
もう何度となく
危機を迎え
しかしその度に生き延びたとしたらと考える
父がその都度
彼女を避けて迂回していたら
または彼女が死を振り切って
前へ進んでいたらと考える
死なないで
死なないでお願い
その言葉がお守りとなり
彼女の体に宿り
このおかげで私ではなく彼女が
ここへやってくることを考える
不思議なほど近く思える
近しく思える
自分のせいにも死にもよく似ている
この年
という2節
これも
めっちゃ母親の
母親
母じゃないとできない
みたいな
死なないで死なないで
お願いのところは
どうでもいいんですけど
めっちゃハリーポッターじゃんって
思っちゃって
ハリーポッターも
家族全員殺されかけたときに
母親の
この子だけは
殺さないでみたいな
母の強い愛が彼を守って
彼だけが生き延びる
みたいな話
全部を通して一貫している
母の
愛みたいな
父親じゃなくて
母親が
自分
なんていうの
この子だけは全てから守りたいみたいな
36:02
母親の愛によって
守られる
みたいな
のがあるんだけど
それって結構よくある
よくある母の愛の
力みたいな
これは
母親が
死なないで
死なないでお願いっていう
お守りを投げかけるんだけども
それが
むなしく
そのまま
消えていくみたいな
すごい
悲しいし
すごい
やるせないというか
むなしいな
と思いながらも
確かにこれを読んでいるときに
ずっと
白色的な
オーラを
感じるじゃないけど
すごい悲しい
悲しいけど黒ではないみたいな
色味を感じる
なあと思って
いました
無垢な
思いというか無垢な愛というか
なんかその
父が出るみたいなことも
父材を
際立たせるんだと思って
それはいい気持ちになるんだけど
なんかさその
えっと
父が出るということがやっぱり
子供を育てるための
反応だし
とても必要不可欠なことなんだけど
でも赤ちゃんは
亡くなっているっていう
そのなんか
矛盾というか噛み合わなさみたいな
ことがすごいつらいなと思ってて
亡くなった人を思うことって
そういうことだなと思うんだよね
なんかあるのにその人はいないみたいな
そういうことって
本当にいっぱいあって
俺もおじいちゃん亡くなって
実家に帰るといろんなものを見て思い出した
ことがあって
おじいちゃん最後
ご飯食べられなくなったから
コップで飲めなくなったから
水飲みっていうさ
急須のちょっと小さいやつみたいなやつで
お水入れたりオレンジジュース入れたり
飲ませてたんだけど
だから母はそれを捨てずに
キッチンの上の方に置いていってた
それたまたま見かけてこの間
家帰った時に
あらゆるものを思い出すわけで
その人と一緒にあったものが
その人はいなくなるけど
ものは残るみたいな
赤ちゃんはいなくなったけど父は出るみたいな
なんか不在
なんていうのかな
避けられなかった不在の
残されたものみたいな感じがして
エクニカオリさんの
不在の存在よりも濃い気配を作る
っていう言葉を
残してて
それすごい思い出した私も
39:05
最後も結構好きというか
この本自体に
めちゃくちゃ広がりを
作っているとか厚みを
作っているのはやっぱり
自分の考えていることとか
経験と
姉の魂の話
を
都市に広げていくみたいな
自分の状況が
この街に似ているって
自分の姉が
この街に似ているって
広げていくのにすごい
深みを出しているよね
ワルシャワという場所が
この本の中では
爆撃をされて
不在があることによって
立ち上がってきた新しいものだったり
するとか
ポーランドってさ
第二次世界大戦の一番先に
進行されて
ドイツに焼き払われてさ
爆撃され尽くして
何もなくなった
一度死んだ街みたいな表現もあったけど
一回無きものに
されたみたいな
ポーランドって歴史的にもっと前から
ポーランド分割っていうのが
世界史になったりとか
そこってすごい民族の回路
だから
いろんな大国の論理で
分割されたり
征服されたりしてるから
それに対して
戻るっていうDNAがあるみたいな
立ち上がり直す
ワルシャワ法旗とかも
行ったことあるんですけど
ここに出てくるワルシャワの客物とかも
行ったんですけど
窓でインスタとか見せるんですけど
ポーランド国旗が
白赤なんだけど
それがすごく
軍服とかにつけてたやつを
バーっていっぱい
並べてる展示があって
すごく印象的だった
赤は血なんだよね
血なんだ
共産党とかも
死で勝ち取ったから赤なんだけど
それと同じような
反抗するとか
対抗するのの赤
がまさに白の上に
あって
その白はなんだっけな
ちょっと正確に
回答したいので
後で言いたいです
塚田君はどうですか
同じ中で
言っちゃう
今の
さっきの教会の話で
僕は
P87
息
42:26
私たちの生命が
確かな形をとって
ほのじろく極空に広がっていくという奇跡
っていう
比較的短いところなんですけど
僕が思ったのは
私たち
彼女の性って基本的に
主語は彼女
っていう三人称で語られてたりするんですけど
ここに関しては私たち
っていうところで
おそらく
ここに関しては
私と彼女
っていうのは同期している
ところで
この後で教会っていう
章があってそこで
なんだろうな
後書きにも確かあったかなと思うんだけど
結構その
実は彼女っていうのが亡くなったので
自分の性の世界ではない
空想というか
ある種の世界ってことだったって方が語られてるんだけど
さっき
B子が言ってたみたいな
実は生きてる人と
生きてない人っていうのは
重なり合っていて
それが同じ空気を吸い込んでいったり
排気出してるっていう
その境界が浸食されてるところが
この生きてるところになったりするのかな
っていうのと
実はこのパートで彼女っていうパートで
もう一箇所だけ私たちって言われてるところがあって
見落とした可能性はあるけど
それがP67
波っていう
これは
これは表現としても
非常に素敵で
遠くで水面が立ち上がる
そこから冬の海が走ってくる
もっと近くへ
もっと力強く迫ってくる
最大限に高くそそり立った瞬間
波は真っ白に砕け散る
海が粉々に割れ
砂浜を滑ってきて
また後方へと退く
っていう
これはもう表現として
波の表現として
僕が生まれてきた中で
すごい素敵な表現だな
っていう風に思ったけど
ここも実は境界の話をしていて
陸と
次の今日がまさに陸と水が出会う
その境界たちって話だけど
ここも
この章でも私たちって
言ってるんですよね
私たちのせいもせいに過ぎない
切ない過ぎないという事実がリアルに迫ってくる
っていうのが
彼女っていう印象は使わずに言われていて
なんかその境界というものを
どう浸食するかというか
混ざり合わせるかという事を
息というところと波というところでは
美しい表現で言っているなと思って
個人的には印象的でした
45:15
なんか
さっきのゆい子が
言い直してくれた
5歳の子の話だったというところ
で
その子の言葉を
その時に言っていたかもしれない
あるいは言っていなかったかもしれない
言葉を
自ら口に出して話してみる
みたいなこと
今は存在しない
生としてはこの世に存在しない
けれども自分の中に
語りかけてくる言葉を
翻訳してみる
発話してみる
音として出してみるみたいなことで
境界を
自分では否定したいんだけど
他者によって
強制されている
境界みたいなもの
いやあの人は死んだんだ
とか
いやもういないんだと
見えないとか聞こえないとか
他者によって
押し付けられる境界みたいなものに
抗う
そういうのを感じるんだよね
海と陸の境界とは
何なのか
そこに
波打ち際に自分が立ったときに
どこが海で
どこが陸なのかが分からなくなること
飛行機乗ってたりとか
遠くから眺めていると
それは明快に見えるんだけど
波打ち際に立った
瞬間にそれが分からなくなったり
することもあるし
どこが生きていることなのか
どこが死んでしまった
その瞬間なのかっていうのは
多分本人にも分からない
亡くなる本人にも分からなければ
その死のとこに
立つ人に
それは本当は分からない
そこもそうだね
まさにそこの間に立つこととか
僕はこの本の主題に近いというか
迫るということが
ここのことを書くことで
後ろについて書くことで
やっているのかなという風に
思ったですね
前編通して
垣間見えるところだけど
半顔さんの中に
お姉さんが生まれて
今も生きていたら
もしかしたら
私は生まれていなかったかもしれない
という思いが結構
根底にあって
そういう意味での
自分も死というか
生ではない側に
立ち得たみたいなところの
教会という
48:00
二義性も
ある気がしながら
すごい読んでました
なんか
波って平行して
その教会がさ
揺らぎがあるけど
半顔さんの生が
感覚的には
死の上に
姉とか兄の死の上に
自分の生があるみたいな
感じで
なんかそれって
なんか
死んだから
生があるみたいな
感覚でそこの教会が
縦的な意味での教会が
今になってくるみたいな
感覚なのかなと
なんかうちの母が
長女なんだけどお姉ちゃんで
弟が俺のおじさんが弟なんだけど
うちの母が生まれる前に
一人子供がいたんだけど
リュウザン氏水子さんがいた
っていう話聞いたことあって
ちっちゃい頃に結構びっくりしたんだよね
子供が聞いたこと
うちの母が姉じゃなかった
みたいなことを
うちの母が
生まれた後に一人いたんだけど
亡くなったみたいな
なんかすごい
不思議な感想になった気がして
なんか
なんだろう
うちの
自分自身から母を
見ると
その時だったら50代とか40代だったと思うんだけど
この人と
同じような年齢の
存在を想像した
母と
おじの間にいた人を想像するとすると
でも亡くなっててさ
リュウザンだったら呼ばれて
すぐ亡くなったりしてる
その人は誰なんだろう
みたいなことをすごく思ったんだよ
その人はどんな人だったんだろう
と思って
生きていれば今
40代50代顔が似てるのか
みたいな
それを考えた時に
なんか
うちの母という生きてる存在だけじゃなくて
生命全体を
考えちゃう
考えざるを得なくなった気持ちになったことがあって
生と死っていう
明確な境界とかじゃなくて
生命全体として
生きも死ぬし
死にもする
だからそこは
明快なものじゃないんだな
っていうのはすごく強く思った
記憶があるんだよね
一方でさ
これは2の彼女の
パートが
最後さ米と飯なんですけど
これは逆境界を感じる
これは結構突飛な読みなんですけど
想像上
あるいは亡くなっている人は
51:00
食べることができない
物理的にやっぱり食べることができない
食べる描写を
描くことができない
そんなのかなと思ったときに
そこにはやっぱり
これは彼女っていうパートが最後だから
やっぱり
ここの不可能性から
現実に引き戻されるというところで
終わるのかなみたいな気持ちとして
っていうのは
結構違和感あったんですよ
結構さ境界の話とかで
魂の話が出てきて
クライマックスに
最後がこのスーパーに米を買ってきて
パクっていう
話で
彼女が終わる
でもそうなんだよやっぱり
それを買って家に戻ってくるとき
彼女のバッグの中で
白い米は沈まり返っている
炊き立ての飯を持った器から
白い湯気が上がり
その前に祈るように座るとき
その瞬間に感じる
ある感情を彼女は否認しない
っていうのは
いろんな解釈ができるよね
それを否認することは不可能
それはやっぱり
自分は食べる存在である
ここで引き戻される
ファンが本人に
急に引き戻される
私は食べることができる
彼女は食べることがない
ということかもしれないし
あるいは米の不可逆性
一旦絶えてしまったら
米と飯
なるほどね
飯にまで行かない
飯にまで行ってしまったら
米に戻らない
米という固いものと
飯という柔らかいものを
明確に分断しているのは
ある種の言葉でもある
言葉ってやっぱり
そのもの以外のものとの境界を
極めて明確にするものだから
私は米と飯で
私もすごく違和感があったんだけど
やっぱり
米と飯を分けているっていうのは
炊きたての飯を
持った器から白い湯気が上がる
っていうところなのかな
と思っていて
さっき塚田くんが
引用したところ
彼女じゃなくて
生き
生きているっていうことは
呼吸が白くなる
体温が温いということ
炊かれた後の米っていうのは
やっぱり生きている人が食べるもので
それからは湯気が上がっていて
温いことが分かる
ただその買ったときの米っていうのは
まだ冷たくて固いもの
そこで生きている自分と死んだ姉と
温かい飯と冷たい米みたいな
54:00
対比がされているのかな
っていう風に
読んだ
色んなものに
全ての白いものたちに
生と死とか
在不在
みたいなものが
手繰り寄せる糸のように
あるみたいな
そうだよね
米と飯って同じものなのに
生きているように感じ
飯は生きているように感じたみたいな
米的なものと飯的なものがある
これもある種の境界
すごく曖昧な境界
どの段階から生きていたのか
ある感情っていうのが
何かっていう
心の読み方があると思うんですけど
やっぱり
曖昧ではあるが
やっぱり
ここでずっと生きていくことは不可能である
不可能性の
ある種の諦めなのか
やっぱり私は
現実世界では生きていけないのだ
っていうことの
認識なのかなという風に
思ったな
息でもそうだけど
やっぱり
息が白くあることっていうことが
生きていることを感じるとともに
生きていないことを
思うことでもあるじゃん
あの人は
もう白い勢いからできない
その量儀性
ここの
判断も書いてたけど
この後も
称える色である白みたいな
やっぱりその白の中に
なんか
量儀性もそうだし
矛盾相反する
二つの
その要素が
はらまれてしまう
というかその
はらめ
そういう想像力を働かせることができる
そうではないように思うことは
いいとも簡単で
社会はそういう風に回っているんだろうけど
そういう流されてしまいそうになる
ものの中に
二つの生と死を
二つのものを見出すみたいな
プロセスを
ひたすら続けていったその先
という感じで
なかなか盛り盛りの
盛り盛りになったら
というわけで一旦じゃあ
前半を終了しましょうか
はい
じゃあ次回続く
ありがとうございました
57:22
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