第23回はわたるの引用です。
取るに足らないことだけど、無かったことにはしたくない。ふだんの生活をしていて度々出会うそんな瞬間を、なにかに残していますか?
今回は、永井玲衣さんの『世界の適切な保存』から、引用しました。
些細でちいさくて、つたなくて、この世から消えてしまいそうだったけれども、消してしまいたくないから記録している、記録されるあらゆる瞬間。
どうやって残してる?とか、こんな瞬間があったよとか、僕ら五人からそれぞれのエピソードが出てきて、とても良い会になりました。
「今日という日を覚えておこう、と思える日がたくさんあればいい人生だと思う」
★毎週月曜日 夕方5時に配信しています★
【メンバー】
わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。
ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。
つかだ:ひかるの会社の先輩。ゆいこの塾の友だち。つかだくんと呼ばれているけど、みんなと仲がいいつもり。本が好き。
ゆいこ:みんなの友だち。ラジオやポッドキャストが好き。小学生からくるりを聴いている。
かしま:ゆいこの幼馴染。IN YOU RADIOのサムネイルをデザインしたデザイナー。
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00:17
IN YOU RADIO、小説や映画、ドラマ、映本など、日常で出会った言葉たち、心に残った言葉に、その人だけの経験や普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。
メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
ベベン!
よろしくお願いします。
ゆう子です。
塚田です。
かしまです。
今日も5人でやっていこうと思ってます、渡辺です。
思ってます、思ってます。
思ってるのは渡辺です。
初めての平日夜収録。
確かに。
塚田くん家にお邪魔してます。
集まろうと思えば集まれるんだ。
そうだね。
さっき収録しないところで言ったけど、月一に集まるみたいなのがすごいいいなと思ってて。
僕は話そうよとかお茶しようよで声かけるのがちょっと躊躇しちゃうタイプの人間で。
でもめっちゃこの人に会いたいなとか、この人と話したいなってあるのに、
いつもLINEを書いて消してみたいなことをやってないです。
送ってよ。
そういう時はどうやって解消してるの?
解消の仕方がわかんなくて。
してないんだ。
してなかったの。
何かしら理由をつけて、例えばこの展示見に行かないとかそういうことじゃなくて。
そういうことが踏み切れる時もあるんだけど、相手から誘いを待ってるみたいな。
そしたら、おい行く?みたいな。話したいみたいな。
えー?とか言ったけど、そうだな私も。
そんで、もっとやってけばいいんだけど、やれないですと。
その中で収録という体でみんなで集まってて、いろいろセキュラルに話したりとか笑ったりとかするのがすごいケアになってるって感じなんですよ。
いい話。
すごいいいセルフケアだなと思って。
癒されるよね。
渡辺が発案して、渡辺がみんなを呼んでるから、やっぱりセルフケアである。
もちろん。
渡辺のセルフケアのおかげでセルフケアできてるし。
そうだよね。
そって信じてるんでしょ。
聞いてる人も、これがちょっと息抜きになったりとか、何かを知るちょっと豊かな時間になったらいいなと思ってる所存。
そんな中ですね。
そんな中。
03:01
俺久々なんだよね。
自分の会社の。
あ、そっか。
12月1日以来。
時間切れ。
久々なんですけど、大好きな、大尊敬している哲学者の永井玲さんの本を満を持して持ってきまして。
まだ出してなかったかって感じだね。
永井玲さんの、これちなみに本のタイトルが世界の適切な保存っていうタイトルで、群蔵っていう文芸師で伝採してて。
その時もたまに読んでたりしてて。
図書館に帰って。
いいな、早く出版してほしいと思ってて。
青山ブックセンターでサイン入りを買いまして。
目の目玉が書いてあります。
よく見るって。
友達みたいなのがあった。
よく分かったね。
美術セクションね。
永井玲さんがどんな人かというと、みんな知ってる人もいると思いますが、
人々と考え合う場である哲学対話を幅広く行っている。
戦争について表現を通し対話する写真家の柳崎との戦争ってプロジェクト。
後藤雅文、アジカンのゴッチを中心とするムーブメントD2021などでも活躍。
著者に水中の哲学者たち。
第17回私つまりノーバディー賞を受賞。
首都植物園と綿入りな散歩が好き。
I agree なんですけど。
植物園僕大好きなんで。
首都植物園と綿入りな散歩。
という哲学者の人なんですけど。
もうフォトキャストもめっちゃ聞いてるし。
CLP、チョコレート、チューズライフプロジェクト。
チョコレートプラネット。
チューズライフプロジェクトっていう。
チューズライフプロジェクト。
CLP。
チョコプラだと思った。
ごめんなさい。
どこのスポンサーによって成り立つメディアじゃなくて。
知りたいとか。
資生の人の知りたいという気持ちから作られるメディアを。
フォトキャストとキャスターもやってて。
CLP。
寄付から成り立っているようなメディアで。
それを毎週聞いてるんですけど。
という人の文章です。
とりあえず引用しちゃいますね。
結構冒頭っぽい。
序盤のページを開いてる。
冒頭の。
この本のエッセンスがギュッと凝縮された。
トロってこと?
トロってこと?
あんまりトロは好きじゃないから。
06:00
味が好きなんですけど。
失礼します。
よくわからない話という序文ですね。
いいね。
私たちの世界には回収されない伏線が無数にある。
映画や書物の中で割り箸でアイスコーヒーをかき混ぜたら意味を持ってしまう。
重大な事件を解決する鍵になってしまう。
だから私たちはそれを省く。
意味のないそれはただのノイズになるからだ。
忘れ去られてしまうものにこそ価値がある。
と言いたいわけではない。
人々が見落としているものをきちんと拾い上げて大切にしようと
そこにこそ現代人がないがしろにしている価値がある。
と主張したいわけではない。
それがただあるということがある。
それだけのことだ。
それを保存するということはまた何の意味もないことなのだろう。
出会ってしまったからには保存せざるを得ない。
という応答としての保存という文章なんですよ。
何に共感したかというと
特に2つあって
1つは作り手として
テレビとかウィキメンタリーとか編集したりとか取材するときに
関係ないカットとかミスリードするカットはなるべく入れない方がいい。
ただすごいよく働くちょっと飛んだカットとかもあった。
例えばスラムダンクを漫画で全く読んだことなかったんだけど
映画をファーストスラムダンクを見て
めちゃくちゃ興奮してすごい大好きになったんだけど
これすげえと思ったカットがあって
結構序盤で主人公は何ていうの?
花道?
映画の中での宮城くん
お兄ちゃんが友達と船で出てくる
で、亡くなっちゃうみたいなシーンが序盤にあるんだけど
その船で出てくる直前に
お兄ちゃんと弟で宮城でバスケしてた
で、友達が呼びに来て
そろそろ行くわーみたいな
なる前に水道で顔洗ってんだよね
水道で顔洗ってた友達が
行くぞーみたいなシーンがあるんだけど
その直後に
お兄ちゃんのリストバンドが
水道の蛇口の台の上に乗せられたカットがパンと入る
すぐパッとシーン切り替わって
じゃあねーとか言って
お兄ちゃんが船に乗っかって
防波堤に弟に手を振って去っていくみたいな
でも死ぬことがそれでわかるなーと思うカットがあって
ちょっと話しすぎちゃったけど
それなんかこう
一見無意味なんだけど
非常に役割を果たす
ちょっと飛んだカットみたいなのがあるんだけど
でも基本はそういう風に
何かの意味があるっていうもので
編集していくと絵を繋いでいくんだけど
09:01
でもなんか人生それだけじゃないなって
やっぱすごい思うっていうか
無意味にもやってみたこととか
何にもならなかったけど
なんか見つけて面白かったこととかって
めっちゃあるな
なんか散歩してて
ワイジロー
このワイジローいいなーとか思って
ジロジロ見てたら別に何にもなんないけど
なんかそこに引っかかる
映画だったらそれが有効に作用してく
最後逃亡するときね
ダウンバイロー
事務所はむしろダウンバイロー
ちなみに
リニオラジオの最初の音
映画のセリフみたいな
あれの2つ目はダウンバイローの
おーやっぱり
伏線回収
別れ道で
どっちの道だって言っていいんだよな
みたいなのを言ってる
そのセリフを
気づけなかった
そんなこと
とかさ
なんか別に何の意味もなくても
なんか心に残ったことっていっぱいあるのに
なんか作品だからと
その有意味なものしか残されない
みたいなことをもやもやしたりとかするし
そういうなんか作り的側の気持ちもあるし
もう一つは
なかったことにしたくないことって結構あるな
それはなんか自分の辛さとか悲しみとかもそうだけど
例えば年末になるとみんな
今年1年早かったわって言うじゃん
俺絶対言いたくないなっていつも思ってて
なんか早かったとか
一瞬だったってすることで
自分が辛いこととか
悲しかったこととか
楽しかったこととかを
なんか浅くしちゃうような気が
浅くしちゃってる気がして
あんま何かあっという間だと思いたくないし
よくよく振り返ると別に全然一瞬じゃない
なんかあんな辛いこともあったなとか
なんかあの時間楽しかったなってことがたくさんある
それをどうにか何か残しておきたい
自分の記憶にも残しておきたいし
何か書いたりとか写真撮ったりとか
そういうことで残しておきたいみたいな
なんかヒカルもね落ちてるこの写真撮るって
なんかそういう活動なんだなと思うと
確かに
保存してる
保存してるんですよね
そうそう
なんか適切な保存っていうのは多分ないんだけど
自分なりにそれを探してる
常に
常になんかどうやったらこれを適切に保存できるかとか
なんか俺もなんか急いでメモすることとかもあるし
iPhoneに
なんかみんなそういうのあんのかなと
なんかその
なかったことにしたくない
なかったことにはしたくなくて
どうにか残そう
みたいなことってありますかみたいな
なんか
それこそ私結構その
どっかで引用で持ってこようと思ってた話があって
私すごいラジオがめちゃくちゃ好きなのね
でもそうか2013年から2015年の間に
バカリズムがオールナイトニッポンやったの
それのいつの回だか全く思い出せないんだけど
12:02
それの本当
なんでもない話の中で
今日収録来るまでの間に
道歩いてる時にこういうことがあって
めっちゃちっちゃなことね
すれ違った人がこうでと
それぐらいのレベルなんだけど
こういうことがあって
これ別に言わなくてもいいなと思ったんですけど
言わなかったらなくなっちゃうなと思って
だから今言いました
はいじゃあ今日始めますみたいな
ことがあったの
なんかそれ詳細のこととかちょっと思い出せないんだけど
その後何度もその話を思い出して
YouTubeでめっちゃ探してるんだけど
全然見つけられないんだけど
でもすごい記憶にあって
で
これってめっちゃいいなってその時に思って
なんか
私結構その注意力3万でして
歩いてる時とか
なんか人と話してる時とか
すっごい細かいことがめっちゃ気になっちゃうの
だからなんかお店とかにいる時とかに
違う席から聞こえる声とか
人が全然知らない人のしゃべり方とか
すれ違う人の会話とかもそうなんだけど
なんかめっちゃ聞こえて気になってしまう
それはなんかそうなんだけど
あの
それを
やっぱ忘れたくないというか
なかったことになっちゃうから
それはそれこそ渡辺が言ってた今の話だけど
保存したすぎて
そのためにTwitterをまず使ってみてもらうし
あとなんかパートナーとの間で
ある時私が
亡くなってしまうみたいな
めっちゃちっちゃな出来事を
言いたい
言ってそのLINEのノートに
誰かに話すまでもない
この世から消えてしまうはずだった話を
この世に残すためのメモっていうのを買って
そこにコメントをひたすら残し続けていって
これもう何年やってるの
すごいメモってそんな残せるんだ
最初2021年だから3年ぐらいか
なんかそのどっちかに向けてやってることじゃないけど
最初の方を言えば私が
犬
愛犬ハル
ハルっていう名前の愛犬がいるんですけど
ハルがメガネペロペロってしてきた
メガネ拭いたら普通に拭くよりきれいになった気がした
っていうメモとか
なんかめっちゃちっちゃな
夜にフルーツグラノア食べちゃったとか
15:02
それは確かに残さないと消えるわ
あとは最近は
昼にベトナム料理を食べたけど
店員のおばさんがカニ柄の靴下を履いていましたとか
いいね
なんかそういうめっちゃちっちゃな
電車で隣に座ってる子供の
自作の歌とかね
歌の歌詞とかを
メモするみたいなことをめっちゃ大事にしてて
そのバカリズムのことも聞いてからなんだけど
だからその
この世から亡くなってもいい瞬間のこと
私はめっちゃ大事にしてます
俺もさ
一時期ノートで日記ずっと書いてて
すごい超長文になるときもあれば
あんま書けないなと思って書いてないときも
結局おじいちゃんの体調悪くなったりとか
自分の仕事がクッソ忙しくなって辛くなって辞めちゃったんだけど
そのときとかは
なんか別に豊かではないんだけど
何なら俺は本読める時間が
インプットの時間が取れなかったっていうのもあって辛かったんだけど
でもなんかね
あのときの日記を読み返すと
すごい熱い気持ちになる
これ書いといてよかったなって
それ書くの辞めてから1年弱経つんだけど
その間別に書かないから苦しくなってるわけでもないんだよ
別に
でもその間の日記を読むとすごい熱い気持ちになる
みたいなことってある
残せといてよかったみたいな
2年くらい前に自分で思ったのが
人って油断すると忘れるなって思った
元々結構覚えてたりとか
根に持ったりとか
細かいことを忘れられないタイプだったんだけど
あるとき結構良くも悪くも忘れるようになって
2年前にその冒頭言った
油断すると忘れる気持ちになって自分で思い立って
それが結構ここに残ってるんだけど
その発見もそうだし意外と大事なのは
油断するとっていうポイントが結構大事だから
逆に言うと今までは油断せずに生きてたのかな
記憶とか忘れないということに対して
結構真摯に言おうとしてたのが
実は油断っていうものが入り込むことによって
人は忘れ始めるのかもしれない
それがもしかしたら年齢かもしれないし
年齢によって生き方にこなれてきたとか
人間関係が相対的に大事じゃなくなったとか
意外と油断みたいなものが保存を妨げたりする
逆の引力だったりするのかな
みたいなことを思った
自分で
お一個が生まれて
お一個のあらゆる瞬間を
18:00
これが初回かもと思って
めちゃくちゃその
初めてのみかんみたいな
今週で言えばね
みかんみたいに味が強いものというか酸味が強いもの
初めてのみかんを今年
人生で1回目のみかんを食べてる映像になって
やっぱ記録するじゃない
でも10回目以降は何も思わなくなっちゃう
みたいなことを
油断しちゃう
意外と聞いたときに前提に緊張感
生きる上での緊張感で
言葉にしにくいけど
そこに気づいちゃう人は保存したくなるのかな
高級な寿司屋とか
ハイセンスなバーとか行くと
めっちゃ緊張するじゃん
そしたらやたら食の味
緊張しすぎて味を感じないパターンもあるかもしれないけど
緊張感があるから
味集中カウンター
あるある
言葉を生み出す
一覧
自分が保存した事例ではないんだけど
ふと思い出したのが
4年前に
スカイザーバスハウスっていう
夜中にある現代美術のギャラリーでやってた
ただの世界っていうタイトルの展示があって
アーティストはME
3人組
千葉で見たな
千葉県立美術館とか
埼玉国際芸術祭とか
有名な作品は
おじさんの顔のめちゃくちゃでかいバルーンを飛ばす
大地の芸術祭でもやってた
空間を丸ごと
虚構の空間を丸ごと作って
どこまでが現実なのか
どこまでが元々あったのかわからないみたいな
劇場っぽい作品を作る作家だったんだけど
この時の作品が
ライフスケーパーっていう
パフォーマンス作品みたいな展示で
ギャラリーの中に
作品らしきものは何もない
クリーニング屋さんみたいな人が
ひたすら染み抜き
みたいなのをしてたり
クリーニング用の洋服がいっぱいかかってたりとか
全く同じ大きさの石が
2つ置いてあったりとか
雑多な感じの空間なんだけど
よく見るとこれは作品なのかな
って思うみたいな空間があって
奥にギャラリーなんで
21:02
作品買うところなんですよ
契約ブースみたいなのがあって
説明してるの
この作品はギャラリストみたいな人が
契約書巻いてて
よく聞くと
ちょっと読みますね
ライフスケーパーは
まず希望者に向けてヒアリング調査を実施し
その後目と契約を交わすことによって
所有できる作品です
所有者は通勤途中や散歩している公園など
人生のどこかで
いくつかの事例写真が示すような
儚さや滑稽さ美しさが伴う空気に遭遇する可能性を
権利として得ます
たくさんの風船が飛び立つ瞬間とか
同じ大きさの石が
たくさん並んでいるのを見たとか
落ち葉が丸く集まっているとか
それこそみんなが保存したいような
取るに足らないけど
自分だけが意味付けを乗せるような光景
というのを目があなたのために作っているかもしれないし
それは自然の風景かもしれないです
でも
そういう景色に出会える可能性を
権利として得るという
イレコポージョンの作品だったんですよね
これで思ったのは
作品とかに触れた
触れる前と触れた後で
世界の見え方が変わってしまうことって結構あって
すごい簡単なレベルで言うと
ハリーポッターとかを見た後に
魔法を使える感じがするかもみたいな
レベルの話もあるし
特定の赤い花とかをずっと見ていたら
外の世界で
仕事で赤い花を刈らなきゃいけない
見ると花屋で赤い花ばっかりが目につくようになるとか
そういう作品にも作用があると思うんだけど
これってその作用のとこだけ
取り出したみたいな
こういう枠組みであなたは世界を見ることができますよ
というフレーム
保存の方法だけを取り出して
実際これは目がその人の人生で何もしなかったとしても
成立するっていう
結構ずるい
詐欺みたいな言ってしまえば
無のサブスクで
でもその視点を与えたということで
サブスクリプション成立する
今後とかを結構思い出しましたね
以下の異なるに分ける
以下ってよく言う
昔から教書文化論とかで
語られてるけど
小池健三の小説の方法という本
夏目漱石への以下の手法みたいなこと書いてたりとか
そういうけど
確かにいろんな作品にやっぱり以下する方法
以下する書き方とか
24:03
入り口みたいなのがいっぱいあるなと思ってて
俺も卒論でそういうこと書いてたんだけど
ドキュメンタリー撮るみたいなことは
以下するフレームを作るみたいなことだと思うし
必ずしも自分で
ストーリーを作るためにこの絵を作ってるだけじゃなくて
撮るってことでも結構以下してる
この画面に何が写ってるか見せせる
クリーニング屋さんの場を作るだけでも
ここに芸術作品があるはずだぞっていうのって
もうすでに以下の入り口に立ってるみたいな面では
作品によく使われる手法っていうか
ていう
ていう
急激に落ちる
でもこのていうも保存しないと忘れちゃうから
確かに
レックしました
私めっちゃ保存してる方だと思うんですけど
さっき渡辺が言ってたみたいに
大学生くらいの時から
道端に落ちてる落とし物を
特に訳もなく取りためたりしてるのと
落とし物に限らず
街中にちょっと違和感あるなみたいな
風景とかを撮ってて
最近の収穫で言うと
マンションの瓶のゴミ箱の
ゴミがほぼほぼ
ビタミンCだった
ビタミンC充足率高いマンション
とか素材ゴミで
王室みたいな椅子が
5脚くらい出てる
どっかが没落した
フランス革命が起きた
マンションってそういう面白い
ゴミとかね
そういうのって落ちてて
保存してるんだけど
前なんかの時に
ふと幸せな人生ってどんな人生か
みたいなのを考えてた
ふと考えてた
って思った時に
今日のことを覚えておきたいなって思う日が
多い日が多い人生
が幸せな人生かもってふと思ったんですよ
だからってわけじゃないんだけど
そう思ったのと自分がやってる行動が
そこでリンクしたって思ったことがあって
私は保存してますよ
っていう話と
最近みんなの話聞いて
すごい思い出したのが
ゆい子から年末が誕生日なんですけど
本をプレゼントでもらって
高山直美さんという方が書いてる
毎日のことことっていう
27:01
日記ではないんだけど
日々の
本当に
日記みたいなことを
書いてる
一つの
エピソードは
2ページくらいしかないような
本なんですけど
最近夜寝る前とか
ちょっとした空き時間に読んでると
心が潤うというか
癒されるらしいのね
文体とか書いてる内容とか
高山さんって六甲さんに住んでるみたいなんですけど
その四季の移ろいとか
文章の美しさみたいなのはもちろんあるんだけど
本当に何でもないような
日常を記録してる文章って
すごい
勝手にケアされてる気持ちになる
取り留めのないことが
ちゃんと救い上げられてることへの
安心感みたいなのがすごいあって
すごいホクホクしながら
毎日最近読んでるんだけど
その中のエピソードで
すごい感動というか
素敵だなって思った話があって
高山さんがエッセイを出していて
それを読んだ
小学校4年生の時の同級生が
メールをくれたんだって
そのメールの内容を
抜粋で書いてあって
その内容はざっくり言うと
高山さんがいた学校に
メールをくれた子が転校してきて
高山さんのおかげで
馴染めなかったんだけどすごく救われて
こういう楽しいことがありましたねみたいなことを
いろいろ書いているって話なんだけど
その後に高山さんが書いていることが
すごい素敵だなと思って
抜粋して読み上げると
お便りを読んだ私は
まるで小さい自分に出会い直したような
気持ちになりました
4年生といえば週に一度隣町の小学校の
言葉の教室に祖母と通っていた頃
きつおんのちでみんなと同じようにできない
自分を恥じあんたんたる小学校生活を
送ってきたとばかり思っていたのです
でもなかなかどうして私なりに楽しく元気に
過ごしていたのだと松岡さんって
これメールくれたお友達のおかげで知ることができました
っていう話が書いてあって
さっき塚賀くんが油断してないと忘れちゃう
とかっていう話をしてて
油断してると忘れちゃうみたいなことを
言ってたんだけど
自分の記憶
自分の中で記憶していたことを
他の思い出をシェアしている人から
30:04
聞いた時にそれが塗り替わることとか
すごいあって
それが人と生きることの喜び
だなっていうのをこの文章を読んで
思って
適切な保存って対話とか
そういう分かち合うことの中に
あるなっていうのを
みんなの話を聞いてて思ったし
最近読んだこととかを思いながら
思ってました
嬉しそう
タイトル回収した
最終回みたいになってる
たびたび最終回にしようとしてるけど
言い早すぎてさ
まとわりが綺麗にきつい
それで思い出したのが
長井さんが
別のポッドキャスターの
call if you need me
20代30代のアーティストをやってる
おしゃべりポッドキャスター
それと長井さんが
下北沢にあるb&bで
オンラインで聞いてて
対話することで
素晴らしいな
このフレーズ
私たちは対話をすることで
記憶を分かち持つことができる
ということを
call if you need meの人が言ってて
分かち持つことの尊さは
素晴らしいなと思ってて
長井さんがよく
東日本大震災の
記憶を語る場で
当時女子高生だった自分のことを
女性がある人が語ってた時に
震災の思い出というか
記憶を言ってもらったら
震災の翌日から被災した方が
避難所にいたんだけど
デニムがタイトで
辛かったみたいなことを
スキニージーンズがきつかった
って言ったみたいな
震災って言うと
辛い記憶とか
メイジャーな記憶が
手触りがあるような気がするけど
当事者とかって
より身近な
その瞬間に感じたことがあって
それを言ってくれることで
自分たちの
我々の記憶を再構築することができる
対話じゃないと不可能
本でもちろんできるけど
対話で分かち持つことができる
そこからまた記憶を再構築する
それが生きていた証
33:02
存在証明とか
生きててよかったじゃないけど
もうちょっと生きてみよう
気持ちにもなったりするかもしれない
記憶を分かち持つ
分かち持つなんて辞書で調べても出てこない
分かち合うじゃなくて分かち持つ
一緒に持つっていう
分けて持つってすごいいい言葉だなと思って
思い出しました
心とかの本質って
記憶の蓄積がある人かもしれない
それごとによって分かってもらう
それで思ったのは
記憶を外部化するみたいな
冷たく言うとそういうことだと思うんだよね
ゆう子のコメントのノート
LINEのノートとか
親友とか
手書きのメモでもいいんだけど
それが失われる瞬間がいつか来てしまう可能性があるなって
いうことをすごい思ってて
実際にLINEの通話記録が消えることがたまにあるじゃん
うまく引き継げなくて
だいたいストーリーで告知するやつでしょ
あれ結構ショックな時あるよね
俺はそれにショックを受けないように
準備してるから別に
中が消えてるけどもいいんだけど
例えば人が亡くなった時に
もう二度と記憶を再構築できない
ということがすごい辛い
親友とか家族とかでも
返答が来ないみたいな
応答が来ないみたいな
LINEがサービス終了したらどうなんだろう
ちょっとヒュッとする
それこそインターネットで会った人とかって
マジでブロックしたい場合
共通の友達しかいなかったり
家とかもしなかったらマジで消え失せる
逃げかけであるじゃないですか
この5人って逃げかけもいろいろあるから
絶対温泉不通になることってないと思うんですけど
場合によってはそういうことが起こり得る
世界を生きてるって意外と不思議だよね
しかも温泉不通になってたとして
だいぶ経たないと気づかない人とかいる
いるいるいる
なくなってたんだみたいなこともあるし
もう連絡取れないんだみたいな
だからこの引用の最後で
出会ってしまったからには
保存せざるを得ないという
応答としての保存といって
例えばこのアイスコーヒーを割り箸でかき混ぜる
っていうことに対する長居さんの応答がないと
それがなかったことになる
王冠して初めて成り立つみたいな
見ましたよ、これあるんですねって言ってあげる
36:02
こういうことあったよね
応答し合うことで
それがあるということにやっとなっていく
インターネットのブロックは応答しないという選択
すごい強い切り離しで
自分の人生からないことにするっていうのは
すごい簡単なんだけど
そういうことだと思うんだよ
応答し続けるみたいな
ティム・インゴルドや
でも物があるということは
応答して初めて
モーマー君もあるでしょ
光の反射が目にクリーンになって終わってるやつ
それを脳が刺激として受け取るからあると見える
ある種応答なんだけど
光の反射を脳の刺激に
脳の信号に変えてるっていう
希望に置き換えてるみたいな
あることにするためには応答し続ける
みたいなことがある
応答の仕方として保存っていうのは
すごくプリミティブなことかもしれないね
そうだね
最近
最近の自分の
人生の中で
本当に取るに足らない瞬間で
これ忘れたくないなと思った瞬間
ありますか?
急に
私先週か
先週
本当に取るに足らないですけど
私の会社の上司か
40代前半の男性の上司が
打ち合わせして会議室から出た時に
その人が最後になって電気消してくれたので
私が謝ってとか先に出ちゃって
消す時に
自分にしか聞こえない声量で
ピコって
ピコなんだなんかカチッとか
とかいろいろ思うじゃん
ピコなんだなっていうのと
ピコ太郎なのか
思ったけど言わなかったね
これが後のピコ太郎で
この時あんまり足拍子もなかった
パソコンの角で消してたの
指じゃない
ピコって言いながら消してた瞬間
すごい良くて日記に書いたんだけど
保存したいね
え?って思って二度見したんだけど
何も言わなかったけど
39:00
ピコって言ったなって思って
すごい大事な瞬間だった
それを感じ取れちゃうのがすごい
逃さずに
センサーに感心してる
センシティビティに感動してる
そういう奇跡と
奇跡じゃない
フレーミング
奇遇の跡だからね
それを夜中にいっぱいあって
それを見れるか見れないか
保存も見ないと始まらないから
感じ取らないと始まらない
そんな中で一つ補助線を
結構細めの補助線だね
最後に言うかもしれない
最後の補助線なんだ
去年読んだ本で一番
ランキング3位の中に入る本で
結構聞いたけど
全部出してくれてた
インベカオリさんの本と並ぶ
野生の失踪という
人類学者の本なんだけど
お兄さんが知的障害があって
自閉症者と診断されてる
医学的には社会的には
ただそれを
障害者だと遠ざけることについて
ずっと違和感があって
失踪って文字通り鬼
野生の失踪の失踪
たまにいなくなっちゃって
走り去ってしまうみたいな
そういう事件がよくあって
それについて書いてるんです
その中で新型コロナウイルスが
蔓延したことで
失踪行動もいろんな
別の展開を見せていくみたいな
コロナだからマスクしてないとか
そういう問題があった
その中で猪瀬区さんが書いてるのは
新型コロナウイルスが世界に広まることで
みんなすごい障害を感じたと
いろいろある社会に対して
ほとんどの人ががんじがらめであると感じるようになったと
そこから抜け出すことは簡単にできなかった
にもかかわらずさまざまな妄想
コロナは克服できるコロナは危険だ
コロナは風邪ですみたいな
そういう人を科学的に真実ではないと
遠ざけてしまっている人も目についたと
それが多分オーバーラップした
障害として切り離すことに対して
そういうところに何か考えるヒントがあるんじゃないか
この本で考えてみたいとしているのが
私が考えたいのは別のやり方だ
それは新しいやり方ではない
ずっとやられていたけどそれほど注目されることがなかったやり方だ
世界の不条理に対して戦いを挑み
戦いに勝つのではない
戦いを挑むこと抵抗することへの希望をひとまず傾いて
42:02
自分と世界の不調和の中で
勝つことはなかったけれどもずっと負けなかったこと
あるいはそもそも戦ってもいなかったことに光を当てること
その営みの意味を掘り下げながら
私たちに意味あるものとして言葉を紡ぐこと
そんなことをしたい
戦っていないとは負けているということではない
ただそれぞれの仕方で日常をより良いものにしようと
願い生きているということだ
というのが序文にあってめっちゃいいだろう
だからやっぱりみんな
俺らは人と比較して勝ってる負ける
だから塚田くん家来てめっちゃいいな
俺なんて床が歪んで狭いワンルーム
人と比較したいさ勝った負けたとか
あの人は結婚したオシャレな結婚式やってるとかさ
分かんないけど親がお金持ちで
いろんな比較して何かの勝負に
自分が真っ只中にいると思わされているんだけど
そうじゃないところに
自分がいいと思うことがあるのだとしたら
そこにもっと力を注いでいようよ
みたいなことを思って
そういうのを発見するってこういうことなのかも
何かその拙い拙さとか
弱い
弱さをはらんだものに気が付いて
保存したいと思うってことは多分
誰かが用意した勝負からの土俵から一旦
抜けてみるとか
そもそも載ってなかったことを
が自分の生き方だと胸を張ってみるみたいな
ことなんだろうなと思って
すごいリンクしてこれをちょっと
教授に言っておきたかったんですけど
補助戦
陰込み補助戦
女性というか輪郭戦
違うそんなつもりじゃん
さすがデザイナー
一流デザイナー
輪郭だよね
保存の方法の輪郭みたいな
いい放送
そんな感じですかね
ということで
今回渡るが持ってきた引用は
永井玲さんの
世界の適切な保存から
私たちの世界には回収されない伏線が
無数にある
映画や書物の中で割り箸でアイスコーヒーをかけ混ぜたら
意味を持ってしまう
重大な事件を解決する鍵になってしまう
だから私たちはそれを省く
意味のないそれはただのノイズになるからだ
忘れ去られてしまうものにこそ価値があると言いたいわけではない
人々が見落としているものをきちんと拾い上げて大切にしようと
それにこそ現代人がない箇所にしている価値があると
主張したいわけではない
それがただあるということがある
それだけのことだ
それを保存するということはまた何の意味もないことなんだろう
45:02
出会ってしまったからには保存せざるを得ない
という応答としての保存でした
45:44
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