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裕太の深掘りインタビュー ゲスト:やまめぐさん
2026-03-30 1:00:52

裕太の深掘りインタビュー ゲスト:やまめぐさん

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感想

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00:03
はい、こんにちは、裕太です。 本日も深掘りインタビューをやっていきたいと思います。
まずは告知からしていきます。 少々お待ちください。
今日のゲストは、やまめぐさんですね。 こんな感じになるんでしょう。楽しみですね。
あ、来てくれましたね。 では本日のゲストを招待いたします。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。いらっしゃいませ。
来ちゃった。
来ちゃった。
ヨーロッピック。ヨーロッピック。
裕太さん人気だからね。
いやいや、たまたまですよ。
だいぶ前に予約したけど、順番間違え、順番間違えで。
お待ちしてもらいましたね。
そうそう、ゴールドが先だなとか。
お待ちました。
お待たせいたしました。
ヨーロッピック、お願いいたします。
よろしくお願いします。
楽しみでしたよ、僕も。
そう?
もちろん。
どんな感じ?と思って。
他の方とかね、なかなかリアルタイムではね、
伺えなかったんですけど、みなさんのインタビューとか。
すごい、何十人?
わかんないですね、今もう。
ちょっとまた数えてみますわ。
二、三十はやった気がするんですけど。
いってる、いってる。
三十はいってるんじゃないかなっていうくらい。
ぐらいね、いってそうですよね。
だって私手挙げたときもう十何人。
いましたもんね。
十何人マジで、いつとかって思ったくらいでしたが。
確かに、確かに。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
早速始めさせていただきたいと思います。
山めぐさんって、まず、今現状何してる人なのか、
どんな仕事してて、どんな活動してる人なのか、
教えてもらってもいいですか?
いろいろ、いろんなことやってまして、
03:01
もともとは、もともとというか、地元では
小笠原流煎茶道っていう煎茶道の教室をしてるんです。
煎茶道の教室をしてるんですか?
地元の方では。
はいはいはい。
それで水木画の絵を描いて、
水木画の絵も。
絵を描いて、お渡しというか販売したりとか、
あとは歌が好きなんで、
歌を今、ボーカルレッスン受けてるんですけど、
ボーカルレッスン受けてるんですか?
そうそう。それで弾き語りできないかなと思って、
ちょっと古いボロンボロンのキーボードを引っ張り出して、
ちょっと弾き語りの練習をしたりして、
演奏家でもあるし。
演奏がね、本当に簡単なのしかできなくって、
コード弾きしかできないから、
もうちょっと練習しないとなーなんて思いながら。
でも活動的なのは伝わってきますね。
いろいろチャレンジングしたい人で。
チャレンジングする人ですね。
それで春からは、
ありがたいことに地元のコミュニティFMで、
ラジオのパーソナリティをさせていただくことが決まったんです。
ラジオパーソナリティやるんですね。
4月から、そうなんです。
地元のなんですけどね。
それで春、また夫が単調不良で仕事ができたくなって、
家計支えのためにも、
仕事と思っていろいろ探したんですけど、
なくて、やっぱり56歳になるんで、
年齢的にどこも落ちてて、受け付けてくれないのが、
なんとかありがたく、
学校の事務の仕事が受かって、
それで春から学校勤務が決まったので、
ちょっとほっとしてるというか。
忙しいですね、いろいろ。
出動もあって、仕事も見つかって、でも新しいことで。
そう、それでもうゆうたさんとのインタビューを、
もう本当に今日ぶっこませてもらったのは、
もう春から時間が取れないので、
ちょっとどうにかこの3月中にお願いできないかなと思って、
今日良かったと思って。
じゃあもう新しい学校というか、
明後日から始まるんですか?
明後日。
4月1日から?
2日に事例交付式らしくて、2日に行って、
06:01
事例交付でどこの学校に行くか、
ちょっとまだ分からなくて。
学校は指定されてなくて、ここからなんですね。
決まっていくのが。
ここから。
すごい。
なのでもう本当に今日ありがたいです。
こちらこそですよ。
ここに来ていただけたのが、
もう4月からは時間的に多分厳しそうですね。
厳しくって、
なのね、でもちょっと本当にありがたくて、
あ、行きました。
こんにちは。
いらっしゃい。ありがとう。
そう、だからもうこの春からちょっと仕事いただけたのがありがたい。
素晴らしい。いいですね。
どうしようと思ってたんだよ、本当に。
あ、そうなんや。いい感じですね、でもね。
ありがたかったですね。
活発なんは昔からですか?
幼少期から活発なんですか?
幼少期から活発ではないんですよ。全然。
全然?
全然活発じゃなくて、
なんていうか、自分の世界の中で生きるっていうか。
自分の世界の中で生きる?
生まれて、
意識ができて、
物心が。
物心がついた頃に、
私なんでこの世界にいるのかなって思ったんですよ、最初。
そんな俯瞰して見てたんですか、自分の人生を。
そう、なんかみんな慌ただしく動くし、
みんな友達作ったりとかするのが、
理由がわからなかったんですよ、なんでかなって。
へー。
自分の世界の中で、頭の中で物語を想像するっていうか、
そんな感じだったので、
自分の頭の中で活発に行動する感じ。
難しい表現ですね、それ。
だから友達と遊ぶんじゃなく、
自分の中に空想というか夢物語を作って、
自分の中で想像して、
自分で遊んでたんですよ。
それってあれなんですか、孤独感とかもなく感じてないんですか。
ずっと孤独とかそういうのがなく、
超幸せだったんです、私。
幸せやったんや。
公園とかでも遊びに行っても一人で遊んでるみたいなことですか。
公園に遊びに行かないです、私。
公園に行かない子供やったんですか。
外に出るの、運動が苦手で、外に出るのが嫌だったんで、
家の中で遊ぶのが好きだったんですよ。
家の中でお父さんお母さんと遊んだりとかではなく、一人でですか。
大体、友働きだったので、両親が。
09:06
普段は親は働いてるっていう感じ。
なるほど。鍵っ子みたいな感じですか。
そう、昔は子供一人で鍵開けて家で自由にしてたんで、
鍵っ子とか、あと祖母がいたんで、
祖母、いい意味が見てくれてたりとかがあったんですよ。
それで家の中で、それこそ絵が好きなんで絵描いたりとか。
その当時から絵は描くんや。
絵が好きで一人で絵描いたりとか、
画用紙で物を作ったりとか、立体的に。
自分でクリエイティブに遊ぶのが好きやったんですね。
でも、親は後々母親に聞いたら心配だったみたい、私のことが。
なんでですか?
だから友達と遊ばないっていうのと、外に出ない。
めっちゃインドアなんすもんね。
それで、姉と妹はすごい活発で、スポーツもすごい得意で、
それで友達と大人数で遊ぶタイプだったんです、姉と妹は。
結構対照的だったんですね。
それで私は誰とも遊ばないし、友達も別に家に呼ぶこともないし、
一人で遊んで、頭の中にお友達を作ってたんですよ、空想の中で。
頭の中でお友達がいた?
空想、ミオちゃんっていうお友達を作って、
名前までついてる。
そのミオちゃんと一緒に遊んでたんです、私頭の中で。
すごい話、そうなんや。
でも親としては大丈夫かなって心配だったみたいで。
ミオちゃんって誰?ミオちゃんと今日遊んでみたいな報告とかするんですか?
別に親と話すこともない。別に親と話す必要もないから。
そんなこともないんや。
ミオちゃんと、学校終わってた廊下で、
ミオちゃん、ピクニック行こうみたいなんで言って、
白い画用紙でお弁当箱を作るのがすごいマイブームだったんですよ、小学校の時。
なるほど、なるほど。
それでご飯とかハンバーグとかも全部、
お弁当のハンバーグとかも白い画用紙で全部作って、
それでおかずも人参の煮たのとかね、
そういうジャガイモのふかしたのとかも画用紙で作って、
お弁当箱も、
それでお弁当箱の中詰めて、
それで全部白い画用紙で、
で、色は塗らなくていいんですよ、頭の中に。
頭の中に色ができてるんで。
なるほど、編集できるんですね、頭の中で。
頭の中で色ができてて、
それでその友達のミオちゃんと紙コーチとかに行った気分で、
12:06
頭の中に紙コーチの風景を思いながら、
昔家族で何か行ったなみたいな、
あそこの風景を思い出しながらミオちゃんと一緒にピクニックに行くみたいな。
っていうのがもう一個の遊び。
遊びで廊下に行ってミオちゃんとお弁当食べようみたいな。
ぶっ飛んでますね。
ぶっ飛んでますかね。
私すっごい楽しかったです、それが。
でもそれがヤマミクさんの標準ですもんね。
標準標準。
でも親はね、大人になってからね、
あなたのことが心配だったかとかって言って。
へー、なんかこう妄想壁みたいな、
そうそうそうそう。
近いんですかね。
そうそうそう、妄想壁って。
妄想壁、妄想壁。
うーん、すごい。
なんか想像して楽しんでましたね。
めちゃんこ楽しかったんですよ。
めちゃんこ楽しかったよ、それが。
それで親に、なんで友達と遊ばないの?って聞かれて、
それで私が逆に、なんで友達と遊ばないといけないの?って聞いたんですよ、親に。
全問答みたいになってる。
親が、母親がすごい黙っちゃって、
なんか悲しい顔をしたんで、
小学校3年生か4年生くらいのとき。
それで子供ってもう親の顔色をうかがうんでね。
確かに、見えますよね。
それで、母親を悲しませたらいけないなと思って、
定期的にクラスの友達に、
うちに遊びに来るって誘って、
なるほど。
親を心配させないように、
でもしょっちゅう友達と遊ぶのもしんどいんで、
10日に1回ぐらい。
本当、たまに。
友達を家に呼んで、
ちゃんと遊んでますよってアピールをするんですね、親に。
本とか読んで、親に大丈夫だよっていうのを見せるみたいな。
すごい空気読んでますね。
めっちゃめっちゃ空気読むっていうか、なんかめっちゃ。
いけないことをしてるみたいな感じになっちゃったんですか?
なんかすごい子供の頃から結構冷静っていうか。
そうですね、俯瞰してますよね。
俯瞰して見てたのあったかも。
それで幼稚園の時から感じましたね。
なんかみんなギャーギャー遊んでるなみたいな。
すごいな。
嫌な子供かもしれない、もしかしたら。
ちょっと冷めたガキというか。
そうそう、冷めガキ。
冷めガキですよね。
でもこの冷めガキがやっぱり学校で浮くんですよ、めちゃんこ。
浮くんや。
どんな感じで浮いたんですか?
だからなんか、まず陰気。
陰気でなんかキモいみたいな。
今だったらキモい、当時はキモいわけないから。
陰気で気色悪いみたいな。
15:00
ようわからんみたいなんで。
ちょっとみんなが避けるような感じになったから。
避けられるんや。
これはまずいと思って。
これから生きていく上で、このなんかよくわかんない地球に。
あ、こんにちは、いらっしゃいませ。
間に合ってありがとうございます。
なんかこのなんかよくわかんない地球というところに生まれてしまったから、
この世界に生きていく上ではちょっと人と接していかないと生きていけないんだなっていうのに気づいて、
小学校5年か6年の時に、
これはちょっとなんかみんなと仲良くなるような感じにしないといけないなって思って。
なるほどね。
こう俯瞰した自分を見て、
なんか会わへんなってなったけども、
自分で導いたんですね。
これはちょっと適応しないと生きづらくなるぞと。
これ生きていけないなって思って、
自分の中ではドリフターズとかめちゃんこ好きだったんですよ。
お笑いが好きやったんや。
お笑いめちゃんこ好きで、
ピンクデイリーとかも好きで、
アイドルね。
アイドル、歌も好きだったんで、
これちょっとなんかやったほうがいいなと思って、
小学校5年か6年、高学年の時に、
町だったな、町の曲を歌って踊ったんですよ。
お楽しみ会で。
お楽しみ会でね。
クラスの。
はいはいはい。
その時に、
突然先生に時間5分くれって言って、
手あげて、
事前にクラスのすごい嫌われてる男子がいて、
一人、
嫌われてる男子に、
ちょっと、
あんた、
なんでもいいから、
私歌うからバックで踊ってくれって頼んで、
無茶振り。
もう無茶振り。
嫌われてる男子も、
あんたもそのままだと、
これから生きていけないよと、
地球というわけわからない世界で生きていくのに、
そんな嫌われてたら、
生きていけないから、
あたしもあんたも生きていけないから、
ここに一発、
かますぞって言って、
かますたんや。
それでその、
嫌われてる男子にお前、
あたしの歌うからバックで踊れって言って、
バックダンサーつけたんや。
バックダンサーめちゃくちゃダンスができないですよ、
その男子。
そりゃそうですよね。
それで、
その男子バックに、
マッチの歌を歌ったんですよ。
今度、
政彦さんのね。
どうなったんですか?
当時のヒット曲を歌って、
それで最後変顔したら、
大爆笑してみんなが。
爆笑したんや。
爆笑してくれて、
それで、
みんなが私と嫌われてる男子のところにバーって寄ってきたんですよ。
人気者やん、一気に。
18:00
一気に人気者かどうか、
あ、生きるすべてこれだって思ったんです、その時に。
歌が救ってくれたんですね、じゃあ。
歌だとね、
そんなよくわかんない。
あ、トキビーサイダー。
トキビーサイダー。
それで、
これ、頭で想像してる空想を、
表に出すと、
ちょっとえ?って思う人いるかもしれないけど、
理解してくれる人がいるんだなっていうのがわかって、
そんなちっちゃい時にそれを気づくんや。
そうそう、それでちょっとこの表現っていうのを、
表に出すっていうのをやってみようかなって思い出したんですよね。
なるほどね、
頭の中でとどめとくんじゃなくて、
これをアウトプットすることによって、
誰かに響くぞと、
どうやら。
地球という社会で生きていく方法を見つけたっていうか、
さっきから目線が地球外生命体なんですよね。
この地球をとか。
そうそう。
最初生まれた時びっくりしましたもん、なんか。
なんやこの世界はと。
そうそう、不思議な世界っていうか。
まずめちゃんこすごいスピード早いしみんな。
そうなんや。
一生懸命働いたり、
いろいろ家事やらないやら、
勉強やらないやら、
スポーツでもみんな一生懸命するじゃないですか。
何してんやろって思ってたんだよね。
私一生懸命する理由がわからなかったんですよ。
へー。
なんで一生懸命しなくちゃいけないのかが。
今は思いますよ、一生懸命しないといけないの。
そうなんや。
勉強しとけばよかったと思います、ほんと。
ちょっとした後悔もあるんですね。
めっちゃ後悔してます、勉強に関しては。
勉強に関しては、
もう今の子供たちに勉強しときやって言います。
そう。
勉強していい大学行っといたら、
スケジュール就職っていうか仕事の幅が広がるんで。
うんうん、選択肢が増えますもんね。
選択肢が増えるんで、とにかく勉強して、
いい大学行ってって思いますね。
なるほどね。
いい大学行かなくても、その知識は増やしてほしいなと思います。
生きるために。
そうですよね。
その当時の山下さんは、それが全然理解ができなかったんですもんね。
なんで勉強しないといけないかがわからなかったんで、
誰か教えてくれてよかったのにと思ったんですけど。
それって中学になっても変わらずですか?感覚的には。
変わらないですね。
でも勉強をほとんどせずに来た感じですか?
勉強してなかったんですけど、うちの親がすごい厳しくて。
親は厳しいんよ。
めちゃくちゃ厳しかったんですよ。
21:00
お父さんが厳しいんですか?
父も母も厳しかったんですね。
両方とも。
だからとにかく学はつけろと。
そういう親やったんですね。
それがなんでかって、勉強はね。
自分の親だから言うのは恥ずかしいんですけど、勉強できたらしいんです、どうも。
でも経済的な理由で大学に行けなかったんですよ。
そういう時代だったんですね。
だから戦前生まれ、親は戦前生まれ、戦中生まれなので、戦後ですよね。
昭和30年代、お金がないと学校に行けなかったんでね。
当時まだ中学卒業する人が多くて、
半分がいわゆる金の卵っていって上野駅まで、昭和の時代ね、中卒の子たちが。
上野に中卒でみんな働きに出稼ぎに行くっていう時代なんですけど、
その頃なんですけど、親の世代って。
だから高校行くのも、
やっとって感じですか?
中学の半分ぐらいの子が高校に行って、
その後、大学に行く人もほんとごくわずかっていう中、
大学行きたかったけどお金がなくて行けなかったっていう親で。
一人きりがですね、そこ行けるのがね。
お金があって勉強ができないと大学に入れない時代なんですよ、当時。
外大学も少ないですしね、昭和の30年代なんか。
なので、とにかく大学は出ないと行けないって言うんです、親が。
自分たちが行けなかったから。
だから自分たちの夢を子供に託すのって、ちょっとね、おいおいって感じですけど。
でも、親の願いとしてはね。
だからもうとにかく行けって言われて、
じゃあちょっと勉強を頑張るかなって感じで、
頑張って高校に行ったんですけど、
別に勉強すべきもないんでね。
ここじゃないです、ここじゃないです。
ここインタビューの部屋です。
だからもう、勉強はなんとしていいかわからないけど、
なんとかやって、でもまぁ、行ける大学はそんななく、
出身大学に悪いですけど、
24:02
まぁまぁ、なんとか行ける大学を探して行ったって感じですね。
中学高校とかってのは何にハマってたんですか?
歌ですか?やっぱり。
絵とかですか?
中学、美術部だったんで絵を描いたり、
美術部なんで絵は描いて、
あと男組がすごい好きだったんで私。
タイムゾーン。
ジャニーズの男組わかります?
わかりますわかります。
男組がすごい好きだったんで、男組のファンクラブに入って、
妹と一緒に。
タイムゾーン、タイムゾーン。
それでもう、ジャニーズオタクですよね。
ジャニーオタになってたんですね。
もう完全にジャニーオタ。
光源氏ね、そうそう。その後光源氏が人気になって。
もう完全にジャニーオタで、ジャニーズ大好き。
そうなんですよ。
ハマってましたね、その頃は。
歌でひっくり返して、そこからは人気者路線ではないんですか?
それが、その時はたくさんなんですけど、やっぱり元の性格は変わらないんで、
中学も静かな感じ。
あ、もう静かな感じで。
やっぱ静かな感じで。
なんか電波が悪いですね、ヤマメグさん。
移動してるんで、聞こえてます?
ちょっと宇宙船に乗った感じになってました、今。
ごめんなさいね、今からちょっと移動しなくちゃいけなくて、
ちょっと外に出たんで、うるさかったらごめんなさい。
全然大丈夫ですよ。
はい、はい。
え、頭が。
何?
そんな感じなんですわ、ほんと。
男組好きだったってアサヒも言ってますね。
そうそう、男組ね。
すごい爆発的ヒット。
へー。
めっちゃ好きでしたね。
すげーな。
だから今すごい復活して、彼らが。
やってましたね、復活。
そうそう、ロコンソーシャルクラブって番組に変えて活動してくれてるんで。
へー。
嬉しいです、ほんと。
そうです。
その間も美術部で絵描いて、ジャニオタで。
そうそう。
恋愛とかはどうやったんですか?
恋愛は、私ほんとに男のヒットが怖かったんですよ。
ジャニオタやのに。
だから見るだけだったら好きですけど。
なるほど、直接っていうのは。
そうそう、うちの父親が厳しかったんで。
男のヒットはちょっと怖いっていうイメージ。
あ、そうなんや。
だからちょっとどっちかって言ったら、高田塚も好きだったんで、女が好きっていうか。
はいはいはい。
私女の好みなんじゃないかなって思ってたんですよ。
27:02
途中までそんな時期もあったんですか?ちょっとグラグラする時期というか。
ずっと高校を卒業するぐらいまで経って、女が好きだと思ってたんですよ。
あ、マジっすか。
そうそう。
へー。
でもやっぱり男組が好きだし、男の人が好きなんだろうなと思って。
なるほど、そっちの方ですかって言われてますね。
それで、でもなかなか、付き合う、どこからが付き合うのかな?
ラインはね、人によって若干のずれはありますけどね。
付き合うラインがわかんない私、ほんと。
だから、みんなどこからが付き合うのかなと思って。
でも告白して、OKもらえたら付き合うみたいなイメージが一般的かなと。
じゃあそれで付き合うんだったら、高校の時には付き合いましたね。
そうなんや。
あ、付き合いましょうみたいな。
へー。
手繋いだら付き合うの?
それ幼稚園じゃん、それだったら。
ちょっとね。
高校生で初彼氏。
ちゃんと付き合いましょうって言われて付き合ったのは高校かな。
頑張って受験した甲斐がありますね。
そう、でも特に何ってわけじゃなく、一緒に帰ったりとかぐらいしかしてない。
高校生ぐらいだそうですよね。
どっか行った記憶もないし、遊びに。どっか行ったかな。
その頃もお父さんお母さんも厳しいんですか?
厳しいです。
ずっと勉強はしておけばと。
めっちゃ厳しい。
全然緩まらないですね。
緩みないですよ。
でも普通だと思いますよ、昭和の。
その当時はそんな家庭がいっぱいあったみたいな感じですか?
ほぼみんなこんな感じだと思う。
私50代世代、50代の人とか60代の人なんかは、この親が厳しいのが普通だと思う。
多分これですごいみんな苦しんだと思うわ。
ユキヨさんのところも。
そうそう。親が厳しいのが普通。
でも今思えば、今の時代には合わないかもしれないけれども、助かった部分はあるかなっていう厳しさが。
その忍耐がついたとかそういうことですか?
人に対しての警戒心を持つっていうか、
危険な目に合わないで済むっていうか。
なるほど。アンテナをちゃんと張ってたわけですね。
そうそう。だから厳しくだけはいけないし、子供を萎縮させるようなほど厳しくするっていうのは良くないけれども、
30:04
とんでもないひどいことする人間とかいるのでね、この世の中は。
確かに。
だからかなり厳しく教えるっていうのは必要なんじゃないかなって今思えば。
なるほどね。確かにそうかもしれないですね。
だからなんか、その厳しさがあったおかげで、
そういう事件的なことに会うことはなかったんですよ、その後。
私結構ムチャンコ遊んだんですけど。
ムチャンコ遊んだんや。
うん。まあ親が厳しすぎたっていうのもあって。
反動ですね。
反動で大学で関西に出たんで、わーみたいな感じで。
はいはいはい。自由だーってなったんですね。
時代もバブルなんでね。
バブリーやったんですね。
だからもうパーティーかディスコか。
へー。
飲んで騒いで歌って。
へー。なるほど。
騒いで結構危険なチックもあるんですよ。
関西の子ってあれだけど。まあね、ユーザーさんは分かると思いますけど。
でもそういうとこも平気で行ってたんですね、深夜とか。
そうなんや。
でもなんとなく匂いで分かるっていうか。
ここまで行ったらやばいなっていうのが分かるんや。
っていうのチックも分かるし、あ、あのおっさんなんか変だなとか。
ピンとくるっていうかね。
なるほどね。
そういう意味でGKに会うことはなかったのは。
親のおかげやったりする。
親のおかげっていうか、私たち世代はみんな厳しく育てられたんで。
無茶してもここから先はやばいなとかっていうのがみんな会うんで分かるっていうか。
なるほどね。感じ取る。敏感やったんですね、そこはね。
そこら辺はみんなで裸で分かるっていうか。
めっちゃアホしてめっちゃ無茶するけど、事件みたいなことまではしないっていうのが線が分かるっていうかね。
大学は大阪やったんですね。
京都です。
京都やったんですね。
そうなんですよ。
なるほどね。何を勉強してたんですか?
デザインを。
美術部からのデザインなんや。
そうなんですよ。
絵はずっと携わってる感じしますね。
そうなんですよ、ずっと絵は好きで。
すごい。何系のデザインですか?
服飾系ね。
子供服の会社に入ったんや。
入りたくて、それで大学もちょっと探して、高校の頃からそこの会社に入りたかったんで。
33:08
またその会社って民間って特徴があって、結構卒業生とか調べたら何大学たくさん取ってるとか当時はね、今は分かんないかもしれないですけど。
何大学出身の人よく取ってるかなとかね。
統計が出てますよね。
出てるから、そうやったらこの大学行ったら入りやすいかなとか、こんな会社にとか。
なるほどなるほど。
逆さんというか、うんして。
それで探して、何とかちょっと勉強ができない中でも応援あって入ってたって感じですかね。
すごいですね、入ったんですね。
ギリギリ何とか。
ある意味夢が叶った瞬間ではありますよね。
夢は叶って嬉しかったですね、本当。
インマ来た。
インマです。
そうそう夢はその時は嬉しかったですね、だから入ってた時は。
嬉しいですよね。何で子供服作りたいなと思ったんですか。
子供服は、子供の頃からそこの子供服のメーカーの服が好きで私。
それ着てたんや。
着てたんですよ。
そういうこと。
それでもうすごい好きで、キャラクターもいるんですけどその会社の。
それもすごい好きだったんですね。
そういうことね。
まだちょっと入れたかななんて思って。
大ファンが、大ファンがゆえに入社しちゃったんですね、そこに。
だからもう本当、面接の時にもう熱弁しましたね。
子供の頃着てましてみたいな。
なるほどね。いっぱいネタはありそうですね、じゃあ。
そうそう。
面接は。
それは本当。
どれくらい働いてはったんですか。
でもそれが2年しか働いてないんですよ。
2年、何があったの。
病気になったんです。
病気。
体調を崩して。
それで甲状腺の病気になって。
それで体が全然動かなくなって。
体が動かなくなった。
起きれないです、体が。しんどくて。
甲状腺の病気って何ですか、それ。
どういう症状なんですか。
バセド病って言うんですけど。
バセド病、なんか聞いたことありますね。
結構多いと思うんですけど。
体が全然動かなくて。
体が鉛みたいに重くて。
そうそう、外に居るよ今、山目さん。
ごめんなさいね。
ごめんなさいね、うるさくて。
今電車に乗らなきゃいけなくて。
本当にうるさいかもしれない。
36:02
それでもう働けなくなって。
田舎に帰る。
そう、田舎に帰るというね。
はいはいはい。
本当悲しかったです、あの時は。
やめたくなかったのに。
人生終わったなって。
人生終わったなまで。
終わったなと思いました。
そこからどうするんですか。
それからもう家でぼーっと、何もする気ないし。
もう家でぼーっと、もう過ごしてたら。
親が何か仕事した方がいいとかって言って。
それでバイト見つけてきたかなみたいな。
あーなるほどね。
それでもう働きたくないのに。
いやいや言っとったバイトがある。
市役所のバイトに行ったんですよ。
市役所のバイト。楽しくなさそうな。
全然面白くないだけれども。
全然クリエイティブじゃないですもんね。
それでまあまあ今は違うと思うんですけど、
当時は女性の仕事って言ったら、
バリバリする人とは別で、市役所のバイトだったら、
お茶を入れたりコピー取ったりとか、
そういうのしかなかったんで、仕事が。
なるほどね、お茶組さんね。
そうそう、だから掃除したりね。
だから、なんかなーみたいな感じではいたんですけどね。
のらりくらりしとった時期があるんですね、でも。
結構でも5年ぐらい勤めましたよ、私。
そうなんですね、すごい。
5年後に何があったんですか?
5年後に私、家の父親が飲食業をして。
え、開業したんですか?
いやいやしてたんですよ、親が。
あ、もともと。
親が飲食業を営んでたんです。
はいはいはい。
それで、ちょっと風の音がうるさいからごめんなさいね。
風強くなりましたね。
ごめんなさい、うるさい、うるさいって家の声聞こえますかね。
うるさいって外出ちゃって。
電車乗るのに外出ないといけなくなっちゃって。
風すげー言ってる。
それで、そうそうそう、ごめんごめん、うるさい。
ごめんなさい、ほんとごめん。
今日風が強くて、うるさいかもしれない。
それで、従業員が辞めたから、従業員として会社に辞めてほしいって言われた。
あー、そういうこと。
そう。だから従業員として働くことになったんですよ。
親の飲食業に。
家業に入ったんですか。
はい。
そう。
すごい。
まあいっかみたいな。
39:01
その時もまあいっかみたいな感じで。
その病気とかは大丈夫だったんですか?
体との。
その時はもうだいぶ安定してて、体が。
あー、そうなんや。
だからもう薬とか飲んで安定してて、
まあ普通に働ける、バタバタも働けるぐらいまでなったんで。
あー、なるほどね。
もうそれで、もう働い、親のところで働いてたかなっていう感じですね。
なるほど、なるほど。
大変でしたか、家の仕事は。
まあ大変。
それがね、やっぱり親の飲食店だから、のらりくらり、今思えば本当に適当にやってた。
適当って言ったら申し訳ないけど。
結構ゆるめにできたんですね。
ゆるめにやってたなみたいな。
でも忙しい時は忙しかったですよ。
年末年始とかゴールデンウィークとか。
反暴期はね、ありますよね。
そういう時はすごい忙しくて、朝から深夜まで働くみたいなね。
あったんですけど、でもまあまあそういうのも嫌いじゃないななんて思うんで。
飲食は?
飲食は、お客様対応っていうかね、お客様相手の仕事が嫌いじゃないなって思って。
幼少期からだいぶ変わりましたね。
子供の頃はね、ほんと大人しくて、人と接するのがあれだったのに。
急にコミュニケーション楽しみになって。
そうそうそう。やっぱり子供の会社に入れたのがほんと、私の人生を変えてくれたかなっていうのはありますね。
そこでデザイン勉強したのに、あなたはデザインじゃないわよ。
違うって言われて。
営業用って言われて。
そう、人事の部長に。
えー。
営業用とかって言われて。
はいはいはい。
営業になってるわよとかって言われて。
それでえーとかって思って。
コミュニケーションが高かったんですね。
コミュニケーション高かったのかな。
うん。
なんかそれで楽しかったですね、今思えば。
すごい。
周りの人がね、そういうんやったら、そういう側面があったんでしょうね。
あったのかなー、なんか。
うん。
ほんと楽しくって、今でもほんと同期の子たちとグループラインがあって。
すごい長い間。
40年、40、35年か。
すごいすごい。
今でもグループラインがあって、ねえ、なんか、ねえ、なかなか出会えない。
42:06
ほんとですね。
グループライン上で、元気とかって言いながら。
はいはいはいはいはい。
近況報告をね、お互いしてたりしてたんですけどね。
すごい。
なかなか縁が長いのが素晴らしいですね。
結構大事にされる方なんですか。
ねえ。
なんかやっぱりね、その、ほんと、縁がある人とはずっとつながれて、
それで、なんかね、10年くらい付き合ってなかったのに、パッとまたね、出会ったりして、っていう子もいたりして、
不思議だなーなんて思いながら。
不思議っすね、ほんと。
そうそうそう。
だから子供の頃に遊んでた子と、なんか久しぶりに出会って、去年だったかな、なんかランチに行って。
急に。
うん、ほんとに急に。
急にね。
あの、妹、姉と妹がちゃんとした仕事、ちゃんとしたって言えばいけないけど、仕事をしてるんで、
結構姉と妹は、地元では名前が伝わってる人なんですよ、姉と妹がね。
はいはいはいはいはい。
そういう仕事をしてて、妹がなんか、出会ったよーとか言って、私はその同級生と。
はいはいはいはいはい。
そこからまたつながって、久しぶりに出会おっかみたいな。
へー。
その時必要な家やったんですかね。
そうそうそう、そんな感じでね。ほんと不思議。そんな。
家の仕事はずっと続くんですか。
結構それが、父親が病気になっちゃって。
あらま。
めっちゃ風が強くてごめんなさいね。たぶん風の音がすごい。
大丈夫です。
めっちゃ風がすごいと思う、ごめんなさい。
風はすごいだなって思ってます。
あの、聞こえてます?電車の音。
聞こえてますよ。
ごめんなさいね、電車。電車に乗らなくちゃいけなくて。
それでね、ほんと。
それで父が病気になっちゃって。
それで会社を畳むことになっちゃったんですよ。
もう畳むことになったんや。
そうそうそう、もう父が亡くなっちゃって。
もう続けられないから。
なるほどね。
そこがちょっとまた大変だったんですけどね。
どうにかこうにか畳んだんですけどね。
なかなかでも、今思えばいい経験って言ったらいけないですけどね。
姉や妹も大変です。
45:00
姉や妹の方が大変だと思いますけど。
私も個人的にすごく、やっぱり会社は夫妻がゼロってないんでね。
そっかそっか。畳にしてもお金かかりますしね。
そうそうそう、すごくかかるんで。
でも勉強になりましたね、そこで。
自分で動こうと思って、弁護士使うとお金かかるから。
めっちゃ調べて、裁判所とか行って聞いて、どういう風にしたらいいかとか聞いて。
あ、そうなんや。
あとCIAの封筒さんやおじさんに聞いたりとかして。
それでどうにかやったって感じですね。
すごい。それまで何年ぐらいで潰れちゃったんですか?
潰れてはなくてもう廃業っていう感じですよね。
潰すのはちょっとカッコが悪いから潰れる前に廃業届を出したっていう感じで。
20年?
20年は勤めたかな?やったかな?私は。
その飲食店自体は80年続いたんですよ。
すごいな。
だから曹操風の時代からやってたのを畳むという。
大事件ですね、結構。
でももうしゃーないし畳もうみたいな。
しゃーないはしゃーないですからね、そこは。
無理して続ける。
確かに確かに。
無理して続けることもないし。畳もう、畳もうみたいな。
畳もう、畳もうみたいな。
父は病気しながらもいろいろと思う。
思いはあるでしょうからね、そこは。
そうそうそう、そんな感じですわ。
重たい決断でしたね。結婚っていうのはいつ頃するんですか?
私の結婚は25の時にして。
そうなんや。
バセドをちょっと越えたぐらいですか?
何を越えたこと?
病気を乗り越えたぐらいですか?
そうそうそう、病気が落ち着いて、
それで市役所で出会ったんですわ。
市役所で出会ってたんや。
48:02
つまんない仕事言うてたのに。
だからね、何でもやってみろって言ってやったら、
いい縁ができるんだなっていうか。
ほんまやっすね、それは。
わかんないもんですよ。
どこに転がってるかわかんないですね、縁が。
そうそうそう、だから意外とやってみたらっていうのをやってみるのって大切だなって思って。
確かに、確かに。
お勧めされたのは一回はやってみるんですよ。
いい縁があるかもしれないしね。
いいことあるってかね。
そうそうそうそう。
それでなんですよ。
結婚は早かったんですか、わりかし。
当時は、それこそ今だと早いけれども、
クリスマスシンドロームっていう言葉があったんですよ、当時。
クリスマスシンドローム?
クリスマスまでに、だから24日、25日までに結婚できなかったら、
クリスマス定期って26日になったら半額になるじゃないですか。
当時の私たちの昭和から平成とかの頃って、
25までに結婚しないと、
半額、女の価値が半額になる。
旬が過ぎるみたいなことを言われるんですね。
そういうふうに言われて、
とにかく25までに結婚しろ、結婚しろって言われて、
だからお見合い結婚した子も結構多いんですよ、私同級生で。
とにかく25までに結婚しないと、
親にすごく心配されるし、
周りの親戚とかもすごくお見合い写真持ってくるから、
結婚するわ、みたいな。
周りからしたらちょっと遅めぐらいの出会いやったんですね。
普通、ちょうどいいみたいな感じ。
みんな25で結婚するみたいな、
25目指して結婚するっていう感じの時代なんですよ。
たぶんね、私たち世代は苦しんだと思います、これにも。
この思い込みというか、前の風潮に。
そうそうそう、風潮に25までに結婚しないとまずいみたいなね。
結構そういう刀はめられた世代ですよね、私たち。
確かに確かに。
えー、そっか。
喧嘩とかでもなさそうですね、山口さん。
えっ、誰と?
旦那さんですよ。
めっちゃ喧嘩するの?
めっちゃ喧嘩しますよ、そんな。
うそ?
しますします。
怒るの?
51:00
ほんと。
めっちゃ喧嘩する。
うそ?
殴り合いの。
殴り合った?
殴り合い。
拳で?
ごめんなさい、ごめんなさいけど。
えっ?
もう殴る、腹ね、腹。
殴るの、腹。
腹殴るん?旦那さんの?
顔はね、跡がついたらバレるからね、殴ったって。
顔はやめる。
ボディーにする。
顔はやめる、みんなボディーボディーってやつ。
そうはいいな。
そうそうそうそう。
水墨画はいつ出会うんですか?
水墨画は母親の友達だったんですよ、水墨画の先生が。
あ、そういうことね。
もう、それで子供の頃から母親の友達は知ってたけれども、
まだ画家の活動はしてなくて、濱田助邦先生って言うんですけど。
なるほど。
それで濱田助邦先生が40過ぎてから中国に絵の勉強に留学に行かれて、
それに帰ってこられてから、
古典をされたんですけど、ミニ古典みたいな。
私が高校生の時かな、ミニ古典をされて濱田助邦先生の絵を見たのが初めてでしたね。
すごい素晴らしい絵だなと思って。
それから母は友達なんで、濱田先生の教室に通ったり、お友達同士でね。
通ったりとかしてたんですけど、私は大学行って勤めて、
帰ってきた時にもう仕事する気もないし、体もしんどいし、
失意で帰ってきてるんでね、何にもする気がないから、
濱田先生の絵の教室に通わないって言われて、
気分転換で行ったんですね、じゃあ。
そうそうそうそう。
そうしたら楽しくて、それであの水墨画を先生から学ぶというのが。
じゃあ結構20代前半ぐらいで始まってるんや。
そうそうそう、水墨画を本格的に学びだしたのが、そうですね、20なんですよ。
早い。
そう、だから当時はほんとおじいちゃんおばあちゃんばっかりだったので、
生徒さんが、水墨画って渋い趣味なので、
みなさんに可愛がっていただいて、
なるほどね。
ほんと、みんなの孫みたいな感じで。
可愛がられそうですもんね。
楽しかったですね、今思えばほんと。
すごい。今も販売もしてるんですか?水墨画。
販売を手売りでしかしてないんですけどね。
それこそ、ネットがちょっとわかんない。
54:01
はいはいはい。
わかんないから、オンラインでいつかはやろうと思ってるんですけど。
なるほどね。
なんかでも、従来の水墨画ってなかなかみんな受け入れがあんまり受け入れがたいと思うんで、
ちょっとインテリアっていうか、洋間にも飾れるような、
洋風チックな、洋風チックって言ったらいけないけども、
洋間にも合うような絵を作ったほうがいいかなとかって思って。
すごい、じゃあ今後はそういう今の時代に合わせた水墨画を作っていこうかな、描いていこうかなって。
そうそうそう、水墨画を描くけど、
ちょっと洋風な額に入れて飾っても合うような題材を描いてたほうがいいかななんて思います。
すごいですね。
めっちゃ海外とかで人気出そうですよね。
海外の人はね、ほんと好きですよね、ああいう墨絵とかああいうのが。
絶対好きだと思いますよ。
私は色付きの絵も描いてるんですけどね。
色付きで、墨も使っての。
海外で言うと。
ほんと、そんなも考えながらですね。
すごい。
そうそう、そうなんです。
ラジオのパーソナリティもしながら。
そう、ラジオ4月10日からね、ダラーズFMで始まるんですけどね。
いやもうこれ今練習中で大丈夫かなとか思いながら。
今練習してるんですか?
練習、やっぱ朝番組なんで、テンポよく明るめに話すっていうのが、
絵みたいな、私がだいたいこんなちょっとのんびり系なんで。
でも元気は元気じゃないですか?
元気は元気だけど、もうちょっと早く。
はきはきとしないといけない。
早く喋らないといけない。
はきはき早く明るい感じで喋らないといけないっていうのが、
やっぱちょっとすごいな。
プロの世界ってすごいなとか思って。
ちょっとチャレンジしようかななんて。
なるほどね。
思ってますね。
歌の方もたまにインスタで上がってますよね?
歌もね、弾き語りをして、ボーカルを今習ってるんで。
ダイナミキさんっていうジャズボーカリストを習ってるんで。
それとあとちょっとだいぶ先になりますけど、
8月29日に東京でのコンサートに出ることになったので。
コンサート出るんですか?
そう、だいぶ先すぎてね。
57:01
まだ何にもアナウンスしないんですけど。
遠藤さんのライブで話させてもらったかな。
ラニーラッカーさんっていうスペルの歌手で、
日本に広めた方がいらっしゃるんですけど、
その方とご縁があって、
ラニーラッカーさんの75歳のアニバーサリーコンサートに、
私もクワイヤーの一人として出演させていただくことになって、
東京で行ってきます、舞台に。
新宿だったかな、また教会の名前忘れちゃった。
東京なんて教会。
ありがたい、このところでご縁だなと思って。
ご縁なんですね、それも。
ご縁です。
あー、すごい。
ラニーラッカーさんも、
もう自分で掴んでいくしかないっていうか、
ラニーラッカーさんもこんな、
私三重地方のどいなかですけど、
ラニーラッカーさんのコンサートが素晴らしくて、
こっちでワークショップとコンサートしたいと思って、
友人と主催者になって、
ラニーさんの事務所に直談判したんですよ。
えー。
こっちでやってくれって。
いきなり、何の面識もないのに。
面識ないのに行ったんですか。
ないのにメール送ったんですよ。
すごい営業力。
そうしたらラニーラッカーさんがいい方で、
心よく受け入れてくださって、
それは感謝ですけどね。
いい方だったんです。
普通は無視だと思うんですけど、
でもそれもダメ元で事務所に連絡しました。
来てくださいって。
通るものなんですね、思いが。
思いがね、もうすごい大きさ欲しいって。
熱望したんですね。
うるさくてごめんね、うるさくて。
やっぱり自分の運は掴まないと、
誰もね、幸せはくれないんで。
なるほど。
いいこと言うてるのに、
今日一番うるさい電車が通ってますね。
今日一番いいこと言うてるのに、
電車の音にかけ消されてるなって。
ごめんね、今電車に乗ったから。
なるほどね。
ごめん、今電車に乗ってます。
ちょうど1時間なったんでね。
ごめんなさいね、うるさくて本当に申し訳ないです。
今日は参加いただいてありがとうございます。
ごめんなさい、本当に時間作っていただいて感謝です。
何か告知とかございます?
今全部言わせていただいたのがそれですね。
それでOKですね。
本当すみませんね。
面白かったですよ、今日は。
こちらこそ。
ゆーたさんはもうOK、全てうまくされてるんで。
1:00:03
今度は生命反応やってくださいね。
そう、本当にいつしましょうって感じ。
本名します?
もちろん、もちろん。
こっそり言わないんで。
言うてもらっていいです。
言うてもいいです?
いいです。
レター送ってください、レターを。
わかりました。
やりましょう、やりましょう。
ごめんなさいね、うるさくて。
今ちょうど終わったところやった。
ということで、また次回生命ハンターもお楽しみということで、
本日のゲストはヤマメグさんでした。
どうもありがとうございました。
パチパチパチパチ。
ありがとうございます、皆様。
コメント欄の皆さんもありがとうございました。
失礼いたします。
はい、失礼します。
01:00:52

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