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裕太の深掘りインタビュー ゲスト:タナさん
2026-04-13 59:24

裕太の深掘りインタビュー ゲスト:タナさん

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感想

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00:03
こんにちは、裕太です。 本日はね、ちょっと前倒しで深掘りインタビューをやっていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
今日のゲストは、タナさんですね。
初めてお喋りしますけども、どんな会話になるんでしょうかね。
楽しみです。
さて、急な時間変更やったんでね、来てくれるかな。
なんかね、タナさんがね、この後、人間毒があるみたいで。
本当は12時からやったんですけどね、ちょっと20分早めに、
あの、ずらさせてもらっております。
ですね。
あれ、タナさん来てくれるかな。
本日のゲスト、タナさんを招待いたします。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。いらっしゃいませ。
いらっしゃいまして。
ご参加いただきありがとうございます。
いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
お年60歳って書いてますけど、めちゃくちゃ若いっすね。
ありがとうございます。今まあ61になりましたけども。
えげつない若さやなと思いましたね。
いやー、ありがとうございます。嬉しいです。
アンケート、事前アンケート書いてもらってびっくりしました、僕。
60って書いてます。
そうっすか。
いやいや、もう。
時間を大切に、もう。
いやいや、もうできるだけね、時間を引き伸ばす健康努力を日々やっておりまして。
日々やってるんですか。
今日も人間ドッグが日々やってますよ。
すごい。
もうね、生まれたからには、やっぱりもう悔いのないように生きていきたいと思ってますんで。
なるほどね。
はい。
濃いっすわ。
03:01
いえいえ、ありがとうございます。
いやじゃあ早速、ちょっとね時間のアレもあるんで。
12時40分までには終わりたいと思いますので。
すいません。
いえいえ、なんでもないっす。
さっそくかごりん旅始めさせていただきます。
はい。
じゃあ早速なんですけども、今、かなさんの今やってるお仕事とか活動とか、なんかざっくり教えていただいてよろしいでしょうか。
そうですね。私は不動産業をもう20年近くやってまして。
20年。
20年やってますね。
そもそもね、親が死んだときに、亡くなったときに、もうすごい借金というかね、家族間の借金がすごく多くて。
それとマンションをセットで僕、背負うようになってしまって。
相続したものなんですか、マンションは。
そうですよ、相続と借金がすごいあって、マンションも1棟だけね、あって。
でもそれもう売却してもう辞めたらっていう感じで、最初ね、税理士の先生、納税しないでね。
言われてたんですけど、さすがにね、やっぱり世間体みたいなのも気にしましてね。
やっぱりね、そんな親から相続を放棄してしまって、そんなあって、兄弟もいたんだよね。
そうなんですね。
義務が発生したんでね、借金もね。
なんか兄弟で今まで仲良くやってたのに、何千万ってお互い兄弟2人に返すのがね。
いやもうこれマンションを何とか活用していかないともう生きていけないなっていうところまで追い詰められましてね。
がけってますね。
そうですよ、そっからもうひたすら返済ですよ、日々。
きつい。
15年返済。
すごい頑張りましたね。
ありがとうございます。
もうそれ30半ばぐらいからね、ずっとやって。
本当にちょっと6、7年前にやっと終わって。
結構最近の話ですね。
そこからやっぱりね、今ちょっとね、コミュニティ活動とかでね、いろいろ。
鴨ヶ浦良人さんというね。
知ってますね。
YouTube講演家のね、あの方のコミュニティで自己啓発ですね、いわゆるね。
いかにポジティブに生きて人生をね、人のために役立てるかっていう方向に、自分の刀が下りたタイミングでね。
そっちに切り替えて。
やっぱり、また喋ってもいいですか?
もちろん。
それでね、やっぱり自分にできること何かなっていう中でね、自分の経験とか不動産のこととか。
そういうのをね、皆さんに情報としてお届けできたらいいなっていうところで。
06:04
すごいな。
伝達力とかね、コミュニケーションとかはやっぱりいくらね、そういうノウハウとか知識があっても伝えれなければね、意味ないじゃないですか。
そんなんでそのコミュニケーションを学んだりとか、そういうことをやっぱり日々やってる中でね、このスタンドFMに出会いまして。
そうなんです。スタンドFMされてる方はやっぱり発信、有益情報を発信してる方は私の周りすごく多いんでね。
僕もやっぱり自分を表現したりコミュニケーションをもっと上達できるために、そういう下心もありながら情報発信をしてるというのが今の現在地ということになります。
すごい。結構濃い情報を流してそうですね。だってリアルな今をね、伝えてるわけですもんね。
通常でしたらね。こんにちは。通常でしたらね、その不動産やられる方やったら、そういうのをセミナー掲示にしたりとか、情報でも有料放送とかにしてね、されるようなことも含まれるような内容もね。
僕はもうね、60歳とかになるとね、不動産業ってね、やっぱり融資がメインになってくるんでね。
融資ね。
融資で、銀行融資で物件買うんですよ。でね、融資いうのはやっぱり30年とかの融資なんですよ、我々。
いや、長いスパンなんですね。
ってことはもうね、60っていうのはやっぱり僕も気使いますからね。平均寿命からいくとね。
はいはいはい。
そういうところもあって、もう私としてはもう皆さんにお役立ちできればいいなという、そういう目的になっております。
もうちょっと事前活動に近いですね、もう。
ああ、そうですね。もうそういう形ですね。やっぱりそれでね、いいねとかね、コメントいただけると、もうそれで嬉しいんで。
すごい。
そういうスタンスで日々やっております。
いやー、すごい活動してますね。
いやいや。
遺産でいただいたその不動産から人生がこうマイナスに行ったりプラスに行ったりしてる感じですね、今。
そうですね。最初はまあ遺産と言うても、差し引きするともうマイナスやったんでね。
うわー、えぐいなー。
そうっすよ、もう。ちょっときつかったんですけどね。
まあそこからね、やっぱり返済していくとね、やっぱ信用が返済の分だけ積み上がっていくというかね。
そういうところでね、やっぱり金融機関さんも見てくださっとって、ある程度安定してきた時からそういう融資のお話もいただけるようになって、会社が発展していったという、そういう感じですね。
会社でもうやってるんですか?
そうです、会社でやってます。
すごいっすねー。
09:00
え、ちっちゃい頃は割りかし裕福な方やったんですか?
あ、そうですよ。私はね、やっぱ高度成長期って2本ありましたね。70年とかね、昔々のあの大阪万博の頃ですよ、ちょうど。
岡本太郎のね、芸術爆発だーとか言ってた。
太陽の塔がね。
あの頃に僕、まあ幼稚園とかそんな頃で、やっぱ家はもうね、親の商売いうのはもうめっちゃ置いてたら売れるって言ってましたから。
何の商売されてたんですか?
うちね、包丁売ってるお店、老舗のね、今でお好みの老舗の包丁屋さんなんですよ。
包丁屋さんやったんですね。
その頃にやっぱり、知名度とか売り上げがグーッと上がった時代でね、結構そんなんで父親は割とこう、左内輪と言うんですかね。
おーっすねー。
景気よくね、やってましたけどね。
田野さん的にはええとこの子やったんですね。
そうです。その頃はね、本当にもうええとこ言うかね、まあ商売人なんですね。大阪って割と商売人が多いんですけど。
確かに確かに。
まあ商売でこう儲かってるとこのせがれみたいなそんなポジションですよね。
なるほどねー。
はいはい。もう代々ええとことかではないんですけど、たまたま親父がうまいこと言ったみたいなところで生まれたんですけどね。
包丁屋さんか。
そうですね。包丁屋さんで包丁を売るみたいなんでね。
もうあの大阪の飲食店さんのね、板前さんとかコックさんがもうコック服のまま昼にパーっと来てね。
下駄とか履いて買いに来てね。
いやー包丁ないかーとかね、なんかないかーとか言って、はいどうぞーみたいな。
景気いいっすねー。
いやそうっすよもう本当に。
その当時の田野さんはどんな感じの子やったんですか?
いやもう本当にね、店で遊ぶんですよね、もうほんまに。
働いてるんですね、親が。
親みんな働いてるんでね。でまぁ店はね、やっぱお客さんファー来るから、ごったがやしててね。
まぁそこでね、はいそうです。
ちょっとね、修理したり包丁研いだりとかね、そんなさメンテナンスもやってたんで、裏でね研ぎ屋が、研ぎ場があってね。
研いしとかいっぱい道具とかあって。
で、従業員さんもね、でっちぼうこうって昔あってね。
もう中学卒業したら来るんですよ、店に。
え、それはもう見習いとしてもう入って、そっから。
そうですよ、三丁目の夕日みたいな感じでね。
もうあのちょっとお兄ちゃんみたいな人がやっててね。
でまぁ一緒に僕ら、一緒に暮らすんですよ、その人たちとね。
でもう晩御飯言ったらみんな並んでいただきますって食べて。
朝なったら仕事して。
でまぁ車でね、配達とかいうのがあってね。
12:00
配達に連れて行ってもらうのが楽しみでね。
ちょっとしたお出かけみたいな。
そうです、もう親はそんなね仕事してるから、このどこそこ商店までこの荷物運ぶとか。
まるまる商店に行って帰ってくるみたいなね。
その当時は寂しかったりとかないんですか?楽しかったりとか。
いやもう楽しいですよ。
いろんな人来るしね。
ごちゃごちゃしていろんなお店のね、美品で遊んでましたけどね。
そんな時代ですよ、もう。
なるほどね。
お隣さんとかも距離が近い時代ですもんね。
近いですよ、隣とピタッとくっついてますからね。
うちね、大阪のナンバーっていうね。
あのドトンボリとかある、あそこに商店街が。
今もあるんですけど、そこでやってたんでね。
そうなんですね。大阪の中でも結構。
誘惑だらけですよ。
誘惑だらけ。
そうですよ、もう。
確かに。
すごかったですけどね、昔。
お友達も結構多かったんですか?
多いですよ、多いですよ。みんな商売してたりとかするんでね。
もうあの辺で遊び回ってました。
ゲームセンターとか、百貨店の屋上から、地下街から。
いろんなところで遊べたんでね。
そうなんですね。
そうです、そうです。
そんなね、どこで住んでんねんってよく言われました。
家どこ行ってナンバーで住めたら、ナンバーでどこで住むの?
どこあんの?
お店ばっかりやしね。
でもね、我々はね、やっぱりお店の2階とか3階で住んで、
階段降りていって、お店ガラガラ開けていらっしゃいみたいな。
なるほど、一体化してる世界なんですね。
そうですよ、もう。
仕事と住居が一体ですね。
高い目なんてないですね、仕事と家庭の。
ないです、ないですよ。
そうです、そうです。
すごい。
5兄弟はいたんですね。
そうなんですよ、兄弟3人でね、お兄ちゃん2人。
3兄弟。
そうなんですよ。
爪っ子なんですか?
そうなんです、僕一番爪でね。
しかも年がめっちゃ離れてますね。
13歳離れてます。
結構離れてますね。
そうですよ。一つ上でも8歳離れてて。
本当にちょっと大人と子供ぐらい違って。
大人はできるぐらいのレベルですもんね。
そうです。
結構可愛がってもらったんちゃいますもん。
そうなんですけどやっぱりね、親がいなくなるとちょっとね、
関係性がちょっと変わりましたんでね、
これはちょっと僕もびっくりしましたけどね。
そうですね。
親がいるときはね、やっぱり違うんやなみたいなのはすごい実感しましたね。
15:01
田中さんも結構子供ながら俯瞰して見てる感じですね。
そうですよ。爪っ子ってね、そういう特性があったりするのと、
僕自身がね、わりと共感力が高いんですね。
最近気づいたんですけどね。
結構ね、人の感じ見ただけで分かって入ってくる部分すごい多い。
はいはいはい。ちょっと繊細なあれを持ってるんですね。
わりとね、それね、昔気づかなくってね、
もうすごい引っ込み事案で、
引っ込み事案?
もうめちゃくちゃ引っ込み事案で、もう人前での嫌で。
今のこの子は色からは想像できないですね。
いやもうね、そこをね、自分で変えようって思ってね、
いろいろね、この鴨頭さんから学んだんですけどね。
そうなんですね。
まあまあね、もうコンプレックス持ってる人ばっかりなんですよ、実はね。
そういうね、やっぱりね、自己啓発ってやっぱり、
もともとから備わってる人もいるんでね。
でも、そういうのが欲しいっていう人が逆にないから来るんで、
結構みんなね、コンプレックス持ってきて、
で、それをこう自分でこう変えていくっていうね。
そんな感じで。
でもね、やっぱり共感力が高いが故に、
人の顔色がやっぱり入ってくるから怖かったんですよね、昔は。
情報がもう全部手に取るように分かっちゃうんですね。
そうなんですね、それでやっぱり出れないっていう、
もう信頼してる人だけしか会えないとかっていう、
性格にそういう能力が自分をそうさせてた部分が。
それは対友達ですか、対大人ですか?
いやもう、見知らぬ人はみんなやっぱり、
見た感じで分かるんでね、なんとなくね。
せやから言って取って食べられたりはないのにね、
なんで怖がってたんかっていう話ですけどね。
でも怖かったんですもんね、その当時の棚さんは。
怖いですよ、怖いですね。
目が怖かったですね。
その当時ってこう習い事とかっていう文化あるんですか?
習い事はありましたね。
なんか習ってました?
いや僕はね、もう本当に塾とかはやっぱり、
もうやっぱりね、友ばたらきなんでね、親はね。
やっぱりなんかどっか行かしといたらええ。
とりあえず行っとけと。
そうですね。
勢いのあるお父さんお母さん。
塾とかね、そんなもうエレクトーンとか。
エレクトーン。
エレクトーンはね、ちょっと門前払いみたいなね、エピソード。
そうなの?
来てね、ちょっとひゅいてごらんみたいなんでやって、
いやもうちょっとしてから来た方がいいねって目の前で言われてね、
いまだにね。
ショックですね、それ。
そこでいやそんな言うんやとか思って、
そもそもほんまに手引かれて帰ったんですよね。
かわいそう。
それはもうよく覚えてますけどね。
それは辛い経験ですね。
辛かったですね。
中学入っても同じぐらい引っ込みじゃないですか?
中学はまあまあやっぱり仲のいい友達は、
18:01
小学もそうでしたけど、
中はやっぱり仲のいい友達はやっぱりこう、
仲良く遊んでましたけどね。
普通に接してね。
そうですね。
ただやっぱりちょっと知らない人はやっぱり苦手っていうのはもうありましたね。
変わらずね。
はい、そうですね。
勉強は結構できたんですか?
勉強はもう僕嫌いでしたね。
塾とかは行かされるけども苦手な。
そうですそうです。苦手苦手です。
もうやっぱ好きなことしかできないんですよね。
もう本質的に。
なるほど。
なんかこう…
その時何が好きやったんですか?
いやもう僕割と英語と数学は好きでしたね。中学の時。
英数なんですね。
英数が好きでしたね。
それ以外はやっぱり…
もう一つやったんですね。
もう一つでしたね。
たまたま塾の先生が良かったんですけどね。
英数でね。
行かされた塾がたまたま良くて。
相性が良かったんですね。
それが楽しくて。
もう楽しいから勉強したっていう。
ただそれだけなんですけど。
人で勉強した感じなんですね。内容というよりかは。
本当そうですよね。
珍しいタイプですね。
いやもう学校のやっぱ授業がもう嫌で面白くなくて嫌で嫌で。
他の生徒がやっぱ怒るんですね。先生。昔の先生って。
結構ね、個人攻撃みたいなんで怒ったりした時代があって。
それで怒られてる生徒を見るともう本当に落ち込むんですよね。
こっちまで。
もらっちゃうんですね。
もらうん。もらうん。
それは嫌だよな。なるほど。
そこから教育方針がね、僕ら中学の時変わって。
それが禁止になってきた。あんまり逮捕したらダメよってなって。
なった時どうなったかって言ったら。
今度はもう学校のその行儀悪い連中が先生のことをめちゃくちゃ言うようになって。
逆転しちゃったんですね。
それがまたね、やっぱりそれはそれでね。
もらいそうですね。
もう本当になんでそんなね、人に対してそこまで言うかなって。
まあ子供ってね、やっぱりちょっと言いたいこと言うんじゃないですか。
そうですね。多少はね。
もうやったりとかもうスルーガラスとかね、割ったりの時代になってきてね。
もうそれが禁じられなくってね。
人間としてどうかなっていうのは。
中学生なりにね、ちょっとね。
考えちゃいますねそれは。
もう超冷めてしまって。
本当に不登校っていうのがね、その当時はなかったから。
もう学校だったらもうすぐ僕帰ってましたね。中学後半ぐらいからは。
もう誰とも吊るまないみたいな。
もう吊るまない。もう部活ももうやらないしっていう。
こんなんでしたよ。
21:01
もうなんかそういう学校の荒れた空気感がすごい嫌で。
先生が気の毒で気の毒でね。
うわーすごい。優しい人っすね、棚さん。
いやもう本当に。
あれ自分がもし先生やったらもうメンタルズタズタやろうなっていうようなね。
ことを言うたりやったりするから。
女性の先生もやっぱいるじゃないですか。
そんな先生もやっぱり平気でね。
もう言いたいことを言うてる現場がもうちょっと辛かったっすよね。
きついっすねそれは確かに。
だったりする。
すごい学生生活を送っちゃいましたね。
そうですね。もう中学時代前半と後半でも
全然違う。
生徒の立場が下国状になる。
そんな時代ですよ。戦国時代。
高校はどうやって選んだんですか?
高校はね、親がね建築を学べっていう。
建築を。
建築を学べってなんか言うんですよ僕にね。
僕もそんなできなかったから。
でも建築家って普通家じゃないんで。
ちょっと優しかったんですよね。
建築家で合格できて工業高校。
工業高校行ったんですね。
そこで建築を学ぶっていうことになったんですよ。
それが結構僕好きであっててね。
よかったですね。
やっぱりね、ああいう構造とか組み立てて
物を作るみたいな大きな建造物を作るみたいな
図面をひたすら敷いたりとか。
そういうの好きで。
そこは結構楽しく建築は学びましたね。
そうなんですね。
学校生活は結構楽しかったんですか?
楽しかったです。
高校はね、やっぱり私立やったんで。
私立ってやっぱりね、先生もやっぱり
割と厳しく教えてくださってね。
厳しいと生徒もまとまる。
確かに確かに。
すごい賢い子らやったら
先生がそんな厳しくなくても
シャキッとする部分もあるかもしれないですけど
僕らそんな賢くなかったから
先生が厳しいとまとまるんですよ。
なるほど。ちょうどよかったね。
そうなんですよ。
それで仲間ともね、いろいろ出会えて。
そこは結構楽しくね、みんなでワイワイやってましたけど。
いいっすね。彼女とかできたんですか?
彼女はね、高校生の時はできた。
できましたね。
いいっすね。
そうですね。
昔ね、フリスビーってあったんですよ。
フリスビー。
応援番。
あれが好きでね、みんなでフリスビーして遊んでたんですよね。
楽しそう。
ただ、我々は工業高校やったんで
もう男子ばっかりで
24:02
中学時代にね、公立の教学校に行った仲間が何名かおって
なるほど。
その仲間と一緒にね、遊んで
そこには女子も何名かいて
みんなでフリスビーしたりとかして
そんな高校時代ですよね。
最近改めてまたフリスビーやり始めたんですよ。
いやいやいや、すごいっすね。
復活してますね、気持ちが。
そうなんですよ。
ちょっとね、コミュニティで誘われて行ってみたんですけど
優勝できてね、さすがにお金があるなと思って
フリスビー、ゴルフとか今あってね。
あー、そういうことっすね。
そうなんですよ。それやってみませんか?
そういや、高校の時やってたんで出ますわ。
すげー。
優勝できたんでね。
いや、また改めてやろうとか思って。
結果出てますね。
そうなんですよ。
やっぱりね、そういうね、昔の経験を大事にしとくと
また復活できるんやなって。
すごーい。
やっぱ体覚えてるもんなんすか?
そうです、覚えてますね。
すげー。
フリスビー仲間がおったんすね、高校時代。
フリスビー、本当に。そうですそうです。
彼女もでき、学校もね、学びたいこと学んで。
最高っすね、高校時代。
いや、まあ高校時代は面白かったですね。
そこから大学はどうなっていくんですか?
大学はね、あの本当にもう、いや大学、
僕はもうあの二部でね、また建築を学ぼうと思ってたんですけど、
やっぱり二部はまああかんって言うんですよね、家族、親がね。
二部ってなんすか?
二部っていうのはね、夜間学校、今はないんかな。
夜間学校ね、はいはいはい。
夜間学校でやったらまあ入れるっていうことやったんで、
建築を学びたいから。
まあ夜間学校行って働くわって言ったんですけど、
なんか親はプライドあるみたいでね、
いやそんな夜間なんか、そんなんはいかんと、
昼間のとこ行け言われて、
もうすごいエフランの大学でね、
もうあのすごい優しいエフランのぼっちゃん学校に行ったらどうやら言われて、
あんまり気に進まんかったけど、
まあちょっとね、そこにしようかって言って、
まあそういうね、もうすごい簡単に入れる大学に入学して。
まあそこはそこでね、楽しかったんですけどね、
結構お金持ちのねおぼっちゃんがいっぱいおってね。
いいところが多かったんですね。
そうなんですよ、ぼっちゃん学校やったんでね、
それはそれでねやっぱり、
僕もまあそういうなんか、
豊かな空間、なんか世界って好きなんでね。
みんなとかもすごいみんな、
そんな生き方あるんかみたいなね、
みんな会社乗ったりとかしてね。
周りそんな金持ちなんですか?
その当時の時代背景もあったんですけど、
その当時バブルやったんですよ、また今度はね。
高等成長期が終わって、
27:00
今度はバブル景気。
バブル景気の時に僕ら大学生やったんで、
もう親金持ちの子らばっかりなんですよ。
そういうことなんですね。
ほんでそのBMWとかね、
ちょっと小型のベンツとかで来るわけですよ、学校へ。
で、まあ学校は上級生は乗ってこれたんですよ。
で、下級生は乗ってこれないんですけど、
近くにバン止めてね。
で、そっからタクシーで学校まで行こう。
帰りそんな乗せてもらってね、
いや、こんな会社ってこんなやねんな。
当時はね、やっぱり日本社と外社ってね、
やっぱり性能とかクオリティ全然違っててね。
いや、外社ってこんなやねんなって思って、
すごいなって思って、
もうそんなんで、じゃあ喫茶店行こうかとかね。
もう昔はカフェとか言わなかったからね、
茶店行こうかとか言ってね。
茶店行こうとか言って、
そんなんでその乗せてもらってね、
あと震災橋とかね、三宮とかね、
僕ら神戸やったんで、
そんなとこ行ってちょっとお茶飲んだりとかって、
そういう学生のたしなみみたいなね、
その遊び方。
すごい。
そんなんをちょっと。
やっちゃんの言う通り派手やなって感じですね。
そうです。
派手派ですね、やっぱバブリーは。
そうなんですよ、あの時代は本当にね、
もうそんなんで、
みんなね、親に買ってもらったり、
女の子でもね、車買ってもらったとか言って、
乗ってきてやったりとかね。
そんな学生時代にやっぱりね、
仕事で成功したいなっていうのはやっぱり芽生えましたね。
そういう生活。
僕はそんなね、親からないしなとか思って、
でもこんないいなとかって、
いい車乗りたいなとかって、
もう純粋に乗せてもらってね、
思いましたよね。
イメージしやすいですね、周りがそうやって。
いやもう本当にそうですよ。
一家庭に入りそうっていうのが目に見えますよね。
いやいやでもねやっぱり、
どうしようかなっていうのはありましたよ、学生時代に。
そうなんですか。
どうしたらじゃあなれるかなとかっていうのは、
ぼんやりと思ってましたね。
なるほどなるほど。
そうですね。
大学の中で何かしたいって思えたのか、
外を見て、交流とかしての情報なんですか。
いやもう本当に大学時代はもう本当に、
そういう思いだけを温める時期で、
新卒で就職、
その当時はやっぱり学生時代から企業とかっていうのは、
なかなかそういうのはなかったんでね。
まあやっぱり卒業して新卒で就職してっていう、
30:00
そういう道の中でね、
じゃあもうとりあえず4年間はこんな楽しい世界さすがに、
まあちょっとどっぷり使いたいっていうのがあるけども、
まあ卒業して就職したらもう完全にこれはもう捨てないと、
絶対に。
やっぱ俯瞰してますね。
いやもうそれはね、覚悟してましたね。
こんなのありえないと。
いやもう絶対にね、
就職したらやっぱり世間の目も絶対変わりますからね。
もうそっからは自分で生きていかなあかんから、
やっぱりいろんなね、
友達がどんなふうなことをしてる、どうするかとか、
いろんなことを聞きながら、
情報収集してたんですね。
やっぱ東京に行きたいってすっごい思いましたね。
東京への憧れがあるんですね。
東京で学ばないと、
なんかね、やっぱ大阪よりも、
やっぱり証券が大きいじゃないですか。
やっぱり首都東京ですから。
やっぱ大阪で自分がいずれ仕事するにしても、
やっぱ大阪よりも東京で学んできたことを、
大阪へ持ってきた方がええんちゃうかって思ったんですよ。
東京で就職志望っていう形で就職活動をして、
そのタイミングで家出るってことですか。
あ、そうですそうです。
家も出て一人暮らしもして、
やっぱり自立していかんと、
さすがに自分3番目で、
昔の日本って、
家長制度っていうのはね、
長男は全部継ぐ、後はなし、勝手にせえみたいなのが、
昔の日本のその式たりが、
そういうのが軽くうちの家もあったんでね。
そこはやっぱり、
俺も何もなしで生きていかなあかん。
なるほどね。
分かったんですね。
なんとなく分かってたんで空気的に。
じゃあもう東京で学んだことで、
仮に大阪で仕事をするにしても、
その東京で得た人脈であるとか、
仕事のノウハウを使って大阪でやりたいなっていうので、
東京に行ったんですね。
なるほどね。
やっちゃんが、棚さんはじめましてですが、
めっちゃ関西弁なんですねって。
あ、そうですよ。
バリバリの関西人ですよ棚さんは。
いやー。
ナンバー住んでたから。
でもね、お父さんの包丁屋さんを継げとは言われなかったんですか?
いきなり東京に行くって言っても。
いずれ一番向いてる人間に継がすっていう。
3兄弟はおかしい。
そん中で。
そうそう。
競争させるみたいな。
33:01
じゃあ僕も競争に参加しようとか思って。
でもいきなり入っても勝てないというかね。
教えてもらうだけじゃないですか。
やっぱ上13歳も年上やからね。
そうっすよね。
だから自分は全然違うところで修行をして、
そこで得たスキルで挑戦しないとっていうふうに思って。
じゃあいつか帰ってこようかなって思いながら東京行ったんですね。
そうです。
なるほど。
だから同じ業界で就職したんですよ僕は。
どこでも包丁のそういう業界?
包丁よりももっと上の上っていうかね。
包丁ということは厨房とか台所じゃないですか。
だから厨房の冷蔵庫を作る会社やったらもっとお店とかそういうところから学べるんで。
もっと広い拡大してビジネスできるんじゃないかなっていう。
すごい。先のことまで考えての就職やったんですね。
そうですね。包丁だけだとちょっとあれかなって思って。
なるほど。
それで冷蔵庫のメーカーですね。
メーカーに就職しましてね。
当時ねこれ言ったら笑われるんですけど、
当時トレンディードラマがめっちゃ前世の時代でね。
やっぱり俳優が東京でスーツ着て働いて恋愛して。
でちょっとそのライバルが現れて恋人も失いそうになりながらもこうやっていくみたいなストーリーが結構もてはやされてた時代で。
やっぱり憧れてね。やっぱり東京で働くんやったらビチッとスーツ着てなんかこうすごい高層ビルにエレベーター乗って。
すごい景色の良い会議室でね。やり合うみたいなね。
トレンディーですね。
そうなんですよ。絶対に注文を取るみたいなね。イメージしてたんですけど。
冷蔵庫メーカー入ったら点検に行ってくれって言われて作業服渡されて冷蔵庫お客さんの点検に行くっていうね。
チェック項目が何項目かあってチェックをしていくわけですよ。
それを1日5件とか6件訪問カード渡されて回ってきて。
作業服着て車も上野人しかないから新卒はもう地下鉄で地図持って。
当時スマホもないんでね。小さいポケットマップを持って工具箱持って。
荷物大変。
作業服でもう本当に東京なんで銀座とか上野とか行くんですよ。
36:00
上野のレストラン○○の冷蔵庫の点検終わったら次は銀座3丁目の喫茶○○に行く。
全部だんだんドロドロになってくるんですよね。
冷蔵庫の蓋開けたりとか掃除したりとかしたらね袖が汚れたりとか。
周りOLとかビジネスマンがスーツ着て雑談してる地下鉄の中こう入っていってね。
僕も新卒で入ったんやけどなんで僕だけこれみたいな。
全然スーツも着れてないし。
そうっすよ同年代はみんなねそんな感じで喋ってるわけですよ。
ブリーフケース持ってね。
めっちゃ重いし工具箱金土とか入ってるのにドライバーとか。
それでこれが自分のイメージしたビジネスの姿かとか思って。
だいぶ現実とのギャップがありますもんね。
これはいかんなぁとか思って。
なんとかこれ聖方さんとちょっとまずいなぁとか思って。
聖方さんとって思えたんですねそこで。
そうですよやっぱりもう新卒で東京入ったのが50人ぐらいいたんですかね。
ほとんどがそういうサービスです。
ルート営業とか本社はあるんですけど。
そういうところでほんまに1人か総務に入りましたとか。
ちょっと人手が足らんから1名入りましたとかですんで。
50分の1か2ぐらいで。
当然僕ら浅草っていう雷もある。
あそこで営業所小さい営業所でね。
本当に5人か6人ぐらいの所長以下のスタッフがおって。
そこでやるんですけども。
いやもうこれかなわんなぁとか思って。
店舗、厨房部みたいなのが本部にあってね。
僕厨房がやっぱりやりたいお店包丁屋家包丁屋やし。
厨房の仕事のノウハウを覚えればそれで大阪帰ってきた時に
包丁屋さんやから板前屋さんとかコックさんと仲良くなったら
お店やりたいっていう人に
じゃあ厨房全部買ってくださいって言えるかなとか思って。
厨房の部署に入りたいなとかと思ってね。
なるほど。
当時保守の契約みたいなの。
契約取れるか取られへんかが新人のできる仕事なんで。
なかなか冷蔵庫1本売る言うたら何十分するもんね。
でもまあ保守契約やったらサブスクなんで。
契約取ったら1ヶ月2万円でずっと無料で点検もしてくれて
39:06
そこそこ無料のサービスついてるっていう
そういうサービスがあってね。
保守契約を取ろうみたいな
そんなんが通達で回ってきて。
で本部からじゃあ保守契約頑張って
これ取って目立ったら
活かしてもらえるんちゃうかなとか思って。
そこから私は厨房の本部行きたいんですとか言いながら
車内でね。
行く先々で保守契約取ってくださいよ
これ取っといたら安心ですよみたいなね。
もし冷蔵庫壊れて腐ったらどうしますみたいなね。
そういうやったら安心ですよすぐきますしね
普通の人よりも優先的にサービス回りますからみたいな感じですよね。
今みたいに悠長には言えてないとは思うんですけど
結構進めていったんですよ。
本ならね結構一番取れますね。
すごいまた結果出してる。
それでもう取れたと思って。
そこから本部本社に抜擢されて
50分の1出たんですね。
そうなんですよ。やっと当時霞が関ビル今もあるんですけど
結構高層のほんまに新橋からして
近くに財務省とか文部省とかあるようなね
もうそのすぐ横なんですけどね。
やっと来れたわとか思ってね。
そこで本当にやっと入れたっていう。
すごい拍手が上がってますね。
ありがとうございます。
嬉しかったですよ。
新人王ですか。
ところがなんですけどね。
ところがどっこい本部本社行ったらね
総務の部長にちょっと田中君おいでって呼ばれて
会議室連れて行かれてね
田中君本社決まっておめでとうって言ってくれたんですけど
実はね田中君が配属された東京産科っていう営業部やったんですけど
中房ではなかったんですけど東京産第三営業部はね
課長がものすごい宗教にとっぷりハマってて
その部は全員宗教入ってんのよな。
やばいやん。
相談に乗ったるからなって。
役員の部長にも田中君どうだとか言って
ちゃんといけてるか誘いやるかとか言って
42:00
みんなから心配されて
めっちゃやばいっすね。
結構当時石原麻里子とかね
有名人が入ってた
今はちょっと僕忘れたけど結構でっかい組織宗教法人で
そうなんですよ。課長はしょっちゅうお参りに行くしね。
夜も絶対終わったら
なんか自分の店へ行ったら
もうその宗教の信者ばっかりのお店へ行くんです。
そういうコミュニティがあるんですね。
あるんですよ。課長はまあまあ偉い人で
霊能者って言うてはったんですけど
霊能者のくらいっていうのはもうみんなの相談聞くっていう
いやー偉いこっちゃんとか思ったら
くらいも高いんや
くらいもめっちゃ会社のレベルよりもっと偉い
えーみたいな
すげー落とし穴やんかとか
面白い。やっと本社入れたと思ったら
そうっすよ
宗教絡みでちょっとややこしい人間関係になると
これどうしたもんかなーって
こんなもん嫌です言うたらまたここを去らなあかんなーとか
っていう雰囲気ですよ。全員それですもん。
で、課長のすぐ下の人はもう
課長の妹さんを嫁にもらって
もうどっぷりなんですよ家族付きで
ややこしい
もう完全に
チームワークはめちゃめちゃあるから成績は結構上がってて
もう役員でも成績上げすぎて文句言えないみたいな課長なんで
あーなるほど結果を出す男なんですね
そう朝も来ないんです会社
そうですよ朝朝礼も来ないし
すごい
昼ぐらいからバーっと来ておはようございます
もう役員もちょっとこう
一目置いてるような
夜はもう一回お客さんと飲みに行くみたいな
朝は来ない
こんにちは
こんにちは
そんな
そんな人でねもう
いやもう驚きの展開ですね
なかなか
それ何年ぐらい勤めるんですか?
僕ねそこ3年勤めましたね
3年も勤めたんですね
はい3年勤めました
もう途中で腹くくって
いやもうこれはもうどっぷり入ろうと思って
手合わせてこうしゃがんで
喋ってたらええわと思って
なりすましたんですか信者に
もうなりすましましたよ
面白い
なるほど
何があれで3年で辞めやがったんですか?
いやもうね親が帰ってこいって言うんで
45:00
そういうことですねやっとタイミングが来たんですね
そうなんですよ
なるほどなるほど
で大阪に戻った
大阪に
ところがね大阪に帰って実家に帰ったら
大阪でもその宗教法人に
うちの母親は箸を売っとったんですよ
箸を
1ヶ月に1000本とか注文来たら
電票買い取ったんですよ
これやってんの?
そうやでって
電話くんねえとか言うから
それやったら僕やるわって言って
そこ担当させてって
その〇〇宗教法人ね
僕ずっとお参りしとったから
いやそれもまだあれですよ
隠れキリシタンですよ
隠れキリシタンっておかしいけど
隠れキリシタンの逆バージョンやね
そうですね
キリシタンや言うてて仏教
違うっていうね
そんなポジションやったんですけど
ほんなら白僕白やから
白ほんならそれやりーとか言って
担当者や
言ってご挨拶して
いや実は東京の総本山で
〇〇霊能者の方に教えいただいてました
言うたらもうすとく
厨房の注文がバンバン来るようになって
すごい
無駄じゃなかったんですね
信者食堂なんか言ったら
何百人も来るような大食堂でね
もうお茶碗100個
どんぶり50個とか言うて
バンバンハックス来るようになって
まじっすか
そうですよ
すげえ
結果が出てる
いやもうほんとにね
信者ってすごいんや
やっぱり信者になったらもうほんとに
そこはもう全部
やっぱり信者じゃない人からは
買いたくないんですよね
なるほどね
考えがそぐわないとね
一致しないとねそこは
そうですよ
それでもう信用を得てるんで
だって総本山で
そうですよ
お前にも何度も言ってたし
すごい
結構結果出せたんですよね
結果出しましたねいきなりね
それでもやっぱりね
やっぱり最初に申し上げたように
課長制度というのがあるから
最後はやっぱり長男が引き継ぐというね
なんかもう当て馬感かなみたいな
めっちゃ売上げあげたのに
そうですよ
もう大阪少女言うてね
でっかいあの
あんまり言ったらこれバレるけど
日本石十字病院いうのが
もう取り壊しになって
大阪のね
その取り壊した跡地を全部買い取って
そんなレベルで
そうですよもう大学みたいなね
もう伝道みたいなのを立て張って
それの厨房の備品全部注文もらったんですよ
うーわ
もう番号台の壁に入ったでしょ
売上げがね
そうですよ
ねー
すげー
まあそんなんやったんですけどね
48:01
お兄ちゃんに通話することになったんですね
でも
そうですそうです
でもね
あんまりやりすぎると今度はね
まあ兄の顔色も
メンツがね
そうです
もう父親がまあ亡くなってからはね
やっぱりなかなかね
その結果出してもなぁみたいな
空気感になってきてね
あーちょっと頑張りどころが見失ってますね
そうですよ
もうやっぱり成果出しても
喜んでくれる人がいなくなってしまったみたいな感じに
ってことはもう自分を喜ばすしかないじゃないですか
確かに
自分で成果出して自分が喜べるって言ったら
もう社長しかないじゃないですか
ってことでもう
独立
独立っていう
えー
その戻ってこいって言われてからどれくらい働いてたんですか
えーとね20年25年働きました
うわむっちゃ働いてる
いやもうね
いやもう働きながら返済しないと返済できない額やったから
あそうなんですね
不動産マンション一棟
管理も返済もしながら
包丁屋もずーっと15年間働き続けないと
そういうことなんですね
ダブルワークでやって働く
ダブルワークはいそうです
しかもその間にやっぱり借金多額に抱えたもんやから
もう嫁さんももうアイスを使って出て行って
えーマジで
子供と僕と2人で
あ奥さんだけが出て行ったんや
もうちょっとね暴力振ったりしたんでね
子供に
だからさすがにね子供置いていかねえへんし
子供はやっぱり僕が守ったらんと思ったから
ちょっと濃すぎますね田中さんの人生って
なかなかねそこ一番もうピークでしたね
すぐ何歳ぐらいですかご結婚
僕が結婚したのは33か4ぐらいですね
包丁屋さんやりながら出会って結婚されて
そうですそうです
で奥さんができて
でもうネグレクトとか子供に叩いたりもいじめるから
えー
自分はもう多分嫌だったんでしょうね借金まみれの旦那が
なるほどね
ストレスの吐け口が子供に
あそうなんですよ
おいもう出ようか出たい言うしね子供も
いやほんまに出たいんやなってやっぱ母親やからね
世界に一人しかおれんしまだちっちゃいしね
僕もできる限りしようと思うけどやっぱ仕事行ってる間
やられますもんね
もう出るって言うからね
最悪っすね
そうやけど出るって決断してくれたから僕もまあ
そっちのほうがええかなってちょっと思いましたよやっぱ子供のことを
すごい
奥さんの決断はやっぱ腹くくったんですねもう
そうですよ何回かでももう夜にね怒り出して
51:00
二人でホテル泊まったりしてましたからね
前段階として
もうそんな中で子供も腹くくったんでしょうね
もう出るもう出たい
15分間で用意全部リクタクにまとめてこいって
僕も今からまとめるから
いやそれはもう別居やからね
そこから別居やから
とりあえず明日の教科書やら全部体操も全部まとめてこい
僕お父さんも今から明日の会社の用意も全部するから
15分後に車のとこ来いとか
すげえもうドラマの展開ですよ
そうですよもう乱暴みたいな
脱出作戦ですよ
すげえ
もうめっちゃ怒り狂ってるしね
ちょっとねあの
かんの虫に触ったらちょっと抑えきれないような感じ
なるほどね
感触を起こしちゃったらもう収集
次の日まで収集できないんで
うわこわー
もうそれでねもう15分ぐらいでパパッと用意して
そうですよそっからもうホテル暮らしですよ
えーそっか家見つめるまでは
家見つめるまでは
ほんでもう集団
当時小学校今もかな集団登校言うてね
みんなで行くんですけど
集団登校田中くんいなかったとか言われるし
いやもうちょっとねあの引っ越しするから今いないからねとか言って
帰り帰りもね
ホテルもそんなずっと連泊させてくれないから
アパートじゃないから
あっちこっち行くから
いや田中くんいつも家帰る道違うとかって噂になってる
どこにいるの
どこに帰ってんのと
そうそうでもねそれバレるとねまたねその取り返しに来るっていうかね
お母さんに聞くの
あーそういうことか
そうなんですよ
でも田中くん遊びたいのに遊ばれへんとか言ってね
クレームが来るの友達からね
もう内緒やからおいでとか言って
家読んだらそれでバレたりとかねしたりして
スパイみたいな
もう大変でしたけどね
大変っすね
ちゃんと縁が切れるまでにどれくらい時間かかったんですか
結局7年かかり
7年!?
いやっていうのは不倫しとったから相手が
いやもう気持ち悪いですねその人
で不倫はもう認めないんですよね絶対に
まあねやっぱり僕はもう更新所で写真撮ってもらってたから
それを裁判所に提出したんですけど
結局そうやって否認されると
あのなんていうか高層とかね最高裁とか上級になるから
もう2年とかすぐにかかっちゃうんですよね
54:02
なるほどね
それで結局7年
時間かかりましたね
その間も借金も返しながらですもんね
借金返してダブルワークしてみたいな感じでやりましたね
でもその老舗の包丁屋さんに来られたら終わりじゃないですか
ガフガニ?いやさすがにうちの兄もおるから
電話はかけてくるんで
それがすごい嫌でしたね
もう仕事中に電話かけてきて
子供返して子供返して言われるから
いやそんな暴力を振るうのにみたいなことするんだけど
横でみんな聞いてるからね
いや嫌やな
社長の息子は何やっとんやみたいな
いや肩身狭いですねそういう
肩身狭かったですよ
ひたすら仕事するしかないですよ
そんな脇目も振らずに
とにかくここはもう仕事する場やと
そんな恥ずかしいとかかっこ悪いとか
人の引導を思われようと
とりあえず働いて給料をもらうだけって
自分の中でね
割り切って
割り切って
お子さん今何歳になったんですか
今は29です
全然大人やん
それを一緒に乗り越えてくれたんですね息子さんと
そうですね
なんか仲良さそうですね2人
いやいやそれがねやっぱりね
子供体験がねやっぱり厳しすぎたんでね
やっぱりね
親の愛情がちょっと足らなかったのか
もう一人でね今はやってくれてて
あんまりもう今は
接触ないんですよね
そうなんですね
寂しいことに
ほんまっすね
そっかそっかそっか
お子さんとはもう全然やりとりない感じですか
さすがに
もちろんそこはもう裁判所からもね
もう子供にも
禁止命令みたいな
接触禁止みたいなのが出たんでね
まあそういう感じですね
いや面白いな
いやもうね本当に今振り返ったら本当にね
もうそういうこんなんやったなぁみたいな感じですよ
不動産業はどう盛り返していったんですか
いやですんでねそれでマンション一棟返済していったら
ある程度返済終わったら銀行の方から
貸しますからビル買いませんかっていうオーバーが来た
そういうことか信頼を積み上げていくってそういうことですね
しかも兄弟に返済義務やったんで
担保が入ってなかったんです
担保が入ってないから銀行はやっぱり
融資しやすいわけですよマンション一棟あると
57:01
返済もやっぱり7年8年返済していくと
かなり減っていってるんで
そうなるとやっぱり銀行も
お客さんとして見てくれるんで
融資するんで
不動産買いませんかっていう
そういうオファーが来てそこから買って返済をしていって
ある程度返済したらまた新しい物件を買ってっていうところで
結局8棟まで進めて
一番最初に親から引き継いだのは売却しましたけど
そういう形で増やしていったっていう
すごい
いきなり不動産業やるには知識とかどうしたんですか
結局親が持ってたマンションやったんでね
最初親が生きてた時は親がこうしてくれ
ああしてくれいうのを言われたことをやってた
それと包丁を打っとったんですよね
すげえ
面白いですね
濃すぎて笑っちゃいましたわ
いろいろ
本当に普通に
なんか偉いことが起こってしまうもんやなっていう
普通に生きててもとんでもないことが起こる
とんでもないですね
起き沈みが激しいというか
激しいですね
1時間があっという間でしたわなんか
本当にゆーたさんの聞いてくれるテンポがめっちゃいいし
ほんまですか嬉しいな
声も明るいからこっちもどんどん湧いてくるというかね
これも話したいあれも話したいって思ってしまう
すごい元気になります
嬉しいっすわ面白い
最後何か告知とかあったりしますか
僕はもう本当にスタンドFMでね
皆さん聞いていただいて
いいねとかコメントくれたらめちゃめちゃ嬉しいんで
そういう感じで皆さんつながってくれたら嬉しいです
わかりました
概要欄にたらさんのチャンネルも貼っときますんで
ぜひとも見に行ってみてください
ありがとうございます
本日のゲストたなさんでした
どうもありがとうございました
ありがとうございました
コメント欄の皆さんもありがとうございます
ありがとう
では失礼します
失礼します
59:24

コメント

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