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2021-06-23 33:33

1: People - pet de nonne (パティシエ, フードデザイン, Nowhere Hajinosato 1階カフェ)

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松川幸子さんをゲストに迎えて、pet de nonneについて話しました。 

  • pet de nonneの名前について
  • pet de nonneのはじまり
  • 神戸カレー屋パティシエ
  • 中国人たちとの京都暮らし
  • 狂った街マルセイユ

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サマリー

今回のエピソードでは、松川さちこさんが自己紹介しています。彼女はノーウェアの1階カフェで働いており、ペルノンヌという名前の焼き菓子を担当しています。さらに、お菓子作りの経歴についても話しています。このエピソードは、ノーウェアの1階カフェのオーナーであるさっちゃんとの対話をお届けしています。対話の中で、彼女はカフェを始めるきっかけや地元の人々からの支持について話しています。

自己紹介とペルノンヌの焼き菓子
今日は、ノーウェア・端野里で収録しています。
まず、さちゃんの方から自己紹介をお願いします。
松川さちこと言います。
今は、川内松原に住んで、
ここのノーウェアまで、端野里まで仕事をしに来ています。
ノーウェアの1階のカフェを担当しながら、
焼き菓子はペルノンヌという名前で、
もう20年くらいかな、やっています。
20年やる、続けるって。
それは同じブランドでやってるって感じなの?
そうなんです。
ペルノンヌは、もともと、
学生の時にイベントをしていて、
友達とか知り合いとか、てっちゃんもやってたんですけど、
音楽とアートと、
っていうイベントをやってた時に、
お菓子で出展してて、
その時に、じゃあ名前がいるよねっていうので、
名前を付けたっていう感じです。
じゃあ、名前も学生の時に付けたって感じなの?
それを変えずに、20年間やってるという感じなの?
20年くらいやってて、
お菓子を20年くらい作ってるって感じで、
もともとお菓子好きだった?
お菓子好きな経歴とフランス語の選択
そうですね、高校生の時にすごくハマって、
専門学校行きたいと思ってたんですけれど、
とりあえず大学行きなさいっていう感じだったんで、
それに流されて、
でもじゃあ何がやりたいかっていうと、
お菓子に関係あるもの、
外国語もすごく興味があったので、
その2つをセットにすると、
フランス語っていう選択になって、
で、フランス文学館に行ったって感じなの?
フランス文学館に行ったって感じなの。
高校生の頃にお菓子を作ってたってあるんですか?
はい、作って学校に持って行って、
食べてもらうっていう日常でした。
そうなんだ。
じゃあその時から、
人に食べてもらうみたいな体験は、
高校生の頃からしてたって感じなの?
そうですね。
別に他に何も取り柄がなかったので、
それが唯一自分が人と違うできることっていう感じで、
めっちゃどんどん作って、どんどん持って行ってましたね。
じゃあ高校は教学だったんですか?
そうです。
普通の高校ですね。
じゃあ男子女子がいて、
で、時には男子が食べたりとかってあったんですか?
いやー多分友達ぐらいにしか、
女の子の友達に持って行くっていうそれぐらいでしたね。
そんな知らないというか、近い関係の人ばっかりでした。
とりあえず作ってみて、
部活の友達とか、
ああ、部活のね。
なるほど、なるほど。
じゃあ高校の頃から始めて、
お菓子作りがスタートして、
それが大学に入って、
ブランドとして決めて、
で、そこから大学時代を過ごして、
仕事にしてみたいな感じになったんですね。
そうですね。
大学を卒業したら好きなことができるっていう感覚でいてたので、
フランスでのお仕事経験と友達の出会い
とりあえず大学中もずっとケーキ屋さんでバイトしたりしてて、
普通にその後専門学校行くのかなってなんとなく思ってたんですけど、
大学生、2回生くらいの時に、
語学留学とかを一回してみようかなと思って、
向こうの学校を調べ始めた時に、
聖火学校を見つけて、
じゃあ向こう行けばいいやんっていう感じで、
学費も相当日本に比べて安いところだったんで、
それを決めてからはすごいフランス語も頑張りました。
だいぶ年を取ると話すことが長くなりますね。
長くなりますね。
いやでも長くなっていい気がするんだけど。
まだ大学にしか行ってない。
全然。
いやまだ序盤なんで。
大学を卒業して、
フランスに行ってみたりとかしたと思ってて、
フランスに2年くらい行ってたんでしたっけ?
はい、でも1年1年は全然飛んでて、
そうなの?
そうなんです。
連続で2年ではない?
ではないんです。
とりあえず大学卒業して、聖火学校に行くための1年と、
やっぱりもうちょっと物足りないんで、
30歳のギリギリでワーキングホリデーミザっていうのを取って、
行った1年とっていう感じですね。
現地のフランスのお菓子屋さんで働きながら、
向こうのお菓子作りみたいなのを体験したっていう。
そうですね、そうですね。
1回目の1年は半年学校で休習するだけで、
研修も半年行って休習するだけで終わってて、
あんまり吐き出せた感じは全くなく、
なのでもう1回行きたいなと思ってて、
実際現地のパティスリーに入って1年働かしてもらって、
プラス知り合いの人と一緒にレコード屋さんでイベントを、
日本の音楽かけたり、おつまみとかデザートを用意して、
月1回だけ日本を紹介するイベントをしてて、
そんなんもあって、ちょっと吐き出す機会があったというか、
アウトプットできたので、
1年1年全く違う1年でしたね。
じゃあ、別々で1年間過ごして、
まあ継続2年じゃなくて、
それぞれ別々の体験をして、
っていう感じなんですね。
そうですね。
いや、てっきり2年連続で行って、
お菓子作りだけに1,000円くらい、
そうなんです。
最初の1年がもう本当に勉強と仕事と、
でもいっぱいいっぱいで、
全く遊ぶ時間なかったんで、
今度は遊びたいし、
なんか自分でもやりたいしっていうので行きました。
なるほど。
で、あれなんですかね、
フランスに行ったりとか、
聖火学校に行ったりとかして、
仕事としてお菓子作りをするっていうことになって、
で、ターニングポイントみたいなのがあるんですかね。
はい。
最初に聖火学校行って、
帰ってきて勤めたお店が、
すごく変わったお店で、
神戸のお店だったんですけど、
カレー屋さんでケーキを作る仕事をしていて、
カレー屋さんでケーキ作れるんですかね。
そうなんです。
カレー屋さんでケーキ作れるんですかね。
カレー屋さんでケーキ作れるんですかね。
カレー屋さんでケーキ作れるんですかね。
そこがやっぱり、
店長もすごく面白い人だったのと、
お客さんも面白い人で、
なんかそこでちょっとこう、
普通のお店じゃない楽しさに最初に触れてしまったので、
なかなか職人的な仕事を20代はしてないんですよね。
じゃあなんか、
カレー屋さんでケーキ?
はい。
なんですよね。
はい。
カレー屋さんでケーキなの?
え、ケーキが、
え、カレー食べて、
はい。
食べて、その後ケーキをオーダーする人がいるってこと?
デザート。
そうですね。
あ、そういうことなの。
はい。
そういうお客さんは割といるって感じなの?
割とその時はいましたけど、
最初はカレーとココアの店っていうのをやってはった人で、
うんうんうん。
で、まあ、私、あ、そうですね、
まあなんか一言ではなかなか言えないんですけど、
そこで結構もう本当に自由にさせてもらって、
外にもイベント行かせてもらったりとか、
本当に楽しい仕事をさせてもらったんで、
4年弱ぐらいいたのかな。
4年ぐらい。
ちょっと正確には覚えてないんですが、
うんうんうん。
はい。
そうですね。
え、それか、えっと、場所が、
はい。
えっと、神戸の方ですね、神戸。
神戸の方。
はい。
で、
えっと、
えっと、神戸の方ですね、神戸。
神戸の方。
はい。
で、
キーワードとして京都っていうのが出てきてて、
あ、そうですね、すいません、
そう、それ、
うん。
えっと、その次に京都へ行きました。
あ、その次に京都なんだ。
はい。
で、えっと、まあそのお仕事の次に、
京都でカフェの立ち上げっていう仕事をして、
うーん。
まあ、カフェを立ち上げるんですけど、
その時に、なんていうんでしょう、
そこもまあオーナーが変わってたんで、
ああ。
タイ料理屋さんもやってるよとか、
いろいろされてるオーナーで、
うん。
で、あの、普通に寮みたいなとこあるよって言われて、
入ったら、
あの、中国人の男の子が3人いてた建物で、
へえ。
で、私もまあそこに寮長したら、
ちょっと安くしてあげるよって言われて、
そこの寮長をしつつ、
うん。
あの、京都のお店で働いてたんですけれど、
で、寮長、寮長って、
寮長。
なんか、どんな、どんなことやるんですか。
あの、寮長ですっていう、
威張って生活をするっていう感じで、
うん。
なんでしょうね。
もう本当に私が入った頃は掃除もしてなくって、
ああ。
え?
あの。
掃除もしてなくって、
はい。
でも店はあった?
あ、店は全然別のところで、
あ、別のところ。
はい。
そのでもお店より、
そこの暮らしてたスペースの方が本当に強烈だったんで、
ああ。
隣には大人一家が住んでてっていう、
へえ。
あの、京都の都心ではなかなかできない、
面白い暮らしができました。
うんうんうん。
はい。
そこで、その、なんでしょうね。
他のアジアの人の、
もうすごい強いんですよ、生きる力というか、
ああ。
あの、全然、やなことあっても、
なんでしょうね、落ち込まないというか忘れるというか、
うーん。
結構仕事は大変だったんですけど、
しんどかった、大変だったって言ったら、
もう嫌だったら辞めたらいいやんっていう、
ああ、そっか。
なるほどと思いながら、
ああ。
そうですね。
確かになんか日本人とかだと、
なんか、あの、3年は頑張れみたいな。
そうですね。
ことをよくね、言われるけど、
はい。
でも外国人の方って割とさっぱりしてて、
そうですね。
切り替えが早いみたいなとこってあるね、っていうのは、
ああ、でもそれはすごくわかるなって感じです。
うーん。
うん。
なので、私は3年待たずに、2年で。
なるほど、なるほど。
ワーキングホリデービザ取れる30歳ギリギリだったんで、
そういうのもあって、
もう京都は2年だけだったんですけど、
ああ。
まあ今もノーウェアに台湾茶とかを下してくれてたり、
台湾行くといろいろ案内してくれたりっていう、
友達はやっぱりそこの寮で出会った子で、
ああ、そうなんですね。
やっぱりいい出会いでしたね。
うーん。
なんか環境としてはちょっと変わったというか、
はい。
変なというか、
はい。
なんかそんな感じでおかしなというか。
そうですね。はい。
で、そこからさらに発展するんですかね、
その先の。
はい。
マルセイユ。
はい。
そうですね、京都が終わった後、
マルセイユにワーキングホリデービザで行って、
そこもやっぱり何でしょうね、
マルセイユってフランスの中ではちょっと特殊な町。
へえ。
で、もう海渡ってしまえばジュニジアとかそういうアフリカがすぐで、
フィリピンとかもすごい多い町で、
そうですね、すごいいろんな文化が混ざった町で、
面白かったですね。
国境が近いっていう。
そうなんでしょう、港町で、
港町。
アフリカからアラブからとかの入り口になっているような感じで、
結構フランス人からしたら、他の地域の人からしたらちょっと怖い地域、
なんか嫌がられる地域ではあって、
マルセイユ住んでんの?っていう感じで。
そんなそういう地域なんですね。
そうですね。
よくマルセイユってたまに聞いたりするけど、
なんかその治安とか、食べ物がどうとか、
あとなんかお水がとかっていうのとかも、
街の影響
割とあれなのかね、変わってるというか。
そうですね、なんかみんなアグレッシブっていう感じの人々がですね。
へえ。
具体的には何でしょうね、
サッカーも多分関西に似てるんだと思います。
ヤンキーが現地でブイーンって走るのもよく見るし、
銀のじゃらじゃらしたネックレスにキャップをかぶって、
ヤンキーファッションもよく見られるし、
あとはそのサッカーチームがすごく有名で、
ロエムっていうブルーと白のユニフォームのサッカーチームなんですけど、
阪神ファンみたいな強烈なファンがたくさんついてて、
阪神対巨人みたいな感じで、パリ対マルセイユっていう感じで、
すごいヒートアップするサッカーの試合がたくさんあって、
その時負けた時には帰り、車が燃やされてるとか、
結構そうですね、そこも強烈な街でした。
結構やばい街なんじゃないですか。
なんか車が燃やされてるって相当やばい気がするけど。
でもそれは多分サッカー愛がゆえに、
そうなっちゃう。
阪神が好きで飛び込んじゃうっていう感じですね。
その神戸と京都、マルセイユは人生の中で強烈な印象の街だった。
それをターニングポイントにしていいのかわかんないんですけど、
みんな元気やなっていうのを感じながら過ごしてました。
マルセイユでの出会い
そこで出会った人と今も続いてるみたいなことってあったりするんですか。
マルセイユとかですかね。
そうですね。そもそもマルセイユに行ったのも、
学生の時に日普通の交流のイベントがあって、
その時にマルセイユと神戸が姉妹都市で、
神戸にアーティストで滞在してた人がいてて、
その人もいたり神戸の友達も住んでたりっていうので、
マルセイユに行くきっかけにはなってて、
そこで出会った人、レコード屋さんでイベントしてた時に出会った人の一人の中に、
今ノーウェアで1月にガレットデロワっていうお菓子をしてて、
そこにフェーブっていう陶器の小さいお人形を入れるんですけど、
それを作ってもらっているのもマルセイユで陶器を作っている人で。
結構時間は経っているけど、お付き合いは続いているって感じなんですね。
そうですね。
でも結構なんかその続く人は続くけど、続かない人は続かないっていう感じがある。
もちろんね、あると思います。
でも強烈な環境というか印象を持った街で出会った人って余計印象深いのかなっていう感じがする。
そうですね。
まさかでもこんなのちのちお店をするにあたって、
助けてもらう人たちに出会ってたとはやっぱり全然思わなかったですね。
カフェを始める決意
今は恥の里って場所でカフェをやっていると思うんですけど、
なんか自分のお店を持ちたいとかって思ったんですか?
はい。お店はもう何でしょう、ケーキ作っている頃からもずっと持ちたいなっていうのはずっとあったんですが、
なかなかやっぱり勇気もなく、機会もなくっていう感じでしたね。
でも勇気がない方が大きいかもしれないですけどね。
でも恥の里でお店を始めて1年ちょっとぐらい、2年ぐらい経つの?
いやまだ1年ちょっとですね。4月1年2ヶ月ですね。
でも1年2ヶ月経って、お店を始める前の想定とか想像とかと比べたときに何か違いとかあるんですか?
そうですね。何でしょう、多分最初、開業計画書には、
ここの店舗の売り上げ2割、外の売り上げ8割っていう感じで、地元の人はほぼほぼ望めないと思いながら、
そういう想定だった。
で、訪れてくれる人もきっと外からの方が多いかなという想定で動いてはいたんですが、
今ちょっと実際のデータはちゃんとは取ってないんですけれど、
思ってた以上に地元の方に来ていただいてるのと、
お店でいろいろ楽しんでくれてる人が思ったより多いかなっていう印象ですね。
やってみると、思ったよりも地域の人が来てくれるとか。
そうですね。
でもそれは結構嬉しいかもしれないですね。
はい、そうですね。多分本当にコロナの影響もあると思いますね。
動けなくて地元で何か探したら見つかったとかそうなんだと思うんですけれど。
なるほど。
この間ちょっと雑談してたときにさっちゃんが言ったのが、土日が忙しいって話があったじゃないですか。
はい。
バイトさんの話を聞いたんですけど、それも僕にとっては強烈な印象だったんですけど、
それについてちょっと話しますか。
わかりました。
はい。
そうですね。
土日ありがたいことに忙しくなってきて、人を入れようかっていう話にもなってきてて、
でもじゃあどんな人がいいかちょっと考えといてっていうふうに言われて、
さてと思うと、やっぱり一番理想的な人は自分とすごい違う人がいいなっていうのは思っていて、
そうですね。それで出した答えが、見た目はひげがもじゃもじゃでタトゥーの入っている人っていう答えが出てきました。
ひげがもじゃもじゃでタトゥーでっていう人が、筋肉リュウリュウとかそういう系もありなんですよね。
そうですね。井上さんが見つけてくださった。
ギタリストみたいな。
僕が見つけたのはドリームシアターのジョン・ペトルーチっていう、なんだろうな、
ひげがもじゃもじゃなのはもちろん長髪で筋肉リュウリュウでっていう人でしかも50歳超えてるみたいな。
はい。そんな人大募集です。
でもそういう人が恥の里にいたらとてもラッキーかもしれないですね。
そうですね。
たぶん初日お客さんがぶっ飛ぶかもしれないですけど。
そうですね。でもたぶん私も一緒に働いて楽しいかなとは思うので。
絶賛募集中ですね。
はい。お待ちしております。
はい。そんなもんかな。
そうですね。だいたいお店、今お店を持ったところまでの歴史とか、きっかけとか、好きなことがお菓子作りだったみたいなところ、原点とかも聞けて。
20年近くお菓子作りとかをやってきた中で、自分にしかないものみたいなのって、これかなみたいなのってなんかあるんですか?
すごい難しいこと聞きますね。
ちょっと探しておきます。
でもお菓子を外に売るにあたって、ブランディング的なのを考えるときにとか、ここでメニューを作るときにも、自分にしかというか。
自分だったら、こういうことがいいなと思う点とか、なんかあればね、またスペシャルトークかなんかで。
はい。わかりました。
最後に、このポッドキャストで聞こうと思っている言葉があって、そのbe creativeという言葉があって。
さっちゃんにとってクリエイティブって何ですかっていうのを、お話を最後に聞きたいんですけど。
そうですね。なんか昨日その井上さんが最後に、昨日というか0回目でおっしゃってて、これ考えとかないとって思って考えてみたんですが、
なんかそもそもその前までクリエイティブとかクリエイターとかちょっと使われすぎてて、あんまりちょっと好きな言葉ではなくなってて。
もちろん想像性のあることとかすごく好きなんですけれど、ちょっとカタカナになった時点で、ちょっとなんかカッコつけてるというか、そんな印象を持っていたんですが。
人間はあの、何の時に話したか覚えてないんですが、普通にご飯食べながらある人が一言その人間はみんなクリエイティブですからねってさらって言われたのが一番このクリエイティブっていう言葉に関しては一番残っていて、
そうやねと思って、クリエイターって呼ばれてるだけの人たちがクリエイティブなわけではなくて、多分人間はすごいいろいろ考えながら模索しながら生きているもので、
でもそれはきっと人間だけじゃなくて、その生き物全部生きるためにクリエイティブであるっていうことで、その擬態を葉っぱにね、にせっているカマキリとか、
そんなものも多分すごい、時を経てクリエイティブにそういう形になっているとか、花だったら受粉してもらえるために蜜鉢に見つけてもらいやすいように綺麗に咲いているとか、
そうやってすごいクリエイティブだし、芸術的だし、ということはやっぱりもう本当に地球上すべてそんなものでできているのかなというふうに思って、
クリエイティブであるっていうことは、生きる知恵であり、生きていくとか生き残るっていうことかなっていう感じに思っています。
なんかうまくまとまった気がします。
よかったです。最初の方はバラバラでしたが。
このキーワードを最後に聞くときにあらかじめ準備してもらっておくのがいいのか、どっちがいいかなと思っていて、今迷っているんですけど、人によっては無茶ぶりしてもいいのかなと思ったりして。
私もだからこれ井上さんが0回目で言ってらしたので、電車で帰りのときにわって思い出して、わって思い出したのがやっぱりその人がいつもさらって言われたその言葉ですね。
人間みんなクリエイティブでしょうみたいなことだったと思うんですけど。
なんか深いなと思ったのが、人間はクリエイティブだっていうことをプラス、さっき生き物の話も出てきて、生き物も実はクリエイティブなんじゃないかみたいな。
めちゃくちゃね。
っていうのは、なんか深いなと思って。
よかったね。
そんな感じですかね。
そうですね。
今回はこんな感じで、いなつまキャスト第1回目ですね、シャープ1でゲストがさっちゃんでした。
ありがとうございました。
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