1. #inajob の試しに録音してみた
  2. talk142: 子育てと自由時間 in..
talk142: 子育てと自由時間 inspired by ImageCast
2026-03-24 32:28

talk142: 子育てと自由時間 inspired by ImageCast

spotify apple_podcasts

サマリー

今回のエピソードでは、ポッドキャスト「ImageCast」で語られた「子育てと自由時間」というテーマについて、パーソナリティが自身の経験を交えながら深く掘り下げています。ものづくりが好きなエンジニアとしてのアイデンティティと子育てとの両立、自由時間の価値、そしてAIを活用した3Dプリンターでの迷路作りや、家族との新宿散策について語られています。

オープニングと健康状態
はい、始まりました。 inajob の試しに録音してみた、略してため録トーク142。 このポッドキャストは、40代ものづくりが好きで、子育て中のエンジニアである inajob の何でもない雑談をお届けするポッドキャストとなっています。
それでは、今日も始めていきたいと思います。
はい、恒例の健康のコーナーですが、花粉を感じますが、特に目薬をさしているだけで何とかなっています。
夜眠くなるのが早い気はするが、寝たもののまた起きて、みたいな感じで、目のダメージが睡眠を錯覚するんだが、寝たものの眠くない、みたいなことがあったりとか、またまた、夜全然眠くないんだけど、そのまま起きていると翌日、頭が痛い、寝不足、みたいになっていたり、みたいなのは続いていますが、
ひどく花粉に悩まされる鼻水がすごいとか、咳がとかってことはなくて、目と眠気みたいなところだけかなと思っています。
特段、目薬以外の薬を服薬していることもないので、まだ何とかなっているなという感じではありますが、目は何ともなっていないので、何ともなっていないとも言えるかもしれませんが、そんな感じかな。
妻はもう完全に花粉症なのか、風邪なのか、鼻水と咳が出ている感じで大変そうではありますが、5歳の娘がいますが、5歳の娘はちょっと調子悪い時期もありましたが、ここ1週間に関しては元気になっているという感じですと。そんな健康の話でした。
「子育てと自由時間」を巡る考察
おだしょー 日記からのネタの話で、ちょっと1回どのぐらい話せるかわからないんだが、先日、イメージキャストという私がよく聞いているポッドキャストで、シャープ266の子育てと自由時間再びとなっていますが、イメージキャストのあずまさんとテッドさんというお二人が、子育てと自由時間について結構長く語っていらっしゃる回を聞いてですね、
自分もちょっと話したいなと思ったので、ちょっと話してみようと思います。別にイメージキャストを聞いていなくても、私の話は聞けるとは思うんですが、この話を聞いて、もしくはこの話の前に前提となるイメージキャストを聞いておきたい方は、266を聞いていただけるといいかなと思っています。
確かにイメージキャストはこの265の回のときにお便りか何かで子育てを始めたときに、ぶっちゃけ子育てどうですか、自由時間とかどんな感じなんですか、みたいな感じのところからのテッドさんあずまさんの子育て感といいますか、子育ての現在地みたいなところをお話しされていて、ぶっちゃけ時間全然ないですよとか、あとその創作をしていきたい話と、子育てでどうしても時間が取られちゃうところが、
自身のアイデンティティものづくりを進めていく上で、ある種障害障壁になったりするように感じることもあるが、みたいな話とか、人間の幸せとは何かみたいな話とかをされていて、なるほどねと思いながら、特にどちらも確かお子さんの年齢がかなり近いんですよ。
うちは5歳の娘1人育ててますけども、そのぐらいなんでその子育てにかかる、新生児から1歳、2歳、3歳とすごい手がかかるところから、だんだん手が抜けて手はかからなくなりつつも、とはいえ、やっぱりその休日を手放しに自由時間っていうのはまだまだ先だろうなっていう感じの現在地というところもよく似ていて、なんか近いなと思いながら話を聞いていましたね。
でですよ、自分はどうか。子育てと自由時間だったり、私の人生においての子育ての位置づけみたいなのはどうかっていう話なんですが、思わずイメージキャストのチャットに、ディスコードのチャットに入ってるんで、そこにその私のパッと思った感想を書いちゃったんですけども、それをちょっと見ながら喋ると、ぜひさん5歳の娘を育てているものづくり勢としては何か言いたくなる内容でよかったですと。
自分は子育てをする前に、ものづくりをする自分としては天井にぶつかる的な感覚があったので、結婚とか子育てというのは私にとっては新しい風、インプットかなと捉えることにした感じかなと思いましたというようなことを書きまして。
ここに書いてある通り、私は結婚したのがパッと出てこないが、30代になってからならそうなんだけど、他の方よりちょっと遅いかなという感じはしていて、それで結婚というわけではないんですけど、その時期やっぱり社会人になってからある程度仕事にも慣れてきて、自由な時間も結構できてきて、自分のやりたかったものづくり、やりたかったというわけではないけど、作りたいと思っているものは全然しょうがいなく作れるような感じで、
そういう感じになってきたときに、果て私はこれだけ自由な時間やある程度のお金の余裕が得たんだけれども、どんなものを作るのかってなったときに、なんか一種行き詰まりのようなものを感じていて、その頃も確かラクコードと言われる私の電子楽器、私作の電子楽器の回路図やら、基盤発注やら、皆さんにちょっと通販で売ってみるなんかを一通りやって、そういうものづくりの道を開拓している途中ではあったんですけども、
なんかこうね、なんていうのかな、手広くやったりいろいろ新しい挑戦をしているものの、ある種その予定調和というか、この先きっとこういうことやああいうことがあるんだろうなっていうのが見えてきてしまった感覚があって、それが見えると急に覚めるというか、それで何なんだっけみたいな気持ちになるようなことがちょいちょいあったりとかして、
そんな中で結婚するという縁があり、そこでまた別の方向に足を踏み出すっていうのができたっていう感じなんですよね。子育てもその流れで子供を授かってみたいなところなんですが、そう考えるとだから私はイメージキャストで、特にあずまさんがおっしゃっていたものづくりをしてなんぼの人生、それが自分のアイデンティティっていうところに子育てを無理矢理くっつけようとしたときに、
どうしてもそのアイデンティティクライシスみたいなのが一旦挟まるみたいな話とはちょっと違って、先にそのものづくりを人生の中心に据えた自分の生き方に行き詰まりを感じている中でのその後の結婚子育てだったというところがあるような気がしていて、結果その答えは私は得られてないんだけど、子育てとかが忙しくて、その答えを探してる暇なんかないぜっていう感じに、
だからある種目をつぶるというか、前を向かないっていう選択をとっても大丈夫な感じの免罪符をもらったぞみたいな感じなのかもしれないなと思ったりしていますかね、一旦はね。
もうちょっと続きに書いたことを言いますと、またそういう話もあってか、自分の人生観としては何かものづくりのアウトプットで卓越した成果を出すというよりは、さまざまなシチュエーションにおいていなじょぶならこうするという自分らしさを出すことで自己満足するのが幸せなのかなと思ったりしていますというふうに書いていて、そうなんですよ。
だからそういうふうに前を向かないと言いましたが、ある種遠くを見ず、ちゃんと目の前のことに当たるっていうことで、その中からささやかな幸せと言いますか、自分なりの楽しさみたいなのを出し続けるようなものがいいじゃないか。
そんな卓越したものとか、遠くのゴールを目指して行ってそこに近づいている遠ざかっているで、その幸せだそうじゃないだっていうような話ではなくて、今日の1日だったり、もっかい課題となっている何かを自分らしいやり方でクリアしていく。
その1日1日の積み重ね自体が楽しいように人生をコントロールするっていうのが私の目指している生き方なんじゃないかというふうに捉え直したというか、遠くにものづくりの卓越した成果をって言って進んでいくというよりは、もう少し足元のところを見るような目線の方向を変える形で人生を楽しんでいこうというふうにしたんじゃないかな。
多分と思っています。これは自分用の言い訳ととれて、これはイメージキャストの266でも話されていましたが、やっぱり自分が選んだ道や自分が決めたことっていうのは良かったことだと思い込みたいバイアスというのがどうしても人間にはあるので、そういうバイアスの一つとして聞いてもらえれば全然それでいいし、別にそのバイアスだとか本当は幸せじゃないけど、それに自分に嘘をついているとかっていうことはないというか、物事には二面性多面性があるので、
あなたが幸せだと思うんだったらそれでいいんじゃないっていうことだと思うんですよ。それは幸せの定義は何かみたいな話が266の回でもありましたが、本当にその通りで、私がこれでいいと思ってるんだからそれでいいんだよっていうだけの話ではあるし、多分だけど多くの人はそうやって自分の生きている道を良かったものだということにして、仕方なくたどり着いた道で生活してるんだろうなと思っています。
この点は同じくイメージキャストでもテッドーさんが、あずまさんのことをうらやましい尊敬していると思っているっておっしゃってます。だから、そういう安易に自分を肯定せずに本当にこれでいいのかっていうのを自問自答し続けているっていう姿勢自体は、ある種マジョリティからは離れてるし、その人ならではの価値の出し方なんだろうなと思うので、全然どちらが良い悪いって話ではないんですが、私は割と低きに流れてという方も違うな。
今を楽しむ一つの言い訳と言いますか、ロジックを見出してやってますよという感じかなと思っていたよという、これが話したかったんですね。
あと何があるかな、ここまでそれっぽいことを言いましたが、これは何ていうのかな、いわゆる順張り、逆張りじゃなくて順に張ってると思っていて、さっきも話しましたが、世の中の多くの人は自分の人生に対して不可抗力的なイベントがやってきて、それが一見自分の今までの価値観からすると合わないようなものだったりしたときに、やっぱりこのようにこれでもいいじゃないかっていう論理を組み立てて、
マインドをチェンジして、なるべく楽しく生きていこう、なるべくストレスなく生きていこうとするもんだと思うんで、そういう意見の一つとして聞いてもらえればいいのかなと思っていて、全然新しい意見でもなんでもないと思うんだけど、浅いレベルの順張りを主張しているだけの話なのかなとは思っています。
こういう幸せの定義は人それぞれだよみたいな話で言うと、どこかで話したような気もするが、この自分のどうしようもない人生の選択肢について、それでもよかったじゃんと思うっていうのは、主観はハックできると私は呼んでいますが、
自分がある事象をどう思っているかということは、客観的な事実があるわけではなくて、私がそれをどう思っているかというだけのことなので、うまくそれでいいじゃないという論理を見つけて、それを信じることができればハックして、
旗から見たらそれはどう考えても不幸せでしょうって思うようなことだって、いやむちゃくちゃやりたくてやってるんですって思い込むことが人間はできると思うし、自分もそれをやっちゃっていると思っていて、自分を洗脳していて、それがいいのか悪いのか分かりませんが、
短期的には、旗から見たらとか、ある人からすると苦しいことを楽しく捉えて生きれてるからいいんじゃないかとは思うんだけど、最終的にというか、一歩二歩引いてみたときに、本当にいいのかそれでというような気持ちも若干あったりもしますが、でもストレスなく生きたいという気持ちはあって、
そこをうまく、やらないといけないことややっておいた方がいいことを楽しくできるような主観のハックというのを一歩引いた自分にやらせることで、本人としては全然苦労したり悲しいとかストレスが高いとは思ってないんだけど、最終的な人生が良かったなって思える方向に自分を誘導できるようなことができると一番いいんじゃないかという気もするんで、
例えば英語を勉強した方がこの後いいだろうって私が二歩引いた私が考えていたとしたときに、その時にそれをダイレクトに辛いけど英語やるわってやるんじゃなくて、例えば今近所のメキシコ料理屋さんにネイティブな英語が喋れる人がいるから、その人と娘とで英会話スクールみたいなことをやらせてもらう流れで、私もちょっとその人とネイティブでチャラチャラピョロピョロお話、英語でちょっとやり取りをするとかで、なんか英語の勉強になってみたりとか、
私は苦労せずにできるし、私の今やらないといけない子育てだったりとかっていうところを助けることにもなっていて、こういう英会話教室に娘を通わせて私も一緒にネイティブの人と英語をちょろっと喋るっていう、この体験自体はすごく楽しいし有益だしストレスも少ないしと思っているんですよ。
こういうことをたくさん見つけてきて、結果英語はある程度できるとか、劣化せずに英語せっかく勉強した英語をある程度腐らせずに使うみたいなことをやっておけば、2歩引いた私が考える英語はある程度できておいた方がこの後の人生楽しいんじゃないかっていうところに、というその方向に自分の人生を苦もなく進めることができると思っていて、みたいな感じで、子育てもそういう感じで、
やらないといけないこととしてはあるんだけど、何歩か引いた自分から見たときに、こういうことをやっといた方がいいぞっていうことと、この子育てしなきゃいけないっていうのを上手いこと、ウィンウィンになるような選択肢を取る材料として使って、やらないといけないことなんだが、それを楽しくできるように誘導するようなことができれば、そういう発明をし続ければ今後も楽しく生きれるし、
かつ、現状にただ流されるのではなく、ある種自分の味付けで人生を進めていけるようになるんじゃないかなと思ってやってますよっていう感じですね。
ちょっと話を戻すと、ものづくりを自分の人生の中心に添えて進めていくときにぶちがたった壁というか困ったことは、私は強く世の中に訴えたいこととかがなくて、多分多くの人はそうだと思うんだけどね。だから、何でもいいよ、作っていいよとか、お金もあるよ、時間もあるよって言われても、別にそれをどう扱うかとか、それを使って何かして、それが本当に意味あると確信を持ってものを作ることができないなと思っていて、
逆に少し制約がある。例えば、子どもと一緒に楽しまないといけないかつものづくりとか、時間がすごく少ないかつものづくりとか、ちょうどいいくらいのストレスや制約がある中で、自分ならどうするっていう回答を求めるときに生き生きとしてくる感覚があって、制限から生まれるものづくりや制限から生まれる思考や工夫や発明みたいなものが楽しいというか、
それはある種、ドーパミンが出るとか、そういう動物的なものだと思うんだけど、その楽しみが楽しくてものを作ってたんだなというところに気づいたというか、そうやっても楽しいよねっていうことが分かっているので、今はその方向で自分の楽しさを探っているという感じなのかなと思っているのかななんて、全然まとまらずに話していますが、育てをしていますね。
話の中に出てきた、こういう気持ちに寄り添ってくれる音楽とか物語がないみたいな話をされていて、自分はあまり考えたことがなかったし、人生において音楽に寄り添ってもらった経験はあるかと言われると、恋愛とかが結構歌われていて、これは確かにこれのことねって思ったことはどれとは言いませんがあるんだけど、それ以外で言うと、そもそも具体的にはないかなと思うんだけど、
抽象的には結構あって、例えばどの物語かというのはパッと、あまり直接関係がないので言及しないですが、例えば一つの大きなゴール、魔王を倒すぞみたいな感じで進んでいくんだけど、物語の最後としては、これはこの魔王を倒して終わりじゃなくてとか、魔王を倒すっていうのはただの通過点でいかに人生を豊かにするかとか、
いかに人々の心に自分を残すかみたいなことなんだよなーみたいな、なんていうのかな、よくある、最近の物語でよくある完全聴覚ではなくて、広がりを持った形で物語を終わらせるときのオチによく使われる技法だと思うんだけど、そういう、ある地点を目指すのではなくて、生き様や生き方にこだわりを持つことこそがいいことなんだみたいな話は、
よく最近、最近というかあって、そういうものの影響をものすごく受けてるなと自分は思っています。逆に一点突破の、あれを実現するんだってガツガツ進むようなやり方は、ちょっとなんかその、この年になってくると、まあそういうのもあるけど、俺はそうじゃねえなっていう感じがしてきて、突き放されてるというか、そういう物語が、そういうなんかこれと同じようにやっていけばいけんだっていう物語はないけど、まあこんなんでもいいじゃない。
これで楽しかったら、それで十分だよねっていう、ある種諦めというか、みたいなところの物語は、個人的には結構世の中にあるんじゃないかなと思ったりしたなというアンサーを言ってみたり。
それから、鉄塔さんは割と上手い子と子育て両立されていますねっていう話をされていたんだけど、その時にその兄弟がいたから、それで子どもがいる生活とかがだいたい想像ついてて、それに当たるギャップみたいなのが少なかったんじゃないかみたいなことを話されていて、
それは自分も思っていて、妻は一人っ子で、私は長男なんですね。一人弟がいるんですけど、なんかもう子育てをしてると隙間隙間に弟の顔がちらつくというか、
3歳上の兄として弟と一緒に暮らしてくる時間が長かったんですが、全然年齢差はありますけど、娘を育てていても、かなりのスキルは兄弟の兄として過ごしてきたあの頃の記憶や経験や、心の整理の仕方みたいなところがものすごくダイレクトに役立っている感じがあって、
兄弟がいて良かった悪かったは弟の話ずいぶん前にしましたけれども、複雑な思いはあるんですけど、子育てには役に立っているなと思いますね。
今、うちの娘は一人っ子ですけども、兄弟なしで育つと、やっぱり子どもと生活するのはどんな感じなのかっていうのを客観的に見ることは、結構厳しい感じがするなぁと、妻を見ていても思うし、娘を見ていても思うので、
兄弟の産むによって、兄弟の関係性や年齢差とかにもよると思うんだけど、子どもがいる生活を想像できるかできないか、それによって子育てが始まった時のギャップみたいなのが生まれるかみたいなところは確かに関係あるなと自分も思いましたね。
あともう一個、自由の価値って書いてあるな。自由の価値か。イメージキャストでもそんな話をされていて、私は自由の価値は本当に手放しの自由はあんまり価値が私には見出せなくて、いいくらいの制限かつ隙間時間ぐらいの処理、ある程度の自由はあるんだけど、制約も同時に特殊な制約もある。
これが私の欲しい人生の条件かなと思っていて、だから本当に自由になる。子どもがいなくなって自由な時間がバッと開くってなると、ちょっとまた逆にクライシスが来るような気がしていて、だから適度に忙しく適度に自由っていうような、そういう方が自分には価値が高いかな。
だから多分自由が多くなりすぎると、制約を求めるようになるでしょうし、残業続きとかで制約がすごくきつくなってくると、少し自由が欲しいなというように思ったりすると思っていて、子育てはちょっと自由が少なすぎる気もしますが、ここで結婚しない子どもも生まない、ただ仕事ってなってくると、ちょっと今度は自由が多すぎる感じになってくるので、分かんないけどコミュニティ活動したりとか、何か多少責任のあるボランタリーな活動をするなんか、
自由を制限する方向に自分は行くんだろうなーなんていう感じが見えたりしていて、そんな感じで現状を肯定する子育てしていても、まあまあいいんじゃないですかっていう話がしたかったので、これはイメージキャスト266円のアンサー回として喋ってみました。
別に反論とかではないし、これに反論をされても、まあ俺はこうだしっていうだけなんですけど、でもこうやって自分が子育てをどう捉えているかを考えるきっかけをいただいて、イメージキャスト非常に毎回面白く聞いていますが、良い回だったなと思うので、同年代の子どもを育てているお父様お母様におかれましては、ぜひイメージキャスト266を聞いていただければ、
3Dプリンターでのビー玉迷路作り
バランスよく情報が接種できるんじゃないかなと思ったりしております。そんな長く話しましたが、子育てと自由時間について私の考えをちょっと喋ってみました。さて、あとはおまけでいいか。自由時間の話が、子育てと自由時間の話がしたかっただけなんで、あとは適当に話しましょう。今のは40代ネタでしょ。
次は子育てネタ。子育てもさっきの話に入るか。じゃあ、ものづくりの話しよっかな。ものづくりの話もさっきのやつか。ものづくりで言うと、この間おもちゃ屋さんに行ったときにグラグラ迷路っていうのかな。ビー玉とか鉄球かなんかをころころ転がして遊ぶ迷路のおもちゃがあるじゃないですか。それを先日おもちゃ屋さんに行ったときに見て、これは3Dプリンターで作れるやろうと思って。
昔も1回作ったことあったんですけど、今回も作ってみました。おもちゃ屋さんで見かけたものが、迷路が裏表に張り合わせてあって、ゴールとスタートのところは穴が開いていて裏面に通じてるんですよ。そういう迷路で、表にアクリル板で蓋がしてあると。
そうすると、スタートからゴールまで行くと、ゴールでコトンと下に球が落ちます。そうすると、迷路自体をくるりとひっくり返すと、今度裏面で遊べると。裏面のほうからまたスタートからゴールに行くと、またコロンと下に落ちると。そうすると、またさっきの面のほうに戻ってきて、ぐるぐる回しながら永遠に遊べるっていう感じのやつで、これ作ろうと思って3Dプリンターで作って遊んでみました。
結構、ビー玉が19ミリあるビー玉だったんで、それでそこそこの迷路を作ろうと思うと、20センチぐらいの四角ぐらい必要になって、うちの3Dプリンターギリギリの大きさな感じのものができました。迷路の表面と裏面をそれぞれ作って、ネジでくっつけて、アクリル板はないので、アクリル板を切るためにはレーザーカッターみたいなのか、アクリルカッターで傷つけてパキッと割るしかないんだけど、それもなかったんで。
一旦、メッシュ状な3Dプリンターでメッシュ状の板を作って、隙間から覗けるようにして、見栄えはちょっと悪いんだけど、ビー玉は逆さまにしても落ちないし、かつ迷路のどこにいるか目で見てわかるっていうような感じのビー玉迷路を作って、娘に早速自慢し、公園にも持って行き、娘の友達にも自慢し、メキシコ料理屋に持って行き、それも自慢しっていうのを一通りやってきましてですね。
物作り欲も満たせましたという感じですね。
こうやっておもちゃ屋さんで見かけたおもちゃを、もちろん権利の話はあるんだけど、ちょっとクローンして真似して作ってみたよっていうのをできるのは、私は子供がいないとしても結構好きな活動だし、なおかつさらに子供や子供の友達がいるとそこに対して自慢ができるという、いい効果、自慢がしたくてやってるわけではないんですが、やっぱり承認欲求っていうのはね、人間に眼来備わってるものだと思うんで。
そうなのか、眼来なのか、分かりませんが嬉しいことなんで、せっかく作ったものは見せびらかそうと思って持ってきました。
もうちょっと偉そうな話をすると、子供たちに市販のおもちゃみたいなものは、不格好かもしれないけど真似して作るよっていうことは、真似して作ることができるんだよっていうのを示すというのは、なんかその子にいい影響を与えるんじゃないかなという気もしていて、
そういうものづくり勢おじさんとしては、子供たちにこんなことができるんだよっていうのを示したいというのもあったりしますが、そんな感じでおもちゃを一つまた作ってしまったという感じですね。
これは別に私じゃないと作れないようなものではなく、というか特に今回はAIにやってもらったんですよ。迷路を作る、迷路をモデリングするってなると、もちろんCADを使ってマウスでポチポチと迷路の壁を作っていって、押し出しってやったら迷路の立体物は作れるんですが、迷路を作るといえばプログラムですよ。
プログラムのアルゴリズムを使って迷路を生成するようなものは、よく教科書に出てくるような課題じゃないですか。そういうふうに作ると、ちょっと乱数を初期値を変えてあげると、実行するために異なる迷路の立体物を生み出すようなソースコードとかも作れるだろうと考えて、プログラミングで生成するのが妥当だろうと思って、今回はCADクエリを使って作りましたというか、CADクエリを使えば迷路の立体物はすぐ作れるし、実行するために違う迷路ができるなというところまで思いついたら、
あとはジェミニに作ってってお願いしましたら、パッと出てきまして、若干思った形じゃなかったりとか、座標形がずれていたりとかしてぐちゃぐちゃになっていることがありましたけど、この迷路の壁と床との座標形がずれてるっぽいから直してとか、いくらか、ここはちょっと専門的な知識を使って、こういうミスだろうから直してみたいなのをうまく言うと直してくれるんでね。
そういうのをやって、3Dプリンターのモデルデータを作るプログラムを作ってもらって、それを使って3Dプリントして作れたんで、あれをこうして、このツールとこのツール組み合わせたらできるなっていうところまで来てたら、あとはAIが作ってくれる、めちゃくちゃいい時代になったななんて思っています。
最後の最後というか、3Dプリンターを稼働させたり、フィラメントが折れて3Dプリンターに詰まったりするところが、最後人間に残された仕事ですかね。最初と最後だけね、中の部分はAIがやってくれるなという感じはして、3Dプリンターでビー玉迷路を作って遊びました。これは割とうまくできたと思っているんで、どっかでオープンソースとかにして、誰でも作れるようにしようかなと思ったりしていますが、一旦Podcastでも自慢しておこうかなと。やっぱりいろんな場所で自慢できるのは大事なのかな。
本当に自慢駆動でいいのかという気持ちもありますが、そんなものを作ったりしておりましたという話でした。
新宿お出かけ:リカちゃんオンオフ展と公園
いつも3つぐらいしゃべるようになってるから短く3つ目。先日三連休だったので新宿にお出かけしてきました。
妻も風邪気味だったから、三連休ずっと5歳の娘と遊ぶのかと思って、娘に聞いたらパパやママは外に連れ出しすぎだから家で遊びたいとか言い始めて、家で遊ぶ方が私としては、親としてはめんどくさいんですよね。
ずっとおまんまごとの相手させられたりとかして、鞘の河原で石積んでる感じなんですよね。だから何日かは、1日目とかはいいけど、どっかで外に行きたいなと思って。
外に行くと子供は子供で、自分で遊ぶこともするし、あと外のものは私にとっても新しいものなので、鞘の河原で石積み感が少ないんでいいんで、なんとか娘が行きたいと思うような面白いお出かけ先がないかなと思って探していたんですよ。
ちょっと前までは、4歳までぐらいかな、私の行きたいところはどんどんついてきてくれて、もちろん体力の問題があるから疲れたってなるんだけど、一旦声かけると行こうって言ってくれることがあったんですけど、5歳後半になってくると、
もうずっとパパの行きたいところばかりじゃなくて、私のこともやりたいこともやらせてよとか言い始めるようになってきて、もうボーナスタイム終了ですかっていう感じで、なので娘の行きたいところかつ私も行って楽しめるところっていうだんだん条件厳しくなってきているわけなんですが、
行ってきたのが、りかちゃんオンオフ店というのが新宿のルミネでやっていて、もう31日までだったかな、3月31日までなんでもう1週間もないですけれども、見てきました。ちょうど前回おもちゃ屋さんに行ったときに、欲しいものあるって言ったら、りかちゃんって言って、あんまりりかちゃんの前提知識もないと思うんだけど、りかちゃん欲しがってたんで、それは今度のプレゼントをあげるタイミングでねなんて話をしてたんで、りかちゃん見に行くって言ったら来るんじゃないと思って声をかけたら、行くって言ってくれて行ってきました。
これは全然前提で調べてないけど、なんかそのアーティストの方が、りかちゃんを使って、そういうりかちゃんを飾るのがメインの活動なのか活動の一つである方がいらっしゃるのかな、ちょっと誰っての忘れましたけど、りかちゃんを使ってジオラマみたいなところで、りかちゃんの生活を表現するみたいなことをやってらっしゃる方の展示会みたいなのかつ、りかちゃんの反則キャンペーンみたいなことなんですけど、
オンオフっていうことから分かるように、りかちゃんのお仕事をしている仕事的なりかちゃんの場面と、オフの真夜のラーメン屋で麺すすってるりかちゃんみたいな、このギャップを楽しむっていうような展示がいっぱいあるような展示で、
面白そうだったと思いませんか。大人がいても、面白い、りかちゃんが真夜のラーメン屋でラーメンすすっているところのジオラマとかって面白そうだなと思って、娘としてはキラキラりかちゃんが好きなんでしょうから、ドレスを着ていたり仕事をパシッとこなしているりかちゃんとかが見れるっていうのもいいかなと思って見てきました。
そんなに展示会場は広くなかったですけど、めちゃくちゃ写真たくさん撮ってきましたし、娘も楽しんでくれてたんでよかったかなと思いました。ちょうど娘にファッションの話をしていたことがあって、何か得るものがあればよかったかなと思うんですけど、娘も好きな服っていうのがあるわけですよ。ピンクとかね。
女の子らしい、これはどこで得られたものかわかりませんが、かわいらしい服がやっぱり気に入っていて、そうじゃない地味な服とか、緑とかの服とかは買ってもあんまり着ないみたいなことがあって、別にいいんだけど、緑やスポーティーな服とかそういうものも全然ファッションとしてありなんだよってことを伝えたいなと思っていたところもあって、
リカちゃんが様々な服を着ていてね、ちょっとしたコーディネートというか同じリカちゃんなんだけど、着る服によって全然様子が違うし、どのリカちゃんもかわいいし、かっこいいしっていうようなところが見せれたのが、子育てとしてもよかったかななんて思ったりしまして、
そんなこれもでも大人も楽しいとは言いましたけど、特に中年男性一人で行くようなイベントではないので、子どもと一緒に行けていいインプットに、私にとってもいいインプットになったなと思ったりしました。
その後ちょっと公園で遊びたいっていうから、新宿中央公園っていうところに結構歩きましたけど、徒歩20分ぐらい使って、都庁の裏のほうから歩いて行って遊んできました。
新宿中央というだけあってものすごい大混雑していましたが、広い公園でそこはそこで面白かったかなという感じで、そんな新宿探検をしてきまして、これは単なる育児日記ですね。
よかったよというお話です。
エンディング
お届けしてきました、稲城部のためしに録音してみた略してため録得を142、そろそろおしまいの時間になってきました。
今回は日々のお話というよりは、イメージキャストの勝手なアンサー回、コソラテと自由時間について話したかったので、マイクをオンにしたという感じでございました。
このPodcastは40代ものづくりが好きでコソラテ中のエンジニアである稲城部が何度もない雑談をお届けするPodcastとなっておりまして、そのような話をしておりますので、興味のある方はご読みいただければと思います。
またディスコードサーバー、稲城部側と呼ばれるディスコードサーバーもやっていますので、別に通話とかはあまりしなくてテキストレイのチャットのコミュニケーションをしていますので、興味のある方はぜひぜひ入ってみてくださいというところで、今日はこのぐらいでおしまいにしようと思います。
お聞きいただきありがとうございました。
32:28

コメント

スクロール