1. Image Cast - 技術・デザイン・制作・表現の雑談
  2. #266 (再)子育てと自由時間
2026-03-21 47:03

#266 (再)子育てと自由時間

#265 の冒頭でゼンギョドンさんのお便りで子育てと自由時間についての質問に答えましたが、ちょっと答え切れてないな、、というモヤモヤがあったので再度テーマとして取り上げました。

■参考リンク

TrussC - Thin, Modern, and Native Creative Coding
https://trussc.org/

■プロフィール

あずま
インターネットが好き。Image Club主宰。会社でエンジニア・デザイナーとして働いている。犬を飼っている。1991年生まれ。

鉄塔
工作が好き。フリーランスでエンジニアをやっている。猫を飼っている。1987年生まれ。

アートワーク: error403
クリエイター/イラストレーター。耳かきを外に持ち歩いている。


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感想

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サマリー

今回のエピソードでは、ポッドキャスト「Image Cast」のパーソナリティであるあずまさんと鉄塔さんが、「子育てと自由時間」というテーマについて深く掘り下げています。以前の放送でこのテーマに触れたものの、十分な回答ができなかったというモヤモヤから、改めて議論を再開しました。 あずまさんは、子供を持つことで自由な時間が失われたという当初のネガティブな見解に対し、後になってその考えが浅かったと感じ、より深く向き合いたいと考えています。子供を持つことの「コスパ」という考え方自体が成立しない世界であり、パフォーマンスの定義が一致しないため議論が成り立たないと指摘。育児には人生という時間を大量に投下する必要があり、それは自身の人生の可能性を削る行為であると感じつつも、父親であること自体をまんざらでもないと思っていると語ります。一方で、自身の人生の本筋は創作活動にあると考えており、育児に時間を割くことでその本筋から外れているような感覚や、自己評価との乖離に苦悩する様子も吐露しました。 鉄塔さんは、昔から子供が欲しかったという願望があり、父親であることに憧れを抱いていたと語ります。子供が生まれて想定外のことも多いものの、父親であることを受け入れており、あずまさんのような強い疑いや危機感は少ないと述べました。育児は「コスパ」という軸で捉えること自体が不毛であり、むしろパフォーマンスの定義が一致しないだけで、強いて言えばコスパは非常に高いと感じているとしました。また、子供を持つことで自分の価値観が大きく揺さぶられ、街で子供を見かけるだけでニコニコしたり、保育士という存在に感謝したりするなど、意識の変化を実感していると語りました。最終的に、子育ては「自由」という大きな価値を手放す行為であり、それによって幸せになれるかは人によるとしつつも、多くの人が子育てによって幸せを感じているという事実は否定できないと結論づけています。

TrussCでの初納品と近況報告
トラスシーで作ったアプリ、初納品!イエーイ!
子供と自由時間について、もう一度考えてみる。
Image Cast!
おはようございます、タトゥーです。
鉄頭です。
先週お休みをいただきました。
1週間空いちゃいましたけども、
はい。
これはもう不可抗力で、僕も鉄頭さんもまた別々で出張が入ってしまって。
そうですね。お互いいいタイミングがなかったというか。
はい。そりゃもうしょうがない。
はい。
ということで、鉄頭さんはそれでですか?
そのトラスシーで初納品っていうのは。
あ、そっちはね、免定だったんですけど。
あ、そうなんですね。
今週また別件で出張行ってて、そっちで初納品しました。
おー、トラスシーというのは鉄頭さんが作っているクリエイティブコーディング。
フレームワーク。
フレームワークですね。
はい。で、趣味みたいな感じで作ってましたが、
納品案件でようやく使えまして。
すごい。
実践投入という形ですね。
ちゃんとマネーを生み出している。
はい、なんとか。
まあ、使わなくても納品可能なものだったから、直接マネーを生み出しているかどうかはわかんないが、
実践で使わないといろいろバグとか踏めないなと思ったんで、
うん。
積極的に導入して、まあ、おかげで作りやすいところもあったけど、
地雷。
いろいろたくさん。
そうそうそう。
地雷を踏んできた。
そう、ちょっと問題がWindowsとMacの挙動の違いで、なんか変なことがちょこちょこ起きて、
なんか乗り越えるみたいなことも、まあ、結構やったので、
うん。
まだ安定してるって言っていいかわかんないけど、
マシになってきたかなと思いますね。
なんせおめでとうございます。
はい、ありがとうございます。
はい。
Mac用アプリ1個とWindows用アプリを4つ納品したけど、
まあ、でも似たような雰囲気のものの用途の違うアプリみたいなのを作ったから、
実質3種類ぐらいかな。
はいはい。
オープンCV使ったり、なんかGPT使ったりとか、
カメラも動画も使って、
すごい多彩だ。
データベースも使って、みたいな。
すごい。
いろんなエッジケースを踏みまくって、
はい。
ボロボロになりながら作ってました。
ああ、無事生きて帰ったということで、
はい。
おめでとうございます。
なんていうか、開発しやすかったですね。
バグをいくら踏んでも、自分で全部直せるから。
そうですね。しかも、自分の糧になると分かってるからね。
そうそうそうそう。
フレームワーク側でできないことを、
ああーって諦めずに、全部それを直しながら、
合わせていくというか、
うんうん。
いう形で、かなり大変だけど快適でもありましたね。
いいですね。ヘルシーですね、なんか。
そうですね。
っていうことがありました。
はい。お疲れ様でした。
はい。ありがとうございます。
子育てと自由時間:再燃した議論
僕も別県で出張に珍しく行ってきたんですけど、
まあ、その話はいいか。
あ、いいの?
普通になんか、お魚が美味しくて楽しかったとか、
なんかそれぐらいの話なんで。
あ、いいじゃないですか。
うんうん。
お魚が美味しかったんですね。
お魚が美味しかったです。
それとしてね。
いや、それをね、ちょうどね、
2週間空きましたけども、
2週間?1週間?
はい。
配信なく空きましたけど、
ちょっとね、もやもやしてる話がずっと残ってて、
これ、前回のお便りのコーナーで読ませてもらった、
禅魚丼さんのお便りで、
家庭を持つ前と後で、
行動は自由が失われたりとかしましたか?みたいな、
まあ、そういう話ですよね。
で、それに対して僕は、
もうシンプルにネガティブな悪い意味で、
自由がなくなりました。
みたいなことを言ってました。
まあ、特に子供が生まれたことによってっていうことね。
はい。
っていう感じの答えをしてたんですけど、
収録した後で、
ちょっとなんかもうこれで良かったのかな、
みたいな感じというかね。
ちょっともう一回これは話し直したいな、
みたいな気持ちになって。
で、ちょっと鉄塔さんに、
ちょっとこれもう一回話したいです、
っていうことをちょっと言わせてもらって。
いや、僕もね、ちょっと、
ふんわりした、
受け答えしかしてなかったような気がして、
編集しながら、
なんか、
この鉄塔は、
じゃあどう考えてるんだろうかって、
よくわかんない答え方してるなと思って、
僕もちょっともやってましたね。
うん。
まあ、なんかそのスタンスとしてというか、
僕のその喋ったときの感覚としては、
一般的ななんかこう、
日本の、
いわゆるこの昭和とかからの、
やっぱり、
子供を持つことでやっぱり大人になるよね、
みたいな感じとか、
やっぱり、
まあ持つ前はわからなかったけど、
やっぱり良いもんだよ、
みたいな感じとか。
もう子供ができるとわかるよ、
みたいな感じの。
家族を支えて、
こう、
家族のために働いて生きるって素晴らしいよね、
みたいな、
そういう価値観であったりとか、
あるいは、
子供を生み残すことが人の使命、
みたいな感覚だったりとか、
そういうものに対するアンチとして、
喋るという感じだったつもりだったんですけど、
なんか、
一周回ってめっちゃ浅いとこで逆張りしちゃったなっていう、
感じというか、
一周も回ってねえか。
0.2周ぐらいしかできなかった。
そんなですか。
感じがするなあ。
ほんとなんか、
よく言うさ、
逆に、
ツイッターとかでよく言ってる、
子供を作るのはコスパが悪いから、
普通に、
コスパの計算ができる程度の頭があれば、
子供なんか作らないみたいな。
そういう言説であったりとか、
そのと同じようなこと言っちゃってるなあ、
みたいな。
とはちょっと後悔してて。
もうちょっとなんか、
ちゃんと、
向かい合って話せることはあるんじゃねえかなっていう風に、
思ったっていうところで、
ただその話が結局どこに着地するのかは、
今もって全く何も見えていないので、
この収録、
最悪全没になる可能性ありますね。
子供を持つことへの価値観と葛藤
全没。
やばい。
どうしようかな。
もう一回収録する。
一週間空けての全没はさすがに答えるから。
で、
特にこういう話ってめっちゃセンシティブじゃないですか。
そうですね。
だしなんかすごく炎上する話でもあるというか、
もしこういうさ、
ポッドキャストでなんか音声で喋ってるからまだいいものの、
これ、今から僕らが話すような話を、
ツイッターとかね、
まあ、X、
Xで書き込もうもんなら、
そんなことがわかっていないようなやつは子供を作る権利がないみたいな。
のがもう、
リプライが来ることがもう目に見えている。
そうですね。
うん。
これはわかるんだよ、
インターネットやっているから。
長いからわかるんだけど。
いやー、
あとちょっと将来的に、
なんか子供も多分聞く可能性あるなと思ってて。
そうそうそうそう。
聞かなかったとしても、
なんか、
なんとなくこう、
あのー、
アズマという人物はどういう人物ですかってAIに聞いたら、
スッと出てくるっていうこともあるだろうなと。
ようやくされてね。
そう。
うん。
より嫌だな。
変なようやくされる可能性もありますからね。
うん。
うーん、
まあそういうリスクを背負いながら、
我々は、
背負いながら。
発言しています。
今ね、こうして。
はい。
いやー、
まあでも、
な、
まあ、
まあまあまあまあ。
うん。
ただ、
多分ね、
僕のスタンスと鉄頭さんのスタンスってちょっと違うんですよね。
そうだと思いますね。
うん。
僕の方がこじれてると思うんですよ。
鉄頭さんは割とまっすぐに、
意外と子供を産み育て家族を支えみたいな。
意外とって。
意外と受け入れているタイプ。
そうですね。
まあ、
一言で言うと、
結構昔から子供が欲しかったんですよ。
うーん。
で、
そういうスタイルに憧れていたというか。
へー。
実際、子供が産まれて、
まあ、
なんていうか、
思った通りだとは全く思ってないけど、
うんうん。
なんていうか、
いろんな想定外があったなと思いつつも、
まあ、
なんだろう、
父親であることを、
まんざらでもないと思っている状態ではある、
って感じかな。
はいはいはいはい。
別にそこに対して、
根本的なところで、
そんな強い疑いや、
危機感や、
そういったものがあるわけではない。
まあ、
ないって、
言い切っていいかどうかちょっとわかんないけど、
うーん。
まあ、少ないかなとは思う。
はいはいはい。
僕は多分、
全国で慣らしてみると、
そういう、
貢献的な家庭感みたいなもの、
に対する、
危機感は、
どちらかというと、
強い方にはいると思う。
うーん。
なので、
もっともっとそんなにこう、
子供を作りたいとか、
持ちたい、
父親になりたいみたいな、
強い気持ちがあったわけでもなく、
まあ身の回りではもう、
完全にもう、
子供は作らないと決めている人も、
いたりとかはするし、
うんうんうん。
僕はだからそこまで、
ではなかったなという、
うーん。
感じですね。
うんうんうん。
で、なんか、
まあ割と素直に、
子供を生まれてからの、
自分の心の動きだったりとか、
そういうのを説明した方がいいのかな。
そうですね。
うん。
まあ変化としてってことですよね。
だからなんかその、
えー、
どっから話すと、
一番入りやすいのか、
わかんないけど、
まあその、
子供をコスパで見る論みたいなのは、
うん。
まあそれは無理だろっていう、
のはあるんですよね。
うーん、
そうですね、
はい。
すごく、
その雑な、
ツイッターとかの、
言説で言うところの、
えー、
まあ育児はコスパが悪いとか、
はい。
っていう言い方は、
うーん、
それは無理だろっていう、
その見立てがそもそも成立しないというか、
そのコストとパフォーマンスというものの定義ができない、
世界っていうものは、
世の中にたくさんあって、
うーん。
子供を持つと持たないみたいなのは、
そのうちの一つだと思うんですよね。
そうですね、
まあ僕はどっちかというと、
若干捉え方が違うかもしれないですけど、
まあ言ってることは一緒かもしれないけど、
うーん。
パフォーマンスを定義するときに、
あの、
意見の食い違いが起こりやすいから、
成り立ちにくいとは思ってるけど、
強いて言えば、
コスパがめちゃめちゃ高いと思っている。
うーん。
高いと思ってるんだけど、
パフォーマンスを何だと思っているのかっていうことが、
そもそも一致しないので、
何がどう高いのって話になったときに、
議論が成立しないみたいな、
うーん。
意味、感覚で思っていて、
多分アズマ君と言ってることは一緒かもしれないけど、
そもそもコスパっていう軸の取り方が、
うーん。
ぼやっとしすぎですね。
そうですね。
ってことですよね。
不毛、不毛ですよね。
コスパ論の不毛さと人生の本筋
不毛ですよね。
うーん。
まあでもその、
ざっくりした見たてで言うと、
その、
お金とあとは時間ですよね、
コストとして見られるものって。
はい。
それに対して、
まあ得られるものが、
どれぐらいあるかみたいな話だけど、
はい。
こと、その子どもが発生するという状態って、
その、前もこういう話したかもしれないですけど、
そのパフォーマンスの利益を得る人物が、
一人増えちゃうわけじゃないですか。
そうですね。
うーん。
それはもう、
その、
今までのコストとパフォーマンスの計算とは全然違う、
計算が発生しちゃうわけじゃないですか。
そこでは扱えないよなっていう。
そうですね、
まあパフォーマンス、
もしパフォーマンスを言語化したら、
そのパフォーマンスにおいて、
コツパがいいか悪いかは言えるかもしれないけど、
まあパフォーマンスを定義することに意味が、
なんか微妙になってくるから、
ああ、
同じことを言い始めた。
ああ、
だめだ、
一回やめよう。
えー、
まああの、
あんまり意味なさそうと。
そうですね。
はい。
お互いなんかこう白標の上を渡るような。
そうですね。
会話をしてますけど。
一言で、
なんていうか、
ちょっと思うのは、
パフォーマンス、
コツパっていう言葉を使うと、
まあ結構簡単に人が黙るので、
その言説が通りやすいっていうだけだろうなっていう。
まあそうですね。
気持ちよくなるし。
っていうことで、
まあコツパは一旦置いておきましょう。
そうですね。
置いておきましょう。
でもその、
人生に対して求めるものが僕にとっては、
例えばそれまでの自分の人生で求めるべきものって、
自分が本当にいいと思えるものだったりとか、
面白いものを自分で考えて作る。
それをまあ世の中に対して、
えー、
まあ発表するだったりとか、
それによって、
なんか誰かに褒めてもらえるだったりとか、
そうして嬉しい気持ちになるみたいな。
育児における時間投下と人生の可能性
そういうことが、
俺の人生の本筋だと思ってたわけですよ。
はい。
それは今も若干まだ残ってるし、
で、
そうしてるうちになんかこう子供を産まれて、
客観的に見ると幸せな家庭。
で、
その、
時間を育児に充てられるということだって、
なんか他の人からすると、
すごく幸せなことってするわけじゃないですか。
うんうん。
子供を望んでても得られない人もたくさんいるし、
で、
その、
子供を育てるのって、
他のことと、
またコスパの話しますけど、
はい。
例えば効率よくやるのって無理じゃないですか。
その他の仕事って、
めっちゃ頑張って効率よくやったら、
半分の時間で終わるとか、
っていうことがあり得るけど、
子供を見てる時間とかって、
その、
めっちゃ集中してみたら半分で終わるとか、
そんなことはありないじゃないですか。
ないですね。
めっちゃ頭のいい人がこう工夫して、
こう効率を上げて、
なんかハックとかをしたら、
見る時間が半分になるとか、
3分の1になるとか、
そんなことはない。
ない、ないじゃないですね。
わけだし、
お金をかけて、
じゃあ代わりに他の人に見てもらいます、
みたいなことをして、
それ、
それはその、
子供を育てたと言えるのかみたいな、
うーん。
肝心にもなってくるし、
つまり、
まあ、
ざっくり言うと、
時間というものを、
大量に投下しないといけない存在じゃないですか。
はい。
でかつ、
自分にとって最も大事なものって、
時間だし、
時間って人生そのものじゃないですか。
つまり、
その、
例えば、
悪いことして捕まるのも、
時間を失うっていうことじゃないですか。
あの、
刑務所に3年間閉じ込められましたっていうのは、
あなたの人生の時間を3年間奪いますっていうことで、
うーん。
人生を一部切り出して、
奪われるっていうことだと思うんですけど、
うんうん。
その、
育児している間とか、
子供を見ている時間って、
なんか、
その、
特に、
最初子供生まれて1年とか、
の間、
で、
もうほんとなんかこう、
ずっと揺らし続けないと寝てくれないから、
ただ、
無理になって揺らし続けるみたいな、
ことだったりとか、
そういう時間が発生したりとかして、
それってもうほんとに自分の、
人生、
というものを削って削って、
こう、
与えているという感じ?
そうですね。
うん。
はい。
その、
人生の時間って、
もう可能性の時間そのもの、
自分の人生の可能性なんで、
自分のその先の人生の可能性を、
どんどん削りながら、
渡していってるっていう感じ?
うーん。
で、
なんていうんですかね。
はい。
うーん。
でもその、
自分の人生の本筋は、
その何かを、
作ることに対して時間をたくさん投下して、
その、
自分がいいと思うものを生み出す、
みたいなことだと思ってるから、
そう思ってる限り、
もう、
ずっと嘘の人生を送り続けてるんですよね。
うーん。
父親としての責任と社会からの期待
これちょっと、
伝わるかどうかわかんないんですけど。
いや、
すごい、
なんていうか、
逆に、
逆にというか、
すごい尊敬してますよ。
そう、
そうでありながら、
相当、
きちんと全うしてるじゃないですか。
その父親であることを。
そうですね。
もう義務として。
まあ義務、
義務とか義務じゃないとかは、
うん。
置いといて、
もうやってるかやってないかで言うと、
めっちゃやっているっていう部分。
うーん。
どういう、
もうこれっても気持ちとか、
っていうのは、
まあ、
っていう話でもあるけど、
うん。
現実としてやっているっていう、
すごく、
でかい事実が、
まずそこにあって、
そうですね。
そうですね。
そこが、
すごいなって思ってますよ。
いつも。
でも、
それってその、
徴兵とかと一緒で、
その、
いやこの人はなんか、
別にこう戦争とかを、
好んでる人じゃなかったけど、
実際戦争になって徴兵されたら、
すっごい頑張って戦ってて、
偉いな、
みたいなのと同じことだと、
僕は思うんですよね。
義務果たしてて偉い、
みたいな。
はい。
社会的に、
その男性が育児をする、
より大きく関わっていく方が、
いいと思われてるから、
僕は育児に、
強く関わるっていうことを、
してるのかもしれないなと思いますね。
それも、
あるかもしれないけど、
結局目の前に、
人間がいて状況があって、
そこに対して逃げずにいるっていう、
社会がどうこうっていうのは、
なんだかんだ言って、
自分自身からすごく遠い、
ことだと思うんですよね。
で、
あくまで目の前で戦っているものは、
社会ではなくて、
なんか、
状況と人間、
具体的じゃないですか。
それを日々乗り越えている、
そうですね。
ものだなあっていうふうに、
まあこれ、
どの誰しもがそうではあるけど、
そうなんだなあっていうのは、
すごい、
まあもちろん、
社会的にそれが求められていることに、
屈指しているみたいな、
解釈をしようと思えばできるけど、
別に、
逃げ出すことだって、
可能といえば可能な中で、
そうしていないっていうことは、
なんかそんなに、
なんだろうなあ、
一言で言えるものでもないなあ、
というふうに思いますけどね。
自己評価と幸福感の乖離
いやあ、
そうなんですかね。
いやあ、
全然そうですよ。
単に逃げ出す勇気がないとか、
そういうのも、
まあ半分はあるとは思うんですよね。
この状況になってしまったから、
もうやるしかないみたいな。
はいはいはい。
まあそれ、
まあ周りもあって、
それ結構、
周りのためでも、
自分のためとも、
まああの、
切り離せないものではあるけど、
きちんと自分を大事にできていなければ、
それすらできないとも思いますけどね。
まあ、
そうですね。
だから、
割と僕はこう、
なんだろう、
こうあるのが自分にとっての幸せ、
というものが割と明確にあって、
それはその育児とかとは全然関係ないことだったので、
はい。
つまりその、
一人でものを考えるとか、
何か自分がいいと思うものをこう作るとか、
そういうところにあったはずなのに、
俺は一体何をしてるんだろうみたいな思いは、
結構ずっとつきまとってきたし、
今も薄れてきてはいるがある。
ふーん。
これがその、
この思いがずっと強くあってたら、
死んじゃうから。
だから薄れさしてる。
というのもあるとは思うんですよね。
自分の中で自動的にこう、
そういうふうにこう、
まあ平たく言うと慣れですけど、
ふーん。
それはその自分が思っている状況とは違う、
というか自分が思っている幸福とは違う幸福を割り当てられているということに対して、
慣れないと、
本当に諦められない人っていると思うんですけど、
はい。
本当に諦められないと下手したら死んじゃうから、
死ぬのはよくないじゃないですか。
そうですね。
いやー、生きててくれてありがとうございます。
酔うのとかもいろいろあって、
まあ幸運剤とかを飲むようになったりとかした時期もあったり、
あったりとかはしたんですけど、
まあこれってある種の産後鬱みたいなもんですよね、たぶんね。
たぶん。
ふーん。
女性だからちょっと珍しいかもしれないけど、
女性の方がそういう感覚はある人たくさんいるんじゃないかなっていう気はしますね。
子供を得ることで人生のたくさんいろんなことを諦めているという感覚。
これはたぶん歴史的にもむちゃくちゃ女性の方が大量にいると思いますね。
そうですね。
子供がいなかったとしても、いろんなことを諦めさせられているっていう状況は。
もちろん。
もともと多かったかもしれないですよね。
そうですね。
で、なんか、より、まあちょっと離れるかもしれないけど、
よりつらいのって、こういう気持ちに寄り添ってくれる音楽とか作品とかってあんまないんですよね。
あー。
なんか、例えばこう、青春の甘酸っぱい思いだったりとか、大人に理解されない苦しみだったりとか、
そういうものを歌っている曲とかってむっちゃいっぱいあるじゃないですか。
売れてるようなものとかもたくさんあるけど、めっちゃ育児頑張ってて子供の笑顔可愛くって、
それは幸せなんだけど、でも俺の本当の人生でやりたかったことってこれじゃないんだよな、みたいな苦しみを歌ってくれるアーティストっていないんですよね。
いやー、これは新レーベル立ち上げですか。
レーベルではないか。
ちょっと、なんだろう、いい時代というか、それこそ本当に。
これって本当に歌う、絶対歌ったら炎上しますしね。
そうかもしれないですね。
世の中には子供が欲しくて欲しくてしょうがないけどやられない人もいるんですよ、みたいな思っても、もういくらでもあると思うんで。
うんうんうん。
だからそういう点でも、そういう意味でも孤独なんですよね。
そうっすよね。
そうしてるうちに、何か自分が作りたいというモチベーションもだんだん落ちてきて、体力もないし時間もないし。
時間って全ての厳選だし、なんかすんごい暇だなーみたいな瞬間があることで、なんか自分の創造性がすごい芽生えてきたっていう、自分にとっては人生でもあるんで。
そういうものがすごく失われていくっていうのが恐怖でもあり。
でもね、これって多分人からしてみたらすごい子供じみたセリフなんだろうなっていう。
いや、そんなことはないと思うんですけど。
そう思うとしたらその人は、まあシンプルに分かるつもりがないだけなんじゃないかっていうか。
分かるつもりがないことに対して分かる必要すらないというレッテルの貼り方って結構いろんな種類がある気がしてて。
子供を持つことによる意識の変化と共感
ボキャブラリーというか。
その中の一つに子供じみているっていうのも、分かるつもりがないし分かる必要もないと思っていますっていう表現の一つかなっていう気はしますね。
いやー、仲間はたくさんいると思います。
ちょっと見つけてつながるのがいい、それで解決するっていう話かどうかは分からないけど。
今のタイミングで一応ちなみに言っておくと別に今そんなにめっちゃ苦しんでるわけではないですよ。
この思いがすごい強かったのはやっぱり0から1歳ぐらい。
1.5歳とかそれぐらいかな。
それぐらいでだんだん子供という思想通ができるようになったりとか、分かりやすく成長が言葉の使い方とかに現れてきたりとか。
すごい個性が見えてきたりとかするし。
めっちゃ可愛いなって思うことはもう毎日あるし。
なので、その表面的にすごく苦しんでいるわけではない。
ただ本当にそこの部分、自分がこう一人になったときに鏡と向かい合って、お前は本当にそれで幸せなのかっていうふうに自分に問いかけると奥底には開けてはならない扉がある。
なるほど。
そういう感じ。
いやーこれ難しいな。
僕もなんかなんだろうな、父親になって初めて見えた部分と、それでもなんていうか、その上で見えていない部分と、どっちが何割とは言えないけど、なんかすごくなんだろうな、ある中で。
どう声をかけたらいいか分からない。
ところは。
でも、そうですよね。
そう。でもまあ、そんなになんだろう、僕があずまくんのことをすごい心配なときもあるけど、なんか心配しすぎることがいいこととも思ってはないので、距離を置いてみているところもありますけどね。
どうしたらいいんだろう。
全然大丈夫ではあるんですよ。
うまくやれているという幸いなことに、会社もすごくこういう育児に時間をかけることに対する理解があるし。
いやーそれは大きいですね。
それはむちゃくちゃ恵まれてる環境だし、こんなに恵まれてることはもう他にないだろうっていうぐらいなんですけど、それゆえにみたいなのはありますよね。
いやー、そうですね。
まあ、なんだかんだ旗から見ると、まあポッドキャストもやってるし、なんだかんだこうAIで何か作る元気があって、実際にいろいろ作ってるみたいな側面は、
まあもちろん頻度が減ったりとかやりにくくなっているとはいえ、でもやってるなって思ってる人もいるでしょうけどね。
本人が自己評価するのがどうなのかっていうのが別の問題ですもんね。
そうですね。実際問題、パラレルワールドの子供がいなかった自分と比べたときに、どっちが面白い作品だったりとか、すごくいいものを作ってるかっていうと絶対無効だろうなっていう感じはある。
それは子供いないがゆえの渇望みたいなものが制作に振り分けられるっていうことも絶対あるし。
でも、じゃあもう自分がもう一回同じように人生を送るとして、子供を作るという選択をするか作らないという選択をするかで言うと、たぶん作るという選択をするんだろうなっていう感じもまたあるんですよね。
そうなんですね。なるほど。なるほどというか、分かるようで分からないな。
なぜか分かんないけど、たぶん子供いるんだろうなという。
いやー、これは難しい話になってきましたね。
そうですね。だし、物買うとかと違って、子供がいる人生を選ぶっていうことって、すごく自分の価値観の方に揺さぶりかけてくるというか、
自分が何を嬉しいと思うかとか、そういうことにすごく変性が起こるわけじゃないですか。
それは絶対テッドーさんもありますよね。
そうですね。
街で歩いてて、保育園とか見かけたりとか、子供がベビーカーとかで揺られてるの見たときにめっちゃニコニコするようになるし。
そうですね。
だし、子供が地域で見守られていることだったりとか、トラブルに巻き込まれずに生きていてくれていること自体に対するすごい温かい気持ちだったりとか、保育士という存在に対する感謝だったりとか。
そうですね。
保育士ってさ、他の人の子供に対して愛情を注いでくれるっていう、本当にありえないぐらい。
いやー、本当にすごいことですよね。
本当になんか、その存在がいてくれてよかったな、この世にっていう。
いやー、愛情を注ぐって一言で表現するしかないけど、その中身がこういうことなのかっていうのを、まだ垣間見たぐらいしかわかってないかもしれないけど。
そうですね。
子供が生まれるまでに愛情を注ぐっていうのが、なんかことに対して思っていたイメージで、本当に1割わかってたかどうかぐらいの、なんか浅さっていうか遠さだったなっていう感じがあるかな。
僕今、あの薬局で売ってる酔い止めのパッケージで、子供がピースサインしてるの見るだけで泣きそうになりました。
よかったって。車に酔わなくて楽しい旅行になってよかったって。
わかりますよ。
いや、そうなんですよ。これ、すごいことですよ。
そう。明らかに意識に変性が起こってる。
いや、これが人間の仕組まれた、いや仕組まれたじゃない、人間の行動原理を。
陰謀論みたいになってる。
俺は人間だなって思いますね。人間が喜んでいることを喜ぶというのが、なんかいいとか悪いとかではなく、人間だから人間が喜んで嬉しいと思っているなってすごい、前よりすごく思いますね。
僕はあらゆるスポーツは嫌いですけど、でもスポーツ見たらその熱狂するみたいな気持ちはすごいわかるし、心揺さぶられることはあるんで全然。
それはもう理屈で考えてるものとは全然違う領域というか。
体がそうなってるみたいなのはありますね。だから嫌いなんですけど、スポーツって。
そういうねじれがあるんですよね。
なるほど。ねじれてますね。
その屈折を抱えたまま、子供と過ごし、笑顔を見て。
なんかめちゃめちゃ、たぶんこのまま行くと、すごいかっこいい盆栽というか、なんかなるのかなっていう。
どういうことですか?かっこいい盆栽って。
すごく外的な力により曲げられたりとか、成長したい方向とは違う方向に枝葉を伸ばさざるを得なかったが、
植物の方ね。
そう。
その天才盆栽の方ではなく。
違う違う、松とかそういう丁寧に剪定される方の盆栽ですね。
盆栽というか何て言うんですかね。それにより唯一無二の形を得るっていう状況にもしかしたらなるのかもしれないですね。
そうかも。
いやーどうしましょうか。なんか、とはいえ楽に生きる方が負担が少ないので、すごいなんかドートロジーのようなこと言ってますが、
負担が少ないということ自体にも価値があるから、楽になるような対象療法はすでにいろいろあるとは思いますけど。
受け身の取り方はいろいろあるんで。
ただまあこれを聞いてる人で、そういう子供を持つべきかどうかみたいなので悩む人に伝えられることとしては、そういうふうに自分の人生と子供を持つ幸せとっていうのの間でめっちゃすりつぶされてる人ってちゃんといるし、その苦しみは別に何も間違ってはいないということは伝えたいですね。
そうですね。
珍しいことではないと思う。ここに仲間がいるぞと。
なんか何年か前にイーチコのポスターで、なんか湖の写真かなんかだったんですけど、いろいろあったと今は思うだけ書いてあるんですよ。
で、なんかあれって何にも言ってないけど、どう感じるかが5年ごとにコロコロ変わっていくなんだろうなって。
いいですね。考えだけがある感じ。
そこに誰でも何でも当てはめられるし。
そこに当てはめる引き出しがまた増えたなというか。
そうですね。だいたい風景写真の上に書いてありますよね。
そうですね。
風景写真の上に考えだけが純度高く抽出されて載せられてるから、見るたびにこう自分の人生を当てはめてみたいとか。
そうそう、勝手に当てはめ修正が人間にあるので。
考えが得られるってすごい幸せなことだとは思うし。
幸福の定義と孤独な晩年への恐れ
そうですね。幸せって何なんですかね。
知りたいですね。
幸せですか?
僕ちょうど今日、日系サイエンスの幸福とは何かっていう回、最新刊買ったんで、それ読んで学ぼうと思います。
知人が言っていたことによると、幸せとは自己評価であるって。
その表現は聞いたことはなかったなと思って。
そっか、自己評価なんだなと思って。
でもそうかもしれないと思いましたね。
自己評価か。
どんな状況かが幸せってことではなくて、それをどう評価しているかが幸せそのもの。
それを良いと思えば幸せだし、悪いと思えばそうじゃないっていう。
ことさらに子供を持つことを勧める人って、孤独な晩年を恐れすぎているという気がします。
子供を持たないと老後に寂しくなるよみたいなのってあると思うんですけど。
でも老後寂しいからなんだよっていう感じというか。
結末の部分が幸せかそうでないかで幸福が決まるものではないだろうっていうのを端的に歌っているのがハッピーエンドのハッピーエンドっていう曲で。
幸せなんてどう終わるかじゃないどう始まるかだぜっていうすごくいい歌詞なんですけど。
なるほど。
もう一つは道連れにしたいだけの可能性もまあまああるんじゃないかっていうか。
一緒に苦しもうやって。
そうそうそうそう。
で、それで良かったことは当然いろいろあるし、苦労したことは当然いろいろあるけど、それを良かったと言わない限りは生きていけないから、いいものだって言うと思うんですよね。
そうですね。そういうバイアスが人にはありますね。
あとやっぱその同じ苦しみを知ってる人って信頼できる感あるじゃないですか。
なんか。
そうですね。まあなんだかんだありますよね。
だからなんかこう部活で先輩にやられた嫌がらせを後輩にやるみたいなこともあるんだろうけど。
子育て経験者の苦悩と共感の難しさ
こともね。どうしようかな。
いやもうこんなん結論こうですみたいな話には絶対にならないことはもう最初から分かってたんで。
うん。
もう時間が来たらもうおしまいにするしかない話ですこれは。
まあいろんな思いでこさわってしてる人はいると思うけど、なんかこれ結構貴重な言論というかなんか言葉なんだろうな。
あんまりいないんですよね。こういう話をしてる人って周りに特になんだろうクリエイター的な人ってあんまりいないですね。
うん。
なんか振り切ってる人はいるんですよね。子供は作りません。自分の作品が子供ですからみたいな。
うん。
とか逆にこう子供を持つことで自分の世界が広がりましたみたいな人もいるけどなんか俺みたいな感じのこと言ってる人いなくて寂しいんですよね。
うん。いやーそもそも言語化ができない。言いにくいとかじゃなくてそうじゃないですか。
そうなのかな。
なんか一言で例えば前回言ったみたいにネガティブな意味で時間がなくなりました。
まあここまでは言える人がいたとしても。
うん。
純度の高い苦味とも違うじゃないですか。
そうですね。いろんな味がする苦味ですね。
そう。で甘みもあるし。
もちろん。
その甘みが自分の好きな味ではない部分の甘みっていうのもある。
うん。
体は美味しいと思うがそれを美味しいと思っている状況自体になんか癒さを感じている側面もあったりするみたいなすごく。
うん。だしそれを舐めてるうちにだんだん自分でもこれが美味しいんじゃないかっていう気もしてくる。
うん。
とか。でもそれを美味しいと思う自分でいいのかという疑問もあるみたいな。
すごいなー。なんか僕はもしかしたら年をとってしまったのかもしれない。
話、なんだかんだ内圧が高くないとこう内圧なんてペットボトルをイメージしてますけど。
はいはいはい。
ソリッドな痛みって生まれないなっていうか。
うん。
そこを自分は圧が弱くなってしまって痛いとかそういうことも鈍化になってる可能性あるなっていうのはちょっと思いましたね。
うん。
いやでもちゃんとうまく適応してちゃんとこう想像的にものを作るっていうことをやれてるのはテッドさんの方だと思うんですよね。
実際のところ。それはもう出してる作品の量でも全然違うし。
適応したというかなんですかね。まあ運もあるかもしれないですけど。
うんうん。
一個はもしかしたら兄がいたから子供がいるとどうなるか想像しやすかったとかはあるかもしれない。
あー。
うーん。まあでもこれからねAIに何もかも奪われてゆるゆるに剥がされる運命かもしれないんで。まだわかんないですけどね。
テッドさんがそうならまあみんなそうだから。
いやわかんないですよ。僕が過適応してこう。
テッドさんだけが。
僕みたいな感じの人がなんか依存しすぎてもう何もできなくなって何もやる気もなくなるっていう。
うんうん。
いやー。
なるほど。
とか全部投資して時間もお金も人脈も全て投げ打ってそれで失敗するとか。
あー。仮想通貨で破産してしまう人みたいな。
そう。僕なんか結構そういうことしそうなんですよ。
それはちょっとわかる。
そう。だからあの井出子は比率を多めに入れてるんですけど、お金を出せない。
大事ですね。
そうそう。出せない。
自分の性質がよくわかっているから。
うん。これが絶対にいいんだって言って全力を注いで全財産注いでこけるって本当にやると思うんですよ。人生長いし。
美しいですけどね。人生のありようとしては。
いや、でも振り返ってみたらただちょっと考えればわかるミスを気づく勇気すらなかったぐらいの恥ずかしい失敗の仕方を多分結構すると思います。
全然旗から見たら面白いだけの本当の後悔とか結構しそう。
すごいですね。旗から見たら面白いだけの本当の後悔って。めちゃめちゃきついですね。
あんまり信用してないんですよ。自分のこと。
まあでもまあそういう感じですね。自由というものは自分にとってすごく大きな価値があるものなので、育児はそれを少なからず手放すということではあるし、それによって幸せになれるかどうかはかなり人によるところもあるのかな。
そうですね。どうなんですかね。幸せになっている人が多数派であるように語られている。これ?
そうですね。語られてるし見えるし。実際にそうなんじゃないですかね。
まあ麻痺しているだけだったりしたとしても麻痺することが幸せなことであるっていう言い方もできるし。
まあドラッグとか。むちゃくちゃ蔓延しているドラッグとも見られる。
そうですね。合法で誰にも怒られないドラッグだったら手を出さないなんてもったいないと言ってもいい。
まあそうですね。
言っちゃっていいのか。
まあでもドラッグって言い方あと、自分なんだろうな。ドラッグっていうのもな。さすがにちょっと違うかも。
さすがになんか違う気はするな。別に自分がダメになってしまうとかそういうものではないから。
そうですね。
むしろ一般的には子供がいる人の方がしっかりしていると思われるもんね。
そうなのか。
実際しっかりせざるを得なくなるというのはあると思う。
無理やり目を覚まさせないという感じがしますね。
自分のミスで人が死ぬみたいな状況に立たされてしまうわけだし。
適応と創造性、そして未来への不安
どうしたらいいんだ。
どうしたらいいんだろうな。どうしたらいいかわかんないけど、どう締めたらいいかは。
いやでもなんか僕は幸せなんだったかなって。逆にすごく問われてる気分です。
疑問をさせてしまった。
まあ疑問を持ってなかったことは確かだなと思います。疑問持ってないわけじゃない。いや持ってないな、あずは君と比べれば。全然持ってない。
そうなのか。
うんやりと子育てしてるかもしれない。で、ぽわーほーこれが幸せじゃーぽわーってなってる。
まあそう考えると確かに僕は勤めて正気を保とうとしているのかもしれないですね。
僕は正気じゃないってことで。すごいことですよ。こんな何十億人も正気じゃなくすことができる。
そうですね。まあ全員狂ってたら正気の方が強靭ですからね。
なんか聞いたことあります?
定義上そうじゃないですか。全然普通じゃない状態って普通がそっちなんだから。
まあ適度に身を委ねつつ。
そうですね。
適度に放り投げてって感じですかね。
そうですね。
まあ子供が言ってもね、ちょっとずつ大きくなって手を離れつつある部分もあるはあると思うんで。
まあそうですね。もっと上の子がいる家庭とか聞くと、もうどんどん楽になる一方よみたいな話とかね。
そうするともうどんどん楽しくなるみたいな。
そういう話も聞いたりとかしますね。
そうですね。今んとこそうだったなとは今5歳ですけど。
時間がかかるって意味では、まあなんていうか、やっぱ生まれたてがピークだったという感覚は今でもそう思いますね。
まあでも、あずまくんの子供がどんな大人になるのか、すごい楽しみだし。
それは僕も楽しみですね。
友人として、友人っていうか、あずまくんの子供の友人でありたいなと思っていて。
あずまくんの子供がいることが僕の幸せにもなってはいるんですよ。
これ冗談じゃなく、まあわかると思いますけど。
うんうん。Zさんにはむちゃくちゃ助けられてますからね。
いやーなんか別に助けてるとかじゃないと思ってますけど。
幸せですよ。ありがとうございます。
こちらこそ。
そうですね。
いや僕ももう説明できてなかったけどむちゃくちゃ幸せですよ。
いやー、じゃあその甘い沼に身を委ねて窒息しながら生きていきますか。
そうですね。自分が正気なのか正気じゃないのか、わからないまま置いていくのかもしれない。
正気に戻った時に笑ってるのか泣いてるのか、それはわかりませんが。
子育ての幸福と麻痺、そして感謝
でもまあ今は楽しいです。
よかった。
ハッピーエンドで。
そうですね。
今回はそんな話ですね。だいぶ今までのイメージキャストっぽくない話ですけど、こういう回もあっていいんじゃないでしょうか。
これはね、250回やんなきゃこうはなれなかったと思う。
この話なんか10回目とかで絶対できない。
絶対できないし、できない。やる勇気もないし。
確かに。皆さんありがとうございます。ここまで続けられたのは、
皆様のおかげです。
聞いていただいている。
そんな感じですね。
はい。
それではまた。
また来週。
また来週。
これはちょっといろんな皆さんの意見あると思います。
もう許せへんみたいな感情になる人もいるかもしれない。
そういうのを含めて感想をいただけるととても嬉しいです。
そうですね。
こんな感じですね。
はい。
それではまた来週。
さよなら。
さよなら。
47:03

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