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この人ヨガ合ってないな、と思うことはよくあります
2026-09-11 05:45

この人ヨガ合ってないな、と思うことはよくあります

12年ヨガを教えてきて、この人ヨガ合ってないな、と思うことはよくあります。
でも、辞めた方がいい人はいないです。

一つのことに集中できない、多動的な人。合っているか合っていないかで言えば、合っていない。というか、その人にとってはすごく大変で、試練に感じるというか、イライラするところだと思うんですよね。ヨガをやること自体が。

でも、だからといって、そういう人がヨガを辞めた方がいいか、来ない方がいいかというと、そうではないと思っていて。そこを練習することが、その人がより楽に生きていく上で、やってもいいことなんじゃないかなと思うんです。

ここからが、答えのない話なんですけど。

多動的な人って、それが一つの個性というか、長所にもなり得るじゃないですか。じゃあ、ヨガをして一つのことに集中する、落ち着くということが、その人の長所を削ってしまうことにならないのかな、ともたまに考えるんですよね。

いろんなことにパパパッと気づいて、すぐ手を出せる、動ける。それでうまくいっているんだったら、その長所を弱くする、尖っている部分を丸くしてしまうような気がしないこともない。

でもやっぱり、集中することとか、聞いたとおりに動くというのは、できた方がいいんじゃないかなとも思います。難しいし、分からないし、答えがないことなんですけど。

合わないなと思った人に、声をかけることはないです。「あなた、合ってないですね」「来ない方がいいんじゃないですか」なんて、どのインストラクターも絶対に言わないと思います。

合っていないなと自分が思ったとしても、やることは変わらないので。得意な人も苦手な人も、言葉どおりに聞いて動く練習をする、ポーズを深めていく、自分の限界まで挑戦する。苦手か得意かというだけで、やることは一緒だし、同じことをやった方がいいとは思います。

よっぽどレッスン中がしんどかったら、瞑想を1分だけしてみるとか、段階を下げて、ステップを小さくしてチャレンジするのはやってもいいかな、と。ただ、自分がそんなふうに思わないんだったら、わざわざする必要もないです。

それでも通い続ける人は、たぶん自分にヨガが必要だと思うから通われているんだと思うんですよ。じっとすることが辛かったとしても、「どういうところが辛いんだろう」「足を動かしたくなるのかな」「力を抜くのが苦手なのかな」というところに向き合う。それで自分を理解していく。

「自分はこういう人間なんだ」と決めつけるのは良くないんですけど、「自分ってこの時、こういうふうに思うんだ」と、評価はせずに観察だけしていく。これは初期仏教的な考え方でもあるんですけど、ヨガも自分と向き合うところがあるので。

自分はこういうところで動きたくなるんだな、1分くらい瞑想していたら辛いな、3分はいけるな。そうやって自分のことを再発見していく、輪郭を濃くしていく。それはヨガをしているとやりやすいかなと思います。

小学生が100mを走るのと、大人が100mを走るのとでは、速さは違うけど、やっている競技は一緒。動きたくなる人たちが悪いわけじゃなくて、速さは違うけど、それをちょっとずつトレーニングしていくこと自体がヨガなので。

ポーズが取れるから、すごく集中できるからヨガをしている、というわけじゃない。自分と向き合っていく、言葉どおりに動く。それをしていくことがヨガなので、辞めた方がいい人というのは、いないかなと思います。

やりたくなかったらやらなくてもいいですけど。自分にとって必要だなと思っている人が、合わないから、で辞めるのは、ないかなと思います。

※「初期仏教的な考え方」は、僕がそう捉えている、という話です。

#ヨガ #ヨガインストラクター #続ける #40代 #音声配信

ヨガを辞めた方がいい人って?
12年教えてきて、合ってないなと思うことはよくある
一つのことに集中できない、多動的な人
ヨガをやること自体が、試練に感じる
でも、辞めた方がいい・来ない方がいいとは思わない
そこを練習することが、楽に生きる助けになる
ここからは、答えのない話
多動的なのは、一つの個性であり長所にもなる
落ち着くことが、その人の長所を削がないか
パパパッと気づいて、すぐ動ける
尖っている部分を丸くしてしまう気がしないこともない
でも、集中する・聞いたとおりに動くはできた方がいい
合わないなと思った人に、声をかけることはない
得意な人も苦手な人も、やることは変わらない
しんどいなら、瞑想を1分だけ
段階を下げて、ステップを小さくして挑戦する
でも、自分がそう思わないならしなくていい
通い続ける人は、自分に必要だと思っている
どういうところが辛いんだろう、と向き合う
「こういう人間だ」と決めつけるのは良くない
評価はせずに、観察だけしていく
初期仏教的な考え方でもある
1分の瞑想は辛いな、3分はいけるな
自分のことを再発見していく、輪郭を濃くしていく
小学生の100mと、大人の100m
速さは違うけど、やっている競技は一緒
動きたくなる人たちが悪いわけじゃない
ポーズが取れるからヨガをしているわけじゃない
辞めた方がいい人は、いない
必要だと思っている人が「合わないから」で辞めるのは

▼note「人生がちょっと面白くなる7つの問い。なお、答えは書いてませんw」(100円)
https://note.com/ichiyogaai/n/n090219610716

人生が整う、小さな実験。なおヨガはしません😇🙏
mail.icchanyoga.com

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はいどうも、いちです。今日も始めていきます。というわけで、今日のテーマはヨガをやめた方がいい人、ということで話していきたいと思います。
はい。で、まあ12年ですね、ヨガを教えてきて、この人はヨガ合ってないなっていうふうに思うことはよくあります。はい。
よくあります。で、まあそうですね、やっぱり一つのことに集中できないとか、まあその多動性的な人とかっていうのは、やっぱり
合ってるか合ってないかで言えば、合ってないというか、まあ多分その人にとってはすごく大変、まあ試練に感じるというか、まあ難しいというか、イライラするみたいなところだと思うんですよね、ヨガやること自体が。
でも、だからといって、じゃあそういう人がヨガをやめた方がいい、来ない方がいいかっていうと、そうではないと思ってて、
で、やっぱりそこをやっぱり練習するっていうことが、その人がまあより楽に生きていくというか、
っていう上で、まあ一つ大切っていうか、まあやってもいいことなんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。で、まあ難しいけど、やっぱり一つのことに集中するっていうのは、
その何か成果を上げていく上で大切だと思ってるんですけど、ただやっぱり、
これは難しいし、わからないし、答えがないことなんですけど、ある意味そういう多動性的な人って、それが一つの個性というか、この長所にもなり得るじゃないですか。
じゃあ、そこをヨガをして一つのことに集中するとか、落ち着くっていうことが、その人の長所を削ってしまうことにならないのかなとも、たまに考えることがあるんですよね。
まあいろんなことにパパパパ気付いて、すぐ手を出せる、動けるっていうからこそ、
もしその人がうまくいってるんだったら、それを壊すじゃないですけど、その長所を一つ弱くする、尖ってる部分を丸くしてしまうような気がしないこともないけど、
やっぱりでも、そういう集中するっていうことは、ヨガですね、聞いた通りに動くとか、っていうことはできた方がいいんじゃないかなっていうふうに思います。
なので、会わないなって思った人に声をかけることはないです。あなた会ってないですねとか、来ない方がいいんじゃないですかとかいうことは、基本的にどのインストラクターも絶対ないと思いますし、
でも会ってないなって自分が思ったとしても、やることは変わらないんで、得意な人も苦手な人も言葉通りに聞いて、動く練習をするとか、
よりポーズを深めていくというか、自分の限界まで挑戦するじゃないですけど、っていうことをやるっていうことは変わらないので、
なので、苦手か得意かどうかっていうだけで、やることは一緒だし、同じことをやったほうがいいとは思います。
なので、ヨガが合わないからといって、仮に何かしたらいいとかっていうふうなことはないんですけど、ただ、瞑想を1分だけしてみるとか、
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そういう自分が苦手なことを少しずつ、ちょっと段階を下げて、ステップを小さくしてチャレンジするっていうのは、
よっぽどヨガのレッスン中がしんどかったらやってもいいかな、ただ自分がそんな風に思わないんだったら別にそれもわざわざする必要がないし、
それでも通い続ける人っていうのはやっぱり、多分自分にヨガが必要だと思うから通われてるんだと思うんですよ。
なので、そういう人はやっぱりちょっと合ってないなとか、しんどいなとか苦しいなとか、集中するというかじっとすることが辛かったとしても、
どういうところが辛いんだろうなって、足を動かしたくなるのかなとか、体を動かしたくなるのかなとか、力抜くのが苦手なのかなっていうところをですね、
やっぱり向き合うということで、自分を理解することで、その上でやっぱり生きていくっていうのが、やっぱり自分でこういう人間なんだっていうふうに思うだけ。
決めつけるのは良くないんですけど、思うだけでも少しは生きやすくはなるかなっていうふうに、自分ってこの時にこういうふうに思うんだっていう評価はせずに、
観察だけしていくっていうのは、初期仏教的な考え方でもあるんですけど、ヨガもですね、自分と向き合うというか、そういうところもあるので、
自分ってこういうところで動きたくなるんだなとか、1分ぐらい瞑想してたら辛いなとか、3分はいけるなとか、
そういうふうに自分のことを再発見していくというか、輪郭を濃くしていくというか、
ということもやっぱりヨガしてるとしやすいかなっていうふうに思うんで、どんな人であっても続けていくっていうことが僕はいいんじゃないかなというふうに、
小学生が100メートル走るのと大人が100メートル走るので速さは違うけどやってる競技は一緒みたいな感じで、別にそういう人たち、ヨガが合ってないというか、
動きたくなる人たちが悪いというかっていうわけじゃなくて、やっぱりその辺は速さは違うけど、でも別にそれをちょっとずつトレーニングしていくっていうこと自体がヨガなので、
別にそのポーズが取れるからとか、すごく集中できるからヨガしてるっていうわけじゃない。ただ自分がすると向き合っていくとか、言葉通りに動くとかっていうことをしていくことがヨガなので、
辞めたい方がいい人なんてはいないかなというふうに思います。やりたくなかったらやらなくてもいいですけど、やった方がいいとか、自分にとって必要だなと思ってる人が合わないからって辞めるっていうのはないかなというふうに思います。
というわけで、今日はこの辺で終わっていきたいと思います。今日も聞いていただいてありがとうございました。
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