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安全なら、間違えていても声はかけません
2026-09-02 10:38

安全なら、間違えていても声はかけません

安全であったら、多少間違えてても僕は声をかけないです。自分で気づいてほしいので。
超スパルタでもあると思うし、ほったらかしな気もせんこともないんですよ。

ヨガの8段階の、3段階目。やっとポーズに入るところの話です。

1つ目が、やってはいけないこと。2つ目が、やったほうがいいこと。3つ目で、やっとポーズです。ヨガ=ポーズを取ること、と思われている方のほうが多いと思うんですけど、ポーズが3番目で、あと5段階残っているんですよね。

じゃあ、何のためにポーズを取るのか。ポーズのもっと先の段階に、集中とか瞑想が入ってきます。あぐらを組んで集中する、瞑想する、というときに、股関節がめちゃくちゃ硬くてあぐらがかけない人は、そもそも集中しにくい。座ると腰が丸まりやすい人は、長時間やっていると腰が痛くなってくる。同じ姿勢でいるのがつらい、というところにつながってきます。

ある意味、強靭な体がないと、その先の集中に耐えられない。だから、快適であること、集中できる状態であることを作るためにポーズを取っている。ポーズは目的じゃなくて、準備なんですよね。

そのとき、インストラクターとしてどこを見ているか。まず絶対に見るのは、安全かどうかです。安全じゃなかったら声をかけます。でも安全であったら、多少間違えていても僕は声をかけない。

なぜかというと、自分で気づいてほしいからです。周りを見たり、インストラクターの声のとおりに動けているか、自分で自分を観察する力——メタ認知って言ったりしますけど、その能力を鍛えてほしい。「その能力を鍛えてくださいね」と言えば、たぶんすぐ直してくれるんですけど、そこにも気づいてほしい。

超スパルタでもあると思うし、ほったらかしな気もせんこともないんですよ。これは結構悩んでて、もうちょっと言ったほうがいいのかな、それともこのままでいいのかな、と思うんですけど。

でも結局、自分の人生って自分で変えないと意味がないんですよね。何でもインストラクターに教えてもらうということになると、教えてもらわないと気づけない人になってしまう。

もちろん、気づくまで絶対に言わない、というわけじゃないです。「私、間違えてることありましたか」「ここ、なんか違いましたかね」と聞かれたら、全然答えます。でもそれも、やっぱり自主的じゃないとダメだと思うんですよね。これはインストラクター次第だと思うので、僕は一番スパルタなのかな、という気もします。

あと、ポーズって最終的には何も考えずに集中するものだ、と言われたことがあるんですが、その「何も考えない」に達するまでには、死ぬほど考えないといけないな、と思っています。

後半は、上手いポーズと意味のあるポーズの違いです。

バレエダンサーの方なんかは、もともと柔軟性があるので最初から結構きれいにポーズが取れます。その人の内面まではわからないですけど、他のことを考えながら取っているんだったら、体を動かしているという、スポーツ的な意味しかないのかなと思ったりはします。

逆に、体が硬くてポーズがなかなか上達していなくても、いい方向に進もうとして、言葉のとおりに動いて、さらにポーズを深めようとして、呼吸もちゃんと意識しながら取っていたら、それはすごく意味のあるポーズだと思います。

12年やって一番変わったポーズは、前屈系です。もともと前に倒すのが硬かったので。でも本当は、全部のポーズが変わったと思います。ポーズに対しての意識が変わったので。

ポーズがうまくならない人には。うまくなっているかなっていないかは、気にしなくていいです。それより、そのポーズに対していい方向に努力できているかを気にしてあげたほうがいい。100回やって100回同じような崩れ方をする、いつも同じタイミングで崩れる、というときは、考え方か強度を変えたほうがいいと思います。

それと、「ポーズができない」というのも解像度が低いんですよね。じゃあ何ができないのか。筋力が足りないのか、柔軟性が足りないのか、それとも体力が足りないのか。そこを自分なりに考えて、どこを変えればうまくいくかを考えて、トライしていく。それで結局変わらなくても、気にすることではないです。

ポーズの出来は、上達できているか、自分の仮説が正しいかの指標ではあるので、うまくなるに越したことはないんですけど。3ヶ月毎日やってうまくならないなら、ちょっと考え直したほうがいい。ただ週1だと、そんなに柔軟性も上がらなかったりするので、ちょっとずつやっていけばいいんじゃないかな、と思います。

※ヨガの8段階の話は、僕が教わってきた範囲での理解です。体を痛めるところまで我慢する話ではないので、体調に不安のある方は、お医者さんに確認してから始めてください。

#ヨガ #ヨガインストラクター #八支則 #40代 #音声配信

今日のテーマは、ポーズって結局何のためにあるの?
8段階の1つ目=やってはいけないこと
2つ目=やったほうがいいこと
3つ目で、やっとポーズに入る
ヨガ=ポーズを取ること、と思われている
ポーズは3段階目。あと5段階残っている
じゃあ、何のためにポーズを取るのか
その先の段階に、集中と瞑想が入ってくる
股関節が硬くて、あぐらがかけない人
座ると腰が丸まりやすい人は、長時間で痛くなる
同じ姿勢でいるのがつらい、につながる
強靭な体がないと、その先の集中に耐えられない
集中できる状態を作るために、ポーズを取っている
インストラクターとして、どこを見ているか
まず絶対に見るのは、安全かどうか
安全なら、多少間違えていても声はかけない
なぜ声をかけないか。自分で気づいてほしい
声のとおりに動けているか、自分で観察する
自分で自分を観察する力=メタ認知
超スパルタでもあるし、ほったらかしな気もする
これは結構悩んでて
自分の人生は、自分で変えないと意味がない
教えてもらわないと気づけない人になってしまう
「間違えてることありましたか」と聞かれたら答える
でもそれも、自主的じゃないとダメ
僕は一番スパルタなのかな、という気もします
「何も考えずに集中する」と言われたことがある
でもそこに達するには、死ぬほど考えないといけない
上手いポーズと、意味のあるポーズは違う
バレエダンサーは、最初からきれいに取れる
体が硬くても、言葉のとおりに動いて呼吸を意識していたら
他のことを考えながらなら、スポーツ的な意味しかない
12年で一番変わったポーズはどれか
前屈系。もともと前に倒すのが硬かった
でも本当は、全部のポーズが変わった
ポーズに対しての意識が変わった
ポーズがうまくならない人に、何て言うか
うまくなっているかは、気にしなくていい
100回やって100回同じ崩れ方をするなら
「ポーズができない」も、解像度が低い
筋力? 柔軟性? それとも体力?
結局変わらなくても、気にすることではない
ただ頑張るぞ、一生懸命やるぞ、じゃなくて
ポーズの出来は、仮説が正しいかの指標
3ヶ月毎日やってうまくならないなら
ただ週1だと、そんなに柔軟性も上がらない

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00:01
はい、どうもイチです。今日も始めていきます。というわけで、今日のテーマはですね、今日のテーマは、ポーズって結局何のためにあるの?ということで、そのヨガの八支則で八つの段階で、一つ目が、やってはいけないことですね。
人を傷つけたりとか、殺したりとか、何かを奪ったり盗んだりとか、ということはやめましょう。
二つ目が、こんなことをやった方がいいよとか、掃除とか、自分が今あるものに満足するとか、こういうことをやっていきましょう、みたいなのがあって、三つ目の段階でやっとポーズに入るっていう風なことを話させていただいて、
ポーズって、基本的にはヨガイコールポーズをとること、みたいな風に思われている方の方が多いかなっていう風に思うんですよね。基本的にヨガについて何か学ぶじゃないですけど、インスタラクターにそういう話を聞いたりとか、自分からヨガの本を読んでみたとか、そういうことがない限り、基本的にはヨガイコールポーズっていう風に思ったりしてるから、アーサナって言ったりするんですけど、
でも、じゃあ三段階目がポーズで、あと5段階残ってるんですよね。じゃあ3番目のポーズって何のためにポーズをとるんだっていうことなんですけど、何のためにポーズがあるのかっていうと、ポーズの元、先の段階ですね。
その先の段階に集中とかね、ボットみたいなところが入ってくるんですけど、その時にやっぱりポーズ、集中する時とかって、例えばアグラ座禅ですね、組んで集中する、瞑想するとかの時に、例えば股関節めちゃくちゃ硬くて、アグラかけない人とか、そもそもアグラかけないかったら集中しにくいとか、座る時に心地よい時、姿勢ですね。
だから、座った時に腰がすごく丸まりやすい人なんかは、長時間やってると腰が痛くなってくるとか、そういう風に体があちこちに不備があるとですね、集中できないっていう風な考え方ですよね。
同じ姿勢でいるのが辛かったりとかっていうところにつながってくるんで、ある意味そこで強靭な体とか柔軟な体みたいなものがないと、その先の集中するっていうことに耐えられない体が、みたいな風になってくるんで、じゃあそのポーズ、快適であることとか、そういう集中できる状態であることを作るためにポーズを撮ってるっていうような感じです。
ポーズを撮ってる時にインストラクターとしてどこを見るのかっていうと、インストラクターとしてはまず絶対に見るのは安全かどうかなんですよね。安全じゃなかったら声かけさせてもらうけど、みたいな風に考えてます。
安全であったら多少間違えてても僕は声をかけないです。もちろんそれはインストラクターによってすぐ間違えてますよっていう人もいるし、僕みたいなタイプもいるかもしれないです。
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なんで声かけないかっていうと、自分で気づいてほしいんですよね。周り見たりとか、インストラクターの声通りに動いてるかっていうところで自分で自分を観察する力、メタ認知って言ったりするんですけど、その能力を鍛えてほしいんですよね。
その能力を鍛えてくださいねって言ったらもうちょっと多分すぐ直してくれたりするんですけど、そこにも気づいてほしいっていうある意味なんていうんですか、超スパルタでもあると思うし、ほったらかしな気がするせんこともないんですよね。これは結構悩んでて、もうちょっと言った方がいいのかな、それともこのままでいいのかなっていう風に悩むんですけど、
結局ね自分の人生って自分で変えないと意味がないんですよね。何かこうあってヨガに通ってて何かを変えたいっていうことがある場合はやっぱり自分で変えていかないと意味がない。
で、インストラクターに何でも教えてもらうっていうことになると、教えてもらわないと気づけない人になってしまう。教えてもらう街だったら困るで、別に何も言わないわけじゃなくて、何かこう私が間違えてることありましたかとか聞かれたら答えるし、
それは全然なんか別に絶対言わない、気づくまで言わないってわけじゃなくって、それ自身も何かおかしいなことありましたかとかここなんか違いましたかねとか聞かれたら全然答えるっていうか、でもそれもやっぱり自主的じゃないとダメだと思うんですよね。
常に自動的で何か言われないと何か変わらないっていうような状態じゃダメっていうふうに僕は考えるタイプの人間なんで、これはインストラクター次第かなとは思うんで、ある意味だから僕は一番スパルタなのかなというふうな気もします。
ただ自分でポーズやってる時っていうのは常にそういうことは考えてますね。なのでポーズって最終的には何も考えずに集中するみたいなふうなことを言われたことがあるんですけど、でもその何も考えないっていうことに達するまでには死ぬほど考えないといけないなっていうふうに思ってて、なのでやっぱりそういうところですね意識しながら撮ってるかなというふうに思います。
そういうふうな意味でどこを見ているのかっていうとまずはちゃんと安全であるかでその時にやっぱりこう集中しているかですね言葉通りに動いているかとかそういうことを見ているかなというふうに思いまして、
次が上手いポーズと意味のあるポーズで違いますかっていう話なんですけど、ポーズが綺麗というのと、例えばすごく柔軟性がある人で最初から綺麗にポーズを撮れるっていうのと、すごく体が硬くてポーズがなかなか上達してないけどみたいなポーズがあった時にポーズが下手くそというかまだ綺麗ではないということがあった時に、
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綺麗で元々体が柔らかくて筋肉も多少あって、例えばバレーダンサーの方なんかは最初から結構綺麗にポーズ撮れるんですよね、だからその人たちが意味があるかないかわからないですけど、どういうふうにその内面までわからないですけど、体が硬くても一生懸命この良い方向に進もうとしている
言葉通りに動いてさらにポーズを深めようとしながら呼吸もちゃんと意識しながらっていうふうに撮ってたらそれはすごく意味があるポーズだけど、簡単に柔軟性があってポーズ撮れるけど別に他のことを考えながらポーズ撮ってるとかだと意味がないというか、意味がないとまでは言わないです。筋肉も使ってるし柔軟性も使ってるから体は動かしてるかなっていう風な感じなんですけど、
ヨガとして意味があるかっていうとそれはただ単にスポーツ的な意味しかないのかなっていうふうには、体を動かすっていう意味しかないのかなっていうふうには思ったりはしますね。
あとは12年やってきて自分のポーズで一番変わったのはどれですかっていうことなんですけど、僕がやってるそのビクラメガっていうのは26ポーズあって一番変わったっていう意味で言えば前屈系のポーズですよね。
元々体前に倒すのが硬いんで変わったんですけど、でもまあ全部のポーズが変わったと思います。それはポーズに対しての意識が変わった。だから最初その体だけで言えばフィジカル面だけで言えばやっぱり体背面が硬かったし、
後ろに座る方はそこまで硬くなかったんである程度ポーズできたんですよね。だけどそれはそのフィジカル的な意味で言えばポーズって結構変わってるかなっていうふうに、まあ前屈系が変わってるかなっていうふうに思うんですけど、
でもやっぱりそういう地じゃないですよねっていう話を僕はいつもさせてもらってるんで、じゃなくてやっぱりいろんなポーズに対してここはこのポーズはここを意識するんだなとか、インストラクターの言葉通りに動こうとか、呼吸が止まってないかなっていうふうに気付きにしながらポーズをとるっていう意味ではやっぱり全部変わってるかなっていう風な気がするというか変わってるかなって思いますね。
ポーズが上手くならない人になんて言えばいいかなっていうことなんですけど、ポーズが上手くなってるかなってないかっていうのは気にしなくてよくて、やっぱり自分がそのポーズに対して良い方向に努力できてるかなっていうことに気にしてあげたほうがいいと思います。
僕は100回やって100回同じようなポーズの失敗の仕方、いつも同じタイミングでポーズが崩れるとかっていうのはちょっと考え方とか強度を変えてあげないといけないかなっていうふうに思います。
このポーズができないっていう、その最近のしんどいの解像度が低すぎるって話なんですけど、ポーズができないっていうのも、じゃあ何ができないんですかね、筋力が足りないんですか、柔軟性が足りないんですか、それとも体力が足りないんですかっていうところをやっぱり自分なりに考えながらですね、
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どこを変えればポーズがうまくいくかなっていう考えてトライしていくっていうことがヨガなので、それでうまく結局変わらなくてもそれは別に気にすることではないんですよ。
だけどやっぱり常に向上心を持って取り組み続けないといけないっていうところが、一つヨガの修行的な部分だと思うんで、ポーズが変わるか変わらないかじゃなくて向上心を持ってちゃんと意味があるようなことをできてるかなっていうところですね。
ただ頑張るぞとか、一生懸命やるぞっていうところ、一緒のこと言ってますけど、それじゃなくてやっぱりどうすればよりポーズが改善できるかなっていうところに目を向けながら、言葉通り動けてるかなっていうところに目を向けながらトライし続けるっていうことが意味があるヨガの練習だと思いますので、そういうところをですね取り組んでいただけたら、ポーズの出来に関してはあまり気にしなくていいのかな。
ポーズの出来っていうのはやっぱり指標ではあるので、上達できてるか自分の仮説が正しいかっていう指標ではあるので、やっぱり上手くなるにはこうしたことないんですけど、それが例えば3ヶ月毎日通って上手くならないんだったらちょっと考え直した方がいいかなっていう風に。
ただ週1とかだとやっぱりそんなに柔軟性も上がらなかったりするんで、ちょっとずつやっていけばいいんじゃないかなっていう風に思います。
はい、というわけで今日はこの辺で終わっていきたいなという風に思います。
今日も聞いていただいてありがとうございました。
10:38

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