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あのー、ちょっと想像してみてほしいんですけど。 はい、なんでしょう?
あなたは今、90分間の順番待ちをしているとします。 90分、まあ結構長いですね。
長いですよね。でも、その行列の先にあるのは、なんかこう人気のラーメン店とか、テーマパークの最新アトラクションとかじゃないんですよ。
あー、違うんですね。 はい。あなたは今、標高3,180メートルの空高くで、
ほぼ垂直に切り立って岩壁の梯子に、こうしがみついている状態なんです。 うわー、それは怖い。
しかも、命のなしですからね。ひとたび手をすれべらせれば、いや、それは考えないでおきましょう。
そうですね。想像するだけで手汗が。 ですよね。で、そこまでしてあなたが90分も待っているのは、
ダイニングテーブルくらいの広さしかない、ごつごつした岩の頂上に立つためなんです。
なるほど。まあ、日常の常識からすれば、完全に狂気の沙汰ですよね。
本当にそうですよ。 しかも、その岩壁の行列にたどり着くために、すでに20キロ以上の険しい山道を歩いてきて、
何千メートルもの標高さを自分の足だけで登り切った後だっていう事実を加えると、
ええ。 さらに理解不可能に思えるはずですよね。
いや、本当におっしゃる通りなんです。 今日はですね、エアコンの効いた快適な部屋で、
毎日忙しく日常をコントロールしているリスナーのあなたを、全ての快適さが剥ぎ取られ、
それでもなお人を熱狂させてやまない、そんな過酷な世界への脳内トリップへとお連れしたいと思います。
楽しみですね。 はい。今回の私たちの深掘りのミッションは、ある情熱的な男性登山ブロガーさんの記録を読み解きまして、
人間がなぜ、自ら進んで極限の疲労を求めるのか、その深淵に迫ることです。
非常に興味深いテーマです。 今回は、登山歴10年、そして頭頂200材錠を誇るブロガー、イチさんの記録ですね。
そうです。イチのトレッキングブログです。 はい。そのブログをソースとして深掘りしていきます。
目指すのは、日本のマッターホルンとも呼ばれる、キタールプスの名宝、槍がたけです。
槍がたけ、憧れの山ですよね。 へえ、シルバーウィークの新穂高右股ルートという、
非常にタフな道のりを、イチさんの情熱的な言葉と共に、追体験していきましょう。
リスナーの皆さんも是非、一緒に歩いているような感覚で聞いてほしいんですけど、
まずこのルート、総歩行距離がなんと30.5kmもあるんですよ。 30キロ越えですか。
しかも活動時間は14時間半にも及びます。 私なんて、平坦なアスファルトの道でも30キロなんて絶対に歩きたくないですからね。
普通はそうですよね。 それなのになぜイチさんは、この過酷な道のりを最高だって、あんなに情熱的に語れるんでしょうか。
物語は、大混雑している鍋平駐車場での車中泊からスタートします。 槍がたけっていうと、すごく荒々しい岩坊のイメージが強いと思うんですが、
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実はこの右股ルートのアプローチって、最初は非常に豊かな自然に包まれているのが特徴なんですよ。
そう、そこが最初の驚きでした。 駐車場を出発して右股林道に入ると、なんかすぐに過酷なサバイバルが始まるのかなって身構えるじゃないですか。
はい、ハードなルートですからね。 なのにイチさんのテンションは、ここはまるで森林浴だーってどんどん上がっていくんですよ。
なるほど。 で、白出沢っていう水のない枯れ沢に出ると、今度は飛び石をポンポンと渡っていく。
なんだかアスレチックみたいで、読んでいてこっちまでワクワクしてきました。 まだ体力的にも余裕があって、大自然のスケール感を純粋に楽しめる時間帯ですね。
そうなんですよ。これまるでRPGゲームみたいだなって思ったんです。 RPGですか。
はい、最初はのどかで光が差し込む始まりの森からスタートして、少しずつ険しい、なんかこう中ボスのエリアへとステージが変わっていくような感覚です。
ああ、なるほど。上手い例えですね。
でも、途中の槍平小屋っていうチェックポイントで、市さんは衝撃の事実を告げられるんです。小屋の人に、ここから槍形山荘まであと5時間だよって言われるんですよ。
ここからがいよいよ本当の急登になるわけですね。
私なら絶対にここでコントローラーを投げ捨てますよ。だって、すでに何時間も歩いてきて疲労しているのに、そこからさらに5時間の過酷な登りが待っているなんて。
絶望的な気分になりますよね。
なりますよ。もう、あ、変わりますって言ってしまいそうです。でも市さんは賢弱だし、ヘッドランプもある、行けるって前を向くんです。
ただの気合にしては異常じゃないですか。なぜ彼はここで心が折れないんでしょうか。
そこがまさに、山という環境が人間の脳に仕掛ける巧妙な報酬システムの面白いところなんですよ。
報酬システム?
はい。もしこれが窓のないコンクリートの階段を5時間登り続けるだけの行為だったら、人間の心は間違いなく折れます。
いや、5分で折れますね。
ですよね。でも大自然は絶妙なタイミングで脳に強烈な報酬を与えて、疲労のシグナルを上書きしてしまうんです。
疲労を上書きする報酬、あの具体的にはどういうことですか。
市さんの記録にも鮮やかに描写されていましたよね。
標高が上がるにつれて、夏の緑から徐々に秋の紅葉へと景色が変わっていく。
ああ、一粒で二度おいしい大金って書いてありましたね。
ええ。そして過酷な登りの途中で現れる最後の水場。
そこで飲む、息を飲むほど冷たくておいしい沸き水。
はいはい。
こういった感覚的な喜びが強烈なドーパミンを生み出して、
あと5時間っていう絶望的な予測を、この先にはもっと素晴らしいものがあるはずだっていう期待感へと変換するんです。
なるほど。
自然がくれる小さなご褒美が、次に進むためのガソリンに変換されているわけですね。
その通りです。
ただの精神論じゃなくて、脳のメカニズムとして山にハックされている感覚に近いのかもしれないですね。
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そういう見方もできますね。
でもその始まりの森の魔法も、森林限界を超えると一気に溶けてしまうんですよね。
いよいよ岩と霧の過酷な世界、戦場乗り越えへと差し掛かるんです。
先ほどのRPGの例えで言えば、突然マップが隠されてしまう霧のステージへの突入ですね。
まさにそれです。周囲は真っ白なコンノーム、いわゆるガスに包まれます。
イチイサンの描写が本当にリアルで、
閃光するハイカーの背中が、まるで他人に甘えるなと言わんばかりに霧の中にスッと消えていくんです。
この孤独感、想像するだけでゾクッとします。
視界が奪われると一気に不安になりますからね。
しかもすれ違う下山してくる人たちから、
え、これから槍がたき行くんですか?って驚かれるんですよ。
ヒレも迫ってくるし。
肉体的にも精神的にも最も追い詰められる時間帯です。
ドーパミンの魔法が切れて、吐き出しの自然の脅威と自分自身の限界だけがそこにある状態ですね。
そんな極限状態の中、突然ガスがサッと晴れて、
目の前に憧れの槍畑山荘が姿を現すんです。
ついに見えたわけですね。
はい。一井さんは、わーって歓喜の声を上げて走り出そうとするんですが、
ここがすごく人間臭くて面白いところで、
走れなかったんですよね。
そうなんですよ。
高山特有のがれば、つまり大正の岩がゴロゴロした道で、
足が重すぎて5分も走れずに立ち止まってしまうんです。
気持ちは飛んでいきたくても、現実は甘くありません。
標高3000メートル近い気迫な空気と、
10時間以上酷使して栗高原が枯渇した足は、絶対に嘘をつけないんですよ。
ええ。そして周囲が暗くなり始めた頃、ついにテント場が見えてきます。
テントから漏れる柔らかな光を見て、
一井さんは、どうしてこんなに心あんならぐんでしょう?って漏らしています。
ほっとする瞬間ですね。
でも、私が一番引っかかったのは、
無事に槍畑山荘に到着した後の夜の描写なんです。
何か気になりましたか?
はい。
ヤンソーの中はシルバーウィークの大混雑で、
廊下には巨大なザックがずらりと並んでいて、
登山者たちの熱気でむせかえるほど暖かいそうなんです。
人工密度がすごいですからね。
で、夕食では温かいお茶とお味噌汁を飲み、
ふりかけご飯を何度もおかわりして、極上の美味しさを味わう。
ここまではわかります。
でも、就寝時ですよ。
ああ、あの部分ですね。
なんと、布団2枚に大人3人で寝るという過密状態なんです。
えー、ひどいところでは布団1枚に2人だったと記録にありましたね。
正直に言っていいですか?
日常生活で水知らずの汗だくの大人3人で、
布団2枚に肩を寄せ合って寝るなんて絶対に嫌ですよね。
間違いなく嫌ですね。
ホテルなら即座にフロントに電話して大クレームですよ。
それなのに、育佐さんを含め、登山家たちはこの環境を最高だ、悪くないって感じている。
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ええ。
極限まで疲労しているのになぜこんな劣悪な環境を受け入れられるどころか、感謝すらできるんでしょうか?
これ、ちょっと思考が麻痺しているんですか?
思考が麻痺しているというよりは、
快適さの基準値が完全にリセットされていると考えるべきでしょうね。
基準値のリセットですか?
私たちは普段、どれだけ快適であることに鈍感になっているか、ということなんです。
なるほど。
私たちが日常で感じる不満って、例えばWi-Fiが遅いとか、ベッドが少し硬い、といった非常に高いレベルの基準値から来ていますよね。
確かに普段はそんなことでイライラしちゃいます。
しかし、標高3000メートルの山ではどうでしょう。
一歩外に出れば、問えるような寒さと暗闇が支配する、命の危険すらある世界です。
ええ。
その過酷な大自然と山小屋という安全な避難場所のコントラストを想像してみてください。
確かに外は使徒と成り合わせの世界ですもんね。
そうです。だからこそ疲労困憊の中で口にするただの温かいお味噌汁が、下界の高級レストランのフルコースよりも圧倒的に美味しく感じるんです。
ああ、そういうことか。
冷風をしのげる壁がある、超える暗闇で寝なくて済む、そういった生命維持に関わる根本的な欲求が満たされた土地、人間は小さなことに圧倒的な感謝を感じるようにできているんですよ。
なるほど。
過密な布団での睡眠すらも、その絶対的な安心感の前では私服の体験に変わるわけです。
深いですね。私たちは普段当たり前のように安全で暖かい場所で寝ていますが、
それが当たり前じゃない極限状態に身を置くことで、生きていること自体への強烈な実感を味わっているんですね。
なんだか現代人が忘れてしまった野生の感覚を取り戻す儀式みたいです。
まさにその通りです。だからこそ、一晩その儀式を経た後の翌朝の感覚がまた劇的な変化をもたらすんですよ。
ええ、その翌朝のシーンは圧巻でした。体には強烈な疲労が残っているはずなのに、気力は驚くほど充実していて、朝からご飯を2杯もおかわりする。
回復力がすごいです。
そして山荘の重い扉を開けた瞬間、足元には果てなく広がる勲会、遠くにはくっきりと富士山の姿が浮かんでいるんです。
ここまでの苦労がすべて葬れる文字通りの絶景です。
すべてのプロセスを経てきた者だけが見ることのできる景色ですね。
ところがですよ、ここで冒頭の話に戻るんです。感動もたまつまない、目の前には槍の穂先へと向かう大渋滞が待ち受けていました。
例の90分待ちですね。
そうです。頂上までのわずかな距離なのに、断崖絶壁にかかるはしごを登るためだけに90分も待つんです。
見た目は完全に崖登りで、人数制限に従って一人ずつ登っていく、というもう手のひらに汗を握るような緊張感。
標高3180メートルの吹きさらしの岩辺でただ立って90分待つ、これは並大抵の精神力ではありませんよ。
本当にクレイジーですよね。ここで私、すごく微問に思ったんです。
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山上からの景色を見たいだけなら、山荘の前からでも十分すぎるほどの絶景が見えているわけじゃないですか。
はい、十分綺麗に見えます。
そこからさらに、命の危険を感じながら90分も待って、あの狭い頂上に立つ意味って何なのでしょうか。
岩のてっぺんから見る景色が90分の恐怖に見合うほど、物理的に違うとは思えないんです。
その視点は非常に鋭いですね。結論から言えば、彼らは物理的な景色の違いを求めて列に並んでいるわけではありません。
違うんですか。
ええ。市さんのブログの言葉にその真の理由が隠されています。
彼はこう綴っていたんです。地元の里山から始めて2年4ヶ月、登山者の聖地、槍畑の頂上に立ったと。
2年4ヶ月?そうか、彼が見ているのは目の前の風景だけじゃないんですね。
ええ、頂上からの360度の大パノラマ、アルプス一万作で有名な小屋里、白山、西釜青根、焼岳、野良倉岳、その絶景そのものも当然素晴らしいです。
しかしそれ以上に重要なのは、地元の小さな里山のハイキングから始まり、トレーニングを重ね、道具を揃え、この日この場所に至るまでの2年4ヶ月というプロセスすべてが、あの頂上という一点において結実するということです。
つまり、自分自身の歩んできた歴史そのものを、あの頂上から見渡している感覚なんでしょうか。
その通りです。欠けた労力以上の驚きと感動が待っていた、これだからお山は止められないと一石さんは語っています。
なるほど。
困難を自ら選び取り、恐怖を乗り越え、自分の足でそれを達成したものだけが得られる究極の自己効力感、これこそが断崖絶壁で90分待ってでも手に入れたい本当の報酬なんです。
すごい。それを聞くと下山のシーンの見え方が全く変わってきますね。
そうでしょうね。
下山するとき、昨日の濃みが嘘のように晴れ渡った青空の下、一石さんは正面にそびえる笠がだけを見据えながら、弾むように駆け出ていくんです。
すれ違うハイカーたちと笑顔でエールを交換しながら、振り返るとまるで槍がたけが笑顔で見送ってくれているように感じたと。
すべてをやり遂げたものの、しがわしい凱旋の光景ですね。山が微笑んでいるもではなく、彼自身の内面が完全にクリアになり、世界が輝いて見えている証拠です。
そういうことだったんですね。
そして下山の途中で立ち寄ったヤリヒラ小屋での900円のカレーライス。
あー、ありましたね。
これもどんな高級スパイスよりも達成感という最高のスパイスが効いていて、一生忘れられない味になったことでしょう。
間違いなく人生で一番おいしいカレーでしょうね。いやー、今回は本当に濃密な脳内トリップしてた。
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駐車場での車集泊に始まり、マイナスイオンたっぷりの森林浴、霧の中で孤独と戦う登り、すしつめで熱気あふれる山小屋の夜を経て、雲に浮かぶ絶景の頂上へ、そして笑顔の下山まで。
肉体は一歩ごとにすり減り悲鳴を上げているはずなのに、逆に精神のエネルギー、気力はどんどんと満ちあふれていく。
本当に不思議ですよね。
この登山の不思議な力学は、私たちが日常で直面する困難や長期間にわたる目標達成のプロセスにもそのまま応用できるヒントが詰まっていますね。
ええ、本当にそう思います。さて、今日私たちが一緒に追体験したこの世界、実は一のトレッキングブログでは圧倒的なスケールの美しい写真とともに記録されているんです。
写真を見るとまた印象が全然違いますからね。
そうなんですよ。朝日に輝く見渡す限りの空運会や、首が痛くなるほど見上げる大迫力のやりがたけの穂先、そして東海地方や日本アルプスの数々の名宝の記録が詰め込まれています。
私たちの言葉だけでは決して伝えきれない岩肌の生々しい質感や空の青さの深さにきっと息を呑むはずです。
はい。リスナーの皆さんもぜひご自身の目でその素晴らしい記録を確かめてみてください。きっとスマホの画面から目を上げて実際に現地へ足を運んでみたくなるはずです。
ぜひ一のトレッキングブログにアクセスしてみてください。
では最後にこれを聞いているあなたに一つ問いかけたいと思います。
はい。
あなたにとってのやりがたけは何でしょうか。それは仕事の大きなプロジェクトかもしれないし、ずっと先延ばしにしている夢かもしれない。
ええ。
途中で深いノムに巻かれ先が見えなくなる時があるかもしれない。途方もない時間と労力がかかるとして思わずゼックする瞬間があるかもしれない。
けぶしいハチネを足元を震わせながら登らなければならない時が来るかもしれない。
それでもなお歩みを止めない理由。
そうです。すべてが嫌になって投げ出したくなるような過酷な道のりであっても、いつかその頂上に立ってみたいと心が焦がれるようなあなただけの憧れの高みについて今日は少しだけ思いを馳せてみてください。
きっとそこには日常のコントロールされた数字だけでは測れないあなた自身の新しい可能性が待っているはずです。
ええ。それでは今回の深掘りはこの辺で。また次回、新しい血の探究でお会いしましょう。