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ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』#2:意識の濁流、スタンプラリー、叙情と叙述
2026-07-07 38:53

ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』#2:意識の濁流、スタンプラリー、叙情と叙述

Part 2では、『灯台へ』をめぐる二人の読み方の違いが、よりはっきりしていきます。

みきは『灯台へ』を、口に出す前の心の動き、整理される前の意識の流れをそのまま書いた小説として受け止めます。ビジネスの世界では許されない「雰囲気」や、理由と結果に回収されない気分が、小説ではそのまま存在できる。一方ののぞみは、内面を直接書かれるよりも、動作や表情や物の動きだけを見せてほしいタイプ。そこから、「読む濁流」としてのウルフの文体、説明も接続詞も少ないまま人々のすれ違いを描く小説のあり方について話していきます。

話はさらに、足立美術館で見た横山大観、庭園を写真に収めて帰っていく観光客、舞台の感想をブログに書くためにメモを取る観客、そして旅先の居酒屋で偶然始まる東京03の感想戦へ。何かを「味わう」とはどういうことなのか。観光や鑑賞は、いつのまにかスタンプラリーになってしまうのか。それでも、スタンプを押すように出かけることにも、何かが残るのではないか。二人の考えは揺れながら交差します。

最後にたどり着くのは、「叙情」と「叙述」の違い。心を直接語られるよりも、事象だけを置いてほしいのぞみ。世の中そのものが叙情でできているように感じるみき。『灯台へ』の感想から始まった対話が、美術館、観光、舞台、旅、俳句へと広がりながら、二人それぞれの感じ方の輪郭を浮かび上がらせるPart 2です。


感想

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サマリー

本エピソードでは、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を巡る二人の読書体験が語られます。一方は、整理される前の心の動きや意識の流れをそのまま描いた小説として『灯台へ』を捉え、ビジネスでは許されない「雰囲気」や理由と結果に回収されない感情が小説では存在できる点を評価します。もう一方は、内面描写よりも動作や表情、物の動きを通して語られることを好むため、『灯台へ』の「読む濁流」のような文体や、説明が少ないまま人々のすれ違いを描く手法に難しさを感じています。 この読書体験から、話は「味わう」とは何か、観光がスタンプラリー化してしまうこと、そして「叙情」と「叙述」の違いへと展開します。足立美術館での横山大観の鑑賞、観光客の行動、舞台鑑賞のメモ、旅先の居酒屋での偶然の会話などを例に、物事をどのように受け止め、体験として残すのかが考察されます。最終的に、心を直接語るのではなく、事象だけを提示してほしいという考えと、世の中そのものが叙情でできているように感じるという考えが交差しながら、それぞれの感性の輪郭が浮かび上がります。

『灯台へ』への評価と読書スタイルの違い
全然面白くなかったんだもんね、Nozomiさんは。 どうでした?
面白くなかった…そうだね。 面白かったって聞かれた時に、いや面白かったよってフルで答えられるあれではないかな。
でもなんかずっと不思議だった。 なんで、今読もうっていうもののリストにこれがあるのかが大変不思議。
なんて言うんだろう、これがいろんなすごいと思う気持ちもわかるのよ。
なんかこの文体というかさ、こんだけ主語をバラバラっとさせながら、なんとなく起きてることがわかるってすげえなとかさ。
そのバージニアウルっていう女性からして、なんかめんどくせえ男の内面の書き方上手いみたいなのはあるのよ。
偏屈な男ってそうだよなとかはさ、私も思うところがあるんだけど。
でも他にもっとあるだろうみたいな気持ちにもなるのよ、なんていうのかな。
確かにハンガーとかの小説の方が今っぽいよね、確かに。 去年のオペレーションを撮ったら。
そうだね、今っぽいし。
もうちょっと社会に耐えられなくなる心態みたいな話だったりするか。
なんかそのメッセージ性の強さっていうか、なんて言うんだろう。
まっすぐに言うと、何がいいんだろうっていう。
その良さを発見できなかったっていう。
それはあるよ。
だから自分の文学がここにあるってことで、これが鏡っていうか、これを読むことによって自分と対話できる効果はめちゃくちゃあるでしょ。
うーん、そっか。
場所をマッサージされているような部屋感というものはとてもあったけど。
へー、なるほど。
なんかいるというか、あるんだろうね、そういうシーンが。
多少なんか、その人ではなかったっていうことなんだと思う。
でもさ、登場時点での視点はバラバラだけど、場所は固定じゃん。
なんかずっと、あれだよね、そのお屋敷に意識があって、お屋敷の木のせいが見てる風景だって思って。
そういうお話だって思ったらいいんじゃない?
うーん、まあそうだね。
だとして何?って。
だとして、なんかその、うん。
いや、もちろんそうだね。
だとして、だとしてな。
普通なんかその社会的メッセージ性をもっと強く出してくれとかさ。
なんかその、何て言うんだろう。
そんなことはもちろんないのよ。
これがダメ、あれがダメ、あれがつまんないとかはないのよ。
ないんだけど、なんかよくわからないまま通過していったなみたいな感じ。
でもいいな、それも文学の一つの効能じゃないわ。
よくわからなかったっていう体験が残る。
これビジネス上では出せない効能じゃん。
まあそうだね。
それはいい文学ですよ。
なるほどな。
だってさ、もう分かっても分からなくても勝ちじゃん。
もう知るまで分からなかったとしたら、それはそれで勝ちじゃん。
だし、途中で分かってきたときめっちゃ嬉しいじゃん。
まあ確かにね、確かにね。
とある何かが来たときに、分かったってなるのかもしれないね。
ビジネス上でよく分からなかったっていうのは、単純に分かりづらかったっていう。
メッセージが弱かったにすぎないけどさ。
このバージニアウルフのモヤモヤは、きっと大学の頃のモヤモヤなんじゃないかと思いますが、どうですか?
どうだろうね、まあ時間のみか。
でもさ、いろいろよくわからない小説いっぱい読んできてた。
ヘミングウェイの陽はまた昇るとかさ、
アンサー・ミラーの欲望という名の電車とか、
ハツカネズミと人間、スタインブックやっけ。
とかさ、読んできてさ。
それも野辺さんって小説あんまって感じだよね、そういう。
いやー。
そんなこともない?
別に欲望という名の電車も楽しかったし、
ハツカネズミと人間もすごく良かったと思ってるよ。
あれはだからさ、事件が起きるよね。
物事を目指すっていうか、一応事件が起きて、
人間のいろんな価値観が浮き彫りになってくっていうタイプのもので、
日和と野村ってさ、ヘミングウェイのやつはさ、
結構なんも起きなかったよね。
うーん。
なんかさ、さらさらだらだら東急見て終わる話じゃなかったっけな。
そうだね。ちょっと旅してうんぬんみたいな。
そうそう。
ね、あたしそのヘミングウェイで日和と野村の時、
すっごい面白くないって思ったんだよね、確か。
へー。
あーそうだったかもね。
お酒飲んでるだけじゃないの。
何がいいんだろうって思って。
だけど東大にはさ、それ以上に何も起きてないのを言うのに、
なんかこんなにハマっちゃって。
何が違うだろうね。
いや、確かに私旅行機とかすげー好きなの。
やっぱり読むの好きだから、
たぶん現実世界になんか変化があるのがいいんだけど、
私たぶん内面の動きにあんまり関心がないのかな。
あー。
そうかも。あんまりなんか、
そのなんていうんだろう。
あのー。
確かにね。
うん。なんていうんだろう。
その村上春樹とか読んだ時にさ、
なんか内面でごちゃごちゃみたいなやつさ、
なんかうるせーなと思うわけ。
その、一番村上春樹の大どころについて。
うん。
なんかさ、ただ村上春樹の一部の作品って、
内面の変化みたいなやつをさ、
がんばって異世界のやつを描写して、
それを内面に転換してくれるじゃない?
あー確かに、たまにね。
そうそう、井戸の中に潜っていって、
その中でなんかうじゅうじゅうじゅうじゅ考えてることを、
なんかなんとかという館があって、
そこでなんか魔物がみたいなやつとかさ、
っていうのになると途端に話がわかるのよ。
わかるというか、うん。
興味を持てる。
うんうんうんうん。
あれかもね。
中身の考えてる経過とかなんかその、
どうでもいい。
どうでも、めっちゃどうでもいいっちゅうかなっていうか。
東大映画どういう話だったの?
小森さんどういう喜びだったの?
考えようか。
どういう話だったか?
どういう話になっていれば。
もう単純になんか物の動きだけ書いといてくれたらいいかも。
そのみんなで飯食うシーンとかあるじゃん。
うんうんうん。
あの時にこの料理が出てきて。
逆にセリフとかだけか。
そうかそうか。
あ、そうそう、セリフとかだけとか、
物がこう動いたみたいなこととか、
その表情がこうなってたとか。
うんうん。
そこでため息をついて去っていったみたいな、
何かのこととか描写的に書かれてたりとかね、
誰すれば。
そうそうそう。
来た時より歩くのが遅くなってましたとか、
よろめいてましたとか。
そこから類推したいタイプか、
たのみさん、それを見て。
そうだね、そうだね。
もうやるのは楽しいんだけど、
中身のなんかこれがあーで、
あいつがなんか不満でとかやられても、
いや、はーみたいな。
そうだけどさ、そういうことね、確かに。
でもさ、確かにそれってさ、
普通面白くないはずなのに、
なんかヒビングへの、
この独特の意識の濁流みたいな、
つまり心の中ってやっぱり理論成人としてない雰囲気じゃん。
っていうことがめちゃくちゃリアルに
気が散ってる感じがそこへ、
すごく強かった。
内面描写と外面描写、そして「濁流」としての小説
へー。
へー。
面白ー。
なるほど。
ぶち切りではないけどさ、
ぶち切りではないけど気が散ってるじゃん。
同時にいろんなことばーって考えて、
うん、そうだね。
なんかそれが許されてるっていうのが良かったのかもしれない。
なんかさ、人が物事をプッとするときとかさ、
それこそ仕事ってなった瞬間にさ、
なんか、なんか原因と結果がはっきりしていて、
なんか提案は効果を乗せてみたいな、
なんかそういうさ、
うん。
ツイみたいな、
なんかそういう分かり、はっきりした分かりやすさを求められるけどさ、
本当にお前はそういうふうに意思決定をしてんのかみたいなさ、
思うこともあるじゃん。
うん。
だけどなんかビジネス世界、
ビジネスの世界ってそういうの許されないじゃん。
なんか雰囲気じゃないですかとか言えないじゃない。
うん。
だから小説が好きなのかも。
雰囲気許されるから。
雰囲気が全てだから。
うーん、なるほど。
いや、そうね。
多分これ、今回、
これの後書きだったのか他で読んだのか忘れたけど、
その、この東大屋の中って、
なんか人同士が全然うまくいかないじゃない。
コミュニケーションが。
その、
なんか、
その、
ちょっと、
その、
お父さんは私にグイグイくんのやめてくださいって思ってる人と、
女性、リリーかな、なんかが、
あ、第三部ね。
あ、そうそうそう。
NOって言いたいんだけど、
なんかその、
なんか、あ、これ言ったら怒らせちゃうって思ったら、
相手めちゃくちゃ喜んでるみたいな。
なんでそうなったんだ、射刑とか、
その末息子が、
お父さんに大復讐すんでって思ってるんだけど、
お父さんはなんかすっごい、
なんかウキウキで、やっとやったでみたいな、
ウキウキで話をしても、
なんかその憎しみみたいなことがあんまり伝わっていかないみたいな。
うん。
なんか、
その、すれ違いまくる、
お話だと思うのよ。
うん。
で、
それはさ、みきさんが今言うように、
あ、あるみたいな感じなわけ。
うん。
あるあるあるあるみたいな。
こういうこと、日々起きてるみたいなことをさ、
うん。
思うし、
このさ、
まっすぐにやろうと思ったら、
こういうすれ違いが起きてて、
一方その頃、みたいな感じで描く。
一方その頃とかないじゃない?
この灯台絵の描き方には。
ないよ。
意識の濁流だけがある。
接続しか全然ないじゃない。
一方で、ところで、しかし、とか、
だから、とか、
うん。
いうのがないから、
みきさんが言う濁流っていうのはまさにその通りだなって。
あ、だからそう、なんかさ、
神の視点みたいな、何?語り手の視点ないよね。
全然登場人物の視点だけがある。
説明っていうのが全くないっていう。
うん。
感じだね。
これでも濁流は現実でいいんだよな。
どういう意味?
だってもう日々が、日々が濁流じゃない?
まあだから、
うん、うん、
そうだね。
だから文学で必要としている人としてない人ってことなのかもしれない。
私はこういうの読んで、
なんか、
時間が癒やしいかもしれないし、
なんか、
同等できて楽しかった。
へー。
いや、なんか俺この、このさ、灯台絵的なやつをさ、
こう、
あの、
なんていうんだろう。
雑談、
している、
あの、
ラムゼ夫人のポッドキャスターとかがあったのでめちゃくちゃ聞くよ。
結構喋ってるだろうね、ずーっとめちゃくちゃ。
喋って、
いやもう息子がー、みたいな、
もう靴下がほんまにー、みたいな。
でさ、夫がさ、
なんか、もしかしたら片方しっかり使わないのかなーとか言ってね。
そうそうそうそう。
うわーって話をして、
あ、ちょっとそのお手洗い行ってきまーすってなったら、
ブツッてなって、
それちょっとあの、
えー、死にましてー、みたいな。
引き継ぎますー、みたいな。
やつとかだったら、
すごい良いんだけど、
なんていうんだろう。
本の、っていうメディアだとなんか、
この、なんていうんだろう。
あまり受け止めきれない。
本当に今私が思ってますっていう感じで言ってくれるんだったらいいけど、
あ、めちゃくちゃ良い。
めちゃくちゃ良いと。
結局バージョンやる人が全部作り出してるやんっていうのが気になっちゃうってことね。
作り出してるやんっていうか、
その、
小説っていうメディアで別にやらなくてもいいじゃんって私は思っちゃう。
うん。
なんていうんだろう。
まずそもそも読みづらいしって思っちゃうのよ。
うん。
その文字の読み方として。
でもあの話す時にさ、雑談ってそういうもんじゃん。
そう、雑談ってそういうもん。
人の交互で話すのって。
うん。
だから交互で話される分には多分すっげー楽しいと思うよ。
この東大へのお話。
うん。
えーでもそこまで聞いて思ったけど、
やっぱりもうさ、
声に出してる時点で、
あのーやっぱり選別が走ってるじゃん。
やっぱり、
喋るっていうことは割と人に伝える目的がある、
あの、
ツールだと思ってる。
口というのは。
だからやっぱその、
未満の動きがめっちゃ書かれてるなって思ったわけ。
へー。
あ、未満ね。
うん。
だからもう口に出せる時点で、
オーカデスかなんかね、
それは一人だってグラデーションはちょっとあるけど、
なんかある程度整理した状態のものが出てくる。
あんま、
めっちゃしてる人ってあんまされてない人はいるけど、
でもちょっとはされてて、
もうそれがない。
だからなんか同時にいろいろあるみたいな感じの心があって。
あー俺、
それはその、
未満が書かれてると、
あーなんかこれ多分私の良くない前提なんだと思うんだけど、
書くなら未満にすんなよって思ってんのかもね。
その、
話し言葉より、
整理して書いてこいよって思ってんのかも。
だったら話すでいいじゃん。
とか思っちゃう。
絵とかでいいじゃん。
まあだから絵とかはそういう人多いよね。
未満を書いてる人多い気もするけど、
絵とかは得意な、
マジニアル風の得意領域は一気にすんな。
ってことなんだね。
確かにそういう人によってはダンスとかになるし、
演劇になる人もいるけど。
なるほどね。
いるのかなって思ったし。
うーん。
でもなんか自由なんだなとは思ったかも。
あんまりこういう小説は私他に触れたことがないからさ。
そう思った思った思った。
みんな失敗してるんじゃない?つまんねえ。
素人の日記読んでるみたいな気持ちになりかねないじゃん。
ただ思ったことを乱雑に書くだけになっちゃう。
そうかもね。
確かにそれに比べると圧倒的に読みやすいかも。
読む濁流としては最高峰に読みやすいかもしれない。
単一視点じゃなくて、
思想を考えてることも経験もバラバラな人を濁流…そうだね。
人の何人も複数人いるやつを濁流で書くにしては、
その条件下ではもう圧倒的にわかりやすく書いてるのかもね。
そうそう。
なるほどね。
確かにな。
美術館、観光、スタンプラリー化する体験
なんかね、良かった。私は。
なんかフィットがあったんだろうね。
だから私、自分一人の部屋の講演録なんだけど、
講演録ってことは口で話したことをそのまま基本的には書いてるんだと思うのよ。
それめっちゃくちゃ読みやすいのよ。
へー。
本当に…何て言うんだろう。
淡々とじゃないんだけど、
まっすぐに理路整然としてる風なのよ。
全然違うわけ。
でもあれだよね。全英小説とか中小的な小説を書くやつってさ、
文章下手なんじゃなくてさ、むしろベラボーに理路整然と喋る人いる。
え?
ピカソンみたいなこと?
絵とかもそうだよね。中小がついてるやつってさ、
普通に若い時のスキッチとかさっていうのは本当に上手いよね。
確かにね。
物事の回路運動が域地を超えると、
逆に文中小に行くっていうのは小説なんですよね。
いや、先週さ、
島根県に行ってたのよ。
で、そこで足立美術館っていう美術館に行ってきてさ、
なんか、庭園の綺麗さ何年連続日本一みたいな。
お庭が有名な美術館なんだけど、
そこに横山体感コレクションがあってさ。
で、何百点と収蔵しているもののうちのいくつか書かれてるんだけどさ、
横山体感の奈美の絵がめちゃくちゃかっこよくてさ、
何て言うんだろうね、抽象画でもないんだけど、
ふわっとしてるわけよ、奈美の絵だから。
なんだけど過去の作品とか見るとめちゃくちゃ書き込んでるやつとかもあるわけ。
体感って気持ちになってさ、いい絵じゃんと思ってたんだけど。
横山体感の館みたいな、この展示室はそうですってなってるんだけどさ、
一応この歴史みたいなのが書かれてるのね。
それを見てるときに横におばちゃん二人来てさ、
いろいろ見てるなと思ったんだけど、おばちゃん二人が
見て、横山体感離婚してる、みたいなことを書いててさ。
二つの経路で思い出して、
横山体感って抽象的なんだけど、しっかり書き込んでるって感じだったよなっていうのと、
脳でいろいろ考えてることが漏れちゃう典型例みたいなのが、
おばちゃんいたなっていう。
もっと言うこといろいろあるだろうと思うけど、
見て、三十何歳のときに横山体感離婚してる。
本当だ!とか言っててさ。
いいな。
それでいいよね。
いいよな、感じ方って人それぞれだと思って。
よかったな。
なんかさ、口に出すことはそれだとしてもさ、
目ではそれを見ててさ、
言語が一番後からついてくると思ってるわけ。
後からついてくる。
言語が一番遅くついてくる感じがするから、
見たやつとかは普通に二日後とかに、
あら、みんなああだったなとかってなるんじゃないかって。
だからその場で出るのは、
見て、離婚してる、そうだねって。
それはさ、単純にさ、コミュニケーションを発生させたいだけじゃん。
なんでもいいだけいうこと。
見たね、見たよってだけなんですよ。
離婚っていう文字がここにあるねっていう確認って。
そうそうそうそう。
だけが本当はできないっていうか、
というふうに考えるけど。
ちょっと言い聞かせてもらおう。
美術館だからよく行くけど、
全ての展示されてた作品とかを受け止め切れたかどうか、
分からないまま出ることが多いわけじゃんか、
美術館の時って。
でも見たから、言葉は後からついてくるはずって、
信じて出てるっていうだけかもしれない。
今、自分で言ってて言い訳かもって思った。
確かにその場で、
その場で、これなんとかの作品でとか、
たまに小っちゃい声で話してる人いるけど、
何してるんだろうなって気持ちになるもんな。
2回目なんで、その人。
ってことか。
めっちゃよかったな、私美術館。
いいね。
何がよかった?
何の美術館?
何の美術館?
庭園がすごい綺麗だね。
足立さんっていう島根の安城市っていう安全の庵に来るかな。
安城市ってところにあって、そこの大商人みたいな人だった足立さんが、
自分が集めたコレクションを展示するっていう、
イメージ足立ディズニーランドみたいな感じ。
僕が好きな作品置きますっていう感じの美術館。
だから日本画が中心かな。
なるほど、これを見て、日本画を見てきて。
ちょうど宇野恒博、なんだっけ東大の先生、宇野恒博。
遅いインターネットの人。
庭の話をオーディオか何かで聞きながらドライブして島根行ったのよ。
だから庭見ながらさ、なるほど庭だって思いながら見て。
横にいるおばちゃんたち、離婚だみたいな人も含めてさ、
庭すごーいってスマホでパシャって撮って、
よしじゃあ行こう、バスの時間が次何時だからとか、
みんなどっかに行くのを見て、面白いなって。
おばちゃんたちは、日本一の庭に来たという事実を写真に収めて、
すっごい楽しそうにバスに戻ってくるんだけどさ。
なんかいいなーって気持ちになる。
めっちゃ良かったな、足立美術館。
ちょうど話、ちょっと違うけどさ、スタンプラリーか観光地かみたいなのあるじゃん。
SNS社会すぎて、すべての構造がスタンプラリーっぽくなっちゃうみたいなことって
私はすごいあるんだけど、のぞみさんはそういうのない?
ないかも。
なんでないの?
例えばどういう事?スタンプラリーかっていうのは、
日本100名以上行きたいみたいなそういう事?
そうそうそう。
ないかもな。
そういう気持ちでどうやって戦ったらいいのかなっていうのも。
でもそういうもんなんじゃないの?
お伊勢参りとかすっげー昔からあるけど、あれは最古のスタンプラリーじゃん。
そういうものなのでは?
人は皆。
問題あんのかな?
あるんじゃない?
あるんじゃない?
どんな?
上手く向き合ってない気がする。スタンプラリーをこなす方でいったらこなしちゃうってこと。
なるほどな。こなしちゃうね。
もっと味わえるものがあるんだろうってこと?
行く理由とかからしてもスタンプラリーだから行くみたいになっちゃってるから、
なんかもう大発的動機みたいなものが薄いっていうのかなって思ってる時もある。
なるほど。
あとだから押し勝ち感とかもあるよね。
あんまり押し勝ち感は押してないけど、なんか見る時に普通に俳優とかキャラを見れるために行くみたいな。
人間とかに限らず。
押し勝ち的に流行ることとかってどうなるのかな?
ちょっとなんか一瞬話ずれちゃうかもしれないし、何ならもう全然東大への話じゃなくなっちゃうかもしれないけど。
さっきからそうなってるよ。
昨日さ、舞台を見に行ったのよ。
小林健太郎が演出してるルコントかな?
パルコ劇場でやってたやつだよね。
それ見に行ってさ、私何も分からないので。
ラーメンズは知ってるでしょ?
ラーメンズは知ってる。
舞台を見た?
舞台を見て野間口徹さんがさ、出てて。
おととし野間口さん見てかっこいいのがめっちゃいいじゃんって思って野間口さんをきっかけで行ったわけ。
いいんですね。
舞台を見に行こうと思って。
でさ、こう行って一人で座るじゃない?
で私は何も分からないわけ。
まずルコントっていう舞台が何ジャンルかも分からないわけ。
シリアスなのか、歴史なのか、悲劇なのか、何も分からないんだけど、
どうやら映像が最初パッと映った瞬間に、
あ、なるほどコントなんだっていうことを知ると。
俺の右に座ってた人がさ、
意識はしてなかったんだけど、
確かにこういう話してたなって言ってさ、
コバケンはこういう笑いが好きだから、みたいな横のおばちゃん二人でめっちゃ話をしてんのよ。
で、あ、なるほどなるほど。
その時には、あ、なるほど、小林健太郎っていうのはコバケンって訳すんだとかさ、
いう基礎情報を入れながらなんだけど、その人さ、
一個一個のこの、何て言うんだろう、劇の合間をめっちゃ手元でメモ書いてんの。
たぶん自分向けのメッセージなんだろうね。
で、すっごいさ、あ、面白かったなって思って、
やっぱり全員、あそこに出てる人みんな素晴らしい役者だし素晴らしい演出だったなって思って席を立つんだけどさ、
なんか、横のおばちゃんは、もう、いかにいいブログを書くかみたいなことをそのもう一人の人と話をしてんのよ。
たぶん仕事じゃないと思うわけ。
なんだけどもう、意識はブログに行ってるのよ、終わった瞬間に。
集中しろってなっちゃうね。
って思うじゃない?
舞台鑑賞、偶然の交流、そして「味わう」こと
なんて言うんだろう、みいきさんで言うスタンプラリー感っていう時にさ、
その私のこの横にいたおばちゃんはどう?
めちゃくちゃスタンプラリーじゃない?だから。
やっちゃうね、やっぱそうだよね、なるほどね。
もうブログにスタンプを押したことをブログで公開した人、スタンプ、いっていきました。
もうそのカードに眺めるだけで満足できない。
なるほど。
確かにその横のおばちゃん見てマジもったいねえなって思ったから、みいきさんと問題意識は通じたのかもしれない。
そういうことです。
なるほどね、あれ確かにもったいない。
もったいなかったなあ。
なるほどね。
それもさ、やりつつ、
先週島根行った後にさ、そのまま広島まで運転して行って、東京03の単独があってさ、広島で。
それ一人で見てきたのよ。
めちゃめちゃ面白かったんだけど、夜公演で見終わって、9時くらいかな、夜の。
その広島のさ、初めて行ったから、ちょっとなんか飲んで帰るかと思ってさ、ホテルの近くに。
広島で泊まり?
そうそう、もう一泊してこうと思って。
で、広島のGoogleマップをバッと開いてさ、居酒屋って検索して良さそうなとこに入ったらさ、もう何て言うんだろう。
お客さんまず誰もいないのよっていう居酒屋で、両手にパンパンのタトゥー入ったお姉ちゃんが一人でやってる居酒屋でさ。
で、「いいですか?」って言ったら、「いいよ。」って言ってくれてさ、いろんな話をしながら飲んでてさ。
で、30分くらいして、後から二人、親子かな、たぶん高校生の息子さんとお母さんっていう二人が入ってきて、
ちょっとカレーライス食べたいんだけど、みたいな。
入ってきてさ、ちょっといい居酒屋じゃない?常連っぽいのよ。
そこで、なんか分かんないけど仲良くなってさ、親子と店主の人と、
さっき東京ゼロサンのライブ見てきたんですけど、面白いポイントを話してたのよ。
一番いい振り返りだったね、あの時間。
長尺で喋ったけど、これブログに書くより全然いいな、この振り返りってことさ。
そうだよ。
めちゃくちゃ良かったな。ビンビールパンパンに飲んでおかげ3000円だったもんな。
どうなってんだろう、あの居酒屋。
絶対サービスしてくれたって。
本当?
うん。
盛り上がったな。
めっちゃいいじゃん。
良かったね。あれはスタンプラリーから非常に遠いところにある公演の感想、トークショーだったね。
上手くバランス…でもさ、スタンプラリーをしたくて行く、何もしないよりはマシじゃん。
スタンプゼロよりスタンプラリーでも見てほうがいいっていう気持ちもあるわけ。
意識高いけど意識ないよりマシみたいなのあるじゃん。
それむずいねんな。
私はスタンプラリーやってる時間あったら他のことやったほうがいいから。
でもスタンプラリーやる人は他のことやれないから。
冷たいこと言っちゃうと、だとしたらもうその人意味ないじゃんって思っちゃうから。
ね、冷たい。
スタンプラリーはやらないほうがやったほうがいいじゃんとは思えないんだよな。
スタンプラリーだとしても、それでそこはちょっと残るものあるじゃん、自分にって思ってる。
家で寝てるよりはいいじゃんってこと?
そうそう。
とかって言い聞かせてる、自分に対しても。
でも多いのかもね、スタンプラリー。みんな好きじゃん、スタンプラリー。
何から何までみんなスタンプラリーにするっていうのが企業マーケティング労働になっているってことは、
効果があるということなんでしょう、多分。人間精神との相性がいいということなんでしょうね。
だってある種のスタンプラリー的な理由では呼んではいるよね。1位だからみたいな。
叙情と叙述、自己言及と分析の時代
まあそうだね。
私、登場人物も10年越しにスタンプラリーやってるわけだからね。
別に行きたくもない東大に行ってるわけだから。
お父さんとかは。
確かにね。
行きたくなかったのかな?行きたかったじゃない?さすがに。
子供の方は一応行くっていうトーンで話してるかもね。
お父さんはもう東大行きたいっていうか、息子とイチャイチャできて楽しいっていう。
ね。
スタンプラリーがみんな好きということかもな。
どうだろう。でもスタンプラリーっぽい要素は東大の中にはあんまりあったか。
東大に行くっていうスタンプをしに行ってるからあるのか。
基本はね。
まあそうだね。しかも結婚するとかね。
ラムジさんはいろんな人に認めてほしいっていうのが超あるから。
認められ、承認スタンプラリーをやってるのかもしれない。この人からは認められたらOK。
次この人、認めてくれてありがとう、ありがとうということなのかもしれないしね。
まあそうだよね。確かにそうなんだけどさ、やっぱ私たち現代人はネタが発達しすぎてるよね。そういう意味では。
どういうこと?
だって多分ラムジさんは承認されたいからやろうとかじゃないじゃなくて、心の動きがそこにあるだけでさ。
だけどなんかネタがなかったなって今思った東大へは。
ああまた私こんなに承認欲求むき出しでとかないなって。
ああそうだね。それはそうかもね。
ネタなあ。ネタやってあんまり良いことないからね。
ネタ抜きなのが小説の魅力なのかなって今思ったわ。
自己言及的じゃないっていう。
ネタってミワンじゃないじゃん。もうさ、一回出してこうやって戻してるじゃん。考えちゃってるじゃん。
ネタに行く前なんだよね、書かれてることっていうのは。
まあそうだね。みんなが分析的だっていうのは、みいきさんが言う、分かんないけどネタっていうことなのかもしれないね。
あらゆることが分析の対象になってしまったっていうことなのかな。
分析とか考察とかさ。そういうのばっかりだからね。
そういうのから離れてただ意識の流れるままの感情に触れてるのが、私は結構心地が良かったかな。
なるほど。
本来こうであるって感じでした。心とは。
だからバラの名前とか言って全然見やすかったし、面白ってなったんじゃなかった?
全然違うかもしんないんだけど、単価と俳句があるときにさ、
高校の時やった平安時代の、好きやねんみたいな、手紙返してみたいな、あのクモがーみたいなやつさ、うぜーと思ってたの。
なんだけどあの、古い池や、みたいなやつあるじゃん。
ああ、なんだっけ。川津。古い池や。川津飛び込む道の音。
あれはさ、素敵と思うのよ。
そういうことなのかも。
そうだね。
心をバチャバチャ言うなと。辞書だけ言ってくれたらやるからみたいな。松尾真翔派。
かもなー。だから、足立美術館行って改めて思ったけど、
俺人物画とか全然見たくないの。
風景画が好きなんだよ。
あれあるよね、女術家女情家みたいなさ、あるよね。
そういう、それを表す言葉。
あるともあるとも。女情なんてもう、は?って。
女実で欲しいですっていう。
みきちゃんはあれなのかもね、女情がらしさが、世の中って女情じゃないっていう。
切り口からやると、すごく自分の感性とヒットするっていう。
お染まり良かったわ。
今日はそんな感じで。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあまた次の本で。
はい。
38:53

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