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フロム『自由からの逃走』 #2
2026-04-28 32:18

フロム『自由からの逃走』 #2

#2では、本の中の議論がそのまま今の生活に流れ込んできます。AIに自分らしさを学習させることへの違和感、ライフハックへの醒めた目線、投資や蓄財をめぐる身振り、政治的な対立に人が引きつけられてしまう感覚。フロムの言葉を借りながら話しているはずなのに、だんだん見えてくるのは、いま自分たちがどういう仕方で安定しようとしているのか、ということでした。本を読むというより、本を通して現代の癖を撫でていくような回です。


感想

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サマリー

このエピソードでは、現代社会における「自分らしさ」の追求や安定への渇望について、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を紐解きながら考察します。AIに自己を学習させることへの違和感や、ライフハックに過度に依存する姿勢は、フロムが指摘する「自由からの逃走」の一形態ではないかと論じます。人々が政治的な対立に惹かれるのは、自己の中に存在する矛盾や分裂を、対立構造の中で確認し、安定を得ようとする心理の表れであると分析します。 また、物質的富への欲求や、資本蓄積を目的とする現代社会のあり方についても言及。個人の最適化が全体の最適化に繋がらない「合成の誤謬」や、資本主義における個人の無意味感・無力感といった問題点を指摘します。さらに、宝くじに当たった人が浪費する行動や、自己評価と過剰な富との関係性についても考察を深め、それらが「自由からの逃走」や「自由への闘争」とどのように関連しているのかを探求します。

AIと「自分らしさ」の違和感
一瞬、話がずれちゃうかもしれないんだけど、 昨日だか一昨日読んでて、本当そうだなと思ってた誰かの記事がさ、
自分の過去のアウトプットなり、発言録なり、思想なりを いくら読み込ませても、自分っぽいものが出てこないのは何でなんだろう?っていう
のを言っていてさ。 これは大変すごい。
難しいんだけど、最近クラウドコードだ、コーデックスだ、Cursor Composer 2だ、みたいなエージェントがあって、自分のメモリーをうまくやって、知識グラフがうんぬんとかさ、やっていてさ、
自分もそれなりに追いつこうと思っていろいろやるんだけど、なんかさ、
俺こんなこと言わねえなとかさ、俺こんなこと言うはずなのになんでこいつは言わないんだろう?とかっていうのを自分の手元のアウトプットを見ながら思ってたわけ。
AI 田中くんアウトプットを見て。 これは自分の使い方が悪いのかなと思ったんだけど、結構真剣にやってるアメリカだかの人も同じようなことを言っていて、
それはもう違うんだって言っててさ。 自分が生まれたものを学ばせた何かから出てくるものは自分とは違うっていうのを見て、
へー、やっぱそうなのかっていうのと、 その時、
これやっと戻ってくるんだけどさ、その時のジョン・デューイが言う語感とか経験とかっていうのって、
面白いよね。途端になんかアホみたいな感想になるけど、面白いなっていう。
でもやっぱそこに本物があるっていうか、私もちょっと語彙が下がっちゃうけど、そこにしか本物はないっていうかさって思うよね。
そこにしか自分はないというか。
ライフハックと自由からの逃走
その時にでも、その自分らしさみたいなのを追求するのってめんどくさいから、AIにとにかく作らせようかとかさ、めちゃくちゃ笑っちゃったんだけど、
TwitterXの自動運用をクラウドコードで実現しましたとか言ってる人見てさ、
この人は一体何がしたいんだろうっていう、その、なんていう、なぁ。
おしまいの何かから。
おしまいのクリエイト。
面白いなと思って。
Xだとそうだけど、例えば自分なりの試行実験としてよ。
売れてるアーティストがいるとするじゃない。
で、自分の画風とかを学ばせたAIができてさ、
そのAIくんがいろいろ作品を作ってくれて、それが売れるとするじゃない。
で、なんかこう、金が稼げるようになりましたと。
で、その時どういう気持ちになるのかなと思ってさ。
ね。
他人は何も言う権利がないじゃん。その人自身がどう思うかだから。
そう、ハックできて嬉しい以上の何かはそこにあるのかって思うよね、本当に。
そうだね。
社会をハックできて嬉しいとは思っていいと思うんだよ。
いや、ライフ、そうなんだよ。ライフハック、そうなんだよな。
政治への惹かれと自己の分裂
俺、ライフハック好きな人って自由から逃亡しがちなイメージが勝手にあってさ。
そうなのよ。だからしもね、ライフハック好きなんだけど、
そのライフハックのことを、ライフハックに過ぎないのにすごく価値があることのように言わないようにしようと思って生きてる。
それは大変高潔なマインドですな。
やっぱりライフハックは、たかがライフハックっていう気持ちで付き合わないといけない。
そうなの。
だから企業にライフハックして、俺、企業所までだと思うね、できる自慢は。
はいはい、なるほどな、なるほどな。
俺、大学にAOで入ったんですよ、は、そこで止めとけよってことね。
育ちが良くて良かったね、みたいな話じゃん、それって。
いや、まあそうなんだよな。いいね。
え、でもそのどう思うんだろうって言って、AIアートで稼ぐやつってなんて思うんだろうのその含意は?
それに今私はピュアで答えちゃったじゃん。
言えることはない、俺って器用だなまでじゃないと答えてしまったけど、
どういう気持ちでその問いを出したの?
いや、すっげえむずいのが、これがどう思うんだろうっていう時にさ、
いや、私の経験から出てくるものがアートだからそんなものなど全て無駄であるっていうAと、
だって金稼げるからいいじゃないですか、だってそうするともう、
かけるコスト、時間、費用、もうめちゃめちゃ少なくて金稼げますよっていうBって言った時に、
どっちもクソだせえなっていう気持ちになったのよ。
どっちが良いとかじゃなくて。
金稼げるからいいじゃないですかは元から俺すげえそういう人だせえなと思ってるから、
そのライフハックどまりにしとけよみたいなので全然いいんだけどさ、
いや、そういうのはなんか私のアートとしての何かにすごい反しててっていうのをすげえ長文でさ、
サブスタックのニュースレターとかに書いてる人見て俺滑ってんなって思う。
実在しとるやん。
そうなのよ。別にそういう気持ちを持つのは自由なんだよ。
自由なんだけど、ライフハックをする人と同じような見方をしちゃったわけ。
そうなんだって、それってさ、だからアンチファンと一緒だよね。
だからその否定をする時間があったらお前の経験としての芸術をしろよっていうことでしょ。
そうそうそうそう。
その長文批判を書いてる時点で同じファンじゃねえかっていうね。
盛り上げに固まっちゃってるよっていうことでしょ。
そう、もうイエスともノーとも言わずに無視して、好きな時には使って、嫌だったらやめて、好きに自分のやつ使ったらいいじゃないですかっていう。
だからネットのアカウントを作ってアンチコメントしてるっていうのと同じってことでしょ。
そうそうそうそう。
芸術批判をしてるようでいて。
まさにまさに。
そうなのよ。
あってことね。
その後頭部をさ、この自由からの闘争を読みながら考えつっててさ。
みんなだからむずいんだけど、闘争はするんだけど自由のことは好きなのよ。やっぱり消極的自由も。
闘争するんだけど消極的自由も。そうそうそう好きなのよ。
消極的自由で経営主義で経営に従ってる方が楽やなっていう風にやりながら、権力とか経営なんて打倒せよっていう人めっちゃいるし。
破壊性に従いながら全部なくなっちゃえばいいのにと思いながら、他人の破壊に対してはすごく敏感にそれは壊しちゃダメですっていうとかさ。
アンビバレントな何かがあるんだなっていうのを読みながら、だからみんな政治の話が好きなのかなと思ったのよ。
全然違う話に聞こえちゃうかもしれないけど。
どういうことだ?だからというのは?
自分が取っているスタンスと全然矛盾するものが好きだったり嫌いだったりするわけ。
ってことはその人の中に矛盾する分裂があるわけですよ。
ここから一気に飛んじゃうんだけど、政治というのも分裂のものだと思ってるわけ。対立こそ政治であると思ってるのよ、私は。
政治の真裏の言葉って私行政だと思うわけ。
行政ってとある物事を効率よく処理する仕組みだから対立とかないのよ。
だから技術とか行政ってもう一つの同じ枠組みなのね、私の中で。
単一軸があって、それに対して効率的にオペレーションするってやつなんだけど。
印象的だったのが、アメリカの雑誌の復活劇みたいなやつを読んでたら、
アメリカのワイヤードって政治の話題を取り上げ始めてから業績がV字回復したんだって。
全然日本のワイヤードってそのイメージないじゃん。
そうだね、社会の変化の情報を取り上げるとか、最新テックみたいなイメージある。
そうなのよ。
まだ見えないものを取り上げるってイメージある。
技術とかワイヤードが追求するのって、私の中では積極的自由の何かだと思うわけ。
できることを増やそうとか。
だからみんなそういうものよりも、消極的自由から逃避した結果としての政治が好きなんだ。
っていう心の落ち着きになったのよ。
ちょっとニュアンスわかってきた気がする。
もらう情報として、この技術が面白いです、取り入れたらあなたを得しますよっていう情報より、
政治のこんな対立がありますっていうのを名が掛けられた方が、人間はそれに引き付けられていくんだっていう。
自分がどっちかにいるから。
その枠組みの中で勝手だということによって自分を安定化させるんだと思う。
そうなのよ、まさにそういうことなのよ。
だから私がコンサルタントとして、あなたの会社はこうやったらもっと良くなりますよっていうのをやっているが、
マジで稼げるコンサルタントになるんだったら、クライアントの会社の中で政治するのが一番いいんだなって思ったのよ。
くだらねえって思ったのが昨日だね。
その結論に自分の中でこう言った。
めっちゃ長尺で喋っちゃったけど。
政治だっていう。
なんでみんな政治が好きなんだろうっていうと、
フロムが言うところの自由からの闘争を支えるメカニズムというか。
それがあって、自分の中に対立する何かがあって。
フレームがあって、このフレームの中でガタガタ嫌だって言って、いっぱい揺れることによって、ここに折りがあることを確認して実情を安定させるっていうか。
そうそうそうね。
そうなんだよな。
物質的富への欲求とパーソナリティ
っていうのが、P12のジョン・リューイの言葉を読んで考えてた。
合計300ページぐらいある。
でも後半は近代への自由って言ってたから。
後半は私の中でないものと同じ。
ナチズムっていうものがヤバい。
ドイツがヤバいっていうのをアメリカでメディアが言ってるときに、別にドイツがヤバいんじゃないんだと。
アメリカ国民全員の心の中、アメリカっていう国の制度の中にも、戦争と戦場というのが存在しているんだ。
なぜ戦争というのが存在しているのかっていうと、
なぜなら心の中に常に外的な権威や規律に寄っていってしまうというか。
そういうものに移動する心があるから。
そうね。
これジョン・リューイの時代から言われてるのに、
フロムはドイツからアメリカに逃亡してこれを書いたのに、今アメリカが積極的に戦争してるのは悲しいね。
まあね。
トランプ当選して、マガとか言ってマガ戦争してるの。
悲しいね。
不思議よ。中東まで出かけていく人と月にシャトル送ってるのが同じ国だからね。
ね。
面白い国ですよ。
このP30、物質的富を求める激しい欲求をあんなに文化のみ特有って何のこと?
注釈のところに、第1章の中の7かな?
中の7?
ミキさん、私東京草原社のやつ読んでるんだけど。
同じか?
そうです。
当てます。
だとしたら30ページの第1章中の7の真ん中くらいに、しかし実際のところ、物質的富を得ようとする激しい欲求はある文化にのみ特有なものであって、経済条件が異なれば物質的富を嫌うような、また物質的富に無関心であるようなパーソナリティの特性を生み出すこともできる。
マジで?ってなってさ。
スローライフみたいなことじゃない?
スローどころかさ、つまり物質的富を嫌うようなパーソナリティってどういうことだと思ってさ。
金があるのが嫌でしょうがないみたいなことでしょ?
うん。
スローライフの人ってさ、スローであることを大事にしてるんだけど、例えばじゃあお金が1億円あるのと3億円あるんだったら、別に3億円あってスローライフできるのが一番いいっていう人じゃないの?
スローライフって聞いてみないとわからないけど、できる限り持続系みたいなことじゃない?
東です。東手くん?
東手くん!
東手くんか。
でも東手くんは物質的富を求めてると思うけど。
ピュア東手はちょっと意味が違っちゃうけど、そうか。究極東手みたいなことか。
最近YouTubeでウクライナのおばあちゃんの生活のやつとか見てるけど、本当に山多くね。
なんかの準備せたら日が暮れるみたいな。ご飯の準備せたら日が暮れるみたいな人とかいるよ。
そうか。わからんけどその人たちもさ、物質的富に無関心であるような人はなんか俺想像ができるのよ。
そのおばあちゃんとかさ。別にもう預金口座がゼロだろうと1億円あろうと気にしませんみたいな人はなんか想像ができるんだけど。
嫌うようなパーソナリティって作れんのかなみたいな。ちょっと増えるたびに捨てたいみたいな人ってことじゃん?
溜まるようなことはしないのっていうことなのかな?確かにね。
いやーていうのを見てさ。できんのかな?
現状嫌ってるかもしれないけど多く持ったことがないだけみたいな人をしかイメージできないかもしれない。
そういう人はあれか。周りの人と積極的に関わるようなところにいないから気づかれづらいっていうのもあるのかもしれないね。
全然本論じゃないんだけど、そういうパーソナリティ特性を生み出すことができる。
本当だったらすげーなって思ったっていう。ただのメモ。
宗教改革とルターの苦悩
次、75ページ。ルタまるで痛いやつだったんだろうな。
全然ちょうど補正貼ってないとこだ。
この宗教改革の話が最初出てくるんですよ。
この辺の宗教改革の自由がすごくしんどかった。読むのが。
でしょう。
積極的自由というものがどのようにして与えられるようになったかの振り返りだと思うんだよね。
振り返りだから。
みきちゃんから本当にどうでもいいところを。
そうなんだよ。知ってるんだよ。
その中で宗教改革を主導したルタっていうのがどういう人だったのかっていうときに、
ルタってとにかく宗教改革だ!みたいな。
よくするで!みたいな人かと思いきや、実際見てみるととにかくコンプレックスマックスで、
とにかく孤独感と無力感と罪悪感をなんとかするために、いろんな人にめちゃくちゃなこと言ってました、みたいなことが書かれてて。
そっかー、みたいな。今でいうヘズマ流みたいなことだったのかなって思ってた。
でも、戦争反対デモに行くヘズマ流ってことじゃない?
あー、なるほど。そうね。
結果、いろんな巡り巡り合わせの結果、それによって戦争が止まったことを50年後くらいの人が記述したヘズマ流。
そう思うと、結構痛いやつだったんだろうなーっていう。
この恐怖と怪異と内面的な孤独っていうのは、イーロン・マスクの辞典を読んだ時にも同じような書かれ方をしてたからね。
でも、イーロン・マスクはスター・リックとか作ってるし、結構社会を良くしてるんだよ。
人格と切り離したほうがいいんだね、たぶんな。
この辺は内容というよりかは、ルタいた?って思いながら。
そう考えると、今って良いことをする人は良い人格でなければならないみたいな。
寛容であるように見せなければならない。寄付はしなければならない。
昔はそこまで求められてないっていうか、痛いやつでも社会を前進させるアクションは起こせたんだね。
いやーそうよ、本当に。本当にそうだと思うよ。
だってこんな中二病ウォッチとか言われて終わってるじゃん、今だったらね。
そうだね。
どっちもあってさ、今だったらミキさん言うように中二病ウォッチで終わっちゃうのもあれば、
逆に政治家の人とか、あんなに精錬脅迫を求められなくてもいいだろうと思っちゃう。
確かに。
そっちはそっちで可哀想なんだよね。
ちょうど昨日、社会党の党首選び、福島さんがまた党首になったんだけど、記者会見でめっちゃ喧嘩してんの。
候補者同士が。
社会党って戦争反対みたいな、平和で話し合いで解決すべきって言ってる人が、
マジで3人で話し合いができないって言うので、すごい揶揄されてるんだけど、
でもそんなもんじゃん?そんなものじゃないの?
現代は厳しいなっていう。
強い思いがあれば、それはエネルギーだもんね、ヴィクトルとしては。
そうだな。
面白い、なるほどね。
合成の誤謬と資本主義
この辺結構読み飛ばしてたわ、割と長い読みした。
そうでしょ。
みきさんは積極的自由と消極的自由というゴールが見えてるから、そこまでは一旦全力で走るのがみきさんのスタイル。
次の129ページは合成の語尾だ。
さっきのイーロンマスクじゃないんだけど、例えばスターリンクで働いてる人とかさ、
その一人一人全員が真剣に働いた結果、会社にお金が貯まって投資ができるようになって、
いろんな波及効果の結果もアルテミス2が飛んでいってっていう、全体としてはすごくうまく前進していくんだけど、
一方でそれがデカくなりすぎると、社会的価値がデカくなりすぎると、一人一人ってそんな働いててもおもんないよなみたいな。
そのギャップがデカくなりすぎちゃうと思うのよ。
経済学でよく出てくるんだけどさ、合成の語尾って。
一人一人が最適な結果をしていった結果が全体の最適にならないとか、
全体の最適になっているものっていうのが個々人にとっては全然最適なものになってないっていう、
一人一人の足し合わせたものが全体と一致してないっていう状態を合成の語尾って言うんだけど。
天啓的な、合成の語尾そのまんまだよなっていう感じがしたね。
資本の蓄積のために働こうっていうさ、今の金貯めてファイヤーみたいなやつもそうだけど、
なんかおかしいんだよなっていう天啓霊を100年前にフロム先生が言っていたと。
なるほどね。資本の蓄積のために働くっていうのは、
引いてみたらそうやって頑張って人間がちょっとずつ進歩していくっていうことになるけど、
その一人一人の人間については、めっちゃ頑張ってますからそれは人間の道具になるだけで、
何のために生きてるんだろうみたいな気持ちを引き起こしちゃいます。
ということ?
そういうこと。結局個人の無意味と無力の感情っていうのは、
彼からすると資本主義っていう蓄財っていうことをベースにするっていうのが、
さっきで言うところの消極的自由からの逃亡をしたくなるような個人っていうのが何で生まれてきたかっていうと、
その蓄財っていうことをとにかく奨励をするっていうこの社会の一つの形態であると、
結果であるというのがフロム大先生のお話でござるな。
本当にこの辺、そうだね、そうだよねとしか思わなかった。
そういうもんだよね、近代人って。
1回前か2回前に美希さんと話したかもしれないけど、
資本主義ってそういうもんじゃんっていうのが大前提にあるから、
私たちがもう一個別の軸を想像しえないから、
でもそういうもんじゃないのっていう風になりやすいのかもしれないよね。
確かにその話したよね、前何かの本で。
なんだっけ?空気の研究かな?
なんかあんまり資本主義ど真ん中みたいなあれがないけど、
人間にはたくさんの土地が必要かかな?
かもしれないね。
でもそういうもんかもねーっていう。
こうやって書かれると確かに、頑張って兄さんとかやってんのバカみたいだなって思うよね。
兄さんはギリ良いとして、年金貯めるイデコみたいなやつとか、
あれになると本当にいよいよ500年前の人とか意味わからんのちゃうかと思ったりするのよ。
60のために今から金を貯めて節税になるからやる?は?みたいな不思議な何かな気はするよね。
リズムで考えると合理的なんだけどさ、
そもそもそんなことを考えているところ、
そう考えるならそれは合理的なんだけど、
そもそもそれを考えているのは正しいことなのか?と言われると、
はてどうでしょう?ってなるテーマの一個な気がするね、イデコ。
私さ、イデコとか兄さんとか始まってからさ、
投資が恥ずかしいものじゃなくなった。
もともと恥ずかしいものじゃないと思ったけど、
ボーボーと投資ハマってますみたいな、ニュースピックス最高ですみたいな人増えたなって思って。
そうなんだ。
投資ってあんまり趣味とか言わない方がいいものって思ってたわけ。
ハックの一つにしか過ぎないし、あんまり品の良いものじゃないみたいな。
分かるよ。
なんかこの数年、定期的に投資が趣味でニコニコみたいな人増えたなと思ってる。
その人なに?俺あんまいんのかな?
俺が無視してるだけなのか?
会った時にその人たちはどういう顔をしてるの?
投資が趣味でっていう時に。
本当に私が感激が趣味でっていうテンションで言う。
あー、へー。
なるほど、面白いね。
少し関係になってる。
でも、近代化社会の行き過ぎた結果の一つな気がするよね。
する。
人間の道具化を人間が意識してないかゆえの事象の一つな気がする。
そうだね。
聞いてて一瞬思ったのは、
自由の象徴としての「お金」と浪費
お金というものって自由の象徴だったりするじゃない?
お金っていうもの自体に価値はないけど、
物に変換をするっていう抽象的な自由っていうのがお金の価値だと思うわけよ。
めちゃめちゃでかい宝くじ当てた人とか、
めちゃくちゃ一発当てましたみたいな人って、
意味わからない散財する人いるじゃない?
あれは自由からの闘争なのかな?って思って今。
でも難しいね。
宝くじ当たって、今宝くじで思い出したのが、
私のいい宝くじの使い方だなって思って、
人から聞いた話は、若い時に宝くじに億円だか当たって、
その人は食べ物を食べるのが好きだったから、
仕事とか全部辞めて、高いレストランにお金使い続けたんだって。
100万円とか払わなくて、会員券買わないといけないレストランみたいなのがあるらしいんだけど、
そういう風に普通にバンバンお金使ってたら、
グルメになったから本当の。
それで今はグルメライターとして働いてるみたい。
私こういうのがいいお金の使い方だなって思ってたわけ。
でもね、今ここまでこの自由から逃走してきたら、
変な惨態をすることの方がより積極的自由だったのか。
結局グルメライターをするっていうのは、
仕組みの中でうまくお金を作っているってことだから、
消極的自由の中で、結局道具として良き歯車になっているだけなのか?
どっちだと思う?
私は今までグルメライターになった人の方のことを積極的自由的に捉えてたんだけど。
聞いた感じ、私はあんまり積極的自由感はあんまりないなぁ。
そうだよね、ハック的な方向だったってことだよね、結局。
でもただ、立ち感はあるよね。
俺はグルメが好きだ、みたいな。
うまいもの食べたいに充実ではあるけど。
なんか真っ直ぐではある。
真っ直ぐではある気はするね。
それよりもっと積極的な…
想像してないよね、確かに。
ランニング。
ランニング、そうだね。
真っ直ぐに向かっている感じはするから。
なんだろう、分からないけど、
例えば2億円当たったとするじゃない?
それで自分の両親と家族とかに、
とりあえずこれでやってくれっていうのでお金を一旦払って、
残り2千万くらいかけて身体改造をして、
今までオフィスワーカーやってたんですけど、
劇団式に入りましたみたいな人の方が、
仮にいたらよ、
いたらそういうのの方が積極的自由感は高いと感じそうだなって思った。
グルメ好きで好きがこうじて仕事になりましたより、
その、何て言うんだろう、
やることをやって後は無駄っていうか、
分からんけど。
そうだよね。
結局仕事に帰ってきちゃうと。
結局自分という道具を最適化するためにお金を使ったって感じだもんね。
そうなんだよね。
確かにそうだね。
だからキャバクラとかにとかしたりとか、
ホストに見つけたりとかした方が積極的自由かもね。
そこに行っちゃうのはさ、これまた難しいんだけど。
それは資本主義か、そうだね。
そうなのよ。それって私からすると、
自分という人間の自己評価に対して過剰なお金があることに対する
なんか拒否感な気がする。
女の子が好きだからとかじゃなくて、
とにかく多すぎる預金口座から離れたいみたいな
いう欲求があるのかなと思ってさ。
だってもっと安価にその辺の人と飲みに行ったらいいじゃん。
普通の酒を。
別にだって高いシャンパン飲まなくてもイーチコも別にうまいよ。
ソーダ割りすれば。
そうだね。
みたいなことなのかなと今思ったな。
あれは自由からの闘争なのかもしれないな。
金稼いだ人の。
うん。
32:18

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