俺、ライフハック好きな人って自由から逃亡しがちなイメージが勝手にあってさ。
そうなのよ。だからしもね、ライフハック好きなんだけど、
そのライフハックのことを、ライフハックに過ぎないのにすごく価値があることのように言わないようにしようと思って生きてる。
それは大変高潔なマインドですな。
やっぱりライフハックは、たかがライフハックっていう気持ちで付き合わないといけない。
そうなの。
だから企業にライフハックして、俺、企業所までだと思うね、できる自慢は。
はいはい、なるほどな、なるほどな。
俺、大学にAOで入ったんですよ、は、そこで止めとけよってことね。
育ちが良くて良かったね、みたいな話じゃん、それって。
いや、まあそうなんだよな。いいね。
え、でもそのどう思うんだろうって言って、AIアートで稼ぐやつってなんて思うんだろうのその含意は?
それに今私はピュアで答えちゃったじゃん。
言えることはない、俺って器用だなまでじゃないと答えてしまったけど、
どういう気持ちでその問いを出したの?
いや、すっげえむずいのが、これがどう思うんだろうっていう時にさ、
いや、私の経験から出てくるものがアートだからそんなものなど全て無駄であるっていうAと、
だって金稼げるからいいじゃないですか、だってそうするともう、
かけるコスト、時間、費用、もうめちゃめちゃ少なくて金稼げますよっていうBって言った時に、
どっちもクソだせえなっていう気持ちになったのよ。
どっちが良いとかじゃなくて。
金稼げるからいいじゃないですかは元から俺すげえそういう人だせえなと思ってるから、
そのライフハックどまりにしとけよみたいなので全然いいんだけどさ、
いや、そういうのはなんか私のアートとしての何かにすごい反しててっていうのをすげえ長文でさ、
サブスタックのニュースレターとかに書いてる人見て俺滑ってんなって思う。
実在しとるやん。
そうなのよ。別にそういう気持ちを持つのは自由なんだよ。
自由なんだけど、ライフハックをする人と同じような見方をしちゃったわけ。
そうなんだって、それってさ、だからアンチファンと一緒だよね。
だからその否定をする時間があったらお前の経験としての芸術をしろよっていうことでしょ。
そうそうそうそう。
その長文批判を書いてる時点で同じファンじゃねえかっていうね。
盛り上げに固まっちゃってるよっていうことでしょ。
そう、もうイエスともノーとも言わずに無視して、好きな時には使って、嫌だったらやめて、好きに自分のやつ使ったらいいじゃないですかっていう。
だからネットのアカウントを作ってアンチコメントしてるっていうのと同じってことでしょ。
そうそうそうそう。
芸術批判をしてるようでいて。
まさにまさに。
そうなのよ。
あってことね。
その後頭部をさ、この自由からの闘争を読みながら考えつっててさ。
みんなだからむずいんだけど、闘争はするんだけど自由のことは好きなのよ。やっぱり消極的自由も。
闘争するんだけど消極的自由も。そうそうそう好きなのよ。
消極的自由で経営主義で経営に従ってる方が楽やなっていう風にやりながら、権力とか経営なんて打倒せよっていう人めっちゃいるし。
破壊性に従いながら全部なくなっちゃえばいいのにと思いながら、他人の破壊に対してはすごく敏感にそれは壊しちゃダメですっていうとかさ。
アンビバレントな何かがあるんだなっていうのを読みながら、だからみんな政治の話が好きなのかなと思ったのよ。
全然違う話に聞こえちゃうかもしれないけど。
どういうことだ?だからというのは?
自分が取っているスタンスと全然矛盾するものが好きだったり嫌いだったりするわけ。
ってことはその人の中に矛盾する分裂があるわけですよ。
ここから一気に飛んじゃうんだけど、政治というのも分裂のものだと思ってるわけ。対立こそ政治であると思ってるのよ、私は。
政治の真裏の言葉って私行政だと思うわけ。
行政ってとある物事を効率よく処理する仕組みだから対立とかないのよ。
だから技術とか行政ってもう一つの同じ枠組みなのね、私の中で。
単一軸があって、それに対して効率的にオペレーションするってやつなんだけど。
印象的だったのが、アメリカの雑誌の復活劇みたいなやつを読んでたら、
アメリカのワイヤードって政治の話題を取り上げ始めてから業績がV字回復したんだって。
全然日本のワイヤードってそのイメージないじゃん。
そうだね、社会の変化の情報を取り上げるとか、最新テックみたいなイメージある。
そうなのよ。
まだ見えないものを取り上げるってイメージある。
技術とかワイヤードが追求するのって、私の中では積極的自由の何かだと思うわけ。
できることを増やそうとか。
だからみんなそういうものよりも、消極的自由から逃避した結果としての政治が好きなんだ。
っていう心の落ち着きになったのよ。
ちょっとニュアンスわかってきた気がする。
もらう情報として、この技術が面白いです、取り入れたらあなたを得しますよっていう情報より、
政治のこんな対立がありますっていうのを名が掛けられた方が、人間はそれに引き付けられていくんだっていう。
自分がどっちかにいるから。
その枠組みの中で勝手だということによって自分を安定化させるんだと思う。
そうなのよ、まさにそういうことなのよ。
だから私がコンサルタントとして、あなたの会社はこうやったらもっと良くなりますよっていうのをやっているが、
マジで稼げるコンサルタントになるんだったら、クライアントの会社の中で政治するのが一番いいんだなって思ったのよ。
くだらねえって思ったのが昨日だね。
その結論に自分の中でこう言った。
めっちゃ長尺で喋っちゃったけど。
政治だっていう。
なんでみんな政治が好きなんだろうっていうと、
フロムが言うところの自由からの闘争を支えるメカニズムというか。
それがあって、自分の中に対立する何かがあって。
フレームがあって、このフレームの中でガタガタ嫌だって言って、いっぱい揺れることによって、ここに折りがあることを確認して実情を安定させるっていうか。
そうそうそうね。
そうなんだよな。
っていうのが、P12のジョン・リューイの言葉を読んで考えてた。
合計300ページぐらいある。
でも後半は近代への自由って言ってたから。
後半は私の中でないものと同じ。
ナチズムっていうものがヤバい。
ドイツがヤバいっていうのをアメリカでメディアが言ってるときに、別にドイツがヤバいんじゃないんだと。
アメリカ国民全員の心の中、アメリカっていう国の制度の中にも、戦争と戦場というのが存在しているんだ。
なぜ戦争というのが存在しているのかっていうと、
なぜなら心の中に常に外的な権威や規律に寄っていってしまうというか。
そういうものに移動する心があるから。
そうね。
これジョン・リューイの時代から言われてるのに、
フロムはドイツからアメリカに逃亡してこれを書いたのに、今アメリカが積極的に戦争してるのは悲しいね。
まあね。
トランプ当選して、マガとか言ってマガ戦争してるの。
悲しいね。
不思議よ。中東まで出かけていく人と月にシャトル送ってるのが同じ国だからね。
ね。
面白い国ですよ。
このP30、物質的富を求める激しい欲求をあんなに文化のみ特有って何のこと?
注釈のところに、第1章の中の7かな?
中の7?
ミキさん、私東京草原社のやつ読んでるんだけど。
同じか?
そうです。
当てます。
だとしたら30ページの第1章中の7の真ん中くらいに、しかし実際のところ、物質的富を得ようとする激しい欲求はある文化にのみ特有なものであって、経済条件が異なれば物質的富を嫌うような、また物質的富に無関心であるようなパーソナリティの特性を生み出すこともできる。
マジで?ってなってさ。
スローライフみたいなことじゃない?
スローどころかさ、つまり物質的富を嫌うようなパーソナリティってどういうことだと思ってさ。
金があるのが嫌でしょうがないみたいなことでしょ?
うん。
スローライフの人ってさ、スローであることを大事にしてるんだけど、例えばじゃあお金が1億円あるのと3億円あるんだったら、別に3億円あってスローライフできるのが一番いいっていう人じゃないの?
スローライフって聞いてみないとわからないけど、できる限り持続系みたいなことじゃない?
東です。東手くん?
東手くん!
東手くんか。
でも東手くんは物質的富を求めてると思うけど。
ピュア東手はちょっと意味が違っちゃうけど、そうか。究極東手みたいなことか。
最近YouTubeでウクライナのおばあちゃんの生活のやつとか見てるけど、本当に山多くね。
なんかの準備せたら日が暮れるみたいな。ご飯の準備せたら日が暮れるみたいな人とかいるよ。
そうか。わからんけどその人たちもさ、物質的富に無関心であるような人はなんか俺想像ができるのよ。
そのおばあちゃんとかさ。別にもう預金口座がゼロだろうと1億円あろうと気にしませんみたいな人はなんか想像ができるんだけど。
嫌うようなパーソナリティって作れんのかなみたいな。ちょっと増えるたびに捨てたいみたいな人ってことじゃん?
溜まるようなことはしないのっていうことなのかな?確かにね。
いやーていうのを見てさ。できんのかな?
現状嫌ってるかもしれないけど多く持ったことがないだけみたいな人をしかイメージできないかもしれない。
そういう人はあれか。周りの人と積極的に関わるようなところにいないから気づかれづらいっていうのもあるのかもしれないね。
全然本論じゃないんだけど、そういうパーソナリティ特性を生み出すことができる。
本当だったらすげーなって思ったっていう。ただのメモ。
次、75ページ。ルタまるで痛いやつだったんだろうな。
全然ちょうど補正貼ってないとこだ。
この宗教改革の話が最初出てくるんですよ。
この辺の宗教改革の自由がすごくしんどかった。読むのが。
でしょう。
積極的自由というものがどのようにして与えられるようになったかの振り返りだと思うんだよね。
振り返りだから。
みきちゃんから本当にどうでもいいところを。
そうなんだよ。知ってるんだよ。
その中で宗教改革を主導したルタっていうのがどういう人だったのかっていうときに、
ルタってとにかく宗教改革だ!みたいな。
よくするで!みたいな人かと思いきや、実際見てみるととにかくコンプレックスマックスで、
とにかく孤独感と無力感と罪悪感をなんとかするために、いろんな人にめちゃくちゃなこと言ってました、みたいなことが書かれてて。
そっかー、みたいな。今でいうヘズマ流みたいなことだったのかなって思ってた。
でも、戦争反対デモに行くヘズマ流ってことじゃない?
あー、なるほど。そうね。
結果、いろんな巡り巡り合わせの結果、それによって戦争が止まったことを50年後くらいの人が記述したヘズマ流。
そう思うと、結構痛いやつだったんだろうなーっていう。
この恐怖と怪異と内面的な孤独っていうのは、イーロン・マスクの辞典を読んだ時にも同じような書かれ方をしてたからね。
でも、イーロン・マスクはスター・リックとか作ってるし、結構社会を良くしてるんだよ。
人格と切り離したほうがいいんだね、たぶんな。
この辺は内容というよりかは、ルタいた?って思いながら。
そう考えると、今って良いことをする人は良い人格でなければならないみたいな。
寛容であるように見せなければならない。寄付はしなければならない。
昔はそこまで求められてないっていうか、痛いやつでも社会を前進させるアクションは起こせたんだね。
いやーそうよ、本当に。本当にそうだと思うよ。
だってこんな中二病ウォッチとか言われて終わってるじゃん、今だったらね。
そうだね。
どっちもあってさ、今だったらミキさん言うように中二病ウォッチで終わっちゃうのもあれば、
逆に政治家の人とか、あんなに精錬脅迫を求められなくてもいいだろうと思っちゃう。
確かに。
そっちはそっちで可哀想なんだよね。
ちょうど昨日、社会党の党首選び、福島さんがまた党首になったんだけど、記者会見でめっちゃ喧嘩してんの。
候補者同士が。
社会党って戦争反対みたいな、平和で話し合いで解決すべきって言ってる人が、
マジで3人で話し合いができないって言うので、すごい揶揄されてるんだけど、
でもそんなもんじゃん?そんなものじゃないの?
現代は厳しいなっていう。
強い思いがあれば、それはエネルギーだもんね、ヴィクトルとしては。
そうだな。
面白い、なるほどね。
この辺結構読み飛ばしてたわ、割と長い読みした。
そうでしょ。
みきさんは積極的自由と消極的自由というゴールが見えてるから、そこまでは一旦全力で走るのがみきさんのスタイル。
次の129ページは合成の語尾だ。
さっきのイーロンマスクじゃないんだけど、例えばスターリンクで働いてる人とかさ、
その一人一人全員が真剣に働いた結果、会社にお金が貯まって投資ができるようになって、
いろんな波及効果の結果もアルテミス2が飛んでいってっていう、全体としてはすごくうまく前進していくんだけど、
一方でそれがデカくなりすぎると、社会的価値がデカくなりすぎると、一人一人ってそんな働いててもおもんないよなみたいな。
そのギャップがデカくなりすぎちゃうと思うのよ。
経済学でよく出てくるんだけどさ、合成の語尾って。
一人一人が最適な結果をしていった結果が全体の最適にならないとか、
全体の最適になっているものっていうのが個々人にとっては全然最適なものになってないっていう、
一人一人の足し合わせたものが全体と一致してないっていう状態を合成の語尾って言うんだけど。
天啓的な、合成の語尾そのまんまだよなっていう感じがしたね。
資本の蓄積のために働こうっていうさ、今の金貯めてファイヤーみたいなやつもそうだけど、
なんかおかしいんだよなっていう天啓霊を100年前にフロム先生が言っていたと。
なるほどね。資本の蓄積のために働くっていうのは、
引いてみたらそうやって頑張って人間がちょっとずつ進歩していくっていうことになるけど、
その一人一人の人間については、めっちゃ頑張ってますからそれは人間の道具になるだけで、
何のために生きてるんだろうみたいな気持ちを引き起こしちゃいます。
ということ?
そういうこと。結局個人の無意味と無力の感情っていうのは、
彼からすると資本主義っていう蓄財っていうことをベースにするっていうのが、
さっきで言うところの消極的自由からの逃亡をしたくなるような個人っていうのが何で生まれてきたかっていうと、
その蓄財っていうことをとにかく奨励をするっていうこの社会の一つの形態であると、
結果であるというのがフロム大先生のお話でござるな。
本当にこの辺、そうだね、そうだよねとしか思わなかった。
そういうもんだよね、近代人って。
1回前か2回前に美希さんと話したかもしれないけど、
資本主義ってそういうもんじゃんっていうのが大前提にあるから、
私たちがもう一個別の軸を想像しえないから、
でもそういうもんじゃないのっていう風になりやすいのかもしれないよね。
確かにその話したよね、前何かの本で。
なんだっけ?空気の研究かな?
なんかあんまり資本主義ど真ん中みたいなあれがないけど、
人間にはたくさんの土地が必要かかな?
かもしれないね。
でもそういうもんかもねーっていう。
こうやって書かれると確かに、頑張って兄さんとかやってんのバカみたいだなって思うよね。
兄さんはギリ良いとして、年金貯めるイデコみたいなやつとか、
あれになると本当にいよいよ500年前の人とか意味わからんのちゃうかと思ったりするのよ。
60のために今から金を貯めて節税になるからやる?は?みたいな不思議な何かな気はするよね。
リズムで考えると合理的なんだけどさ、
そもそもそんなことを考えているところ、
そう考えるならそれは合理的なんだけど、
そもそもそれを考えているのは正しいことなのか?と言われると、
はてどうでしょう?ってなるテーマの一個な気がするね、イデコ。
私さ、イデコとか兄さんとか始まってからさ、
投資が恥ずかしいものじゃなくなった。
もともと恥ずかしいものじゃないと思ったけど、
ボーボーと投資ハマってますみたいな、ニュースピックス最高ですみたいな人増えたなって思って。
そうなんだ。
投資ってあんまり趣味とか言わない方がいいものって思ってたわけ。
ハックの一つにしか過ぎないし、あんまり品の良いものじゃないみたいな。
分かるよ。
なんかこの数年、定期的に投資が趣味でニコニコみたいな人増えたなと思ってる。
その人なに?俺あんまいんのかな?
俺が無視してるだけなのか?
会った時にその人たちはどういう顔をしてるの?
投資が趣味でっていう時に。
本当に私が感激が趣味でっていうテンションで言う。
あー、へー。
なるほど、面白いね。
少し関係になってる。
でも、近代化社会の行き過ぎた結果の一つな気がするよね。
する。
人間の道具化を人間が意識してないかゆえの事象の一つな気がする。
そうだね。
聞いてて一瞬思ったのは、