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フロム『自由からの逃走』 #3
2026-05-05 32:58

フロム『自由からの逃走』 #3

#3では、自由の話がさらに手触りのあるところまで降りてきます。会社員であることをどう引き受けるか、自分の意志で何かを動かす感覚はどこで手に入るのか、蓄財や自己最適化は本当に自由と呼べるのか。みきにとっての演劇の話ものぞみにとっての怒りの話も、どちらも「外側の仕組みに回収されないものを持てるか」という問いに触れているように聞こえます。最後にはタイトルそのものの含意まで立ち返りながら、『自由からの逃走』という本の射程を、それぞれの実感のほうへ引き戻して終わります。

感想

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サマリー

本エピソードでは、「自由からの逃走」というテーマを掘り下げ、現代社会における自由の捉え方について考察します。特に、会社員としての立場や、蓄財・自己最適化といった行為が真の自由と呼べるのか疑問を呈します。みきさんの演劇の話やのぞみさんの怒りの話は、外部のシステムに回収されない「自分自身のもの」を持てるかという問いに繋がります。また、戦争を望む若者の心理や、人生は他者に決定されていると絶望することで納得する考え方について触れ、それが「楽」であることの危険性も指摘します。さらに、無力感とどう向き合うか、そして「しない方が良いと思われます」というバートルビーの言葉に象徴される、消極的な自由のあり方を探ります。最終的には、積極的自由とは何か、それは自己の非合理な衝動に従うことであると定義し、自由からの逃走というタイトルの含意を、自分自身の自由への問いとして深く掘り下げていきます。

戦争と若者の心理、人生の諦め
あ、コーヒーのメカニズムのところでも選んでるね。189ページ。
これ、なんで…なんだったっけな、このさぁ。
あの、これも大学の別の一般教養の授業で、見た気がするんだけど、
その、報われない若者にとっての最高の復讐は戦争なんだっていうのを言ってた授業があったのよ。
さっきのMikiさんのやつも多分極端バージョンなんだけど、もう自分以外のやつも不幸にしてやりたいし、
なんならこの社会システムごとぶっ壊したいし、っていうのがある時に、それ自分が仕掛ける側でも仕掛けられる側でもいいんだけど、
戦争というのは一つの副因なんだっていうのがさ、出てきて、そんなこと思ったことなかったわけ。
若い男性、特に男性みたいな文脈で言われてた気がするんだけど。
へぇ、逆じゃない?戦争が終わった方が幸せになれそうじゃない?
いや、なんか、なんだろう、
接着化した何かっていうのを一回戦争でガラガラガラってやるんだみたいなさ、
へぇーって思ったのよ。確かにその論理もあるかと。
で、同じようにその戦争を望んでいる時に、頑張って戦争しようぜって今はもう言えないじゃない?
一昔前はそういう思想の下さ、改革だとかやってる人が多分世の中にたくさんいてさ、秘密結社がたくさんいて、
あれだったと思うけど、そういう人たちはもうなかなか支持を得られないからさ、
心の中にはそういう感情があってももう言えないじゃん。
そうするとこの189ページにあるみたいに、
この自分の人生っていうのは誰かによってもう決められていてっていうことに暗中しながら、
そういうもんなんだって、絶望することで納得するっていうのをさ、
やっている人って多いんだろうなぁと思って。
まあこういうもんだろうみたいな。
でも確かに、私もどっちかって言ったらこういう考え方なのかもしれない。
っていうか、ナチュラルだったらこういう考え方になってしまうから頑張ろうみたいな感じに思ってるかも。
さっきの三木さんが言うとこの引力がある考え方としてってこと?
引力のある考え方だと思う。
自分の人生が自分と関係ないところの力によって決定されているっていう確信?
だからもうこれに服従するしか幸せになる道がないっていうのは、
私は引力のある考え方だと思う。
つまり私は引力を感じるってことね。
それに引力を感じない人はいないか。そりゃそういうもんだよな。
まあだから楽なんだよ、こういう風に考えると。
まあだってそういうもんだしなって思った方が。
楽したいじゃん、人って。
っていうそれだけなんだけどね。
「人生はそういうもの」という考え方と無力感
でもこの考え方に復復するのは、
若い時に仕事が終わらなくて、
あ、後日働けばいいかって思った瞬間に楽になるっていう感覚と近い。
もう一回言って。
こういう考え方に、
人生そういうもんだからな、
そういう時代だからしょうがない、しょうがない、みたいなことで済ませてしまうことは、
仕事が終わらない時に、
後日働こうって思った瞬間にめっちゃ楽になる感覚と似てる。
でもその時ってさ、
負けた感があるってこと、ちょっと。
そのでも負け方もさ、別に、
その後日働けばいいか以外の負け方もあるじゃない?
いやこんなの別にやらなくたって一緒みたいだったって、
給料入ってくるもんみたいなの、
クビになるわけじゃないしっていう逃げ方もあるじゃない?
それとはみきちゃんは何?
線の引き方があるわけ?
私なんかやらないっていう選択肢があんま無かったかも。
そこは突然の武闘派?
なるほどな。
いやその時にさ、
私にこんなことをさせる会社なんかなくなっちゃえばいいんだっていう人もいればさ、
私にこんな無理をさせる上司なんていなくなればいいんだとかさ、
ってなる人もいるんだよね。
先輩はこんな風に気に残ってるからこういう言い訳を使おうとかさ、
根っこの感情が同じでも全然対応が違うっていうのは、
面白いよね、この自由の手放し方というかさ。
でも何をするにしてもこういう性格の人は、
その行動の根本には無力感があるっていうのはもうちょっと分からない。
だから無力感があるから土日に働けばいいかみたいな感覚が似てるんだと思う。
その負けた感。
でもその無力感あるの嫌だから頑張ろうみたいな感じだなって今思った、改めて。
なるほどね、なるほどね。
無力感そのものが前提というよりかは何とかする対象に入ってるんだ。
そう、に入ってるんだなって改めて思ったわ、私の場合は。
それはなんか結構大事な感覚だよね。
無力感とか、あらゆるシーンで無能感というかさ、
自分なんて大したことないなみたいな感覚を固定化させちゃうかさ、
何とかできるもの、何とかするものと扱うかっていうのはね。
だって多分自分って大したことないんだよ、どう頑張ったところでみたいな。
普通に考えたら戦争とか止められないし。
踏み出せる止めも限られてるしみたいな。
だから、っていうことに絶望しないことは大事って本当だよね。
演劇と自己指導、ライスワークの意義
そうだね。
えみきさんがメモで書いてるさ、この演劇の授業っていうのが、
積極的自由獲得筋トレってそういうことなのかなって思った。
結局サラリーマンが無力、厳密な意味でほぼ無力であるってのは
現実としてしょうがないんだけどさ。
それをどう向き合うかは選べるし、
向き合い方が多分幸福感とか充実感の根源だからさ。
っていうのがすごくこのところで。
えみきさんそういうことを書いてるのかなと事前に読みながら思ってた。
この本を読んで改めて、何で私がこんなに頑張るんだろう、
お金ももらえないのにみたいなのを思ってたら、
自分自身も演劇とか好きなことしかやらずにライスワークだけやってると
無力感がすごすぎるから嫌なんだろうなってことになると。
いいわけで、無力感に抗う理由として、
理由って靴に抗ってる理由が、ライスワークができる理由が、
このライスワークのおかげで時間的に余裕が割れるから
好きなことができてるっていうストーリーになってるなって思う、自分の中で。
だから無力感がなくて済んでて、
お金をより稼げた方がいいから全部ライスワークにしようだと
その無力感で私は死んじゃうだと思う。
それは抽象的な自由としての金銭がいかに口座に積み上がっていこうと。
そうそう、その方がお金がどんどん溜まるんだけど、
それだと消極的自由しかなくて、無力感で絶望しちゃうだと思う。
演劇な、なるほどね。
演劇って好きなこととか、自分的にやろうと思っている意義があることとかでいいと思うんだけど。
ちょうどさっきが演劇事業頑張ってこうぜブレストだったんだけど。
演劇事業頑張ってこうぜブレストでジョン・デューイの話してたの?
文化ですな。
なんかそのやりたい理由が、私自身がライスワークとやりたい仕事みたいな形でどっちもやれるようになったら、
結局ライスワーク側の仕事もできるようになった感覚があるのね。
仕事ができるようになったってこと。つまり演劇をやったら仕事ができるようになったってことで簡単に言うと。
それ何かって言うと、自分の価値観、スペースで物事を動かすっていう経験をすると、
会社の仕事って普段は言われたことをやるとか、空気読んで適当に適応するっていうことしかないけど、
演劇の仕事って自分の意思で自分自身が指導して動かすっていう感覚があるから、
それ結構難しいじゃん。
その難しいことをやると仕事がすごい簡単に覚えて、仕事の中でもそういう自己指導で何かを進めていくっていうことがやりやすくなるのね。
そうすると、物事を動かす目線、自分指導で何か物事を進めていくっていうスキルを身につくから、
結果として仕事ができるようになるのかなっていう話をした。
自分の価値観で人を巻き込む、何か人を動かすってことが超難しいから、
それをやった後に、それをちょっと仕事に適応するってことがすごい楽なのかな。
バートルビーの「しない方が良いと思われます」
なるほどね。
みきさんが言う自分主導っていうのって、会社の中だとどうなんだろうね。
みんなやっぱり難しいのか、自分主導で何かするっていうのは。
難しいっぽい。
そうか。
どうぞ。
ビジネスパーさんって結構ドリルみたいな感じじゃない?仕事って。特にJTC社員って。
ドリル?
アナログドリル。学習ドリル感ない?仕事が。
あるのかもね。あるのかも。
自分主導で何かをやっていくみたいな経験がなくて、ただ自分主導風社員っていうのがいて、
論理的に考えたらこれをやった方がいいからやろうって言って、論理で自分主導仕事をやってる人がいて結構出世するイメージもあるんだけど、
そこに対して、そうじゃないにしても自分の価値観から何かを物事を動かすっていう経験があると、仕事にも効いてくるっていうのはあるかなって。
なるほどね。
危機に強い社員になるっていうか、会社の経営が急にボロボロになったり、もしくは自分が退業したり、自分の家族が急に事故に巻き込まれてしまったみたいな時とか、
自分の足元がボロい時にも生まれるんじゃないかっていう感覚。言ってることわかる!とか重症的だけど。
おもて裏でどれくらい私がすっと理解できてるかはあれなんだけど、このメモの一番下に書いてるバートルビーっていうのを読んだのよ。
これミキさんが勧めてくれた岩波の世界かどっかに、どっかの段階でバートルビーが云々みたいなのを書いてる人がいて、面白そうだなと読んでみようと思って。
このメルビルの短編小説なんですよ。200年くらい前に書かれた。話はめちゃめちゃシンプルで、ウォール街にある法律事務所の所長さんがいて、その人が新しくバートルビーっていう若者を雇いましたと。
すごく仕事にも熱心で、「いいじゃんいいじゃん!」と思ってたら、ある日、「バートルビーくん、これ郵便局に出してきて!」みたいな話をしたら、「しない方が良いと思われます。」みたいな。
この、「しない方が良いと思われます。」っていうのがあらゆる所に出てきて、いろんな物事がおかしくなって、ふんわりとした話をしてたんですけど。
この、「しない方が良いと思われます。」っていうのは、三木さんが言う、すごい不思議な自由との向き合い方なのよ。
やりたくないでもないし、やるべきでないでもない、やらない方が良いでしょうっていう、すごい不思議な論理の中で生きてる人がいると。
たぶん、私も大きい会社の社員の人とか見てると、やりたくないと思っている人もいるのかもしれないけど、やるべきかどうかとか、やりたいかどうかじゃなくて、
難しいんだけど、やらない方が得かどうかみたいな、すごく複雑な判断基準で考えていらっしゃる人が多いなと思う時があってさ。
潜在的にはそう思ってても、もちろん口では言わないんだよ。口では、こういう理由でやらない方が良いと思いますとか、ルールが違うのでとか、みんな言うんだけどさ。
このバートルビーの人が言う、「しない方が良いと、しない方が良いのです。」みたいなやつってさ、埋め込まれた論理としてあって、たぶんミキさんが言っているライスワークじゃない演劇の事業の中にはそういう論理ってないんだろうなって思いながら、私の中では一つ引き出しの中に入れたっていう。
やりたくないままあるじゃん。しない方が良いのですっていうのってさ、意味わかんないんだけど、自分からすると。でもこういう人いるなぁみたいな。
この人、やりたくないと思っているわけではないけど、しない方が良いって思っていろいろやってそうみたいな、ちょっと難しいんだけど。このバートルビーすごく良い短編小説だと。
複雑さの追求と「偉くなる」ことへの疑問
最後の引用を読んで終わりにする?
そうしようか。ちょうどこの275話の問題をとにかく複雑で、普通の人にはわからないぐらい、ごちゃっとさせるっていう人っていると思うのよ。
これもうめちゃめちゃちょうど良くないんだけど、今日読んだ記事の中にさ、物事をシンプルにする奴は偉くなれないっていう記事があってさ、ちょっとそれ探すわ。めちゃめちゃ面白かったんだよな。
シンプルさで昇進する人はいないっていう。
まずこのサイトの名前がTerrible Softwareっていうのが最高なんだけどさ。
すごいね、どうやって見つけたの?
どうやって見つけたの?誰かがニュースレターかなんかで紹介してたんじゃないかな。
それの冒頭がさ、エドガー・ダイクストラっていう人の引用なんだけど。
シンプルさは素晴らしい美徳だが、それを実現するには努力が必要であり、その価値を理解するには教養が必要である。
さらに悪いことに複雑なものの方が売れるのだっていう。
売れる、よく売れる。
みんなさ、とにかく複雑にして、ちょろちょろってやって適当に売るっていうのが好きなんだなと思ってさ。
ここからはただの感情だけど、そういうの超嫌いと思って。
すぐにやろうぜってさ、思うんだけど。
みんななんか、そうなんだよな。複雑にしたいんだろうね。
シンプルにするのをサボってるんだろうけどね。
シンプルに説明できない人は専門家じゃないみたいなやつもさ、私はそれって嘘だと思うわけ。
それでできない分野なんてもうバカほどあるしさ。
数学とか物理の世界に難しいことはたくさんあるから、そういうことを言いたいのではなくて。
お前それ不要に複雑にしてるやろみたいな。
不要な専門用語を使ってありますよねとか。
明らかに人に分からせようと思わずに喋ってますよねとかさ。
そういう人本当に漏れなく嫌いっていうのがちょうど出てきて。
なんでかなと思ったけど、この記事を読んで。
そうか、複雑なことを言ってる方が偉くなれるのか。
ああっていう気持ちに白社がかかったというのが最後ですかな。
会社員という消極的自由と不動産投資
だからやっぱ、消極的自由の中で自分を安定化させてるのよ。
日本は特に会社という消極的自由をめちゃくちゃ活用してるなって。
会社員であるっていうことをめっちゃ活用してるっていうか。
そうだよな。
会社、なんでそう思ったんだっけ。
会社員であるって消極的自由だよね。
そうなんじゃない?そうだと思うよ。
そうだと思う。
でもこれまだ複雑なやつしか表現しないっていうのがさ、
この会社員という仕組みをハックした結果じゃない。
そうだね。
だからか、俺大学の時いい奴だなと思ってたけど、
そいつはバカで会社でまだ働いてるんだけど、
余信フルで使って不動産投資やってるのを見て、
だんだんに嫌いになってるの、そういうことだったのかな。
そういう人はどうやったら好きになれるの?
まずその不動産投資やってることを言わないこと。
SNSで発信しないことね。
あーSNSで発信してるんだ。
がまず1位と、あとはそうだね、
飲む酒も選んでほしいね。
ワインとかにはまらないでほしいね。はまってるけど。
パッケージなんだもん、全部。
それはしかも映え意識のチョイスだからでしょ?
そうだね。
基本主義の道具の中では高級な道具になれた俺っていう。
そうだね。何にしてくれたら好きになるだろう?
でもそれこそみきさんが、じゃないけど、
一から、初心者から演劇勉強し始めましたとかだったら、
すごい好きになると思う。
絶対に自分が最下位じゃん。始めたら。
その中でも、
それって自分のできなさとめちゃくちゃ向き合う時間でしょ?
今あるポジションのできることとか、それっぽいことを積み上げていくんじゃなくてさ、
自分のできなさとめちゃくちゃ向き合う時間がその人にできたんだったら、
すごい好きになると思う。
なるほどね。
積極的自由と怒りの意味
そういうのをやるのが私の中では積極的自由なのよ。
誰に説明するでもない、その人の中にしかない非合理な衝動というのがあって、
それに従うというのが私の中では積極的自由の行事なわけ。
意外的なことを忘れて自分の意思だけで行動することだもんね。
行動する自由があるからそれをやることだもんね。
そうなのよ。
別にその人が不動産投資15件持ってるやつを16件目に手を出しましたっていうのは、
私の中では自由でもなんでもないわけ。
本人としてはわかんないよ。
自分が持っている権利の中で大事な自由を行使してるっていうかもしれないけど、
それとは私の中では、とても積極的自由とは思えない何かになってしまうな。
それでまた演劇に目覚めて、劇場を買って大成功したらまだ好きでいられる?
別にそのこと自体は関係ないかも。
大成功してくれたら成功として大成功してくれたらいいんだけど。
建造エステートが建造で成功してワイナリー作ってワイン売ってるじゃん。
その建造は好きかっていう話なのかもしれない。
好きかも。それは全然いいと思う。
結果としてついてくる蓄財は関係ないってこと?
そう、それは全然関係がない。
劇団やってる時に、劇団を始めて演劇が上手くなるとか、
努力の代わりに、私は演劇もやり始めているんです。
っていうので、本体の会社の中で地位を上げようとするムーブとかやり始めたら終わり。
なるほどね。
それはお前ずるいじゃんっていう。
なるほどね。
今言ってて思ったけど、これ1回目読んだ時から心が成長してないのかもしれないね。
同じところで怒ってる気するもん。
むしろ怒りはソリッドになってきてるんじゃない?
自分の思う方向でアクションを取り続けて生きてるわけじゃんか。
自分の行動自体が働いてきてるんだからさ。
だからその分怒りが強くなっててもおかしくなくない?
自分のアクションのベクトルと差分が広がっていってるわけだ。
まあね。
これでもちょっと難しいのがさ、自分のアクションを正当化するために怒りのボリュームを上げ始めたら人間として終わりじゃんっていう気持ちもあるわけ。
お前の自己正当化やないかい。
ちょっと私が怒りがどう超えたらミキさん言うてな。
でも怒りの積極的、積極的怒りの権利もあるよね。人間には。
まあな。
でもどう超えたらいいよね。
ありがとう。すごい助かる。
そして今思ったけど怒りってさ、積極的自由の人にも怒りってあるのか?
あるか。
グッドポイントだけど私の中ではないと思うよ。
私の中では2つで、絶望とファッション怒りはあるんじゃない?
そうそうそうだよね。やっぱそうだよね。
絶望になるし、戦争反対って駅の前でやってるタイプの怒り。
言ったらパフォーマンスとして怒っていることを誰かに示すっていうあれしかなくなっちゃうんじゃないかな。
サイド表明としての意思表示としてのね。
それも別に大事なんだけどね、それでも怒りじゃないでしょうっていうやつしかないんじゃないのかな。
自由からの逃走、そして怒り。
そして怒り。
「自由からの逃走」のタイトルの意味:Freedom vs Liberty
自由からの逃走ってすごい良いタイトルだね。
結局、自由から逃走しまた自由へ行けっていう話やん。
それよりも結論は言わないタイトルっていう。
そうだね。
死になる自由の気球とかになっちゃうとちょっとくどいもんね。
我々に本当に必要なのは積極的自由だとか積極最下。
これさ、英語の訳というかさ、Escape from Freedomって書いてあるんだけどさ。
俺Escape from Libertyじゃないんだって思ったのよ。
全然英語のことわかんないんだけど。
高校かなんかの時に身体的自由がフリーダムで、精神的な自由がリバティだって。
なんかアホみたいな訳をさ、聞いた記憶があるんだけど。
どっちかっていうと精神っぽい話なんだけど、フリーダムなんだと思って。
今チャッピーに聞いたんだけど、リバティは外的な制約がない状態の自由で、
フリーダムは主体的、内的に主体的である状態。
そうそうそう、Escape from Libertyじゃない?
うん、の方が良さそうな感じするよね。
Escape from Liberty into Freedomじゃないの?
なんかあれかな、この100年でニュアンスがまた変化したのかな?
実際に、リバティは積極的自由で、積極的自由はフリーダムだって書いてある。
チャッピーによるとですよ。
なんでEscape from Libertyじゃないのかっていうと、
そうすると外的なものから逃げてる、権利や制度から逃げるっていうことになってしまうけど、
結局自由からの闘争でも逃げてるのは自分自身だから、フリーダムって言ってる。
Escape from Libertyだとそういう外的な条件から逃げるみたいなニュアンスになっちゃうから、
それは問題設定と連れるからリバティになってる。
常にリバティなのにそれでも逃げている。
主体だからフリーダムを選ばれてますって。
今、本の方の客注とかにどっかないかなと思ったけど、
一番最初に引用したジョン・デュイの、我々の中に戦場があるんだって言ってるやつも、
英語のタイトルはフリーダム&カルチャーだって。
主体の話をするときはフリーダムを選ぶ。
リバティは条件的に満たしている自由みたいな感じらしいね。
一つ勉強になりました。
次の読書:風刺家伝とブロッコリーレボリューション
いい問いでしたね。
マジで何にしようか覚えてない。
次何にしよう。
次の本何か選ばなきゃなとすら思ってたもん。
みきさんもう権利をあげよう。
いいよいいよ選んでよ。
そしたらあれになっちゃうよ。風刺家伝原因第5役になっちゃう。
風刺家伝後多よ。
本当?じゃあそれする?
風刺家伝後多でいいよ。
岡田斗司機がエラックスした。
でも本当にパフォーミングアーツのように風影吸収っぽいよ。
こういう時どういう風に舞台に出たら良いのですか?みたいな。
そうなんだ。
大丈夫?風刺家伝でそういうやつじゃない?
あれ?私が買ったの違うやつか。
こっち。私違う方買ってたわ。
逆に何を買った?
水野さんの。水野さん。水野里史さんかな。
現代語訳を買ったんだけど。
こっちね。2026年2月24日。
面白い。
見せる、演じる、バズらせる。600年代の秘伝がここに。っていう帯が書かれてる。
これ周りでちょっと面白いっていう噂もある。
でもさ、うちらどっちも演者じゃないじゃん。
だから読めるかな。
いいんじゃない?
他の人がこれを見て何と言ってるのかも知りたいよね。
それだったらパフォーミングしてる人は独特の感性があるわけだよね。
一旦読んでみようか。それで分かんないねとか言うなら読む。
でも私よくこの風刺家伝の中に出てくるかどうか分かんないけど、
ゼアミの言葉として言われてる
してみて良きにつくべし、せずば善悪定めがたしっていうのが出てくるらしいんだけど。
とりあえずやってみて良かった方を採用しましょうっていう。
それめちゃくちゃ日常で言うからそれが出てくることを期待してる。
岡田斗司機ってめちゃめちゃ作風は身体的なんだけど、とにかく言語感覚が超ソリッドでめちゃくちゃ文章が上手いよね。
だから読みやすいついとは思う。
現代語訳風刺家伝の一個前がブロッコリーレボリューションだもんな。
ブロッコリーレボリューション面白いよ。
ちなみにタイのホテルか何かの名前。
ブロッコリーレボリューション?
タイのプールでぷかぷかしながら、いなくなっちゃった彼女のことを思い出すみたいな話。
面白そう。
じゃあ現代語訳風刺家伝読みつつ、それ終わったらのぞみさんが2冊連続でいきましょう。
そうしましょうか。
じゃあいい春をやっていきましょう。
ありがとうございました。
じゃあね。
ではでは。
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