「揚げる」と「沈める」:言葉のズレから文化を読み解く
というので、私はその社会は一種類の安定しかないのかっていうのが面白かったのと、ちょっと前半ばっかりになっちゃうんだけどさ、日本人は内向きだみたいな話とか面白いなって思った。
今となっては、そんな日本人はとかあるかなとかも思ったりとかするのも含めて面白かった。
このMikiさんが言ってるやつさ、なんかノコギリが海外だと押すけど日本だと引きますみたいなやつ。
アベコベな国、日本中のがございましてっていう紹介なんだけどさ、私このエッセイで一番びっくりしたのさ、
海外の人って天ぷらを沈めるって言うんだっていう。 ああね。
揚げるよね。 絶対揚げるじゃん、あんなの。
絶対揚げるけど、どこだっけ、フランス? フランスでは天ぷらみたいなやつを
プロンジェっていう、沈めるっていう表現の代わりに日本人ってのは揚げるっていう表現をするんだって言っててさ、
確かに私たちその
美味しい天ぷら屋さんの紹介動画を仮に見るとするとさ、 絶対カラッと揚がったところじゃない?
うん。 海外のプロンジェの沈める人たちってあれかな、端揚げとかもないのかな?
沈めてるところでうまそうって思うのかなって思いながら読んでた。 そういうわけなくない?
それだったら上がってるところでうまそうって思ったら揚げるやんか、それ。
沈めるところうまいと思ってんのかな、みたいな。 ジューってやってるところでさ。
カラッと揚がりましたでいくやん。 沈めるところで。
海外行った時にさ、端揚げみたいな映像見たことある?
ないかも。 ないかも。
あれなのかもよ。だから端揚げはもう日本人以外が見ても全然うまそうに見えないのかもよ。
もはや天ぷらが文化として通じすぎちゃって。 さすがに。
もう今の人たちは天ぷらを揚げるって思ってるかもしれないけどね。 本当?
沈んだ生化物だと思ってない? どうなんだろうね。
海外の人に会うタイミングがあったら聞いてみると、どっか会うタイミングがあるから。
ここでさ、日本人は内向きだということを置いといて、
日本人の自己認識:原因ではなく結果としての「自我」
これ同じだわ、私好きになったところ。 日本人は主体を原因にしてあげる代わりに結果とみなすって。
日本人にとって自我っていうものは結果として自我なんだ。 結果として主体なんだって書いてあって、それすごい良いこと言ってるな確かにって思ったわけ。
結局私は同じところを良いと思ってた。 原因と思っているものは結果ですって、あなたは原因と思っているものは結果ですって言うところばっかりめっちゃ良いと思ってた。
日本も西洋だと事故から始まって、我思う上に、私はこう思う、私はこう考えた、こう考えた、こう考えたからこうだっていう流れだけど、
日本人はまず場とか環境とかがあって、そこかなーって考えて最終的にこういう自分になりましたみたいな風な流れです。
だから自我っていうものは主体、原因ではなく結果ですって書いてあって。 本当その通りだなーって。
自我が人々が目指して憧れの中心になることはないって書いてあって。 本当そうっすねって。
社会の中で、社会や職業集団の中で自分の範囲が狭められ限定されていく中で最後に自意識が生じる。
この自立という西洋の先入観に相当するものを日本で探すのならば、フチという語が指す、指し示すものである。
個人の中で事故規定を常にしている。 結果として。
結果だからね。原因中よりかはね。 あ、そうだ、それで、その時に、だから日本人ってそういう結果として自分があるから、つまり結果としての自分があるってことは、
常に外側に何かしら絶対的なものがあるから、 そこをよりどころとして自分ってものを作っていくわけですって。
骨格を付与していくんじゃないでしょうかって書いてあって、なるほどねって思った。 自分が絶対的な存在で原因であって、ふわふわした周りに影響を与えるというのではなくて、
逆に相当にカッチリした何かがあって、それに影響を受けながら絶えず変動している自分というものが存在をしている。
集団創作と文化の特性:日本のコンテンツとバラエティ番組
なんかさ、これさ、ちょっと違うかもしれないんだけど、 個人、ちょっと偏見ね、個人的に思ったことがあって、やっぱりなんか日本って、
IP強いとか言われてさ、コンテンツ強い、アニメ強いとか言われてるけどさ、結局さ、売れてるものってさ、一人、漫画とかさ、一人で作ってるもの多くない?って思ってて。
で、なんか集団で作ってて、めっちゃすごい。海外だったらさ、ストリンチャーシンクスみたいなさ、ちゃんと集団芸術でさ、めっちゃスケールでかかったりすごいものとかあるけどさ、日本って集団創作でめっちゃヒットみたいなものはあんまない気がしちゃってて。
なんか、だからそれってやっぱ日本人って外側からを拠り所にして、基本的にはこうやっていくから、集団だと弱くなっちゃって、結局その、
集団から抜けた子になった時にちゃんと言いたいことがある人がだけがちゃんと面白い物語を作ってるんじゃないの?って。
へー、それ、何だろう。日本以外で例えば集団で面白いもの作ってるって、何、その、A24の映画ってやっぱり毎回いいよね?みたいなこと?
とか、韓国だったらさ、スタジオドラゴンっていうさ、脚本家のさ、集団みたいなのをさ、作って、もしかしたらアジアは日本と近いのかもしれないけどね。
でもなんかそういうスタジオドラゴンみたいなヒットドラマを再生産する仕組みとかさ、あったりとかさ、するし。
あとなんかドラマ見てて、普通にネットフリックスでドラマとか見てる時って、日本のドラマで大ヒットみたいな先あんまなくない?
あー、そうねー。結局このパワーで、新海誠、宮崎駿とかになっちゃうもんね。
そうそうそうそう、めっちゃ強い、こう、バカじゃんって思ってる時に、これちょっと単純に私が勝手に偏見で寄せてるだけかもしれないけど、
なんかバラエティの記事で、なんか日本はめちゃくちゃバラエティ番組のパッケージが強くて、海外にめっちゃ輸出されてて、逃走中とか、マネーの虎とか、
ドキュメンタルとか、日本のバラエティ番組のパッケージの輸出が超多いですって言ってて、だから日本って外側に寄りかかって、外側から何かを判断することは得意だから、
集団で作るとバラエティのパッケージみたいな、寄り所みたいな枠を作るのは超得意なのかなって勝手に思った。
クイズ・ミリオネアは発明するんだけど、クイズ・ミリオネアのベストカーみたいなやつは別に日本のやつじゃなくて、海外のやつの面白いやつ全然あるよね。
そうそうそうそう。
なるほどね。
集団になっちゃえばあるほどパッケージしか作れなくなっちゃうみたいな。
そこはあるのかなって勝手に思ったけど、それをチャッピーに、この仮説どう思うって聞いたら、
なんかあなたの仮説は単純に外側の行動だけ真似てるだけ、リビストロースのメッセージがもっと深いところにあるから全然違いますって言われたんだけど、
お叱りを受けてるじゃない。
だけど思いついたから言うね。
ありがとう。
他の人のチャットGPではどうやらもっと寄り添い型らしいけど、みきちゃんのやつはだいぶハードにしやがって。
全然違いますって言われた。
なるほど。
中心の移動と権威:日本の家族観と西洋の価値観
ちょうどこれさ、この本読んでる時に私、前の収録の時にも話したかもしれないけど、パールバックの第一をずっと読んでて、
第一の最終巻、文庫で4巻まであるんだけど、4巻を読んでたのよ。
で、舞台は中国の半岐省とかなのかな、だいぶ奥の方なんだけどさ、
そのなんか、なんて言うんだろう、もう儒教のど真ん中みたいな家なわけ。
下府長がいて、その人が家一家を取り引きってうんぬんうんぬんみたいな。
その人が亡くなりそうになったら、みたいな話をしてくんだけどさ、
ちょうどミシさんが言ってるこの、日本がちょこちょこ出てくるこの〈まるで安倍コベ〉ってエッセンの中に、
日本では老人は家長を退くと権威を失い、もはやおもんじられなくなるって書いててさ、
第一ではもう、家長を退いてももうおじいちゃん超偉いわけ。
そのある陰居しても。
でも確かに日本の落語とか見てると陰居もものすごく馬鹿扱いされてることめっちゃあるなと思って、確かにそうなのかもなぁと思って。
だから家族と社会みたいなところが絶えず最中心化?中心をもう一回据え直して決めに行くってことをずっとやってんだって書かれててさ、
確かにその個人に何かを不するというよりかは、この人がじゃああの家長から変わったら次この人、次この人とか。
逆に台所には男性入んない、ここの場ではお母さんとかさ。
その場とかタイミングとか時間によってどんどんこの中心が移っていくっていうのは確かに言われてみたらそうやもしれるなぁみたいな。
もちろんずっとトレンドとして、自分を強く持とうみたいな主体的であろうみたいなメッセージは今のメッセージだと思ってるけど、
例面とこういう雰囲気は持ったまま暮らしてるなって思った。
もうちょっと西洋っぽい価値観は超流れてきてるけどね。
生と死の感覚:ボロロ族の世界観と身体装飾
私が一番本間かって思ったところの話していい?
うん、して。
このさ、民族学者の宝飾品っていう、110何ページだろう?
Kindleだとちょっとわかんないけど。
1991年に書かれたエッセイでさ、その中でブラジルのボロロ族っていう民族が紹介されててさ。
そのブラジルのボロロ族にとっては、生きていることは硬さ、死ぬことは柔らかさを内包するって書かれてたのよ。
うんうん。
マジ?って思ってさ、逆じゃない?って思ったわけ。
生きてる方が柔らかくて死ぬと硬くなるんちゃう?みたいな。って思ったわけ。
ま、っていうこの初手の違和感と、同時に、だからボロロ族ってその、生は硬さ、死は柔らかさを内包するっていう観念を持っているように観察されるが故、
柔らかい部分にとにかく硬いものを付けるっていうことをすることによって、死を遠ざけるってことをやるんだって。
うん。
だから耳たぶとか唇とかにめっちゃ硬い石とか金属を付けるわけ。
うんうん、ブサセだよね。
ピアスじゃんって思って。
あ、じゃあ何?世の中のピアスやってる人って、生は硬さ、死は柔らかさだと思ってるわけ?って思ってさ。
その、仮に生が硬さ、死は柔らかさだとすると、柔らかい部分をちょっと硬いもので補強しとくかっていうのってすごい自然な考え方じゃない?
うんうんうん。
あれ?俺世の中のマイノリティなのかも?って思ってさ。
なんだけどこの部分読んでる時にちょうどオーディブルで中島ラモの今夜すべてのバーディを聴いててさ。
途中16歳の子の子が死んじゃうんだけど、すごい硬い表現なんだよ。死んでる遺体の表現とかは。
うんうんうん。
当然死後硬直とか硬くなるって言葉もあるからさ。
あれ?中島ラモはこっち派?みたいな。アルチューはこっち派か?って思ってさ。
うんうんうん。
この生は硬さ死は柔らかさっていうのがなんか私すごい読み終わった後の一番の独語感にあってさ。
へー。
ミイキさんってどっちに対応させる?生死と硬さ柔らかさ。
なんか難しいけど、私も死体は硬いってイメージあるんだけど、死んだら精霊とか魂とかになるっていうイメージあるから、そういうフネフネしたものっていうイメージもあるんだよね。
で、生きてる方が肉感があってズッチリしてる?硬いとは思ってないけど。
なるほど。生きてる肉体より魂の方がフワッとしてるだろうってこと?
フワッとしてるってイメージはある。
確かになー。
幽霊みたいな。
確かになー。
霊とか。
確かにそうかもしれない。
だから物質としては死体が硬いけど、やっぱり死はフワッとしてる印象かな。
まじかー。
うん。
ボロロ族派?
だけど、結構このボロロ族面白かったよね。
柔らかいものには硬いものを刺してないといけないから、唇の飾りが取れちゃったら唇がない、耳の飾りが取れちゃったら耳がないって状態だから、
唇の飾りが取れちゃったら、なんか慌ててその辺の木の枝とか探してきてぶっ刺すみたいな。
唇がない状態だとオロオロオロオロしちゃってる人がいっぱいいましたって。
うん。
そんなに?みたいなのがあるよね。
フフフフフ。
ねー。
その、柔らかい部分の中でも特にその穴空いてるところは一番攻め込まれやすいところだから、
その道具が見張り板をするんだっていう。
うん。
だから前さ、たついの本読んだ時はさ、顔にさ、傷みたいなのつけてさ、民族、私たちは仲間、みたいなさ、印をつけましたみたいなさ。
うんうん。
だからそれともまたちょっと違うよね。
自分を守るための。
うん。
私は生きてますよって証としてのピアスだからさ、顔に同じ飾りをするっていうのと全然違うんだなって。
そうだねー。
ディフェンスとしての宝植物ってことだもんね。
そう、お守りってことでしょ。
うん。
「耳がない」という表現:ピアス文化と自己防衛
で、ブラジルだけじゃなくて、カナダの太平洋側にあるインディアンも、
ピアスしたことがない女性は耳がないっていう言い方をされる。
うん。
だからピアスされるまではもう、なんて言うんだろう、人の話聞いてないっていう。
うんうんうん。
すごい、すごい言うじゃんと思ってさ。
えみきさんピアスしてる?
うん、してる。
あー耳ある、耳あり側。
耳、でも今はしてないけど。
穴が開いてる状態?
うん。
中に何も入れてない状態?
結構今一番やばい脆弱性。
相当やばいよ。
家の中のもの慌てて詰めなきゃそこに。
そうそうそう。
めちゃめちゃここ面白かったなー。
でもなんかさ、例えばさ、今だったらさ、コンタクトしてない状態でさ、生活しちゃったらめっちゃ不安だしさ、
コンタクトしてない状態でさ、同じ体験してたらさ、体験してないと同じみたいにさ、うちら思えそうじゃん?
見えてない状態がってこと?
そうそうそうそう。
うんうんうんうん。
友達がめっちゃ目悪かったとして、今日コンタクトなしだったって言われたらさ、なんかさ嫌だなって思えそうじゃん?危ないなとか。
あーそうね。
そういう感覚なのかな?ちょっとなるべく想像しようとしてるだけだけ。
みきさんはむずいかもしれないけど、男のネクタイとかのほうが近いのかな?
そのコンタクトはもうちょっとさ、物理的機能がなんかあるじゃん?見えるようになる。
うん、あーそっかそっかそっか。
ネクタイはさ、もういらんやん?
そうだね。
いらんけどつけてないとソワソワしてまう男の人って一定割合確かにいるのよ。
へー。
なんか首元が落ち着かんみたいな。
あれほんとにいらんもんね。布着でただ。
うん。
だから多分首元から霊が入ってくると思ってる可能性もあるけどね。
そうだね、なるほどね。
いやそうかって。
だからそれが面白かったんだ。
うん。
いやこの性は固さ、死は柔らかさって考えたことなかったからさ。
でも私も固い柔らかいで考えてなかったこと。
そのフリーハンドでさ、性と死、固い柔らかいどっちでしょうっていうなんかそのみんなで一致させようクイズがあると思うとするじゃん?
うんうんうん。
私も100%性柔らか、死、固でも全員も100人ドン!で一致だと思ってたわけ。
生身と死体だったらそうだと思うけど。
あー、なるほど。そうか。
みきさんは魂みたいなやつも含めて言ってるわけだもんね。
概念としての死者の世界、生者の世界、死者の世界って言われてるから。
なるほど。それは確かに死者の世界の方がホワホワしてそうな。
ホワホワしてそうじゃんって言ってた。
でも見るときもちょっと違うけどね、死体は腐りやすいからみたいなことだからちょっと違うけど。
ホロホロしちゃうっていうのだからちょっと違うけど。
なるほどね。
いやここ個人的にはすごく熱い。
私の日常に何か影響を及ぼすことは多分あんまりないんだけど、この本読んでてめっちゃ面白かった。
うんうんうん。
何が面白かったんですかって言われると全く説明ができない面白い場所。
普遍的な価値:金が持つ揺るぎない魅力
あとさ、ずっと金って価値が高い人だっていうのも面白かった。
金が発見されていない。
うん、当時からずっと。
そんなことある?価値が揺らいでないものって金くらいじゃない?
美人の定義とかがどんどん変わっていくわけじゃん。
うん。
流行の色とかもめっちゃ移り変わっていくわけでさ。
うん。
なんかずっと価値高いものって金くらいじゃない?
その2つあってさ、大事だと思われるっていう社会的価値が高いって話と、その取引価格が高いって話とそれぞれあるじゃない?
あーはいはいはい。
どっちを満たすのって確かに金くらいかもね。
うん。
確かにそうかもね。
水とかさ、水そうだね。水は安くなっちゃったもんな。
インフラになっちゃった、水は。
そうだねー。
水と電気はインフラになっちゃった。
金なー、いまだに金の価格が上がってみんなうんぬんとか言ってるけど、
テニスやってるとさ、一定割合いるんだけど、首に金のネックレスじゃらーってやりながらやってる人日本人でも海外でもいるもん。
うんうんうんうん。
その2つあって、ダサくねーかっていうのと邪魔じゃねーかっていうさ。
そう、スポーツの時はね。でも錆びないから金は。
そういうこと?
うん、錆びないから付けっぱなしにね金。
あーまあそれはいいんだけど。
だからオシャレじゃなくて、付け外しがめんどくさくて外してないだけかも。
あー。あれよ、でもめんどくさいと思えないぐらい長いやつだよ。へそまであるじゃんかみたいな。
あーそう?じゃあオシャレかもね。
で、ドイツのズベレフっていうさ身長2メートルぐらいある実写版ドラキュラ撮ったらこいつがドラキュラだろうなみたいな顔してるイケメンの筋肉マンがいるんだけどさ。
その人毎回試合中とかでネックレス噛んでるの。ずっと。金ネックレス。
なんだと思ってるんだろうってさ。
でも硬いからね、金は。
噛んでも影響なし?
影響はない。
あ、そうか。
あれ守ってんのかな?何かから。
うーん。でもさ実際さ、時計とかさ、友達が買った時計とかさ、いい時計ってちょっと金、純金だったりするじゃん。
する?
そしたらさやっぱ輝きが違うなとか思ってさ、金もいいなって思うイメージ持ってんだよ私も。
いやミキさんやるね。完全に俺欠落してるわ。
あ、ほんと?
なんか一回見ちゃうと私のこのエリアはやっぱ金色なだけだみたいな。
あ、なんか質感が違うみたいな思って。
次買う時計は金にしようとか思ってんだよね。
その違いを認知した後にやっぱり金の方がいいってなるんだ。
そうなるの。不思議でしょ?
はーい。それはなんかすごい引力だね。相応合わせるのは。
ちょうどいい上品なきらめきがあるんだよ。
そのさ、装飾品の中でミキさん昔はいいと思ってたけど今全然いいと思わないみたいなものがたくさんあるわけじゃん。
うん。
こういうメイクがいい、こっちとこっち、私なんかこっちの方がいいと思って、なんであの時私あんなこと思ったんだろう?になることはさ、たぶんあるわけじゃん。
うんうん。
金はないんだ。
そう、むしろなんか全然どうでもいいと思ってた石と金、天然石と金はスピッテル着てるってことかもしれないですね。
でも前までは本当になんかガラス、スワロフスキーとかガラスとか高精度の加工品でもいいじゃんって思ったんだけど、やっぱ天然石とか金とかって魅力あるなみたいに。どんどんなってくる。
いやー。
あのー、ボロロドスのようにね。
宝石ね、宝石と金です。はい。
ちゃくちゃくと向かっていってるかもしれない。
そう。だからなんかこれってやっぱずっとそうなんだとか、面白かったなあそこも。
あー。一瞬話外れちゃうかもしれないけど、年明けから浅井涼さんと、あともう一人、過人の人がやってるなんかポッドキャットが始まってさ。
かとちえ?
そうそうそう。で毎年、オールナイトニッポン1年に1回だけやるやつが、三菱UFJ新宅銀行がスポンサーになって、週一本のポッドキャストやってるんだけどさ。
うんうん。
なんか浅井涼ってDJ松永と仲がいいと。
うんうん。
で、二人で毎回こう、毎年初詣に行くんだけど、その二人で話し合った結果結論が出て、
いや俺たちスピラない中でできることは全部やったって結論になったらしいのよ。
俺たちが新しいことを追求しようと思ったらスピルしかないっていう話になってきて、すごいいいなって思ったっていう、オチも何にもない話なんだけど。
めっちゃいいね。
うん。その、二つあって、スピラないでやれることは全部やりきったって言える精神すごいなっていうのと、
その時に、いやじゃあもう一回スピに入っていってやること増やそうかっていうさ、その二つジャンプがあるじゃない?
うんうん。
でもめっちゃかっこいいなって思った。
このゴロロ族とかさ、さっきのインディアルって。
いや分からんね。
分かんないね。
分からん。でもみきさん石とか金に惹かれてるんでしょ?
うん。やっぱいいなって。
やっぱ引力ですよ。それは、あの、天ぷらを揚げるというか沈めるというかと同じように、みきさんに内在化された何かなって思った。
頑張っていきたいね。