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2026-02-10 27:09

九鬼周造『いきの構造』#3

最終回は、「渋い」と「いき」の差分を、さらに日常語へ降ろしていく回。女性の“渋さ”は成立するのか、樹木希林の「土渋」や年齢・経験量の議論を経て、渋みは“少量で後から効く”山椒のようなものだ、という比喩に辿り着きます。

一方で話題は、失敗談の扱いへ。にじみ出る深みは渋いが、ひけらかす失敗は野暮。NewsPicks的「失敗語りビジネス」を俎上に、想像の余地を残す振る舞いの難しさを検討します。

さらに『いきの構造』後半の「優しさ/哀れみ」論を手がかりに、助言は優しさとして成立するのか、それとも暴力(哀れみ)になるのかを自己点検。「成立しない可能性があっても言いたいか」という判断基準が提示され、粋の核心にある“諦め(軽やかさ)”とも接続します。

締めは、令和でも強度を保つ言葉「垢抜け」。湯上がりの“抜け”や薄化粧の粋、そして「垢」の解像度のズレ(都会の垢抜け/農村の“物理垢”)まで掘り下げ、粋の感受性が現代の身体感覚にどう残っているかを照らします。次回課題本は山本七平『空気の研究』に決定。「日本社会の研究」2冊連続へ。


サマリー

このエピソードでは、女性の渋さや生きの構造についてMikiさんと対話が展開されています。特に、優しさや哀れみの相互関係について考察され、人生における失敗の重要性が語られています。九鬼周造の『いきの構造』第3回では、意気についての深い考察が行われ、対立や諦めの要素が議論されています。また、赤抜けという概念が自己表現やビジュアルとの関連で掘り下げられ、感受性についても検討されています。九鬼周造の『いきの構造』では、赤抜けの感覚や文化が深く探求されています。本エピソードでは、美容や社会の中での赤の解釈に焦点が当てられ、古赤抜けと日々赤抜けの違いが明らかにされています。

渋さの探求
いや、今までさ、私女性に渋いって思ったことないなと、今Mikiさんの話を聞いてて思ったからさ。
この、おっさんで渋いのはめっちゃあるけど、女性ないないときに、
Mikiさんはあるのかなと。なるほどね、やらなきゃ確かにそうだね。
え、あとあれは?ヒコロヒーは?
うーん、なんかどっちかっていうと、私その軸で言うと、生きの方が近いかも。
生き野望の、生き寄りの方が人のヒデとかなんか…
え、あれは?エレキテル連合は?
あれ、むずいな。あれ、むずいね。渋くない?渋くないか。渋いから、渋い女性ね。
だから、芸人になると渋さ、むずいのかな。
あー、ちょっとね、確かに。
でも、笑いと生きってかなり近いとこが出るはずだけど。
あー、だから、やっぱり生き寄りになるんじゃない?
そっかそっか。渋みの軸で言うと、
甘めってこと?つまり。
甘めの笑いをやる人もいるやん。
で、渋めの…
エレキテル連合って渋めじゃないんだから。
渋めかー、渋めなのかなー。
いや、分かる分かる分かる。
むずいねー。
なるほどね。
でも、柳木子は解釈一致ね。
柳木子はすごいわかる。すごいわかる。
だから、あの…
70くらいのキキキリンとかはもうド渋。
あー、渋いね。
年齢が若くて3、40くらいの渋ってのが
あんまり浮かばんから、経験量なのかもね。
年齢がいかんとっていう。
それは一定あるよね。
いや、若いけど渋いよね。
でも、上野千鶴子とかは全然渋くないけど。
まあなー、さらさやなー。
そういうことじゃない、またエネルギッシュな感じな。
私の中でもおドヤ坊やからな。
そう。
上野千鶴子とかおドヤ坊。
そっかー。
いや、私の中では結構この渋身軸が
生体現のためにはさ、
なんとなくこう、生きやなやぼやなはなんとなくあるし、
さすがにそれ芸人やんかもなんとなくあるから、
優しさと哀れみ
生体現をこうさ、日本人らしい生体現を目指すのはやっぱり渋身軸やなー。
甘み渋身軸。
そうだね。しかもイメージとしては
わずかな存在感なのだが、それによってすごく深みが、
いや、なんていうんですかね、幅が広がる感じがする要素を持っているっていう。
まあだから本当、なんかハイボールにちょっと垂らす参照とか、
わかるわー。
わかるわー。
とかのことであって。
うん。
去年買い始め、買って一番良かったもの何かなって考えてたけど、
やっぱりあの、バカクソ高い参照をさ、
はじかみ参照でしょ?
あ、そうそう。最高やったもんなー。
うん。
あれの憧れを考えると、やっぱそうだなー。渋み栄やなー。
だから参照って、だから、
まあ後からふわってきたりとか、とにかく最初の印象と、
あれ後からこんなに大きい気が、みたいなのあるじゃん。
ピリッが来た後に、あ、めっちゃ。
だからなんかその、のぞみさんも喋ってるうちに、
え、なんか意外と苦労してるんだなーとか、
あ、意外とそういうこと思ってるんだーっていう深み。
が、渋みに繋がってくるんじゃん。
じゃあテニス授業とか大失敗してみる?
2億ぐらい借金こさえて。
常に大失敗はなー、すぐそこにいるからなー。
でもまだしてないじゃん。
人生の失敗が多い人生ですよ。
うん。
死ぬような失敗はもちろんないけどさ。
たくさんあんねんね、いろいろ。
じゃあそれを、にじませる?
でもそれこそさ、失敗してねー、俺こんなのがーっていうのもさ、
なんかある種、ストーリーの流行りやんか。
私こんなにダメだと思うから申し上がりましたとかっていうのがさ、
ニュースピックスなんちゃら、なんか動画とかだってさ、
そういう構造がね。
まあ情弱美人ですよそれは。
あれみたいな、ほんと一部の人でしょ。
それってでもそのすごい、一部の人だけど、
その一部の人がすごくさ、大きいポーションなわけですよ。
うんうんうん。
だから、それを見ると毎回さ、野望だなーと思うわけ。
うん。
でもさ、失敗はこのにじみ出てたらええねんけどさ、
ひけらかすのってめちゃくちゃ野望やんとかも思うわけ。
うん。
だから私この、抱えきれないさ、この後ろの失敗ももちろんたくさんあんねんけど、
にじみ出てればええんかな。
なんかあんま言うこともなく、どこにも言うてない。
だからめっちゃタバコとか吸って、
こうなんかすごい肺皿にすっごい詰まったやつとかが、
チラ見げするとかじゃない。
あれかなんかめっちゃ健康が悪いんだけど、
あ、すっごいタバコ吸うんだ、とか。
あの吸ってへんタバコの肺皿後ろに置いとくみたいなことしよう。
たったの。
みたいな、うん。
とかなんか、結構高いウイスキーの空き瓶がなんか、
チラって見えたら、すっごい空き瓶みたいな。
なんかやっぱ溜まってるものもある。
酒で解決するタイプか、とかこう想像の余地を。
それ息を体現する前に死にそうやな、なんか。
その、その方が。
みたいな、だから。
た、例えばなんかそういう、なんかその過去を、
なんかここに至るまでに道筋があった、
まっすぐではなかったのかもって思わせる、
ような素材を匂わせる。
なんかな、なるほどな。
そうか。
匂わせる。
勝手に滲んでくるんじゃない?
うん。
匂わせ、匂わせしてからか。
でもすごいね、ミキさんの中には明確にやっぱあんねんな、何かこう息の、息の感性が。
そうだね、あ、なんか実はあるかもね。
うん。
ずっとすら分からへんなと思いながら読んでたもんな、今回。
それは、でもあの、そういう意味だとやっぱりなんか、
何故か少し分かるなと思いながら読んでた。
へー。
ミキさんがさ、小ノートに書いてるこの、
憐れみや暴力かっていうのはさ、
なんか、私この本を読んでてこの、
これにどんピシャラな内容があったとはとても思わないんだけど、
どういう、
え、あったじゃん。
どこにあったの?
いや、あの、後半でさ、優しさの話、優しさは至りの、しかも適測面であるか、みたいな話、覚えてる?
はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。
なんかその、
意気っていうか、意識の形態としての意気っていうのを多分考察する。
前半は意気の定義の話をしてて、意気がこういう行動だった話をしてて、
その後、タンカから俳句から見る意気の在り方とか、
意識的な表情から見る意気の在り方みたいな、ちょっと具体例に移ってくるじゃん。
その時に、優しさという態度共鳴から見る意気みたいな部分があって、
で、それ優しさについて開発してたのよ。
優しさは至りの、しかも適測面である。
つまり、優しさを出す、人が他人に対して優しさを出すという時には、
その人を至りたいという気持ちがないと、また優しくできません。
至りたいという気持ちがないと優しくできない、はい。
優しくしたいって思うから優しくするわけで、そこに至りっていう構造があります。
ただその優しさが成立するっていうのは、
相手も優しくしてくれてありがとうっていうふうに優しさの感受性みたいなものがないと、
優しさは成立しませんみたいな。
だからつまり鶴目っていうのは噛んだ方が美味しいみたいなことが分かってないと、
鶴目、めっちゃ硬い、味しない、終わりみたいになっちゃいますという話ね。
あーなるほど、はいはいはい。
今の優しさだけど、全然そういう優しさの感受性が相手は持ってないこともあって、
でも、こっちは優しくするってことは普通にあって、その時優しさはなんか哀れみになりますと。
はい。
みたいな。
ただ、いたわることっていうのと、哀れみっていうものは同じなんだけれども、
ただ哀れみっていうのは成立してないものだから、
意気込み注意しなければなりませんみたいなことが書いてある。
受けての感受性というか、受け取り方によってどっちにもなり得るよっていう。
そうそう、成立してないものだってことを自覚して使わなきゃいけないって言ってた。
仕事とキャリアの観点
哀れみっていうのは。
それ、みんちゃん、何の悩みと突合してそうなるの?
ちょうど昨日とかもそうだったんだけど、
知り合いで留学してる人がいて、その留学先で職を得ようとしてるんだけど、
私から見たらその人はすごいタレンテという能力がある人なんだけれども、
結局職種が、なんていうの、ただのバイトみたいな、タイミングとかでもできそうなバイトとかで、
ただ日本人は仕事が細かいからみたいなリレー情報をされてて、
一応最低時給よりはちょっと上のお金をもらえてるからよかったみたいなことを言ってるのね。
でもそれって時給23ドルとかなわけ。
いい年下、もうすぐ30、40とかなる人が時給34,000円とかで、
まあよかったよかったとか言って満足してるけど、
私からするとその人のキャリアのバックグラウンドと考えたら、
もっと自分のスキルを活かせて、もっと稼げる仕事とかあるはず。
だからそんなところで満足するのよって思っちゃって、
本人が全然最低時給よりもらえてるし、
相性のいい職を見つけられて、
まあよかったよかったみたいに言ってるのに、
そんなところで満足していいのとか、
私がもっとできると思うみたいなことを言ったのよ。
それってすごい暴力的なことなのかなみたいな。
意気とその要素
それでその人が結局でも一人で家賃を払うほどは稼げてないから、
ルームシェアとかをずっとしてて、
それをルームシェアがいかにストレスかってことをずっと言ったの。
なるほど、はいはいはい。
だったらもっと稼いでて、自分で家賃払えるぐらい稼ぐのがいいじゃんとか思うわけ。
それもっとできるはずなのに、
もっと輝いてほしいのにみたいな気持ちが強くて、
そんな時給23ドルで満足してる場合じゃないでしょみたいなことを言ったときに、
それって本人いいって言ってたりとか、
自分なりにできることの限界とか本人のピースがあるじゃん。
なのにそれを言うっていうのは暴力なのかなとか思ってた。
うーん、なるほどなぁ。
いや、むずいね。
なんかさ、さっきのこの4四角柱の話の中でさ、
意気と野望とか対立がある。
一番最初にさ、意気とはこの3つのものが要素としてありますの。
あってさ、備体っていう相手を引きつけようとする何か。
あの、なんていうんだろう、難しい感じのやつだよ。
備体と育児っていう粘り、張りみたいな心のやつだよな。
あと3つ目にさ、諦めって出てくるじゃない。
そうそうそうなんだよ。
そう、意気は諦めが関与ですとね。
いい諦めの感じがあるっていう。
軽やかさが大事だっていう時にさ、
三木さんがやった時にさ、
思ったとするやんか、この人もっとできるのにって思った時にさ、
いろんな諦めがあるじゃない。
その、言ってもしゃあないしなとかさ。
その、まあでもこの人ってそれぐらいやったのかもしれへんなってその人に対する諦めとかさ。
なんか、ちょっとむずいのってこう、
意気とさ、おせっかいみたいなやつってさ、
ちょっとこう、ちょっと対立するシーンがちょこちょことあるやんか。
その、そんなことをやるの?みたいな。
おせっかいのシーンってやっぱ大概意気じゃないことが多いと思うわけ。
意気なおせっかいってすごく難しい。
あるとしてもすごく難しい。
意気なおせっかいはあるだろうけどね。
意気なおせっかいはあると思うんだけど、すごい高度じゃない?
確かに確かに。
で、ちょっと話の本論からずれちゃうけど、
私、意気もこう、野暮が蔓延していると思うのよ、この日々生きていると。
野暮だらけだと思ってるんだけどさ。
おせっかいも不足していると思うわけ。
諦めが、野暮と諦めが同時にたくさんあるすごく不思議な、
あえて主語を大きくすると社会だと思う。
生きすぎたらね、そう、生きすぎると意気じゃなくなっちゃうから、
生きすぎてるっていうことかもしれないけどね。
そうなのよ、そうなのよ。
諦めすぎたら野暮だから。
そうなんだよね。
だから確かにさ、このみきさんが言うように、
大体こういう暴なっていうのかな、
哀れみに近いようなやつの暴力ってあるなと思いつつさ、
俺もう乱暴におせっかいとかしてった方がいいのかもしれないなっていうことを最近思ったりするわけ。
で、なんていうんすか。
言う側が大人のパターンである種一気にさ、
諦めてあんま言えへん、言う言えへんを選ぶのとさ、
受け手側でレセプターとして大人として受け取るかどうかもあるわけやんか。
どっちも必要なんだよね。
そう、どっちも必要なんだけど、
受け手側の方が大事なんちゃうんっていう。
つまり、みんなおせっかいして、受け手側で受け流してもらったらええわけやん。
だって別にこう、
総量がさ、規制されてるわけもあるから。
でもそんな受け流すのって結構できる人限られてると思うけどな。
ほんま?次期待してまうねん。
受け手側でなんとかしてくれたらええから、どんどんおせっかいしてこうと思ってまうけど、
なんかむずいんかなぁ。
むずいかぁ。
なんか、
そうだね、それを言われたってことを重く受け止めたり、
いっぱい言われたらパパってびっくりしちゃうとか、
結構受け流すはむずい人もいるなって思う。
私はそっち派だけどね。
私はダメだったら追ってくださいって感じでいろいろ言われるっても大丈夫なタイプだけどね。
そこに至るまでに最初からそうではなかったような気もする。
まあ、ていうので、
ここで憐れみのパートを読んで、
暴力だったかもしれないなって思って後から後悔するのは良くないから、
今回成立してないかもしれないけど言おうとか、
そういう風に自分の中で決めてから言った方がいいんだなっていうすごい理解が深まった。
あー、無邪気にボロン中よりかは。
あんまりそこを区別して、
優しさが相手の感受性も止まって初めて成立するからとかまで考えてなかったから、
だから何か言ったけど暴力だったかなとか悩んじゃうんだなって思った。
おせっかいの難しさ
成立しないとしても言いたいかどうかを言えばいい、考えるより良いんだと思った。
成立しなくても言いたいかどうかだろうね。
そうそう、憐れみの可能性ありだとしても言いたいかどうか、
私は憐れんでるって相手に思われてもいいかどうかっていう。
優しさになる確率と憐れみになる確率が読めへんなその状況に読んだような私はっていうことな。
そういう時でも言いたいかどうかっていう風に考えればいいなって思った。
純度100%の優しさってのは難しいからな、相当我慢と味してこーへんする目もあるやんか。
でも明確に相手から率直に言ってほしいんだけどとかって言われる時もあるじゃん。
そういう時は優しさになる。成立するって自明じゃん。
顎元気やからうまい鶴目が食いたいねって言ってくれればな。
見たい時とかは明らか成立してるし、
あとは相手のコンディションとか会話の感じが今日は成立しそうだとか今日はちょっとダメそうだとかあるじゃん。
赤抜けの重要性
なるほどね。
もう時間だけど最後に1個だけなるほどねって思ったこと言っていい?
いいよ。
息の重要なファクターって赤抜けと息がほぼ同じっていうか赤抜けした状態じゃなきゃいけないみたいなことが書いてあったじゃない?
赤抜けっていう言葉はもうずっと令和でも通じる言葉で
主にメイク動画とかでは赤抜けメイクとか逆に赤入りメイクをしてみたとか
赤抜けを赤抜けのために整形しよう赤抜けのためにメイクしようみたいな感じで
赤抜けって言葉はみんな持ってんだよインストールとして
それが不思議だなって赤抜けが本当にしっくりくる言葉なんだけど
それ可愛くなろうとかでもなくて自分のビジュアルを良くしようとか
それこそいい感じになろう自分の持ち前の素材を生かしていい感じになろうみたいな
赤抜けっていうのがなんでこんなにみんな伝わるんだろうって思ってたんだけど
一つの解を見つけたって思ったのが
どっかでいい感じの女の人のビジュアルとして
ちょっと抜けてる状態として岩狩りの状態っていうのがあるって
岩狩りの薄腕の浴衣とか着て綺麗に整えすぎてない感じのビジュアルがめっちゃいいっていうのがあるから
まさしく文字通り赤が抜けた状態ですが結構いいでしょうみたいなのが書いてあって
お風呂上がりビジュアルいいってみんな知ってるじゃん
知らん女性はそうなんですよ
お風呂上がりってちょっと緩んでてでもお金になってる血行とかも良くてちょっといい感じになってる
あんまり気にしてない?
お風呂上がりの自分とビジュアルを気にしたことがない
でも気持ち的にもいい感じにするっていうか
赤抜けの状態っていうのはすごい前向きな結構いいものであるっていう感覚がすごいあるじゃん
だから赤抜けがみんな共通言語だったなって思った
そうか
日本語での漢字ねっていう
あんまり長い文化がないヨーロッパの人に赤抜けるとかっていう金があんまないってことなのかな
多分赤抜けなんて言ったら直接のこともないでしょ
仮説だけど
そのメイクで赤入り?赤入りメイクをしてみましょうは何をやるの?赤入りの方で
逆にダメとされてることをやるの眉毛をめっちゃ太くするとか濃くするとか
へー面白
うん
分からんけど自分の中の赤抜けの漢字は田舎臭さがなくなったっていう
バタ臭くなくなるみたいなぐらいでしかなかった
そうそうそうだけど
それがなんで赤抜け?だったら都会かとか田舎
田舎とかでいいのになんで赤抜けなんだろうって思ってた
そうか
なるほどな
なんか変なイメージやけど
東京生まれ青岳の甲とかに赤抜けは俺存在せえへんと思ってるからさ
長野生まれ
ずっと抜けてるから
赤なんて入ったことないやんかあんたにっていうあれやけどそうか
湯上がるっていうイメージがあるってことか
うんうんうん
多分みきさんの言ってる赤ってあれやろ
1日の赤を風呂で落とすぐらいの感じやんか
あとなんかその多分赤抜けがみんなしっくりくるのは
生まれた時からかわいい子って多分いなくて
いい子っていなくて結局磨いて良くなるっていう感覚があるんだよねみんな
ほう
だからちょっとメイクとかした方が綺麗って男とか女とかも関係なく
もともとよりちょっと肌の色とか整えた方がよく映るみたいな
だからなんかその赤抜けの意味や愛としては
都会だから田舎だからとか関係なく持ち前のものをよくできる
ポテンシャル引き出そうみたいなことだと思ったけどね
ほう
赤抜けの感覚分析
確かにこの本の中に薄化粧が域であるって書いてたもんな
ビジュアルとか
東京はねそうそう
だからなんか京阪の女が厚化粧で大変やって
そうそう
めちゃくちゃできたから
なんでそれが赤抜けで通じんだろうって思った時に
湯上がりのイメージを勝手に想起できるからなのかなって思って
勝手に納得したっていう
へーなるほど
私の中の赤抜けのイメージが何であるのかと思ったけど
三木さん赤抜けは湯上がりで落ちるぐらいの赤やけど
私のその赤ってもとも土にまみれて風呂3日入ってへんみたいなさ
ゴリッゴリのやつが抜けることを
田舎の赤ってそういう感じやからさ
従来の農村の赤ってそういうことやから
風呂の中空いてる余裕はあらへんっていう
都会に出てくる赤抜けっていうのと
日々赤抜けっていうのが別歩に存在している
なるほどね
赤の解像度が確かに
私は赤を概念的に捉えてたけど
物理赤がイメージできていたっていう
物理赤がイメージできてるから
長野の成人式行って東京の大学行きました
めっちゃケバケバしくて化粧する人になったことを
赤抜けましたねって言ってたもん
三木さんの観音の中にあんまないやんか
自分の自然を出すみたいなやつは
多分その古赤抜けの先にある日々赤抜けが
多分あってっていうことかなっていう
息に繋がる赤抜けは多分そっちで
私が言ってる赤抜けはヤバオまで
含んだ不思議赤抜けっていう感じなんだなっていう
確かに
私がメイク動画でよく見せる赤抜けは
ちょっと抜くっていう感じだったから
なんで赤抜けで通じんだろうなっていうのを
人らは思ってたから面白かった
ありがとう面白かったわ
文化的解釈の共有
面白い
でも三木さんは全く分かんないと言ってた
でもやっぱさ
根本的に考える素材のもとみたいなのは
あるような気はしたけどね
繰り返しなくて
生き野望上品下品面はあるのと
一応間違ってるかもしれないけど
判別は薄くできる
とあるものが出てきたときに
これは粋ですかちょっと違うねのやつはあるんだけど
自分から再現ができ
粋なことを言ってくださいの
技はもう一個もないっていう
それは私も
一個もない
だって一回渋に行き着かないと行けへんねんもんな
だからちょっと経験量がそもそもあれよな
ちょっとだいぶ大変やな
でもお互い柳木子目指して頑張ろうぜ
俺も柳木子に
俺も姫目指してやってくの
一般二人の合輪が取れた渋い人が柳木子ぐらいだったから
まぁそうやな確かに柳木子ぐらいだったな
頑張るわ頑張ろう
という感じで
次回はのぞみさんの番なんで
そうねちょっとどうしようかなと思ったんだけど
三択あってさ
うんうん
一個目が
イヴン・バットゥータの三大陸周遊記っていう
うん
あなた旅行記が本当に好きね
やってない
あ、やったけど寝てた
旅行記っていうかさ
イヴン・バットゥータって
世界史やった時にさ
イヴンなんちゃらみたいなやつが連続で出てくる
イヴン・バットゥータ、イヴン・ハルドゥン
イヴン・シーナみたいなやつが連続で出てくる
その時に出てきた冒険家でさ
うん
旅いいなっていうのがまず一個ね
うん
もう一個がカエサルのガリア戦記
なんかそれも気候文ではなかっただろうか
ガリアに戦争に行った感じこんな感じでした
それもあるでしょ気候文
うん
ほい
え?
ラストが私が毎回混ざるって言ってた
山本七兵衛空気の研究
うん
山本七兵衛ってなんだっけ?
なんか聞いてこいとあれやね
軍のなんか本当か
でも空気の研究が一番有名かな
評論家山本七兵衛
全部面白そうだねどうしよう
読めそうって思うのは山本七兵衛だけど
この機会がなきゃ読まないぞっていうのは
本当にガリア戦記とか三大陸周遊記とか
そうだねどっちもみきさん絶対読まないだろうね
でもやっぱりまず安定的に配信することを
優先したいから空気の研究にするか
いいよそうしようか
OK
じゃあ次回は息の行動からの空気の研究で
ほい
日本社会を研究した2冊連続で参りましょう
はいお願いします
ではでは
じゃあ本年もよろしくお願いいたします
よろしくお願いします
ではでは
ありがとうございました
27:09

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