生体現をこうさ、日本人らしい生体現を目指すのはやっぱり渋身軸やなー。
甘み渋身軸。
そうだね。しかもイメージとしては
わずかな存在感なのだが、それによってすごく深みが、
いや、なんていうんですかね、幅が広がる感じがする要素を持っているっていう。
まあだから本当、なんかハイボールにちょっと垂らす参照とか、
わかるわー。
わかるわー。
とかのことであって。
うん。
去年買い始め、買って一番良かったもの何かなって考えてたけど、
やっぱりあの、バカクソ高い参照をさ、
はじかみ参照でしょ?
あ、そうそう。最高やったもんなー。
うん。
あれの憧れを考えると、やっぱそうだなー。渋み栄やなー。
だから参照って、だから、
まあ後からふわってきたりとか、とにかく最初の印象と、
あれ後からこんなに大きい気が、みたいなのあるじゃん。
ピリッが来た後に、あ、めっちゃ。
だからなんかその、のぞみさんも喋ってるうちに、
え、なんか意外と苦労してるんだなーとか、
あ、意外とそういうこと思ってるんだーっていう深み。
が、渋みに繋がってくるんじゃん。
じゃあテニス授業とか大失敗してみる?
2億ぐらい借金こさえて。
常に大失敗はなー、すぐそこにいるからなー。
でもまだしてないじゃん。
人生の失敗が多い人生ですよ。
うん。
死ぬような失敗はもちろんないけどさ。
たくさんあんねんね、いろいろ。
じゃあそれを、にじませる?
でもそれこそさ、失敗してねー、俺こんなのがーっていうのもさ、
なんかある種、ストーリーの流行りやんか。
私こんなにダメだと思うから申し上がりましたとかっていうのがさ、
ニュースピックスなんちゃら、なんか動画とかだってさ、
そういう構造がね。
まあ情弱美人ですよそれは。
あれみたいな、ほんと一部の人でしょ。
それってでもそのすごい、一部の人だけど、
その一部の人がすごくさ、大きいポーションなわけですよ。
うんうんうん。
だから、それを見ると毎回さ、野望だなーと思うわけ。
うん。
でもさ、失敗はこのにじみ出てたらええねんけどさ、
ひけらかすのってめちゃくちゃ野望やんとかも思うわけ。
うん。
だから私この、抱えきれないさ、この後ろの失敗ももちろんたくさんあんねんけど、
にじみ出てればええんかな。
なんかあんま言うこともなく、どこにも言うてない。
だからめっちゃタバコとか吸って、
こうなんかすごい肺皿にすっごい詰まったやつとかが、
チラ見げするとかじゃない。
あれかなんかめっちゃ健康が悪いんだけど、
あ、すっごいタバコ吸うんだ、とか。
あの吸ってへんタバコの肺皿後ろに置いとくみたいなことしよう。
たったの。
みたいな、うん。
とかなんか、結構高いウイスキーの空き瓶がなんか、
チラって見えたら、すっごい空き瓶みたいな。
なんかやっぱ溜まってるものもある。
酒で解決するタイプか、とかこう想像の余地を。
それ息を体現する前に死にそうやな、なんか。
その、その方が。
みたいな、だから。
た、例えばなんかそういう、なんかその過去を、
なんかここに至るまでに道筋があった、
まっすぐではなかったのかもって思わせる、
ような素材を匂わせる。
なんかな、なるほどな。
そうか。
匂わせる。
勝手に滲んでくるんじゃない?
うん。
匂わせ、匂わせしてからか。
でもすごいね、ミキさんの中には明確にやっぱあんねんな、何かこう息の、息の感性が。
そうだね、あ、なんか実はあるかもね。
うん。
ずっとすら分からへんなと思いながら読んでたもんな、今回。
それは、でもあの、そういう意味だとやっぱりなんか、
何故か少し分かるなと思いながら読んでた。
へー。
ミキさんがさ、小ノートに書いてるこの、
憐れみや暴力かっていうのはさ、
なんか、私この本を読んでてこの、
これにどんピシャラな内容があったとはとても思わないんだけど、
どういう、
え、あったじゃん。
どこにあったの?
いや、あの、後半でさ、優しさの話、優しさは至りの、しかも適測面であるか、みたいな話、覚えてる?
はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。
なんかその、
意気っていうか、意識の形態としての意気っていうのを多分考察する。
前半は意気の定義の話をしてて、意気がこういう行動だった話をしてて、
その後、タンカから俳句から見る意気の在り方とか、
意識的な表情から見る意気の在り方みたいな、ちょっと具体例に移ってくるじゃん。
その時に、優しさという態度共鳴から見る意気みたいな部分があって、
で、それ優しさについて開発してたのよ。
優しさは至りの、しかも適測面である。
つまり、優しさを出す、人が他人に対して優しさを出すという時には、
その人を至りたいという気持ちがないと、また優しくできません。
至りたいという気持ちがないと優しくできない、はい。
優しくしたいって思うから優しくするわけで、そこに至りっていう構造があります。
ただその優しさが成立するっていうのは、
相手も優しくしてくれてありがとうっていうふうに優しさの感受性みたいなものがないと、
優しさは成立しませんみたいな。
だからつまり鶴目っていうのは噛んだ方が美味しいみたいなことが分かってないと、
鶴目、めっちゃ硬い、味しない、終わりみたいになっちゃいますという話ね。
あーなるほど、はいはいはい。
今の優しさだけど、全然そういう優しさの感受性が相手は持ってないこともあって、
でも、こっちは優しくするってことは普通にあって、その時優しさはなんか哀れみになりますと。
はい。
みたいな。
ただ、いたわることっていうのと、哀れみっていうものは同じなんだけれども、
ただ哀れみっていうのは成立してないものだから、
意気込み注意しなければなりませんみたいなことが書いてある。
受けての感受性というか、受け取り方によってどっちにもなり得るよっていう。
そうそう、成立してないものだってことを自覚して使わなきゃいけないって言ってた。
それでその人が結局でも一人で家賃を払うほどは稼げてないから、
ルームシェアとかをずっとしてて、
それをルームシェアがいかにストレスかってことをずっと言ったの。
なるほど、はいはいはい。
だったらもっと稼いでて、自分で家賃払えるぐらい稼ぐのがいいじゃんとか思うわけ。
それもっとできるはずなのに、
もっと輝いてほしいのにみたいな気持ちが強くて、
そんな時給23ドルで満足してる場合じゃないでしょみたいなことを言ったときに、
それって本人いいって言ってたりとか、
自分なりにできることの限界とか本人のピースがあるじゃん。
なのにそれを言うっていうのは暴力なのかなとか思ってた。
うーん、なるほどなぁ。
いや、むずいね。
なんかさ、さっきのこの4四角柱の話の中でさ、
意気と野望とか対立がある。
一番最初にさ、意気とはこの3つのものが要素としてありますの。
あってさ、備体っていう相手を引きつけようとする何か。
あの、なんていうんだろう、難しい感じのやつだよ。
備体と育児っていう粘り、張りみたいな心のやつだよな。
あと3つ目にさ、諦めって出てくるじゃない。
そうそうそうなんだよ。
そう、意気は諦めが関与ですとね。
いい諦めの感じがあるっていう。
軽やかさが大事だっていう時にさ、
三木さんがやった時にさ、
思ったとするやんか、この人もっとできるのにって思った時にさ、
いろんな諦めがあるじゃない。
その、言ってもしゃあないしなとかさ。
その、まあでもこの人ってそれぐらいやったのかもしれへんなってその人に対する諦めとかさ。
なんか、ちょっとむずいのってこう、
意気とさ、おせっかいみたいなやつってさ、
ちょっとこう、ちょっと対立するシーンがちょこちょことあるやんか。
その、そんなことをやるの?みたいな。
おせっかいのシーンってやっぱ大概意気じゃないことが多いと思うわけ。
意気なおせっかいってすごく難しい。
あるとしてもすごく難しい。
意気なおせっかいはあるだろうけどね。
意気なおせっかいはあると思うんだけど、すごい高度じゃない?
確かに確かに。
で、ちょっと話の本論からずれちゃうけど、
私、意気もこう、野暮が蔓延していると思うのよ、この日々生きていると。
野暮だらけだと思ってるんだけどさ。
おせっかいも不足していると思うわけ。
諦めが、野暮と諦めが同時にたくさんあるすごく不思議な、
あえて主語を大きくすると社会だと思う。
生きすぎたらね、そう、生きすぎると意気じゃなくなっちゃうから、
生きすぎてるっていうことかもしれないけどね。
そうなのよ、そうなのよ。
諦めすぎたら野暮だから。
そうなんだよね。
だから確かにさ、このみきさんが言うように、
大体こういう暴なっていうのかな、
哀れみに近いようなやつの暴力ってあるなと思いつつさ、
俺もう乱暴におせっかいとかしてった方がいいのかもしれないなっていうことを最近思ったりするわけ。
で、なんていうんすか。
言う側が大人のパターンである種一気にさ、
諦めてあんま言えへん、言う言えへんを選ぶのとさ、
受け手側でレセプターとして大人として受け取るかどうかもあるわけやんか。
どっちも必要なんだよね。
そう、どっちも必要なんだけど、
受け手側の方が大事なんちゃうんっていう。
つまり、みんなおせっかいして、受け手側で受け流してもらったらええわけやん。
だって別にこう、
総量がさ、規制されてるわけもあるから。
でもそんな受け流すのって結構できる人限られてると思うけどな。
ほんま?次期待してまうねん。
受け手側でなんとかしてくれたらええから、どんどんおせっかいしてこうと思ってまうけど、
なんかむずいんかなぁ。
むずいかぁ。
なんか、
そうだね、それを言われたってことを重く受け止めたり、
いっぱい言われたらパパってびっくりしちゃうとか、
結構受け流すはむずい人もいるなって思う。
私はそっち派だけどね。
私はダメだったら追ってくださいって感じでいろいろ言われるっても大丈夫なタイプだけどね。
そこに至るまでに最初からそうではなかったような気もする。
まあ、ていうので、
ここで憐れみのパートを読んで、
暴力だったかもしれないなって思って後から後悔するのは良くないから、
今回成立してないかもしれないけど言おうとか、
そういう風に自分の中で決めてから言った方がいいんだなっていうすごい理解が深まった。
あー、無邪気にボロン中よりかは。
あんまりそこを区別して、
優しさが相手の感受性も止まって初めて成立するからとかまで考えてなかったから、
だから何か言ったけど暴力だったかなとか悩んじゃうんだなって思った。
なるほどね。
もう時間だけど最後に1個だけなるほどねって思ったこと言っていい?
いいよ。
息の重要なファクターって赤抜けと息がほぼ同じっていうか赤抜けした状態じゃなきゃいけないみたいなことが書いてあったじゃない?
赤抜けっていう言葉はもうずっと令和でも通じる言葉で
主にメイク動画とかでは赤抜けメイクとか逆に赤入りメイクをしてみたとか
赤抜けを赤抜けのために整形しよう赤抜けのためにメイクしようみたいな感じで
赤抜けって言葉はみんな持ってんだよインストールとして
それが不思議だなって赤抜けが本当にしっくりくる言葉なんだけど
それ可愛くなろうとかでもなくて自分のビジュアルを良くしようとか
それこそいい感じになろう自分の持ち前の素材を生かしていい感じになろうみたいな
赤抜けっていうのがなんでこんなにみんな伝わるんだろうって思ってたんだけど
一つの解を見つけたって思ったのが
どっかでいい感じの女の人のビジュアルとして
ちょっと抜けてる状態として岩狩りの状態っていうのがあるって
岩狩りの薄腕の浴衣とか着て綺麗に整えすぎてない感じのビジュアルがめっちゃいいっていうのがあるから
まさしく文字通り赤が抜けた状態ですが結構いいでしょうみたいなのが書いてあって
お風呂上がりビジュアルいいってみんな知ってるじゃん
知らん女性はそうなんですよ
お風呂上がりってちょっと緩んでてでもお金になってる血行とかも良くてちょっといい感じになってる
あんまり気にしてない?
お風呂上がりの自分とビジュアルを気にしたことがない
でも気持ち的にもいい感じにするっていうか
赤抜けの状態っていうのはすごい前向きな結構いいものであるっていう感覚がすごいあるじゃん
だから赤抜けがみんな共通言語だったなって思った
そうか
日本語での漢字ねっていう
あんまり長い文化がないヨーロッパの人に赤抜けるとかっていう金があんまないってことなのかな
多分赤抜けなんて言ったら直接のこともないでしょ
仮説だけど
そのメイクで赤入り?赤入りメイクをしてみましょうは何をやるの?赤入りの方で
逆にダメとされてることをやるの眉毛をめっちゃ太くするとか濃くするとか
へー面白
うん
分からんけど自分の中の赤抜けの漢字は田舎臭さがなくなったっていう
バタ臭くなくなるみたいなぐらいでしかなかった
そうそうそうだけど
それがなんで赤抜け?だったら都会かとか田舎
田舎とかでいいのになんで赤抜けなんだろうって思ってた
そうか
なるほどな
なんか変なイメージやけど
東京生まれ青岳の甲とかに赤抜けは俺存在せえへんと思ってるからさ
長野生まれ
ずっと抜けてるから
赤なんて入ったことないやんかあんたにっていうあれやけどそうか
湯上がるっていうイメージがあるってことか
うんうんうん
多分みきさんの言ってる赤ってあれやろ
1日の赤を風呂で落とすぐらいの感じやんか
あとなんかその多分赤抜けがみんなしっくりくるのは
生まれた時からかわいい子って多分いなくて
いい子っていなくて結局磨いて良くなるっていう感覚があるんだよねみんな
ほう
だからちょっとメイクとかした方が綺麗って男とか女とかも関係なく
もともとよりちょっと肌の色とか整えた方がよく映るみたいな
だからなんかその赤抜けの意味や愛としては
都会だから田舎だからとか関係なく持ち前のものをよくできる
ポテンシャル引き出そうみたいなことだと思ったけどね
ほう