いつの間にか表現している|渡邉康太郎『生きるための表現手引き』本茶本茶 #33
2026-04-15 19:58

いつの間にか表現している|渡邉康太郎『生きるための表現手引き』本茶本茶 #33

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。

今回はnorm original blend AMBERを淹れながら、渡邉康太郎さんの『生きるための表現手引き』を紹介します。

▼ 今回のテーマ

生き延びるためではなく生きるための表現/いつの間にか表現していることに気づく/つくる未満のつくり方

表現は、特別な誰かのためのことばじゃない。存在しているだけで、すでに表現している。そんな気の楽になる読書体験を、お茶を片手にゆっくり語ります。デザインや創造性、生き方に関心がある方におすすめのエピソードです。


▼ noteで読む


🍵 本日のお茶

norm original blend AMBER(norm tea house・蔵前)

https://normteahouse.com/products/norm-original-blend-amber-1

📕 本日の本

『生きるための表現手引き』渡邉康太郎(著)

https://amzn.to/4cKIM5i

👤 話し手

Fuyuto

「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

note → https://note.com/honcha_honcha

感想

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サマリー

このポッドキャストでは、渡邉康太郎氏の著書『生きるための表現手引き』を紹介します。特別なスキルがなくても、誰もが「生きるため」に表現しており、存在しているだけで表現していることに気づくことの重要性を説きます。また、ゼロから何かを生み出すだけでなく、模倣や再編といった「作る未満の作り方」も表現の入り口となることを解説。生き延びるための活動と、自分らしく生きるための表現を区別し、後者を楽しむためのヒントを提供します。

はじめに:本茶本茶と『生きるための表現手引き』
こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。毎週水曜日19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、渡邉康太郎さんの『生きるための表現手引き』という一冊です。
この渡邉康太郎さんという方は、デザインイノベーションファームのTACLAMという会社があるのですが、そこでコンテクストデザイナーとして活動をされていたり、
あとはJWEBのラジオ番組のナビゲーターとしても知られている方になります。
この本はタイトルの通り、表現の手引き、そしてそれが生きるためのという枕言葉がついているのですが、
これはクリエイターであったりアーティストのように、いかにうまく表現をするかということではなくて、
誰もが生きるために表現をしていくんだという背中を押してくれるような本になっています。
冒頭に渡邉さんがおっしゃっているのが、本書を通して私たちが考えるのは、一際明るく輝く星を新たに発明する術ではありません。
むしろ、見過ごされてきた星々の存在に注意を向けることです。
であったり、私は弱い光でしかない個人個人が、その取り組みがいかに小さくとも表現を始めて続けていくことに興味を持っています。
そんな風な導入がされていて、とても共感したので、今日は取り上げてみたいなと思います。
紹介したいポイントは今日も3つありまして、
1つ目が、生き延びるためではなく、生きるための表現。
2つ目が、いつの間にか表現していることに気づく。
そして最後に、作る未満の作り方。
本日のお茶:norm original blend AMBER
その前に、今日もまずは一緒に楽しむお茶から。
はい。今日は、ノームティーハウスさんというところのノームオリジナルブレンド、アンバーというお茶を入れてみました。
これは何回か前にお話をしたんですが、
蔵前にあるノームティーハウスさんという一軒家のですね、
1階がティースタンドになっていて、2階で展示会であったり、古典のようなものが開かれる、そういうとても素敵な場所があるんですが、
そちらのオリジナルブレンド、このアンバーというのはですね、
国産の紅茶とほうじ茶を3種類、そしてそこに自然栽培のシナモンの葉を合わせたブレンドになっています。
このシナモンの香りってすごい特徴的で、お茶を入れた瞬間に、かつ甘さもあるので、
焼きリンゴのような温かい香りと甘い余韻が広がる、そんなお茶になっています。
お茶の色、水色もすごい綺麗な、まさにアンバー色っていう感じでですね、とても目にも楽しいお茶になっています。
今日この後のテーマの中で、ゼロイチで表現をするっていうだけでなくて、
既にあるものを集めたり編み直すっていうことも表現の一つなんだっていう話が出てくるんですが、
今回のこのお茶も、ほうじ茶であったり紅茶であったり、既存のものを編み直してまた新しい美味しさを生み出していくと、
そんな文脈で選んでみたお茶になります。
ではここからまた本の紹介に戻ろうと思いますので、皆様もお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
表現の定義:存在や行為に起因する変化
この本はですね、冒頭でも少しご紹介をしたように、表現をするっていうことが、
特定のアーティスト、芸術家みたいな人たちに限られた仕事であるという固定観念を一度手放したいというのが、この本書のスタンスになります。
かつですね、この本の中では表現ということを人の存在や行為に起因して生じる変化というふうに定義をしているんですね。
何も表現というのは何かをするという行為にだけ起因するものではなくて、存在自体も表現の一助になるんだ。
そんなようなことがこの本書を通じて書かれていきます。
つまり、絵を描くとか音楽を作るとか、そういう作品として世の中に求められる、受け入れられることを作るということだけが表現じゃなくて、
誰しもですね、存在していたり、何か行為を通して他者と関係を結び、いつの間にか表現をしているんだと。
というところに立った上で、じゃあどうやって生きていくか、どうやって表現を楽しんでいくかを手引きしてくれる。
そんな本かなというふうに僕は捉えています。
切り口1:生き延びるための表現 vs 生きるための表現
一つ目の切り口は、生き延びるためではなく生きるための表現。
本文から一文引用すると、生き延びるというのは生活するためにお金を稼ぎご飯を食べるなど、
日常生活のインフラを安定させる行為です。
これは生命維持のために必要不可欠な一連の営みですが、それだけが目的になると徐々に辛くなるものです。
この渡辺幸太郎さんは、今話したような生き延びるという行為と、生きるという行為を分けて語っている。
そんなところから始まっていきます。
じゃあもう一方の生きるとは何かというと、一人一人にかけがえのない絶対的価値のある人生を送ると。
それこそが人生の目的である。
そんなことがこの生きるという言葉に込められた内容であり、
まさに本書のタイトルが、生き延びるためのではなく生きるための表現手引きというふうになっている。
そこがポイントかなと思います。
実はですね、この生き延びると生きるの違いの対比みたいなものは、
過去ですね、扱った遠畑海斗さんのカウンセリングとは何かというところにも出てきていた考え方かなと思っています。
その本の中でですね、遠畑さんは、生存と実存という二つの概念を取り出して説明をしていました。
生存というのがこちらでいう生き延びる方ですね。
どうやって自分の生活自身を守っていくか、最低限生き延びていくかという生存と、
実存、これはいかに生きるかという方、より自分らしく自分の人生を歩んでいくかという実存。
この二つを扱うときに、実存というものは生存を前提とすると、
いかに生き延びるかということをクリアしない限り、いかに生きるかという問いには立ち向かえない。
一方で、この生存、どう生活するかということを守ることで、
より長期的な人生とか実存、いかに生きるかということが死んでしまうことがあると。
言葉を借りると、生存は時に実存を犠牲にする、
そんなようなことを話しながら、この生存を目的としたカウンセリング、
そして実存を目的としたカウンセリングを分けて解説をされていたなというふうに思います。
こういうふうに、戸畑さんは生存、そして実存と呼び、渡辺さんは生き延びると、生きると呼ぶ。
言葉は違うんですけれども、似たような構造になっているなというふうに思うのと、
そして渡辺さんは表現そのものというふうに位置づけています。
表現者になることを通して人は自己開示をできる。
そして自己開示によって、たとえば仕事の場であっても鎧を脱ぎ去ることができる。
表現は技巧を磨くことではなく、生きる態度そのものを更新する行為になります。
作ることは、生き延びる私を生きる私へと反転させる力を持っている。
そんなふうにおっしゃっているんですね。
この表現というのは何も上手い下手ではなくて、生きる態度の更新であると。
作るということは、生活のために何とか生き延びるということを超えて、
かけがえのない一人一人の人生を生きるというところにつながっていく。
そんなことが、この本書における生きると表現のつながりだったりします。
切り口2:いつの間にか表現していることに気づく
そうしたときに、より表現するということへのハードルが上がるような、
少しとっつきづらさが感じられるような気がすると思うんですが、
切り口の二つ目は、いつの間にか表現していることに気づくというものになります。
やっぱり表現しなきゃとか、自分らしさを出さなきゃとか、
それこそ自分の人生みたいなものをより豊かにする表現みたいに、
どんどんどんどんハードルが上がっていくと、
途端に手も止まるし、表現というものが億劫になる。
なんかそんな感覚ってあると思うんですが、
でもですね、渡辺さんはこういうふうにも言ってるんですね。
自発的かどうかに関わらず、人は表現している。
具体的な行動をとるかに関わらず、存在するだけでも、
人は他者と関係を結ぶなどして、いつの間にか表現している。
冒頭で紹介したこの表現の定義、
人の存在や行為に起因して生じる変化というものがここにつながってくるんですが、
何も表現というのは、自らプロアクティブに行動を起こすということだけではなくて、
存在しているだけで、すでに表現をしているんだということ。
もう存在するだけでも表現をしているということであれば、
何か自分が少し思ったことを世に出してみるとか、少し実験をしてみる。
それは必ずしも世界に対して訴えかける必要はなくて、
とても個人的なものであっても、その表現をどんどんと加速させていく。
そんなことの背中を押してくれるような一文かなと思います。
さらに面白いのは、読むことと書くことの関係ですね。
渡辺さんはこうもおっしゃっていて、
そもそも人間の身体や生理学に基づくならば、読むことと書くことは常に同時で起こっている。
私たちはすでに表現を始めている。という一文があります。
ものを読むということは、あまりその表現というふうに捉えられることって少ないと思うんですが、
誰かが書いたものを読みながら、その作者を追体験して、
一方で自分の中で何を受け取り、何を受け取らないか、
それを読みながらどんな解釈や意味を生成するかという点において、
すでにそれは表現になっているんだというのはとても面白い点だなと思いました。
そしてやはりそういう存在しているとか、読みながら表現しているというレベルにおいて考えると、
個性というものも多分に自分から探しに行くまでもなく現れているんじゃないかと。
意図的に何か個性みたいなものを込めようとしなくても、
あるいは自分で隠しているつもりであっても何かにじみ出てしまう。
そんなものが自分らしい個性、あるいは自分らしい表現の個性というものであり、
何も頑張ってひねり出すというよりも自然とにじみ出る、そのものを受け入れる、
そんなところから個性ある、あるいは自分の表現というものは始まるのかなというふうに思います。
切り口3:作る未満の作り方
そして最後の切り口が、作る未満の作り方です。
切り口の一つ目で、生き延びるためではなく、生きるために表現というものがあるんだ。
そんな話をしながら、そういった表現に対して過度にハードルを感じてしまうのではなく、
既に存在すること、あるいは誰かが書いた本を読むこと、
そんな小さなことの中にも自分らしい表現というものは既に起きているんだという話をした中で、
どういうふうにそれをより加速させていくか、
その作る、あるいは表現することのヒントがこの本にはたくさんこの後書かれていきます。
もちろんここで言う作るというのは、ゼロイチで想像性あふれるものを作るということではなくて、
僕らが思う表現するとか作るに満たない作り方をたくさん提案してくれているのですが、
例えば、模倣するということだったり、集める、編み直す、仲間を作る、
そんなようなことがこの表現というものを支えてくれる行動だというふうに紹介をされていきます。
この一つ一つについてはぜひ本の中で読んでいただきたいなと思うんですが、
とても面白いのはですね、渡辺さんは本文中で、
あらゆる創作は模倣の失敗であるというようなことをおっしゃっているんですよね。
完全オリジナルでこの世に生まれるなんていうものはもはやなくて、
いろんなところで受けたインプットが自分の中で組み合わさったり、
あるいはそのうちの何かを模倣しようとするんだけれども、
完全な模倣なんてのはやはり不可能で、必ずズレが生じる。
それも何か自分らしくズレてしまうと。
そういったように、こんなことから表現って始められるんだというようなポイントがいくつも紹介をされている本になります。
無理くり接続するわけではないですが、
今日飲んでいるこのお茶も、ほうじ茶でも紅茶でも、もちろんそれぞれを飲んでも美味しいはずなんですが、
それぞれを集めて編み直してみるということも一つのとても面白い表現なわけで、
これらを全部茶場から作っていく必要があるかというと、必ずしもそんなことはない。
もっとハードルが下がったところにこの作るとか表現の入り口っていうのはあるんだなというふうに思います。
終章:変わり続けることと変わらずにいること
またこの本はですね、最終章というものもとても素敵で、
冒頭、本書の終わりに二つの矛盾することを記します。
あなた自身が変わり続けることと、そして変わらずにいること、それぞれの大切さについてです。
という一文で始まっていくんですけれども、
この作るというものを通して、どのように人が変わっていくか、変容していくか、
一方で変わらない部分、変わらないことをどう抱きしめていくかというようなことが、
とてもしみじみと書かれた素敵なパートだなというふうに思っています。
最後にその中で紹介されている、ガンジーの一節があるんですが、
それを紹介して今日は終わりにしようと思います。
自分が表現をすることで、この世の何が変わるかということは、
もしかしたらそんなに影響がないかもしれない。
一方で、自分の生きるということを見つめたときに、自分が変わらないために表現をしていく。
なんかそんなようなメッセージを僕は受け取った一文になります。
ぜひ、みなさんの暮らしの中にもこの表現というものが、
すでに入り込んでいることであったり、何か新しく始まっていくことがあるといいなと思いつつ、
このポッドキャストを聞いてくださる皆様のその聞いているところにも、
表現というものが生成されているんだなと思います。
おわりに:番組紹介
ということで、今日はノームティーハウスさんのオリジナルブレンドアンバーというお茶をいただきながら、
渡辺幸太郎さんの書かれた、生きるための表現手引きという一冊をご紹介しました。
ノートでも記事を書いていますので、よろしければご覧ください。
また、スポティファイであったり、アップルポッドキャストを通して聞いてくださっている皆様、
ぜひフォローをしていただけるとうれしいです。
それではまた。
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