こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
メガネをかけたカオスです。 はい、メガネかかりました。 僕たちは高校の同級生3人で、メガネ2とラガー1でやっているラジオでございますけれども、
ごめん、コンタクトなんですね、僕ね。 ああ、コンタクトでした。失礼しました。
えっと、普段は講習代わりに、我々が保育士の皆さんにぜひ読んでもらいたいなという本をちょっと紹介しながら、
保育のことを考えたり、飛んでいろんなことに発想を飛ばして、ちょっと深めていこうみたいなことを続けている、そんなラジオでございます。
はい。 というわけで今回はまた川地さんプレゼンツということでお出しします。
はい、今日はですね、退屈をテーマにした哲学の本っていうのでですね、
スマートな退屈の倫理学という、お二人もご存知かと思いますが、 売れたやつ。 超有名なやつです。
まあこの本、どんな本なのというイメージをちょっと掴んでもらうために、この本の冒頭の方で紹介されている話を最初に聞いちゃうんですけど、
17世紀の哲学者にパスカルっていう人がいまして、 あれですね、
あれですよね、人間は考える足だっていうね。 そう、足の人です。 足って何っていうところから始まる人ね。
そうね、フットじゃないからね、レッグなんです。 植物の足ね。 植物のね。
はい、でその人が考えた例っていうのが紹介されていて、それが仮にその当時ウサギ狩り、まあ17世紀なのでね、貴族とかが行くと思うんですが、
ウサギ狩りに出かけようとしている人がいたとすると、その人は狩りに行くぐらいだから、きっとウサギが欲しいんだろうなって思って、
これをあげるよって、その死んだウサギを渡したとしたら、その人は喜ぶかどうか、考えたわけです。
で、まあなんとなくわかると思いますが、これ別に嬉しくないんですよね、ウサギ狩りに行こうとしている人が死んだウサギをもらっても。
うん、確かに。 ところが、なんならちょっと嫌な顔される場合すらあるかもしれないから。
で、これなんでかっていうと、ウサギ狩りに行く人ってウサギが欲しいわけじゃなくて、
本当に欲しいものって山を駆け回って獲物を追いかけるっていうその行為自体をやりたいよねと。
だから退屈から気を逸らしてくれる何かみたいなものを求めてるよね、今は。
はいはい。 だからそっからちょっと飛躍はするんですが、パスカルは人間の不幸っていうのは全て
部屋にじっとしていられないことから起こるとまで言い切ったそうです。
なるほどね。 黒論。
はい。っていうこの人間と退屈との付き合いっていうものを考え抜いたってのはこの本なんですね。
なるほど。 哲学者っぽい。
はい、いいね。やっぱ時代的にいいかもしれないね。
うん。 なので暇と退屈の倫理学を暇と退屈させないようにしていこうかなと思います。
楽しみだね。
はい、退屈じゃないラジオ目指して私たちも頑張っていきたいと思います。
これ自体が私たちの暇つぶしになっているという説はあるよね。
まあまあまあ。
確かにね、それもあるね。
それはあながち嘘じゃないですね。
うん。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
この本、一言でどんな本なのかっていうと、まあ人は何で退屈するのか、また退屈とどう付き合っていけばいいのかっていうのを考えた本ですと。
はい。
これ2011年に出版されてまして。
結構前だね。
結構前だね。
そうですね、収録時点でもう15年ぐらい前。
うんうん。
そこで経ったか。
高校の現代文の教科書にも採用されてるそうです。
へえ。
まあ僕らが高校生の頃にはまだ出てないので、読んだことないと思うんですが。
うん。
まあ採用されていて、2021年には文庫にもなって、だいぶ読みやすくなったよね、持ち歩きやすくなったよねっていう感じですね。
文庫で読んだ記憶がありますね。
そう、僕も。
文庫がすごく流行ってるイメージです。
で、まあさっきも言った通り著者の国文さんは哲学者で、これ後書きに書いてあるんですけど、この本の出発点みたいなものって、著者自身が長く退屈に苦しんできたっていうのが、
あると。
人間味があっていいね。
そう。だからそれを他人ごとの解説とかじゃなくて、
自分の悩みを勉強の力で考察できるようになった人、みたいな。
自分を内省しながら言語化していったっていうものなので、
言葉がある種、知に足がついてる、実感があるような言葉選びをされているっていうのが特徴かなと思います。
確かに。なんか哲学書って言うとちょっとハードル高いけどね、そういう話聞くと。
ガチの哲学書はさ、やばいじゃん。
やばい。概念に概念を重ねていくみたいな。
僕は人生で3回ぐらいプラトンの国家に挫折してるので。
でもえらい、3回チャレンジしてる時点でえらいよ。
あれが読めるようになったらもう人生上がりぐらいのな。
そうだよね。
そんな一冊だよな、きっと。
あれはちょっと難しいんですけど、これは著者の自身もですね、哲学を勉強したことがない人でも最後まで読み取らせるように書いたっていうふうに言ってるんですけど、そんな本なんです。
で、イメージつけてもらうために、じゃあどんな悩みに効く本なのかっていうのを軽くお話ししておくと、
これよくあると思うんですけど、たまに久しぶりの丸一日のお休みみたいなのがあったとしましょうと。
はい。
まあチェロステスラーバーのね、お子さんがいらっしゃるから、休みと言いながらの休みじゃないみたいなのがあると思うので、
本当に子供たちも友達の家なり、奥様の実家なりはわからないけど、出かけていて、
完全に一人の時間。
私一人で24時間。
はい。
家事はやることがある?やらない?
やらない。
家事のタスクもない?
ない。
シーツ洗わなくてもいい?
洗わなくてもいい。
掃除機もかけなくていい?
買い出しもしなくていい。
作り分けもやらなくていい。
最悪、食にウーバーイーツ頼んでもらっていい?
なんでその、自分で頼めよって話してんの?
不便やろ。
最高だな。
なるほどね。
こっちのセンセマリックとだいぶなんていうか、特別すぎるので、なんとかしようってなると思うんだけど、
独身だったり、子供がいなかったりすると、丸一日の休みって言われたらどん日とかたまに来る人ですね。
そういう人は、たまった疲れを取るために好きなことをしようとか、
勉強の一日当ててやろうとか、思うんだけど、だいたい気づけばショート動画を一日中見て、スマホを眺めただけで一日が終わるよね、みたいな。
現代のドパ書きがみんなそうですね。
すべからくドパ書きと言ってもいいんじゃないでしょうか、私たちは。
まあ、ショート動画は例ですが、スマホを眺めてたり漫画読んだりしてたら終わるよね、みたいな。
Twitterの一日が終わるよね、みたいなことは聞いてる方も全然よくあることかなと。
そういうときに、うっすら自分を責めたくなるというか、損をしたような。
なんか罪悪感みたいなね。
で、それをやめようとかって話ではなくて、そうなっちゃうのには事情があるんだよっていう本なんです。
なるほどね。
そんな自分を肯定できるかもっていう話。
事情っていうのは、人類1万年分の過程があってそこに至ってるだけだよぐらいの壮大な。
そういう事情ね。
ドーパミン中毒だからとかそういう話ではなく、脳がそうさせてるからとかじゃなくね。
肯定って作品も当然あるけど、どっちかっていうと構造を話してるっていうだけ。
肯定でも否定でもなくて、そういうもんだよっていう。
うん。
肯定によってはそれも肯定なので別に、肯定だと思っても。
なんだけど、そういう本ですと。
で、この本で著者は暇と退屈の倫理学なんですが、暇とは何で退屈とは何みたいなのをざっくり定義していて、
暇っていうのは何もすることがない時間っていう外側の条件、もう外部要因みたいなもんですね。
暇っていう状態。
で、退屈っていうのは暇だから何かをしたいんだけど、できないなっていう心の状態のことっていう。
はいはいはい、心ね。
そう、内部的な条件というか状態の話、と区別していて。
で、今日はその退屈の方を主にお話をしていこうかなという感じです。
心のホースね。
そうです。
で、まず退屈の始まりの話っていうのがこの本にあって。
はい、退屈の始まり。
そう、性格の問題じゃないですよ、退屈が生まれちゃうっていうのは。
人類が約1万年前に定住を始めた瞬間からこれは抱えてるよっていう説を出していて。
へー。
影響がでかいよね。
でかいね。
面白い。
人類はその定住する前はもっともっと長い間、移動しながら暮らしていたと思う。
今もね、移動しながら暮らす民族は世界にはいると思いますが、もっともみんなそう、定住ってない。
そうだね、土地の概念がまだないってことね。
そうそう、っていうときに、じゃあこれ、あの2人の大好きなクイズなんだけど。
お、お、お。
ザゼンやる気出てきた。
久々に来た。
人類はなんで定住、1つの場所に住み着くっていうことを始めたと思いますかと。
おーいいね。
おー。これはあれですよ。農耕が始まったからですよね。
お、いいね。まさに想定していた後藤です。
おー後藤ですって。
えー私は佐藤ですって言って。
ありがとうございます。あ、後藤さんじゃなくて、ややこしいな。
えー農業発明したから定住できるようになったってみんな考えますよね。
うんうんうん。そう習った気がする。
なんか台本に載せられてる感じする。
ありがとう。
そう習った気がしたけど。
まあもちろん多分これ、なんていうの、諸説あるんだよ。
多分ジローの言う説もあるだろうし、それは絶対間違ってるって感じではないとは思ってます。
が、この本においては逆というか、農耕が発明されたから定住ではなくて、
定住というものが起きたから、その過程で農耕っていうものがやるようになったよね。
定住っていうのは先にあると。
先にそれになった理由がある。
だからあれじゃない?その若者のさ、スマホ離れとかいろいろあるじゃん。
うん。
同じでもう移動疲れなんじゃない?
あははははは。
あーごめん。
もう疲れちゃった。
ちょっと疲れちゃったわ、みたいな。
移動ってだるいよね、みたいな。
だるいって言ったやつがいたんだろう、きっと。
移動って動画見てないよねって思ったのかもしれない。
いや、めっちゃ出ると思うけどね、移動が。
あははははは。
なんでだろうね、移動。
あのね、結構惜しいというか、まあそれはそうなんだけど、それになる要因っていうのがその外部要因としてあったんだよね。
へー。
え、もう移動できなくなったと言っても過言ではないんですか。
いや、そんなことはないです。
そんなことはない。
へー。
移動しないほうがいいなってなった。
うんうんうん。
あまりにもそこが良すぎた。
あははははは。
オアシス的な。
オアシスを見つけてしまった。
ザ・ルーみたいな。
それもちょっと一理あるかもね、結局文明って川沿いにしかないんじゃないっていうのはそういうことではあるもんね。
水が良かったみたいな。
そうそうそうそう。
まあ答え言っちゃうんだけど、氷河期が終わったっていうのが一つ要因らしくて。
あーなるほど。
これ僕最初に言うんだった気が氷河期が終わった結果狩りが廃れたみたいな話があったんですよ。
へー。
なんか逆じゃねって思って。
わかるわかるわかる。
氷河期の時の方がね、動物って。
エマも少なそうだもんね。
いなそうじゃんって思ったんだけど、どうやら氷河期の間っていうのはマンモスとかオオツノジカみたいな大きな獣が群れてて。
なるほど。
そこに槍を投げれば大きな肉が手に入るっていうことがことだよね。
うんうんうん。
だけど氷河期が終わると草原が森になっていく。
うんうんうん。
そうすると大型の獣っていうのは森にあんまり入れないから。
確かにフィットしないよね、どう考えても。
そうすると鹿とかイノシシみたいな小さくて素早い獣が多くなっていくんだって。
うんうん。
そうすると狩りだけだと食べていけなくなっちゃうっていう逆転現象が起きて。
へー面白いね。
その結果木の実とか魚とかを取らないといけないよね。
うんうんうん。
なんだけど木の実とか魚も季節によって取れる量が全然違うと。
特に植物なんてそうじゃないですか。
確かに。
魚も水が凍る地域だったら夏しか取れない。
うんうん。
だったらこれを貯めておかないといけないよね。
あーストックをしなきゃいけないからってことなのか。
そう。
で、貯め込んだらもうそれ持って動くのは結構めんどくさいから。
そうだよね。
定住せざるを得ないよね。
なるほどね。
定住した結果農業っていうのは生まれていった。
木の実をじゃあいつでも食べれるようになったらいいよねっていうので。
うんうん。
なっていったよねっていう順序。
あとこの本では説明されていましたね。
へー。
なるほどね。
はいあのぜひ明日保育園で話してください。
皆さん子供たち夢買って。
結構難しい話だね。
笑
スケールデカくていい。
おぼろいだ。
そうなんですよ。
でなんで戻るか。