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休みの日、気づけばスマホで終わる人へ #104
2026-09-02 45:16

休みの日、気づけばスマホで終わる人へ #104

休みの日、気づけばスマホだけで一日が終わっている。それを「自分の意志が弱いから」ではなく、人類が定住を始めた1万年前からの話として考える回です。退屈の正体と、目の前のものをちゃんと受け取るための"訓練"の話まで。


今回は川地さんが『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎/新潮文庫)を紹介します。


▼今回の話の流れ

うさぎ狩りに行く人は、うさぎが欲しいわけじゃない/欲しいのは、追いかけている時間の方/暇は外側の条件で、退屈は心の状態/退屈の始まりは、1万年前の定住だった/氷河期が終わって、狩りだけでは食べていけなくなった/蓄えを持った瞬間、動けなくなった/移動していた頃は、五感も頭もフル稼働だった/余った力の置き場がないのが、退屈の正体/祭りや工芸は、その受け皿として生まれた/トイレは定住のあとに生まれた文化で、本能じゃない/生き物はそれぞれ違う世界を生きている(環世界)/ダニが感じ取れるのは、匂いと体温と手触りの三つだけ/入園したての子の拒否反応も、環世界の引っ越し/情報を受け取る「消費」には満足が来ない/物を味わう「浪費」は、どこかで満ち足りる/だから「贅沢を取り戻そう」という結論/ちゃんと味わうことにも訓練がいる/ラッセルは「教育とは楽しむ能力の訓練」と言った/忙しくても「もっとこうしたいのにできない」なら、それも退屈/今日あったことを言葉にするのは、誰にでもできる


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サマリー

このエピソードでは、哲学書『暇と退屈の倫理学』を基に、現代人が休日にスマホで時間を浪費してしまう理由を、人類の歴史的視点から掘り下げています。著者の國分功一郎氏は、退屈の根源を約1万年前の定住開始に求めます。移動生活が五感と頭をフル稼働させていたのに対し、定住は余剰なエネルギーを生み出し、それが退屈の正体であると指摘します。この余剰エネルギーの受け皿として、祭りや工芸といった文化が生まれたと解説されます。 また、生き物はそれぞれ異なる「環世界」で生きているという概念も紹介され、ダニの感覚世界や、保育園に入りたての子どもの拒否反応が環世界の引っ越しとして説明されます。さらに、現代人が退屈を感じる原因は、情報を消費するばかりで、物を味わう「浪費」が不足していることにあると論じます。この「浪費」には訓練が必要であり、楽しむ能力を養うことの重要性が強調されます。最終的に、退屈と向き合うための方法として、情報消費ではなく、物事を深く味わう「贅沢」を取り戻すことが提案され、そのためには知識や教養といった「訓練」が不可欠であると結論づけています。

はじめに:退屈の倫理学とは
こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
メガネをかけたカオスです。 はい、メガネかかりました。 僕たちは高校の同級生3人で、メガネ2とラガー1でやっているラジオでございますけれども、
ごめん、コンタクトなんですね、僕ね。 ああ、コンタクトでした。失礼しました。
えっと、普段は講習代わりに、我々が保育士の皆さんにぜひ読んでもらいたいなという本をちょっと紹介しながら、
保育のことを考えたり、飛んでいろんなことに発想を飛ばして、ちょっと深めていこうみたいなことを続けている、そんなラジオでございます。
はい。 というわけで今回はまた川地さんプレゼンツということでお出しします。
はい、今日はですね、退屈をテーマにした哲学の本っていうのでですね、
スマートな退屈の倫理学という、お二人もご存知かと思いますが、 売れたやつ。 超有名なやつです。
まあこの本、どんな本なのというイメージをちょっと掴んでもらうために、この本の冒頭の方で紹介されている話を最初に聞いちゃうんですけど、
17世紀の哲学者にパスカルっていう人がいまして、 あれですね、
あれですよね、人間は考える足だっていうね。 そう、足の人です。 足って何っていうところから始まる人ね。
そうね、フットじゃないからね、レッグなんです。 植物の足ね。 植物のね。
はい、でその人が考えた例っていうのが紹介されていて、それが仮にその当時ウサギ狩り、まあ17世紀なのでね、貴族とかが行くと思うんですが、
ウサギ狩りに出かけようとしている人がいたとすると、その人は狩りに行くぐらいだから、きっとウサギが欲しいんだろうなって思って、
これをあげるよって、その死んだウサギを渡したとしたら、その人は喜ぶかどうか、考えたわけです。
で、まあなんとなくわかると思いますが、これ別に嬉しくないんですよね、ウサギ狩りに行こうとしている人が死んだウサギをもらっても。
うん、確かに。 ところが、なんならちょっと嫌な顔される場合すらあるかもしれないから。
で、これなんでかっていうと、ウサギ狩りに行く人ってウサギが欲しいわけじゃなくて、
本当に欲しいものって山を駆け回って獲物を追いかけるっていうその行為自体をやりたいよねと。
だから退屈から気を逸らしてくれる何かみたいなものを求めてるよね、今は。
はいはい。 だからそっからちょっと飛躍はするんですが、パスカルは人間の不幸っていうのは全て
部屋にじっとしていられないことから起こるとまで言い切ったそうです。
なるほどね。 黒論。
はい。っていうこの人間と退屈との付き合いっていうものを考え抜いたってのはこの本なんですね。
なるほど。 哲学者っぽい。
はい、いいね。やっぱ時代的にいいかもしれないね。
うん。 なので暇と退屈の倫理学を暇と退屈させないようにしていこうかなと思います。
楽しみだね。
はい、退屈じゃないラジオ目指して私たちも頑張っていきたいと思います。
これ自体が私たちの暇つぶしになっているという説はあるよね。
まあまあまあ。
確かにね、それもあるね。
それはあながち嘘じゃないですね。
うん。
はい、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
退屈の始まり:人類の定住と氷河期
この本、一言でどんな本なのかっていうと、まあ人は何で退屈するのか、また退屈とどう付き合っていけばいいのかっていうのを考えた本ですと。
はい。
これ2011年に出版されてまして。
結構前だね。
結構前だね。
そうですね、収録時点でもう15年ぐらい前。
うんうん。
そこで経ったか。
高校の現代文の教科書にも採用されてるそうです。
へえ。
まあ僕らが高校生の頃にはまだ出てないので、読んだことないと思うんですが。
うん。
まあ採用されていて、2021年には文庫にもなって、だいぶ読みやすくなったよね、持ち歩きやすくなったよねっていう感じですね。
文庫で読んだ記憶がありますね。
そう、僕も。
文庫がすごく流行ってるイメージです。
で、まあさっきも言った通り著者の国文さんは哲学者で、これ後書きに書いてあるんですけど、この本の出発点みたいなものって、著者自身が長く退屈に苦しんできたっていうのが、
あると。
人間味があっていいね。
そう。だからそれを他人ごとの解説とかじゃなくて、
自分の悩みを勉強の力で考察できるようになった人、みたいな。
自分を内省しながら言語化していったっていうものなので、
言葉がある種、知に足がついてる、実感があるような言葉選びをされているっていうのが特徴かなと思います。
確かに。なんか哲学書って言うとちょっとハードル高いけどね、そういう話聞くと。
ガチの哲学書はさ、やばいじゃん。
やばい。概念に概念を重ねていくみたいな。
僕は人生で3回ぐらいプラトンの国家に挫折してるので。
でもえらい、3回チャレンジしてる時点でえらいよ。
あれが読めるようになったらもう人生上がりぐらいのな。
そうだよね。
そんな一冊だよな、きっと。
あれはちょっと難しいんですけど、これは著者の自身もですね、哲学を勉強したことがない人でも最後まで読み取らせるように書いたっていうふうに言ってるんですけど、そんな本なんです。
で、イメージつけてもらうために、じゃあどんな悩みに効く本なのかっていうのを軽くお話ししておくと、
これよくあると思うんですけど、たまに久しぶりの丸一日のお休みみたいなのがあったとしましょうと。
はい。
まあチェロステスラーバーのね、お子さんがいらっしゃるから、休みと言いながらの休みじゃないみたいなのがあると思うので、
本当に子供たちも友達の家なり、奥様の実家なりはわからないけど、出かけていて、
完全に一人の時間。
私一人で24時間。
はい。
家事はやることがある?やらない?
やらない。
家事のタスクもない?
ない。
シーツ洗わなくてもいい?
洗わなくてもいい。
掃除機もかけなくていい?
買い出しもしなくていい。
作り分けもやらなくていい。
最悪、食にウーバーイーツ頼んでもらっていい?
なんでその、自分で頼めよって話してんの?
不便やろ。
最高だな。
なるほどね。
こっちのセンセマリックとだいぶなんていうか、特別すぎるので、なんとかしようってなると思うんだけど、
独身だったり、子供がいなかったりすると、丸一日の休みって言われたらどん日とかたまに来る人ですね。
そういう人は、たまった疲れを取るために好きなことをしようとか、
勉強の一日当ててやろうとか、思うんだけど、だいたい気づけばショート動画を一日中見て、スマホを眺めただけで一日が終わるよね、みたいな。
現代のドパ書きがみんなそうですね。
すべからくドパ書きと言ってもいいんじゃないでしょうか、私たちは。
まあ、ショート動画は例ですが、スマホを眺めてたり漫画読んだりしてたら終わるよね、みたいな。
Twitterの一日が終わるよね、みたいなことは聞いてる方も全然よくあることかなと。
そういうときに、うっすら自分を責めたくなるというか、損をしたような。
なんか罪悪感みたいなね。
で、それをやめようとかって話ではなくて、そうなっちゃうのには事情があるんだよっていう本なんです。
なるほどね。
そんな自分を肯定できるかもっていう話。
事情っていうのは、人類1万年分の過程があってそこに至ってるだけだよぐらいの壮大な。
そういう事情ね。
ドーパミン中毒だからとかそういう話ではなく、脳がそうさせてるからとかじゃなくね。
肯定って作品も当然あるけど、どっちかっていうと構造を話してるっていうだけ。
肯定でも否定でもなくて、そういうもんだよっていう。
うん。
肯定によってはそれも肯定なので別に、肯定だと思っても。
なんだけど、そういう本ですと。
で、この本で著者は暇と退屈の倫理学なんですが、暇とは何で退屈とは何みたいなのをざっくり定義していて、
暇っていうのは何もすることがない時間っていう外側の条件、もう外部要因みたいなもんですね。
暇っていう状態。
で、退屈っていうのは暇だから何かをしたいんだけど、できないなっていう心の状態のことっていう。
はいはいはい、心ね。
そう、内部的な条件というか状態の話、と区別していて。
で、今日はその退屈の方を主にお話をしていこうかなという感じです。
心のホースね。
そうです。
で、まず退屈の始まりの話っていうのがこの本にあって。
はい、退屈の始まり。
そう、性格の問題じゃないですよ、退屈が生まれちゃうっていうのは。
人類が約1万年前に定住を始めた瞬間からこれは抱えてるよっていう説を出していて。
へー。
影響がでかいよね。
でかいね。
面白い。
人類はその定住する前はもっともっと長い間、移動しながら暮らしていたと思う。
今もね、移動しながら暮らす民族は世界にはいると思いますが、もっともみんなそう、定住ってない。
そうだね、土地の概念がまだないってことね。
そうそう、っていうときに、じゃあこれ、あの2人の大好きなクイズなんだけど。
お、お、お。
ザゼンやる気出てきた。
久々に来た。
人類はなんで定住、1つの場所に住み着くっていうことを始めたと思いますかと。
おーいいね。
おー。これはあれですよ。農耕が始まったからですよね。
お、いいね。まさに想定していた後藤です。
おー後藤ですって。
えー私は佐藤ですって言って。
ありがとうございます。あ、後藤さんじゃなくて、ややこしいな。
えー農業発明したから定住できるようになったってみんな考えますよね。
うんうんうん。そう習った気がする。
なんか台本に載せられてる感じする。
ありがとう。
そう習った気がしたけど。
まあもちろん多分これ、なんていうの、諸説あるんだよ。
多分ジローの言う説もあるだろうし、それは絶対間違ってるって感じではないとは思ってます。
が、この本においては逆というか、農耕が発明されたから定住ではなくて、
定住というものが起きたから、その過程で農耕っていうものがやるようになったよね。
定住っていうのは先にあると。
先にそれになった理由がある。
だからあれじゃない?その若者のさ、スマホ離れとかいろいろあるじゃん。
うん。
同じでもう移動疲れなんじゃない?
あははははは。
あーごめん。
もう疲れちゃった。
ちょっと疲れちゃったわ、みたいな。
移動ってだるいよね、みたいな。
だるいって言ったやつがいたんだろう、きっと。
移動って動画見てないよねって思ったのかもしれない。
いや、めっちゃ出ると思うけどね、移動が。
あははははは。
なんでだろうね、移動。
あのね、結構惜しいというか、まあそれはそうなんだけど、それになる要因っていうのがその外部要因としてあったんだよね。
へー。
え、もう移動できなくなったと言っても過言ではないんですか。
いや、そんなことはないです。
そんなことはない。
へー。
移動しないほうがいいなってなった。
うんうんうん。
あまりにもそこが良すぎた。
あははははは。
オアシス的な。
オアシスを見つけてしまった。
ザ・ルーみたいな。
それもちょっと一理あるかもね、結局文明って川沿いにしかないんじゃないっていうのはそういうことではあるもんね。
水が良かったみたいな。
そうそうそうそう。
まあ答え言っちゃうんだけど、氷河期が終わったっていうのが一つ要因らしくて。
あーなるほど。
これ僕最初に言うんだった気が氷河期が終わった結果狩りが廃れたみたいな話があったんですよ。
へー。
なんか逆じゃねって思って。
わかるわかるわかる。
氷河期の時の方がね、動物って。
エマも少なそうだもんね。
いなそうじゃんって思ったんだけど、どうやら氷河期の間っていうのはマンモスとかオオツノジカみたいな大きな獣が群れてて。
なるほど。
そこに槍を投げれば大きな肉が手に入るっていうことがことだよね。
うんうんうん。
だけど氷河期が終わると草原が森になっていく。
うんうんうん。
そうすると大型の獣っていうのは森にあんまり入れないから。
確かにフィットしないよね、どう考えても。
そうすると鹿とかイノシシみたいな小さくて素早い獣が多くなっていくんだって。
うんうん。
そうすると狩りだけだと食べていけなくなっちゃうっていう逆転現象が起きて。
へー面白いね。
その結果木の実とか魚とかを取らないといけないよね。
うんうんうん。
なんだけど木の実とか魚も季節によって取れる量が全然違うと。
特に植物なんてそうじゃないですか。
確かに。
魚も水が凍る地域だったら夏しか取れない。
うんうん。
だったらこれを貯めておかないといけないよね。
あーストックをしなきゃいけないからってことなのか。
そう。
で、貯め込んだらもうそれ持って動くのは結構めんどくさいから。
そうだよね。
定住せざるを得ないよね。
なるほどね。
定住した結果農業っていうのは生まれていった。
木の実をじゃあいつでも食べれるようになったらいいよねっていうので。
うんうん。
なっていったよねっていう順序。
あとこの本では説明されていましたね。
へー。
なるほどね。
はいあのぜひ明日保育園で話してください。
皆さん子供たち夢買って。
結構難しい話だね。
スケールデカくていい。
おぼろいだ。
そうなんですよ。
でなんで戻るか。
定住がもたらした退屈と文化の誕生
移動する暮らしから定住する暮らしになった。
うんうん。
で移動する暮らしって
さっきドパミネって言ったけど
逆でやっぱ出るんだよね。
出るよね絶対。
分かるハイだよね絶対。
新しい土地に行くたびに
水場はどこにあるか危険はないか
何が食べられるんだろうかっていうのが
めちゃくちゃ五感と頭が
興奮状態でしょもう。
10秒短そうだよね。
ね。
だからそうすると
人間の探索する力みたいの
フルに使わないといけないから
めっちゃ毎日ヘトヘトで
余裕なんてものが
全くない状態になったわけなんですよ。
確かにね。惰性ってものがないもんで。
そう。なんだけど
定住をすると
前に知ってる場所と知ってる道になるんですよ。
なるほど。
それとこれまでフルで使ってた五感と頭みたいなものを
余らせちゃうと。
はいはいはい。
この余った状態っていうものが
退屈の正体だよね。
非常にロジカルで
分かりやすいですね。
だから
人類がお祭りとか工芸費みたいなものを
作るようになったとか芸能
といった文化ってのはこの
余った力の受け皿として
発達してきたんじゃないかって。
面白いね。
なるほど。
面白いよね。
エネルギーがそういう形で出てくるってことね。
何かで消化させなきゃってところで
始まったのね。
そうそう。
今はもうサバイバル生活
みたいなところをたまに見るんですけど
うん。
あと東出さんとかね。
わかりやすいもんね。
あの人とか一日を生きるための
仕事で一日が終わるじゃん。
うん。
そうだね。
あれはやっぱ退屈とかとは割と無縁になりやすい
社会だからね。
なるほどね。
っていうのなんで定住がそれを生んでいった。
うん。
定住が退屈の始まりだったんだ。
だって僕とかも
今日一日家にいるもん。
でも俺もそうなのよ。
関係ね。
せいぜい5メートルから10メートル程度の
入る、知った家と
知った空間だけを
見てたらそれは
余るよね。
ドパガキになるから。
ショート動画でも見なきゃ
なんかやってらんないよね。
頭フリー回転させるショート動画でも見ないとさ。
やってらんないよね。
不毛なエネルギーの使い方はおもろいね。
改めて考えると。
本当だね。
小ネタ:トイレの概念と環世界
で、ちょっと本筋からずれる
小ネタなんだけど
定住の話の中に
トイレの話が出てきて
移動して暮らしてた頃って
排泄物ってその場に残して
立ち去ればよかったのよ。
まあね、疲労になるしな。
なんだけど定住すると初めて
決まった場所で用を足して処理しなくちゃいけない
っていう課題があったの。
だからここで初めて
トイレっていう概念が生まれたので
著者の方は
人間の生来
100万年前とかに戻ったら
トイレっていうものはない
状態だから、トイレって後から
追加された概念だから
子供の日付で一番大事なのは
トイレを教えることだ。
面白いね。
なるほどね。本能的なものとしては
備わってないからってことね。
それはその通り。
あれは文化だから。
人間の機能じゃないからね。
そうそう。
粘り強い関わりがあってやっと
身につく習慣なんだと。
本当そう思うよ。
いい表現だね。
おトイレ周りの
便秘の権威ある
先生も同じこと言ってる。
へえ。
トイレなんて文化なんだから別にいいじゃん。
何でもいいんだよ本当は。
おむつで使用が何だろうか
本当は何でもいいんだから。
これは文化ですからね。
うんこが出るか出ないかってだけが
機能的に重要なので。
そうだね。
どうでもいいんですみたいなこと言ってたよね。
本来はね、人間その生物的機能っていう観点で見たら
普通にトイレになる。
あれはずっと社会的な衛生関連の
たまものなんだね。
社会ですからって言って
そこを切り分けて考えないとトイトレは苦しいよ
っていう話をしてて
間違いないなと思いましたね。
意外なところからトイトレの意義が繋がって
ちょっと面白いですよ。
トイトレの話がメインだった今日みたいな。
深ぼっちゃった。
1つ2つぐらい面白かったところを
ポイントにしていくんだけど
1つ目が生き物は
それぞれ別の世界で生きてるよ
っていう話が
これがマダニの話が
出てくるんですね。
ダニですか。
ダニって
目も耳もなくて
感じられるのが
哺乳類の皮膚から漂うにおいと
体温の温かさと
毛の少ない皮膚の手触りの3つだけなの。
最強だよ。
だからショートトラックが見れないの。
かわいそうだよね。
かわいそうだね。
ドパガキになれないってことでしょ。
退屈で退屈でたまらない。
でもこの3つのシグナルだけでできた世界を生きるって
生きながら
木の枝の上で舌を通る動物の
ひたすら待ち続けるって
世界。
うんうん。
ダニって18年くらい何も食べずに生き続ける種類とかもいるらしいくらい。
やばすぎるでしょ。
何もしてないみたいな。
過ごせる。
これを生き物って
みんなで同じ一つの世界を共有してるんじゃなくて
それぞれの体に合わせた
別々の時間と空間を生きているっていう
かん世界っていう概念があるらしい。
環世界ね。環境の環だよね。
そう環境の環に世界。
なので
これを生きているから
ダニかわいそうと
ショート動画見れなくてとかじゃなくて
世界が違うから。
うんうん。
ダニショート動画見れなくてかわいそうって言ってるのは
多分世界で僕だけなんですけど。
これから引きこもりのやつを
ダニのように何もしないやつって言えばいいよね。
ひたすら待ち続ける。
ただただ時間に。
皆さんは真似しないでくださいってテロップのことで。
ダニのようなやつね。
一個人の考えですね。
人間も当然
環世界があるんだよね。
生物の。
人間の環世界っていうか
人間の特徴として面白いのが
人間って一つの環世界に
浸りきれないよね。
っていう特徴があると。
ダニだったら
もうさっきの3つ
匂いと太陽の手触りだけの
世界。
世界の見え方は変わらない。
固定されているんだけど。
人間は
学べば夜空というものを
学んで星座というものが
あるよって知ると
ただの光の
点みたいなものが繋がりを
持って見えてくるみたいな。
これが環世界の変化なんだと。
みたいな。学ぶことで
世界が変わるとか。あんならもっとわかりやすい
職務が変わると見える世界が
変わるとかも。
おはや環世界の変化っちゃ変化だよね。
なるほどね。
どんどんどんどんいろんな環世界に
引っ越していると。
これがある種
いろんな環世界を知っているからこそ
退屈っていうものも生まれてきちゃう
みたいな話が
あったんですね。
この繋がりはまだそう書いてあるけど
なんで?とは思ってます。
この繋がりはちょっと僕は
完璧には説明できません。
そう書いてあったなっていうところです。
とりあえずね。
これまたこの本ね、保育園の話
多くて。
環世界の引っ越しの例として
初めて保育園とか幼稚園とか
学校っていうものに
集団生活に
入る子どもの拒否反応
っていうのもこの環世界で
説明できるよね。
その子がそれまで作り上げてきた
環世界っていうものを
集団に入ることで壊さないといけない。
新しい環世界を自分なりに
作らないといけない。
っていう状態になっていくので
だからすごく拒否反応を
人によっては示しちゃうし
失敗も起こっちゃうよねっていう
とか書いてありましたね。
そうすか。
そうすよね。
いやなんかでもそれでいうと
全然話飛んじゃうけど
それこそ自閉症の人とかは
その自分の環世界が
なんというか
強くあるみたいな感じ
確かに。更新されづらいのかもね。
更新されず、もうとにかく
強固に自分の環世界があって
そこを生き続けるある種そこを
なんというか
生きることができると言っても過言ではないってことでしょ。
そうだね。確かに。
人間はいろんな環世界を
引っ越していくのにもかかわらず
ある種自分の世界だけを
生き続けることができるっていう
側面で見るとなんかちょっと面白いね。
そうだね。
環世界という概念は
ちょっと面白いな。
それが意外とこの集団と個人
つなぐ。
集団生活に行くのも
ある種環世界の拡張というか
変化なんだなという
視点ですね。
はい。
退屈との向き合い方:浪費と消費、そして贅沢
もう一つが
この本の結論部分を
ちょっとサクッとお話しすると
退屈と
どう付け合えばいいのかっていうのの答えが
いくつか出てくるんですね。
一つじゃないんだ。
なんだけどここでは一つだけ
説明すると
贅沢を取り戻そうって書いてあって
贅沢。
なんか
製品こそ気負いだろ。
なんか
まるで俺たちが贅沢してないみたい
じゃんな。
贅沢三昧だよな。
いや違う俺は今そうは言ってない。
俺は製品が
いいだろって言った。
真逆どこと言っちゃった。
だろうかと思ったけど
さすがに違い過ぎだから。
ごめんな。
まあ贅沢
っていうとお金で
合流しろみたいな
直感的には思っちゃうけどそうではなくて
そうしたような方はまず
浪費と消費っていうものが世の中には
あるよねっていうわけだと。
これ多分いろんな定義が世の中にあるんだけど
この本においては
浪費っていうのは
物、物体的なものを
受け取ること。
美味しいものを味わって食べるとか。
物理的な何か。
一方消費っていうのは
情報とか
関連を受け取ること。
面白いね。
同じご飯を食べるでも話題のお店だから
行き、行ったという事実を持ち帰り
また次の話題のお店を探しに行く
みたいなこと。
これって
ラーメンの漫画に出てくる
ラーメンハゲというキャラクターが
俺これ読んだことないんだけど
ラーメンは情報を食っているみたいな
名言があるね。
読んだことない漫画の知らないキャラの
名言を話してるんだけど今。
すごいね。
すごい薄いところで書いてある。
ラーメンって情報を
食ってるってどういう事かっていうと
この店主は何にこだわっていて
煮干しがどうだとか
製麺所はどこだとか
実際の味ではなくて
どう作られたかっていう過程を
食ってるよねっていう意味なんだけど
それはこの本で言えば
消費。
浪費っていうものは
物体的に具体的に限界があるので
どこかで満足に
行き着いて一旦止まると。
なるほどね。
ご飯ってもうお腹いっぱいになったらもう食べないじゃん。
そうかそうか。
なんだけど情報とか関連って
どこまでも限界がなく止まらない。
だからここは
満足がやってこない。
だから満足がやってこないから退屈に感じちゃう。
ずっとずっともっともっと
消費したいけどできないようにしたいなっていって
退屈に繋がるっていうのが
社民たちなんですね。
なるほどね。
なのでこのもっと物を
受け取ることみたいなところに
フォーカスしようよ
っていう贅沢をしよう
浪費にしろってこと?
浪費の方に
もっと重きを持こうと。
なるほど。
この浪費も実は
物を受け取る楽しみのとこってのは
訓練がいるんじゃないかと。
ちゃんと享受できるかどうかみたいな
受け皿の問題があるのか。
そう。
で、これこの本の中で
引き合いとして出しているのが
ハイデガー
有名な哲学者ですね。
その人も退屈の分析っていうのしてたらしいんだけど
みんなやっぱ哲学者は
退屈を分析したいんだね。
そう。
で、ハイデガーは
とあるパーティーに招かれた夜のことを
振り返って書いてて
そのパーティーは食事は美味しかったし
会話も楽しかったし
うま気も据えて
すごい満足だって思って
家帰って仕事に戻ろうとした瞬間に
あれ?自分って今晩
本当は退屈したんじゃないかなって
思ったって書いてるんですよ。
なんでだよ。ちょっと酔ってたんじゃないの?
なんて?
しかもこれ理由とかあんま書いてないらしくて
調査が読み解いたことを
説明してくれるんだね。
俺ハイデガーのこれだけ読んだら
意味が分かんなすぎてびっくりしちゃうと思う。
なんで?
なんでか言えよ。
もっと素直になりなよとか思っちゃう。
そんなに構えんのやめなよとか言うと
行きづらいと思うよって。
ちょっと友達いなかったんだろうとか言うよ。
それは俺に聞くからやめてくれ。
確かに確かに。
これを著者の方なりに読み解くと
ハイデガーは
このバージョンの食事とか音楽とか
葉巻っていう目の前のものを
本当の意味では
受け取ることができてなかったんじゃないかなと。
楽しむための訓練を受けていなかったので
なんとなくこなしていた
状態で
楽しめていなかったんじゃないか
っていう読み解きだったんですね。
だからこれ本当にやりたかったら
料理をちゃんと味わうっていうのは
すごい大変なことしたじゃなくて
鼻でも目でも受け取るっていうのは
ちゃんと分かんないといけないじゃん。
確かに確かに。
僕海部社がコーヒーの仕事をしてるんですけど
コーヒーの味って
語彙がすごいのよ。
そうだ。
プロの世界ではね。
果実味があるとか。
ハニーとかね。
このフレーバーはハニーとバニラとナッツで
面白いよね。
コーヒーもさ、ワインもさ
どうしてそれ以外のもので
例える節があるんだろうな。
ワインとかもそうだよね。
ソムリエの教科書とか読んだことあるんだけど
草原のような。
面白いよね。
イメージの世界だからね、表現の。
皮膚だよね。
これってたぶん
いきなり草原は出てこないのよ。
間違いないね。
草原っていう表現があるなと。
それと味を繋げて
これを草原と呼ぶんだっていうニュアンスを
感じないと
生まれて初めて飲んだワインに草原を感じることは
無理だった。
完全に学習して
楽しみ方が分かったから
できることってことだもんね。
じゃないと、その訓練を受けないと
ただ高級で
だから美味しいになっちゃう。
これって情報を送ってるのと変わらないよね。
なるほどね。
でもすごい確かに大事なこと
な気がしてきたな。
ちゃんと味わうためにはってとこだもんね。
この話でまた
僕の出てくる話題
普通に漫画しかないんだけど。
とある漫画にですね
めちゃくちゃ日本の
高級料理を海外のセレブに
紹介する旅行代理店
っていうテーマの漫画があって
料理がテーマなんだけど
その本編ではなくて
原作者のコラムみたいなところに
現代のフレンチの
最高級のフルコースを
18世紀の
パリで振る舞ったら
喜ばれるのかっていう
思考実験があって
それを原作者の方が
フレンチのシェフに聞いたんだって
そしたら
たぶん理解できないと思います。
そのフレンチも
ここに至るまでの味の
文脈というか
このトレンドがあって次にこうなって
ここを重ねてこうなってきた
っていう複雑さが今
だから
理解ができない味って美味しくない
というか分かんない先に来ちゃう。
まあ確かにね
なんか現代アートとかもそうだもんね
その文脈とかさ
その過程が知らずにここに行き着いてるって言っても
何もわからんやんっていう
そうそうそう
結構何でもそうで
僕はこの話を別の人としたときに漫画もそうだよね
っていう話になって
なるほどね
ドラゴンボールとかが最盛期だった
連載してた頃に
ルックバックは絶対受けなかったよね
っていう話になって
確かにね
それは面白い
いろんな
美術もコンテンツも
そういう一面があるね
何においてもこういう文脈があって
至るしそれにはやっぱり
勉強とかしちゃんと
知るっていう
浪費を受け止めるための努力っていうのが
贅沢だよね
今初めてこう歴史を学ぶ意義
みたいなものを裸で感じることができた
確かに
それ本当にそうで
楽しむ能力の訓練と教養の意義
これまた本にお話戻るんだけど
本の中で
哲学者ラッセルの言葉っていうのがあって
教育っていうものは
楽しむ能力を訓練することだよね
っていう
風に考えられていたんだよ
前はって言ってた
ラッセル
今はそうじゃなくなっちゃってるよね
っていう風刺的な意味
なんだけど
今言った通り知ることで
世界の見え方が変わる
退屈じゃなくなる
っていうので教育っていうのは
ある種贅沢の一つなのかもしれないですよね
それって
あれだよね
言い方としてあれかもしれないけど
ある種の教養ってそういうことなんじゃないか
受け止めるための
前提の知識とか経験とか
その対局がやっぱドバガキじゃん
自分で何の努力とか
経験しなくても刺激が得られるみたいな
本当上積みのとこだけで
一番味が強いとこだけを
延々と浴びせされてるような
感じだもんね
気持ちいいのが厄介なんだよね
依存と一緒だよね
ゲームフォイアアドバンスとかを
分解して掃除して直す動画とか
見ちゃうだろ
やばすぎるね
見ちゃうな
面白えぞ
気持ちよくなっちゃうよねそれは
なるほどね
どの世界でもそうだよな
でももちろん
僕もショートボーグはボーパミンっていうか
アテンションエコノミー的な
とにかく刺激で
引きつけるようなコンテンツみたいなものが
好きだし見てるけど
絶対いいとは別に思っていない
そこをちゃんと
教育的にこれもなんというか
楽しむ力じゃないかな
って言うんですよ
そこからも話したかもしれないんだけど
ショート動画というものを
一個一個の動画ではなく
こういうものが流行る
場所なんだなという
受け止め方を分析する場所って
思ってみると
それは一つの勉強だよね
仕事でドパ書きやってるようなもんだもんね
そうだね
ビジネスドパ書きなんだけど
ほぼ仕事よ
でも全てのインプットって
別に期限はないじゃないですか
どれが読まれるかなくて
どう受け取ってどう自分の中で
読み込むかっていう話なので
そういうものこそ
贅沢なのかもなって
なるほどね
面白い、いい話だ
という感じで暇と退屈の倫理が
まとめ:退屈と向き合うためのヒント
お話ししてきました
正直これ
保育園で働く人にこそ読んでほしい
っていう理由が強くあんまりなくて
でもこういうことを
読んでおくと
日々の
仕事の忙しさの中でも
ちゃんと吸収をするというか
見方を変えるためには
いろんなことを知っておかないといけないんだな
っていうことを実感して
それこそ今さっきチロが言ってくれた
歴史を知ることの意味
みたいなのを裸で感じる
気づきってすごく
それがあるだけで
動きが変わってくることだと思うので
そういうものを知るっていう意味では
すごくいい本なのかなと思うので
ちょっと分厚めですが
語り口自体は優しいので
ぜひぜひ読んでみていただけたらな
というお話でした
芸人さんとかさ
日常生活のすべてが
ネタの根源でありさ
エピソードトークの種でありさ
全部を笑いで消化しに
行くじゃない
どんな辛いことがあろうが
楽しかったり面白かったりしたことは
そのまんまでもできるし
なんかすごい
今芸人さんって
それこそ
暇と退屈を買いならして
仕事にできてるな
っていうのを
今チョロっと思ったのと
ある種保育士とか
人に関わるような
特に保育の世界は
まだまだ
世界を作っていく過程も
最初の最初の時期をね
子供たちと関わってるだけあって
どうしても世界観が
視野が狭まりやすいというか
そこだけで
考えがちになりやすいんだけど
ここのラジオでもね
何回か話してると思うけど
それこそいろんな経験があったりとか
自分が好きなこと
自分の趣味とかも含めて
すごく自分が人生楽しんでるような
タイプの人
そういった保育者の方だとまた
子供との関わり方が違ったりとか
見え方が違ったりとか
いろんな刺激があっていいなって
ちょっと思ってるので
仕事自体はね
子育てもそうだけど
退屈とは程遠いというか
退屈になる
いとまを与えられないタイプの仕事だと思うから
そういった意味じゃすごい
たまのオフはね
みんな非常にお疲れだと思うんだけど
でもなんかこう
浪費とは
言わなくても
幸せを享受できるような
そういう
器をちゃんと持っていたいなというか
そういうのをちゃんと
作っていける
自分がちゃんとこれで楽しいとか幸せだって
感じられるようなものを
子供たちにも伝えていって
欲しいなって思ったので
読んでください
まあでもちょっと
チェロンが言った側で言うから
今退屈をする
いとまもないっていうのは
もう一つ
退屈もう一回定義で言うと
何かをしたいのにできないなっていう
心の状態
ある種暴法殺みたいなものも
退屈の一種なのかもしれないね
なるほどね
本当はもっとこうしていたいのに
できていない
っていう状態
そうかそう言うとめっちゃ退屈
かもしれないな
仕事をしてるけど退屈って言うね
なんかこう
仕事の中でももっとこうしたいのにできない
みたいなのも
現場いっぱいあるだろうから
なるほどね
でもう一個はちょっと前半のチロは
出た芸人さんって
その退屈と暇を
いっぱい慣らしそうだねっていう話はまさにだと思って
ガランドのさあやさん
うん
芸人だし音楽も
やってるんだよね
作詞作曲とか
私作詞作曲まではわかんないけど
作詞作曲作曲もしてて
でそれがなんかその
youtubeの企画かなんかで
相方の西田さん
がやっぱ何度か
殺したいぐらいの
気持ちになると
殺してやろうかなって思うんだけど
音楽と
ネタその
漫才があるからこれを消化できている
うーん
これがなかったらただただうざいやつで殺してたかもしれない
みたいな
でこれ何が言いたいかって
その別に実は
誰でもこれできるというか
うんうん
もちろん芸人さんがやりやすい
はあるんだけど
今日あったことを何かしらのアウトプットに
するっていう行為自体は別に誰でも
できるんですよ本来は
別にそれは文字であってもいいし
こういう感じの
話すでもいいし
そういうクリエイティブ的なものに
消化するっていうのは正直誰でも
できるしやりやすい時代なので
うん
自分じゃないかもなってあんまり思わないでほしい
自分にはできないかもなってあんまり
そうだね
特別な人だからそれができてるんでしょうじゃなくて
そうそう
そういうことだよね
はあるかもなとちょっと
いう感じでした
日記を書くとかそういうのでも
そうそうそうそういうの最悪見せなくたっていいんだよね別に
家族に話すとか
でもその一つのアウトプットも
ここだし
そういうのでも全然いいかなと思いますね
退屈になる人って
あの
比較的
なんか人と
過ごして
人と一緒にいたいみたいな傾向がある
と思っていて
あー
というかもっと分かりやすく言うと
一人でいる時間の
耐性が低いと思うんだよね
退屈になる人
っていうのもさっきの話じゃないけど
あのある程度浪費をさ
する準備が
整ってる人とか
自分一人でいてもその浪費のために
いろんな準備をしてるわけじゃん
自分が準備と思ってしてるわけじゃないけど
好きでそういう
浪費のための準備というかさ
みたいなことを一人でしてると思うんだけど
なんかそういう手段
とか
じゃないと一人の時間を持て余しちゃうと思うよね
浪費に繋がるようなアクションを
一人の時間に取れない人っていうのは
その退屈みたいな気持ちを
紛らわすために
なんか常に誰かと一緒にいて
それって誰かといれば刺激を受けることができるからさ
っていう風に
常に予定を埋めちゃうタイプって俺実は
そういう感じなのかなってちょっと思ってるというか
なんか
なんだろうね
忙しくすることが正義というか
忙しいけど退屈っていうのが
今日の話の中では成り立つと思うんだけど
そうそう
なんかね
一人でいる時間を持つこと
に対する
体制というか
みたいなものって意外とそういう
なんかなんだろうな
ローヒット消費の概念で
考えると意外と
考えられるなってちょっと思って
でも一人でいても退屈しないっていうかさ
その時間に
耐えられるってことはあんまりそこの
なんていうのかな
確かにそれを求めてないというか
自分の世界で
それを合わせるというか
何かエネルギーのやり場がある
ってことだと思う
ある意味で
たとえそれが
漫画だろうがね
ショート動画だろうが
現代ではそういう方向にいくけど
さっき聞いたみたいだけど
インプットに別に規制はないからさ
ちょっと
人といないと不安になっちゃうとかって
あるよねっていう
なんかそういうことかな
そこに気づけばよかったんだよな
俺別に一人でも大丈夫だってね
でも人といるからこそ
気づいてたんじゃないかな
ちょっと気づくの遅かっただな
相手側は相当
僕らが気づいてること全部気づいてると思うよね
えーでもパーティーって
帰ってきてそもそも
パーティーから帰ってきて仕事しようってのは
おこがましいよね
おこがましいって何
おこがましい
おこがましい
新しい文法の勉強からした方が
良くない
おこがましいっす
おこがましいんだ
そんなん考えないで
早く寝なさいって思っちゃう
うーんやっぱ合ってるかも
誰なんだっていう
話じゃないですか
歴史とか勉強した方が
良いかな
良い文明になる
歴史勉強した方が良い
俺はねちっちゃいから歴史を勉強する
意味だけがずっとわからずあんま好きじゃなかったんで
歴史が
そうだね
僕もまだに古文は嫌いだよ
勉強しようと思いました
はい
というわけで今回はかわじさんに
暇と退屈の
倫理学
という本を紹介していただきました
ぜひ皆さんも
手に取って見てみていただけたらな
と思います
こんな感じで週替わりで
いろんな紹介していくので
感想・質問・ご意見
反論
もろもろ何かありましたら
ぜひぜひGoogleフォームのURL書いてるので
送っていただけると励みになります
コメントとかでももちろん
嬉しいですということでね
はい
今回ご視聴ご清聴の方どうもありがとうございました
ありがとうございました
さようなら
45:16

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