こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。
新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船のカオジです。
僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうということで日々頑張っております。
このラジオではですね、保育者の皆さんにぜひ読んでもらいたいなという本を紹介しながら、
いろんなテーマについておしゃべりして考察を深めていこうみたいな、そんな感じのラジオを続けております。
というわけで今回は、久しぶりに私佐藤から、
佐藤かな?私チロ先生から紹介ということで、
今日はおそらく2人が読んだことないだろうなというようなものを持ってきました。
では、野口春近さんが書いた風の紅葉という本を紹介させていただきます。
そういう字なんだ。
風の紅葉です。
インフルエンスオブシックね。
ウインドじゃないわけね。
ウインドじゃないです。風です。シックの方の風です。
なるほど。
ウインドのもみじかと思って全然ピンとこなかったけど、風の紅葉ね。
なるほどね。風です。
これ、先に言っておきますと、一応僕看護師という立場でやらせてもらってますが、
西洋医学におけるエビデンスに基づいた本ではないです。
すごい、ちゃんと言って。
いわゆるエビデンスがどう、みたいな議論はちょっとここでは一旦なしということで。
わかりました。
学問的正しさというか、アカデミックな研究的な正しさを求めるものではないと言います。
そうですね。医学的に正しいとかそういったものではないんですが、
こういった考え方があるとか、こういう風に捉えるっていうこと自体が僕はすごい面白いなと思ってるし、
ある種こっちの方が正しいと思えるようなものもあるので、
これはぜひ保育者のみなさんにも読んでもらいたいなと思っているので紹介させていただきます。
なんかあれだよね、西洋医学的には風っていう病名はないんだと思った。
そういうのなかったっけ?
正確には陰燈炎だかわかんないけど、別の病名になるみたいな。
風っていわゆる早症だから、広く言ってまあ風だろうみたいな。
いちいち診断をつけるほどでもないものだと思うんだけど、
答えに細かく言っていったら何かしらのウイルスだったり何かしらの細菌だったり、
9割ぐらいはウイルス性のものだから、何かに感染して巻き起こされている症状という感じで、
おそらく捉えられてるかなと思いますが。
お二人きっといろんな風を引いてきたと思うので、
ちょっと自分の経験とか、そんなところとも照らし合わせて考えていただけたらなと思っております。
よろしくお願いします。
お願いします。
じゃあ風邪をひく、風邪って一体何なんだろうっていうところから、
その体の働きであったり、
ある種の生き方みたいなものまで提示しているのが、
この風邪の功用という本なんだけど、
お二人は風邪ってどうやって治してますか?
自分が風邪をひいた時どうしてる?
熱が出て、熱が出た時どうしてる?
食って寝るね、それだけだ。
個人的に病院行かない主義だからあんまり。
怖い話が多いな、今日。
熱が出た時は寝てるとかが多い気がしますね、結局のところ。
あとあんまり熱測んないから、熱が出てるかどうかとかわからないんだよな。
じゃあ、例えば鼻水がすごく出て苦しいとか、
咳がすごく出るとか、下痢をしているとか、
そういった何か症状があるときって、
お二人はそれに対してどう対処している?
俺変わらないわ、さっきの話じゃない、食って寝るっていう。
最近はでも、僕は割とすぐ病院に行くようにしてます。
お医者さん行って。
一緒に働いてる人が、
社会保険っていう超高いサブスクを払ってるんだから、
病院はできるだけ使った方がいいって。
そうだね。
いい話だなと思って、それを聞いて以来、病院にすぐ行くようにしてます。
超高いサブスクだ、確かに。
なるほどね、そうか、そうとも捉えられるか。
じゃあ、お二人とも独自の健康法というか、あると思うんだけど、
ここで捉えてる野口春近が言ってる風邪っていうものは、
一般的な風邪を想像しても全然大丈夫なんだけど、
この風邪っていう現象をね、
もっと体の自然の働きなんだっていう風な視点で書かれてるんですよ。
で、これちゃんと理解しようと思うと、野口春近の何個かの著作を読み深めたりとか、
そういう治療科の視点みたいなもので見ていくとすごくわかりやすいんだけど、
一般的な価値観というか、医療とか特にかじってもなく、
別に自然治癒力とかよくわかりませんっていうタイプの方が読むと、
何言ってんだろうっていう感じがすると思うんだよね。
今聞いてるだけのちょっと正直、ちょっと怖いなと思いながら聞いてる。
一般的な価格で言ったら風邪って悪いものだし、別にひかないほうがいいじゃん。
健康を損なうものとも言えるもんね。
だし早く治すべきだよねっていう考えがおそらく主流なんだが、
このノクジハルチカが捉えてる風邪って、
体の調整機能というか調整作用の一つなんだっていう立場で物を言ってるんですよ。
ある種風邪をひくことで体がバランスをとり、むしろ体が強くなっていく、
体が本来持ってる回復する力っていうところにフォーカスして話が進んでいくんですね。
僕この視点ってすごく保育に必要だなと思ってるというか、
子供たちに必要な視点だよなっていうのはずっと思っていて、
というのも風邪をひいた、熱が出ました、
じゃあ解熱剤を入れて次の日保育園行きますっていう時代がほんのちょっと前まで、
実際、子供が風邪をひいても親御さん休めないわ。
もうしょうがないから解熱剤を入れて、
寒いましたって言って保育園に来るとか。
あるいは咳鼻水がひどいから、
我々としては保育園側としてはお医者さん行ってくださいとしか言いようがないんだけど、
医者行った、薬もらった、飲ませた、飲んで登園しますっていう親御さんは大多数がそうだと思うんです。
これって本当に正しいのかなっていうのは、
ちょっと疑問に思った方が保育者も親御さん、保護者側も良いのではっていう疑念が僕の中でずっとある。
何でかっていうと、
それって子供の体にとって本当にベストなのかなっていうのが一つ思うんですよ。
で、僕よく新入園児面談とか初めて保育園に通う親御さんにお話をするときに、
絶対に子供たちは風邪をひきます。
特に今これ収録時点で4月のわりと初旬の方だけど、
ならし保育が始まって初めて保育園に来る子たちがたくさんいる中で、
本当にびっくりするぐらいすぐ風邪をひき、
特に最初の1年だってずっと熱出てるか花火出てるか咳出てるかみたいな感じで、
いろんな風邪をいっぱいひいていくよっていうのをあらかじめ伝えていて、
そういった中で風邪をひくことで免疫を獲得して強くなっていくんだよっていう話をしてるんだけど、
これどっちかっていうと西洋医学的な考えというか、エビデンスがしっかりある方の捉え方ね。
実際に風邪をひくことで抗体を作っていくっていうのは本当にあるので。
でも一方で僕はこの野口春近が言っている風邪の効用、風邪をひくことで体が強くなるって言ってることは一緒なんだけど、
その調整をしているんだっていうところの視点というかは、もっとあるべきだなと思ってるんですよ。
西洋医学的に薬を飲んだから症状を抑えてるから、医療では本来の体の回復力であったり、
培っていく力みたいなものがあんまりちゃんといかないんじゃないかなっていうような気がしていて、
これが保育者に読んでもらいたい大きな僕からのポイントというか。
なるほどね。今の話を聞いて、改めて風邪ひいたときどうするみたいな最初はあんまり思い出せなかったんだけど、
じわじわと思い出してきていて、僕はインターネットからすべての情報を得ているので、インターネットで言われたことを信じているんだけど、
風邪薬、市販の風邪薬は飲まないほうがいいみたいな言説。
あれは結局なんでかっていうと、風邪っていう症状自体は体内の異物を大きく排除する動きの自然の方向というかギミックなので、
咳とか鼻水とかを止めたり、熱を下げる、下痢を止めるみたいなものは根本的な治療ではなくてバータリ的な対処だ。
本当にいいのはそういうものを出し切ってしまうということが人間のその構造上はいいはずなので、市販の咳止めで咳を止めるみたいなのは、
その瞬間だけを見たらいいかもしれないけど、長期的には良くないかもね、みたいな言説を特に裏取りもせずに信じ切っているので、
なので、僕はカッコン糖を飲んでるなって思いました。
そうね、カッコン糖とかはいい。
そう、これね、僕もその説すごく好きです。
普段あんなにエビデンスエビデンスって言ってるチロ先生が。
いいね、今日はエビデンス放棄してるからね。
多分医療従事者の中でもエビデンスなんて本当はクソくないと思ってるタイプの人間なので、
一応ね、看護師っていう仕事の中で必要な場面ではもちろんそこを重視するし、やらないと専門職として意味がないので大切にはしてるんだけど、
エビデンスで語れることの方が世の中少ないじゃないかっていうのはずっと思ってるんですよ。
だいたいエビデンスがあるものの方が少ないし、人間の身体の中の神秘の中で、
分かっていることに分かっていないことの方が圧倒的に多いし、
なんなら遺伝子だって、ちょっと前だけどまだ5%ぐらい私が読み取れてませんみたいな、
分かってませんみたいな説があったりとか、
そのなんかジャンクDNAみたいな、これはいらないんじゃないかと言われているそのDNAの中に実は神秘が詰まってるみたいな話があったりとか、
脳みそだって本当は5%ぐらいまでしか使えてませんみたいな。
で、99%ぐらいまで使ったらこんなことになるんじゃないかみたいな映画が実際あるからね。
よくあるね。
そういう設定よくあるじゃない、SFに乗って。
って思うと、エビデンスがこうだからって言ってるのってなんかめちゃめちゃおこがましくないっていう気持ちになってくるのよね。
分かってるほんのちょっとの単位のエビデンスの話しかしてないからってことだよね。
もちろんその中で確実にちゃんと研究されて、こうだこうだってちゃんと決まったもので成り立っているのが医療界なので、
でも僕それは医療としては正解なんだけど、看護ってかつ保育にもつながっていくんだけど、
そこがもうちょっとブレキシブルな感じをずっと思ってるのね。
というのもエビデンスを大事にしながらも実はエビデンスだけじゃないところも大事に思っている、
その裾野の広さというかどころの深さというか。
もともと看護の歴史とかいろいろなどっていくと結局その患者さんにこうちゃんと人と人、手と手をこう手を当てるみたいな。
看護の看って手に目って書くじゃない。手で触って目で見てっていうなんかそういう風になるんだけど、
なんかその人が触れることの力っていうのって絶対あるよねっていうのが何か大前提あるで看護の世界って何となく。
エビデンスをすごく重視する中でも、でもいやここは人が人としてっていうところにとても面白さがあるなと思ってるんだけど。
野口春千香が言っている生態のかつその治療家的な視点も同じようにその人の手を当てるとか、
そういうエビデンスはないしなんか半分本当元気玉みたいな感じのものなんだけど、
でもこうやってやるとこういうふうに回復する人がいるよねみたいな話ってすごいつながっていく看護とつながっていくものがあるなと思ってて。
これって保育の中でエビデンスとして何か確固たるものがあるわけじゃないけど、
保育士たちが例えばトントンって子供たちを寝かしつけるときにその手が安心させていたりとか抱っことか言葉かけとか、
なんかそういったところにもちょっと通じていくなっていうのがあって、
この風邪の紅葉におけるそういった野口春千香の基本的な姿勢というか考え方の基本みたいなところって大事にしたいなって僕自身が思ってることなんだよね、なんとなくね。
今の話を、今の話っていうかチェロ先生がその風邪の紅葉っていう本を出して、
東洋医学的みたいな話をした時点から一冊、僕も似たような本を思い出してて、
あの医学問答、西洋と東洋から考える体と病気と健康のことっていう本がある。
めちゃめちゃなんか近いというか。
ちょっとタイトルだとわかりにくいと思うんだけど、
これどういう本かっていうと、西洋医学のお医者さんと東洋医学のお医者さんが対談するっていう本なんだ。
めちゃくちゃ面白そう。
いいね。
で、冒頭から結構面白くて、
西洋医学側の人が針さしたら血圧が下がるって聞いたんですけど、本当ですかみたいな。
東洋側に聞いて、いやこういうのありますよって言ったら、いや疑わしいなみたいな。
結構ズカズカと、ちゃんと踏み込んで、
忖度なしで西洋的にこれおかしいんじゃないかみたいなことを言いつつ、
やっぱりとはいえ交わる部分があるみたいなのを見える本で、
それが結構ね、コミカルに推した方が面白い方々なのよ。
コミカルな掛け合いを見れるので単純にちょっというものとしても面白いし、
あそこ突っ込むんだみたいな。
なるほどね。
僕が見ると面白いんだけど、やっぱり千尋先生も言った通り、
どこかで人間の体が分かんない部分ってね、あるだろうから、
そこを突き詰めるっていうのもアプローチの違いなだけなので、
まして現代は情報化社会により西洋的なものが強くなりすぎてるからこそっていうのは、
ちょっと納得感あるなと聞いてて思いました。
特に風邪ってさ、とてもありふれていて、
特に保育園児は風邪をひくっていうところで、
親御さんにもちょっと気づいてもらえたら嬉しいなっていう視点が入ってあるので、
全部を完璧に理解しようと思うと多分ね、十数年かかるんだと思うんだけど、
修行が必要だなっていう感じがするんだけど、
でもなんかその怪我、怪我じゃない、風邪って治すものじゃなくて、
軽化するものなんだっていうようなそういう表現の視点だったりとか、
呼吸を大事にしようとかそういうところとか、
あと治ると治すの違いとかね。
たしかにね。
へー。
そうだな。
ただし、風邪をひくっていうのは台風が来るとかと同じようなことだとしたら、
軽化を待つっていうのが正しい。
でもほんとほんと、
台風に抗ってもしゃあないだろうみたいな感じはする。
むしろそこで軽化を待つっていう。
なんというか、これは西洋医学的にもそうなんだけど、
下痢が出ているときに下痢は止めない方がいいっていうのは本当にそうで。
そうなんだ。
出さなきゃいけないから。
中にある悪い排気を出すために体の反応として下してるんだから、
それを無理に止めることはしてはいけないっていうのが原則だよね。
たしかに。
でも、例えば咳とか鼻水っていうのを、
どうしてみんな簡単に咳止めを飲むんだろうっていうところなんだけど、
これはお医者さんの説明とか、
ちゃんと伝わりきってないところもあるんだけど、
別に止めようと思って、
止める必要があるものと、
別に止めなくてもいいものとは確かにあると思う。
っていうのも、
その症状があることで生活にどれだけ影響しているのか、
特に子どもの場合は食べれない、寝れないになってしまうと、
治るものも治らないので、
一番はやっぱり寝れるかどうかみたいなところ。
咳込んで寝れませんなのであれば咳止め飲んで寝た方がいいんだよね。
その方が回復するし、
鼻水も詰まっちゃって息できませんのであれば、
ちょっと溶かしてあげて出させてあげた方がいいよねっていうのが、
あるあるの処方なわけですよ。
大概子どもの風邪で出される薬って、
もうほんとこれとこれとこれとこれみたいなのが、
ほぼほぼあるあるであって、
どんな風邪であっても、
基本的にはもう明かりつけから同じもの出されて、
なんとなくそれを飲んで、
そしたら一週間くらいに経過していくみたいな感じ。
結局薬が治してるんじゃなくて、
薬で症状をコントロールして自分の世界で治してるんだっていう視点を、
保育者も保護者も持っていた方が良いし、
その視点があるかないかって結構ね、
僕は観察するポイントとしては大きいなと思ってるので。
確かにね。
現代社会だと風邪ひいたら薬飲むとか、
子どもの場合はね、
今度保育園行く言っちゃない熱の話とかになると余計に出てくると思うけど、
とりあえず薬飲むっていう、
何も考えずにそのムーブをするっていうパターンもあるけど、
そうじゃなくて、
まあ風邪がそもそもなんでこういう症状が出るんだっけっていうのを親御さんも含めて、
理解してる方がいいよねっていう話なんですね。
そうそうそうそう。
なんか咳は悪いもの、
鼻水が出るのは悪いことなんだみたいな認知になってしまうと、
そうだね。
ちょっと違うかなと思っちゃうかな。
単純にさ、さっきもチロも言ってたけど、
生活におけるストレスではあるじゃん。
鼻水止まるとか、
花粉症もそうだけどね、きっと。
鼻水止まらないとか、
まあ熱はだるいとかちょっとぼーっとするとかいろいろあると思うけど、
なんかその日常生活に支障をきたすから、
とりあえずそれを取り除きたいという衝動は多かれ少なからあると思うんだけど、
今日チロがこの本を持ってきたのはやっぱりその、
とはいえ風邪ってこういう側面もあるよねっていうなんか捉え方を言いたかったから。
そうなんですよ。
なるほどね。
このこういう本ってさ、学校では習わないから。
まあね、ちょっとね、いいよね、学校の話とか。
ちょっと際どいよね。
際どいよね。
これをね、ちゃんと教科書でまとめてってなるとだいぶ怪しさが増してしまう。
教科書は確かにそうだね。
でもここだけで読んだり触れたり、あるいは体験してみたりするとすごく面白いし、
確かにこういう意味もあるよねっていう。
そうそうそう。
なんかそれこそ健康論で、健康っていうものをどう捉えるかみたいなところにもちょっと触れてくるし、
いいなって思ってるんですよね。
話は聞いていてちょっとずれるかもだけど、
東洋医学、西洋医学とはよく言ったものだなというか、思想だなという気がしてて。
そうだね、まさしく。
東洋的思想と西洋的思想っていろいろ違うけどさ、よく言われるのが、自然との向き合い方だみたいな話あると思って。
お二人は多分わかると思うんだけど、一応ちょっと補足しておくと、
東洋的な向き合い方って自然といかに共存するかみたいな。
よく自然と、お寺とかで例あるよね、自然に溶け込むような庭を作るとか、
そういう、あくまで自然というものの中に自分たちもいさせてもらっているので、そこをうまく付き合っていこうねっていう思想で。
西洋的思想と一般的によく言われるのは、自然というのは管理しよう。
森を伐採したりある程度整えたりして、自分たちのいい形に作り変えようみたいな。
そうだね。日本のお寺とか自社建築と西洋の神殿とかを見るとさ、圧倒的に整理された芝生とかさ、そういう違いはあるよね。
違うよね。面白いってあるね。
そういうものと、体とか健康とか病気みたいなものに当てはめて思想的に捉えてるっていう整理がありそうだなっていう気がした。
東洋威嚇、西洋威嚇で。
前提はその思想な気はするね。
人間の捉え方みたいなところかもしれない。
コントローラブルなものの範囲の広さが違うよね。
面白いね。
宗教観とかそういったところにも絡んでくるし、人間というものをどう捉えてるかみたいなところにもなってくるし。
コントロールするものだみたいな。
だから風邪というものを、どっちかというと西洋威嚇の方がコントロールしようとする節が強いんだが、ある種コントロールできないことを体がやってるんだというかね。
我々がその命令していないところで勝手にやっているというその神秘にもうちょっと目を向けた生き方ができると、このご時世、なんかもうちょっとよりよく生きれるんじゃないかみたいな気がするっていう。
だから結構ね、これいつだ?出たの?だいぶ昔だと思うんだけど、これ何度も出たのが。
調査の方が少なくとも50年前には亡くなられてるっていうのは。
亡くなってるのは。
そう。
なんか、たぶんその西洋的マインドとか、なんていうのかな、いわゆる数値化可能な世界というか、エビデンスもそうだと思うけど、みたいなところってさ、なんて言えばいいんだろうな。
難しいけど。
やっぱその神秘みたいな言葉で煙に撒かれるのを嫌うと思うよ。
そうだね。
で、それを解明すると、神秘っていうこと自体は嫌いなわけじゃないんだけど、なんか神秘って言われたらそれまでだよね、みたいな感じしちゃうから。
でも神秘って捉えるというよりは、生物としてのプロセスみたいな機能として捉えるっていう風にすれば、西洋医学的なものでもそういう風邪みたいな症状が起こる、なんだろうな、説明がちょっとつけやすいかなと。
だから、なんか神秘って言われちゃうとね、なんか。
そうだね。
それこそ本当は悟空の元気玉みたいな感じまで言っちゃうと、ちょっともうエンタメに寄りすぎちゃうんで。
そうそうそう。
なんか冷めちゃうとかあると思うんだけど。
なんか生物というか、そういう有機物というか、生物としての、なんかその、なんていうの、良くないものを排除するプロセスですよっていう、
なんかそういう反応が起きているっていう風に捉えるのは、なんか西洋的なマインドでも理解しやすい気がするかな。
なんかでも、個人的にはその東洋と西洋も実は根っこは同じで、何の物語を信じているかっていう感覚なんだろうなという気もしてて、
結局根源的に人間って物語で理解したがるというか、
今の規則の神秘じゃなくて、メカニズムの方がわかるよねっていうのは、神秘という物語よりメカニズムという物語の方が飲み込みやすいみたいなのが、
という解釈もできるなとは思ってて、
それが昔はメカニズムという物語がなかったが故に神秘しかなかったから、それを信じていた。
今はメカニズムの方が信じやすい、わかったという感覚を得やすい。
受け入れやすいってことで。
そうそうそう、受け入れやすい。
物語の元に人は理解をするんだっていうのが根源的にあるなという持論はある。
なるほどね。
面白いと思う。
西洋的な物語と東洋的な物語ってこと?
西洋的な物語は人間っていうのは機械的でメカニズムがあり、論理で成り立つみたいなもの。
それがもうちょっとファジーで曖昧になっていって、第三者的な神秘的なもので成り立つんだよっていう概念によると、
ちょっと東洋度合いが増してくる。
なるほどね。
本質的にはどっちも同じで、理由をどう別の言葉で説明するかみたいな捉え方をしたら本質的には同じで、
その信じる物語が違うだけみたいな感じがあるし、
それを両方知っておくっていう方が面白いのかなって。
そうそうそうそう。
なんかね、俺その点で漢語が一番両方いける気がしてて。
今の日本の医者っていうシステムで言うと、西洋医学とベースなんて、もちろんパンプを使ったりなんだいっていうのはもちろん全然あるんだけど、
ベースは西洋医学がスタンダード。
中国の方には中医学っていうね、東洋医学のさらに専門的なというか、別で資格がある。
西洋の医者と東洋が中医学としての医者と。
中医学の方の医者が真に漢方をちゃんと使える医者っていう感じで、別個で資格があるくらい。
それで言うと、なんとなくその両方のエッセンスをうまいこと使いながら、
使い分けられるようなポジションに漢語っているなと思うし、
それってそのまま保育にも繋がっていく考えというかね。
なんかちょっと嫌な言い方すれば中途半端な立ち位置にいるからこそ、
その方法を理解できるというか、白黒つけきられないこともできるみたいな。
コウモリ野郎ってことね。
すげえ悪く言うと、
そういうことだよね。
そういうこと。
ちょっとこういう考え方一つ持っているだけでも、ちょっと柔軟になれたりとかするし、
ライフファクトまでは言わなくても、こういう時こうしようとか、
春の風はこうですとか、夏の風はこうですとか書いてある。
それ面白いね。
面白いんだよ。
春の風か。考えたことない。
この本だけじゃなくて、もっと大壁っていう本があったり、生態入門っていう本があったりして、
その大壁は本当なんか人を3種類とか何種類とか、さらにこっち型、あっち型みたいな感じで、
いろんな型の中でこの人の体の使い方だったり体の仕組みってこういう形で、
この型の人はこうなりやすいとかねじれ型とか左右型とかあって、
1種2種3種4種みたいな感じの分け方をしていて、
この人はこうなりやすいからこういう風に自分をリセットしようとか、
こういう風になった時にはこういう風に対処しようみたいなのか、
あとこの骨のこの胸椎とか腰椎とかこの辺のここを刺激するとこういう風になってとかっていうのを、
彼の研究の中で、
彼なりのエビデンスを持って作り上げた生態術と治療がたくさんあって、
エビデンスがどうっていうのはちょっと脇に置いといて、面白いっすね。
でも聞いてて思ったのは、結構昔の我々からするとね、昔の人だなっていう感じもするけどさ、
なんか面白いなと思ったのは、なんか人間ってやっぱあの手この手で人間を理解しようとするんだなっていう、
間違いないね。
なんか正しいかどうかさておき、その著者の方の方法でこうだったらこうっていう研究をして、
より人間についての理解を深めようとするっていう。
今はそれがさっき言ってたよね、エビデンスというかさ、再現可能な状況をいかにつけるかっていう話だけど、
あの手この手で何か人間を理解しようとしてるんだなと思うとちょっと面白いなと思った。
すごい今の高谷さんの視点俺がその保育者に感じてることとすごい似てて、
あの手この手でその子を理解しようとする姿勢みたいなものがちょっと通ずるものがあるっていうのもあって、
今温めて読み直したんだなって今思いました。
確かにね、なんかアプローチは違えど正解かどうかみたいな、今の正しさみたいな脇に置いておいてやってることはなんかね、
理解しようとすることなんだなって気がした。
野口春近の姿勢から学べるものがたくさんあるなという意味合いも込めて、ぜひ読んでみていただきたいなと。
なるほど、そんな紹介でございました。
いやでも面白いね、確実に自分だと手に取らない本だと思うから。
知れてよかったわ。
俺これ好きなんすよ。
好きそうやなでも。
好き好きなんすよ。
それはわかる、すごくわかる。
まあでもその、きそくんがさっき言ったどっちつかずさみたいなものって実は千尋先生はそれを体現し続けている人間だから、
そういう意味でも対象がいいっていう説はちょっとあるよね。
本当に本当に。
間違いない。
私ほどどっちつかずなやつもいないだろうって。
ポジションが難しい。
非常に絶妙なポジションを常に掘り続けているので。
すごいね。
ちょっとね、この話はまたおいおいいつか高橋と河内の過去編でも話すときに。
過去編がなんかある。
絶対出せないでしょ。
私だけが知る過去を。
俺覚えてないからな過去。
物語もついてないからさ。
確かに。
私はね、忘れられない夜を過ごしたことがあるので。
というわけで、今回は野口春樹家さんの風の紅葉プリンコンを紹介させていただきました。
ぜひ皆さん、保育者の皆さんね。
毎箇所難しく書いてあるんですけど、面白そうだなと思うところだけでも読んでみてもらえたらいいなと思っております。
はい。
というわけで、こんな感じでいろんなフォームだったりコンテンツ紹介しながら、保育について頑張りたい考えたりということも続けていきたいなと思っているので。
GoogleフォームのURL書いてあるので、質問ご意見等々ぜひいただけたら幸いです。
そんな感じで続けていきたいなと思っているので、今後ともぜひよろしくお願いいたします。
ご静聴ご視聴ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。