#194 Q.評価って必要ですか? ゲスト:中楯浩太さん・小林正樹さん・おぐちゃん(後編)
2026-09-14 27:56

#194 Q.評価って必要ですか? ゲスト:中楯浩太さん・小林正樹さん・おぐちゃん(後編)

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神奈川県の先生からおたよりフォームにいただいた質問「Q.評価って必要ですか?」にお答えする後半です。

ゲストは、巻き込まれてしまった3人、卒近代の庭師・中楯さんだてちゃん、伊那小学校の小林まさき先生、おぐちゃん。

前編では、大ちゃんから評価には学習の評価・指導のための評価、自己評価の3種類あることを教えてもらいました。

そこで出てきたのは、だてちゃんの小学校の頃の思い出。5人はどうやって答えるでしょうか?



《 巻き込まれゲスト 》


⚫︎中楯浩太さん

通称だてちゃん。ほぼ教では1回目のゲストに出ていただきました。現在は「卒近代の庭師」として、教育と社会の垣根を越えて共創する活動を多数行っています。


⚫︎小林正樹さん

長野県の伊那市にある伊那小学校の先生。伊那小学校といえば、60年以上前から通知表がないことで有名です。とはいえ、評価をしていないわけではないそう。子どもたちとの向き合い方をぜひ聴いてみてください。


⚫︎おぐちゃん

あえて場所も本名も明かさずに出演してもらいました。現場で試行錯誤しながら一生懸命働いている、“普通の先生”としての立場でお話いただいています。


《 つぼけん 》

大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、映像の制作会社に入社。カメラマンディレクターとして、北極🐻‍❄️から南極🐧まで世界各地で撮影をしてきた。現在は「月曜日に会いたい人をふやす」をテーマに、映像🎥・写真📷・Podcast🎤などメディアを横断して活動中。日本大学芸術学部講師。Zinstantクリエイター。



《 大ちゃん:大野大輔 》

「今日が楽しく、明日が待たれる学校であふれる社会」をつくるため活動中。全国の学校園で改革伴走型支援に尽力。伴走理念は「変わる」を「叶える」伴走者。

企業の教育Adviserや組織開発コンサルタントも兼務。(株)先生の幸せ研究所。鎌倉市学習者中心の学び推進参与。板橋区立板橋第十小学校CS委員。大阪市立長原小学校CS委員。など多数。著書に『研修リデザイン』教育開発研究所出版。

https://youtu.be/ZjwgoipmhPA


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サマリー

今回のエピソードでは、「評価は必要か?」という問いに対し、ゲストの3人がそれぞれの経験や考えを語ります。小学校時代の評価に傷ついた経験や、教師としての評価の難しさ、そして「相手を大切にする」という視点から評価の本質に迫ります。単なる点数や成績ではなく、個々の存在や頑張りを認め、支えることの重要性が語られ、教育現場における評価のあり方について深く考えさせられる内容となっています。

評価に関するエピソードと自己評価・他者評価の葛藤
こんにちは、つぼけんです。これからエピソードの後編をお送りいたします。 今回はですね、神奈川県の先生からお便りフォームにいただいた質問。
評価って必要ですか?にお答えしています。 ゲストはというより、ちょっと巻き込まれてしまった方々は、
卒近大の庭師中立さん・伊達ちゃん。 伊那小学校の小林正樹先生。 そして現役の先生おぐちゃんの3人です。
前編では大ちゃんから評価には、学習の評価、指導のための評価、自己評価の3種類があることを教えてもらって一旦終わりました。
後編では、そこで出てきた伊達ちゃんの小学校の頃の思い出からスタートいたします。
5人はどうやって答えるでしょうか? ぜひ聞いてみてください。どうぞ。
ちょっといいですか?今ので聞いてて思い出したエピソードがあって、教員やってた頃、5、6年目だったかな。
その時社会科の教科を頑張っている時期で、結構研究頑張ってましたと。 ちょっと挟むと伊達ちゃん社会科の達人ですかね。
社会科で有名な先生ですかね。
ちょっとわかんないんですけど、当時頑張り始めたんですけど、その時に飲み会になりましたと。
その時校長と学年主任みたいな方がいて、何人かで飲んでたんですよね。
その時に校長から、中立くん、授業頑張ってるねと評価してもらったというか、そういう言葉をかけてもらったんですね。
その時確かに頑張ってるから、そこは嬉しく聞いてたと。
その後話が急に変わって、ただ中立くん、自分のやりたい教科ばっかりしかやってなくないって話になったんですよね。
君はねって、学校全体から見ると全然貢献してないよって言われたんですよ。
しかもその横にいた、このなんとか先生見てごらんって、この先生は学校のためにすごいやってくれてるよねって言われたんですよ。
もうね、カチンですね。
その時言ったのは、別にいいですよって、僕別にあなたのためにやってるわけではないですからって言う話があって、
他社からの評価とこの自己評価の複雑な攻め合いっていうか、
それって自己評価高いのか、ただ僕が怒ってキレてるだけなのか、ちょっとよくわかんないんですけど、考える材料になったなと思って。
その人、やだ。やだという評価をします。
評価の届き方と「感じる」ことの重要性
どう届くのかって、まさきさん言ってた言葉って、今の場面めっちゃ大事よね。どう届いたんですか今のは。
さっきのエピソードの話だと、前半で終わってくれれば気持ちが良かった。
でもただ今この話してて、僕がこのエピソードが湧いてきたということは残ってるんですよね。
究極的には私の特徴を言い表してるんですよ。
もう僕知ってる人ならみんなそう言うと思うんですけど、伊達ちゃんあんた自分の好きなことしかやってないでしょっていう。
今も結局変わんないので、そこが組織としては悪く映ったんでしょうね。
だからすごくそれはやっぱり今は染みてて、今僕やってることは本当に人をいかに支えるかだから、そこら辺は響いてるんでしょうね結果ね。
評価としては大枠正しかった。伊達ちゃんを言い表していて、しかもズバッときて、そっかって思ったってことは良い評価だけど、言い方ってなんだろうっていうことですかね。
これがだからもう通知表の闇と今めっちゃ繋がったんだよな。
図工めっちゃ好きだったのにCってなんか刻印されて、それであなたはCですって。Cなんだめっちゃ好きなのにって思って。
で、傷つくんだけど、それは正解なのかもしれないけどなんかすげえムカつくみたいな。なんだろうこれ。
なんかズボシって嫌ですよね。
嫌だ。
ズボシではあげたんで。
ズボシって嫌だね。
当たってんだろうね。
ズボシを拒絶したって感じですかね。
なんて評価されたら、よし頑張ろうって思えた?
あの時ね、5年目ですから聞いてる人に聞きたい。聞いてるこれ聞いてる人に皆さんだったら頑張ってていいねって。
その次全体見て欲しい時って、あなたほら前しか見てないでしょみたいな時ってあるじゃないですか割と。
その時なんて言われたらこう気持ちがこう頑張ろうかなとか前向きになるんですかね。聞いてみたい。
じゃあ。
校長先生のロールプレイと評価の難しさ
オーグちゃん。
難しいですね。
あの今思ったのは直接的に言われると否定されてるなって言い方問わず否定されてるなって感じました。
なので頑張ってるねって言ってくれた後にその頑張ってるのを伸ばすためにどうしたらいいかなってアドバイスを少し視点を変えた上で伝えてくれると。
そういう考え方もしなきゃいけないんだなって思えるとすごく自分のやりたいことにつながるのかなって思いました。
ちょっと今の当時の校長先生なりきってちょっとどんな感じか言ってもらっていいですか。
お願いします。
聞いてみたい聞いてみたい。
オーグちゃん校長先生。
ちょっともう一回体感したいあの時を。ちょっと味わうよ味わうよ。
おろします。
おろします。
今オーグちゃんに校長がおりましたよ。
おりました。
行きましょう。
中立さん社会めちゃくちゃ頑張ってますね。
ありがとうございます。
その社会で頑張ってる中立さんの子供たち見たらすごい生き生きしてるんです。
最高。
そうですか。
いいよいいよ。
ありがとうございます。
ちょっと相談なんですけど。
他の教科でも中立さんの社会で見せるような子供の生き生き感を増やしていきたいんですけど。
社会科で生き生きするような仕組みとか工夫って他の教科でも活かせそうなと思ってありますか。
そこは結構頑張ってるつもりです。
あんま響いてない。めっちゃいいと思ったけど。あんま響いてないの?
拍手の準備しといたのに。
あれ?めっちゃ良かったけどな。
僕がその時言われたのは学校組織のためにあなたは貢献してないって言われたんですよ。
教科じゃない?
教科じゃない。
でも多分ね大学校長はこっからあったんで。
教科はOKです。
早かったね。
ジャッジが早かったね。
頑張ってます頑張ってます。
他の教科でもすごくそういうのはしてくれてますね。
頑張ってるつもりです。ありがとうございます。
大人も子どもも生き生きしていくためには学校組織をまた見ていかないといけないっていう立場に今私はいて
伊達ちゃんが教室でやっているようなことを学校に置き換えて考えたいんですけど
何か社会科の立場から動けそうなこととか力になってくれそうなこととかありますか?
え?
え?
5年目ちょっと動かないな伊達ちゃん。
ひねくれ伊達ちゃん。
動かないな。
僕めちゃくちゃいいと思ったのよ。
オグちゃんだってこれ即興演技でしょこれ。
無茶振りされて。
ハードル高いですよ。
ハードル高い。
5年目の僕ですからね。
そっかそっか。
あの時だったらこうなるんでしょうね。
その時はね。
うんうん。
確かにね。
学校全体を見るのが校長先生の役割なんですね。
うんわかりました。
僕は社会がんばります。
5年目はダメだな。
失礼しました。
失礼。
面白すぎ。
これすごい面白かった。
めちゃくちゃ良かったですね。
オグちゃんがすごい良かったよね。
5年目というのを忘れていました。
5年目ね。
仲立てだからね。
ですね。
仲立てだからダメだった。
やっぱり私の中での評価が足りてなかった。
足りなかった。
なるほどなるほど。
校長先生は降りてたけど5年目の仲立て先生は降りてなかった。
降りてなかったよね。
知らんからね。
知らないし誰も知らないし。
人の理解に尽きますね。
面白い。
相手との関係性に基づく評価と「感じる」こと
じゃあ小林雅樹先生ちょっとマイクのバトンを渡して。
どう見てましたか。
まずそもそも多分僕5年目の立てさんには言わないと思うんですよね。
もう関わらない。
自分自身がまず言うってことを否定って捉えちゃう人には言わなくて。
ちゃんと問いってもらえる人に問いって受け取ってもらえる人にしか言わないんです。
ただ僕が今の仲立てさんという人を知っていたら多分同じことを言ってるんですけど。
5年目の仲立てさんを知らない状態は同じことは言ってないと思うんです。
だから言う言葉は一緒なんですけど言い方とかじゃなくてこの人なら言っていいのか。
この人ならちょっと止まった方がいいのかをまず考えて。
で言ったら最後までちゃんと責任を持ちます多分。
なるほどなるほど。
だからそれで受け取ってくれて。
でもそれでも自分の道を進む伊達ちゃんだとするならばそれが伊達ちゃんだって思って。
一緒にそこに道を頑張ると思うんですよ。
でも受け取ってくれてなんかもがいてるんだったら一緒にもがくっていう。
多分そういうスタンスで僕は行く気がしましたね。
今話を聞きながらですけれども。
なんか回収してくれた感じがしますよね。
単純に一声かけるの言葉で言うと何から始める?
多分どの人でも変わらないと思います僕その言葉はやっぱり。
言葉よりもその場とその人自身がどういう人かを考えて喋るだけなので。
言い方を人によってでも変えてるか同じことを言うときにも例えば言い方をオグちゃんに言うときと伊達ちゃんに言うときでは変えないですね。
すいませんやっぱ変えないです。
だからその人によって言うことを変えてるから絶対。
だから言い方を変えて同じことを喋ることは多分ほとんどないです。
すいません何か矛盾してありましたけど。
まさきさんのさっき子供向けもそうでしたよね。
85点の時のそれがいい悔しさなのか支えたくなる悔しさって言いましたっけね。
それを見取りっていうのに挟んでますよね多分ね。
まさきさん一回見取り挟んでこれは今どうするべきなのかみたいなところの何かを挟んでる気がしたんですけどそれはあるんですか。
それは稲生に来てすごく子供たちから先生たちから学ばせてもらったことで。
特に自分はあえて見取りって言葉を使わないようにしてて。
感じるっていう。
子供を感じる。
子供を見取るって言ってるうちはまだ観察の息を出てない。
ブルスリーですね。
でもそれを意識的に感じられる人にもなりたいなって思ってるんですよね。
でも全然まだまだなんですけど。
見取ろう見取ろう見よう見ようって思ってるうちには見えてこないものがあるっていうことを稲生の子たちや保護者の人や先生たちや助言者の先生って方にたくさん教えてもらって今ここに立っているっていう感じですかね。
感じるか。
これは面白いぞ。
頭を撫でられた経験と「愛」による評価
さっきのオグちゃんとダテちゃんのやり取り見て感じてたわけですよね。
ややこしい人だなって。
ややこしい人だなというか。
芯がある二人がいい言い合いをしてるなっていう感じでした。
なるほど感じるか。
でも中田でさんも同じ感じがするんですよ。
感じてる人な感じがするんですよね。
見てるっていうよりもそこに共鳴感をかなり覚えているんですよね。
感じてますよ。
もう一個一瞬で湧いてきた。今感じるって言葉で一瞬で湧いてきたイメージが今あって。
今度これは多分4年目とかだと思うんですけど。
社会科の研究会に行った時ですね。
それ終わった時にですね。さっきの校長とは違う校長が来まして。違う学校の。
その方がニコニコ笑いながらですね。
特に何も言わずに私の頭を撫でてくれたんですよね。
こうやっていわゆるいい子っていうのが何て言うんだろうわからない。
なんかポンポンっていうのかな。
もうそれだけで全てが報われた感がありました。
今の多分それに近いかなと思いました。
それやっぱり伊達ちゃんのこと知ってくれてるから。
こうしようってよりはきっとフィーリングの中で行動になっただけなんでしょうね。きっとね。
いわゆる愛で包み込んでもらった感覚を僕はその時感じました。
今の伊達ちゃんのって評価とどう関わってるんですか。
確かに。
なんか評価はされてないですよね。
頭ポンポンはね。評価されてるんじゃなくて、うーんって感じ。
うーんって。
なんか僕のやったことも授業も存在も全てをひっくるんでうーんっていう。
そういう包み込む感覚を僕は確かにあの時感じたんですよ。
だから今でもやっぱ体感覚で覚えてるし。
時間にしたら2,3秒ですよね。本当にポンポンって。
それだけでも人をこうやって勇気づけ励まし支える評価。
あえて評価というならば評価はあるんじゃないかなって今感じました。
多分それ私が一番最初に言ったその人を本当に大事にするっていうことがある評価なのかなって思うんで。
そう考えるとその人を大事にできていないものは評価と呼んじゃいけないんじゃないっていうことにもつながりますよね。
もう納得。すごい納得。すごい納得。
評価の阻害要因と社会との繋がり
今見えないところで伊達ちゃんがそれそれって両手でアクションしてましたね。
これなんだね。
伊達ちゃん出るの何回目ですかこれ。声だけなの。
非言語見えないって。
うそ見えてない。見えてないの。
これ動画じゃないですから。
でも二人では相当通じ合ってるから。
伝わってると思います。
この質問をくださったこのエースさんはそこへのモヤモヤもあったのかな。
確かにきっと子供たち一人一人のことを大切にされているっていうのは間違いないと思います。エースさん自身は。
だからこそ点数であったり通知表であったり数値感みたいなことへの疑問っていうのがあったのかもしれないですね。
大切にしてるからこそね。
なので大切にするって気持ちはそのままで生徒たちのことをきっとエースさんは感じているから感じ取っているものを子供に伝えるってことはもう絶対的に変えずにやってほしいけれども。
その中での評価っていうものをどう捉えたら今を乗り越えられるかなってところかもしれないな。
マインド的には今話してきたことでなんか決着がついたというか着地したとしてなんかそれを阻害する何かってありませんか。
いなしょが通知表がないようにそれもある意味阻害するものを一個多分取り除いて70年経つわけですよね。
のおかげで多分本当の意味の評価ができているとしたらこの方も公立学校の先生なので。
なんか公立の学校でよくあるデフォルトでよくある何か阻害する仕組みってあるんじゃないかなっていうのは皆さんどうですか。
なんかありそうですね。
ではどことは言わないですけれども公立小学校の奥ちゃん。
やっぱり評価がこれだけなくならない理由がそれなのかなと個人的に思いました。
それを必要としているところがあるからなくならない。
その必要とする大枠を変えていかないとなくならない。
その評価を必要としている時間環境場があるからその評価をするために我々は活動してしまうとそこにすごく矛盾を感じているのかなと思いました。
特に伊達ちゃんは社会との競争社会との接続っていうのをたくさん考えていらっしゃると思いますけどそれはやっぱり大学内進展ってなってきたら子どもも先生も保護者も点数つけてよっていうのは当たり前かなと思うんですけれどもその大学そして社会のつながりっていうのはどう取れてますか。
これどうですかねさっきの話で言うとその人のあり方や生き方存在を支える後押しするそれが根底に流れているかどうかっていう話ではあったと思うんですけど
それって根底に流れていることさえ忘れてやっぱり人間の値踏みというか価値をそこでやっぱり決めてしまうたかが記号や数字でしかないのにその根底に流れているものがあるかないかって全然違うと思っていて
社会に出ていくと入試からそうなんですけど足切って選別するために多分あることですよね仕組みですよねその仕組みが多分これから子どもの数も半分に減り大学前入時代に例えばなりってなってくると誰がこう数字的に高いからどこに入る入らないゲームいわゆるゲームですよねこれ
そのゲームじゃなくなるゲームがそろそろ来ると僕は信じているのでそれをある意味卒近代とも呼んでるんですけどそういう社会のムードというか動きというか実質やっぱり人数減ってくるし足切って競わせて競争させてる場合じゃなくなってくるとなんかそのマインドがシステムにもこうやって反映されてくるんじゃないかなということは思ってますね
栄養入試も例えば一つのアラーレだと思いますけど
本当ですねどんどん変わってきてるのは感じますよねそして僕と大ちゃんがいつも話してるみたいなよりより方向になるよねっていうふうに心から思ってはいるんだけれどもそれっていつですか早くなってくださいっていうのも一方でありますよね
明日からできる評価の工夫と「大切にする」こと
なんかね今の疎外因子をオグちゃんから出してくださって具体的な例えば今ワードで受験とかあとは通信もそうですしねこういうのがあるなっていうのも見えてきた中で今からすぐにでも一先生ができることも僕あると思ってるんですね
バイアスが意外とあるなと思ってるのは例えばね毎授業毎授業abcをつける必要はないって完全に明記されてるんですよこれ実はなのに毎回もうノートとか作成物集めてabcってつけるって教わってる先生もいるんですね実際ね
でもそれはしなくていいわけですよ形成的評価ってそれをすること求めてないんでざっくり把握して自分の指導を改善する先生がっていうのでいいのにめっちゃつけてるが故になんか自分も先生苦しいし子供にもなんか負担を与えたりとか結果的に子供たちをちょっとプレッシャーかけるみたいなこのままいったらお前点数Cでやばいぞみたいに言うとかって実はバイアスの世界でもあると思うんですよ
だからそこってちゃんと評価っていうのを捉えたら明日からの授業もちょっと変わると思うんですねだからなんか仕組みが変わらねばでもなくてもちろんそれも変わっていくことは望みつつも自分で一先生からできることもあるよなぁとか思うんですけどそのあたりってどうですか
私も同じように考えていて評価を大人同士で共有するっていうことはすごく大事だと思うんですよねその子を大事にするっていう意味に含めてもだから小学校から中学校に行くときにその子の評価を引き付けるためにABCがあるっていうことも全然否定はしないんですけれども
さっきから何回も話すように子供にどうそれが届くのかっていうことさえすごく大事にすればいいと思うので今までだって80点っていうテストをパンって渡してたのに一つ言葉をそこに添えるだけで全く見える世界が違うと思うんですよね
それは頑張りだけじゃなくてその子にとって何かプラスになるものでいいと思うんですよ
立ち止まりを生むものでもいいと思うしうちの教頭が算数のテストを見せてお母さんこれね60点だったんだけどここの計算見てよってこんなにやってあと一個ここさえ足してれば正解だったんだよここまでできてんだよこの子はって言われて60点のテストを渡されるのと60点のテストをただ渡されるのでは違うじゃないですか
だからそういうことなのかなって僕は思ったんですよね教頭の話を聞いてだからそういうところから常に私はあなたのことを大事にしているっていうあり方でちゃんと持っているとやれることがどんどん膨らんでいくそこなのかなって思うので
先ほどつぼけんさんも言ってたんですけどこの質問を下さった方は本当に子供のことを大事にしてるからこそきっとこの評価に立ち止まると思うんですよねじゃなきゃ立ち止まらないじゃないですかやって当たり前のものだからこそそういう方だからこそ何かできることがあるだろうなってものすごく自分は可能性をちょっと感じちゃいました
終わりそうですよねこれもう締めに入って締め締めですよしっとりしてきましたもんねちょっと1回だけごめん1回虫返したらカットしてカットしてあのいや今まさきさんの話聞いてやっぱりもう一個思い浮かんだの小学5年生の時僕が自分が子供自分がそうあのね算数のテストやってたんです
で書いては消し書いては消しわかんないので何度も消してたら一箇所ピリッと破れちゃったんですよ時間がだんだん迫ってきてそろそろおしまいってなってきてだんだん焦ってきて僕何したかっていうと全部破りせたんですそれテストもうわかんねえってぐちゃぐちゃにして破りせたんですよ
だからその評価としたそのテストは間違いなくも0点でしょ破りせてるからその時に当時僕にすごく影響を与えてくれた林先生っていう広島の先生がいて林新一郎先生っていう先生が寄ってきてくれてどうしたって僕なっかんって呼ばれてたんですけどなっかんどうしたって僕の涙ずーっと泣きじゃくって
だからテスト用紙破れたのを全部拾ってくれてこれどうしたってどこまでできたのって僕は言葉にならないんですけど指差しながらここまでこうできたみたいなこと言ってたんですよここまで頑張ってきたんだなってじゃあそれでいいじゃないかってここまで頑張ってこれたんだなってそれもう1回じゃあテープで貼って出そうかって言ってくれて
僕は大泣きしながらテストでテープでそれを貼って多分点数は0点ですよだけどそれを出しましたでそのやりとりがもう嬉しくて嬉しくてそこまでやった頑張ったっていうことを見てくれて感じてくれてそこで僕にそういう声かけてくれてずっと泣いてたので会話のやりとりはないんですけどでも未だにやっぱそれがファッて蘇ってきて
なんかだから評価の裏に滲み出るそのそうじゃない何かってやっぱあると思うんですねABCが仮についたとしてもね明日からだとしてもその裏に残るその人の中に残るそういう評価の裏に何かある関わりってやっぱあると思うのでそれは明日からでももしかしたらできるかなって感じました
めっちゃ素敵な話 めっちゃいいじゃん
ごめんね終わろうと思ってたんだけどね 終わろうと思ってた一個だけ今ので思い出したんですけど
今プラスの話を二人でしたんですけど中田でさんの校長先生みたいな人だったらきっとある種一見外から見たらマイナスのことでもその子にとってはプラスになることもあるかもしれないなと思う
さっき問われるというか厳しいことを言うってことももしかしたらプラスになるっていうのはやっぱその人との関係性だしその人が本当に大事に思ってくれてるっていうのは伝わると思うので
取り繕っていいことだけを言うっていうのもまたちょっと違うのかなっていうのももう一回立ち止まって考えたいなってこともちょっと思い出しました
厳しさの中にある評価と関係性の重要性
だからやっぱりその根底にあるのがその子を大事にするに尽きるってことですよね
話戻ってしまうんですけど今の聞いてて負けを評価してくれるっていうところまで戻っちゃうんですけど
ジムに行って代表から指導を受けてっていう時に常に厳しいんです厳しいんだけどそこにから抜けたいと思うことはないんです
その感覚とすごく似ているなっていうのを感じました
であそこで優しくされたら絶対に勝つっていう結果は出てきません
同じ方向向いてるっていうところと今言われてた関係性あの中だからこそ厳しさに耐えれたなっていう環境が生まれてたんだなっていうのを感じました
まとめと感謝
満足ですいやーよかったねこれよかったねこれあれですよリスナーの方聞いてくださいこれ開始10分前にやろうって決まって
開始5分前ぐらいに内容が決まりこれですよすごくないですかちょっと
相変わらず雑な番組
ほぼ失礼最前線いい感じですね
すっごいよかったそれぞれがよかったし答えというか何か見えてきたものももちろんあるけどでもなんかねちょっと遠ざかった部分もあったりとかしてそれも含めて何か味わいたいなと思った時間だったなめちゃめちゃよかったです
これはもう締めません
それがいいと思うそれがいいと思う
締めないでいこっかなまだまだ喋りたいと思いましてまだまだ聞きたいんですけどこれはもう終わらせておきましょうかねありがとうございました
ありがとうございましたではダイちゃんもありがとうだし特別ゲストとして出てくれました卒近代の庭師中伊達さん伊達ちゃん稲小学校の先生小林雅樹先生そしてどことは言えないですけど現役の先生オグちゃんでしたありがとうございました
ありがとうございました
めっちゃよかったね信じられないくらいよかった
27:56

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