大将 こんにちは、ほぼ教育最前線 あなたにかわって、私が聞きます。始まりました、つぼけんでーす。 つぼけん 大ちゃんです。
大将 あなたにかわって、大ちゃんとつぼけんの2人が学びのほぼ最前線を探検する番組です。
大将 ワインはもういいのよ、ワインは。 つぼけん 今ね、ワイン飲んでます、今。
つぼけん 飲みながらやってますね。 大将 もう、家にね、お呼びすると、自分の家のように過ごしてくださいねって言ってくださってる方いるけど、
こんなにも自分の家のように過ごすのやめて。
つぼけん 今、寝そべりながらワイン片手にマイク近づけてる。 大将 もう始まってますから。
つぼけん ここに来たらみんなそうなるでしょ。 大将 そうね、本当に。まず我々午前中サウナで整い、
その後美味しいお好み焼きをいただき、もう完全にここんちの子になりたいと思いながら収録を始めたところでございます。
つぼけん 人生のすべてを今日やった。
大将 そんなに? つぼけん すべて。 大将 そんなに?はい。じゃあ、人生のすべてをくださった本日のゲストの方をお呼びしてもいいですか?
つぼけん ぜひ。 大将 はい。瀬野正人さんです。お邪魔しておりまーす。
瀬野 どうぞどうぞー。こんにちはー。 大将 ありがとうございますー。
つぼけん 待ってましたと。
大将 いいんですか?こんなになんか楽しく過ごさせていただいて。
瀬野 どうぞどうぞ。もうなんか子供が増えたようなもんなんで。
大将 お子さん5人いらっしゃるということはね、わかりましたんで。
そしてご自宅にお呼ばれして、3人だけではないですね、他にも公開収録的にたまたま来ちゃった方々がいます。よろしくお願いします。
瀬野 よろしくお願いします。 大将 ありがとうございまーす。
大将 今丸ちゃんがグローブとグローブを付け合わせていますけれども、そんな周りに囲まれての収録となるんですけれども、
瀬野さん初めましてですね。 瀬野 どうぞどうぞ。
大将 めちゃくちゃ嬉しいです。ほぼ今日出演していただいて。
瀬野 ありがとうございまーす。
大将 ありがとうございますー。大ちゃんは瀬野さんずっとしてるんでね。
大将 もうね、ありがたいね。セノピーって呼んでます、僕。
瀬野 セノピー?
大将 これね、たぶんね、炎上するやつです。
瀬野 あ、そう。
大将 イーナからの炎上がくるやつなんですけど。
大将 僕、一方的にもう存じていた中で、ちょっとね共通の知り合いを介して、
お互いちょっとやってることに関心があって、一番多分きっかけは、
寿司のレストランでちょっと喋りましたね。
瀬野 うんうん、そうそうそう。
大将 へぇー。
大将 そっからです。まあ僕はファンでしたからね。
瀬野 いや僕もファンですよ。
大将 あら、へぇー。大ちゃんの?
瀬野 そうそうそうそう。
大将 ちょっと今撮れてなかったんでもう一回言ってもらっていいですか?もう一回言ってもらっていいですか?
瀬野 いやほんと、すごいなーと思っとって。
大将 へぇー。
瀬野 だからいいですね。
大将 うん。
大将 で、今日朝からサウナ行って一緒にね。
大将 親友家っていう感じの過ごし方して。
大将 お互いなんか、僕もサウナ好きだしね。瀬野さんもサウナ好きで。
大将 セノピ、セノピ。
大将 セノピ。みんなセノピって呼んでいい?
瀬野 いい。みんなって誰の国?ここにいる?ここにいるみんな。
大将 そうそうそう。
瀬野 ここにみんな、いいって。
大将 いい。
瀬野 ありがとう。
大将 黄色い千円が取ってきました。
瀬野 はい、黄色い千円が。ありがとうございます。
大将 僕ももちろん瀬野さんのことね、存じ上げてますし、いろんな記事とか。
瀬野 ありがとうございます。
大将 お著書でお見かけしてるっていう感じなんですけど、こんななんか、今ですね、映像としては見えてないと思うんですけど、こう赤と白のかわいいストライプのシャツを着ていらっしゃって。
大将 僕、なんか知ってる人と違うかなと思ったんですけど。こういう感じなんですね。
瀬野 いつもマイペースですね。はい。
大将 そうなんですね。はい。じゃあそんな、瀬野雅俊さんにいろいろ聞いていこうと思います。よろしくお願いします。
瀬野 よろしくお願いします。
大将 それでは本編です。今回ゲストはですね、瀬野雅俊さんをお呼びしております。よろしくお願いします。
瀬野 はい、よろしくお願いします。もう酔っ払ってるけどね。
大将 そうね。ワインも飲んじゃってオタクにお邪魔して。
大将 床暖房なのよ、この。落ち着く感じ。
瀬野 すごいいい絵だよね。
大将 ね。ありがとうございます。
瀬野 ありがとうございます。
大将 簡単に自己紹介伺ってもいいでしょうか。
瀬野 はい、瀬野雅俊と申します。日頃は何ですかね、本書いたり記事書いたりとかもしてますし、教職員向けの研修とか保護者向けとかいろんな活動してて、あと兼業で大学のゼミとかもやってますので、いろいろな役割があって結構楽しくやってます。
大将 はい。先ほどもご職業というか、肩書き的に何てお呼びしたらいいんですかって伺ったところ、ないと。
大将 肩書きセノピーで。
瀬野 肩書きセノピー。そう、肩書きセノピーなのよ。
大将 確かに。何やってるかって難しいもんね。
瀬野 難しいですね。うちの法人はライフ&ワークっていう名前なんですけど、自分のライフワークを大事にしたいなということで、一生追いかけたいような仕事を大事にしたいなって思いで命名したんですが、自分のライフワークはいろいろありますけど、やっぱり子どもたちも教職員もハッピーに生き生きした学校増えるほしいなっていう思いで起業してるので、広く言えばそういう関係の仕事をしてるっていう感じにはなりますかね。
大将にとってはどんな人というか、そもそもどこで出会った?
大将 作りたい未来が僕は近いって感じたんですよね。それで、今なんか教育で、例えば先生はね、もっとアップデートしなきゃいけないだろうとか、今遅れてる教育してんじゃないみたいなメーターで出るじゃないですか。
僕はどういうふうに見てるかっていうと、先生はすごく多忙だし、一生懸命やろうとしてるんだけど、なかなかリスクが高くて実現できないから、僕は教職員向けにアプローチをしてるわけですよ。
世納さんもそうだったんですね。で、僕にできないことでセノピーがやっててめっちゃ嬉しいことは、みんなが言えないことを代わりに言ってくれてる時あるんですよ。メディアとかでもそうだし、もちろん国に向けてもそうなんだけど、なかなか現場の人としては本当思ってること、でも声あげらんない、それを代わりに言ってくれたりもする。
この辺りってね、できる人が限られてると思ってて、僕はそこでね、かなり感動してね、まさか繋がれると思ってなかったんで、今セノピーですよ。ピーですよ。炎上するよ。
すごいことだね。
教職員にも校長にも教育委員会にもいろんなところに物申してますみたいな、ロックですね、ロック。
ロックなんですね。
ロックなんです。
そういうことか。
あとセノピーの僕すごい好きなところが、言うだけじゃないんですよ。学校とか教育委員会の現場伴奏もされてるんですよね。それもすごい好きなのと、もともと教職員、教員じゃないんですよね。
だからこそ、この一般化されたものを学校にうまくアジャストしてくれて、そういう発想があるんだとかでアイデアになっていくってところも結構、僕は勉強になってるかな。
職業っていうわけじゃないけど、翻訳してるのに近いんですよね。いろんな学校のうまくいったところとか、あるいはまずかったところとかを観察して、うまく翻訳してわかりやすく伝える仕事みたいな感じに。そういう意味でも大ちゃんも近い。
確かにね。
結構セノピーの影響を受けていて、前まで人の原因になっていたものをうまく仕組みにしてくれてる感じは僕はすごくしていて、例えば校長先生が原因で学校動かないでよく言われるんだよね。
そうじゃなくて、実は校長先生も困ってて、この構造上の問題があるからみんな困ってるみたいなのを分析して、他の企業でこうやってるのありますよとかを逆輸入してくれるみたいな人もね、セノピーなんですよ。
世の中のメディアとかの論調がむせん悪いことばっかりじゃないけど、やっぱ単純すぎるっていうところがありますよね。
単純なほうがわかりやすい。この文科省が悪いとか校長が悪いとかいったほうがわかりやすいんだけど、でもそんな簡単な世界じゃなくて、そうなった経緯だとか、色んな仕組み上の問題とか背景には色んな複雑に絡み合ってるので。
高校生の探究とかの授業もそうですけど、なんか課題解決、社会課題解決型とかよく言うけど、そんな簡単に解決できるもんじゃねえしみたいな。
まあまあでも大人の僕らが残してきた課題たちなので、別に高校生に対しても申し訳ない気持ちもありつつもですけど、まあでもそんなもんじゃないから、複雑に絡み合ってるところも見てほしいなと思ってます。大人も、まあ僕も見たいなと思ってます。
批判だらけの色んなメディアの論争とかを結構ね、ソリューションとか解決策レベルに落とし込んでくれて、それをこう皮切りに各現場でじゃあこれを取り入れていけばいいんじゃないかとかが見えてきたりっていう例もたくさん出てるから、
セノピーありがとうございます。
こちらこそです。このラジオもね、ありがとうございます。
ありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです。
ほぼ教育祭ですね。
ほぼ教育祭。
ふざけてるよね。
これどういう思いで作ったの?
嬉しいね。じゃあ語ってくれよ。
15分くらい。
この番組はですね、大ちゃんと出会ってしまったってことがめちゃくちゃ大きいんですけど、僕は別に学校の関係でもなんでもないんですけど、やっぱり自分の息子たちが学校現場に普通の公立小学校に入ったんですけど、そこで入ったときに、あれなんかおかしいなと思って。
おかしいな。僕も普通の地元の小学校入ってたけど、あのときと変わってないどころか、なんかちょっと変になってないって思ったことがあったんですよ。
そのなんかモヤモヤとかがあったりした中で、大ちゃんと出会って、大ちゃんも当時普通に学校の先生でいらっしゃったので、それってどうなんですかみたいなことを素直に話したり、いろいろ対話を重ねていったら、この人おもろいぞと。
このおもろい大ちゃんって人と、あと二人で話したりとかめちゃくちゃ楽しいので、これを続けるためにはどうすればいいかと思って、当時コロナ禍だったんですけど、大ちゃんのいる小学校に行って、大野さんぜひ一緒にポッドキャストやってくださいってお願いしに行ったっていうのがスタートですね。
そのときなんだ。
でも即答してやろうと。ところでポッドキャストとはなんだって。
やるって言ってから。
いいねいいね。
そうそう。やるだけ決めたんだよね。
それから今5年目になりますね。
縁ですね。出会うべくしてみたいな。
そうなんですよ。ツボケンとの関係を学術的に言うとラブラブという、いわゆるラブラブみたいな感じだよね。
仲良くやっております。ほぼ仲良くやっておりますね。
ほぼ。
ほぼでやっております。そんな現場とも向き合っている瀬納さんに聞きたいテーマ言っちゃおうと思います。
何でしょう。
瀬納さん、学校のイメージアップってまだ間に合いますか?
はい。今回はこんなテーマにしてみました。文科省とも向き合ったり、もちろん校長省もいろんな取材もされていますし、実際に向き合っている学校もある中で、特に若者であったり、これから先生になりたい。
学校側は先生をめちゃくちゃ求めている。若い人どんどん入ってきてって求めているけれども、どんどん少なくなっているのが現状ですよね。残念ながら。
ただ、若い学生さんとかも聞いてくれている中で、こういう学校の現場だったら入りたいって思ってもらえる素敵な学校を我々とどんどん出会ってきたんです。
ただ、あんま伝わってないなっていう思いもあり、いろんな現場を知っていらっしゃる瀬納さんだったら、どうやってイメージアップだったり本当の姿を知ってもらえるのかなと思ってこんなテーマにしました。
なるほど。そもそも天の尺的に言うわけじゃないけど、イメージアップが必要ですかっていう問いは、多分今イメージが悪いっていうことが前提になってますよね。
で、もちろん悪いところもあるけど、これも結構なんか複雑だよねって話と似てると思うんですけど、
例えば、別にやりがいばっかりアピールするつもりはないですけど、学校の先生って同窓会とか結婚式とかにたまに呼ばれるよねみたいな話があって、
わざわざ仕事の関係とか友達以外で、わざわざ呼ぶ人なんていないじゃないですか。
確かに。
だからそれだけその人の人生に影響を与える仕事っていうところあると思うし、
僕徳島出身で四国の、ヤネズゲンさん徳島じゃないですか。彼が中学生だった時に文化祭やってたんだけど、文化祭で演奏したいって言い出したんだって。
で、当時その徳島の保守的なところで文化祭でライブとか音出すのはあんまり良くないっていうことで、それはもう禁止してたんだって。
だけど、当時から大人しかったらしいんですけど、その大人しいヨネズが歌歌いたいって言ってるぞみたいな感じで、ザワザワザワって職員室になったらしくて、
それで禁止だから禁止だよねっていうこともできたんだけど、せっかくの機会なんで、中休みみたいな文化祭の間の休み時間だったらいい、中庭とかでいいでしょみたいな感じになったらしくて、
で、演奏してもらったら当時からめっちゃくちゃ上手かったらしくて。
こっちはごめんなさい、審議はちゃんとあれなんですけど、ちょっとモテる話かもしれないんですけど、でもこういうエピソードから分かるのは本当の、
それがあったからヨネズさんがっていうわけじゃないけど、あれでダメダメって言ってたら、一つの活躍の場とか自信の得る場がなくなったわけですよね。
本当に教員も、教員以外のスタッフも含めて、教育行政の人も含めて、我々みたいな外部で支援するものも含めてですけど、本当にその子どもの人生とか可能性を潰したり伸ばしたりするきっかけのターニングポイントみたいなところに、
鉢合わせてる職業だと思うんですよね。それはめちゃくちゃ面白いスタートだと思うし、魅力だと思うんですけど、で、そういうのを皆さん言われなくても、なんか薄々分かってるところ、ポジティブとネガティブ両方あるけどね。
あって、それで結婚式、ポジティブな人は読んだりしたり、同窓会とかでも会いたいとかあると思うんですけど、一方でそういう個々のイメージはあると思うんですけど、
ただ、学校全体とか教員全体のイメージからするとやっぱり忙しすぎるとか、やっぱり大学生の様々な調査も、その辺は結構アンケートとかでも分かってますよね。
僕たちも夏休みになると、学生さんの質問スペシャルっていうのを必ずやるんですよ。で、大学3年生で先生になりたい子たちのインタビューをさせてもらうんですけど、
とにかく先生になりたいと思っているので、こんな先生になりたいとか、本当に子どもたちと関わること自体が好きだからそれを職業にしたいと思っている子たちなんですけど、
でも口々に言うのは、でもブラックって聞いてましてとか、働き方でもなんか嫌な人に会っちゃったらどうしようとか、髪の色とか自由にできないんじゃないかとか、ルールに縛られちゃうんじゃないかとか、
そういう不安を抱えながら、それでもやりたいんだと思って、自分をちょっと納得させながら進んでいるような感じがして、それ自体はね、社会人になるっていうことで分からないから不安っていうのはありつつも、もうちょっと枷を外してあげられたらいいなと毎年思うんですよね。
なるほど。よく私、教育委員会とか文科省さんに言ってるのは、魅力発信よりも不安解消の方が先って話をよく言ってるんだよね。その魅力発信よりも不安解消とか、不安解消までいかなくても不安を低くする、不安低減の方が先じゃないかって話を記事書いたり、実際話をしたりするんですけど、
今、YouTubeでなんとか県教員募集とか、教員になろうとかって検索していただく、いっぱい出てきて、本当に綺麗な景色とともに、なんとか県の教員になると、おいしいご飯もいっぱいある、いいところだし、なりませんかみたいな動画がいっぱいあるんですけど、それが別に悪いわけじゃないけど、そっちじゃないだろうって感じがするんですよね。
さっきも同窓会みたいな話をしましたけど、ある程度、わざわざ手間のかかる教員免許をわざわざ取って、教員になろうとしてくれてる子は、ある程度のやりがいとか魅力はある程度わかってる。もちろん、自分の知らないやりがいもあると思うけど、でも自分はやっていけるだろうかとか、親にきつく言われたときに本当に耐えられるだろうかとか、そもそも子どもとの関係がうまくいくだろうかみたいなところの不安の方が大きいと思うんで、
そこにもっと向き合わないと、なんとも人手不足は解消しないかなっていう話は、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、そこを一緒に考えてますね。大ちゃんその辺はどう思います?今まで接してきて。
おっしゃる通りだし、ここの今話聞いただけでもツボケンセノピいいでしょ。いいね。そうだよね。
だから今問いが変わってくれたじゃないですか。どうやったら魅力がね、上がるかっていう前に、そもそも魅力ってあるんじゃないのっていうね、問い直しから始まって、ただその要素分解ですよね。
価値としてちゃんと魅力はあると、でもただその中で解決しなきゃいけない、僕リスクって呼んでるんですけど不安、とても多いわけですよね。それが例えば僕今3つぐらい浮かんでるのが、一個は負担面ですよね。やっぱりね、帰るの遅いんでしょうみたいな。
今教育実習生の10人中7人ぐらいが辞退するんじゃないかっていうのを言ってる学生さんいました。でそのうち3人は魅力に感化されてですね、行くと。ただ7人は不安とかリスクでならなくなっちゃう。
あらまーっていうのも、これデータとしては正確かじゃわからないけど、それぐらいいると。これ不担面と、もう一個やっぱりね、怖いんですよ。保護者、地域、あるいはいろんなステークホルダーの方からの声、評判ってよく言ったりするんだけど、怖いっていうのがありますよね。
もう一個ね、よく集約されるのが、自分できるのっていう。この高度専門職の一つだと思うんで、いきなり担任持てるんですかとか、中学校だったらね、高校だったらいきなり自分の教科で自分でじゃあ1年間マネジメントできるんですかとか、こういう自分の専門職としてやっていけるのかとか、多分挙げたらもっとあるんだけれども、こういう集約された不安とかリスクみたいのをどうやったらこう安心ちょっとにしてもらえるかっていう、そこですよね、瀬野さんね。
僕もね、本当にアグリーですね。
そうですね。
実際にその不安の解消って、何かこう発信したりすることでできるもんなんですかね。
どの職業でも、さっきの負担とか怖さとか不安とか、自分ができるのっていうのはどの職業でもあると思うし、今考えてみると学校の場合ってそれなりにも自分が小学生とか中学生、高校生だったわけだから、他の職業よりも分かってるはずなんだよね。
確かに。
本当は不安は低いはずなんだよね。解像度は高いはずなんだよね。だけどそれだけ不安だということは、やはりそれだけやっぱ難易度が高いっていうところはイメージされてるってことで、それは現実もそうかなと思うんですよね。
ちょっと話変わるかもしれませんけど、教員の数の決め方とかもずっと歴史上あんまり変わってなくて、小中学校だと小学校とか中学校の学級数×係数で決まってるんですけど、これはぶっちゃけその難易度を全く考慮しない制度なんですよ。
確かに。
いろんなケアが必要で、親もいろいろあるしっていうことで、難易度上がってるよね、教育しないと。AIとかでいろいろ教えてくれるから、じゃあ生身の人間が何しないといけないのっていうことで、もっと教育能質を上げたりとかケアを頑張らないとっていうことは言われてるんですけど、
座ってハードル上げれば上げるほど、私そんな飛ぶ気ありませんみたいな。周りは頑張れ頑張れとか言ってるんだけど、大学の先生もせっかく免許取ったんだから受けてみたらとか言うんだけど、私も飛べませんから、辞退しますみたいな感じのイメージに近いですかね。
それはだから本当、ある意味正常な反応っていうか、よくわかる話だと思います。一足跳びに解消とはいかないと思いますけど、そういう負担感とか怖さとか、自分にできるの?っていう自信のなさみたいなところをちょっとずつ自信つけていくっていう、これは子供も一緒だと思うんですけどね。
最初から学級とか行事とかで子供を主体のとか、そんな一足跳びできないじゃないですか。でもなんかちょっとやってみて、例えばうちの子供なんかそうですけど、小学校の時にお笑い大会みたいな、お笑いカンパニーとかやってて、それでうまくできるとは限らないんですけど、でもちょっとでも受けると自信になって、またやってみて、
でまた周りからも褒められてとかで、ちょっとずつ子供たちも変容していくみたいな、大人も一緒かなと思うので。だから若い先生もそもそも難易度高いですっていうことと、あと小学校はほとんどがもう95%以上が3人からスタートで、副担とかじゃないんですけど、そもそもどの企業とかでも入社間もない、いきなり社長向けのプレゼントに行かせるわけじゃないですよね。結構無茶振りですよね。
そもそも無茶振りの悪さがあるので、その不安とかはまあそうかなと思います。徐々に解消していくしかないかなと思ってます。
でも実際日本全国の学校が不安だろうけど対策しないよって言ってるわけじゃなくって、本当にいろんなことやってらっしゃるじゃないですか。
それをどうやって伝わってないのかなとか、どうやって伝えたらいいのかなとかそういうのも思いますね。
そうだね。その辺どこまで伝わっているのかな。だからやっぱりよく言われるけどメディアとかの情報はどうしてもネガティブな情報の方が視聴率とかいろいろページビューとか取りやすいのでとか、あと不祥事とかね、事件があったっていう方がセンセーショナルなので。
ここが結構もう大ちゃんとか入っているところもそうだと思うけど、5時とか5時半にはほとんどもう皆さん帰っててワークライフバランスもいいよとか、別にでも早く帰るだけじゃなくて仕事のやりがいとしてもすごくいいよみたいな学校も確実に生まれてきてるんですよね。
ファクトフルネスじゃないですけど、世の中本当に着実に良くなってきているものも中にはあるんですけど、そっちの方の情報ってほとんどスポットが当たらなくて、僕も十分伝えられてないっていう自分の反省もありますけど、
っていうところは大きいと思うので、だからぜひ教育委員会とか大学とかもそうですけど、嘘つかなくていいので、こういう部分の取り組みをしているよとか、こういう学校も中にはあるよとか、もちろんひどい学校もありますけど、とかハラスメントとかでも、こういうのも何とか本当はしたい。
両方あるんですよね。マイナスのものをゼロにちゃんとしないといけないところもあるけど、やっぱりもっといいところはいいところであるので、プラスのところはあるので、そこはそこで見ていくっていう必要もありますよね。
いい話しすぎてお酒抜けてきたかも。
もうちょっと飲むか。
今、セドッピーの話聞いて、守護を拡大しすぎだと思ってるんですよ。メディアで。日本の教育は守護でかいですよね。
そうだね。
そうすると、じゃあ他国は?とかなってくるんですね。ヨーロッパは?とか、いいですよね?とか、それをもうちょっと解像度上げてみると、例えばですよ、ちょっと学校も言えないけど、福島市のある学校さんがあるんですね。
その学校では、今、単人、すごい単学級なんだけれども、チームで単人をしているんですね。そこに初任者の方が入りました。1年目の。
その人が半年くらい経って、ちょっと飲みの場でね、なんて言ったかというと、僕ここでよかったですって言ったんですね。
なんでって言ったら、いや、もう本当に1人で単人とかだったら私はやめてました。
でもここって、もう本当に複数で、何ならもう6人くらいで単人してるイメージだから、もうすごい安心しますって言ったんですよ。
これもある意味、学校一つでできることだし、主語をその学校にしてみたら、すごい進んでるわけですよね。
でもじゃあ近くの学校見てみると、まだまだそういうね、環境とか仕組みになってないっていうふうにもあるんですよ。
で、僕ここで、ぜひメディアの人にね、モノモースとしたら、やっぱりやってるとこはやってるし、今やろうとしてるところもたくさんあるわけだし、
1校1校とか、そのエンパワーをしてほしいんですよ。
それを助けてくれたのが瀬農さんだし、僕もそれをね、やろうと頑張ってるっていうところもあるから、頑張りましょう。
学校自体が発信していくとか、その地域、もう少し小さい単位で発信していくとかともあり得るんですかね。
そうだね。だからそこはあれかな、やっぱ採用してるのは都道府県とか政令市の教訓会だから、
もちろん各学校とか市区町村でも、もっとね、どの取り組みは公表していったほうがいいと思いますけど、
やっぱ都道府県と政令市の役割は大きいかなと思います。
そこの中で、こういう動きがあるよとか、かつてはこういう状況だったけどだいぶ克服できてるよとか、
ただいいことばっかり言っても、それチェリーピッキングというか、いい事例ばっかりじゃないか、都合のいいところだけじゃないかって、
逆に不誠実に見えたりすると思うんで、そこは実態っていろいろあるよっていうところをちゃんと教えていくっていうところが大事かなと思ってて、
僕が面白くする思考法の本の中で引用したと思うんですけど、一橋先生の経営戦略の思考法って面白い本があって、
その中でカテゴリー思考に注意っていうのがあるんですよね。
カテゴリー思考っていうのはでっかいカテゴリーに入れて、それで分かった気になるっていう、さっきのでかい思考みたいな話と一緒で、
日本の学校はうんとか、教員はこういうので不祥事ばっかりみたいな感じで、いっぱい例外があるのに、
1個のカテゴリーに入れてそれで満足しちゃうみたいなところは説明になってない説明だっていうのがあるんですけど、
僕もたまにやっちゃいますけど、そういうところは注意しながら丁寧に見ていく必要は確かにありますよね。
僕は仕事として映像制作をしているので、特に採用の案件が強いんですよ。
なのでいろんな会社さんの人事の方が自分の会社の魅力を学生さんに向けて話す場っていうのをよく配信とかでさせてもらうんですけど、
一流企業ほど、半分と言わないですけど3分の1ぐらいは副理行政とか、どれぐらい成長の場があるか、
それが安心してその人に合わせたもので成長を望めるんだっていうことに時間を使ってる気がするんですよね。
そんな感じで、学校自身ももちろん安心・安全っていうのをベースにしながら、成長にもつながるんだよみたいなことをちゃんと伝えてくれたらいいのかなとか、
そんなことも思ったりするんですけどいかがですかね。
そうですね。計画のいろんなモチベーション理論とか持ち出すまでもなく、その辺は大事かなって思います。
これがあるとマイナスになっちゃってダメっていう話と、それだけじゃなくてプラスのものはもっとプラスで高めていかないとっていうのがあって、
例えば学校で言うと、長時間勤務すぎて育児とか両立しづらい学校ですってなると、
これはマイナス要因なんでとか、ハラスメントが結構ひどくって、さっきのチーム担任制とかで本当は安心だといいんですけど、
それでハラスメントとか起こっちゃうと、もう続けられないですみたいな。
これはやっぱなくしていかないといけないんですよね。マイナスの部分をやっつけないといけないっていうところは問題解決しないといけない。
でもそれだけだと魅力にならないじゃないですか。マイナスが単になくなるってだけなんで、
そっちよりも成長できるかとか、教職員の間で本当に尊敬できる人がいるとか、あるいは仕事が面白いとか、子どもたち通じてすごく自分も成長できたとか、
あるいは僕の商売もそうですけど、学校の先生たちの仕事って学びながら自分の仕事もできるっておいしい仕事なんですよね、本来ね。
その辺の面白さがすごく感じられるとか、自分が学んだ結果また授業とかいろんなところに行かせるから、
ポジティブに働いてすごくいいとかね。そうやってできた方が両方だから必要ですよね。
本当そう思うわ。クロスリバーさんの確か調査でホワイトカラー企業とか、これ学校も確かやってたはずなんですけど、
例えばじゃあ残業時間がほとんどないですと、勤務時間外労働があんまりない人にアンケート取ったら50%以上の人が成長できないならやめたいって確か言ってたんですよね。
50%の日本人は自分が成長するためであれば、むしろ時間を使ってでもって書いてたんですよ。
これ結構僕素敵なカルチャーなんじゃないかなと思っていて、子どもたちのためっていうのが、もちろん両面でね、これがあるからこそちょっと呪い的に帰るのが遅いとか負担になっている側面もあるんだけど、
僕は結構素敵に見ていて、この高度専門職として育ちたい成長したいみたいなのもあるから、そこも打ち出していきたいですよね。
そうですね。だから新州大学の新井先生もよくおっしゃってますけど、今まで働き方改革で時間を短くしろということで、働きやすさとかワークライフバランスの方はまだ不十分な点はあるにせよだいぶ強化してきたんですけど、
じゃあ早く帰れるようになったら本当にそれだけでハッピーなのっていう話があって、成長できるとか仕事が面白いとか、自分の打ち込みたいことにある程度自由に打ち込めるってそういう裁量とか自由さがあるとか、そういうのもすごく大事なんですよね。
勤務実態調査すごい明らかになりましたよね。働きやすさと働きがいってもちろん分けきれないんだけど、働きやすさだけを追求して時短早く帰ろう、これだけを目指したときに働きがいが下がってむしろ立職率とかが下がるっていう。
だからやっぱり働きがいの部分でね、そこもどうやってちゃんと両方一体的に充実していくかみたいなところも大事な気がするね。
本当に番組5年目ですけど、初めは僕も学校大丈夫?どうなの?って思ってたんですけど、やっぱり5年もですね、素敵な先生たちに会うと本当にすごくいいなと思うんですよ。
先生たちも学んでいる。子どもたちとの関わりとで学んでいるし、子どもと関わる仕事の尊さもすごく感じるし、嘘をつくでもなくそのまんま伝えてくれればいいのになってすごい思うんですよね。
だから、瀬野さんご自身もいろんな現場を見ていらっしゃるから、伝えるお仕事もされていてまた尊いなとも思いますね。
そこのアグリなんですけど、一方で思うのは、とても生き生きしている先生とか、セミナーとかやってもすごく熱心に一緒に関わってくれる先生とかもどんどん増やしたいなと思っているのもあるんですけど、
一方で、そこまで言わなくても、なんて言ったらいいのかな、ちょっとかなり語弊のある言い方ですけど、普通の人が普通に楽しめる職場にしたいんですよ。
以前、私、中教師審、中央教育審議会というところで、質の高い教師の確保特別部会というのが入っていて、1回目か何回目かの時に質の高い教師ってなんやねんみたいな話がはっきりしてないので、
いろいろ、一応抽象的にあるんですよ。学び続ける教師とか、こんな質のあること言うんですけど、僕が一言言ったのは、質の高いとか言ってるからダメじゃないですかっていうニュアンスで言ったんですよ。
普通の人が普通に生き生き働ける職場だったら、優秀な人もそれなりには楽しいと思うし、ごく少数の優秀な人に来てほしいっていう助け目心というかなんていうかで、
結局トップアスリートだけの競技みたいな感じになっちゃって、少なくとも公立学校、大学一部のトップ大学とかじゃなくて、小中学校とか高校とかのほとんど、高教育の支えてるのは大多数のめちゃくちゃ優秀でもないけど、
やっぱり結構子供思いで、きちっと仕事していただける方が生き生きと無理なく働いてくれるっていうことをちゃんと考える必要があるのかなと。
医者の世界も似てると思うんですよ。めちゃ下界医で、もう免疫とかいう人も中にはいらっしゃる。そういう人もいてもいいんですけど、そういう人ばっかりじゃないじゃないですか、もちろん。
だけど普通にちょっと近所の医者で変なことされないとか、ちゃんとこうお世話になれるっていうのもとても大事な話なんで、そこの面でやっぱり忙しすぎる実態が今まではあったから、そうするとちょっとどうしてもマッチョなトップアスリート向けの職場になってきたのかなっていう反省点がありますね。
なんか酔っ払ってる割にはまともな話。
今いいですよ。非常にいい。
あとオーディエンスの皆さんもちょっとおとなしいですね。
お酒が入ってる場合には。
いやでも聞き入っちゃいましたね。
優秀とは何かっていうね。
そこがなんかむしろちょっと仕組み的にこじれてるなっていうのを僕感じる時があって、これエビデンスないですよ。でもなんとなく仮説があるのは、多分教育委員会の方とかよく掲げる優秀像、こういう人材欲しい像の人が来たとします。
その人はある意味最初から戦略的にできますと。カリスマ的に子供からすごく好かれて、学級経営、クラスの運営上手だと。
それがいいと言われることが僕多いと思ってるんですよ。だって職場でもコミュニケーションが測りやすいと。
いろんな先輩とも話せる。これ確かにいい感じするじゃないですか。
でもなんかそのカリスマ的なめちゃくちゃ子供から好かれる人がいる隣のクラスで学級が荒れやすいっていう傾向は相関関係でちょっと研究され始めてるんですよ。
まだまだエビデンスになってないです。でもなんかそれ考えると優秀を一本化することによって起きる弊害とかがなんか僕はすごい感じていて。
もっとなんかね、いろんな先生像があっていいと思ってるんですね。それをこういろんな組み合わせとか、あとお互いの得意とか弱みとかを組み合わせていけるみたいな、
視点で考え直さないと一生その構造的な問題解決しないんじゃないかっていうのが結構あって、そこどうですか?なんか考えとしては。
そうですね。だからちょっと話それちゃうかもしれんけど、僕あれですよ。教師の資質能力向上とかいう言葉嫌いなんですよ。
僕も嫌いです。
なんかもう本当個人のスキルアップばっかりの話で、スポーツに例えると個人種目のアスリートどんどん育成しましょうみたいな感じで個人技ばっかり磨いてて、でも学校組織ってサッカーとかに近いじゃないですか。
近いです。
その監督が逐一、監督って要は校長とか教育長が、逐一その指示はそんなにはできなくて、大まかなディレクションしかできなくて、あとはゲーム始まっちゃえばお互い協力し合ってやるしかないみたいな感じのところで、サッカーにすごく近いと思うんですけど、
本当にそういう意味では個人の能力をアップするのももちろん大事ですが、それだけじゃなくて、いろんなサッカーだってポジションあるみたいに、
こういう子にはこの先生の方が向いてるし、こういうシーンの時にはこういう先生の方が向いてるとかいっぱいあるので、そういう意味で多様性はもうちょっとやっぱりあった方がいいし、
あんまりこういう先生ばっかりっていうのはちょっと、本来はいろんな人がいる職場だと思いますけどね、学校って。そこはちょっと心配してますね。