前回に引き続き、じんさんをお客様にお迎えして、
じんさんの現職である記者のお話と、
あとはじんさんが取材してきた令和6年の野党半島地震の諸々について伺ってきております。
今回も前回同様多文に野党半島地震の内容が含まれるので、
状況、コンディションによっては心に負担がかかってしまう可能性もあるので、
ご自身のコンディションと相談しながらこの先を聞き進めてもらえたらなと思います。
はい。
先週、七尾市に記者として現地に入ったというので、
現地の被災者の声だとか、被害の状況だとか、お話をさせていただきました。
あくまでも私が見聞きしたものなのでというのが前提とありますけれども、
なんで被災地のことを知らないといけないのかみたいなところ、
私の中で答えが出ていないところではありますけれども、
今週はその記者とか報道とか、情報とはみたいなその辺のお話できればなと思っております。
はい。
やっぱり記者って後ろに読者がいらっしゃるから仕事ができるっていうのは常々社内では言われてまして、
皆さんが被災地に行きたくても行けないわけじゃないですか。
普通に仕事があるしね、当たり前のように。
はい、そうだね。
でも何が起きてるかっていうのは知りたいっていうか、知りたいっていう気持ちはやっぱりあるので、
その読者の方の負託を受けて私が聞きに行っている、取材しに行っている、
そういうモチベーションで審査に限らず、
例えば市長にインタビューしてる時も私が聞いてるんだけども、
後ろに皆さんがいらっしゃるから聞ける、市長と会えてる、
そういう態度で普段日々仕事をしてるんですけれども、
やっぱり見知らぬ人に声をかけるのは怖いんですよ、当たり前ですけど。
なかなか、もう何の話があっても。
いや、そりゃそうよね。
私まだ半年、1年弱なんですよ。
聞く相手の状況によってもだいぶ変わるよね。
そうそうそうそう。
だからね、それでやっぱりコメントいただく時には名前も載せたいわけですよ、
その何々さんはこう語ったっていう。
新聞ってルール的な感じあるよね。
ルールとして。
というのは、テレビは映像として誰が喋ってるかっていうのはもう何も説明が必要ないというか、
その映ったまんまじゃないですか。
この人はどういう格好をして、どういう年齢で、どういう表情で、
このことを喋ったか、これは楽しかったです。
ただ新聞はそれがないんで、
名古屋市なりの会社員何々さん何歳はって言わないと、
その人が浮かんでこないんですよね。
その背景まで説明しないと。
で、どんな表情でこういうことを言ったっていうのを言葉にするっていう。
ちょっとその情報として伝達方法の違いっていうのがあって、
それで余計に年齢と名前まで聞かないといけないっていう。
皆さんからするとちょっとびっくりされるっていうのはありますね、
この特命社会って言われるのかね。
そうだよね、めっちゃもう。
ちゃんとプライベートな情報だもんね。
うん、かなりプライベート。
でもなんでそれを聞かないといけないのかって言ったら、
じゃあその人が本当に話したかって全く重みが出てこないんですよね。
20代会社員はって言っても、え、誰?みたいな。
自由に作文できてしまうっていうか。
私としても、例えば竜間くんのコメントを取って、
この竜間くんのコメント、鍵カッコの中のコメントを書くっていう作業をするときに、
聞いたことを書かないと怒られるわけじゃないですか、本人からもちろん。
やっぱりその緊張感もあるんですよ、書いてる立場としては。
だからこの人の名前を出してこういうことを言うっていうのは、
ちゃんと私が聞いて世に出してますっていうところもあるっていうのは、
なかなか日々取材してて皆さんにお伝えできてないことでもあるのかなとは思うんですけどね。
本当に竜間くんが言ったから本当にいる人が言ったコメントっていう、
コメントの重さみたいなのが、やっぱり実名になると出てくるところがあるっていうのは、
新聞社の論理ですね。どこまでこれが理解できていただけるのかっていうところはあるんでしょうけど。
正直わからんけどそういうものなんだなって今聞けた。
そこまで思って読んでないけど。
シンプルな捉え方をしてしまうと言ってもその名前も年齢もつくって書けますよねと思っちゃうところはあるはあるんだけど。
それ以上にこの人が実在して、こういう背景でみたいなところを書かれるよりは、
やっぱりその人が話した内容の方が伝える情報としては大事だと思うし。
そこのバランスの塩梅をたどっていった先がその記事を書くときの慣習というか、
それぞれの原則みたいなところに落ちているのかなって感じはするね。
特に被災地でお話聞くと、やっぱり知ってほしいんですよね。
例えば水がない生活ってどういう感想なのかどういう気持ちでいるのかってことはやっぱり皆さん知ってほしいので、
よく聞いて取材してほしいって思ってらっしゃるんで、
それを皆さんの顔が見えるように伝えするっていう意味でも、
作れるっちゃ作れるんですけど、やっぱりそれはどこかで無理が出るんでしょうね。
やったことないですけどもちろん。
そういう習慣で出来上がっているものなんだなぁというのは思いますね。
文字で伝えるところの難しさがすごい感じるなっていうのはあるね。
資格情報というか文字情報だけだとやっぱり名前と年齢とっていうのはあると思うんだけど、
今こうやって撮っているポッドキャストみたいになると、
我々フルネーム全部出しているわけでもなければ、年齢を公開しているわけでもなければというところで、
でも多分実在しているとは思ってもらえているわけじゃん。
そうだね。
肉性の意味合いもあるんでしょうけどね。テレビとかこういう音声媒体の場合は肉性があるっていう強い真実性があるんで。
その本名を使わずとも呼び名さえあれば他の情報なくても肉性があって情報が飛んでいく。
別にこれは報道みたいなことでやっている番組ではないので、目的は違うんですけども。
文字、紙、紙面で届ける、もしかしたら電子媒体かもしれないけど、文字だけで届けるところの限界と戦い続けているみたいなところはすっげえなって改めて思うよね。
ただ一方でやっぱり紙で残るんですよね、新聞というのは。
1日から新聞を読み返すことができるんですよ、10年経ったら20年経っても。
震災がどういうふうに現地が変わっていったかということは。
これがやっぱり文字に残す、紙に残す意味合いだったりするし、映像が勝っちゃうイベントってやっぱりあって、
インスタとツイッターってネタが同じでもどっちに載せた方が有効にっていうのはやっぱりあるじゃないですか。
分かりやすく言えば。
新聞はどちらかというとツイッター寄りだと思っていただいて、テレビはインスタ寄りっていうか、やっぱり映像がバンと入ってくるっていうのがニュースとして優先するところがあって、
テレビももちろん同じように報道してるんですけど、新聞は映像の強い弱いを検討して取材はしてないんですよね。
テレビは映像としてインパクトのあるものがあるかどうかでも価値判断を彼らはしてて。
そうね、言われてみればそうだし、テレビで取材することの意義ってそこにすごく大きなウェイトがありそうな気もするね。
だからさっきちょっと出てないか、生まるがめのうどんの炊き出しが来ましたっていう話は、
そんな炊き出しっていうのは被災地もどこの体育館というか避難所でもありふれた話なんですよね。
でも映像的には生まるがめの美味しそうなうどんがっていうのがやっぱりブワッといってしまうわけですよ。
確かに映像で見ると美味しそうだし。
美味しそうだし、なんか湯気出てるしっていうので、そのうどんは非常に被災地でも比較的取り上げやすかった、テレビが。
そんな話があったりする。
ただ新聞はそこを抜いてニュースとして価値があるかないかで動けるんですよ。
その映像っていうのがないから。
そこの行くべきか、話、その小難しいこと、要するにおっさんたちが会議してるだけだけど重要みたいな話も全く映像にならないんですよ。
絵にはならない。絵でないやつだよ。
1分の尺も見返せないわけですよ、そんなの正直。
けどそれをちゃんとバシッと必要な要約をして伝えられるっていう新聞の良さもあって、これは一長一短なんで、
本当にどっちがどっちというわけでもなく、そういう論理で我々動いてるんだなっていうのはすごく今回も普段からも感じているところではあるんですよね。
媒体の特徴としてね。
そうなるとやっぱこう、新聞の方がというか文字の方が自分が伝えたい情報、自分が伝えた方がいいと思っている情報をまんま伝えられそうな。
そうおっしゃる通りですね。
そこがなかなか伝わりづらいっていうか、どうしても新聞でこう難しいってなっちゃってるんですけど、あんな文字ばっかり。
記者個人個人がこれが重要だなと思ったら長く書くわけで、本当にそれによってこれが重要だなって上の人が思えば見出し、大きい見出しつけて写真も大きくなって見やすい、
一面とかね、分かりやすい目に持ってかれるニュースが。
だから日が上がっている間に取材をして、夕方それを紙に埋めていく、どのニュースをどこに埋めてみたいなことを本社の方でやって、
で夜中印刷していくっていうスタイルなので、毎日それのローテーションみたいなね。
その速さもすごいよね。
そう、私もびっくりする。いまだにわからない。これなんでこんなことができてるんだと。
伝えたいこととか伝えた方がいいよなみたいなところの基準ってさ、結構個人で判断するとめっちゃ乖離がありそうな気がするのね。
そうだね。
各々の興味関心だったり、その人の背景みたいなところがすごく大きく影響しそうなんだけど、
そういうのって会社で統一されるのか、記者としての教授みたいなやつをどこかで学ぶじゃないけど、あるの?
それかもそれは個性として飲み込むというか、個性として置いておくようなものなのかな。
もちろん上司がいるんです、それぞれ。で、上司ももちろん記者をずっとやってきた人たちなので、
例えば今回も東日本大震災を取材した人たちが上司だったりするわけで、やっぱり組織でジャーナリズムをやってるっていうところがそういうところにあって、
何が必要なのか、どんな情報を報じるべきなのかっていうのはやっぱり経験からあるので、
もちろん記者個人がこういうことを取材したいです、これが重要だと思いますっていう件をもちろん上司と話し合いながら、
じゃあこれぐらい書けるかなとかもあるし、逆に私がそんなに重要じゃないと思ったことでも、
上司からするとこれはいや、もっと長く書かないといけないっていうことにもあるし、
その辺はもうやっぱり組織としてこのニュースはどれぐらいなんだろうっていうのは、
現場で聞いてきた声と、今まで記者として長くやってきた人たちのキャッチボールで仕上がってるっていう感じがしますね。
だから先週話したような地域の小学校150周年の記事ですら複数人のチェックが入ってるわけなので、
そういう意味ではやっぱり日頃そういうことやってるから、こういう時もちゃんとできるっていうところがあるんだろうなと思います。
現地に記者はたくさんいるの?
応援が今回たくさん入りました。
いろんなところから石川県外で普段記者してる人たちも乗り入れて。
その全員さんの会社に限らず各社、各メディア、いっぱいいるのかなっていう。
いっぱいいたと思います。現地でも会うしね。
会うよね。会いそう。
でもそこは切磋琢磨ですね。やられやるみたいな。
先に書かれたみたいな。そういうのはやっぱりあるんですよ。
どれだけの新聞が必要で、情報が皆さん、読者の方がいらっしゃって、それでどれだけの数があるかっていうところも多分今まで作り上げてきたところでもあるんで。
それが今増えてね。
何個新聞社いるんや。
何個いるんやっていうのは、今この新聞の物数が減っている世の中はご多分あるんだと思うんで。
そもそもそこからあるもんね。
そういうところもありますよね。
付託を受けて話聞いて、見知らぬ人に声かけるの怖いけど、私が聞かんと誰が聞くんやとか思いながら私は勇気絞って聞いてるっていう、そういう。
いやー、声かけるの怖いよね。
声かけるけど、でも私が代表で来てるんだからわざわざ被災地までっていう。
私が聞かんとあかんやみたいな、そういう振り絞り方。
まあ当たり前なんですけどね、そういう仕事なんで。
そんな感じでやってるところでございますね。
これだけは取ってこいとか、これは聞いといてよみたいなのもある?
うん、もちろんある。
こういう風な話で上げたいから今日はみたいなね。
で、だいたいなんていうのかな、目星つけて取材もちろん行くんで。
例えば、淡水が厳しいことを記事にしたいと思ったら、給水場に行くんだろうし。
まあそういう目星のつけ方。
そんな感じね。
そんな簡単に言えば、非常に。
はいはい、わかりやすくて。
っていうところですね。
やっぱりお金かかるんですよ、情報取るって、すっごく。
そうなの?
いやだって現地2日発生以降からずっと車でバーッといろんなところから集まって話聞いて、
そこで寝泊まりしてご飯食べて生活して情報取ってきてるんで。
フリーランスの人がいきなりのときてっていうのはやっぱりできないんですよね。
普段やっててからいけるっていうのもあるっていうところはなかなか新聞社は伝えられてないんだろうなと思いますよね。
日頃コンスタントに取ってくださってるから何かあったときも動けるっていうところ。
水のように新聞を昔取ってていただいてた時代であれば当たり前なのかもしれませんけど、
今はもうそうでもないんで、なんで自分たち書いてるんやっていうところはもうちょっと話していかないとなと思うんですが。
やっぱりネットメディアが簡単に言えば新聞なくなっちゃう原因でもあるんですけども、
やっぱりプラットフォームはコンテンツに責任持ってないんですよね、彼ら。
やっぱり広告が売れればいいっていう基準じゃないですか、コンテンツっていうのは。
だからそれはもう安くて多く売れるもの、安く作れて多く売れるもの。
やっぱりジャンクフードっていうものがやっぱりどうしても情報として好まれてしまってる傾向があって。
今回も被災のツイッターは本当にひどかったっていうか、無理に耐えかねるっていうか、ちょっと現実と乖離した。
正しい情報にアクセスしようと新聞見るなりテレビ見るなり、ある程度コンテンツに責任持って作ってる人たちってのはいるんで、
そういうところに触れればいいんだけども、やっぱりどうしても刺激が強いものに我々も慣れてしまっていて。
そっちで情報欲を満たしてしまってる。
食べ物に例え続けると、栄養バランスの取れた食事とジャンクフードがあるとして、
日頃も刺激の強いジャンクフードに慣れ親しんでしまってると、それしかもう分からなくなってしまうっていうところが最近のところで。
震災みたいな本当に情報が必要な場面で、それができないことが明らかに露呈してるっていうのを目の当たりにして、健全ではないなっていうのを改めて思ったところですかね。
新聞が正しいかっていうと、それは色々あるし、色々今もご非難もあるんだと思うんですけど、
少なくともそれを真実を商売にしている立場からすると、
やっぱりネットっていうのはさっきも言ったけど、コンテンツに責任を持ってないところの情報だけで生きてるっていうことが現代人、どうなんだろうっていう。
もう少し、食べ物について色々エシカルだったりなんかそういう、色々ありますけど啓発がね。
情報に関してはそういうの全く今あまりないっていう現状があまり。
個人的にはもう少し自覚的に、どんな情報を日々私の頭に入れてるかっていうところを考えた方がいいんじゃないかなっていうのは、
あまりにもお粗末な、現地にも入ってないような人たちだけで議論が起きている状況がちょっと不自然だったっていうところですかね。
そうね、プラットフォーム側もそれは作って、じんさん言ったように広告で稼げればいいやってところだから、
本当に最低限のこのグロテスクな画像だったり静的なところだけ制限するみたいなところの、本当の最低限の最低限ぐらいの規制というか責任の持ち方しかしてないなっていうのを考えると、
もちろんまだまだこれからやっていくのかもしれないんだけど、そう思うとじんさんがさっき最初に言ってた、情報ってお金かかってるですよの重みがすごくあるなと思って。
自由に発信できる環境が揃ってきていて、じんさんが言うところのジャンクな情報をどんだけでもただで受け取れるような状況でもあるって、
すげー便利な面もあればじんさんが言うような良くない面もあると思うと、ちゃんとお金払ってお金使って取ってこられた情報を買うっていうのってすごく大事なことなんだなって改めて思ったのと。
健全だね。
自分が伝えなあかんなって思ったことに対して、まっすぐ誠実に作って発信している人がいるっていうのはすごくいいことだよなって思う。
俺も新聞を買っていないし、記者会見に出てくる記者さんの話とか、俺の偏見とかでどこの市はどこどこと支持だとか、そういう思想の部分の話をたくさん聞いてきたから絶対どこか偏っているんだとか、
それこそ部数減ってきてるから新聞はすぼんでいく、このまま無くなっちゃうコンテンツなのかな、媒体か無くなっちゃう媒体なのかもなみたいなイメージがあったけども、文字だからできることと記者の伝えたいところがすごい合致している。
かつ記者の伝えたいことがすごい誠実に向き合うようなことだったりすると、無くなってはいけない情報を伝える媒体だなって思いますね。
ありがとうございます。本当にその、やっぱり変わりがないんですよ。
誰かがやってくれるのも全然いいんです、新聞よりより良い媒体が出てきて、ネットでも何であれ。
ただ現状このプラットフォームが支配する限り、ポジティブな変化がないんですよね、情報に関して。
だからこそ新聞社がより現代的にマッチする方法も探していかないといけないんだろうし、
ただそこがなかなかかみ合わない。ただで情報でっていうところやっぱりっていう悩みもあるっていうところですかね。
ユーザーというか読者からすれば、安くて誠実な情報が入ってくればそれが一番ありがたいからね。
そうなんだよね。
消費者っていう観点でいくと。
音楽もだいぶ今サブスクが皆さんちゃんとお金払って聴くようになったわけじゃないですか。
そういう変化をちょっとポジティブに捉えて、情報もぜひ少しずつそういう感じになっていくといいなっていう気持ちはありますね。
エンディングです。
ここまで時事的な大事なお話をしてきましたけども、
土地帰ってジンさんは北陸に移住したということで、
おすすめの喫茶を教えていただければと思うんですけども。
喫茶フローラーと言いまして、場所は小松市、石川県小松市にございます。
小松空港があるところですね。
そうです。小松空港がある福岡の街、北陸の玄関口、小松空港のある非常に純喫茶らしい純喫茶なんですけど。
北陸の玄関名乗ってんだ。
そう、北陸の玄関口っていう。
富山空港もあるか。
何なんだろうな。
福井はでも空港。
空港はないんで。
あるけど民間。
民間は使ってない。
空路でいうと小松空港は玄関かもしれないけど、金沢駅前のあのでっけえやつ、あれこそが玄関口の格好をしてないって思いますね。
確かにね。
まあまあ、でも行けるなと最近。
新幹線が開通する前はやっぱり北陸にアクセスするには羽田小松便っていう。
そうだね。
どうしても国際線を飛んどるし。
確かにな、国際線考えると羽田小松便はいろいろ運んでこれそうでいいね。
そう。なかなか本数も多いしね。ありがたいことですよ。
まあそんな小松、玄関口と言われる小松でございますけど、プローラーっていうのがそんなに広くはないんですけども、
長ネクタイしたマスターがいらっしゃって、奥さんの着もして。
制服着てる系だ。
そう、制服かな?着てるね。
で、新聞に雑誌がしっかり置いてあって、オムライスとかいろいろそういう洋食メニューもランチメニューも非常に充実していて、
私は足しげく通っているところでございますけども、
焼きアイスクリームになるものがあってですね。
ダメじゃない?たぶん。
だから焼くんですよ。たぶんお酒かな?お酒をカラカラメラみたいなところで。
それが名物メニュー。個人的には名物メニュー。
それって冷たいの?
冷たくもないんだよね。もう火消えたタイミングで。
なんていうのかな?あれなんだっけ?クリームブリュレみたいな。ブリュレみたいな感じ。
パリパリのところが出るのかな?
そんなメニューがあったりするところで。
カウンター席があるんで、私は一人なのでカウンターで新聞を読みながら、
というところでのんびりおしゃべりしながら過ごすというところで。
カウンター座って焼きアイスの工程めっちゃ見たいな。
ぜひぜひ。
隣で取材でお世話になった人とかも来たりするんだ、こんにちはみたいな。
そんな感じで。ちょっとした車工場ですね。
車工場だね。
久しぶりに聞いたら車工場。
不思議な感じ、この人口10万人なんですけど。
本当に町に暮らしてる人が互い顔も見えるような町でもあるんで。
そんなところにある地元人に愛される喫茶というのがフローラーで、
なかなかおすすめな。お祭って純喫茶ってフローラーなのかな?
私の中ではという感じですね。
何を隠そう、翔太郎も遊びに行ってですね。
フローラー行ったんですけど。
焼きアイス食べた?
焼きアイスは食べれなかった。
焼きアイスってあれ、夜?夜だけ?
夜だけなのかな?確かに食べたの夜だった。
昼にやっても炎が薄くてさ、あんまりわかんないんだよね。
暗いところの方がいいよってことね。
それって言うと夜もやってて、夜は結構若者も来ててって言ってたよね。
そうだね。10時くらいまでやってるかな。
記者にも助かる仕事が終わるのが遅い。
同僚とご飯行ったりもするしね。
私、焼きアイス求めて若者が来てるっていうデイリーしてるのがいいな。
確かに。夜に映える。
調べれる人は写真見ると言うけど、いい光りしてるんだよね。
いい光り方してるわ。
あったかい黄色い光が。
たぶん平成か昭和に作った住宅の1階にポツンってあるんだけど。
店構えからいいし。
あとフローラーってどっかの言葉でフラワーなんじゃないかと思うんだが勝手に。
俺も思ってるわ。
ソファーも全部花柄でさ。
で、絨毯を敷いたってすごい品あるの。
シックな空間っていうか。
そうだね、庭みたいになったな。窓の外。
住宅の1階だからか。
なんかね、アパートみたいな一角にあるんですけど。
そこの角にあるから、角の1階にあるんで。
庭が入れるっていう。
角だから、そう。
橋?