1. あたまのなかのでっかいひとりごと
  2. わたしのココロが震えた話#1
2025-03-26 15:21

わたしのココロが震えた話#1

日々の中でココロ震えた体験を話していきます。話すということは、この肉体も震えるということ。
#はじめまして#初収録#ドキドキやぁ#BGMの存在に気づかず
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サマリー

このエピソードでは、タイルが初めての収録を通じて心が震えた体験や、チャクラアロマ講座、占いお茶会について語っています。また、タイルは母との複雑な関係を振り返り、育児やコミュニケーションの重要性について深く考察しています。不登校の経験を持つ彼女が、自身の心の震えを通じてコミュニティ「タイルカフェ」の重要性を述べています。タイルは、親としての苦悩や感情を受け入れる力を持ち、他者の痛みを理解することで豊かなコミュニケーションを築いています。

初めての収録
もしもし、聞こえてますか?
はじめまして、おはようございます。
こんにちは、こんばんは。
タイルと申します。
今日初めて収録をしています。
あたまのなかのでっかいひとりごとというタイトルで、
今から毎日、わたしのココロが震えたことを
お話しさせていただこうと思って
そんな番組にしようと思ってスタートしました。
初めてなので、これ音楽とかもないし、
どうやって始めるんやろうと思いながら、
でも一旦ね、自分のあたまのなかを整理するためにも
本当に自分の思いを出すというところを
中心にやっていこうと思っているので、
またその時その時で、
音楽入れた方がいいよねとか、
いろいろ学んでいく過程で、
また面白いことが見つかってきたら
また皆さんとそれを楽しみながら
やっていけたらなというふうに思っています。
占いお茶会の体験
とにもかくにも、初めて見ないと
このスタートってね、
最初の一歩がめちゃめちゃ力いるじゃないですか。
迷ってばかりやと、
ほんまにもう一生スタートできへんなと思ったんで、
今ちょうどね、
今日は夜にですね、
チャクラアロマ講座というのをやっておりまして、
で、その講座が終わって
喉がだいぶと潤ってきたので、
今だ!と思ってなんか初めて見ました。
で、今日はチャクラアロマ講座ということでね、
チャクラという、
昔のインド、古代インドの言葉で、
そういった、何て言ったらいいんですかこれは、
中国で言うところの壺みたいな、
なんかそういう考え方、
チャクラを整えるみたいな、
そういう考え方がヨガとかの
されておられる方でしたら、
そういうのを知っていると思うんですけど、
そういった学びを、私ありがたくもやる機会があって、
そこからすごくチャクラって面白いなということで、
今アロマも用いた仕事もしているもんで、
これくっつけたらもう一つ面白くなるんじゃねということで、
それをね、今日も1時間半皆さんに講座ということで、
今日は15人くらいとか参加してくださってて、
その方々にお話しさせていただいていました。
昨日なんですけど、
昨日はですね、私その他にもですね、
私いろいろやってるんですよ。
占いとかスピリチュアル業界のね、
おおむね大きく言うとスピリチュアル業界の
仕事をしてるんですけれども、
なんかでもね、大きく言い過ぎると、
なんか急に粗雑な感じになりますね。
そういう業界、一言で言うと、
そういう業界に従事してるというかね、
そういったところでお仕事してるんですが、
昨日は占いお茶会ということで、
私の大好きなマチャピーというお友達と、
それからいつも私を陰に日向に支えて、
そしていつも彼女も輝いてるサナエちゃんという方がいらっしゃいましたね。
この3人で最近は占いお茶会というのをね、
やらせていただいてるんですが、
いつもマチャピーか私かが交代交代で、
2時間ほど座学でお話をさせていただいて、
その後お茶会なのでね、
みんなで楽しくわけややいって感じなんですけれど、
そういった会をね、月一度させていただいておりまして、
そこでは昨日はちょうど参加者がね、
希望者がいなくて、
本当に私たち3人だけっていうような状況だったので、
これは逆にチャンスじゃねみたいな、
ゆっくりしゃべるチャンスやんねということで、
3人でエンマカードっていうね、
エンマ様のエンマですね。
エンマカードっていうカードをね、私持ってるんですけれど、
そのカードって名刺サイズの紙に単語が書かれてるんですよ。
なんか自由とか、ユーモアとかね、
他はネガティブとかね、
なんだっけ?
面白いのは関西弁でどうでもええやんとかね、
しのごの言うなとかね、
なんかそんなのも書いてて、
すごい面白いエンマカードっていうのがあるんですけど、
それを用いて、
昨日は人生ゲームっていう、
エンマカードを使って人生ゲームっていうのをやりました。
何をするかっていうと、
あれです。
人生を振り返ろうっていう企画でございます。
企画?ゲーム?
ゲームです。
人生振り返っていろいろ自分が経験したことをね、
あれこんなやったなあ、あんなやったなあって、
はあって思うことでも、
他の人の目から見ると、
それって宝じゃね?みたいな、
宝物やんねって言ってもらって、
あ、そうかって、そうかもみたいな、
そういった気づきが得られる、
すごい面白いゲームがあって、
なんかそれをね、やってた時なんですけど、
もちろん一応私自身がそれを習ってやってきたんで、
オーナーとしてね、
それをゲームをスタートさせて、
3人でワキワキやキャーキャー言いながらやってたんですけど、
母との関係
何の話でやったかな?
今私は、今日からはね、
自分が心震えた話をしたいので、
その話をね、今ちょっとしようとしてるんですけど、
何でだったか、
私の母の話になって、
私の母っていうのは、
私が幼少期っていうのはすごく、
結構複雑でね、
なんか宗教一家と言いますか、
そういった家庭に育って、
それだけじゃなくて、
精神病のお姉さんがいたりとか、
かなりセキララ話であれなんですけど、
大変、
父が、
おじいちゃんと会社も経営してたんですけど、
なかなか苦労続きだったりとか、
おばあちゃんがそれをまたサポートさせてたりとか、
うちの母もそういったサポートしてたりとかで、
結構、環境的に言うと、
宗教とかやってたけど、
いわゆる病気と貧乏に苦しんでいたっていうような、
典型的な家庭で、
全員が毎日を生きるのに必死で、
ちっちゃい頃の私っていうのは、
親の真っ直ぐな愛を受け取りきれずというか、
なんか愛されてる感覚がなかったり、
話を聞いてもらうっていうね、そもそも。
私が言ってることを認めて認知してるっていうような、
そういった状況じゃないような家庭だったんです。
それを大人の今となっては、
いろんな意味があったり状況だったり、
それは仕方がないよねっていうふうには思いますけど、
当時の私にとってはすごいしんどかったんだっていう話のところから、
なんか、ただ母はすごくそういったところで余裕がなくて、
私たち子供にすごくイライラをぶつけてたんですよ。
怒り狂って、顔も怖いし、声も怖いし、
なんか、なんていうんかな、
当然大罰みたいなこともあったりとか、
それも感情的な部分でやってきたりとかもあったんで、
それを私がたまたま、
自分が親になったときに、
あんなふうにはなりたくないって、
あんな子供に叱りつけるような、
怒鳴りつけるようなやり方の子育てはしたくないって、
すごい思ってたんです。
だから、自分は怒らない子育てをしようって決めて、
そして、子供とは話し合えばわかるって、
もうほんまに徹底的にコミュニケーションやっていうことを決めてやってたんです。
なんですけど、子供が実はその後、
6年後、6歳のときに不登校になったりして、
で、結局感情がもう吹き出て、
溢れ出て止まらないっていう状況が始まったりもしたんですけど、
そんなのを振り返っていったときに、
エンマカードを使った人生ゲームで、
そんなときに、思ったというか、
そのときにふっと私がね、
髪振り乱して、顔色変えて、子は色まで変えて、
となり散らして、こう言ってくるような、
あんなにみっともない大人にはなりたくないって思ったって言ったときに、
あの、マチャピが、
みっともないって、何って、なんか、
それってすごく悲しい言葉だねって、
思ったんです。
で、その時に、
で、なんか、
心の震えと受け入れ
それってすごく悲しい言葉だねって、
言ったんですよ。
で、私はそれを聞いて、最初は、え?って、
だって、そんな感情で結局子供を怖がらせて?って思ったんですけど、
でもなんか、
うーん、そうかもしれへんなって、
でも自分はじゃあそれ聞いて、
そうかしか思えないっていうか、
でも自分悲しかったしなとか、
でもそれはもちろん心理学ですとか、
そういった心の学びもしてる人たちなので、
マチャピもサナエちゃんもね、
だからそういうのを、私のありのままっていうのを受け入れて認めてくれた上でね、
ただ、その状況って、なんか、
それだけじゃなかったんじゃないかなって、
なんか言ってくれて、
なんだったか、
ちょっとほんとその辺の、なんかまだ私自身が多分まだ今、
受け入れきれてないっていうか、
言語化できてないなって思うので、
ちょっとここからしどろもどろなんやけど、
なんか、
うーん、
あの時のお母さん、どうしようもなかったお母さんっていうのを、
タイルちゃんが受け止めてたんじゃないかなって、
なんか言ってくれたんですよね。
私もどうしようもないと思って、震えるしかないと思ってたんだけど、
なんか私は私で、それを受け止めようとしてたし、
結果それを、その私が今、
不登校のコミュニティっていうのも立ち上げてるんですけど、
そこって私コンセプトがあって、
最初から立ち上げの時から、
このタイルカフェっていう名前なんですけど、
タイルカフェという不登校のお母さん方が集まるコミュニティですね。
そこはですね、
安心安全の場にしようって、
本当に不登校って、
当時の13年前の私にとっては、
本当にしんどい地獄のような日々だったんですよ。
誰にも相談できない、そういうコミュニティもない、
相談できる機関もない、
そういう苦しみの中にいたから、
そういう人たちが今はインターネットでは調べはできるけど、
だけど胸の内を話す場所がまだまだ少ない、
分かるよって言ってくれる人が近くにいない、
なんかまるで自分が本当に子供と孤立したような状況の人たちがいる中で、
じゃあそのタイルカフェっていうコミュニティでは、
お母さんやお父さん、保護者の立ち位置の方々が
ホッとできる場所っていうのを作ろうって決めたんです。
安心、安全の場所、ここで話すことは誰にも言わないから、
せめてここでだけは思いを吐き出して、
そしてまた元気になってお家に帰っていったら、
子どもたちも、お母さん今日雰囲気違うなって思ったら、
また健やかに育っていくことができるんじゃないかなって、
だからそう決めてタイルカフェっていうコミュニティを作ったっていう、
その思いの部分がすごく呼び戻されたんですよ。
そのマチャピーが言ってくれた、私自身が、
人の怒りとか悲しみっていうものを受け入れる力があって、
それを今もタイルカフェでやってるやんて、
それをやることこそが、
世界平和につながっていくっていうことをしてるんじゃない?
って言ってくれたときに、
世界平和って言葉は私が言ったんやったかな。
なんか、だけど、
でもやってるって、私のこのしんどさ、
子どもの頃のしんどさが、
子どもの気持ちもわかるから、
でも親の不登校になってしまったとか、
そういう子にしてしまったっていう苦しみもわかる。
だからそんな私だからこそできる場所なんじゃない?
って言われたときに、なんか、
なんか、めっちゃ嬉しかったんですよ。
それがすごい心が震えた出来事だったっていう話なんですけど、
コミュニケーションの重要性
なんかすごい取り留めもなく、
私っていうパーソナルな部分を話すことなく、
第1回目からいきなり濃い話なんですけど、
多分それだけじゃなくて、もっといろんなことを
私にすごく一生懸命伝えてくれてたんですけど、
もうほんまはちょっと、
昨日録画しとけばよかったって思うぐらい、
なんか私には本当に心震える、
すごい豊かな時間をね、過ごすことができて、
なんか、やっぱり、
本当タイルカフェっていうコミュニティ作ってよかったなって思うし、
そういう占いお茶会っていうバーも作ってよかったなって思うし、
でも何よりも、お母さんの子でよかったなって、
私がきっとお母さん選んだんやろうし、
なんか、選んでよかったなって、
私は私でよかったなって、
なんかしみじみ、
昨日は思えた1日だったんです。
なので、それが私の昨日の心震える1日でした。
今日も京都でね、
先ほどのチャクラ・アロマ講座だけじゃなくて、
もう朝からまた大切なお友達と会って、
で、ちょっと彼女が悩んでるということでね、
占いのセッションとかさせていただいてたんですけど、
なんか本当に私はそういう、
人と人とのコミュニケーションで、
その人の苦しみだったり悲しみとか、
本当そういうネガティブな部分を聞いて、
だけど目線変えたらこうじゃないとかって言うっていう、
その時間が本当に豊かで幸せやなって思ってるから、
やっぱりこの職業を選んでよかったなって本当に思ってるし、
毎回だからさ、人と会うたびに心震える時間があるから、
本当に幸せやなっていうふうに思ってます。
ということで、私の心震える1日のシェアでございました。
またよかったら聞きに来てください。
じゃあ今日はこれで終わります。
じゃあねー。バイバーイ。
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