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「言語化が上手い」って、何が違うんだろう
2026-09-14 06:33

「言語化が上手い」って、何が違うんだろう

「ちゃんとやっておいて」って言われたとき、何を思い浮かべますか。

同じ「ちゃんと」なのに、頭の中にあるものは違う。


今回は、このすれ違いから「言語化が上手い」とは何なのかを考えた回です。


▼ 話していること

・言葉が出ないとき、人はまず語彙のせいにする

・「モヤモヤ」を二つに分けると、少しだけ話せるようになる

・定義する前に、何が入っているかを見分ける

・一人で完璧に定義しても、「ちゃんと」は相手と揃わない

・相手が見ているものを聞く、ということ

・アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ——完璧から少し外れる音


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普段、マーケティング、ブランディングの仕事をしているkoyukiが、日常の中で感じた「ちょっとした違和感」や「なんとなく気になったこと」を取り上げ、その裏側にある構造や仕組みを「ひとりごと(ジャーナリング)」として言語化していく番組。

教える番組ではない。一緒に考える番組。

答えを出す番組ではない。「見え方が変わる」番組。


【出演・企画・構成・編集】

koyuki(SNSリンク:https://lit.link/koyuki_spicalink)


#ひとりごとカイギ


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サマリー

「ちゃんとやっておいて」という一言で生じる認識のズレから、言語化の本質を探る。単に語彙力や表現力だけでなく、自分の「モヤモヤ」を分解し、相手が何を見ているのかを理解しようとする姿勢こそが、真の言語化の鍵であると考察する。完璧すぎない、少しだけ外れた表現が人の心に残る可能性にも言及する。

「ちゃんと」の認識のズレ
ちゃんとやっておいてって言われた時、何を思い浮かべますか?
例えば、僕なら締め切りまでに終わっていることを思い浮かべるかもしれません。
でも、別の人は途中で一度相談しておくことかもしれない。
同じちゃんとなのに、頭の中にあるものはちょっと違ってきます。
これって、言葉が足りないというより、何か別のことが起きている気がするんですよね。
その話を今日は考えてみます。
ひとりごと会議。日常の中で引っかかったことを僕の視点で少しだけ考えていく番組です。
答えを出すというより、一緒に考える時間になれば嬉しいです。
作業のともに、舵の合間に10分だけお付き合いください。
ちゃんとやっておいてって便利な言葉ですよね。
言う側は多分、かなり具体的なことを言っているつもりなんだと思います。
でも聞く側にはその具体が見えていない。
だから例えば、締め切りまでに資料を作ったとしても、そうじゃなくてとなることがある。
もちろんこれは例えばの話ですけど、言われた方もやる気がなかったわけではない。
言った方もわざと曖昧にしたわけではない。
ただ、ちゃんとの中身が違っていた。
言語化の壁と語彙力の限界
こういうすれ違いを見ると、言葉にするということを少し違う角度から見たくなります。
言語化がうまいってどういうことなんだろう?っていう風に考えることがあって、
世の中で言われる言語化がうまい人って、
例えがうまい人とか、難しいことをわかりやすく言い換えられる人とか、
だいたい表現力の話になりますよね。
だから言いたいことがあるのに言葉にならないとき、
僕は自分の語彙が足りないんだと思っていました。
もっと本を読んだ方がいいのかとか、でも読んでも出てこないんですよね。
知っている言葉は増えているはずなのに、なかなかパッと言葉が出てきません。
ここで最初の仮説が少し怪しくなってきます。
語彙はあった方がいい。でも語彙だけではないかもしれない。
「モヤモヤ」の分解と言語化
あるとき順番が逆なのかもしれないと思って、
例えばなんかモヤモヤするとします。
このままだと言葉になりにくい。
でも一度だけ止まって分解してみる。
そのモヤモヤの中には準備が足りないことの不安が入っているかもしれない。
それとは別に相手に逆されている気がして、少し身構えているのかもしれない。
同じモヤモヤに見えていたものが2つに分かれる。
分かれた瞬間にちょっとだけ話せるようになるんですよね。
不安なんだと思うのか、逆されるとうまく動けなくなるのか。
言葉にするって多分立派な言葉を探すことだけじゃなくて、
何が入っているのかを見分けることでもある。
これは定義することに少し近いのかもしれません。
これは何と何が揃っていたらそう呼べるんだろうっていう風に考える。
その前に分解してみる。
足りなかったのは強引より分解する作業だったのかもしれません。
相手との「ちゃんと」のすり合わせ
でもここでまた引っかかるんです。
自分の中でうまく分解できたら、それで言語化できたことになるのか。
最初のちゃんとやっておいてに戻ると、
僕が自分の中でちゃんとを完璧に定義できたとしても、
それが言った側のちゃんとと同じとは限らない。
相手はいつまでを想像しているんだろう。
どこまで終わっていたら安心するんだろう。だったりとか、
途中で何を共有しておいて欲しいんだろう。だったりとか。
その辺りを聞かないと多分揃わないんですよね。
言葉を自分の中で完成させてから渡すことだと思っていたんです。
でも相手が知っていることや、
相手が見ている景色の側に置かないと、
同じ言葉でも別のものを指したままになる。
だから言語化って話す技術だと思っていたんですけど、
話す手前にあるのかもしれません。
相手が見ているものを聞くところから始まるっていう感じでしょうか。
完璧から少し外れることの魅力
言語化が上手いと言われる人は、
上手く話せる人というだけではないのかもしれないですね。
これも僕の一つの解釈です。
そういえば最近、アンジーヌとポアトリーヌというバンドが気になっていて、
聞いているとちょっとだけ、
どこに着地するのかわからない瞬間があるんです。
音が外れているというとちょっと違っていて、
でも綺麗に収まらないというか、
綺麗に聞こえないというか、
その微妙な感じがなぜか耳から離れないんです。
YouTubeとかの解説を見ていたら、
AIがどんどん完成度を上げていくほど、
こういう少しだけ完璧から外れたものの方が気になってくるんじゃないかという話があって、
AIでも変な音を作ること自体はできるかもしれませんが、
でもどこで少し外すかとか、
どこまでは外さないのかだったりとか、
その差値加減はまだ人がやっていることのように見えます。
完璧じゃないものじゃなくて、
完璧から少し外すことを選んだものっていう、
そういうちょっとした違和感を加えたものが、
これから人の耳に残ったりだとか、
気になる存在になってくるのかもしれません。
まとめとリスナーへの問いかけ
今日も聞いてくださってありがとうございます。
今日はちゃんとやっておいてという一言から、
言語化って話す技術の手前にあるかもしれないというところまで考えてみました。
最近誰かと同じ言葉を使っているのに、
少し噛み合わなかった場面はありませんか。
その時、相手はその言葉の中に何を見ていたのか。
感想やリクエストは、
ハッシュタグ一人言会議で教えてください。
それでは今日も良い一日を。
06:33

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