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1. 【自己紹介】日本の未来を地域から。北海道鶴居村 Heart’n Tree シェフ 服部大地
2024-11-10 37:33

1. 【自己紹介】日本の未来を地域から。北海道鶴居村 Heart’n Tree シェフ 服部大地

▼今回のトーク内容:

hitokoto Radioはじまりました!人口1万人以下の農村で暮らす3人のパーソナリティが地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えていきます。

今回はパーソナリティの紹介その1として、北海道鶴居村 Heart’n Treeのシェフ 服部大地が登場。生い立ちから現在の活動まで、楽しくお話ししていきます!

▼番組概要:

人口1万人以下の農村で暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考える番組。 生き方や暮らし方、伝統や歴史を学びを受け継ぎ、今の日本を100年後に残すためのアイデアや方法を考えます。

▼番組ハッシュタグ:#ヒトコト

▼番組への感想やMCへのメッセージは以下までお寄せください: ⁠ask.hitokoto@gmail.com⁠ ⁠

▼MC: 

服部大地(はっとり だいち)

1992年、北海道生まれ。鶴居村の「Heart’n Tree」シェフであり、「The Royal Express」最年少シェフ。地元食材を活かした料理に定評があり、2023年「RED U-35」でブロンズエッグ受賞。現在は食材ハンターやノマドシェフとして各地でポップアップを開催中。 

https://www.instagram.com/hattori.daichi/

▼内田将大(うちだ まさひろ)

1990年生まれ、東京都出身。株式会社ムラシゴト代表。ゼネコンで約7年間、都市開発案件を担当した後、2022年から長野県原村(はらむら)に移住。「日本で最も美しい村」連合専任の地域おこし協力隊として活動する傍ら、2024年に起業。裂織(さきおり)ブランドの推進を日々行う。

https://www.instagram.com/uchimasa07/ 

▼長屋詠一郎 (ながや えいいちろう)

1993年生まれ、岐阜県関市板取出身。20代前半は海外で暮らす。6年後、日本のことがもっと知りたいと思い、長野県木曽町に移住。写真や動画を撮りつつ、木曽谷の手仕事と日本で最も美しい村連合の繋がりを活かした一棟貸しの宿「玄草」を準備中。

https://www.instagram.com/eiichiro_nagaya.jp/

▼後援: 「日本で最も美しい村」連合

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hitokoto Radio. 人の物語を語る時間。この番組では、人口1万人以下の農村で暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
はい、こんにちは。パーソナリティの永谷英一郎です。 こんにちは、パーソナリティの服部大地です。よろしくお願いします。
はい、ということで、 hitokoto Radio 第1回目なんですけれども、
hitokoto Radio とはという、まあ皆さんの疑問プラス、こいつらは何者なんだというね、皆さんの疑問があると思うので、
あと、なぜこれが始まったのかっていうことを、今回このエピソードで語っていければいいなと思います。皆様よろしくお願いします。
します。はい、じゃあざっくりですけど、はい、あの、何者なんだこいつらはということをちょっと解明するために自己紹介をお願いします。
わかりました。えっと、僕の名前は服部大地って言います。 北海道の鶴井村っていう小さい村出身で、
今は料理人をやってるんですが、ひょんなことからいろんな各地の生産者周りをしたりだとか、
地域の生産者と巡り合わせていただいて、いろんな思いを詰まった料理を作っていきたいなと思って活動しています。
現在はノマドシェフっていう、いろんな地域に行って、そこの生産者だとかと一緒にポップアップのレストランをやったりする計画をしてますので、
そんな何かちょっと変わった料理にやってますので、よろしくお願いします。はい、素晴らしい自己紹介ありがとうございます。じゃあ僕はですね、
今、現在長野県の木曽町というところで地域お越し協力隊をやりながら、
幻想という名前の一等賀しの宿を準備しています。あとはフォトグラファーとかビデオグラファーをやったりしてまして、
海外からですね、6年、海外で6年生活した後に日本に帰ってきまして、今こちらで住んでいるということで、じゃあなんでその僕とその北海道の鶴井村の大地くんがこう、
フォトキャスト始めたの?みたいな、なんで?みたいになると思うんですけど、どうですか?きっかけというか。
そうですね、きっかけはやっぱり去年、今年かな?1月ぐらいにあったそのU35、アンダー35っていうのがあって、
それが何かっていうと、日本で最も美しい村連合の村民、町民を35歳以下の人たちで集めて、未来創造会議みたいな、未来に何を残せるかみたいな話をしたんですけど、
その時に長屋さんとお会いしたり、その時の同志たちにお会いして、みんな同じような悩みを抱えていたりしたので、何かできないかなっていうので、
紛争が始まりまして、いろんなことをやっていく中で、本当に面白い方に出会う機会が多くてですね、
長野県の基礎に伺った時も、すごく面白い生産者の方だとか、その町の方にお話を伺って、これは面白いねっていう話になっていって、
03:06
じゃあこれをちゃんとしたコンテンツに落とし込んでいこうってなった時に、長屋さんが素敵な言葉でこのひとことラジオっていう名前を考えてくださってのを今っていう感じです。
素晴らしい。もう何かそれに全て詰まった感じですけど。
ありがとうございます。
確かにそうですね、いろんな各地、日本で最も美しい苗言語に加盟している自治体に素敵な人とか、こだわりを持って生活している、暮らしている人たちがいて、
そういう人たちに会う中で、これ僕たちだけ知ってるよりもいろんな人に知ってもらいたいよねというか、そういうこと伝わったらいいよねっていう感じで、
人とことを語るポッドキャストというかラジオというか、そんなことができたらいいねということで、じゃあ一回撮りましょうかということで、この風越えのガラガラした声で伝えているわけなんですけれども。
どうですか?ひとことラジオをやっていくって決まった時に、こういうことできたらいいなとか、こういうことを伝えられたらいいなみたいなことってあります?
そうですね、やっぱり田舎って知ってるようで知らない方が多くて、本当に面白い方いっぱいいるんですけど、伝わってないと思うんですよ、僕は。
それが何でかって思うと、やっぱり僕の地域も面白い人いっぱいいるけど、どう伝えていったらいいんだろうとか思った時に、やっぱり口伝いでは限界があって、
あと本当に木曽町もそうですけど、長野県ツアーに行っていろいろ長野県の面白い方に会った時に、やっぱりこれは伝えていかなきゃいけないなとか、やっぱりその面白い人に会った時に、この話がみんなに届いたらいいなっていう思いがすごく強くなったのがやっぱり一番あって、
それをどんどんこうやっていきたいなっていうか、なんだろう、会った人の話を皆さんにも届けていければいいなと思ってます。
確かにそうですね、やっぱり自分たちだけ知ってるよりもいろんな人に知ってもらったほうが、その方たちの魅力とかも伝わるし、そういう人たちが暮らしてる地域ってこんなんだよみたいなのが伝わればいいねっていうのは、たまたまその方法がPodcastということを選んだわけで、
まあ二人とも話が好きっていうのもありますが、
確かにめっちゃある。
気づいたら長らく話してるみたいなこともあるんで、
そうですね、めっちゃあるな。
できればいいなっていうことですよね。
はい。
ただ今回、これをやっていくパーソナリティ、何者っていうのがね、最初も言いましたけど、
たぶん自分たちはじゃあなんでこれをやってて、どういう人生を辿ってきて今こういうことをやってますっていうのを知ってもらったほうが、今後の番組を聞く人が面白いんじゃないかなということで、
06:00
今回僕はインタビュアーみたいな形になって、大地君のこの人生を深掘りというか、聞いていけたらいいなというふうに思っているわけなんですけども、
ちなみに今いるところがあれですよね、パーソナツリーですよね。
そうです。僕の実家というか、うちの母が始めたお店で、そこの今シェフをやらせてもらってるんですけど、
現在宿泊、オーベルジュの形でランチも営業しているお店になっています。
地産地消の食材を使った田舎料理って言うとあれですけど、すごくアットホームな料理を今は作っていますので。
なんかそこが結構あれですね、大地君のある意味原点というか、生まれ育ちというかそこまで生まれ育ったってことですかね。
そうです。僕が3歳の時からちょっと丘の上にあるんですけど、ちょっと小高い丘の上にあって、そこで幼少期から専門学校に行くまでですね。
だから高校生の間はずっとここで暮らしてきました。なので、何て言うんですかね、本当に田舎の中の田舎みたいなところで僕は育ちました。
その幼少期はどんな感じの子供だったんですか。
幼少期は本当に幼少期というかもう赤ちゃんの時がとにかく泣き止まない子供で、
まだこの家を建てる前にあまりにも泣き止まないからドライブに連れてってくれて、
そのドライブ行った先でこの丘の上なんですけど、この丘の上の今の実家、ハートのツリーがあるところまで来た時に、
僕がパタリと泣き止むという逸話があったぐらい、本当にやんちゃというかわがままな幼少期でした。
そんな伝説があるってことですね。
鶴井村に。
その鶴井村で生まれ育ったわけなんですけど、その幼少期から泣き止まない子供だったっていうことで、
その鶴井村の子供時代の生活みたいなどんな感じの生活なんですか?
どういったところで遊んでたとか、こんなことしてましたみたいなのあります?
そうですね、僕兄がいて、兄と姉がいるんですけど、お兄ちゃんが5歳違って結構面倒見が良かったので、
いろんなところに遊ぶっていうと家でゲームするのが昔も流行ってたんですが、
僕の田舎は結構外で、チャンバラ?叩き合う、剣の戦ったりとか、
叩き合う?
はい、戦いしたりとか、冒険に出たりとか、
結構クマとかも普通に出るんですけど、子供たちだけで森に行ったりとかしてましたね。
09:00
本当に自然の中で生まれ育ったみたいな感じってことですよね?
そうですね、本当に圧倒的に僕は都会に憧れてたので、小さい時は。
都会に憧れてた?
そうなんですよ、都会に行きたくて行きたくて、テレビで見るものが僕にとってのエンターテインメントだったので、
それが全部都会にしかなかったんですよ。
ドラマも見ても全部都会だし、バラエティーとか見ても、笑える部分と笑えない部分があって、
都会に住んでたら笑えるんだろうなっていうのが結構あったですね。
それは結構そう思ってたな。
じゃあ結構昔から小さい頃から東京行ってみたいなというか、
思いで鶴井村で育っていったみたいな、幼少期みたいな感じなんですか?
そうですね、何もないなってその頃は思ってたんですよ、簡単に言えば。
じゃあそこから中学校行って高校行って、その後は進路がいろいろ考える時期じゃないですか、
その時鶴井村に残ろうみたいなことはあまり思ってなかったんですか?
一切思ってなくて、本当に不純な理由なんですけど、学力で北海道側に出るのが無理だったんですよ。
頭そんな良くなかったんで、ってなるとうちの母が料理人なので、
料理の道に進むと言えば絶対に送り出してくれるって思ってたんですよね。
それがあって、はい。
なるほど。料理をやるよって言えば東京かどこか行けるんじゃないかみたいなことってことですよね?
そうです、本当に。うちの母が大阪の調理師学校に行ってて、
そこは絶対進められるってもう分かってたんですよ、その時から。
だから急に高校3年生の秋ぐらいに、それまで大学目指してたんですよ。
北海道のどっかの大学に行こうと思って勉強してたんですけど、
このままじゃ嫌だなと思って、父親が確かショートケーキか何か買ってきたんですよ、よく分かんないけど。
そのタイミングに合わせて、いや俺これだわって言い始めて。
俺これやるわって言って大阪を目指すという。
そのショートケーキから大阪を行くわみたいな感じですね。
それでその大阪行くわみたいなっていうか、
まあそのショートケーキから北海道出るよみたいな、行った時どんな家族の反応だったんですか?
いやまあうちの母はそんな甘い世界じゃないっていう話を最初にぶつけられて、
本気なの?みたいな、本気ならいいけどって言われて、
勢いなのに僕は本気だと言いましたね、その時。
勢いのまま。
まあでもやっぱお母さんもその料理をやってきて、自分がやっぱ経験してるからこそ、
12:03
なんかこう息子が料理やるってなった時に、本気なの?みたいなってことですよね、たぶん。
じゃあまあその時は勢いで行くみたいな、行っちゃったと。
で、その後どうなったんですか?
で、結局大阪に行かせてもらえて、
そこではおばさんの家が大阪の方にあって、
大阪っていうか兵庫のアシアっていう地域があるんですけど、
超高級住宅街なんですよ、簡単に言えば。
おばさんの旦那さんがドラム館会社の結構大きい会社の社長で、
そこに居候できたんで、
ラッキーでしたね、それ。たまたま。
超ラッキーなんですけど、結構大変でしたね。
それはそれで、文言とかあったし、
アルバイトはあんまりやっちゃいけないみたいな制限もあったし、
だから僕生涯でアルバイト一回も経験したことないんですよ。
すげえ、そのままもうハートのツリーにってことですよね?
いや、その後が大阪終わって、僕の目的って東京だったんですよ、簡単に言えば。
都会に来たかったんで、それで大阪から東京のお店に入って、
5年半ぐらいずっと働いてたんですけど、
その時は、なんかまだちょっとこの飲食業界も、
闇というか結構ブラックな、労働時間は13時間以上が当たり前みたいなところだったので、
すごく精神的に鍛えられたというか、いろんな、これが都会かって思いましたね。
実際行ってみて、憧れの、テレビとか見てて憧れだったけど、
実際生活したりとか働いてみた中で、これが都会かと。
これが働くとかみたいなことが体感としてわかったってことですよね、その時に。
そうですね、なんかお金をもらって大変だなって思いました、本当に。
で、その東京でこう暮らしている中で、なんかその鶴井村に後々戻りたいなみたいな思いはあんまりなかったんですか、その時は。
もう東京にずっといよっかなみたいな。
いや、それが東京で働いてて、結婚を決めるんですよ、急に。
今の奥さんなんですけど、結婚を決めた時に、
俺東京じゃねえなって思ったんですよね。
なんかずっと憧れていたけれども、そんなに憧れてたほど好きでもなかったし、
なんか子育てとか家族のこと考えたら、やっぱ田舎がいいなと思って戻る決意をしたっていう感じですね。
15:01
じゃあずっとテレビとか見て、東の都に行きたいと、
このキラキラした憧れの街に行きたいと思って行ったけど、
実際いろいろ体感とか体験してみて、家族のこととか考えたら、じゃあ戻るかと。
で、その後すぐ東京から戻ったんですか。
そうですね、結局それで戻って結婚して、その後1年ぐらいして子供も生まれて、
何年ぐらい、2年ぐらい経ってから、今度イタリアに留学するんですよ、半年間。
そのイタリアに行こうと思った理由とかあるんですか。
その1回東京から北海道に戻って、イタリア行こうかなというか、イタリア行きたいなみたいなきっかけみたいなのがあったんですか。
きっかけはちょっと遡っちゃうんですけど、
僕の家が、実は僕は小学生ぐらいの時からずっとホームステイを受け入れてて、
なんかUUFとかそういう仕組みがあるんですけど、UUFホストだったんですよ、うちが。
だからそのいろんな外国人の方が来てて、すごくなんかいろんな文化に触れる機会はもうもともとあったんですけど、
なんかいよいよこの家庭を持って子供を育てている時に一つ疑問があって、このままだとなんか世界見ないで終わるなと思ったんですよね。
だから結局それも北海道の未来チャレンジ基金という基金があって、
それに採択されるというか、選ばれるとちょっとお金出してもらえるみたいな制度があって、
それに運よく選んでくださっていくことができたんですよね。
その世界見ておきたいなみたいなのはどこからあったんですか。
やっぱそのUUFの人とかが世界から来てて、触れるきっかけはあったってことですよね。
だけど、その人たちが暮らしているところとかいろいろ見てみたいなって思ったってことですか。
そうですね。憧れと一緒で、東京に憧れているのと一緒で、やっぱり見たことない世界って結構キラキラ見えてたんですよね。
田舎料理っていうものに特化していこうというわけじゃないですけど、田舎に帰ってきているので、
やっぱりスローフードの発祥であるイタリアはちょっと行ってみたいなっていう思いがあって、行かせてもらったって感じですね。
なんかその時子供もいたってことですよね。奥さんとかどんな感じだったんですか。
いやー、うちの奥さんは結構そこらへんは寛大な方だったので、
よく言うんですけど、本当に結果を残してくるならいいっていうタイプなので。
18:02
でも不安はあったと思うんです。いろいろやっぱり心配かけた部分は多かったので、
本当にそこらへんはもうちょっと今思えば配慮してあげればよかったなっていう部分はすごい思います。
奥さんはね、僕まだ会ったことはないんですけど、聞いている限り寛大さん?
すごいですよね。なんかもう行っておいでみたいな感じで。
すごい、まだどっかのタイミングで会いたいなとは思ってますけど。
ぜひぜひ、本当に面白い妻というか、はい、なのでぜひ。
で、その後にイタリアに後半年間住んで、どんな感じでした?イタリアの生活というか、暮らしというか。
イタリアは全然人柄とかも違いますし、文化も違うので、すごい刺激的ではあったんですけど、
やっぱり1年もいないので、僕半年間だったので、1年間の行事に全部参加したわけでもないですし、
長い旅行に行ったみたいな雰囲気になっちゃったんですよね。
それは良かったと言えば良かったんですけど、なんかすごい良い経験をさせてもらいながらの、
もうちょっと長くいても良かったなっていう思いが残った感じでしたね。
そのイタリアの暮らしの中でさっき言ったスローフード?
多分ね、聞いている人でスローフードって何?みたいな、多分もしかしたら思っている人もいると思うんですけど、
なんかちょっとその解説を若干してもらえると嬉しいですね。
スローフードって、ファストフードってあるじゃないですか。
ファストフードってマクドナルドとか、ピザハットじゃないな、ピザーラ、分かんないですけど、
簡単に言えば早く出てきて早く食べれて、
油とか人間の潜在的に欲しているものっていうのを吸収したりする食べ物のことを
早く出せるものっていうことでファストフードって言われているんですけど、
それの反対でスローフードっていうのが本当にゆっくり時間をかけて食べたりもそうですけど、
ゆっくり時間をかけて育てられたとか、生産者の顔が見えたりだとか、
本当に逆の意味なんですよ。
すごい気を使ったり、食っていうものに対して考える時間が僕は長いことをスローフードだと思っていて、
そこら辺を勉強させてもらいましたね。
なんかあれですよね、その季節のものを食べたりとか、
生産者さんの話を聞いたりとか、思い聞いたりとかみたいな、
東京じゃなくてアメリカのアリスウォーターさんとか。
そうですね、アリスウォーター、はい。
なるほど、じゃあそれを学びに実際行ってその半年間、
いろんな暮らしをしながら、多分料理のこともかなりいろいろ学んだと思うんですけど、
21:01
実際そのイタリア行ってきて、こんなとこ良かったなみたいなことあります?
こんなこと学んだなみたいな。
一番は地元愛の強さなんですよ。
本当にイタリア人ってみんな地元愛がすごくて、
隣町のワインとかをもうなんかもう散々言うっていうか、
もう自分たちのワイン最高だよっていうのをもうなんか糖水してるんですよ。
もうなんか自分たちのワイン最高だし、自分たちの郷土料理最高だし、
お前もそうだよなみたいな感じで来られるんですけど、
いやどうすかねって感じですよね。
それがすごい面白かった。
なんか自分たちの住んでる地域に対してのこうなんか思いみたいなすごい強いですよね。
そう、ほんと誇り持ってるんですよ。
なんか自分たちの活動もそうだし、なんか景観とかその生産物もそうだし、
本当になんか歴史とか人とか全部に誇りを持ってて、
なんかあれはなんかすごかったですね。
そのじゃあ半年間こうイタリアで暮らしてる中で帰ってきて、
なんかその心境の変化みたいなありました?
なんか半年間イタリア行って日本に帰ってきた時に、
なんかこう改めて自分のこう生まれ育った場所を見た時の感覚というか、
なんかありました?
えっと、本当になんかちょっと出来すぎない言い方ですけど、
こんな良い場所に住んでたっけって思ったんですよ。
なんか別になんて言うんですか、変わってないんですよ。
その半年間で何かが変わったわけじゃなくて、
見方が本当に変わって、
イタリアにいる時にこうちょっとやっぱり思い馳せるじゃないですか。
あの鶴井村とか日本のことをすごい懐かしいなって思うようになってて、
で帰った時にすごい、うわぁそうそうこれこれって思うのと、
あ、こんなに素敵だったんだっていうのに、
なんか離れて気づくっていうのがもう、
なんて言うんですかね、なんかまざまざと感じるというか、
初めての経験でしたね。
なんかそういうこう経験というかこうなんか気持ちになって、
そのなんか料理への変化みたいなのはあったんですか?
えっと、めっちゃありました。
あの生産者に会いに行くようになったんですよ。
それまでって別に地元の料理とか、
なんて言うんですかね、
その地元のお客さんが来るようなことを考えていただけで、
なんかまさかその近いところにすごい人がいるとか、
全然思ってなかったんですよ。
ただそこでそのイタリアに行ってから近くの生産者を見ようっていう風になって、
本当にそこから変わりましたね、料理も。
やっぱりなんかそういうなんだろうな、
これをやるきっかけになった長野県の研修でもそうですけど、
いろんな人に会うと、なんだろうな、
24:01
自分は変わってないような気がして、
すごいいろんな細かい刺激みたいなのを受けるじゃないですか。
それが日本じゃないところに行くと、
より多分そういう、なんだろうな、
自分が気づいてないけど、なんかふとしたところで、
意外となんかこれ変わってるかもみたいな。
やっぱありますよね。
あります。めっちゃありますね。
その生産者さんに会いに行くようになって、
たぶん作ってる人の思いとかこだわりとかを、
より近くで直接的に感じるようになったと思うんですけど、
そういうのはあるんですか、料理、お料理を提供するときに、
そういうのを説明するようになったりとか、
そういう変化もあったんですか。
そうですね、なんか伝えたい気持ちが増えたので、
やっぱり饒舌になりましたよね、まず。
すごいお客さんに対して饒舌になったのと、
なんていうんですかね、
伝えたい思いがやっぱりあるので、
その料理に対しても、
例えばこの何気なく、
じゃあこの魚はこうしようかっていうか、
こういうのがセオリーだからっていう料理方法とかをやるんですけど、
それをあんまり知らなくなりましたね。
この魚はこうやっている漁師さんがとってて、
こういう処理をしているから、
じゃあこうした方がいいよねっていう、
ちゃんとしたアプローチの方法が取れてきてますね。
なんかその生産者さんの顔とか、
人と何か分かったからこそ、
料理の表現の仕方っていうのが正しいのか分からないんですけど、
そういったところもかなり影響が出てきたってことですよね。
そうですね。
それは面白いですね。
面白い。
東京から北海道に帰って、
そこからイタリアに半年間行って、
鶴井村に戻ってきて、
鶴井村めっちゃいいとこだったって感じたわけじゃないですか。
そこから新しい動きとか、
こういうことをもっとやっていけたらいいなみたいな感じで、
動いたこととかってあるんですか?
一つはその生産者周りがすごい増やしたっていうのが一つあって、
それですごくいいきっかけをいただいたのが、
ザ・ロイヤルエクスプレス北海道っていう、
青い高級列車があるんですけど、
それの同等に来た時のシェフに選んでいただいて、
それも本当に同等の食材とか生産者っていうものを紹介する、
紹介できるようなシェフが大体選ばれるんですけど、
それを選んでいただけたので、
僕の行動というか、生産者の思いとかを伝えるお皿とかが、
ちょっとでも伝わってきたんだなっていうのがすごく嬉しくて、
それの発展系って言うとあれですけど、
27:02
もっといろんな生産者がいるし、
いろんな人に会いたいなっていう思いがどんどん強くなったっていう感じですね。
じゃあ結構そのロイヤルエクスプレスのシェフに選ばれたことが、
その料理に対するとか、
生産者さんにもっと会いたいっていう気持ちに結構強く影響して、
今こうやっている、最初に自己紹介の時にやったような、
ロマンドシェフみたいな形とかに繋がっていったみたいな感じなんですか?
そうですね。本当に漠然と、近くの生産者にお会いしていた時に、
ふとその生産者の人が、地元の食材はもちろんなんだけど、
日本にはもっと面白い食材がたくさんあると。
それを1回絶対に見た方がいいっていう話を、
まだ若いからっていうこともあるとは思うんですけど、
見た方がいいよっていうことを言っていただいて、
本当にいろんな、でもチャンスがなかったんですよ。
それまで結局、その言葉をいただいてたんですけど、
北海道外の生産者にお会いするって、
何かつてもなければ、こでもないですし、
どうやって会っていったらいいんだろうって思った時に、
ちょうど最初に話した、日本で最も美しい村連合の
アンダー35の会議があって、
同じような境遇というか、田舎の出身の村民だとか町民に
お会いするきっかけになって、そこから本当にいろんな、
じゃあここ行ってみようとか、ここ行ったら、
こういう生産者いるんですよとかっていうお話もいただいて、
本当に広がりましたね。
かなりアンダー35の東京でのこの会議というか、
懇親会とかも含めて、あれがかなり大きかったですよね。
自分は日本で最も美島連合っていう、
その連合の関わりに2年前かな、3年前か関わり始めて、
去年そういうつながりがあってから、やっぱり一気に若い人というか、
各地のこれからを担っていく人とか、
いろいろ取り組んでいる民間の人たちにたくさん会えて、
そこからすごくつながりも増えて、やれることも増えたし、
あとはこういう活動とかをサポートしてくださる方もたくさん
ありがたいことにいたりとか、というのがいいなというふうに
思いますよね。
本当そうですね。あれをきっかけにノマドシェフっていう
各地でポップアップレストランをやったりだとか、
その勉強会、生産者にお会いする勉強会をしたりとか、
っていうのをやっていこうっていう思いになったのは間違いなく
あそこで、あそこは本当にすごくキーポイントというか、
僕にとっても大切な会議というのが、タイミングでした。
30:01
なんかああいうのを経験したからこそ、
よりいろんな人がいるって分かったし、
いろんな人にも関わってほしいと思えるようになったのと、
あとはやっぱりこの一言ラジオを通じて、
素敵な人、こんな素敵な人がいるんですみたいな紹介したいって
思うようになりましたよね。
いろんな人に会えば会うことというか。
っていうのがあって、これが始まったと。
やっとここに落とし込めたなと思うんですけど。
そうなんです。やっとここにこの一言ラジオ、
ネーミングがめちゃくちゃいいんですよ。
シンプルでいいですよね。
それこそパーソナリティの中谷さんが、
僕と一緒に大鹿村っていう本当に小さい村の
温泉宿に泊まって、2人で泊まって、
いろいろ考えた時に、ああでもない、こうでもないって言ってる中、
急にこういうのがいいかもしれないですねとか言ったら、
いつも言ったら出来上がってましたよね、一言ラジオっていうのは。
結構あれからテンポ早くできてたんですね。
ああだこうだ言ったけど、シンプルな方がいいよねって話になって、
結局やりたいことってこの人とかことを知ってもらえるというか、
僕たちも学んでそれを伝えていけて、
それがいいよねっていうことで、
じゃあ一言ラジオ。
あと一言二言話しませんかみたいなもいいなみたいな軽く、
あまり肩グッてならずにっていうのもあったかもしれないですね。
そんな素敵なラジオがスタートしてますんで、
皆さん一言ラジオ楽しみに。
あれどのぐらいのスパンで出るんでしたっけ?
1週間に1回ぐらいを出していけるといいなと妄想はしてて、
本当は定期でね、例えば日曜日とか火曜日とかっていう風にできたらいいなっていうのは思ってまして、
あとは僕らだけじゃなくて、
もう一人長野県原村の地域おこし協力隊をやっている内田さんという方もパーソナリティになって、
この3人またかなり違うバックグラウンドというか、
暮らしをしてきた人たちがいろんな人にアプローチをしてお話をしていくので、
かなりいろんな人生だったりとか暮らし方に出会えるきっかけになるんじゃないかなというかね。
僕ら1位パーソナリティですけど、1位リスナーとしてもすごく面白い感じになるんじゃないかなと。
僕個人としては、大地君のお母さんにすごい会いたい。
結構ね、自分の中で一つの目標を会いに行って話をするっていうのができたらいいなと思ってるんですけど。
絶対やってほしいですね。
あともう一つは、お母さんじゃなくてお父さんも面白いんじゃないかなと思ってて。
33:06
うちの家族はみんな面白いんですよ。本当に。
個性がね、なんか溢れる感じが伝わってくる。
でも僕は逆に永谷さんの老いたちとかを今度ちょっとお聞きすると思うんですけど、
すごい楽しみに。今度は僕が聞き手になってちょっとお話を聞くと思うんですけど、
なんかすごい楽しみです。
じゃあこれが第2回目の伏せ、伏せ機というか。
いいですね。
皆さんまた来週も、来週から?聞いてほしいですね。
ありがとうございます。
なんかこの一言ラジオを通じて、大地君がこんなこと伝わったらいいなとか、
こういうことを持ち帰ってほしいなみたいな、そういうことって何かあります?
一つは、僕みたいに田舎生まれで田舎育ちの人に、
まだ田舎の良さとかに気づいていない人もたくさんいると思うんですよ。
そういう人たちに、田舎も面白いねっていうきっかけになってくれたらすごく嬉しいなっていうのと、
あとは都会の人が、第2のふるさとみたいな錯覚じゃないですけど、
本当に多分第2のふるさとになるぐらい、親近感が湧くようなお話とかをできていけたら、
すごい面白いなと思ってます。
素晴らしいですね。決まりましたね。
ありがとうございます。
なんかあと個人的に、こんなことチャレンジしていきたいみたいなのあるんですか?今後。
今後は、僕は田舎の誇りを取り戻すっていうのがテーマなんですけど、
別に誇りがない地域ばかりじゃないとは思うんですけど、
昔は良かったっていう話がやっぱりよく聞かれるご時世なので、
僕らの時代が一番楽しかったよねっていうのをやっぱり言えるような関係性づくりもそうですし、
活動していければいいなと思ってます。
そうですね。自分たちも楽しく、
そして聴いてる人にもワクワクしてもらえるようなきっかけとか、
あとはこの音声配信というか、このポッドキャストだけじゃなくて、
現地での体験だったりとかイベント、そういったのも結構いろいろ計画してるので、
そういったのもいろんな人に参加していただけるといいなというふうに思っている感じですね。
第1回目はこういう感じで、北海道鶴井村の服部大地君を取材というか、
インタビューじゃないですけどさせていただいて、
で、一言ラジオ始まりますよっていうのがね、皆さんに伝えられたかなというふうに思います。
最後一個だけいいですか?
もちろん。
僕、北海道の有名なシェフなんですよ、一応。
36:03
やっぱりね、伝えないといけない。
一応それ言っとかないといけないから。今更だけど。
もう一ついいですか、じゃあ僕。
はい。
すごい気に入ってる言葉があって、
はい。
あの、丘の上のワクワクカンパニー。
これですよね、ハートンツリーの会社の名前ですよね。
そうなんですよ、僕の母がつけた会社名なんですけど。
株式会社でしたっけ、株式会社丘の上のワクワクカンパニーですよね。
はい、そうです。
いや、僕これめちゃくちゃ気に入ってて、
だからずっと前はね、大地くん言ってるんですけど、
僕森の中のドキドキカンパニー作りたいって言ってるんですけど、
これね、バックグラウンド、これ動画見てる人は分かるかもしれないです。
これ、温竹さんの森の7号目の中なんですけど。
あ、そうなんですね。
これめっちゃ綺麗じゃないですか、ここ。
めっちゃ綺麗ですね。
そんな感じで、森の中のドキドキカンパニー。
ドキドキカンパニー。
かける、丘の上のワクワクカンパニーできたらなとちょっとね、
予想しているわけなんですけど。
はい、絶対やってほしいです。
はい、これが第1話の終わりということで。
ひどいな、最後。
縛らずに終わりましたが、
こんな感じでいろいろといろんなお話をね、
ひとことラジオを通じて、
人の物語を語っていけたらなと思っています。
今後もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。ありがとうございます。
ありがとうございました。
37:33

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