2024-02-18 08:51

0218

四苦八苦

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2月18日、11時30分くらい。
真っ暗な部屋で今、日記をこうやって撮ってる。
眠たくて、やる気がなくて、動く気にもなくて。
もう、いつもだったら、ああ、これは今からこうしよう、ああしようっていうワクワクと、めんどくささを、こう、想像で、想像して、比べて、天秤にかけてってするんだけど、
何を天秤にかけても今日はもうめんどくさーいが勝っちゃった。
整理にもならないし、もう、何もしてないのにちょっと疲れちゃった。
少し午後、お散歩に出て、お散歩に出たことで何か楽しいことが起こるかなーって思ったけど、それもなく、ああ帰りたいなーって思って帰ってきた。
自由な日曜日、明日の仕事もだるだる、おももで正直行きたくない。
でも、明日は何かまた楽しいことがあるかもしれないから、もう今日は汚い部屋で、お風呂も明日に回しちゃって、こんな休日だけど眠っちゃおうと思う。
明日は早く寝起きて、何をしようかな、まずお風呂に入ってスクラブをするでしょ。
で、化粧をして、少し早くお家を出て、スターバックスでラテを久しぶりに買って、それで外に出ようと思う。
みんなができていること、例えば人に対して仲良くしたりとか、社会の中で溶け込んで生きていること、
人付き合いを難なくこなせること、生活を当たり前に回せること、
休日外に出ること、お金をきちんと管理すること、体を動かすこと、
仕事中の人間関係だけで、すべてがクタクタになって疲れないこと、社会的に当たり前にできていることが、
社会的に、私の世界の中で、周りでそれが当たり前にできている人が多すぎて、なんだかちょっと押し潰されそうになってしまう。
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劣等感です。
会社の人だとか、自分の親だとか、そういった人の話を聞いていると、
ああ私はなんて何もできないんだろう、なんて心が弱いんだろう、って悲しくなる時があって、
親の人なんかは特に、あんたはそれ病院に行った方がいいよって気軽に言うからさ、私が異常なのかな、私がおかしいのかなって思う度に、
少しずつ自分が削られていって、なくなってしまうような気がする。
でも、そんなこと気にしなくてもいいんだよね。
劣等感は劣等感で、私の中で寂しさと一緒に抱きしめて、そう抱かざるを得ない自分を抱きしめて、でもそんな自分も生きていいよって肯定してみたい。
グダグダな休日を過ごしても、私は死ねなくて生きてるし、死んでなくて生きてる。
死んでもいいと思うけれど、死は怖くて私は選べなかったから、生きてることにしてて。
どうせ生きるんだったら、楽に生きたいよね。
生きてて偉いっていう言葉が、
分かるって思いながらも少し違和感があって、じゃあ死んだ人は偉くないの?って、
ううん、そんなことはない。
今生きている人も、今生きてない人も、それぞれまずこの世界の、苦しみに満ちた世界の中で生きた奇跡があって、
その中で生きた奇跡っていうのが、まず、えがたくその人が頑張った証だと思うのね。
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頑張らなくてもいいのにね。
だから、一秒でもこの世界に生まれて、苦しみだらけのこの世界で、
何か感情を持って生きたっていうこと次第が、すごいことなんじゃないかな?って思います。
私もそうだし、今こうやって、同じ夜でグダグダな休日を過ごした人も、
死にたくなるくらい悲しくなった人も、誰かと過ごした人も、一人で過ごした人も、
全く同じく、いろんな生き方をしている人がいるんだから、
私も、私の生き方が良いとか悪いとかじゃなくて、
まあ一例としてあるよねってくらいで、受け止めていきたいなと思います。
こんな日もいい日です。
明日は早く起きて、
そう、さっき言ったね。
お風呂に入って、部屋を片付けて、
花の水を買えて、スターバックスで何か買って、
のんびり会社に行きたいと思います。
うん。
わかんないけど、ちょっと楽しいかもしれない。
わかんないけど。
四苦八苦ですね。
楽して生きていきましょうね。
うん。
まあ、今日もいい日だった。
ウーバーイーツでバーガーキングも食べたし、
それだけで万々歳じゃない?
あんまり贅沢しないこと、お金っていう意味じゃなくて、
この世界で何かをしなきゃいけないとか、
何か積み立てたいとか、
利のあることをしたいとか、
ためになることをしたいとか、
そういう心持ち的に。
適当に生きていくだけで一番、
なんとなくやっていきましょう。
09:00
おやすみ。
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