暇人ラジオ(仮)、始まりまして、よろしくお願いしま〜す。
始まりましたですね。
はい、じゃあクリエイターの相馬です。
はい、じゃあクリエイティブディレクターのピーターです。よろしくお願いしま〜す。
お願いしま〜す。
衝動に、すっごい忠実に、こう、従った古典だったんですね。
うん、古典もそうですし。
うん。
うん。
し、まあ、北極もそうですし。
そうですし、はい。
やっぱ結局、究極その、自分らしさってことだと思うんですよね。
まあ、確かに。
うん。
衝動とか一番自分らしさのもう、原型ですよね。原液。
そうそう、原液、カルピスの。
うんうん。
ドロドロの。
うん。
だからそれに従えるかどうか、みたいなところっていうか。
だから、なんかね、やっぱり思いましたよ。
うん。
なんかその、まあ起業家の方でも皆さんそうでしょうけど、
うん。
そのドロドロのやつをドロドロのままいった時に、
うん。
ドロ、その成功するかどうかとかっていうのはやっぱこれ仕事もそうですけど、
うんうん。
成功するかどうかって多分、俺は成功させれるかどうかだと思うんですよね。
あー。
運とかもあるけど、うん。成功を絶対させる力みたいなのがあって、
はいはいはいはい。
そう、失敗と思わずにずっと成功させるように、動き続ければ成功するんで。
もうなんか、なんとかするっていう一択しかないってことですよね。
そういうことですよ。だからなんとかする、できれば、まあなった、だからですね。
諦めなければずっとできるから。
あ、まあ確かに。
で、それはほら、なんか失敗したと思って負けたと思って終わりってなったらもう終わりかもしれないですけど、思わなきゃいいんで。
いやまあ確かにね。まあ何をもって失敗かってことですよね。
そうそうそうそう。だから失敗と思ったら失敗ですよね。
そうですね。失敗の定義自体がね、自分で失敗で、あの定義できてないけど失敗を怖がるみたいなのは人間ありますからね。
そうそうそう、そうだと思うんですよ。だからやっぱなんかね、今回その天神も北極もですけど、
うん。
岡田さんのそのね、光神なりしたってやつも、やっぱ冒険というか、なんか、うん、なんかやってみようかな。なんかだから。
うん。
やってみようをやっぱりいっぱい作れることがすごく大事だなと思っていて。
確かに。
それが多分なんか冒険シーンの一番最初の火種みたいな感じだなっていうか。
そうですね。で、たぶん宮賀さんとか僕が言ってる自分らしさって、やってみようがやりやすい世界線。
うんうん、そうですね。
を作りたいんでしょうね。
そう。しまじんラジオも、なんかいろんな人のその生き方みたいなやつをこう話すっていうのとか聞いてみるとかっていうのは、
うん。
たぶん、なんかそれは今思いましたけど、
やっぱりその、いろんなやってみようやってきた人たちを見てもらって、その人もやってみようって思う。
うんうんうん。
ことを生み出すっていうことがたぶん結構大事なクリエーションなのかなと思っていますよ。このしまじんラジオでやってることの。
確かに。やってみようが、なんかこう、なんでしょうね、やってみる前の人がやってみようを軽く触れられる場所。
そうそうそうそうそうそう。だとかやってみようって思える種をもらえる場所みたいなとか。
あー。
そういうコンテンツだったらやっぱめちゃくちゃいいなーって思いますけどね。
そうですね。
うーん。
いやほんとに、なんかそういうものができたらいいなーと思いますね。
いや思いました、ほんとに。だから、ね、やっぱなんか結構そこらへん言語化できてなくてちょっと漠然としたところもあったんですけど、
うんうんうん。
なんか子供とかね、若い人にも聞いてほしいなーとかって言ってたらやっぱそういうとこだし、
うん。
あとはその、大人でもね、なんかやっぱりこう、なんかだから大人のほうがやってみようってできなくなってるかもしれないですけど、
はいはい。
別にやめることはないんじゃないかなーっていうか、なんかちょっとでもいいからやってみたらいいんじゃないかなーとかって思うなーとか。
だからなんかね、面白い、なんかいろんな人が来てるからいろんな面白いこう会話とか対話があったんですけど、
うんうん。
さっきの人とかも、あのね、その読み解いてくれた人とかもいたけど、
うん。
なんか写真、高校の写真の先生みたいな人がいらっしゃって、
おえー。
その方とかは、なんかね、こう、自分って別に写真とか習ったことないんで、
うんうんうん。
まあ結構その、好きなように撮ってるっていうか、こうまあこんな風に撮ったらいいよねって感じで多分撮ってるだけなんですけど、
で、なんかそういうの見て、こう、なんかその人もずーっとなんか見てたんすよね、初めて来た人でなんか全然知らない人だったんですけど、
うんうん。
でなんかもう、紙質とかこうなんか横から見たり何したりとか、
そっち。
いろいろ見てて、
おーすごい。
でなんか話したらその、まあ写真を教えていると。
おえー。
写真文みたいな。
で、なんか、あの、学生にね、
うん。
こう、こういう構図で、こういう風に撮ったら、こういう風に撮れますよとかっていうことをやっぱり技術的に教えたりして、
で、こう、作品をこう、なんですかね、賞とかコンテストに出して、
うん。
なんか入賞したりとかします、
うんうんうん。
っていうのをやったりとかするらしいんですけど、
なんか、まあつまらん、つまらんと。
へへ。
そうじゃないと。
へへ。
うん。
それはそうだけど、なんかそういうコンテスト向きの写真を撮る、なんかこう訓練とかはつまらんと。
うん。
だから、最近は、その、もっとこう、なんか、そういうんじゃなくて、こう、もっと、なんか、例えば、衝動的なものに撮るとかね。
うんうんうんうん。
うまいとか下手とかを考えずに撮ってみるとか。
うんうん。
なんか、そういうことをちょっと教えるようにしていて、みたいな。
はあ。
で、そのせいで、ちょっとこう、賞とかがあんま撮れなくなったりとかもするんですけど、みたいな。
はいはいはいはい。
でも、そっちのほうが大事と思ってるんですよ、みたいなことをおっしゃってて。
おー。なんか、いいですね。なんかそういうのって、その、自分らしさとの向き合い方みたいなのも通じますね。
そうそうそう。
うん。
写真って結構ね、それ結構あると思うんですよ、自分も。だから。
確かに。
被写体がいる以上、必ずその、自分の視点だったり、まなざしだったりが反映されるんで。
うんうん。
うーん。だから、その、どう見るかっていうことがもう、その、観察者、撮影者っていうのはもう、必ずつきまとうからですね。
確かに。
編集する時点で、編集者の思いがそこに見えてますもんね。
ずっと出てるじゃないですか。必ず出るんで、それはもう。
確かに。
間違いなく。
まず、そのシャッターを押すところから編集ですもんね。
そうそうそうそう。だから、被写体がなければ、ほら、もうちょっと複雑ですけど。
うんうん。
被写体がある以上、必ずその対象があるからですね、感。だから、その、なんていうかね、世界っていうものがあって、それをどう捉えるかみたいなことが、えっと、もう如実に出るのが結構写真じゃないですか。
確かに。
えーと、なんか、そこでいくと、宮川さんのその写真を撮る時のこの、その、癖っていうんですか?
その、見方っていうのは、なんかどういう見方が、癖があるなって感じですか?自分の見方として。
あー、それは、えっと、
うん。
えっと、これはまあ、だからその、今回のテーマじゃなくて、その、自分の持ってるこうテーマみたいなのがあって、まあそれもちょっとやりたいんですけど、
うんうん。
なんかこう、形のないものっていうか、
うん。
それを撮ってるっていう感覚があって、
うん。
それ多分僕がもともと音楽してたからだと思うんですけど、
うん。
音楽ってもう、空気じゃないですか。
うんうんうんうん。
で、空気って、ただ、空気っていうかこう振動?
うん。
振動、振動があるだけなのに、
うん。
これだけ豊かじゃないですか。表現もあるし。
はいはい。
ただ空気が振動してるだけっていう現象なのに。
まあ確か。
だから、そう、だからない、ないじゃないですか。言ったら目では見えないから。
まあ目っていうもの、視覚というものを一番に取られた時にですね。
うんうんうん。
うん。見えないからないじゃなくて、
はい。
見えないけどあるじゃないですか。
で、これを視覚上で表現できないかなっていうのが自分の結構テーマで。
へえ。見えないものを視覚上で表現する。
そう。だから、なんか撮ってる写真が、
うん。
結構今回、なんかすごく、あの、自分が好きな写真があるんですよね。
うんうんうん。
で、それは、なんか、イヌイットの人が、
うん。
空港で、
うん。
こう、なんか別れの時に多分、抱き合ってるみたいな、ハグしてるみたいな、
うん。
シーンの写真なんですよ。
うんうん。
で、それが、ちょっと待ってくださいね。それがですね、その、
あと、まあイヌイットの人たちがこう抱き、空港で抱き合ってるって写真がこう組写真になってて、
はいはい。
で、一枚目は、こう、もうすぐ抱き、抱き合うっていうところで、
うん。
二枚目は、それがこう抱き合ってるっていう写真をこう組に、対にしてる写真があって、
うんうんうん。
で、それ、それは、その、詩的なドキュメンタリー的には、
うん。
何が起きてるかは分からないっちゃ分からないんですけど、
なんか自分は、そのイヌイットの人って、多分その、すごく愛情深い人たちなんだろうなーって思ったんですよね。
うんうんうん。
で、それは、まあなんか、実はそのそこの空港だけじゃなくて、いろんなところでそのハグしてる姿を見て、
うん。
ハグしてるその、なんていうか、うーん、感じが、
うん。
なんかその普通の、じゃあねーとかってしてるとかじゃなくて、なんかギューって、もうなんか一生会えないみたいな、
うん。
なんかそんなような、なんかこう、ハグをしてるように見えるわけですよ。
うんうんうん。
で、そんなに強くハグすることってなんだろうなーって思ったときに、
うん。
やっぱりなんかこう、親愛の情をすごく込めた、何かこう、メッセージというか、
うん。
そういうものを感じて、
うん。
で、なんか、それ、そうと思ってその、行く前に実は撮ってたんですよ、それ。
その、えっと、北極に行く手前の、
うん。
トランジットする空港でそれを見て撮ったんですよね。
はいはいはい。
な、なんか感じて。
うんうんうん。
で、やっぱ行ったときに、なんかその、イヌイットの人たちとちょっと触れ合う機会があって、
うん。
こうなんていう風にやったんですけど、そしたら最後にやっぱりお前たちはファミリーだっていうわけですよ。
へー。
で、なんかこう、ね、モンゴロイドだったりするんですけど、
はいはい。
もう顔とかがその、日本人ぽいとか東洋人ぽいとかアジア人ぽい顔してて、
うん。
なんか親近感があるみたいなこともあるし、
うん。
田舎の人だからそういうのがなんか高い情があるってこともあるかもしれないしとか、ま、いろいろあるかもしれないですけど、
うん。
あ、やっぱそうなんだなってなんか思ったんですよ、俺はそのときに。
うんうんうんうん。
その写真撮ったときのことを思い出して。
で、それがすごい記憶に残ってて、今回のツヤ写真展の一番最後の写真がその写真なんですけど、
うん。
だからすごくこう、うーん、なんだろう、もうマイナス25度とか30度とかのこのもうマグロの冷蔵庫みたいな、冷凍庫みたいなところにいる温度がないところに、
うん。
やっぱりすごいなんかそのエモさというかね、
うんうんうん。
なんか温度がやっぱあるじゃないですか、
うん。
あったたかさとか、
うん。
曇りとかですね、大人の温度みたいなのを感じたっていうのを、ま、撮ったっていう写真なんですけど、長いんですけど、
うんうんうん。
だからそういうものを撮ってるんですよね。
うんうん。
だから別にその、情景を撮ってるわけでもなくて、
うん。
自分が撮りたかったのはその、何かこう、イヌイットの人たちの、なんかこう、人との関わり方とか、人とのその心の通わせ方とか、
うんうんうん。
そういうものをなんか撮りたかったっていうのを撮ってて、
あー、そっか。
だからそういうのを撮ってるんですよ。
じゃあそういうのところを撮るっていう視点。
まあまあそういうことですよね。
ね。
だから、まあ、でもそうだけじゃなくて、
うん。
まあ、色を撮ってるとか、
はいはいはい。
形を撮ってるとか、もっとその、
あー。
なんか端的に撮ってるようなものもあったりして、
なんかその時その時ってやっぱそれ違うんですよね、自分の中で、何を撮ってるかっていうのは。
あー、そっかそっか。
うん。
その時に一番グッときたものにシャタッとされる。
そうそうそうそう。
だからまあ、なんか、うーん、なんでしょうね、
そういう、こう、本能的にこう感じた何かみたいなやつがベースになって撮られて。
まあ、だから今回の展示もそうなんですよ。
色を撮ってたりとか光を撮ってたりとかってすることで展示が分けてあるんですけど、
うんうんうん。
だから決してその、なんか景色を撮ってるとかじゃないんですよね。
あー。
ただその、あ、綺麗だから撮りましたっていうのの、
まあ、それはそうなんですけど、
うんうん。
もうちょっと奥底まで、じゃあ何を感じたから綺麗と思ったんだろうというところまで突っ込んで、
えっと、編集したというか、並べたというか。
その抱き合ってるのやっぱなんか関係性っていうこう見えないものが美しいっていう感じですか。
そうですね、それもあると思います。
あー。
だからなんか、たぶん、なんかほら、まああるじゃないですか、やっぱりその感じてることって。
うんうんうん。
やっぱそれってなんかすごい、その短絡的なこと、まあその言葉にはできなかったとしても、
うん。
やっぱ、いっぱいあると思うんですよね、何かしらのそういうやつが。
うんうんうん。
そう、だからそれが、なんかこう、自分が表現したいというか、
うん。
その写真の中になんか出したかったものみたいなことで、
うん。
うーん、なんか、それがまあ出せてたというか、まあそれが、それがまあ撮ってるものですね、自分がたぶん。
あー。
うん。
ですね。
なんか宮川さんですね、そこがね。
なんか、まあ見たいでしょうかね。
うん。
そうですね。
なるほど。
だから、そうであってほしいですしね、なんか自分もね。
ね。
うん。
これなんか、なんか今日宮川さんと話してみて、僕全然その自分のその、宮川さんが今体験してるようなことを、
はい。
なんか言語化してまで、あの、理解してないなっていうところを、今日は理解しました。
素敵ですね、それは。
あ、これ。
うん。
はいはいはい、今写真見せてもらってますね。
そう、まあこれがツインになってるっていうか、まあ話なんですけど。
はいはいはい。
うん。
めっちゃなんか、あの、何でしょうね、もう一生会えないんじゃないかっていうぐらいのなんかこの、ハグですね。
そう、だからわかんないですよ、本当に一生会えないような、なんかこう別れだったのかも本当に知れないでしょうしね。
うんうんうんうん。
うーん、だからこれは本当にわからないです、だから何だったか、そこが結構素敵なドキュメンタリーっていう点で、これが何だったかはそんなに重要じゃないんですよね。
あ、そうかそうか、これを自分がどう捉えたか。
そう。
あー。
それも一番これが表してるような気がしますね。
だからこれってたぶんもしかしたら写真で見たときに、なんかこう、うーん、なんか作品感みたいなのってなんか強いのか弱いのかちょっとよくわからない写真だったんですよ、自分の中で。
うんうんうん。
なんか作品ってなんかもっとこう、でパキってなんか出てくるみたいなやつのようなイメージがあったんで。
確かに。
でもなんかこれが一番作品だったような気もするし、自分なりの表現としての作品だったような気もするし。
確かに。
っていう感じですかね。
なんか、そういうセオリーから外れてるのはすごいわかりますね、もう。
なんかその現地の空気を出すっていう意味でいくと、めちゃめちゃリアルな写真だと思います。
あーそうですね。
ストーリー性が一番高いというか。
そうですね。しかもなんかこの組写真になってるところがなんかすごく良くて、なんかこの映像じゃないから、やっぱりその連続性っていうのがこう時間軸っていうのがほらあんまりないじゃないですか、瞬間なんで。
でもそれがなんかこう2枚でこう全部つなげれそうなこの感じっていうのがなんかすごくいいですよね。
確かに。
うーん。
なんかストーリーが保管されるというか。
そうそう、ありますよね。
ありますね。2枚あるからなんかね。
いいんでしょうね、これ。
いいんでしょうね。その後ろのなんかね、歩いてる青年を呼び寄せるこうご夫人とかもね。
なんかいろいろあるっすね。だから、よう2回撮ってたなって思いますけど。
まあ確かにね、これね。
2回なんで撮ったのかも覚えてないんですけど、まあ2回撮りたかった。やっぱこうシャッター切るのってこうですね、待ってるんですよね、その瞬間が来るのをいつも。
でもその瞬間が来そうな予感を感じてるんですよね、いつも。
へー。
だから予感を感じて待ってるんですよ。で、来た時にパッパって撮るんですけど。
はいはいはい。
これはだからやっぱ多分それを感じたのかもしれないですね、この予感、前後で。
うん、確かに。
このハグをする前から待っとかないとハグって撮れないですからね。
そうそう、あ、そうなんすよ。
それは本当にそう。
ねー、だからまあ、なんかそんな感じでこう見てくると写真というかっていうか面白いメディアですよね、なんか。
うーん。
うーん。
いやー。
そうそう。
なんかでもこれを見て、僕だったらこれ僕は多分撮ってないと思いますね。
あー、かもしれないですね。
でもほら、それは人によるからですね。
そうそうそうそう。だからね、面白いなと思いますね。こういう視点があるっていうのが面白いですね。
そうそうそうそう。なんかそういうことなんですよね。だから別にこれが良いか悪いかではなくて、かっこいいかかっこ悪いかとかでもなくて、
ただ単にもうやっぱり、こういう視点があるんだとか、こういう現象があるんだということを見てもらって、それを感じて楽しむでもいいし、
さっき言ったみたいな、自分もこういうのやってみたいとか思うでもいいし、旅っていいよねとか、人っていいよねとか、いろんなことが思えるのがいいよねっていう感じで。
あー、ね、いいですね。そう、その視点をまた共有してディスカッションするのもまたいいですね。
そう、だからこれを見ながら対話するっていうのが結構やっぱり面白いわけですよ。
ね。
うん。
あとなんかね、パートナーがなんかそのアートセラピーみたいなのを去年すごい1年間かけて学んでたんですけど、
はいはいはいはい。
なんかね、写真をなんかこう一番近しい人に、自分が撮るじゃなくて撮ってもらうみたいなセッションもあって。
へー。
なんかそう、その人が自分のことをどういうふうに捉えてどう見てるかみたいなことをなんかやるみたいですよ。
へー。
っていうのもあるから、自分だけじゃなくてちょっと撮ってみてみたいなのもちょっとおもろいなってちょっと思いましたね。
僕もちょっとパシャパシャ携帯で撮りました、その時。
うんうんうん、いいですよね。
そう、だから別にほらカメラがなんか、なんかどうだこうだとかも本当に全然なくて、やっぱりなんかその、なんだろ、まなざしみたいなことがやっぱり面白いんでしょうね。
あー、そうですね。
ね。
うーん、なんかやっぱ出るからですね、やっぱりだから、やっぱこう、なんだろ、なんかだからやっぱり一箇所で見てないってことだと思うんですよね。
目で見てるだけでもないしとか、なんかやっぱりいろんなことを感じながらやっぱり人間ってやっぱり生きてて、
はいはい。
その全部がこう、なんかこう、あった時にこうシャッターが降りる、シャッターというかまあ、シャッターが押すっていうことがやっぱりなんかその、いいですよね。
なんかこう、
はいはい。
あっていうなんか、自分で区切りをつけるじゃないですか。
なんか自分の中のね、何かこう。
何かをこう押すじゃないですか。
うん。
うーん。
こう動いてる何かが、この右手に現れる。
そうそうそう。
なんかだから、自分っていうもののこうアクションが入るっていうのが、まあその世界に対して。
はいはい。
それがやっぱりなんかすごく、なんか受動、なんか受動的というかなんかその、なんですかね、自分からいくっていうか。
うんうん。
なんですかね、そう自分からこうやってみようんじゃないけど、その行動を生むっていうのが、アクションっていうのがなんかすごく。
あー。
うーん。
まあ自分の携帯を、あの写真を見ながらちょっと、自分ってどうなんだろうっていうのをちょっと振り返ってますね。
うーん。
なんかこれね、結構だからワープショップとかね、してみたいなーってずっと思ってるやつの一つでもありますからね。
あーいいですね。
うーん。
なんかほら、そうだから別にあんまり写真の上手い人とか俺もあんまりそんなになんかまあまあ、もちろん面白いですけどそれも、
あ、こんなの撮れるんだとか、面白いけど、なんかそれよりもなんかこう、なんかね、そのセラ、セラピーじゃないけど。
うんうん。
その自分らしさセラピー的なね、なんかそういうのがなんか面白い効果がありそうな気が、まあそう、もう面白い効果がありそうな気がしますけどね、写真ってね。
なんかどっちかって言うとなんか意見交換に近い感じですね、非言語の。
あーそうそうそうそう。だから非言語コミュニケーションがやっぱ好きなんでしょうね、俺は。
あーそういうことですね。
うーん、音楽、それも音楽でしたね、やっぱりなんかセッションとか。
あーそういうことか。
うーん。結局やっぱりだから音楽してるのと多分あんま変わんないですね、ずっと。
あー確かに。非言語を取り扱ってたんですね。
そうそう。だからずっとやっぱ音楽してる感覚とあんまり変わらないんだったから、それだと思いました、ずっと。
なるほどー。そっか、じゃあ僕も多分変わんないですね、きっとね。
変わんないと思います、多分。
僕は、あのずっとベースでした。
ベースです。
ベースですよね。
うん。
いやいやでも、ベースな感じもありますし、やっぱり。
いやでもなんかやっぱ面白いですよね、こうやってなんかその、まあいろいろ語れるというか、まあたったその展示を作ったどっかに行って、それをなんかこう、無限化したっていうので、やっぱこれだけ備わせるってことも面白いし。
でも最後になんか結構ね、あれですよ、俺今回結構面白いことにこの間気づいて、
うんうん。
なんかね、その、写真とか絵とか描くのって、こうなんかほら実際現実の世界でこう見るじゃないですか。
うんうんうん。
で、すごいものに出会った時とかに、わ、絵に残したいとか、この感動をちょっと写真に残したいとかって思うじゃないですか。
で、それをまた撮るじゃないですか。
で、またそれをまたなんかデバイスとかで見るわけなんですけど、描いた絵とかを。
で、なんか思ったんですけど、なんかこうその、自分たちがこのデジタルクリエーションみたいなのしてるやつって、なんかその箱の中で作って、箱の中で楽しむみたいなことをやってるんだけど、
うん。
なんか実際の質量とか、なんか実際のその、なんか見たものの感じとかって、結局なんかほら、その設計とかデザインとかってほら、なんかこう設計でこう想像上で描いたやつを現実に出すじゃないですか。
うん。
建物とかでボンって。
うん。
やっぱそれがなんかすごくやっぱなんか大事なんだろうなーって思って。
うん。
もう一回世界に戻すというか、想像力を。
あー、そっか。そこがイマーシブ体験なんですね。
そう、だから今回だからそれが結構大きくて、その大きいものを見て感じて、一回閉じた中に入ったものをもう一回外に出し直すって。
はい。
サイズを変えたり、見方を変えたり、空間にしたり、編集したりして、それその人間を通してですね、もう一回世界にこう出現させるっていうことが、いやなんかめっちゃ面白いなーと思って。
うん。
だからそしたらやっぱり世界の中にやっぱりもう一回できるじゃないですか、その質量が。
うん。
だからデジタルの中だから頭の中にある話っていうか。
うん。
だから結局インターネットとか。
うん。
AIの世界って多分変わんないっていうか。
はいはいはい。
現実の質量になった時にようやくなんかこう感じれるものとか触れるものとかになって。
うん。
なんか最初の感動にまた戻れるみたいな感じが。
なるほど。
あるような気がしてですね。
なんかそれを作ると一時情報なり一時体験を再生産するなんか別のまたそのそういうものみたいな。
作れるっていうか。
うん。
うん。
それはするか。
なんかしました。
あ、それは面白いな。
もうちょっとなんかね、いい言葉になってたような気がするんだけど。
うんうん。
でもなんかそうやっぱりそのなんかこう体験、まあだから体験ですよね。
体験に戻すっていうか体験したものをもう一回体験として戻すっていうか。
うん。
そしてまた次の人が体験するというか。
うん。
だから体験とかその一っていうののなんかそのほら大事さっていうのは。
うん。
なんかこの得たものをもう一回その体験として出現させることが結構なんか面白いなって思ったんですよ。
そこまでセットで結構面白いなって思いましたなんか。
体験して体験したものを自分なりにアウトプットしてまた体験として出現させる。
それ面白いですよね。
うん。
なんかでもその現実にやるっていうのがまたいいんでしょうね。
今までこうすべてこうデジタル上でしたけど。
そうそうそうそう。もちろんすごい届きますしね。
うん。
拡散もしますけど。
うん。
ただやっぱなんか質量として現れるっていうのはやっぱかなりでかいなと思いましたよなんか。
あーそっか。
うーんやっぱ物質っていうかやっぱそのなんかねまあみんな写真とかプリントしてないとダメだよとか言うんですよ写真の人たちとかって。
でもやっぱまさにそうで。
うん。
なんか大きさで感覚とかが全然変わるんで。
確かに。
だから今回そのほとんどだと1分の1スケールの映像に戻したりとかしてるんですけど。
あのピックアップトラックに乗ってですね。
うん。
その北極の映像をずっと流して撮ってるんですよ。
うん。
あので結構広角で撮ってて。
うんうん。
ほぼほぼ視野角と同じぐらいの大きさで撮ってるから。
あーそういうことか。
もう自分が行ったか見てるのとほとんど同じ体験をこうしてもらってるっていうのを作ってて。
あーそうかそうかすごいイマーシブですね。
そうだから全く同じサイズなんで。
えーそれちょっと見てみていいですね。
だからその箱の中だからこそ体験できる体験ですかね。
そうそう面白いでしょ。
面白いちょっと見たいなって思いました。
質量があるから。
うん。
ほらほらそういうのをまああんまり描けてないんだけど。
描けないから100人ぐらい来なかったのかもしれないですけど。
うんうんうん。
でもそれがなんかまああんまり描かないっていうのもあったんですけどそのほら言ったらなんかね面白くないっていうか。
うん。
でも来た人がうわーっていうのはやっぱそういうとこかなと思って。
うん。
いいですね。
いいじゃないですか。
だからやっぱなんかね場が生まれたんですよね結構そのあそこ開けることによってそのスタジオ開けることによって。
うんうん。
そこに集ってきた人たちがいてそこでまたなんか交流が生まれたりもあったし。
うん。
なんか自分のことを知ってた人がなんか結構いたみたいで。
うん。
けど僕は知らないっていう人が来ていつも見てましたみたいなこととか言ってくれたりとかもあったりして。
うんうん。
なんかそれをこうなんかこう交流できる場になってたりもしましたし。
うんうん。
だからなんか自分がなんかこうお店とかなんかこう飲食店とかね。
うん。
なんか物売りとかね。
うん。
なんかこうすればみたいなあそこに場所があるんだからみたいなこととかなんかあんまりいなかったりすることも多いんでなんか言われるんですけど。
なんかちょっとピンとこなかったんですよねなんかなんでこれをするのかなみたいな。
うん。
のもあってでなんか今回やっぱやってみてこれだったらできるなと思って。
うん。
その場の体験価値とかサードプレイスとかやってる人とかみんな周りにいるけど。
うん。
すごいいいなと思ってたけどなんか自分でやっぱできないなっていうなんかちょっとハードルがあったんですけど。
うん。
でもこんなになったらできるなと思って。
なるほど。
うん。
素敵なドキュメンタリー公開場所だったらオッケーなわけですね。
そうそうそうそう。
でもやっぱそれででも結構味を占めたっていうかやっぱもっとできるなと思ったんで。
北極っていうそのほらなんかみんなが興味あるタグじゃなくても自分が本当になんか誰もあんまり興味なさそうなことのテーマでもなんかやれそうだなって気がしました。
確かに。
まああのひまじんラジオはねそれかもしれないですけどね。
みなさん興味はないかもしれませんが。
そうそうそうでもなんかひまじんのね公開収録とか。
はい。
いいですよね。
そうですね。
例えばね。
来てくれるのかな。
そういうことなんですよそういうことなんですよ。
うんうん。
でもなんかそうそうえーだからでもだからそれもほら結局じゃあ誰来るんだろうって怖いじゃないですか。
でもそういうのをやってみるっていうこともまた一つだと思うんですよね。
確かに。
毎回オンラインオフ会とか誰が来るんだとか思いながらやってますもんね。
そうそうでも来ますからね。
来てくれますからね。
まあまあ一人一人声かけてますけどね。
そうそうだから今回ね声かけてないんですよ実は。
えー。
ほとんどネットでただ書いてるだけなんで。
そうなんですか。
面白いですよ。
だからこそ知らない人が来てるんでしょうね。
おーめっちゃ面白いですよ。
なんかそれがほらやっぱプロダクトアウトだからですね。
いいですね。
いいですよね。
えー僕もプロダクトアウトやりたいな。
思いっきりプロダクトアウトやりたいです。
やりたがいいですよやっぱりこれは本当に。
なんだろうそこがなんかねまだこう明確じゃないんですけど多分作り始めろっていう話だと思うんですよそんなものはないから。
うん。
だと思いますだからなんかきっかけになってねこういうほらなんかあこの人もしたなら僕もできそうだなとかなんかこのこのだからすごい結構法局の話もそうなんですよまさに。
うんうん。
なんかね僕が言った法局ってたぶんそれをレベル1みたいな。
おぎたさんみたいな人が行くのはレベル10みたいな。
でも1は1なりに行った時に1が分かったことによって10の凄さが分かったんですよね。
うん。
0の時はもう10の凄さなんかもう全くわからなくて宇宙みたいな話だったんですけど1の次に急に解像度が出て1から10までのグラデーションがこう見えるようになったみたいな感覚があるんですけど。
うん。
で、だから結局のところみんな0じゃないですか自分は言ったけど言ってない人からしたら。
うんうん。
だから0が1の人が0に話す話で多分伝わるんですよね10よりも。
確かに。
だからなんか行ってみたいを醸成できたかもしれないし。
うんうん。
まあその今回のやってみたことがなんか私もやってみようかなと思うのは多分ほらその10の話じゃなくて1ぐらいの話だからだと思うんですけど。
まあもちろん自分は10までやりたいけどそれは意味があったなと思って1は1なりの。
ね、確かに。
いやもう本当にその1の行動をするかしないかだけですね。
まずはですね。
うん。
だからみんなやっぱ10を結構いきなり目指そうということだったりとか。
うん。
それの凄さに圧倒されてやっぱ1を踏めなくなったりとか。
うんうん。
やっぱしてると思うんですよね。
うんうんうん。
でも必ず1は踏めるんで少しずつでも頑張っていればいつかその10に届くっていうのはやっぱり今回やってみて自分が一番感じたことだったんで。
うん。
なんかそれは凄くなんか体験の価値まあ今日のテーマですけど。
うーん。
と思います。
うん。
なるほどそれはやっぱ体験からしか生まれないと。
思いますけどね。
うん。
思います。
やっぱりAI自体に一番大事なのはやっぱり一番っていうかまあ体験。
うんうん。
これでしょやっぱり。
確かに。
だからもうあの皆さんAIに聞くのやめましょう。