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みなさん、こんにちは。暮らしと働き方を整える、ととのえラジオ。 今日もお聞きくださり、ありがとうございます。
前回は、会社員1年目の頃の話だったり、2回の育休を経て、復職前の面談に向かう電車の中で涙が溢れてしまった、そんな話をしました。
はい、今回はその続きなんですけれども、2年の育休復帰後、最初は、私は時短勤務で会社に戻りました。
でも、もう入社10何年目だったかな? 13、14年目だったと思うんですけど、
最初から与えられた担当業務は、非常にボリューミーで、当然ですよね、経験も多いので、
だけど初めてのものも半分以上締めていて、 正直6時間勤務では回しきれないなっていう状態だったんですね。
はい、でも、 だから前倒しで仕事を常に進めたりとか、できる限りの効率化だったり省力化をして、
工夫をして、何とか回すようにしていました。 回せていたとは思います。
でも、そこに子供の体調不良が入ると、自分もよく体調崩してたんですけれども、
そういう前倒しをしていたこととか、いろんな工夫を重ねていたことで、何とか余裕を作っていたバッファーが、
やっぱ全部なくなってしまうというか、一気に崩れる感じを何度も味わいました。
で、体調崩す子供自身は何も悪くないのに、 なんで今なのっていうふうに子供に怒りを向けてしまうというか、
思い通りにいかないことにイライラしてしまう自分がいて、 本当にそんな自分が嫌いでしたね。
元々の性格上、ちゃんとしたいとか真面目にやりたいとか、頑張りたいとか、コツコツやりたい、集中したいとか、
いろんな思いがあって、そういう質性質を持っている中で、
育児も家庭のことも仕事も、私の中での完璧というか、
ちゃんとっていう、私の中のちゃんと水準をクリアしたかったんですね。
でも現実は、何か一つを頑張れば、どこかにしわ寄せが行くっていう状況だったんですよね。
当然ですよね、体は一つしかないし、時間は24時間しかないのに、
全部を100%、なんなら120%ぐらいでやりたいみたいな気持ちで頑張っていたので、
やりきれるわけがないんですけれども、
全力でやってましたね。
だからずっとキリキリしていて、
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ツナ渡りみたいな生活だなと思ってやっていました。
自分の真面目さとかも手伝ってしまって、
自分でやるって決めたことはやりきりたいとか、
求められるような結果を出そうってしていましたよね。
なんか手を抜くとか、8割でやるとか、
今だったら油箱を作ることにあえて労力を費やすというか、
それでもいいって思えるようになってきたんですけれども、
やっぱり完璧じゃなきゃいけないって思い込みすぎていたなと思います。
どちらかというと、やっぱり人に評価されてしまうのは仕事だと思うので、
仕事の方に全力投球。
結構心がすり減るようなことも多かったので、
通勤も遠くて体力も使えますし、
家に帰ってくるともうHPゼロみたいな感じだったんですよね。
なので家のこと、子供のことっていうのはやりきれないことも多くて、
夫にも子供にも当たってました。
ご飯も作れないし、掃除もできないし、
自分の時間なんて1ミリもないと思って、
本当に発狂してしまうような日もありましたよね。
そうなんだけど、もちろん家族は大事なんですよ。
だからせめてもと思って、
どんなに疲れていても寝る前の子供との時間を取りたいと思って、
本の読み聞かせだけは欠かさずにやっていました。
週末も掃除で潰れちゃう日もありましたけれども、
予定が決まっていれば、
自然体験のイベントとか、キャンプとか、外遊びに一生懸命連れ出していました。
できるだけそうしてあげたいっていう思いでいっぱいだったんですよね。
でも私は、特に仕事は絶対に手を抜いちゃいけないって思い込みが強くって、
本当にビキネバ志向が強い人間だったなと思います。
私のそういうキリキリして頑張っているところを周りの方も気づいてたんだと思うんですよね。
ある日、同じ部署内にいらっしゃった取締役の方に、
確か私が連日インフルエンザか何かで休んで、
久しぶりに会社に行った時に声をかけてもらったんです。
仕事よりも家庭が大事だよって。
仕事の代わりはたくさんいるんだけど、お母さんの代わりはいないでしょって。
あなただけなんだから、無理しなくていいから、
本当にまず家庭、まず家族を大事にしてあげてねって言ってくださったんですよ。
本当にありがたい。仏様みたいな方だったんですけど、その方ね。
本当に素敵な役員の方で、大尊敬してたので、
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なんか嬉しいなって、ありがたいなって思いましたし、
おっしゃってくださったことは頭ではもちろんわかってるんですよ。
でも、私自身は、でも頑張らなきゃ。
でも役に立たなきゃ。
でも貢献しなきゃ。
そんな風に、なんかありがたい言葉をかけてもらっても、
でも私は、でもって、自分で自分を追い込むような感じで頑張っていたんですよね。
人に迷惑をかけたくないし、誰かに負担をかけるのも申し訳ないし、
なんか変な脅迫観念を抱いていたなと思います。
今振り返ると、それだけできる自分でいたかったとか、
自分の存在意義とか価値みたいなものを失いたくないみたいに、
何か握りしめているものが大きかったんだと思うんですね。
だから人に頼ることも下手くそで、どんどんタスクを抱え込んでいきました。
で、仕事をちゃんとしない人にイライラして怒りをもう溜めて溜めて、
なんで私ばっかり?みたいになってしまう瞬間も結構ありましたね。
今だったらもっとこう考えてみたら?って自分に言ってあげられるような
発想の転換とか考え方が変わったことがいっぱいあるんですけど、
たった数年前の話ですけれども、
ほんと視野が狭かったなって思います。
でもそれだけ一生懸命目の前のことをやってたっていうことでもあるんだと思うんですけどね。
そんなこんなで、時短勤務があと半年以上残ってるよっていうタイミングで、
もうダメだ、回しきれないって限界だと思ったタイミングがきました。
で、本当はまだ時短使えるけれども、フルタイムにしないと無理ですって。
夫にも話して、会社にも話をして、早めに時短を切り上げてフルタイム復帰しました。
時短でお給料が削られてるのにめっちゃ大変っていう状況も、
実は納得いってなかったんですよね。
もっと仕事したいのになんでできないんだろうとか、そういうジレンマもあって。
で、私がフルタイムに戻したら収入も増えるから、
夫もっと家事やってよっていうところを、
トレードオフで夫に家事を押し付けようとしたりしてたんですよね。
いずれフルタイムに戻さなきゃいけなくて、
会社の制度で3歳までしか時短が取れなかったので、
時間の問題だったんですけれども、
フルタイムに戻した後、ますます日々がしんどくなりました。
当時子供たちは2歳半と小学校2年生だったので、
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まあ大変でしたね。
でも私は、しんどいなあとか、
もうこの生活やめたいなって思ってたんですけど、
本音は思ってたんですけど、
やめるなんてダメだ。もったいない。
みんな頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃ。とか、
みんな両立できてるのに、自分だけできないなんてありえない。
やればできる。
そんな風にずっと自分を追い立てていたんですよね。
もう心の中で、やめたい、逃げたい、休みたいみたいな気持ちは、
完全無視で、
頑張ってましたし、
そういう風に思うことも、それを実現することも、
私には許されないことだと、なぜか思い込んでいました。
やめたいなんて甘えだなっていう風に思ってたんですよね。
なんかご仕事がないとか、
働く場所がないとか、悩んでる方もいっぱいいるのに、
これだけ良いお仕事を持っているのに、
やめるとか、頭おかしいの?って自分で思ってましたよね。
思ってましたね。
だから自分の気持ちに蓋をして、体に鞭を打って、
走り続けていました。
完全に自分の心に嘘をついている状態だったと言えると思います。
でもまあ当たり前なんですけれども、
その違和感は抱えたまま走っていったら、
いつか忘れられるかと言うとそうではなくて、
消えることはありませんでした。
むしろ少しずつ、
違和感は大きくなっていって、
不満とか怒りとか体調不良に変化していったんですよね。
で、夫との不中だったり、
結局最後過労で私自身が倒れることになりました。
はい、ということで会社員時代の後半ですね。
非常に駆け足だったんですが、
育児との両立が始まった頃から感じていた違和感っていうのを、
2回目の育休の時にある意味で確信に変わって、
それがどんどんどんどん膨らんでいったというふうに思っています。
体調不良だったり、
夫となかなか思いが通じ合えずに喧嘩ばっかりしていたこと、
子供とか夫とか仕事をしない人とかに怒りを向けて、
一人でカリカリしていたこと、
全部そういうのは、
全部そういうのは私自身が自分に送っていたSOSだったんだと思います。
かなり長いこと無視してしまいましたけどね。
でも今は、あの頃のしんどくさがあったからこそ、
そこからの気づきとか変化がすごくたくさんあったなと思っています。
はい。
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ということで、次回はそんな私がなぜ会社を辞める決断ができたのか、
その時の気持ちについてお話をしてみたいと思います。
よかったら続きをまた聞いていただけたら嬉しいです。
本日も最後までお聞きくださりありがとうございました。
また次回の配信でお会いしましょう。