1. 人生を変えた主夫のひとりごと
  2. #27 恥ずかしい小学生時代
#27 恥ずかしい小学生時代
2025-03-26 12:37

#27 恥ずかしい小学生時代

恥ずかしいかな…小学生時代から僕は…○○たかったんです。

#コーチング
#主夫
#家事
#育児
#軽やかに生きる

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モテるパパに俺はなる。 人生を軽やかに生きるラジオパーソナリティの、はやっきーです。
みなさん、こんばんは。お疲れ様です。 さあ、本日は、3月の26日、水曜日でございますね。
みなさん、いかがお過ごしでございましょうか。 いやー、あのー、
交差がやばい。やばいよ、PM2.5。 すごいよ。だって今、夜、車を運転している最中なんだけど、ライトした先に何か浮いているのが、目に見えるっていう状態?
もう、やばいっすね。なんか、電灯とかもさ、なんかライトかかってんだけどさ、なんか燃えあってんだよね。
霧買ってくらい濃いですよ。いやー、これね、良くないですよね。
まあ、非常にね、あの、今日は、もう、朝も相場ってか知らないですけど、なんか、鼻血も出てきたりしてね、非常にしんどいなーっていうふうに思っている、今日この頃でございます。
みなさん、体調が良いことですかね。花粉症とかも、大変な人は大変なんじゃないかなーと思ってね。
近くでね、ようやくちょっと桜もちらほら、咲き始めたなーっていうくらいですかね。
いやー、まさに春ランマンといった感じでございましょうか。
さあ、今日はですね、どんなお話をしようかなーっていうふうに考えてるんですけど、さっきね、毎月僕はその学童保育で、毎月お便りを作成するんですけども、
そこでね、ちょっと取り上げてた話で、ちょっとその中で気づきがあったんでね、ちょっとその話をしようかなーなんていうふうに思っているんです。
というわけで、本日のテーマはですね、小学生時代のメンタルブロック、そんな話をしていたなーと思っております。
はい、実はですね、今週に入って、学童保育のほうでですね、ドッジボールの大会が行われたんですね。
他の学童ともちょっと交流をしながらというドッジボール大会なんですけども、
そんな中ですね、すごい盛り上がりを見せて、子供たち楽しそうだなーっていうのと、悔し泣きをする場面だったりだとかね、かって泣いたりとか、そんな場面も見られてですね、
いやーなんか、遊びなんですよね、ドッジボールって、学童の中では。遊びとして捉えられているんですけども、それだけガチでやるんですよね。
遊びでガチになって、なんか泣いたり、笑ったりとかってできるって、なんかすごいなーって思って。
なんかスポーツでも、人生かけてるんだー、ぐらいな感じで、なんかやってるっていうのはわかるんですけど、遊びに本気になるって、なんかすごいなーと思って。
子供の小学生の時期から、涙ができるっていう機会、これね、どうなんですかね、悲しいとか思い通りにならなくて泣けるなということは、
まあよくあることだなーっていうふうに思ったりするんですけど、いやーそれでもねー、嬉しくて泣いたりだとか、
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悔しくて、なんかね、泣き崩れてしまうなっていう、そういう場面って、なんか、僕はね、言い方悪いけど、異質だなーっていうふうにすごい思ったんですよね。
あの異質だけど、とても素晴らしいというふうに思ってるんです。なんかねー、面白いなーって思うんですよねー。
それだけきっと本気だったろうし、なんか悔しい、それだけ欠けてた思いがあって、思い通りにいかないことがあって、悔しかったんだろうなーっていうのがあるんですけど、
なんかねー、一つの行事に対してそれだけ向き合ってるんだっていうふうに思うとね、なんか愛おしくてしょうがないなーっていうことを感じる今日この頃なんですね。
僕自分、実は、小学生時代に関しては、自分のね、自分の小学校時代に僕ドッジボールなんていう
行動、行動なんていう行事は本当に嫌いだったんですよ。あのドッジボール、本当に僕運動うんちだったので、
いかんせんなんかこう、活躍もできないし、なんだろう、うまくできないんですよ。本当運動うんちで。
なんか、ボールはこう、まっすぐ皆さん飛ばすじゃないですか。ボールを投げるという行為がまず僕できないんですね、うまく。
で、ボール投げようもんなら、なんか朝っていうのを僕よく飛んでたんですよ、小学校の時。
で、全然方向を定まらずに、なんかね、僕首が動く癖があるみたいで、なんかね、よく友達にもね、お前目線しっかりしろって、目線だよ目線って、目線なんていうふうに言われて、俺当時ね、
目線目線言われすぎて、あだ名目線になったんですよね。もうね、ひどいあだ名じゃないかっていう感じでね。
いやでもそんだけ多分、小学生の頃から目線目線だって遊びの中で言われると相当俺ひどかったんだなというふうに、今改めて思っておりますけどもね。
それでね、やっぱうまくいかないんですよね。で、苦手だったらじゃあ入らなければいいじゃないかっていう話になってくると思うんですよ。
極端なことを言っちゃうと。でも当時僕は、その、なんで入りたかったかっていうと、これね、やっぱ僕の今のこの感覚に似てるんですけど、
多分ね、モテたかったからなんですよ。僕ね、小学生の時から多分あったんですよね。その、モテたいっていう感覚だったんですよ。きっと。
あのね、まあこれを解説するとですね、チヤホヤされたりとかっていうことになるんですけども、女の子にモテたりとかそういうことじゃないんですよ。
なんか、あのドッジボール、小学生の中でのドッジボールって、なんかやっぱりそこで活躍できるかどうかって、ちょっとヒーローみたいになったりしませんか?
まあ特にそのリレーとかもそうだし、マラソン大会とかもね、あの1位とか取ったりする子はなんかヒーローだって、あいつはすげーやべーみたいなやつ。
そういうやつはやっぱり学年に1位はね、いるんですね。いるんじゃないですか。そのマラソン大会だって順位を決めるもんだからね。
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1位、その学年の中で1番だっていう経験をするっていうのは、やっぱりその順位をつけるという意味では、やっぱヒーローになるじゃないですか。
で、そういうことを考えたときに、僕もやっぱりなんかヒーローへの憧れみたいなのがやっぱあったんじゃないかなーって思うんですよね。
そう、それこそ当時から戦隊モノのヒーローとか、仮面ライダーなんて僕大好きでしたけども、ずーっと見ててね、やっぱヒーローに憧れる、なんか脚光を浴びる、なんか、
男たるものをなんか一旗、一旗あげるみたいなそんな感じでね、多分あると思うんですよ。
で、やっぱその感情から僕も苦手だとは分かっていながら、ワンチャンなんかうまくできるようになるのかなーなんていうふうに思って、
あとはその、要するにドッジボールやってるグループっていうのが、やっぱり結構イケてるグループだったりすることが多かったなって印象があるんですよね。
で、やっぱりそれの中に仲間入りはしたかったんですよ。下手くそなくせに一応仲間入りはしたがるんですね。
だから、なんかね、僕はやっぱりその寂しがりとかっていう一面じゃなくて、単純にカッコつけたがりな一面があるんだなっていうことをずーっと最近気づいたんですよ。
当時からやっぱそういうタイプだったんだなと。だからよく組取りってあるじゃないですか。
リーダー格の子がじゃんけんをして、じゃんけん勝った方から順番に人を選ぶ。
僕ね、大体一番最後にいつもいるかいらないかでじゃんけん決められるなんていうね、ちょっと悲しい思いをしていたんですけども。
それくらいやっぱり僕はどっちもあまり上手くなかったんだけど、でもやっぱりイケテルグループの仲間入りをさせてもらえていることがすごい嬉しかったし、
そのイケテルグループの中でもさらに僕は目立ちたかったんだなというふうに思うんですよね。思ってたと思うんですよ。
今思うと不思議な感覚でね。やっぱりね、当時のその小学生の感覚ってやっぱり自分のその価値観の形成につながるもんだなーっていうのを今すごい改め入っててすごい気づいたんですけど、
やっぱね、きっと小学生の頃から僕はそういう感覚が強かったんじゃないかなーって思うんですよね。
でもきっとその価値観っていうのはもっともっと下の、それこそ6歳くらいまでとか、その間になんか設定がもう決まってくるみたいな話がコーチングをしててもあって、
なんかね、そのドッジボールが苦手だった。でもその当時僕はそれをなんでやってたかというと、持ってたかったからなんだろうなーってことに尽きるんですよね。
これ面白いなーと思ってね。
でも結局ね、僕はそのドッジボール、小学生の時、花を開くことはできなかったんですけど、
これはまた極端でね、今度ね、そこで花を咲かせることができなかったメンバーはどういうふうになっていくかっていうと、逆にダサくなっていくんですよね。
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僕はそこできっと設定が決まったんだろうなーっていうふうに思うんです。きっとそれが世の中の常なんだろうなーってことを考えてるんですよね。
僕はそこでやっぱドッジボール上手くいけなかったから、なんとなくそこから流れが決して良いものではなかったのかなーっていうふうに思っていて。
運動はあんまりできないし、勉強も中途半端だし、見た目も別にきっとそんな良かったわけじゃないと思うし。
でもやっぱりそういったところからスタートしていって、どんどん自分を、順位がもう明確に見えちゃうので、
そこから僕は自分はダメなんだっていうふうに思い込むような気がしてきたんですよね。
今思うとやっぱりそういう学校での順位をつける行為っていうことの、あまり学校教育を否定するわけじゃないんだけども、
日本の学校教育を先進国、他のヨーロッパとかそういうところの国が見た時に、
まだこんな順位好きをさせているのかっていうふうにちょっとびっくりするぐらいの話、びっくりするっていう話があったりするじゃないですか。
僕らそれは当たり前というふうに捉えてるんですけど、でもやっぱりそういう教育が、
僕みたいな代表するわけじゃないんですけど、ちょっと自己肯定感の低い人間を育んだりする原因にもなると思うんですよね。
思い返すとやっぱり当時からそのマラソン大会で上位を取ったりだとか、
ドッジボールで活躍してるなんていう子たちは、結構社長さんをやっている子がいたりだとか、
結構その地域の中でもリーダー格をやっている子たちがいたりだとか、
そういう人たちが多いなーっていう印象もあって、
中にはいろいろあって、心の病を患ってしまったという方ももちろんいるとは思うんですよ。
でもそれでもやっぱりその時の幼少期からの成功体験っていうのって、
実はすごい今後の自己肯定感を育んでいく上では結構左右するんじゃないかなというふうに思うんですね。
良い悪いを言いたいんじゃないんです。
だけどやっぱりそこで順位をつけてしまっているこの日本の教育だからこそ、
そういう方向にもなりやすいんじゃないかなと。
僕は自分がそういう風だったんじゃないかなというふうに思ったりする感じたりするんですね。
それをちょっと肌に感じて、
そのドッジボール大会に関してはすごい子どもたちが楽しそうに、
そして参加している子たちが全員ヒーローだなというふうに思ったんです。
もちろん大会だから順位とかあったりはするんだけども、
でもそこで出た子たちが誰一人として恥ずかしいことをしている子たちはいなかったし、
そこで頑張っているということは本当に素晴らしいことだなと。
とっても価値のあることだなというふうに思ったんですね。
そこで負けたとしても全然僕は価値のあることだと思うんですよ。
勝ち負けを2局で割るんじゃなくて、
そこに行くことがそもそも価値があるんじゃないかな、
なんていうふうに今日感じた。
いろいろ気づきがあったんで今日はシェアしてみました。
ちょっと殴りがきというか、
思いのまま喋ったので、
うまく文脈が合ってないような気もするんですけども、
12:02
とにかくドッジボール大会楽しかったよという話でございました。
ここまで聞いていただきまして本当にありがとうございました。
インスタグラムの方でも発信をやっております。
最近ようやく新しいリリース動画が1個上げることができましたので、
もしよければご覧になっていただけたら幸いでございます。
もし僕とまた話してみたい方がいらっしゃいましたら、
気軽にDMの方ください。よろしくお願いいたします。
それではここまでの相手は早貴でした。
みんなおやすみなさい。
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