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サマリー
今回のテーマは、映画や小説で頻繁に見られる「時系列前後しまくり」の表現についてです。特に映画『イミテーションゲーム』を例に挙げ、時間軸の移動が視聴者を混乱させることがあると指摘します。時系列を操作する動機として、ドラマチックな演出と後付けでの感動増幅の2パターンを挙げつつ、視聴者として忙しなく感じる現状と、自身の年齢による鑑賞姿勢の変化について考察しています。
時系列前後する作品への導入と『イミテーションゲーム』
こんばんは、しゃべる練習です。今回のテーマは、「時系列前後しまくり」です。
先日、イミテーションゲームという映画を見ましたという話もしましたが、その時に気になったことがあります。
時系列を前後するのが結構あるんですけれども、その時に前後したということを、あまりはっきりとわかりやすく提示してくれないなと思ったということです。
イミテーションゲームでは、第二次世界大戦中の時間と、第二次世界大戦が終わった後の時間という、2つの主に時間があって、
その時間軸を結構行き来しながらストーリーが展開するという作りになっています。
そういう意味では、ネタバレありと言わないといけないのかもわからないですけれども。
今言った部分に関しては、全然ストーリーではないので、一応第二次政府と個人的には思ってますけれども。
さらにですね、この後しゃべる内容も、そんなスポイラーではないと思うのと、
これぐらいでもダメですという方は、ここまででストップしていただくのがいいと思うんですけれども。
そもそもこの映画自体に、そんなにスポイラー的な要素も大丈夫そうかな、ネタバレでごっそり面白さが取っ払われるということもないし、
もともと大枠は事実というか、アラン・チューリングさんの人生をやっている話なので、大丈夫かなと思いますけれども。
『イミテーションゲーム』における時系列移動の課題
お話に戻りまして、第二次世界大戦中と第二次世界大戦が終わった後の時間軸を行ったり来たりしながら話が展開するんですね。
最初の頃は時間を飛んだ時に何年みたいな、場所どこみたいな、そういうのをテロップか何かで示してくれたような気がするんですけれども。
だんだんですね、もうこれでわかったよね、この映画の作りはみたいな感じでなってくると、その後は時間軸が動いてもそんなに何も言ってくれない感じになるんですよね。
時間を越えたことによって、登場人物とかの見た目とかがものすごく変わったりすると気づきやすいんですけれども。
言うても5年10年ぐらいのスパンなのでそんなに変わってなかったりとか。
これはまた別の話ではありますけれども、ヨーガと呼ばれるアメリカの映画とかイギリスの映画とか、そういう西洋の映画みたいな、西洋に限らずですかね。
日本人の顔は見慣れてるから、日本人の顔の区別はつけやすいけれども、そうじゃない、そういう映画に出る海外の人の、俳優さんの顔とか見分けとか、年代によって変わっているみたいなところに気づきづらい。
そこの認識力が弱いので、ぼーっと見てるとよくわからなくなっちゃうみたいなのがあります。
なのでちょっと混乱しましたが、改めて2回目見てそこは完全に把握したと思いましたけれども。
現代作品における時系列操作の傾向
このイミテーションゲームに限らず、最近映像作品とか小説とかでもそうですけれども、時系理屈をすごく行ったり来たりする、ズタズタみたいな感じのものがよく目にするような気がします。
これは完全にダメっていうつもりもないし、全肯定をしづらいみたいな、そういう思いを持っています。
時系列を前後させる2つの動機
そういうことをする動機というか、なぜそういうことをするのかっていうのは、僕が気づくこととしては大きく2パターンあると思うんですけれども。
1個目はドラマチックな展開にするということですね。
この情報を順番に時系列順に与えるよりも、こっちを与えて次にこっちのシーンに行ってこっちに戻ってきた方がより感動が増すみたいなことの時に、そういう演出をしがちだなというふうに思います。
もう1つは後付け的に、この話が盛り上がる時に、こういうエピソードもあったらより感動が増すんじゃないかというような要素があったらですね。
そこで取って付けたみたいに、そこで急に過去エピソードみたいなのが挿入されて、その過去エピソードを踏まえると泣けるみたいな、そういう展開になるというパターンもあるような気がします。
校舎の説明はだいぶ偏った説明の仕方になってしまったかもしれないですけれども、要するに校舎の取って付けたみたいな時系列で、後付けで過去のエピソードを差し込むのは、私としてはちょっとなという気持ちを感じることが最近は多いですね。
『葬送のフリーレン』と視聴者の鑑賞姿勢の変化
そういう意味では、最近見ているソウソウのフリーレンというアニメがありますけれども、それも結構そういう感じがあってですね。
話の作りとして、勇者との冒険があって、その冒険があった後の後日だ、みたいな定義で話が進んでいくわけですけれども、そういう過去にまだ勇者と一緒に冒険してた頃の話とかが差し込まれてきたりするんですよね。
これが取って付けたというよりは、物語の基本の構成上そうなっているので、まだそこは有り度は高いなというふうには思うんですけどね。
やっぱりあんまりにもあっち行ったりこっち行ったりするので、見ている方が忙しいというか、ゆっくりできないというか、その辺が見るときの、鑑賞するときの姿勢とかそういうのも変わってきているのかなと。
最近はタイパーみたいなのもあって、音楽もイントロなしみたいな感じになってきているというふうに聞いたりすることもありますけれども。
見ている人に飽きさせないとか、感動させるために、どんな手を使ってでもそこを何とかするという、どんな手を使ってもの一つの手として、時系列を激しく動かすというのがあるのかなというふうに思いますが、
私が年が高めだからなのかもしれないですけどね、そういうのはちょっとなというふうに思うことが、全部ダメというつもりは改めて何度も言いますけれどもないんですけれども、これはちょっとなって思うことのヒントが最近増えてきたなというお話でした。
まとめ
ということで、今回のチャプリングは以上です。ではまた次回。
08:47
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